アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者   作:kazuya2009

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6.監視―無言の牽制

 プライドクラッシャーからカントリーマスターの事を頼まれてから数日が経った。

 まずは綾峰に連絡し、プライドクラッシャーから頼まれた件を話した。

 当然、憤りを露わにし寮の俺の部屋に押しかけて来た。何ゆえか大量の酒を持って。電話越しで十分のはずなのだが、ここ最近の綾峰は矛盾する対応のせいでストレスが半端ないのだと。事情を知りつつも能力が高い事でテレイアーの秋華賞出走に対して除外が選択出来ない。またトレーナーである以上、勝たせるのが本分だからトレーニングもしっかり付けなければならない。だが、実際には問題の事を考えればすぐにでも突き付けて叫びたくなるくらいには心が矛盾で悲鳴を上げているというのだ。

 無理はないよな。この状況じゃ。

 だから半分、綾峰のストレス解消にも付き合うのことになったのだが―

「なんでぇ~ わたしがぁ~ こんなに苦労しないとならないのよぉ~」

 泣き酒になっていた。

 本当は忠告に対して最近のテレイアーの動向や、カントリーマスターの状況などを聴こうと思ったのだが。

「まあ、一癖、二癖あるウマ娘なんて万といるからな」

「そこよぉ~ せっかくクラシック戦線でぇ、タイトル取れそうなぁ娘をスカウト出来たのにぃ~ よりにもよってぇ~ タイトル取れそうな娘同士でぇ もんだぃを抱える事にぃなるのよぉ~」

 ぐでんぐでん、である。

 だがな、俺なんか巻き込まれた感じなんだぞ? 俺の性分がそうさせてるわけだが問題持ち込んできた側じゃなくて本来なら俺の方が愚痴る立場じゃないのか?

 なんて事は口にできずにとにかく慰めてやる。

「お前は良く頑張っている。この問題はしっかり解決してやるからな?」

「それもそうだけどぉ~」

「って、おい!」

 綾峰が俺を押し倒して何か甘えたそうな顔で俺を見てくる。

「ねえぇ? やっぱり若い子の方がいいのぉ? 別れたってぇ言ってもぉお互いがもっとトレーナー業にぃしゅうちゅぅしたいって別れたじゃなぃ?」

「あ、ああ。そうだな」

「わたしのぉ、ことぉ、嫌いなのぉ? あんな若い子とぉイチャイチャ見せつけてぇ~ わたしの気持ちぃ知らないぃわけじゃないでしょぉ?」

 いやー、知りませんがー

 察してくれって言うのは分かるが、別にイチャイチャしているというか、俺としてはアブソリュートゼロの精神ケアのつもりだ。まあ、元カノとしては当てつけられている感じがするのかも知れないが、それこそ綾峰が言ったトレーナー業には必要な事だ。

 なんて正論を言いたいが今の綾峰に言っても聞かないというか、理解が追い付かないだろう。

「そんな事ないさ。別れてもお前は十分、魅力的だ。今回の件があったといってもお前と話が出来るのは何気に楽しいんだぞ?」

 嘘は言っていない。少しリップサービスは入っているが、嘘ではない。俺は何を自分に言い聞かせてるのか。

「そうなのぉ?」

「ああ。今日だって二人で酒飲めて嬉しんだぞ?」

 これも嘘じゃない。一応、俺だって男だ。元カノとは言え、大部分の男性トレーナーが憧れる綾峰祥子を自室に招くことが出来るんだ。悪い気は全然しないさ。

「じゃあ、さぁ」

 声に一段と甘えが入っている。甘い吐息に俺も生唾を飲み込んだ。

「な、なんだ?」

「今からぁ、わたしを~」

 抱いて欲しい―

 という、次の魅力的な言葉は聞けなかった。

 なぜなら。

「全く、肝心な事は言ってから覆いかぶさって来いよ」

 どうやら体力の限界だったらしい。最後の一言を言う前に、倒れ込んできた。

 全く。だが、覆いかぶさって来て分かった。こいつやっぱり無理しているな。

 なぜなら昔と比べて軽かったからだ。

「俺の事を心配するのはいいが、自分の事も大事にしろよ」

 覆いかぶさって来た綾峰を横にずらすと彼女を抱きかかえる。

 昔は確か五十三キロくらいって言っていたが今はたぶん五十キロは切っているな。

「女の三キロはデカいんだろ? 全く無防備な顔しながら寝て」

 一先ず俺のベッドに寝かせる。

 ジャージを着て来て上着は途中で暑いと言って脱いだせいで体のラインが良く分かる。

 プロポーションの良い体に息を飲んだ。出るところは出て引っ込んでるところは引っ込んでる。

 男にとってはたまらない。こんな姿を見て興奮しないはずもない。

 にしても、だ。全く無防備にも程がある。

 まあ、その気もあったから無防備なのかも知れないんだが―

「素直じゃないからな、お互い。今日の俺は草食動物だ」

 こんな弱った状態の元カノを襲うなんて、さすがに元カレだとしても返って男が下がるってものだ。

 俺は空き缶を片付けてから一人で二杯程ビールを飲むと、ソファーで寝る事にした。

 翌朝、綾峰に「据え膳食わぬは男の恥って言葉知らないの!? 寝てるわたしに手を出さないなんて信じられない! 落ちぶれたわね!」となぜか文句を言われたのは心外であったが。

 

 仕切り直してテレイアーとカントリーマスターの状況を確認した。

 テレイアーに関してはレースへ向けて集中していてカントリーマスターに対して何かする余裕はないはずと言っていた。

 カントリーマスターに関しても今のところは変化はないと言っていた。むしろアブソリュートゼロのいじめが現在チーム内で起きてないからか前より調子がいいとのことだ。

 だが一つ気がかりがあると。

 同室のウマ娘が秋華賞、一週前のGⅡ京都大賞典へ出走するため遠征で数日間、部屋を空けるとのことだ。

 もし何か動きがあるなら、ここだろうと。

 綾峰は当然トレーニングを見るから何か変化があれば知らせてくれると言ってくれた。

 むしろ他のウマ娘のフォローまで助かると感謝されてしまったが。

 

 秋華賞まであと二週間と少し。ここから調子を上げてピークを秋華賞当たりになるように調整することになる。

 今日は外が雨ということもあり、トレーニングルームでのトレーニングを行うことにした。

 アブソリュートゼロにはエアロバイクで負荷をかけての持久力向上のトレーニングを指示していた。

 設定は斜度十パーセント。時速四十キロ程度の速度で登り坂を延々と走っている感覚である。

「いい感じだな。心拍数、ペース共に悪くない。その状態をあと五分継続だ」

 彼女の息づかいに気を配りながらペースを見る。 

「はい!」

 元気のいい返事だ。

 返事の勢いでペースが上がったらまずいがさすがにそんな初歩的なミスはしない。

 アブソリュートゼロはペースを維持してエアロバイクを漕ぐ。

 彼女のトレーニングを見ながら俺はあるウマ娘に視線だけ送る。

 カントリーマスターだ。アブソリュートゼロの元ルームメイト。アブソリュートゼロよりは背があるもやはり小柄で可愛らしい雰囲気を持つウマ娘だ。

 綾峰から資料を貰ったが今年デビューを迎えるようだ。芝の千二百メートルから二千メートル程度の距離だ。ベストの距離は千六百メートルから千八百メートルのマイル。

 今はウェイトトレーニングで調整をしているようだ。

 見たところだと動きは悪くない。他のウマ娘たちとも笑顔で話している。更に周囲に目線を移すと彼女を見つめるウマ娘が四人ほど、ニヤニヤしながら見ているのだ。

 テレイアーがいないから取り巻きの娘達だけなのだろうが、何か企んでいるのは分かった。プライドクラッシャーに気にかけて欲しいと言われなければ彼女らの存在に気を向けられなかっただろう。

「トレーナーさん?」

 呼ばれて我に返ると、トレーニングが終わったのかアブソリュートゼロがエアロバイクから降りていた。

「ああ、すまん」

「まさか、浮気ですか? わたしというウマ娘がありながら他のウマ娘たちを物色するなんて」

「おいおい、誤解を招くような事を言うな。今は君がいるが事件が終わればまた手空きになってしまうからな。悩んでいるウマ娘がいないかついつい目で追ってしまうんだ。もう、これは癖だな」

 俺が苦笑いをしながら言う。

 アブソリュートゼロは面白くなさそうに顔を膨らませると。

「だからって、もうー 今はわたしだけを見て欲しいです」

 ツンとした顔で軽口を叩くアブソリュートゼロに純粋にかわいいなと感じてしまった。

 一先ず誤魔化すのは成功したが、俺は少し集中力が欠いてるようだ。気を付けないとならない。

「あの子だろ? 君の同室だったウマ娘は」

 俺は敢えて彼女にカントリーマスターについて尋ねた。

「え? あ、はい。そうですよ」

 元気にしているのを見てか、嬉しそうに答えてくれる。

「良かったな。元気そうで」

「はい!これもトレーナーさんのおかげです!」

 俺のおかげか……。

 むしろ俺のせいでアブソリュートゼロの大切な友人が危害を加えられそうなのだが、口が裂けても言えないな。

「君に勝るとも劣らない可愛らしい子だな」

「もうー いいですか!わたしの友達だからいいですが、女の子の前で他の女の子の話なんてダメですから?」

「すまん、すまん」

「分かったならいいですが、にんじんジュース奢りですからね?」

 ウィンクしながら人差し指を立てて言うしぐさが可愛い。しかし、これじゃまるで―

「わたし達って、恋人同士に見えちゃったりするんですかね?」

 って、本人から言ってくるか! だが、プライドクラッシャーからもそんな噂が出回っていると聞いたな。

「そう見えたなら光栄かもな」

 俺はそんなことを言いいながらアブソリュートゼロの頭を撫でてやった。

 嬉しそうに目を瞑る彼女に、俺は何してんだかと自分自身に半分呆れてしまうのだった。

 

 トレーニングが終わった。アブソリュートゼロはトレーニング中に友達から久しぶりに声を掛けられたらしく友達と珍しくカフェテリアへと足を向ける。一応、周囲的にはいじめがひと段落していると評価されているようだ。

 プライドクラッシャーから忠告されていなければ俺も、そう思っていたところだ。

 都合よく俺は一人になったところでカントリーマスターとテレイアー一味を遠目で監視することにする。

 何かあれば妨害するつもりだ。

 トレーナーになるに当たり、実は多岐にわたって講習を受ける。

 その中の一つに周囲を警戒するというものがあった。

 これはウマ娘のストーカー被害対策の一環で周囲の変化を察知するものだ。担当するウマ娘がストーカーされる。逆に自分たち自身がファンからストーカされる事もある。ウマ娘の勝敗は俺達だけじゃなくファンも一喜一憂する。場合によってはトレーナーが逆恨みを受けることもあるのだ。

 この技術をこういう形で使う羽目になるとは思わなかったが、役に立つものだ。

 俺はさり気なくカントリーマスターとテレイアー一味が視界に入る位置をキープしつつ一定距離を保つ。

 彼女らはアブソリュートゼロと同様にカフェテリアへ行くようだった。

 カフェテリアでは常時、カントリーマスターに友人たちがいるからかテレイアー一味は何もしてこなかった。なるほど、彼女が一人になるところを狙っているという事か。

 学園内ならいいが、寮の中まで監視できない。

「手伝いましょうか?」

 と、監視していると声が掛けられ振り返るとプライドクラッシャーがいた。

「いいのか?」

「ええ。実は彼女の同室のウマ娘はわたしの友人でもあって彼女からも頼まれたんです」

「そうか。今度の日曜日、京都大賞典に出走するから部屋を少し留守にすると聞いてるぞ」

「はい。だからその間はわたしが。実は許可も得てて彼女が留守の間、わたしが彼女の部屋を借りることになったんです」

 なるほど。これはある意味で牽制になるな。

 秋華賞までにカントリーマスターへ手が出せなければ、彼女らも諦めるだろう。

 仮に諦めないにしても寮内でも、学園内でも監視がいれば動けないはずだ。

「心強いな」

「トレーナーが頑張ってるからですよ。わたし達の盾になって下さるんでしょ?」

「まさか、ソリューから聞いたのか?」

「ふふふ、まさか。トレーナーの事だから、そんなことを考えてるんだろうなって思っただけです」

 これは一本取られたな。

 しかし、あながち間違いじゃない。

 アブソリュートゼロに限らず、今回の件で関わるウマ娘たちの盾になれればいい。

 最悪の場合さえ、俺が責任を取れば済むことなのだから。

 

 この後、可能な限り彼女らを監視したが特別何か動きは無かった。

 いや、テレイアーの取り巻きの子たちがどうも俺が周りをうろついている事に気が付いたらしく行動を起こせなかったようでもある。時折、彼女らと視線があったから間違いない。

 まあ、おかげで良い牽制にはなったようだった。

 

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