多分、ウマ娘の二次創作   作:ゆるた

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六話

 翌日、ボクはトレセン学園に緒方さんと二人で来ていた。

 

 昨日、自分で決意した事とはいえ、本当にトレーナーとして今日から生きて行くというのは、中々にメンタルに来る。

 

 

「どうした賢治? 元気なさそうな顔やなあ、辛気臭い顔してたら新しい職場に馴染めへんで」

 

 憂鬱そうにしていたボクの顔を見て、金髪にサングラスという出立ちの男が、愉快そうに笑う。

 他人事だと思って……、この人は本当に一度地獄を見た方が良い。

 

「辞めてくださいよ緒方さん――。こっちは、本当に滅入ってるんですから」

 

 気怠げに返事を返すと、緒方さんはケラケラ楽しそうに笑う。

 人の不幸そうな顔を見て、よくもこう笑顔になれるものだ、と頭を抱える。

 

 緒方さんに着いて学園の中を歩いていると、()()()()()()()()が話しかけてきた。

 

「あ、緒方さん、志村さんー。 お待ちしておりました」

 

「いえ、どもどもー。朝早くからお邪魔して、こちらこそすんませんー」

 

 一瞬、誰だろうと思ったが、よく見れば昨日夕方に話掛けて来た人物だった。

 確か名前は――

 

「駿川たずな、です。宜しくお願いします、志村さん」

 

「あ、どうも……。駿川さん」

 

 困惑が表情に出ていただろうか、対面の駿川さんがボクを案じてか、自己紹介も含めた挨拶をしてくれた。

 

「たずな、で大丈夫ですよ。これから同じ職場で働く同僚になる訳ですし」

 

 気さくそうな声を上げ、ふふと破顔する。良い人だ。

 良い人なのは有難いのだが、女性を下の名前で呼ぶなんて小学生以来だ。思春期を拗らせた身としては少々躊躇いが出る。

 

「いや、駿川さん。いきなり名前呼びは少し……、慣れてからでも大丈夫ですか?」

 

 申し訳ないですと、頭を下げると横の緒方さんが口を開く。

 

「すんませんね。駿川さんがあんまし美人なんでコイツ照れてるさかい。勘弁したって下さい」

 

 まあ、と駿川さんが口元に手を当て、少し頬を染めながら、有難うございますと笑顔で返事する。

 

 こちらへニコニコした笑顔を向ける緒方さんに苛立ちを覚える。あまりナイスじゃない援護射撃だ、緒方さん。

 同じ種類の表情だと言うのに、何故こうも受ける印象が変わるのだろうか。不思議だ。

 

 頼むから要らない事を言わないでくれと、釘を刺すつもりで横の男へと視線で訴え掛けていると、駿川さんが笑う。

 

「フフッ、お二人は仲がいいんですね」

 

「いや、そんな事は――」

 

「いやあ分かります? なんせコイツとは十年近い付き合いですからねえ。なあ賢治! なはは」

 

 ボクの肩を叩きながら横の緒方さんが笑う。

 

「いやまあ――……付き合いの年数で言えば、そうですね」

 

 お互いの好感度の話は置いておいて、知り合ってからの年数は本当だ。

 

 色々あって自暴自棄気味に、生まれ故郷を離れたボクに住む所を提供し生きていく術を教えてくれたのは、この横にいる金髪ヤクザだ。

 そこは感謝している。

 

「そうなんですね、長い年月、同じ目標を向いて進んできた関係性、――少し羨ましいです」

 

 自分に重ねてか駿川さんが、目を細め微笑む。

 

 

 いや、出会いこそ感謝しているけれど、多分この人との長い年月は羨ましくないよ。無茶振りも一杯有ったし。

 

「レース関係に携わっていたトレーナー志望だった志村さんを、緒方さんが支援していたんですよね? 最近では海外での業務に携わっていたとか」

 

 んん?

 

 どういう話をしたんですか? と緒方さんを横目で見ると、サングラスの角を中指で二度触る。

 アレは、取り敢えず話を合わせてくれ、のジェスチャーだ。

 

 さては随分と話を盛ったな、この人。しかし此処まで来た以上は話に乗るしかないのも事実。

 

「え、えぇ、そうですね。最近は北欧の方に少し……」

 

「アイルランドでしたっけ? レースの本場、英国に連なる国ですよね。ヨーロッパの中でも大分レベルが高いとか」

 

「そうですねえ」

 

 凄い経験をされてますねー、なんて言われてしまう。盛り過ぎだよ緒方さん。

 

 アイルランドでレース関連の業務に従事? イギリスとアイルランドの関係性? えぇ……?

 

 ごめんさい駿川さん、嘘まみれの男ですボクは……。

 

 

「今回は、URAの関係者から学園のトレーナーに是非!と。推薦があって此方に来たんですよね――。ウチの理事長も随分期待されてますよ」

 勿論私も、と笑顔で締めくくられる。

 辞めてその笑顔。胸が痛いです。

 

「いや〜、勿体無い話やと思いましたけどね。コイツの今までの頑張りを考えたら見てくれてる人はおったんやなあと感激しましたわ」

 

 サングラスを二度触りながら緒方さんが口を開く。

 

 今日一日、この人の中指がサングラスから離れる事は来るのだろうか……。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

『丁度、昨日の晩から理事長が学園を離れてるんですよ』

 とは、駿川さんの談。

 

 挨拶するべき最高責任者も不在の為、ボクは今、駿川さんに案内されてトレセン学園の主要施設を回っていた。

 

 ちなみに緒方さんは、各種手続きを終え、晴れてトレーナー業に就任したボクを見届けると、中指が腱鞘炎になる前に去って行った。

 仕事があるからこの辺で――だそうだが、会話の中に見えない地雷が大量に埋まった中、ボクを置いて行かないでくれ。

 

 

「当面、ボクは何を業務とするべきなんでしょう?」

 

 過去の話になると地雷が起爆するかもしれない恐怖から、今後についての話を尋ねる。

 

「そうですね、一般的には、フリーの在校生の方達の模擬レースや各種経歴を見てから、双方の合意を得た後に担当契約を行い、トゥインクルシリーズへと出走して貰うんですが――」

 

 志村さんの場合は、経歴が特殊ですので、出来れば学園側から担当して欲しい娘を依頼したいと考えています。と告げられる。

 

「ボクは、――もう担当候補が決まっている、って事ですか」

 

「そうですね。ただ勿論強制では有りませんから、志村さんが問題なければという形にはなります」

 

 成程。誰を担当するという事に文句なんて無いから、別に良いのだけれど。

 

 ただ、トゥインクルシリーズといえば三年間は有る訳だ。ボクがこの学園でいつまでトレーナーを全うするかも分からない。いつ辞めるかも分からない人間が担当を受け持つのは、相手の子に申し訳ない気持ちが湧いて来る。

 

 今更善人ぶるな、と言う話では有るが。

 

「分かりました。でしたら先ずは、その本人から了承を得る事が出来ればトレーナー業開始、と考えていれば良いですか?」

 

「んー、いえ、この話は理事長が学園に戻ってきてから又、と言う事になっています。

 そうですね……、一人しか担当してはいけないと言う決まりは有りませんし、理事長が帰って来るまでの間に、志村さんが担当したい! と思う生徒が居ましたら、その際にまたご相談下さい!」

 

 むしろトレーナーと生徒数の比率を考えたら、是非複数人担当して欲しいです!と駿川さんが張り切り気味に話す。

 

 いや、一人でも躊躇しているのに、複数人なんて恐れ多いですよ……。

 

 色々と今後の学園での職務について話していると、此処が最後です、とトレーナー室へ案内された。

 

 志村さん個人用です。各種資料、用具等は中に備えてますと説明される。

 駿川さんは、『分からない事等有りましたら、又ご連絡下さいね』と言うと、別の業務が有りますのでー、と去って行った。

 

 

 取り敢えずトレーナー室へ入ると、部屋の窓際にPCが置いてあるデスクが一台。壁には資料が大量に詰まった棚と、小型の冷蔵庫。

 後は、来客か打ち合わせ用だろうか、中央にソファが二つとテーブルが置いて有った。

 

 

 さて……。昔トレーナーを目指して勉強していた際の知識は有るが、遥か昔の話だ。

 業務として携わる以上は、再度頭へと詰め込む必要が有るだろう。と考え、資料へと目を通そうと棚へ向かおうとした所、扉がノックされる。

 

 先ほど別れたばかりだが、駿川さんだろうか。

 

 

「志村です。どうぞ」

 

 

 ノックの主へと声を掛けると、扉が勢いよく開く。

 開け放たれた扉の向こうには、一度しか顔を合わせた覚えは無いが、脳裏へ強烈に刻まれていた人物が立っていた。

 

「お邪魔するよ、先日ぶりかな?」

 

「……君は昨日の」

 

 眼前の人物は、口角を歪に吊り上げ笑顔を作ると、両腕を広げ、胸を張り、ボクに言い放つ。

 

「アグネスタキオンだ。よろしく、新人トレーナー君」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 訪問者は自己紹介すると、目の前のソファへと腰を下ろす。

 

 アグネスタキオン――。あの当代最強と言われる七冠ウマ娘、シンボリルドルフ。彼女と互角の走りを魅せたウマ娘が。

 

「何の用が有って、ボクに?」

 

「――いや何、先日迷惑を掛けた相手が、今日からトレーナーとして就任する、なんて聞いたものでね」

 

 会話をしながら、(おもむろ)に懐から試験管を取り出す。

 

「私配合の栄養剤だよ。昨日のお詫び、と言う程のものじゃあ無いが、贈呈させて貰うよ」

 

 取り出した試験管をこちらへと向ける。

 そうか、レースが衝撃的すぎて忘れていたが、元を辿れば彼女との出会いは通路で正面衝突しかけた事から始まったんだったか。

 

 手製の、それも試験管に入った栄養剤なんて貰いたくは無いが、謝罪も兼ねてわざわざ足を運んできてくれた物を断るのも悪いだろう。

 

 それじゃあ、と彼女から試験管を受け取り、冷蔵庫へと収めようとする。と、彼女から不思議そうな視線を向けられる。

 もしかして冷蔵庫での保管は良くないのだろうか。

 

「常温保存した方がいいのかな?」

 

 机を指差し、保管方法について問い掛けると、怪訝そうな返事が返ってくる。

 

「いや、なんで直ぐ飲まないんだい?」

 

「へ?」

 

「?」

 

 互いの顔に疑問符が浮かぶ。質問の意図が分からないが、問いかけへ自分なりの答えを返す。

 

「いや、えーっとこれは栄養剤なんだろう? 今は特に疲れていないから又後で飲もうかな、ってさ」

 

「ええー?! いやいや何を言っているんだ君は。人から好意で貰ったものはその場で飲んで、当人へ感想を言うものだろう」

 

 こちらの答へ、彼女は驚いた様子で駆け足気味に言葉を紡ぐ。

 アグネスタキオンは、ホラ、早くグイッと行き給えよ、と試験管の中身を飲む様にボクへと催促する。

 

 不自然さに何だか嫌な予感がする。まさか何か変なモノが入ってるんじゃなかろうか。

 

 ほら! グーっと、ググッと、早く飲み給え! なんて此方を急かすアグネスタキオンを勘繰っていると、外から叫び声が聞こえて来た。

 

 

「「うわーーーー!!! 用務員のおじさんが発光してますーー!!?」」

 

 

「「タキオンさんが差し入れた栄養剤を飲んだらしいわよ!!!」」

 

 

 またかー?! タキオンを探せー!!

 ドタドタと走る音と共に、彼女を探す叫ぶ声が遠くへと消えて行く。

 

 視線が交差する。試験管の中身を、側に有ったゴミ箱へと流す

 

「ああっっ?!!」

 

 叫ぶタキオンを尻目に、彼女へと冷ややかな目を向ける。

 

「いや……これ、何?」

 

 呆れ気味に言葉を放つ。ボクが知る限り、栄養剤に人体が発光する効能は無い筈だ。

 

「酷いじゃあ無いか?! 折角の試験薬を……」

 

「いや、試験薬って」

 

「筋肉の収縮度合いを確認する試験薬さ。人とウマ娘の間での差異を確認しようと思っていたんだが、――フフ、まさか発光作用が出るとは思ってはいなかったねえ」

 

 これは失敗、と彼女は右腕で頭を掻く。

 

 人の事を言えるほどボクも人間が出来ている訳じゃあ無いけれど、この子も中々ブッ飛んでるな……。

 

 対面の少女へ慄いていると、またトレーナー室の扉が開く。

 

「タキオンさん、探しましたよ」

 

 長い黒髪が目立つ少女が、端正な顔立ちを苦々しい表情へと変え室内に入って来ると、アグネスタキオンへと詰め寄る。

 

「カフェ〜? どうしたんだい、そんな表情をして。何が有ったんだい?」

 

 アグネスタキオンが、来訪者へ顔を向け愉しそうに言葉を掛ける。

 

「どうしたんだい、じゃ有りません――。タキオンさんの薬のせいで、学園中が大騒ぎです。貴方が、栄養剤と謳った薬を飲んだ用務員の方が何人も光り輝いていると――」

 

 うん、横で作業している用務員が急に発光するのは中々ショッキングな映像だな。普通に怖い。

 

 眼前の少女の叱責に、アグネスタキオンは悪びれず返答する。

 

「謳ったとは酷い言い草だねえ?! 栄養剤としての効能もちゃんと含んでいるさ。

 そ、ん、な、事より! トレーナー君! 君みたいな新人の年若い男性のデータは貴重でね。研究データのサンプルが欲しいんだ! 協力してくれたまえよ!」

 

 タキオンが懐から別の試験管を取り出すと、此方へずいと近寄ってくる。

 

「他の方へ迷惑を掛けないで下さい。ほら、行きますよ。生徒会の皆さんも探しています」

 

 カフェ、と呼ばれた少女がアグネスタキオンの腕を掴むと部屋の外へと引き摺っていく。

 た、助かった……。

 

 扉の外を出る前に、少女はこちらへと顔を向ける。

 

「すみません……、お騒がせしました」

 

「あ、いえ、お気になさらず。――その……お疲れ様です」

 

 物静かながら雰囲気の有る彼女に対し、咄嗟に一回り近い少女に対し、思わず敬語で返事をしていた。

 

 こちらの返答にコクリと頷くと、少女は一礼して去って行った。

 

 

 閉まった扉へ、もう厄介毎は来ないでくれと、暫くの間凝視していたが、幸い扉が開く事は無かった。

 

 ゴミ箱の試験管に目をやると、箱の奥で薄ぼんやりと液体が発光しているのが見えた。

 

 

「トレセン学園、怖ぁー……」

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