『続きまして、東京、第六レース! 先日デビューを迎えたウマ娘達のレース。一番人気はリズミックトイ! リズミックトイです! 』
春の訪れを感じる日差しを感じるこの頃。
ボクは、暗く、熱の篭った部屋の中で、壁に掛かったモニターを見ながら、カウンターへ座り、昼間から酒を煽っていた。
ここは繁華街の中にある、4階建のビルの中にある一室。
自分以外にも、十数人ほどの人間が一室の中に収まっているが、手狭には感じない。
室内には8人掛けのカウンターと4人掛けの椅子付テーブルが三卓置いてある。
室内は怒号と叫び声に溢れていた。
時刻はまだ昼間だというのに、室内のほぼ全員がアルコールを片手に狂騒に身を投じている。
ボクは、騒がしさから少しでも離れる様に、室内の1番端の方へ。
カウンターの、一番奥側の席に座っていた。
今日も五月蝿いなあ……。
狂騒に滅入った気持ちを吹き飛ばそうと、グラスに入った酒を煽ると大音量の叫び声が耳に飛び込んでくる。
なんだなんだ、ビックリするじゃないか。
心に湧いた小さな不満から、声の元へ視線を向ける。
すると、ボクの座席から一番離れたテーブルに座る二人組が目に入った。
会話の内容に耳をすませると、何やら今からの展望について熱く語っているらしい。
「おい、次のレースの一番人気のウマ娘、前走のレース見たかよ? 相当良い脚だぜ。俺は今回コイツに大きく張ると決めて、大金持ってきてンのよ」
「おいおいおいおい、またか? この前もそんな事言って大負けしてただろ――。ってリズミックトイじゃないの」
ガチガチの一番人気じゃん笑、格好付けてんじゃないよ――と、二人組の内の一人が、笑いながら言葉を返していた。
なんだいつもの事か、と周囲へと目線を移す。
別の卓では、ギラついた服装に身を包んだ男が、同卓を囲む男達にブランド製の鞄から取り出した札束を見せながら、ケラケラと笑っている。
普通持ち歩く事が無いような大金がポンと鞄から出て来ても、周囲の人間は特段驚いた様子もない。
ここは賭博場。
此処は、一瞬で数百万の額が動くことなんて当たり前の世界。
皆それぞれ思惑や欲望は有れど、共通する意志は一つ。
『もっと……、もっと。これっぽっちじゃ足りやしない――』
目の色を変えて賭博へ臨む彼等の中に、札束の一つや二つで、目の色を変える人間は一人もいない。
その額は彼等がポンと出せる額だ。
両手に抱えて尚、溢れる程の大金とスリルを求めて、皆此処に来ているのだろう。
そして、ボクはボクで、自分なりの理由を持って、我慢してこんな五月蝿い所に居る。
隣の部屋ではトランプゲーム、バカラやブラックジャックに興じているが、この室内で行うギャンブルは一つだけ。
賭博レースだ。
ちなみにだけれど、こんな寂れたビルの一角で行われるギャンブルが、当然公営な訳がない。思い切り非合法だ。
『トゥインクルシリーズ』
未成年の春も麗な少女達が、厳しい練習を経て己の身体一つで2km、3kmという長距離を走り抜くレース。
マラソン感覚で捉えれば、大した距離に感じないが、彼女たちは最高速度70kmに及ぶ全力疾走でこの距離を駆け抜ける。
普通の人間にはどうやっても不可能だろうレースだが、彼女たちは走り抜く。なんせ、種族という枠組みそのものが違うのだから。
このトゥインクル・シリーズへ出走する彼女たちは、『ウマ娘』と呼ばれる、人とは違う人種だ。
オリンピックなんかで黒人とのフィジカルの差が話題に上がるが、彼女たちと人間の間に存在する隔たりは、人種の差では無く種族毎に存在する壁だ。
鳥と魚を比較して、出来ることの可否を論じること自体が間違っているだろう。
それ位、ウマ娘と人間の膂力の差は違う。
ただ、ウマ娘と人間が交わり子供を産む事は可能であるし、生まれた子供がウマ娘のパーソナルを持って生まれて来るとも限らないみたいで。
生命の神秘という奴は、聖人様が没して2000年が経過しようとも、未だ謎に包まれている。
思考が横道に逸れたけれど、そんな彼女達は自分達の練習成果、周囲からの期待を掛けてレースに臨み、今日とて騒ぐ彼等達は己の金を賭け、勝負へと挑む。
どこか他人事みたいな言い方になってしまったが、まあここにいるボクも又、少女達の努力を金銭で踏み躙る蛆の一匹だ。
蛆と形容しつつも、賭博行為から足を洗う訳でもない自分に対し、如何ともしがたい人間だと内心で苦笑していると、隣の空いた座席に女性が一人座る。
他に空いている席なんて幾つでもあるだろうに。何故わざわざ自分の隣へなんか座るんだと考えていると、女性が声を掛けて来る。
「
見も知らぬ他人から自分の名前を呼ばれ、ギョッとして顔を向けると、中々に奇天烈な格好の女性が居た。
煌びやかな朱のドレスの上から焦茶色のライダースのジャケットを羽織り、肩からスポーツブランドの大きな鞄を提げた奇抜なファッション。
そして、強烈な装いに負けない整った顔立ちをしたブラウン色の髪の女性が、肩口に切り揃えた毛先を指でつっつきながら、此方を面白そうに見ていた。
一瞬呆けてしまったが、初対面の人間から自分の名を呼ばれた事を疑問に思い、言葉を返す。
「えっと、……何処かで会ったことでも有りました? ボク等」
「んー、キミと私は初対面。有名人らしいじゃん君、――ウマ娘賭博に興じている人間の中では、君を知らないヤツはモグリだって言われる位にはさ」
なんだって? ボクの顔を認知しているか如何かが、いつの間にか賭博師達の格付基準に採用されていただなんて。
他のお客さんと関わろうとしないボクの所為で、この店の大半の賭博師達が、モグリの烙印を押されるのは御免被りたい。
「いや、ボクはそんな大層な人間じゃあ無いですよ。えーッと……、失礼ですけどお名前は」
「あ、私、
どうにも馴れ馴れしい態度で、『乙名史さん』は言葉を返す。
「えー、……乙名史さん。それで、どこでまたそんな噂を……。後、どんな用事があってわざわざボクの所へ来たのか、色々と疑問が山程あるんですが」
正直名前を知っているなんてのは、如何でも良い。
目の前にいる、ホステスが退勤後に彼氏のバイクでランデブー的な見た目の女性が、何故ボクなんかに声を掛けたのだろうか。
碌な答えが帰ってくる気がしない、と考えていたら、乙名史さんが口を開く。
「いや、志村君と共通の知り合いが居てね、私。その人からチラーっと話を伺った感じかな。それで、用事に関しての話をする前に」
乙名史さんが、名刺を差し出して来る。
『乙名史探偵事務所、乙名史愉子。
――迷子のペット探しから、不倫、未解決事件。どんな事象も何でも解決、お悩みの際は先ずは御連絡を――』
……探偵? 違法賭場でそんな御職業の方と出逢った日には、嫌な予想しか頭に浮かんでこない。
「えーっと、乙名史さん。これはもしかして、――このビルを包囲している国家権力様からの、逮捕前の最後通告的な……?」
「――?!
いやいや違うよ、お店の一つや二つ摘発された所で結局イタチごっこでしょ。この手のお仕事は」
乙名史さんが、慌て気味に手振りを加えて話する。
「大体こんな仕事してて、裏稼業摘発に協力なんてしようものなら、わたし四方八方敵だらけで商売上がったりだよ。それはないかな」
「はぁ、……それじゃあ何でまた」
「ん、君個人にお願いが有ってねぇ」
口角を上げ、嬉しそうに女性は声を返す。
お願い、――お願いねぇ。裏稼業に理解のある人からのわざわざのお願い事なんて、九割九分厄介毎だろう。
聞きたく無いんですけど……。と言葉を溢すも、そんな事おかまいなしに女性は口を開く。
「
ッ――!
あの人絡んでるのかぁ、凄く嫌だなぁ……。
自分が今いるこのお店も彼が経営している一事業。あのヤクザに片足突っ込んだ人が絡んだ案件という時点で、もう碌な想像が出来ない。
不穏な気配を感じたのは間違いじゃなかった。自慢じゃないが、ボクの予感は悪い事なら大概当たるのだ。
この予感がして今まで碌な目に会ったことがない。また厄介毎に巻き込まれそうだ。
「ちなみに、本当に……、本当に聞きたくは無いんですが、お願いの内容って何なんでしょう?」
ボクの質問に対し、乙名史さんは少しばかり宙へ視線を泳がせ、一息入れた後、口を開く。
「んー、そうだね……。単刀直入に話そっか。――志村君! ウマ娘のトレーナー業への就任お願いします!」
いや、本当碌な話じゃ無いぞ、コレは。
全人類、嘘食いとダービージョッキーを読め。