勇者寝返った   作:七件

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女神に和解を促すダンス

 

 

 

 雨が降っている。

 窓の景色は灰色一色でつまらない。

 エイミーさんの涙につられて、空も泣いているんですね。なんてキザったらしいことを言えばエイミーさんも笑顔を取り戻してくれるだろうか。

 

 そう現実逃避をしても、このマズすぎる状況は変わりはしない。

 ワンチャンダイブして素晴らしき来世に旅立つ予定だったから、結構適当に物事を捉えていた。しかし、そうもいかなくなった。

 ヒステリックメンヘラストーカークソ女神こと、ヒステリックメンヘラストーカークソ女神の糞オブ糞なストーカー発言によって、来世もセックスできないことが火を見るより確定的に明らかになってしまったのである。

 

 これは由々しき事態だ。

 

 どうしよっかなと頭の中でぐるぐる考えていると、エイミーさんが狸寝入りしている俺の額にキスを落とし「おやすみなさい」と声をかけ、部屋を出ていってしまう。身体を軽く動かしてみるが、問題なく動いた。いつの間にかできていたささくれを剥ぐと、ちゃんと痛い。痛覚に異常はなさそうだ。

 そしてその過程で、とんでもない名案を閃いてしまった。

 

 そうだ。魔王と勇者に相談しよう。

 勇者はこの女神をベリベリと引き剥がすことができたわけだし、俺にもできるやろの精神。

 

 娘が三階から落っこちたわけだ、流石に統治やら政治やらで忙しい勇者と魔王も、エイミーさんが言うには会いに来てくれるらしい。もし俺が本物の幼女だったら寂しくて死んでたぞ。もっと会いに行ってやりなさい。まあ会うたびに女神が発狂して、ちょっと距離を置きましょうってなっただけなんだけど。

 

 しかし、待てども待てどもやってこない。忙しすぎうち。すっかり夜も更けてしまった。雨は未だ止まない。

 

 「ふふ、あなたは一緒、ずっと一緒なの」とか言って添い寝してくる女神を無視して目を瞑る。しかし「ずうっと一緒だからね」と耳元でずうっと囁いてくるので、煩わしくて眠れなかった。まさか、これが勇者が前世でハマってたASMRってやつか。性癖の可能性は無限大だぁ……そうこうしているうちに、子供部屋の扉は開かれる。

 

 おお、ちょうどいいところに。

 ねえねえ勇者、と起き上がろうとしたその時。女神が俺の口を塞ぎ覆い被さった。声も出せなければ、起き上がることもできない。魔王と勇者は俺が狸寝入りさせられていることに気付かぬまま、俺を起こさないよう小声で話し始める始末。まさかこのクソ女神、魔王と勇者の話を盗み聞きするために俺を起こしていたな。うーん、この。

 

 

「まあ、もう夜遅いし寝てるよな」

 

 起きてるよー。

 おそらく勇者の手が、俺の髪を梳く。まるで壊れ物を扱うように。むず痒いったらありゃしないが、女神のせいで避けることができない。

 

「……本当に、ジルの魂なのか」

 

 おい認知しろ。

 

「……いや、分かってるんだ。分かってる」

「逆罰と祝福が残っておるのだろう」

 

 こんなん絶対にバインバインのお姉さんじゃん、みたいな魅惑的な声がする。口調的にもおそらく、魔王の声だ。おい勇者勝ち組やんけ。絶対バインバインのボッキュンボンじゃん。

 

「彼の逆罰はどんなものであったのだ?」

「結局不明だった。でも、逆罰を受けてからのあいつは、何かが欠如していた。あいつを模倣した、何かだった」

 

 ひっど。

 

「あいつの顔をした何かが、あいつの声を持った何かが。あいつであろうとする。せめて悪意があれば良かった。あるいは模倣する意義を感じてくれなければ良かった」

 

 俺の髪を撫でる手が震えている。

 

「正直……」

 

 そして、恐れるように離れていった。

 

「遣る瀬がなかった、のであろう」

「そうかもしれない」

 

 はーお前お前お前。

 ほんっと言えよな。お前そういうところあるわ。言ってくれたら。言ってくれたら、なあ。……なんかできたわけじゃないけど、なんかしようという努力はできたわけじゃん。あとさ、お前が言うほど俺は俺じゃないわけじゃない。マジで、多分。俺、結構俺だと思う。心の声聞いたら絶対お前、改心するよ。お前じゃんって。言動だけじゃなくて中身も俺なら、もはや俺だろ。イマジナリー勇者が「違うそうじゃない」って言ってるけど、おい聞け。お前は物事を焦りすぎる。

 

 って言ってやりたいから女神退けろ! 友情パワー発動! うおおおおおお!!! 無理。

 

「今のジルは抜け殻みたいなものなんだと思う」

「そうかのう、アルバートも断片的な記憶を持っていた。完全な浄化は難しいと言っても、残りすぎじゃあないか?」

「……何が言いたいんだ」

「女神に憑かれている」

 

 正解!

 俺が女神の拘束から抜けようと頑張っている間に、勝手に考察してるけど。魔王賢い。

 そして寝取られに脳みそを破壊され、魔王と勇者を見るたびに発狂していた当の女神は身じろぎ一つせず、静かに耳を立てている。

 

「純粋な人間を依代にする以外に、女神はこの世界に留まり続けることができぬ。だから我らは純粋な人間を減らし、女神を永遠にこの世界から追放しようとした。じゃが、……」

「いも?」

「っふ」

「ははは」

 

 は?

 おい殺すぞイチャコラすんな。

 ほらあんなに静かだった女神も怒りに震えてんじゃん。「つまんな、死ね」って言ってんじゃん。初めて女神と同意見になれたわ。なるほど、こうして人は心を通わせていくんですね。

 

「その話は、あとでいいさ。とにかく、今はジルの話だ。もしジルに女神が憑いていたとして、俺と同じ方法で女神を退散することはできないのか?」

 

 それ、それが一番聞きたかった。

 魔王はなにか言葉に詰まったのか、一度小さく息を吐いた。

 

「愛こそが、唯一女神を葬る方法なのだ」

 

 何故そこで愛ッ!?

 俺無理で草。

 

「隠匿された教会の聖杯を砕き、逆罰から解放することができればのお」

「……百五十年探しても見つからなかった」

「或いは、ジルの魂ごと追放する。それ以外に、道は残されておらぬ」

 

「それはダメだ。……絶対に」

 

 喉元に押し込められなかった、行き場を求めて暴れる感情たちを噛み締めるような、ゾッとするほど低い声。

 その声は、なんだか聞き覚えがあった。

 

「……それだけは、許されない」

「女神に憑かれていると決まったわけではない。そう怒るな」

 

 魔王の宥めに、勇者の返事はない。

 

 ────ああ、思い出した。軽く殴られて「えいえい、怒った?」って言われたら「怒ってないよ」って返す意味わからんノリ。盗みがバレて二人して殺されかけるまでぶん殴られた後に、そんなノリを教えてくれて、ちょっとだけ流行ったクソみたいなノリ。お互いに祝福を貰って忙しくなって、久しぶりに会った時にお前がそのノリをやってきたから懐かしくなって「怒ってないよ」って返し続けてさ。ついにお前が「怒れよ」って、言ったんだよな。その声に似てる。あの時は面白すぎて「クソワロタ」って返したけど。いや、面白かったんだよ。本当に。色々骨折れてて血反吐吐いて痛かったけど、面白かったんだよ。それも、間違ってたんだろうな。

 「痛えわ死ねアホ」って言えば良かったんですか!? わかりません><

 

 

 しばし静けさに部屋は澱み、雨音が俺たちに時間を思い出させた。そして、勇者のため息がその沈黙を破る。

 

「……心配かけさせないでくれよ、ジル。自死とかほんとに、笑えねえ」

 

 目尻にそっと触れ、頬を撫でる。その手のひらは分厚くて、ちょっとカサカサしている。正直言って不快だ。やめろ、やめるんだ。

 

「まあ昔は、俺の方がお前に心配ばっかかけてたけどさ」

「お主のことだ、相当手を焼かせていたのだろう」

「ははは、確かにそうだな。出会いから、そうだった気がする」

「ふっ容易に想像つく」

 

 あのーアベックさん早く帰ってください。殺しますよ。

 そんな念が通じたのか、魔王と勇者は帰ることにしたようだ。勇者は名残惜しげに俺の髪を再び撫でた。去り際に、魔王が呟く。

 

「エイミーも言っていたが、本当にこやつの感情の色は変わらんな」

 

 そしてドアは閉まり、静寂だけが取り残された。

 え? こわ。不穏な置き土産残して去らんといて下さい。起きてたこと気付いてた?

 

 

 

 ま、いいか。

 ようやくクエストが解放されたらしい。隠匿された教会の聖杯を砕けば、ミッションコンプリートか。目的のない人生なんて生きる価値ないからね。

 

 よーし、隠匿された教会の聖杯を探して砕くぞー。

 

「何を言っているの?」

 

 起きあがろうとしたが、再び女神に押し倒される。

 金の帳が落ちる。長い長い金の髪が、俺の顔をすっぽり籠城する。

 

「教会の聖杯は、わたし自身よ。どうやって砕くっていうの?」

 

 はにゃ?

 

 もしかして:詰んだ

 

 

 

 

 

 

 俺は意外と、慈悲深いのである。

 何も言わずに裏切った勇者に恨み言のひとつも溢さないのだから、聖人君子とは俺のためにある称号なのは、自明の理であるが。

 こんなヒステリックメンヘラストーカークソ女神のことも、同情していたりする。俺偉くね?

 

 

 勘違いしないでよね! 世界から追放する、なんて言葉にビビったわけじゃないんだからね!

 ……いや、違うじゃん。死ぬのは別に良いけど、女神ごと魂が世界から追放されるのは違うじゃん。追放されるって何? ヤバそう。

 これもし魔王と勇者に女神が憑いてることバレたら百パー追放される。俺には分かる。教会の聖杯は女神だってことが判明して「やっぱ辛えわ」「言えたじゃねえか」ってなるやつ。空気読んだ俺が女神と一緒に追放されて、ビター寄りのハッピーエンド迎えるやつ。俺には分かるぞ。

 

 

 なあ、女神。

 

「なに? 世界を終わらす気になった?」

 

 さすがにそれはしないけど。

 

 意外と俺、なんか、どうにかしたいと思ってるよ。

 世界から追放されるのは常識的に考えて怖いから、ってのもあるけど。女神が追放される以外で幸せにならない世界、ってのも理不尽な気がするし。

 女神の視点で考えてやれるの、俺くらいだし。

 だからこう、歩み寄りというかなんというか。

 

「世界を終わらせるか、わたしと一緒に心中するか。好きな方を選んでね」

 

 フォカヌポウwwww女神氏一切妥協する気なしですなwwww漏れの優しさ無視されるwwww学生時代を思い出してつい涙がwwwwいや失敬失敬wwコポォ

 

 

「なあ、チュー太もそう思うよな」

 

 

 カリカリとパンを齧っているネズミのチュー太に問いかけてみるが、食べるのに必死で俺の方を見向きもしない。とてもかわいい。

 

 そもそも傀儡するには、色々な人に出会わなければいけない。傀儡の発動条件は、対象が俺に何かしらの感情を抱いている時のみ。大きな感情であればあるほど大きな効果を見込める。だから傀儡という恐ろしい名前を付け、部下を畏怖させる必要があったんですね。エイミーさんなんかはもう傀儡できるわけだけど、適当に弄って壊れるのも勿体無い。なのでこうして、部屋に入り込んできたネズミに餌付けをして傀儡の練習をしてるのだ。

 

 ブルーサファイアの毛色、ふわふわの毛並み。クリクリの目。

 壁を齧って勝手に部屋に入ってきたチュー太。

 その穴を普段はでかいぬいぐるみで隠すことで、エイミーさんを欺いている。ぬいぐるみを退かしてやると勝手に部屋に入ってくるので、一人の時はもっぱらチュー太と遊んでいる。ああ、俺はどうしてチュー太を残して死のうとしていたんだろう。

 

 お、チュー太が食べ終わったようだ。

 少し離れたところに、こっそり隠しておいたパンの切れを追加で置いてやる。

 

「ほら、餌目掛けて走れ」

 

 そう言うと、チュー太はとっとこ駆けていく。

 俺の傀儡に従っているのか、本能的に飯を求めて駆けているのか判別つかない。

 

 かわいい。

 なんでこんなにかわいんだろう。

 おれ、なにしてんだろう。

 

 餌にたどり着いたチュー太は再びパンをカリカリしている。

 俺はついに立ち上がった。

 

 

 やい女神!

 一生子供部屋に閉じこもってチュー太と遊ぶ気か!

 まず魔族に会ったら即発狂をやめるんだ!

 百歩譲って喋るの禁止は分かるが、文字書くの禁止は撤回しろアホ!

 あと、世界を終わらせるか、俺と女神追放以外のルート探すから!

 チュー太もそう言っている!

 

「ほら、頷けチュー太」

 

 あ、頷いた。

 

 はい多数決で俺の勝ち。

 

 女神が「うるさい」と言いながらチュー太を撫でている。

 

 しゃあっ 俺の勝ち!

 アニマルセラピー最強! アニマルセラピー最強!

 

 

 






女神を退散させる方法…常に視界を奪い、睡眠時さえ他者と肌を触れ合わせる。食事や排泄などを管理して、体の所有権を他者に委ねるのが望ましい。洗脳も時には必要だろう。目隠しを外し、女神がいなかった場合にのみ成功。しかし視界に映った場合発狂するため、目隠しを外す際は拘束すべし。また、愛の力がなければ退散は為されない。

チュー太…ペット。かわいいねずみ。とてもかわいい。チュー太しか勝たん。

フォカヌポウwwww〇〇氏一切妥協する気なしですなwwww漏れの優しさ無視されるwwww学生時代を思い出してつい涙がwwwwいや失敬失敬wwコポォ…孤児院時代、密かに恋心を抱き、少ない食糧を貢いでいた女の子に「そんなにヤリたいならクソの塊にでも突っ込めば」と言われた時の勇者のセリフ。手を握っただけなのに。

ジル…唯一残された感情は、勇者や女神への憐憫。
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