アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者   作:kazuya2009

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2.出会い―心優しきウマ娘

 数日後ー

 トレーナー室で例の問題の対策を講じてると扉が叩かれ、入ってくれと言うと一人のウマ娘がやや申し訳無さそうに入ってくる。

 一般的なウマ娘らしい鹿毛。腰まで伸びる綺麗なロングストレートは思わず目を奪われそうになる。体は少し小柄だが華奢な感じはせず、いや小柄であるにも関わらず纏うオーラが違う。力強くも優しさを俺は感じた。なるほど、「どうして表に出ないのか」の理由の推察は、あながち間違ってないかも知れない。

 即ち強すぎてかつ優しすぎるのだ。悪い意味ではなく良い意味で。

 顔立ちも可愛らしさを受けて、街で歩いていたら視線を追ってしまいそうだった。

「今日からお世話になります。アブソリュートゼロです。よろしくお願い致します」

 私物の入っていると思われるカバンを両手で持って頭を下げる。とても礼儀正しいな。

「ああ、よろしく。ところで君はあだ名とか大丈夫な方かい?」

「え? あ、はい。大丈夫ですが」

「ソリューって呼んでいいかな?」

 俺がそういうと、彼女はくすっと笑う。

「トレーナーさん、もしかして名前が長いから略したいだけじゃないですか?」

「バレたか」

 そう答えると、やはり彼女はくすくすと笑いながら笑顔で答えた。

「トレーナさんの呼びやすいようにしてくれればいいですよ」

「そうか。あ、まずは荷物を置くといい。ロッカーがあるから使ってくれ。そしたら今後について話したいことがあるから、そこの応接スペースで話そう」

 今後のことについてー

 その言葉に少し硬い表情をするが、すぐに表情を崩してお礼をする。

 俺は綾峰が来たときと同じようにコーヒーを二つ用意すると、先にソファに座っていたアブソリュートゼロにカップを渡す。

「あ、綾峰トレーナーが言ってたとおりですね。優しい味がします」

 笑顔でコーヒーの味に応えてくれると、表情を引き締めて俺の顔を真っ直ぐ見てくる。

「トレーナさんは、どこまで聞いてますか?」

「君から切り出すのか。思ったとおり強い子だな」

 コーヒーを一度、口にする。

 俺のは少し苦味の強いやつだ。苦味がある方が好きなのだ。

「大方のことは綾峰トレーナーからは聞いた。具体的な例を上げると、私物がなくなる事と勝負服の破損だけだ。それ以上のことは彼女からは語られてない。少なくともプライバシーに関わることもあったんだろうと推察は出来るが、そこは綾峰トレーナーの人柄を考えれば語られることは決してないのは知ってのとおりだ。あとこの件を知ってる人間のことは聞いている。実際に学園長にはすでに協力を依頼して色々と対策を講じ始めたところだ」

 ここまで話すと一息つく。再びコーヒーに口をつけて、彼女にも促す。

 硬い表情の彼女は恐らくこの一点が心配なのだろうと思い次のことを伝えた。

「俺は首謀者の具体的な名前は聞いてない。また今後知ったところで、少なくとも強引な事をするつもりはない。そしてー」

 アブソリュートゼロが息を呑むのが分かった。

「出来る限り、穏便に事が収まるようにするつもりだ。まあ、ちょっとだけ荒療治になるかも知れないが少なくとも君にも首謀者たちにも悪いようにはしないさ」

 少し表情が和らぐのが分かる。たぶんそうだろうと思った。恐らく、この娘は辛い目にあっても耐えられるだけの強さがある。その上で相手を気遣えるだけの優しさと強さがある。

「まず確認させて貰いたいんだがいいか?」

「はい、何でしょうか?」

 間違ってなければだ。綾峰からも学園長、たづなさんにも聞いてないから推測だ。

「首謀者のウマ娘の子達は、既に学園長にまで知られてることを知らない。そして君はその上で彼女たちのへ処分は待ってもらうようにしてる。しかも彼女達からの仕打ちを甘んじて受けて、だ。ここまではあってるか?」

「はい」

 予測だったとはいえ、本当にいじめを甘んじて受けているとはな。この娘の精神を例えるなら金か。硬さを持ちつつも柔軟性がある。

「また君はいじめてくるウマ娘が、こんな事をやめて普通に過ごしてくれるようにと考えてる。そして、俺のところに来ることで彼女たちが自分をいじめる機会を減らした上でトレーニングに集中して走ることへ『想い』が向くようにしたいと考えてる、と俺は考えたんだがどうだ?」

 アブソリュートゼロが目頭に少し涙を溜めて頷いた。

「噂は本当だったんですね。ウマ娘の想いを汲んでくれるトレーナーさんだと聞いてました。何人もの訳ありのウマ娘達を再起させてきたのはレースの勝ち負けは当然のことながらウマ娘の想いに真正面から受け止めてくれるって」

 参ったな。俺はそんな評価を受けていたのか。あながち間違いじゃないし担当して来た子達ならそう話をしていても不思議はなかったわけだが。

「全く、担当するウマ娘以外のアスリート人生を。しかもいじめの加害者の子達の人生まで、お願いされることになるとは思わなかったぞ」

「ふふふ、ご自分で推察しておいて何を言ってるんですか? この件を引き受けたときから大体勘付いていたって言ってるようなものですよ」

 俺の話を聞いて安心したのか、硬かった表情はなくなり笑顔が戻って来た。

 しかし、これはなかなかに頭が切れる子だ。恐らくこの子にとっては俺がこの件に関わった時点で解決、もしくは半分解決したと思っているんだろうな。

 彼女にとってはチェス盤の上で、すでに相手をチェックメイトするまでの道筋は出来上がってるのだろう。

 俺は最後の駒というところだろうか。

「君は案外、トレーナー向きのウマ娘なのかも知れないな」

「どうでしょうか?」

 笑顔で答えられるところを見ると満更でもないかも知れないなと思った。

 

 確認したいことが終わり、彼女の考えと目標がわかった時点で俺は本題へと入る事にした。

「さて、君への確認が終わったところで本題だ。俺は君の胆力を見込んだ上で君自身を使ってトラップをいくつか仕掛けるつもりだ」

「わたしの部屋に隠しカメラでも仕掛けますか?」

「そういことも含めてだな」

 とは言っても話に聞いてるのは私物の紛失等だ。彼女の部屋に誰かが忍び混むにしても本来は鍵がなければ中に入れない。

 以前は相部屋だった。なら、ルームメイトが脅されて中に通していた可能性は十二分にある。なんらルームメイトというだけで、いじめの余波を受けていた可能性すらあった。

 今は一人部屋だ。そう簡単には入れない。だが、可能性がゼロではないのだ。

 ならば玄関と窓を監視すればいい。彼女の私生活を侵害しないようにしながら不法侵入者という動かぬ映像という証拠で揃えておく。

 などと真面目に思考していたらアブソリュートゼロが自分の体を抱き隠すようにするとー

「わたしまだ異性に体を見られたことないんです……。でも、トレーナーさんの作戦なら仕方ありません。わたしも……覚悟を決めないと」

 顔を赤らめて言うことか!? 待て待て! しかもそんな恥じらうような表情を!

「か、勘違いをしてる! カメラの設置は玄関から外に向けてだ! あと窓側も侵入してくる人物を捉えられるだけでいいから部屋は映らないようにだな!」

 俺が必死に説明していると、彼女が肩を震わせていたのが分かった。

 それに気が付いた瞬間、彼女は堪え切れないと言わんばかりに盛大に吹いたのだ。

「ぷっ! あははは! と、トレーナーさん慌て過ぎですよ! だ、大丈夫ですよ、冗談ですからー」

 くっ……。してやられた。ダメだ、この娘には敵わない。アスリートよりメンタリストとかの方が向いてるんじゃないかと思うくらいにはこの娘は頭は良く回る。

 だが思えば、いじめを受けてるのに動じず、あまつさえ被害者でありながら加害者を救済したいという思考の持ち主だ。

 まるで、いじめたのがわたしで良かったですね。他の娘なら確実に仕留めてますよ? とりあえず証拠を突きつけられて逃げられない状況を作って反省出来るようにして上げますね。と言っているようなものだ。

 しかし重い内容の話をしているとは思えない雰囲気だ。

 だから冗談も簡単に出る。

「危なく俺は変態スケベトレーナーのレッテルを貼られるところだった」

「あ、でも信用してますから裏切ったら駄目ですよ?」

 人差し指を立てながら笑顔でいう。

 ……この、小悪魔め。と俺は思った。

「ああ。当たり前だ。そんなこと微塵も考えてないさ」

 俺は大きくため息を付きながら答えるのであった。

 

 その後は考えてる作戦を伝えて出来る限り早期解決を目指すことをお互いに確認し、あとは次のレースへの目標、トレーニングメニューについてなどを話しをする。

「―と、まあ、大体今後のことは決まったな」

「はい。ありがとうございます。あ、そう言えば他の娘たちは? 人払いをして下さってるんですか?」

「ん? それはうちのチームメンバーということを聞いてるのか?」

「はい」

 アブソリュートゼロはそういうとトレーナー室を見回しながらいう。

 確かにだいぶ時間が経った。担当しているウマ娘がいるならノックをして誰か入って来てもいいくらいの時間は過ぎているのだ。

「うちが少人数のチームなのは知ってるよな?」

 俺自身あまり大人数の面倒を見ることはあまりない。多くても五人だ。綾峰のチームは十四、五人は常にいるしもっと多いチームだと三十人くらいいるところもある。

 俺のところはチーフトレーナーの俺だけだしな。

「はい。プライドクラッシャーさんがいらしたかと。他の娘は知りませんが」

「彼女なら先日元々のトレーナーが彼女ともう一度歩みたいと頭を下げて来てな。彼女自身に判断を託した結果、彼の元へ戻ったよ。で、ちょうど手空きになりそうだったところに君が来たんだ」

 そういうと彼女は少し驚くも、なるほどと納得するような顔をした。

「トレーナーさんってやっぱり優しいんですね」

 彼女は嬉しそうな笑顔でいう。

「さあ、どうだろうな」

 優しい。まあ良く言えばそうだろう。逆を返せば俺には欲がないんだろうなと思うのだ。

 普通のトレーナーなら自分が育てたウマ娘は他人なんかに預けたくないからだ。だが、俺の場合は少し事情が異なる。

 訳ありの娘達の再起が多いからだ。俺自身が誰からも声の掛からないウマ娘やプライドクラッシャーのようなスランプで自らトレーナーの下を去るような娘、あとは正式なトレーナーが付くまでの仮トレーナーという事がほとんどなのが原因なのだが。

「『ウマ娘に最高の走りが出来るようにする』でしたっけ?」

「綾峰に聞いたのか?」

「はい。今回のことで綾峰トレーナに相談した時に綾峰トレーナーがわたしじゃ、あなたの望みを叶えるのは難しいからってトレーナーの事を話してくださったんですよ」

 綾峰はどちらかといえば現実主義だ。普通に考えれば問題を起こしたウマ娘は何かしらの処分を与えることを考えてもおかしくない。

 今回の件も握りこぶしを作るほど怒りを顕にするくらいだ。本来なら綾峰自身が引導を渡して最悪の場合、退学処分さえ考えたはずなのだ。

 なるほど、だから俺に話が来たというわけか。俺も俺でやったことは反省してもらわないとならないと思ってる。だから自分がやったことがどんな事かを感じて貰う必要があると考えていた。少々手荒だがー

「そうだ。最後に聞きたいんだが良いか?」

「はい」

「いつから始まったのか聞いてはいないんだが、いつから何だ? あと何かきっかけはあったのか? その辺は実は聞いてなくてな」

 アブソリュートゼロは少し困ったような悲しいような顔をして答えてくれるのだった。

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