殺人鬼は英雄教室で嘲笑う。 作:月見月 月魅
……どうしてこうなった。1年A組のほぼ全員の表情が、心が、コピーペーストしたように同一になった。
「ギャッハハハハハッ!!」
A組で初めてのヒーロー基礎学でも使った自習場のビルの一棟、最上階にて。オールマイトの弱々しい合図と同時に、使駆は壁へと向かって走り出した。
何も無い空間の壁をノーマルモーター、パンチアクセルで蹴り破って外に飛び出たかと思えば、パワーダッシュモーター、ジャンプアクセルで空中を飛び跳ね、一つ下の階の外壁を体当たりで破壊して再度ビルに侵入。
似たような行為を何度も繰り返し、ビルを柱と梁、床と天井だけの構造物へと変貌させた。
オールマイトが手渡したインカムなんて既に跡形も無くなっており、公安が直々に支給したコスチュームも原型をとどめていない。あと一度でも音速歩行すれば完全に形を失うだろう。
「オラオラどーした自称有精卵!! このまま摩天楼が破天荒になるのを雛人形みたいに黙って見てるのか!」
「「っ!!」」
一階にクレーターを作って急停止した使駆の言葉で思い出したかのように、爆豪と轟が同じタイミングで走り出した。
「死ねやマネキン野郎!!」
爆豪は左手を後ろ手に爆破を放ち加速、増した勢いそのままに、右手で使駆に爆発を浴びせた。
「ギャッハハハァ!!」
野生動物なら本能で、人間なら恐怖と反射で、防御なり回避なりするだろう。
しかし使駆はその右手を掴まえ、横っ飛ぶ爆豪の勢いを真下へと方向転換させる。
「ガハッ!!!」
想定外の挙動に対応しきれず、無抵抗に地面へと打ち付けられた。
使駆の視線は爆豪から離れ、もう一人の方に向く。
爆豪や使駆と違って叫んだりはしないものの、轟の目も爆豪と大差はない。
「おおおおおおお」
使駆が加速するより先に、轟の右半身から地を伝う氷が躯体を覆う。
「悪いが加減する余裕はないんでな」
以前の訓練では、せいぜいが足元を凍らせる程度だった。けれど、使駆はオールマイトと同等以上のスピードを出し、パワーを持つ。そんな光景をUSJで見てしまっている。
命までは奪わない、なんて言っていられる余裕はなく、使駆はつま先から脳天まで凍りついた。
歪な笑みを浮かべたほとんど全裸の少女の氷像。そこらの人間なら即死間違いないだろう状況であっても、二人に油断はかけらも無い。
――パワーダッシュモーター、オールアクセル。
爆豪が辛うじて立ち上がる程度の隙は、使駆の全関節を高速回転させ、まるで手榴弾が爆破するように氷を撒き散らして終わった。
「ギャハハハハハハハッ!! 足止めくらったのは久しぶりだなっ! ノーマルモーター、ダッシュアクセル!」
撒き散らした氷ごと、轟は体当たりに巻き込まれてビルの死骸から弾き出された。
「クソがぁ!!」
「おっせぇよバーカ!!」
爆豪が爆破で加速して殴りかかるの対し、使駆は素面で拳を握る。
「死ねぇ!!」
「ギャッハハッ、ハァ!!」
使駆は爆豪の拳を顔面で受け止めて、鳩尾に鉄拳を叩き込む。
「クッソがっ……、俺には個性も要らねえってのかぁ!!」
「使わせてみろよ下位互換!」
「クソがあああ!!!!」
「ギャッハハハハハハッ!」
使駆なら爆豪の爆破以上の
爆破という威力に特化した個性は、それ以上の威力を標準的に出す使駆の下位互換と言える。……というか、使駆は近接戦闘特化の人間の大半の上位互換たりうる。
内臓が歪むような鈍痛で脂汗を流している爆豪の目だけは、まだ諦めていない。しかしその足は震えていて、弱々しい拳も気を抜けば腹に伸びそうになる。
「ギャッハッおおおお」
とどめを刺してやろうと、使駆は爆豪の金的を蹴り上げようとするも、戻ってきた轟が使駆の下半身を凍らせる。
「邪魔すんじゃねえよ、半分野郎……!」
「助けなきゃやられてただろ。あと男としてそれは見たくねえ」
「ギャハハッ! 美少女に足でされるなら本望だろっ!」
「見た目だけだろ」
「おおおおおおおごっ」
下半身が凍てついてなお笑う使駆がまた、顔面まですっぽり凍りついた。
――プラズマダッシュモーター、ヒートアクセル。
どうせ数秒ともたない時間稼ぎだが体制を立て直そうと、轟が爆豪に言おうとした途端。頭の奥から響くように強烈なモーターの唸るような音と、表皮を焼くような強烈な熱風が二人を襲う。
「プラズマダッシュは発熱と燃費がネックでな。どうしても使い道が限られる」
体内の原動機無駄に回しての放熱は周辺の氷を一瞬にして蒸発させた。今や一欠片もないし、溶けてできるはずの水溜まりも無い。使駆が前もって壁を破壊していなかったらここはサウナへと変わり果て、下手をすれば二人は脱水症で死んでいたかもしれない。
「ま、年のわりには強い方だと思うぜ」
使駆は熱で浮かされた二人に拳骨を落として気絶させて、この模擬戦を終わらせる。
……実はかなり前からオールマイトがインカム越しに終了を叫んでいたものの、三人ともインカムが壊れていて気がつくことはなかった。
そもそも、オールマイトは使駆と二人が戦うこと自体に消極的だった。……それでうっかり、使駆に勝てなかったと言ってしまったのは迂闊が過ぎるというものだが。
時は少しばかり巻き戻り。
編入生がやってきて最初のヒーロー基礎学。使駆が男女どちらの更衣室を使うのか一悶着あったりしたものの(結局、教室で一人着替えた)、全員がコスチュームを身につけてオールマイトの前に揃い踏んだ。
オールマイトの授業計画では、前日の授業の反省を生かすためにも、同じペアでの訓練をするつもりだった。
しかしそこに待ったをかけたのが、後に叩きのめされる爆豪と轟。二人は使駆を相手とする戦闘訓練を希望した。
二人とも対脳無の使駆の強さを見ていることを、オールマイトは知っていた。そして遥か上位の強者との戦闘が強者への近道であるということも。相手が最強クラスの殺人鬼なら、対ヴィランの訓練にももってこいかもしれない。
そんな葛藤の果てに、一対二の変則的な訓練を許可した。
その結果は見るも無惨な、ただ使駆の底知れぬ強さの一片が見せつけられるだけだったが。
「ギャハハハッ! ま、ガキ相手のリハビリくらいにはなったぜ。次はもう少し上手く手加減してやれるだろうさ」
全裸のままではいさせまいと八百万が創造した男児服を着こなす使駆は、睨む二人を嘲笑う。
「ま、まあ、仕方ないさっ。私も詳しく知る訳では無いけれど、巻解少年と今の君達の間にある、三年間の差は簡単に覆せるものではない。これから勝てるようになればいい! プルスウルトラさ!」
「……でもオールマイト、あんたも負けてるんですよね」
「うぐっ……、やめてくれ轟少年、そこは効く……」
かつてアメリカにいた頃に出会った使駆は、ナンバーワンヒーローたるオールマイトをしても最高峰の強敵であり、数少ない実戦での敗北経験だった。
「ま、おっさんの分際で美少女相手に完敗したんだ。いい薬になったろ?」
「薬で乾杯する趣味はないのだよ、巻解少年……」
「ギャハハハハハハッ!」
体育祭を前にして、編入生二人はヒーロー科二クラス、四十名全員の障壁へと成り上がるのに、そう時間は掛からなかった。
――
古代ギリシアの演劇において、劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在(神)が現れ、混乱した状況に一石を投じて解決に導き、物語を収束させるという手法を指した。
古代ギリシアの時点でこの手法は批判されている。アリストテレスの『詩学』において、デウス・エクス・マキナは褒められた解決方法ではない、とされている。アリストテレスは、演劇の物語の筋はあくまで必然性を伴った因果関係に基づいて導き出されていくべきであるとし、行き詰った物語を前触れもなく突然解決に導いてしまうこのような手法を批判している。また、夢落ちはデウス・エクス・マキナであり、手塚治虫は禁忌とした。
――Wikipedia参照