アブソリュートゼロ・動じぬ心の可憐な標的者 作:kazuya2009
時間は深夜の三時を回っていた。
頭はなぜか冴えていて眠れないため今後の対策を考えている。
点滴のおかげなのか激痛だけは避けられている状況で思考は正常でいられた。
思考を巡らせていると既に消灯時間は過ぎていたが、俺の病室のドアが突如ノックされる。
「開いているから入ってくれ」
俺がそう言うと、ウマ娘の看護師が一人、二人のウマ娘を電気は付けずに連れて入って来た。
「こんな時間に申し訳ございません。本当はダメなのですが、訳ありみたいだったので連れて来させて頂きました」
看護師がそういうと、さあと言って二人のウマ娘が俺の前に立つ。
月明かりが差し込んでいるから分かった。テレイアーと取り巻きの一人、ノースピクシーだ。
悪戯好きの妖精の名前か。だが悪戯が過ぎたな。
見た目は普通に可愛らしいウマ娘だというのに、どこで道を踏み外したのか。
二人は青ざめた顔で、はっきりと後悔がにじみ出ていた。
「一応、止めを刺しに来たわけではなさそうで安心したよ」
俺の言葉に二人は体を震わせる。
冗談にしてはシャレにならないが、まあこれくらいの意地悪はさせて貰う。こちらは本当に殺されそうになったんだ。
「あ、あの……。トレーナーさん、わ、わたし、とんでもない事をしてしまいました」
口を開いたのノースピクシーだった。
とりあえず自分が仕出かした事の大きさは理解しているようだ。
「とんでもない事ってどんな事かな? 自分から説明できるかい?」
「っ! え、えっと……。い、依頼を出しました」
「どんな依頼をどこにかな?」
テレイアーが悲しそうに俯いている。たぶん本人から聞いたのだろう。
俺からの責めにテレイアー自身も耐えているようだ。
「こ、殺しの依頼を、闇サイトにです……」
「出来心だっただろ? 遊び半分で、ちょっと懲らしめられればいいと。まさか本当に殺しに来ているとは思わなかったようだな」
「は、はい……」
悲痛そうに答える。
本当に馬鹿だ。こんな後悔をするなら、やらなければいいと思う。
「左腕骨折、腎臓損傷、全身打撲。最低でも二ヶ月の入院だと言い渡されたよ。死んでいてもおかしくなかったそうだ」
「あ、あ……」
淡々と伝えられた事実に、ノースピクシーが後悔という言葉を超えて絶望にも似た声を上げる。
辛い現実を突きつけた。だが、これは反省を促すのにどうしても必要な事である。こうして自分から反省して来たのだ。逃げていてもおかしくない。自分は悪くないと開き直ってもおかしくない。だが、事実を受け止めようと来たのだ。
殺されそうになって、殺す依頼をした相手が目の前にいるが、俺は不思議と冷めた心だった。怒りがこみ上げるでもなく、罵倒するでもなく、ただただ馬鹿らしいと感じていた。
「さて、こんな状態になった俺の目の前に、君たちは来た。まさか俺の状況を確認したくて来たわけでもないだろう?」
「あ、あの……。本当に申し訳ございませんでした!」
「知らない事とは言え、わたしがアブソリュートゼロさんをイジメたのが全てのきっかけです。本当に申し訳ございませんでした!」
二人は本当に後悔しているという気持ちで俺に謝ってくれた。
これで全てチャラに出来る事ではない。だが、自ら反省して自らの足で謝りに来た。この事自体は勇気のいる事だ。自業自得とは言え、だ。
「これから君たちはどうするつもりだ? 俺に謝って終わりなのかな?」
「けじめを付けたいと思って、トレーナーさんの下に来させて貰いました」
テレイアーが申し訳なさそうな顔で、でも決意を持った言葉で言う。
「わたしは秋華賞の出走をキャンセルして、アブソリュートゼロさんに謝罪をします。わたしがして来た全てを綾峰トレーナーと学園長に包み隠さず話そうと思います」
ノースピクシーも続いていう。
「わ、わたしもアブソリュートゼロさんに謝罪を致します。またトレーナーさんに対して、こ、殺しの依頼をしたことも綾峰トレーナー、学園長にお話しします」
本当に馬鹿な子たちだ。何をすべきなのか分かるくらいには反省している。これが出来るならこうなる前に自分から謝罪すべきだっただろうに。
しかし事が大きくならなければ人もウマ娘も動けないのが常だ。
「君たちの思いに嘘偽りはないと思う。だが、ノースピクシーにはこれだけは問いておきたい。俺が本当に死んでいたらどうするつもりだった?」
「あ、そ、それは……」
青かった顔が更に青ざめる。体の震えも酷い。可哀そうな事をしていると思うが、それが現実だ。俺は運が良く助かった。だが、一歩間違えれば確実に死んでいただろう。
「君が依頼した闇サイトがどんなサイトか知らない。しかしな、闇サイトを使うという事はそれ相応の者たちが動く。君たちは聞かされていないと思うが、少し頭を働かせれば暗殺を生業にしているウマ娘がいても不思議じゃないと思わなかったかな?」
俺の問いに無言でただ後悔か、自分がした事の恐ろしさか涙を流している。倒れないだけ大したものだ。
「俺を殺しに来たのは軍人崩れと言ってな。元軍属だが欲に目がくらみ裏社会に堕ちてしまったウマ娘だった。こうして運よく生きているがね」
「こ、言葉もありません……」
言葉では謝罪しきれない。その重みを知ったようだ。
「明日、正確には今日か。学園長と綾峰トレーナーがここに来るからその時に話を通しておく。ソリューも呼ぶからここで全て打ち明けるといい。あと、その時に学園長の許可をもらえるよう手配する。君が依頼した者のが、どの程度の手練れだったか現場写真で確認するといい。今後のためにな」
「は……はい。分かりました」
ノースピクシーは気丈にも自分の罪としっかり向き合おうとしているようだった。明日の告白と謝罪、あとはアブソリュートゼロ次第だが、場合によっては奇跡的に学園を辞めずに済むかも知れない。後ろ指は指されるかも知れないが、それは甘んじて受けて貰おう。
「テレイアー」
「はい」
彼女も自分の罪と向き合おうと俺の方をしっかり見る。
「君は、下級生に笑われたと聞いた。それ自体は気の毒だと思う。だが、自分の嫉妬を他人にぶつけて、あまつさえソリューの勝負服を破損させた。それがどれ程の事か分かるか」
「……。分かっていると思っています」
「そうか。なら想像するといい。俺がこの場で君の勝負服を持っていたとして、君を罵りながら下足で踏みにじられる様を。たぶん怒りが湧き、同時に悲しくもなるだろう。それが、同じ志を持つウマ娘に彼女はやられたようなものだ。この屈辱、分かるか?」
「申し訳ございません。わ、分かっているつもりでしたが、足りませんでした」
「何が足りない?」
いい加減に答えられては困る。何がどう足りなかったのか本人の口からはっきり言って貰わないと。
「想像しただけでも苦しく感じました。トレーナーさんの言うとおりです。怒りも悲しみも感じました。もし、わたしが同じことをわたしたちと『同じウマ娘』にされたらきっと怒り狂っています。それ程の事をわたしはアブソリュートゼロさんにした。その罪の重さを辛さを想像する事が足りていませんでした」
概ね満点でいいだろう。ちゃんと分かっている。
しかし、本当に惜しい。
「テレイアー、君の嫉妬の心は正直醜い。だが、嫉妬心を悔しさを全部努力に繋げられていれば君はもっと素晴らしいウマ娘になれたはずだ。それだけに本当に惜しい」
「トレーナーさん……。わ、わたし、なんでこんな事を……」
後悔とは後に悔いるという事だが、本当にこうなる前にどうにか出来ればなと心から思う。
「アブソリュートゼロが俺のところに来た理由知っているか?」
「い、いえ……」
「彼女はな。君たちから少しでも離れる事で、君たち自身がもっと走りに気持ちが向いてくれればと思っていたんだよ。彼女自身は君たちを許す気でいた。そのために色々と相談に乗っていたんだよ」
「あ……。そんな、わ、わたし、本当になんてことを……」
顔を手で覆って辛そうに涙を流す。
荒療治をして気が付いて貰いたかった事だが、結果として俺が襲撃を受けた事で反省してもらうという目的自体は達成できそうだ。
「二人とも」
俺が二人に声を掛けると、「はい」と弱弱しくも覚悟は出来ているという気持ちが籠った返事が返って来た。
「正直、俺が出来る事はこうして事実を伝えて、やった事の重大さに気が付いてもらう事が精一杯だ。謝罪も告白も全て君たち自身の心で決まる。どんな結果になろうとその結果をしっかり受け止めるように」
二人は分かりましたと覚悟を決めた返事を返してくれた。
テレイアーは何とか退学を免れるだろう。しかし一定期間の停学と出走停止は免れないと考える。
ノースピクシーに至っては退学を免れる事が出来るか、否か……。奇跡でも起きなければ本当に退学は必至だろう。それだけの事を彼女はしてしまった。
しかし、だ。こうして反省出来るなら、やはりもっと早く行動してあげるべきだったな。
「さて、俺からいう事はもうない。君たちも反省しているというのは分かった。あと今日、学園長たちに話してからになる。君たちはもう帰るといい」
「はい。トレーナさん、言葉では足りませんが、本当に申し訳ございませんでした。あと、ありがとうございました」
「わたしは、本当に言葉で謝罪しても全く足りません。それだけの事をしたと諭して下さったこと本当にありがとうございました。どんな結果になってもわたしは受け止めて罪を背ってこれからも生きていこうと思います」
俺は頷くと最後に言う。
「君たちのその気持ちが決して揺るがない事を心から願っているよ。さて、看護師さん、二人を出口まで付き添いを頼む。あと、個人的に頼みたい事があるから、二人を送り届けたらここへ戻ってきてくれないか?」
「わかりました」
看護師はそう言うと二人を連れて病室を去って行った。
色々と遅すぎたが、結果としては彼女らを反省させることが出来た。
他の取り巻きは来ていなかったが、時間が時間だから二人で来たのだろう。明日全員揃うのか。それともやはり二人だけなのかは分からないが最大の原因であるテレイアーと俺に危害を加えたノースピクシーはしっかり反省させることが出来たのは大きい。
そう考えていると、病室のドアがノックされた。
看護師が戻ってきたようだ。
「入ってくれ」
先ほどのウマ娘の看護師が中に入ってくると丁寧な口調で訪ねて来た。
「それで、個人的に頼みたい事とはどのような事でしょうか?」
「まずは、その口調はもういい。分かってる」
俺の言葉にふーんという声が聞こえた。
「やっぱり、君は面白いね? 知ってて呼び戻すかな? 普通」
雰囲気が変わる。口調といい、雰囲気も俺を殺しに来たウマ娘であった。
「止めを刺しに来たわけじゃないんだろ?」
確認するように再度確認した。
「あれは、あたしに向けられてた言葉だったわけかー」
「しかし、止めを刺しに来たわけじゃなければ何をしに来た? ましてあの二人をここまで寄越して」
本当に分からない。最後の止めを刺しに来たならまだしも、まさか依頼を出した本人たちをここに導くなんて予想だにしていなかった。
「あの子たちの事は偶然だよ。何か病棟の入り口で看護師さんと何やらやりとりしてたから、君に会いに行って謝りたい事があるって言ってるんだ。だからちょっと助け舟を出しただけ。で、あたしの目的は、訓練を受けているとはいえ、ターゲットを殺し損ねた一般人は君が初めてだから、称賛をしたくてね。あと君自身に興味が湧いたんだ。自分を殺す依頼をした生徒を君がどう対応するんだろうとね?」
称賛ね。殺しに来た者に褒められるというのは何とも奇妙なものだ。
「君は、あたしが思った以上の人間だよ。こちら側にスカウトしたいくらいだね」
「ごめん被るぞ。だいたい俺が裏社会の何に役立つ?」
トレーナーは走る事へのプロの指導者だ。殺しの技術は持ち合わせていない。トレセン学園のトレーナーくらいだ。身を守る技術を持っているのは。
「さっきのお手並みは拝見したけど、君のウマ娘を思う気持ちは本物だったね。こっちの世界にもメンタルケアは必要なんだよ。君みたいなメンターがいたら、あたし達は任務だけに集中出来る」
「なるほどな」
ウマ娘の事を知るのはウマ娘とトレーナーだ。そういう観点で言えばスカウトも強ち間違えではないのだろう。もっとも応じるつもりは露ほどにもないが。
「だけど、その様子じゃスカウトは無理そうだね」
「当たり前だろう。そういえば、その尻尾はやはりバランサーか? 俺と対峙した時は無かったからな」
「この尻尾だね? そう。あたしの元々の尻尾を神経で繋げられるようにしたものだよ。最初はなかなか慣れなかったけど、慣れると任務時は無尾のバランサーでも尻尾がある感覚だし、ファッション感覚で交換も利くからね」
面白いものだ。
つい数時間前は殺しに来た相手だが、今はこうして会話をしている。
「さて、あんまり長居は無用だね。あたしはもう消えるよ」
「そうか」
彼女がドアの方に向かう。
ドアを開けるのかと思えば、一度ドアの前に止まると俺の方を向いた。
「もし、あんたみたいなのが指揮官だったら、あたしも裏社会に堕ちずに済んだのかな?」
「それは?」
「なに、独り言だよ。もう、暗殺されるような事しないでね。あんたは面白いけど、出来るならもうあんたを殺すような事はしたくないから。じゃ、未来あるウマ娘たちを頼んだよ~」
彼女はそういうと今度こそ部屋を後にするのだった。