―――福山市加茂町国道182号線―――
赤信号のシグナルが黄色をスルーし、青信号へと変化したと同時に待ち焦がれていた2台のV8と1台の直6が少量の白煙を吹き出しながら後輪を回し、バトルの火蓋を切り落とした。
神戸からの刺客(ただの来客)としてやってきたスカーレッツの補佐メンバー十六夜咲夜との1VS1のタイマンは、霧雨魔理沙の技量とコースの理解度…。何よりレースと言う世界を幾度となく駆け抜けた咲夜は最早、鋼の精神と言っていいほど冷静に瞬時にベストな行動を取る。そんな相手にどう立ち向かうか勉強になるからと持ち込んだエキシビションだが、当然2人に手加減などあるわけがない。プロだろうが地元エースだろうが手を抜くことは有り得ないのだ。
交差点をスタート地点とし、ブルーシグナル点灯とともに勢いよく飛び出した2台だが、単純なグリッドスタートならトラクションのかかって有利なはずの咲夜は魔理沙の86のリヤを拝みながらのスタートを選択。魔理沙がリードの状態でバトルが開始された。
道幅は狭いワケではないから、抜く分には十分なスペースがある。第1、第2とブレーキを踏むほどではない緩やかなコーナーが続くS字区間を2台は高速で駆け抜けていくが、そこでは仕掛けるアプローチはRCFからは伺えない。 やはりレースの経験者だけあって、こういう所は慎重に相手を見るのは欠かさない。
魔理沙も特にクセがある走りをするのでもないし、緩やかコーナー区間では手の内も明かすことはないが、2人のランニングスタイルの決定的違いはコーナーの攻略方法にある。
前回の2話でも話したが、魔理沙のマシンは速ドリアクセルどアンダー仕様で、咲夜のマシンはアンチスリップグリップ重視仕様で持ち込んでいる。
ここから分かるように、魔理沙はコーナー1つにも積極的にドリフトを活用し、突っ込み勝負と立ち上がりの際のアクセルオープンタイミングで勝負を仕掛けるスタイル。
一方咲夜は、サーキットを走るにおいて、ベストのラインを通り、時には敵車のスリップ内でライン取りを強いられたりと、正に効率的な動きで攻略して失敗するリスクを取っ払うスタイル。
コーナーのクリア平均速度は、軽量なボディを活かした魔理沙に軍配が上がるが、ハイグリップな足回りで固めてエンジンのレスポンスチューンが効いた無駄ない走りの咲夜には立ち上がりで軍配が上がる。コーナーでは大差はなく2台とも大きな進展もないまま、緩やかコーナー区間は終了し、本コースが国道であるために現れる登坂車線に差し掛かった。ここまで2人ともただただ沈黙を貫き、目の前のコースと相手の動きの研究のため深く集中していた。
一方、後方で2台の走りを観察しながらシェイクダウンしている霊夢と豊上搭乗のカローラスポーツは有り余るパワーを路面に伝え、1部のパワーを拒否されてケツを出しながら制御しつつコーナーをクリアしていた。ドリフトで峠を攻める車と言うコンセプトを元に組まれた為、挙動としては間違ってはいないが、何にせよ巨大なパワーで速ドリと言うより芸術ドリフトに近いくらい車は角度を付けていた。
「いくら…!なんでも……パワーありすぎじゃ……!ないかしらァ!?」
1000馬力超に峠仕様にチューンされた足回りで車内には壮絶なGがかかっているために、霊夢がとても面白いことになっている。
何気に霊夢が1000馬力超のマシンに乗るのは初めてだし、そもそも260馬力程度のFDで自分の感覚でドリフトするのと、カッタい足に過度なパワーでサイドブレーキ無しで横を向いてしまうカローラで人にハンドルを預けるのじゃワケが違う。当然の話だ。
そんな霊夢を見て止めてくれるような豊上であるわけがなく、シェイクダウン中だし貴重な経験をさせてやれていると言うことで口を挟むまいと黙ってアクセルを煽っていく。言うだけ無駄と言うやつ。
さて、登坂車線に差し掛かった2台。このコースには登坂車線が4つ存在し、その時は3台分の広さとなる為、ラインに自由が生まれる。特に1本目の登坂車線は後に来る車線と違い、少し長いストレートで構築されている。登坂と言うだけあってキツめの勾配にストレートとなれば、攻略題材は純粋なパワーとなる。
この2台のパワーを比較すると両方500馬力超で、86はRCFより40馬力劣る。86の方が軽いのでフラットなストレートでは若干有利であったのだが、ゼロキロスタートの出だしや、登坂のようなリヤに荷重がかかり、後輪へトラクションがかかる場面だと重量が少しだけ重いがパワーは確実にあるRCFのが有利となる。
ましてやRCFは86と違ってギアチェンジのロスが少ない。トルクコンバータを取っ払ってDCTにしているATだが、レース中はパドルシフトでギアチェンジするRCFに比べて、86はクラッチを踏む時間がどうしても無駄になる。AT嫌いである霊夢と魔理沙のこだわりがこんな形で響いてくるとは…。
そんなこんなで登坂車線を全開で駆け上がる2台だが、RCFがゆっくりとゆっくりと鼻先を前へ前へと進め、魔理沙の走り観察の終わりを語るかの様に86の前へ躍り出た。スタート時点で相手のパワーとレブリミットの把握、コーナーでの立ち回りなどをあらかた仕入れた咲夜は、これ以上テールランプに甘んじる必要はないと判断したのだ。ここから自分の持てる技術をフルに出し切り、このまま逃げる算段を立てている。
「くうぅぅぅ!やっぱ咲夜は速いぜ!でも、このまま前を譲る魔理沙さまだと思うなよ!」
当然魔理沙は諦めるわけもなく、RCFのテールにつく。この時点で200km/hを超えて、テールに着いたが故に86の冷却が厳しくなるがお構い無し。離されまいと引っ付きながら登坂車線終わりまで登り切った。そこから2列に広がり、さらに緩いコーナーへと差し掛かっていく。ここはしばらく高速コーナーが続く。
登坂車線が終わり1.5kmほど走っただろうか。緩いコーナーを一つ一つ確実に攻略し、ここでは2台ともグリップでスピードを落とさず抜けていく。魔理沙もさほど咲夜とのギャップは広がってはいないため、何とか食らいついて行けている模様。
咲夜からしても、ここまで危なげなく前を走れているために、魔理沙からのプレッシャーも感じずにいた。
だが、このコースは今までのコース取りから導き出したコーナー攻略のデータを一気にへし折るトラップがあるのだ。ここまで高速で緩いコーナーを数々抜けて行って、2台とも緩やかな右コーナーに差し掛かった時、魔理沙は急に減速を始めた。
「…?」
咲夜の視界にもそれは写っていて、Rもキツくないコーナーで今までしなかった減速を始めたのか疑問に思った。
しかし、その疑問は右コーナー半分まで差し掛かった時に確信に変わったのだ。
サーキットではコーナーの先まで視界は広がり、次への攻略のアプローチを取りやすい物だが、峠道ではそうはいかない。ましてや国道と言う人の手が入りまくった道では尚更で、コーナー内側にコンクリート壁があり、それが視界を阻むのは珍しくない。先のコーナーが見えなければ自分の過去のデータから産出した予測に頼るしかなく、咲夜もプロとはいえ初めて通る道に対して予測を行っていた。
そんな咲夜を嘲笑うかのように、視線の先には、緩い右コーナーのすぐ奥にかなりキツい左コーナーが待ち構えていたのだ。魔理沙は先に減速し、右コーナーを左コーナーのためのドリフトのフェイントを仕掛けている。咲夜もフルブレーキでコーナーには間に合うが、アウトに膨らんでしまうのは確実だった。
「くっ…!ま、曲がれ!」
対向車線にはみ出しながら間一髪アウト側でクリアしたがロスを作ってしまった故に魔理沙が再び後ろに張り付いてしまう現状に戻った。
ここからはヘアピンコーナーが複数続く区間で、パワーは完全には発揮出来ない。コーナリング性能とバランスが物を言う区間だ。故に、魔理沙はここが大の得意で、コーナー一つ一つをスピードが乗ったドリフトでクリアしていく。
咲夜もブレーキングを最大限まで遅らせて突っ込み勝負を仕掛けて何とか逃げ切れている状態。
だが、ドリフト前提でコーナーに侵入する魔理沙と比べると速度は殺してしまっている。さらに、86はアクセルを吹かせばアンダーが出る足回りで、ドリフト中にアクセル踏めば姿勢が安定し、アクセルワーク次第でインベタでクリアするRCFのリアバンパーにキスさせてしまう程の隙間を維持できる。そしてコーナー脱出はアクセルをいち早く吹かせるため、立ち上がりではアドバンテージになる。
咲夜もブレーキング技術は磨かれきっている物で、一切の隙なく完璧なコーナリングを見せていて、魔理沙も抜かすに抜かせない現状を強いられていた。
そんなヘアピンコーナーも残り少なくなっていたころ、魔理沙も仕掛けるポイントとしては、この区間しかないと分かっていた。頭の中にある記憶から、この区間のアプローチになりそうなポイントがないか頭フル回転で検索していた。
「コーナーでは魔理沙に仕掛けられるかと思ったけど、インは開けてないしアウトに膨らめばドリフトは遅くなる。絶対譲らないわ」
卑しいくらいにベストラインを独占する咲夜もプロとしての意地を見せ、後ろからもどかしそうな魔理沙に蓋を閉めていた。
そんな時だった。区間の終わりが近い事が分かる、赤い柵の橋に差し掛かった時、何とか出来ないかと魔理沙が上を向いた瞬間、登ってったコーナー部分の外側が少し張り出しているのが見えた。
「思い出したぜ!確かあそこは不自然なくらいデカい非常用路肩があってコーナーの入口にかけて路肩が終わるんだっけ…使えそうだなぁ!」
ある事を確信した魔理沙はRCFにプレッシャーをかけ始めた。咲夜はプレッシャーを気にしてはいなかったが、動きを見せたことに警戒していた。ただの1回でもコーナーをミスしてしまえば魔理沙に先を越されるのは分かりきっていること。橋を渡りきって左ヘアピンコーナーに差し掛かって、咲夜も鋼の心で乱れないインベタで攻めていた。が、その時魔理沙は何故かかなりアウトに膨らんで走っていた。
コーナーを脱出し数十メートルですぐ右コーナー。咲夜もアウトを走っていた魔理沙を無視して、迫り来るヘアピンに向けて減速を始めた。コーナーの外はガードレールを隔てて断崖のため、魔理沙の様にアウトに膨らむのは高所恐怖症の咲夜からしたら絶対防ぎたい。
アウトドリフトでロスを作っていた魔理沙とは余裕があるだろうと、安全マージンを取って減速。
そしてルームミラーから魔理沙の位置を把握しようと覗き込むと、何とそこに魔理沙はいなかった…。
「…っ!? 魔理沙? どこへ…まさか…!」
そのまさかを疑い、コーナー前に左側にあった路肩に目をやった時にはもう遅かった!
「私はここにいるぜぇ!気づくのが遅かったなぁ!」
魔理沙の86はRCFのインへのルートを塞いだ上で、咲夜の目の前でドリフトしていたのだ!
あまりに突然の事で、衝突を回避する動きを取り、コーナースピードを殺してしまった。
「やっぱり…!コーナー手前で路肩に避けて、私が減速してる時に抜かして路肩からドリフトを仕掛けてたのね!やられたわ…!」
その通り。魔理沙は橋から覗いて確認出来た広めの路肩に入って、同時にコーナー手前で減速していた咲夜をパス。路肩はコーナーが始まる地点で終了するため、路肩でドリフトを開始、減速をしてないために咲夜より断然スピードが乗った状態でコーナーに侵入出来たのだった。咲夜からしたら気づいたら後ろに姿が無く、不思議に思って前を向いた瞬間86が横を向いていたから、ぶつかると思って咄嗟にブレーキを踏んでしまったのだ。
先程の左コーナーでアウトに膨らんだのは、咲夜に取って意味不明な行動を取り、ルームミラーに視線を奪わせるのが狙いでやった行動だった。もし普通にコーナリングをして路肩に進めば、横向いてバレる可能性があるからだ。
そして、咲夜からしたら不意打ちがもうひとつあり、この右コーナーは実はヘアピンでは無くて区間終了地点の90度程のコーナーなのだ。
咲夜はヘアピンが続いてたため、ヘアピンの構えを取り、更に魔理沙の大胆な行動も相まって、ヘアピンでは無い可能性を見い出せなかったのだ。そのためスピードの乗った魔理沙はコーナーを高速でクリアし、余分な減速をしてしまった咲夜にとってはかなり痛いギャップが生まれてしまった。
つまりは、狡猾な魔理沙に、まんまとハメられたという事だ。
「うわぁ魔理沙もえげつない事するわねぇ…」
「味方だと頼もしいが、敵に回ったら骨が折れる相手って事で間違いなさそうだな」
その始終を見ていたカローラの2人も、あまりに大胆でエグい行動に呆れと賞賛が入り交じった表情と心情をしていた。おもしれぇ顔してるわ。
咲夜との頭脳戦にて前へ出た魔理沙。走り慣れたコースと言う僅かなアドバンテージを頼りにヘアピンセクションを抜けて複合セクションへと突入しリードを守っていた。もっとも、このセクションでは本コース中で1番道幅が狭く、ラインの選択余地が削がれている。そしてヘアピン程ではないが、確実にブレーキを踏ませるS字コーナーの連続でアクセル全開時間が制限されるエリアのため、パワーを活かしきれないのだ。
ここではポイントはパワーではなくシャシーのトータルバランスが物を言うため、グリップでインを攻めるよりドリフトでコーナー脱出速度を稼ぎつつ次コーナーに繋げるフェイントとする方法が有効と言える。つまり魔理沙の86はエンジンとシャシのトータルバランスを重視しているため、このセクションに合致しているという事だ。
しかし、咲夜も侮れずプロの肩書きは磨きがかかっており、RCFも限界点の高いポテンシャルを秘めたマシンであり、S字コーナーをグリップで綺麗に無駄なく攻略している故、差は縮まらず広がらず。両者もどかしいセクションと言えるかもしれない。
そんなセクションもいきなり終わりを告げる事となる。
ヒルクライムで国道を登る訳だが、山々の繋がりを道路で繋いだ形をしているため、ヒルクライム中に勾配のついた下りに遭遇することがある。このコースも例外ではなく、結構な勾配がついた下りが複合セクション終了直後に突如やってくるのだ。
それだけなら、下りではパワーの差が出にくいところなので2台とも大した問題ではない。しかし下りの後が問題で、下ってRの浅い左コーナー脱出直後に登坂車線を含むロングストレートの上り坂がやってくるのだ。
86が少し前を走っている状態で例の登りに差し掛かっていた。2台とも150km/h越えで侵入し登り体勢に入るが、モロにパワーが活きるセクションなので86には辛い部分であった。
バックミラーを見ると少しづつ近づくRCFを目の当たりにし、魔理沙も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「せっかく前へ出たってのにな。あのまま突き放してやろうと思ってたのに…」
そう言っていたのも束の間。咲夜としては不本意だったが、ストレートのスピード勝負で再び前へ出たのだ。未だ登坂車線は半分残った状態でリードを譲り、2車線に戻った時には差が着いていた。
やはりコースの全体を見てみるとサーキットにも似た高速コーナーが多いスピードアベレージが高いのが伺える。魔理沙も遅いわけではないが相手が悪かったと言う教訓は、無駄にはならないはずだ。
と、咲夜とカローラ組は思っていたが、魔理沙は違う。
当然、予想通りの順位入れ替わりだった。なにか秘策があるようだが…。
続く
前回と登場車種は同様です。