アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者 作:kazuya2009
※1.当作中においてのメインキャラクターは競走馬登録のない名称を使用しております。今後、もし競走馬登録された場合ウマ娘の名前の変更があるかも知れません。予めご了承下さい。
※2.当作品はほとんどオリジナルキャラしか出てきません。ゲーム内に出てくるウマ娘は健在していますが既に伝説となっております。
※3.独自設定上、ウマ娘ではありえない設定を有しています。
例えば、人間VSウマ娘の手に汗握るアクションが存在したり、トレセン学園の権力が国家権力を欺くレベルだったりと。どう考えても暗部だと思える描写があったりしますので予めご了承ください。
※4.上記独自設定、ゲームキャラの不在等のためゲームキャラの登場を期待する方には非常に面白くないものとなっておりますので予めご了承頂きますようよろしくお願いいたします。
※5.最後にヒロインとは糖分が多めになっております。そう言うのが苦手な方は予めご了承下さい。
「トレーナー、今まで本当にありがとうございました」
深々とお辞儀をする一人のウマ娘。
俺が担当していたウマ娘が、また一人巣立っていく。
黒いロングヘアーの似合う細身で背のあるウマ娘。プライドクラッシャー。
恐らくはその魂に刻まれたのは誰かのプライドを壊してしまう程の力が込められた娘だったのだろう。しかし、この娘は自分のプライドを壊してしまった。掲示板にすら乗らなくなる程のスランプ。
ついには後ろ向きな思いが強くなりスカウトしてくれたトレーナーの下を自ら去ってしまったのだ。
しかし走るのは諦めたくなかったのだろう。他のトレーナーに指導を仰いだ。だが彼女の後ろ向きの状態のせいで自分を取り戻せずに苦悩の日々を過ごしていた。
そんな彼女を見かねてか、俺の同期にして凄腕トレーナーの同僚が「あの人ならきっとあなたの走りを取り戻せるはずよ」と俺を紹介したのだ。
彼女のトレーナーとして問題点を洗い出し、地道に出来ることを試し、何より彼女が気持ちよく走れるように彼女の特徴も分析し、気配りもした。その甲斐あってプライドクラッシャーのプライドを取り戻すことが出来た。スランプから抜け、掲示板外に落ちたオープンを勝てるようになるとGⅢ、GⅡでも掲示板に再び戻ってきた。
そんな中だ。彼女の最初のトレーナーが訪ねてきたのは。
再び彼女とターフを歩みたいと、彼女を自分の元に呼び戻したいと。
秋の始まりのある日の出来事だった。
扉が閉まって一人になる。
プライドクラッシャーは幸運にも再び元の鞘に収まったのだ。
椅子に体重を掛けると目を瞑る。
彼が訪ねてきて強い想いを語った時のプライドクラッシャーの涙に引き止める理由を失ってしまった。
「今の彼女なら、もう何も心配ないだろうな」
目を開けると彼女の育成ノートを手に取った。
パラパラとページを捲っていくとスランプで入ってきた時の練習メニューにタイム。徐々に調子を上げてきた時のタイムとここからだ!と、俺の書き込みが目に入ってくる。
去って行ってしまったが充実した日々を懐かしく思い返すと、袖机の一番下の引き出しを開けた。
引き出しの中には今まで担当してしてきたウマ娘たちの育成ノートが。ある娘は重賞レースが一度も勝てず失意のまま、学園を去った。ある娘は足を故障して、復帰のために俺の元に来たが回復に時間が掛かり過ぎて競争人生に幕を閉じた。またある娘はGIを連勝することもあり、海外のトレーナーにスカウトされて海外へ活躍の場を移した。
そんなウマ娘たちの一番手前に新たな思い出として収める。
引き出しを閉めるのと部屋の扉が開くのは同時だった。
「ホント、お人好しね。あなたって」
顔を上げると、腕を組んでやや呆れ顔の同僚のトレーナーである綾峰祥子がいた。
少し茶の掛かったセミロングの髪に整った顔立ちで男性トレーナーからはもちろん、同じ女性トレーナーにウマ娘までファンのいる容姿端麗で頭脳明晰の凄腕トレーナーだ。
そう前述したプライドクラッシャーに俺を紹介したトレーナーが彼女である。
「ああ。俺もそう思うさ。だけど『俺』の仕事は『彼女』たちが『最高の走りが出来る』ようにしてやることだ」
「まあ、そんなところがあなたの良いところよね」
苦笑いをしながら部屋に入ってくると応接用のソファに座る。
「まあな、何か飲むか?」
「そうね。コーヒー頂けるかしら?」
「ああ」
俺は立ち上がるとカップとドリッパーを二つ用意する。
ドリッパーにペーパーフィルタをセットしてすでに挽いてあるコーヒー豆を入れるとケトルに入ったお湯を入れていく。
カップは彼女の前に置き、俺は自分のコーヒーを口にしながら彼女に向き合う様、座った。
「ありがとう」
彼女もカップを手に取ると同じくコーヒーを口するとカップをテーブルの上に置く。
「はぁ〜、あなたの淹れるコーヒーはいつも優しい味してるわね」
「よい香りの豆を挽いてるからな。で、忙しい綾峰トレーナーがわざわざ俺のところに来たんだ。まさかコーヒー飲みに来ただけじゃないんだろ?」
「ええ」
カップを置くと俺にA四サイズの封筒を渡してきた。
封筒を受け取って中身を確認すると一人のウマ娘の資料が入っていたのだ。
「アブソリュートゼロ、わたしのチームに所属してるウマ娘よ」
「なにか、ダメなのか?」
「まずは資料を読んでみてくれないかしら?」
促されるまま資料に目を通す。
アブソリュートゼロ。去年の選抜レースで二千メートルを走って綾峰がスカウトしたウマ娘だ。五着だがタイムは悪くなかった。
スローペースの中、中団のやや後方から様子を見て第三コーナーから徐々に前に行き第四コーナー終盤で先頭集団を捉えると一時は先頭に出たのを覚えてる。結局最後、後ろから来た他のウマ娘にゴール前で差されて一着からコンマ一秒差の五着だ。
特筆べき点は第三コーナーからのロングスパート。仕掛け次第では十分勝ちが狙える力があった。だから綾峰はスカウトしたはずなのだが。
資料を読み進めていく。
適正距離は芝の千六百から二千四百。典型的なマイル・中距離ウマ娘だ。現在の戦績は十戦四勝。やはりタイムも悪くない。ロングスパートを活かした差し。だが先行、追い込みもこなす。更にメンバー次第では逃げもする。脚質を自在に操る器用なウマ娘だ。
四勝のうち一勝はデビュー戦。オープンを二勝。重賞はGⅢ共同通信杯を勝っている。負けたGⅢだと東京スポーツ杯ニ着。GⅡはスプリングステークス四着、青葉賞三着、直近だと神戸新聞杯ニ着。そして皐月賞四着、ダービー五着と、勝ち切れないも決して悪い戦績ではない。しかもデビューしてから二大クラシックGⅠに他の重賞含めても掲示版を一度も外していない。かなり優秀な部類だ。
少なくとも綾峰の手を離れる必要性を全くと言っていいほど感じない。戦績からもスランプに入ったとも思えないのだ。
一応トレーニングメニューに、その記録も見れるが何も問題無いように思える。
一通り読み終わると俺は疑問をぶつけた。
「この子の何が問題なんだ?」
綾峰もなんと言ったらいいのかというような表情で答えた。
「見てもらったとおり分かると思うけど成績、能力には何も問題ないのよ」
「と、言うと性格というところか?
もしくはコミュニケーション」
綾峰は肩を落としながら首を振りながら答えた。
「問題があるのはチームメイトよ。チームメイトが彼女に対してちょっかいを出すのよ……」
綾峰のチームは実質トレセン学園トップクラスのチームだ。チームメンバーこそプレオープンクラスからクラシックでGⅠタイトルを取ったウマ娘までいる。
気性難のウマ娘だって何人も抱えてそれでもチームをしっかり運営出来てる。ウマ娘のことを理解して一人一人に気にかける事が出来る。
チームメンバーと打ち解けれないようなウマ娘だって何人もいるはずだ。
だから俺は言った。
「それだけの理由なら俺のところに来ないだろ? 綾峰がその程度の事でウマ娘の面倒が見れないなんて無いはずだ。サブトレーナー達だっているんだぞ? 単にちょっかい出されるウマ娘を俺に預ける理由には、少なくとも君にあると思えないんだが?」
そうだ。本当にそれだけなら、だ。綾峰が俺のところに来るのは余程だ。まして戦績で言うなら俺は綾峰に及ばないのにだ。
「ふぅー あなたには敵わないわね」
「何が起きてるんだ?」
「彼女の私物が時々紛失したりするのよ。それだけなら注意だけで何とか出来ていたはずなの。でも、まさかゼロの勝負服を破損させるなんて最悪なことが起きたのよ。他にもあるけど、わたしからは言わないわ。たぶん今後あなたも目の当たりにする事もあると思うわ。でも、あの子はたぶん対策をしてるから大丈夫でしょうけどー」
綾峰が珍しく握り拳を作る。勝負服を破損させるなんて事も起きているのだ、無理もない。
「この件は、まだ私を含めてサブトレーナーと、たづなさん、学園長のみよ。知っているのは」
「それだけの問題があって表沙汰になってないということは、そういう事か」
つまり問題が起きてるにも関わらず表面上では問題になってないのは、このアブソリュートゼロが自分から問題にならないように懇願してるとしか思えない。しかもこの分だと学園長にも直談判している。
たぶん、それだけじゃないだろうな。
俺に託すのは、彼女ではなく彼女の抱える問題だろう。解決してほしいと言うことだ。
「皆まで言わずに察してくれるのは助かるわ。それで引き受けてくれるかしら? あと、この件について学園長は全面的に協力してくるわ」
「引き受けるが、念の為に確認だ。彼女は今一人部屋か?また一人部屋だとして問題は継続しているのか?」
「部屋での私物の紛失はなくなったわ。ただやっぱり問題自体はいろいろとね……」
俺の質問に綾峰は悲しげに肩を落とすのであった。