まちカドすいか 作:スレ主
一夜にして魔族に目覚めた普通の高校生、吉田優子改めシャドウミストレス優子。
彼女を渦巻く環境は一変し、また、
──朝、目を覚ましたシャミ子は、すっかり慣れた頭の角の重さを感じながら起き上がる。しょぼしょぼする目を擦りながら洗面台に向かうと、ちょうど顔を洗い終えた
「お姉、おはよう」
「おはよう、良~」
力なく垂れている尻尾を踏まないようにすれ違う良子に挨拶しつつ、シャミ子は顔を冷たい水で洗って眠気を飛ばす。
居間に戻ってきたシャミ子は、部屋に母の姿が無いことを確認した。
「良、おかーさんは?」
「今日は早くからお仕事だって、お姉が起きるちょっと前に出たよ」
「そうでしたか。では
「うん」
それからてきぱきと用意した朝食を済ませ、制服に着替えると、良子は先んじて荷物を背負って玄関に向かう。
「お姉、私もう行くね」
「はい。気を付けるんですよ」
「うん、行ってきます…………あれ」
「おや、良子ちゃん。おはよう」
「……おはよう、良子さん」
早い内に学校へ向かう予定の良子が玄関の扉を開けると、ふと扉の前でチャイムを鳴らそうとしていた人物と視線がかち合う。
頭から足までを黒い衣服で統一し、先端にかけて薄いピンクがかった腰まである白髪を三つ編みにしている女性──と、その背後に隠れるようにして顔を覗かせる少女。
「お姉、誰何さんとすももさんが来たよ」
「はーい、上がってもらってくださいっ」
「私は学校に行くから、入ってください」
扉を開けたまま、良子は二人の横を通って階段を降りて行く。「お邪魔しま~す」という緩い声と共に中に入った二人──那由多誰何と
「おはようございます、誰何さん。すももちゃんもお元気ですか?」
「おはよ~シャミ子ちゃんっ」
「……うん、元気」
「あちらのお家からここまでは遠いでしょうに、すぐお茶を出しますからね」
──座っていてください、と促されて二人はテーブルを囲むように座る。少しして置かれたお茶を一口呷ると、カバンの中身を再確認しているシャミ子の背中に誰何が声をかけた。
「すももちゃんは下で会ってね、先に僕の部屋で汗だけ拭かせたんだよ。シャミ子ちゃんはもうそろそろ学校に行くのかな?」
「はい。──あ、ご飯は誰何さん用にスープを用意してあるので温めてください。あとすももちゃんの分にバゲットを買ってあります」
「ありがとうシャミ子ちゃん。帰るときは合鍵で閉めるから、戸締まりの心配はしないで」
誰何の言葉にシャミ子は微笑を浮かべる。時間を確認して立ち上がるシャミ子に、ぼんやりとしているすももがおもむろに呟いた。
「……シャミ子お姉さん」
「なんですか?」
「……行ってらっしゃい。気を付けてね」
「──ふふ、はい。行ってきます」
そう返して、シャミ子はすももの
パタパタと足早に部屋を出ていったシャミ子を見送った二人は、顔を見合わせて言う。
「じゃあ、ご飯食べよっか」
「……うん」
──湯気の立つそれを掬って口に含む誰何は、長時間煮込まれた具材の旨味が染み込んだシャミ子自作のスープを味わっていた。
「……誰何さん」
「なにかな?」
「……誰何さんって、いつからシャミ子お姉さんと知り合ってたの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
モソモソとスープに浸したバゲットを咀嚼するすももは、そんな質問を投げ掛ける。
スプーンを置いた誰何は、考えるそぶりを見せるとすももの顔を見て続けた。
「そうだなぁ、昔この町で君のおか──ん゛ん、お姉ちゃんと出会ったあとだから、何年か前のお話だね。聞きたい?」
「うん」
「……ちょっと長くなるよ」
そう言うと誰何はスープを覗き込み、自分の顔を見る。以前までの自分ではやらないだろう穏やかな表情に違和感を覚えつつも、すももにポツポツと語り始めた。
それは、『那由多誰何の生き方』を根本から変えた、病弱少女との出会いのお話。
──昼食の時間。シャミ子の机を囲む二人が、シャミ子と共に弁当を食していた。
「シャミ子、今日もすももがそっちに行ったと思うんだけど、迷惑してない?」
「大丈夫ですよ、いつも誰何さんが見てくれていますし、すももちゃんは大人しいので」
「すももちゃんな~、あの子かわいーよね。たまに商店街でも見るよ」
シャミ子は少女──千代田桃と佐田杏里の二人とそんな会話を交わす。それからふと、杏里は気になったことを桃に問いかけた。
「そいやちよもも、すももちゃんってちよももの妹なんだよね?」
「…………そうだよ」
「なに今の間は」
「……いや、その……うーん、何て言ったらいいのかな。……シャミ子……」
「杏里ちゃんなら信用できますし、話しても大丈夫だと思いますよ?」
「えっなに? もしかして地雷踏んだ?」
困ったように言葉を途切れ途切れにする桃は、ちらりとシャミ子に視線を送る。
シャミ子もまたあっけらかんと返し、観念したように桃は立ち上がると二人に手招きした。
廊下を歩いて、誰もいない階段付近に近づくと、桃は咳払いを一つしてから語り始める。
「まず、私は小さい頃、この町で姉と一緒にとある魔法少女の呪いをどうにかしようとした。その子が感情が昂ることによって周囲に災いを撒き散らすようになったとき、私はその呪いの被害を逸らすために力を使っていたんだ」
「へぇ~」
「そして、そうやって体を張っていたからか、姉が呪いを改善する前に、その子の魔力が私の中に少量取り込まれてしまった」
杏里の相づちを交えながら、桃は無意識の内に腹を手のひらで擦る。
「……前提として、魔法少女や魔族は、夫婦の営み以外に体内で魔力的なものを育んで子孫を残すことが出来るんだけど──」
「──ちょい待ち、まさかとは思うけど」
「……うん、たぶん想像した通りだよ。その子の魔力は……小さな命となって、幼い私の体の中に定着してしまったんだ」
桃の言葉に、杏里は驚愕を隠せない様子であんぐりと口を開けた。そして目頭を指で揉むと、じゃあ──と言ってから言葉を続ける。
「なに、つまり……すももちゃんは……ちよももの娘ってこと?」
「正しく定義するならそうなるね。まあでも、よりしろに命を移してあの体になったのは数年前だから、おそらく本人に私の娘である自覚はないよ。今も誰何さん──色々と手伝ってくれた魔法少女とシャミ子が親代わりを努めてくれてるから、あの子は私を親だとも思ってない」
「しれっとシャミ子も巻き込まれてんじゃん……シャミ子はそれでいいの?」
「え、ああ……別にいいですよ?」
困惑した表情で顔をシャミ子に向ける杏里は、あっけらかんとした態度で当然であるかのように肯定する彼女に言葉を返される。
「私としても、妹がもう一人増えたような感じですし、それに……その……なんというか、誰何さんとすももさんと居ると……え、えへへ……」
「あ~~うんうんわかったわかった」
ぽっと頬を染めて尻尾をくねくねさせるシャミ子を見て、何を言いたいかを悟った杏里はげんなりとしながら彼女の言葉を中断させる。
「んー、よし。取り敢えずこの事は黙っとけばいいんだよなっ?」
「……ありがとう」
「つーかさー、すももちゃんが産まれたことってその魔法少女……パパ魔法少女? にはどう説明してるのさ。まだしてないの?」
杏里の疑問に、桃は一拍置いて答える。
「ああ……それはもうしてある。大慌てで今度この町に戻ってくるって言われた」
「そうなんですか~。ところで桃、その方になんて説明したんですか?」
「え、『子供が産まれたから会いに来て』って。それだけだけど」
「あのさあ」
「どうして誤解を招く説明をしたんですか?」
「……???」
なんのことやらと言わんばかりに首をかしげる桃に、シャミ子と杏里は呆れていた。
──放課後、夕暮れ時の商店街を歩くシャミ子と桃は、肉屋の前で杏里と別れたのちに、手持ち無沙汰でうろつく誰何とすももを発見する。
「あっ。おーいシャミ子ちゃん、桃ちゃーん」
「誰何さん、なにやってるんですか?」
「そろそろ二人が帰る頃だと思って、すももちゃんとお迎えするついでにシャミ子ちゃんの料理の材料を買おうと思ったんだけど……」
悩むように辺りを見回す誰何に、桃は合点の行った様子で返した。
「何を買えばいいかわからなかった、と」
「そもそも僕、液体以外口にしないからね」
「シャミ子が苦労してそうですね」
「うっ」
桃に図星を突かれて呻く誰何。
そんな誰何に、抱きついてきたすももを撫でるシャミ子がフォローするように桃に言う。
「いえいえ、料理は楽しいから大丈夫ですよ桃。……まあ、さすがに1からコンソメスープを作ったときは少し大変でしたけど」
「ほんとにゴメンねシャミ子ちゃん!!」
「ふふふ、冗談ですよ」
スンと表情が曇るシャミ子に、誰何は本心からの謝罪をしながら頭を下げる。
「……
「すもも?」
その姿にくつくつと笑いながらかぶりを振るシャミ子からすももが離れると、彼女は桃の下に向かってその手を取って見上げる。
「……帰ろ?」
「──そうだね、じゃあ帰ろうか。誰何さん、シャミ子、すももを預かってくれてありがとう」
すももの手を握り返してふっと微笑を浮かべる桃は、シャミ子と誰何にそう言った。
「すももちゃん、また明日ね」
「ああそうだ、シャミ子、すももの分の食費は週末に渡しに行くね」
「わかりました、おかーさんに伝えておきます。桃も帰り道に気を付けてください」
「……シャミ子お姉さん、じゃあね。おかあ────誰何さん、も」
桃の手を握るのとは逆の手を振りながら呟くすももは、最後の最後で発した言い間違いに、その色白の顔を朱に染めた。
「…………行こ」
「すもも、引っ張らないで──」
誤魔化すように桃を引っ張る形でその場をあとにするすもも。二人のそんな背中を見送ると、誰何は表情を緩めてシャミ子に言った。
「あはは、お母さんだって。そう思われるのは……あんまり悪い気はしないね」
「…………」
「あの、シャミ子ちゃん?」
照れるように言った誰何だが、黙り込んでいるシャミ子に違和感を覚えて呼び掛ける。
「──ああ、いえ……誰何さんがお母さんなら、お父さんは私なのかな~と思っちゃって」
「……あ、う、そう……かな?」
「と言っても、すももちゃんのお母さんは桃だし、あの子が産まれる切っ掛けになった魔法少女さんも近い内に来るそうですし」
「──ふうん、そうなんだ」
誰何はシャミ子の言葉に無意識にまぶたを細める。くだんの魔法少女を知れるチャンスが来たことで品定めをしようとしていることに、本人は気づいていなかった。
──そして、直後に続けて放たれた発言に、数拍前の感情が一瞬で消し飛んだ。
「……あんな可愛らしい子供、いつか、欲しいですね。誰何さん?」
「────あの、シャミ子ちゃん。まだ、早いんじゃないかな、そういうの」
「そうでしょうか? ほら、人生設計は早めにした方が良いと思って……これからも誰何さんとは
──この子変なところでぐいぐい来る!! と、口には出さずに内心で独りごちる誰何。
「とっ、ところでシャミ子ちゃん、今日の晩ご飯はなにかな?」
「え? ……そうですね、今日はコーンスープにしましょう! 裏ごしもして、粒一つ残さないトロトロのスープにしちゃりますっ」
「やった~」
咄嗟に献立を聞いて誤魔化した誰何は、話題を逸らせたことにホッと一息つく。
──そして、八百屋に向かう彼女を追いながら、その背中を見て思案する。
「(シャミ子ちゃん、それに桃ちゃんとすももちゃんを置いて、桜ちゃんは何処に行ったんだ。前にも考えたけどこの状況でただ失踪するには違和感があるし……なにかに巻き込まれた?)」
──ともあれ、と続けて。
「(桜ちゃん……わりと愉快犯の
すぅ……とまぶたを細めて、誰何はただただ静かに胸の内で決意する。
「(桜ちゃん──君を見つけていつかボコる)」
その言葉を最後に、誰何はトウモロコシの吟味をするシャミ子の楽しげに揺れる尻尾と、頭にある重そうな巻き角を見ると呟く。
「……僕も、変わったかなぁ」
ひ弱で、元病弱で、誰に対しても優しい子。そんなまぞくに絆されている──誰何はその事に関して自覚しているが、それが一個人への特別な感情であることに気づくのは、もう少し先の話。