アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者   作:kazuya2009

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【第7話の注意事項】
今回、優しいウマ娘の世界では決してあり得ないウマ娘による人間への暴力シーンが描かれています。
もし裏社会にもウマ娘がいたら?というところを描いてしまっているため、苦手な方やウマ娘の世界観を壊したくない方はこの7話と次回は読み飛ばしすることをお勧めいたします。


7.刺客―生き延びるために出来る事

 秋華賞まで残りをあと四日というところまで来た。

 あれからプライドクラッシャーと彼女に協力的なウマ娘たちが、徹底してカントリーマスターが一人にならないようにガードをしていた。

 もちろん学園内や、トレーニング場、カフェテリアと言ったトレーナーも入れるところでは極力俺も監視するようにしていた。

 その甲斐あってカントリーマスターには何も起きなかった。もちろんアブソリュートゼロにも被害はあれからない。

 正直、俺がいる以上何しても無駄だと彼女らが感じ始めてくれたのかも知れない。

 このまま何事もなく過ぎ去ればいいと思う。秋華賞が終わったら、俺はいよいよ最後の計画を実行に移すことになる。

 事は上手く運んでおり案外、最悪なケースまでは行かずに済むのではないかと俺は楽観視し始めていた。

 

 その夜。久しぶりに学生時代の友人から連絡があり、用事で府中まで来るからと久しぶりに飲みへ行った。とは言っても仕事が少し残っている事、阪神への遠征が直近まで迫っている事もあり酒はそこそこにして昔話に花を咲かせた。

 飲みが終わり、友人と分かれる俺は寮に戻るために少し近道をする。

 学園に戻るため近くの公園を通り抜けて行くのだが、俺は背後に一瞬寒気を感じ反射的に右に飛んだ。

 すると、風切る鋭い何かが俺がいた場所を貫き、その音が耳を掠める。

 自然と冷や汗が体から出ていた。

「へえー、噂には聞いてたけど、さすがだね。トレセン学園のトレーナーは」

 声の方に顔を向ける。

 俺のいた場所を蹴り抜いた一人の少女、いや、恐らくウマ娘だろう思われる者がいたのだ。

 鮮やかな黒の髪が後ろで結ばれ、顔立ちなどは街で歩いていれば普通のウマ娘としか見えない。だが、漆黒の上下に身を包み。瞳から感じるわずかな殺気が普通のそれではないと直感的に分かった。

「まさか……。君は軍人崩れのウマ娘か」

 耳はあるが尻尾が、ない。恐らく特殊な手術を施したのだろう。尻尾はウマ娘の弱点になる。だから軍人になるウマ娘の中には手術で尻尾をなくしてしまうと聞いたことがあった。代わりに神経を接続して尻尾の代わりになるバランサーがあると聞いたことがある。

「ふーん、そういう知識もあるんだね? 当たり前か。トレセン学園のトレーナーの必修科目だよね? 対ウマ娘戦術は」

 対ウマ娘戦術。軍属の人間が、同じく軍属のウマ娘と対峙した際に生き残るためのもの。

 二十数年前にトレセン学園で成績不振により自暴自棄になったウマ娘が暴れるという事件があった。この時、ウマ娘を止めようとしたトレーナーが数人、大けがを負っている。

 この事件はトレーナーにもウマ娘たちにも衝撃が走った。当時の学園長と理事達がこの件に関し緘口令を引き、かつ外部への情報漏えい対策を徹底的にした。

 まだネットも普及していなかった時代という事もあって騒ぎを世間が知ることはなかったが。

 しかし、それ以来、ウマ娘が暴れた時に対処出来るようにと、また当時各国でテロリストの活動が活発していた関係から自衛軍の対ウマ娘戦術をトレーナーたちが学ぶことになった。

 戦術と言っても体術が中心で、最悪トレーナーが一人で暴走したウマ娘を無力化出来るようにカリキュラムが組まれた。

 もちろん俺がトレーナーになる時も既に必修科目で、トレーナー訓練校への入学時にやけに厳しい内容の情報漏洩に関する誓約書を書かされたのだが、これを知って納得したのを覚えている。

 ウマ娘の中には、その身体能力を生かして軍人になる子がいる。だが、中には欲に目がくらみ軍人から裏社会に堕ちるウマ娘もいたのだ。

 軍人崩れ―そう呼ばれるウマ娘は暗殺を生業にするものも多いという。

「目的は秋華賞タイトルの妨害か? それにしては大袈裟だぞ?」

「いいね! いいよ! その冷静さ! ぞくぞくするよ! 秋華賞タイトルの妨害もそうだけどね。目的は君そのものだよ。トレーナーさん」

 まさか俺自身が最初からターゲットとは。

 俺を疎ましく思っている人物には心当たりはある。だが、ここまでするのか?

「ふふふ、君は何か勘づいているようだね? 面白いからちょっとだけ依頼主についてヒントを上げようか?」

 こういう裏稼業は依頼主の情報は絶対に漏らさないのではないのか?

 それとも動揺を狙っている?

「まあ、冥土の土産になるだろうから、ね?」

 無邪気な笑顔で恐ろしい事を言う。

 正直、体の奥から震えが上がってくる。

 武者震いじゃない正真正銘恐怖からだ。

「手ぶらで三途の川を渡るのも味気ないしな。どうせあの世で悩むならそのヒントやらを聞きたいな」

 だが、死ぬつもりは毛頭ない。

 可能な限りこの娘から情報は聞き出さなければ。

「いいよ、そう来なくっちゃ! じゃあ、面白いヒントを一つだけ教えてあげるよ。秋華賞に出るウマ娘は誰一人こんな依頼をしていないってことかなっ!」

 言い終わると同時のノーモーションによる鋭い右回し蹴り。

 俺は咄嗟に蹴り脚の方向に思い切り姿勢を低くして受け身を取りながら回避する。

 次の瞬間、公園に大砲でも放たれたのではないかと思うような重い衝撃が響くと俺がいた後ろの大木の幹が削られていた。

「マジかよ……」

 俺は思わず声が漏れていた。

 あれを食らえば確実に首が吹っ飛んでいる。

 つまり本気で俺を殺しに来ているという事だ。

「今のも躱すんだ? へえー 君、優秀な方だったでしょ? 今ので仕事が終わらなかったのは軍人相手以外の人間だと君が初めてだよ。君たち人間は弱っちいからさ。裏稼業の人間もあたし達の蹴りは躱せないんだ。そう考えると伊達じゃないね、トレセン学園のトレーナーは」

 顔こそは楽しそうな笑顔だが放たれている殺気は普通の人なら足が竦んでもおかしくないレベルだ。

 これ程の殺気を感じるのは訓練校時代以来だ。

 彼女の隙を見て逃げるのは、恐らく不可能……。

 生き延びるのを目的にするにしても、出来る限り避け続けるしかない。

 俺は支給品のスマホを手にするとあるボタンを長押しする。

「……警察でも呼んでるのかな? なるほど、面白いよ、君。三途の川とか言いながら、あたしから逃げ切ろうって考えてるんだ? でも、そう来なくっちゃ殺し甲斐がないってもんだよね」

 くそ、冗談じゃない。なにが殺し甲斐がないだ。

 ちなみに呼んでいるのは警察ではない。これは緊急時に信頼できる人間へ単に緊急事態を知らせるだけの機能。

 トレセン学園のトレーナーに何かあれば世間は騒がしい。マスコミが嗅ぎ付ければウマ娘にもメンタル面にも影響が出る。

 また前述したとおりトレセン学園のトレーナーがウマ娘を無力化するのを前提とした体術を必修している。だから、まずは信頼出来るトレーナーへ緊急事態が伝われば十分なのだ。

 警察の出番は司法に頼る時でいい。

「俺だってな、簡単に死ぬつもりはないんだよ」

 軽口を叩くが、のどが滅茶苦茶に乾く。脂汗が止まらない。心拍数だって滅茶苦茶だ。

 せいぜい自暴自棄になったウマ娘を取り押さえる程度しか想定してないんだ。

 こんな馬鹿げた身体能力の相手なんて、夢なら醒めて欲しい。

「じゃあ、ゲームをしようか? なに、とっても単純だよ。君に助けが来るのが先か、その前に君が死ぬかだよ? あたしも依頼達成できないとなれば成功報酬は激減だけど、最悪病院送りに出来ればいいって聞いてるしね」

「随分と軽い依頼なんだな」

「どうだろうね? あたしは事情なんて知らない。楽しめればそれだけでいいんだ!」

 くそ、めちゃくちゃに早い。咄嗟にバックステップで後ろに飛ぶのと、俺がいたところに小さなクレーターが出来たのはほとんど同時だった。

 だが、避けられるのは想定していたのか、続けざまに俺の懐に入ってくる。

「っく!?」

 さっきよりも数段早い。咄嗟に腹をガードするように腕を下段にクロスさせた。

 何かが折れた鈍い音が聞こえ、ガード越しに強烈な衝撃が体を貫く。

 俺はそのまま数メートル吹き飛ばされた。

「―っ!?」

 頭が一瞬白くなった。なにかに背中を叩きつけられて一瞬、息が出来なくなる。

 瞬間的に視界が見えなくなってるが、殺気が止まらないのが分かる。俺は反射的に地面だと思われるところを転げ回りながら今の場所を離れた。

「凄い! 凄いよ! そんな状態で避けれるなんて!」

 声がする方に地面に倒れ込んだまま視線を向ける。さっきより大きいクレーターが俺の居ただろう思われるところに出来ていた。

 楽しそうに笑う刺客のウマ娘。悪夢だった。

 呼吸は、なんとかー出来る程度には回復したらしい。足も何とか力が入る。

 立ち上がろうとすると左腕の感覚がない事に気が付く。さらに僅かに変な方向を向いていた。これは折れているな。だが不思議と痛みはない。たぶんこれがアドレナリンの効果何だろう。こんな経験は初めてだ。

 右腕を使いなんとか立ち上がる。

「まだ立ち上がれるなんて! 凄いなー 君は……。でもね、さすがにちょっと鬱陶しいよ、君」

 今のを耐えきられたのが癪に障ったのか、一気に空気が変わった。

 これは危険だ。本能が逃げろと訴えている。

 殺気が今までと違う。訓練校時代に本物の殺気に慣れておいた方がいいと、軍属のウマ娘に殺気を充てられたことがあった。本気で殺しに行くときの殺気を―

 彼女が視界から文字通り消える。人間の動体視力じゃ捉えられない速度だ。同時に周囲の音まで消える。

 姿を捕えられない。俺に出来ることは再度バックステップで後ろに飛ぶだけだった。最悪、衝撃を緩和出来れば―

 しかし強烈な衝撃を体全体に駆け巡ると、俺の意識はここで途切れてしまった。

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