アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者 作:kazuya2009
朝を迎え面会時間になると、学園長と綾峰がやってきた。
俺はテレイアー達が訪ねてきたこと、それぞれが俺に謝罪したこと、本人たちから全てを語る覚悟があることを伝えると、アブソリュートゼロを含めて騒動の中心人物達が集まった。
病室の雰囲気は修羅場と言って過言ではない。
まだ集まっただけで何も始まってないのにこの重圧感はとても息苦しいな。
事が事である以上、仕方のない事でもあるわけだが。
テレイアーが代表する形で謝罪を口にし始めた。
「まずアブソリュートゼロさんへのいじめと、勝負服の破損、私物を盗難したことについて本当に申し訳なく思っています。当然、謝って済む問題でもなく、どんな叱責も処分も覚悟しています。本当に、本当に申し訳ございませんでした」
テレイアーとノースピクシーはすでに昨日、俺のところで反省をしている。
だからだろうか。二人の意志だけはしっかりと伝わってくる。
しかし残り三人のウマ娘は渋々といった様子で、むしろ巻き込まれたというような表情が隠し切れていない。
それを感じ取ったのだろうか。
綾峰が口を開く。
「テレイアー、ノースピクシー。あなた達二人は残って。あとの三人は後から追って事情を聞きたいわ。三人は下がりなさい」
自分たちは許されるのかもしれない。そんな安堵の表情を浮かべる三人に、綾峰の表情は呆れていた。
「あなた達も反省する心があるなら、わたしが呼ぶ前に心の整理は付けておいて。ここからは少し話が重くなるから当事者の二人だけを残すの。あなた達への追及が終わったわけではないから勘違いはしないように」
三人は顔を見合わせながら、それでも一応分かりましたと返事をして俺の病室を躊躇いなく去っていく。
精神的に未熟な娘には少々、難しい選択を敢えて行ったか。
もし、ここで自分達も当事者で残るべきですとでも言えば、その後の対応も違うだろうが―
覚悟がないものを残しても悪戯に反発されたり、返って二人の覚悟を台無しにし兼ねない。
この処置はある意味に運命を分ける対応になりそうだ。
三人が去ったのを確認すると、ノースピクシーが覚悟を決めて話し出す。
「わたしからも、改めて謝らせて下さい。また言わなければ行けないことがあります」
言葉を一度切る。俺に謝罪した時以上の緊張感を感じているのだろう。体が明らかに震えているのが分かった。
「わたしは、アブソリュートゼロさんへのいじめが上手く行かなくて、カントリーマスターさんをいじめることでアブソリュートゼロさんを苦しめようとしました。だけど、トレーナさんとトレーナーさんに協力する子達に妨害されてそれは叶いませんでした。それに腹を立てた、わたし……は、わたしは……」
殺しの依頼について話そうとした時から涙があふれて声に嗚咽が混じり始める。
だが言わなければという気持ちが強いのか涙を拭う事もせずに事実をはっきりと語った。
「わ、わたしは……。トレーナーさんを殺す依頼を闇サイトに出しました」
「っ!」
ノースピクシーが言い終わるのと、ほぼ同時に病室に平手打ちをした音が響き渡る。
静まり返る病室には嗚咽が静かに漏れていた。
「ソリュー……」
平手打ちをしたのはアブソリュートゼロだった。悲しそうでやり切れないと言った表情で、ノースピクシーに平手打ちをしたのだ。
「どうして……。どうして、そんなことしたの? トレーナーさんが生きてたから良いけど、死んでたかも知れないって、わたし、どれ程辛かったか……っう、うぁ」
そこまで言うとアブソリュートゼロは手で顔を覆うと泣き崩れてしまった。
ノースピクシーも泣きながらただ、ごめんなさいと。言葉で謝罪しても足りないけど、今はこういうしかなくて、と謝る。
テレイアーも同じく泣きながらアブソリュートゼロの前に正座をすると繰り返し謝っていた。
学園長と綾峰は本当に、複雑そうな表情をしていた。
恐らく勇気をもって自分から語った事と、しかしやってしまった事の重大さの天秤を測りかねていると思うのだ。
しばらくは泣き崩れるアブソリュートゼロにテレイアーとノースピクシーが泣きながら謝り続ける時間が流れた。
「ノースピクシー。君がした事はもはや犯罪だとしか言いようがない。学園としても、決して許容出来る範囲を超えておる……」
学園長が重い口を開いた。
殺人の依頼は刑法で定められている教唆犯に該当する。立派な犯罪だ。
ノースピクシーもそこまでの事態を考えていなかったのだろうが、すでに覚悟は決まっているようだった。
「もう……、覚悟は出来て、います。どんな処罰も受けます。警察への自首もします」
重い言葉がノースピクシーからも語られた。
だが、どうするか?
俺が警察に連絡せずに綾峰に連絡したのは内々で処理したいというエゴもあった。綾峰もそれを感じ取ってか一般の病院ではなくトレセン学園の医療施設へ運ぶことを選択している。
たぶん学園長もその意図があった事は分かっているのだろう。
おかしな話だが、この件で未だ警察は動いていないのだ。
全ては学園の判断で全てを決められるだけの隠蔽工作は完了していると言っていいだろう。
たぶん今後も世間がこの件を知ることはない。
「俺自身は被害届を出すつもりは実はない。三人は驚くかも知れないが、未だに警察はこの件を把握していないはずだ」
学園長の方に視線を送ると、学園長も頷く。
「そ、それってどういう事ですか?」
驚きに声を上げたのはアブソリュートゼロ。
会話が出来るくらいには落ち着きを取り戻しているようだ。
「これから話すことは、他のウマ娘には絶対に他言無用で頼む。俺が刺客と対峙した時、トレーナー同士で緊急事態を知らせる機能を使って綾峰を呼び出したんだ。実はな、俺達はウマ娘がたとえ暴走して暴れても単独で取り押さえられるだけの訓練は受けている。で、トレーナー同士での緊急事態を知らせるのは主に学園に関わるウマ娘の事件の場合や、学園ルートで警察に連絡する方が早いときなどがある」
俺はそこで一度、区切る。
「闇サイト側については、俺が生きているために接続不可になっているか調べても情報が出てこない対処をしているはずだ。君が自首してもサイト側の証拠はない。現場は恐らく緊急工事などで封鎖。最悪警察に引き渡せるように現状維持はしているだろうが」
学園長へ視線を向けると頷いて答える。
「それは、綾峰トレーナーから連絡を受けた時点で全て対処済みなのだ」
学園長も認めた。学園長も俺の意志は分かっているらしい。
「俺自身は被害届を出すつもりはないと言った。もちろん罪を償わなくていいと言っているわけではないが、な」
「どうして、そんな事を? わたしは、トレーナーさんを殺してくれって依頼を出したのに……」
「夜中に訪ねて来て、君は俺に告白してくれた。その上で反省して自分の口からこうして関係者に語っている。俺はその心があるなら十分だと思っているんだ」
甘いと言われれば甘い。
俺が死んでないからこそ出来る処置でもある。
今回の件、悪質だが十分に反省している。ここから学び、道を正せるだけの心があると踏んだからの処置だ。退席していいと言われて退席した三人は知らないがな。
まあ、今回の件で改めて訓練の継続性が必要だという認識も出来た。今後、トレーナーが恨みを買って暗殺される可能性だってあるという事例になってしまったから、なお更だ。
本業がトレーナーである以上、作れる時間は限られてるが研修の時間は増えるだろう。
「一応、最初の相談通りに出来る限り丸く収まるようにしているつもりだが。ソリューとしてはどうだ? 俺は君の意見を尊重する」
ソリューは俺の言葉を聞いて、一度目を瞑った。
さすがに俺が殺されそうになっては許せないのか。それとも心を静めているのか。
だが次に目を開いたときには決意した思いが瞳に映っているのが分かった。
「正直、最初はトレーナーさんが死にかけた事で許せないという思いもありました。だけど……。だけど、トレーナーさんが許せるというなら、わたしも許します。だって、わたしは皆と仲良く競いながら走りたいのが一番の願いだから。それが叶うなら、わたしは二人を許します」
二人を許す。それは残りの三人はまた別という事だろうか。
「ゼロさん、本当にごめんなさい。本当に……」
「アブソリュートゼロさん、わたしも本当にごめんなさい……。わたしのは言葉なんかじゃ償いきれないけど、でも、それならわたし、ずっとあなたとトレーナーさんに謝り続けたい……。こんな、わたしを許してくれるなんて、本当にわたし、馬鹿だった……」
三人は抱き合うと再び泣き出してしまった。
だが、さっきよりは余程マシか。
綾峰の方を見ると彼女も涙を流していた。いや、学園長も泣いているじゃないか。
だが、綾峰は許せるのだろうか。
彼女はテレイアー達を見れるのだろうか?
「学園長、俺とソリューの意見は許すという結論です。もちろんこれは俺とソリューの個人的な許しではありますが。学園側の意見については学園長たちに一任します」
「うむ。分かっている」
学園長は頷くと少しだけ辛そうに目を閉じてから話し始めた。
「テレイアー、ノースピクシー両名には後日、学園から処分を言い渡す。だが、二人が正直に話してくれたこと反省している事、何よりもアブソリュートゼロとトレーナーの寛大な心を尊重する形での処分になるだろう」
一旦、話を区切ると綾峰トレーナーの方を学園長が見る。
綾峰トレーナーは力なく首を振ると、再び口を開いた。
「今回の件、特にノースピクシーに関しては綾峰トレーナーの想い人に対して出来心であっても殺しの依頼を出してしまっている事から、彼女自身が君たちのトレーナーであり続けることが難しいと申し出た」
テレイアーとノースピクシーが辛そうに頭を垂れる。
正直、こればかりは仕方がない。
「わたしは正直心の整理が付かないわ。そんな気持ちであなた達のトレーナーは出来ないの。ごめんなさい」
テレイアーとノースピクシーが顔を上げる。
「わたし達が悪いので、謝らないでください」
「わたし達、すでに覚悟は出来ていました」
二人はこれは当然の処置だと納得いっているのだろう。
せっかくトレセン学園屈指のトレーナーの元にいられたのに正直、勿体ない。
本当に二人とも反省するのがもう少し早ければと悔やまれてならないと思った。
「二人と綾峰トレーナーとの契約は現時点を持って解消させてもらう」
学園長がはっきりと言葉にして伝えた。
「また、二人とも処分が下る上に契約が解消される事から、処分明けから再びトレーナー探しをすることになる。だが、処分を受けた上に契約解除されたウマ娘を再び契約してくれるトレーナーを探すのも難儀なのだ。まあ、一人、例外的なトレーナーもおるがな」
そういうとわざとらしく俺を見る。
「俺は来たものは余程のことがない限り拒まないですがね」
「と言う訳だ。訪ねる訪ねないは二人次第だな」
学園長はそう言うと俺と、綾峰に訪ねた。
「二人からはもう大丈夫か?」
「俺はもう大丈夫です」
「わたしも十分です」
俺と綾峰が二人で頷き合いながら答えた。
学園長も頷くと最後に言う。
「今回の件は、とても悲しい事件だった。だが、三人ともこれを糧にさらなる高みを目指して欲しい。良いかな?」
三人は力強く返事をした。
アブソリュートゼロは更に強い心を。テレイアーとノースピクシーは加害者だからこそ自分を見つめ直して他のウマ娘たちに優しくなれるだろうと思うのだった。