綺麗ごとを言うつもりはない。弱ければ死に、運が悪ければ死に、何もなくても死ぬのがこの世界だ。
だから理不尽に虐げられている存在を見ても、運が悪かったねと、生まれ落ちた場所が悪かったねと、思うことはせいぜいそれくらい。
けれど、何故だか私の口が諳んじ始めてしまったのなら、それはきっと私の中の「何か」がそうすべきだと思ったのだ。これは、私の物語のために必要なのだと。
「――《こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます。》」
少し長い暗唱になるが、今回ばかりは構わない。
相手はただの一般人二人。反撃の心配どころか私が何をしているのかもわからないだろう。ただ私は、地獄を生み出すことだけに集中していればいい。
背後の座敷牢から、ひ、と怯えるような声が聞こえた。しかしそんなことを気にしてやる余裕もない。
ただ、燃え盛るような内心の衝動に言葉を乗せる。
「《何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく
むせかえるような血の匂い。微かに宙に漂う塵にさえ血の滓が含まれているようだった。赤茶と黒が混ざった土には草木の一本もなく、空すらも鈍い土の色。太陽などどこにも見えず、ただただ薄暗い空間を篝火が照らしていた。
ほうぼうから響く薄汚い悲鳴に、殴りつけられているような鈍い音。見れば足元には赤々とした血の池が波をうっている。
そう、ここは地獄。罪の一切を償わねば出られぬ牢獄。
何が起きたのかわからないという様子の下衆どもは慌てふためき、泡を吹き、しかし気を失うことも許されない。許すものか、お前たちはここで選択しなければならない。
ふと、彼らの眼前に白銀に輝く糸が垂らされる。その糸の先を見上げれば、地獄の空に僅かに開いた虚ろが見えた。その先には確かに、光がある。
「《ところがある時の事でございます。何気なくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を
その糸をみとめるや否や、二人は我先にと糸にしがみついた。もみ合い、ひっかき、蹴飛ばして、その糸は自分のものだと訴える。
嗚呼、何て醜悪な。嗚呼、何て哀れな。
「《ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、
そして恐れたカンダタは喚くのだ。この糸は己のものだ、下りろ、下りろと。
自分だけが助かるべきと他者を蹴落とす浅ましさ、傲慢、利己、欲深な本性。それはまさに人の業。否定はすまい、誰だって我が身は可愛い。けれど、気に食わない。ひとがひとを呪う理由なんて、それだけで十分だ。
私はそのまま
このレベルで展開した術式を生身の人間で試したことはなかった。まして、相手は自衛の手段も持たない一般人。よくて死ぬか、もしかしたら本当にその肉体ごと地獄に落ちてしまうのかもしれない。もう、そのどちらでも良かった。
「《その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急にカンダタのぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですからカンダタもたまりません。あっと云う間まもなく風を切って、独楽こまのようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。》」
さあ、堕ちろ。その醜い性根ごと、地獄の底へ堕ちるがいい。
私の指が、蜘蛛の糸のある一点を指し示す。ぷつり、と糸が震えた。
「《後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。》――芥川龍之介『蜘蛛の糸』よ、」
「そこまでだ、美作」
私を止めたのは、ひどく苦しそうな顔をした夏油先輩だった。
*
今回は珍しく夏油先輩との任務だった。
正しくは、夏油先輩ひとりで事足りる任務だったところに、私を増員してもらったのだ。夏油先輩には必要のないことだろうが、私は今少しでも経験値が欲しかった。
「最近、ずいぶん任務に積極的なんだって? 遠出するだけで疲れるんだし、あんまり無理はしないほうがいいと思うけど」
「一応、休みはちゃんと取ってますから。今はとにかく実戦の空気に触れていたくて」
補助監督が運転する車の後部座席から外の景色を眺めていた私は、隣に座る夏油先輩に顔を向ける。
邪魔になると思ったら引っ込んでますのでと軽く言えば、邪魔なんてことはないけど、と苦笑する先輩。正直、表面上は「良き先輩」であろうとしてくれるこの人なら多少の無理を言っても邪見にはしないだろうという算段もあった。これが五条先輩だったらそうはいかない。
『夏油さんと任務? いいな!』
『良くはないでしょう、夏油さんに回される任務なんて面倒なものばかりですよ。あの人が一緒なら大丈夫だとは思いますが、気をつけて』
そう言って見送ってくれた同期の顔が浮かび、少し笑う。
先日の任務で領域展開の片鱗に触れて以降、それを忘れることのないように鍛錬は重ねているが、やはり実戦の空気に勝るものはない。たとえ術式を使うことがなくても、任務のピリピリとした空気のなかに身を置いている間はあの感覚を忘れずに済んだ。
「まあ、その向上心は良いと思うけど。美作は結構負けず嫌いだよね」
「そうですか?」
「自覚がないのかい? 相当だと思うけど」
そうなのか、と首を捻る私に、先輩はくすりと笑う。からかうようにというより、本当に微笑ましいものを見るような視線に、背中に気持ちの悪いものが這ったような感覚を覚えた。思わず身をよじる。
何ですか気持ち悪い、と言えば、ひどいな、と笑われた。
「君は、たまにひどく素直にひとの言葉を受け入れるから。ものを知らない小さな子どもを見ているような気分になるんだよ。ああ、悟もそういうところがあるね」
「……まあ、世間知らずを自覚しているからじゃないですか。五条先輩がどうかは知りませんが、呪術師の家なんて本当に隔絶されてますからね」
「そこでちゃんと自分が世間知らずだって受け入れられるのも君のいいところかもね」
「どうしたんですか夏油先輩、私の本でも汚したんですか? 今なら許してあげますよ」
「君は本当に私のことを何だと思っているのかな?」
そういえば読み終わったからまた高専に戻ったら返すね、とため息をつかれる。
寝れない夜の課題図書は今も続いており、先輩の目元の隈も薄いとはいえ消えることはなくなっていた。先日の焼肉の様子を見ていた限り食欲がまったくないわけではなさそうだったが、食べたからと言って消化したかと言えばまた別問題らしい。
こっそり七海に様子を見させたら、どうも食べたものを吐き戻している可能性があるとメールを寄こしてきた。
『病院にでも引きずっていきますか? 五条さんに協力してもらえば不可能ではないと思いますが』
日頃反抗しまくっている先輩相手にも、一応の心配をするのが七海らしいというか何というか。硝子先輩とも相談したが、このプライドエベレストのやせ我慢の天才のような先輩のことだ、五条先輩に弱みを見せるくらいなら死んだほうがマシだと考えるだろう。それなら五条先輩を動かして反抗心を煽るよりは、できるだけさりげなくサポートしたほうが良いのでは、という結論になった。
仕方がないので五条先輩や隠し事ができるほど器用でない灰原には秘密で、ちょくちょく差し入れという体で消化にいい食べ物なんかを先輩に食べさせている。何となく灰原は勘づいているような気がするが、空気を読んだのか何も言わなかったことには驚いた。七海曰く、灰原は馬鹿ですが馬鹿ではないんですよ、とのこと。正直舐めていたと少し反省した。
ポケットに仕込んでいた飴を渡しながら、今回の本はどうでしたか、と軽く尋ねる。はちみつ味の飴を口に放り込み、先輩は本の内容を思い出すように視線を宙に浮かせた。
「一部分だけは中学のときに教科書で読んだことがあったんだけど、やっぱり通しで呼んだほうが面白いね」
貸したのは夏目漱石の『こころ』。親友同士が同じ女性を愛してしまう葛藤を描く、純文学として非常に高く評価されている作品だ。
見どころはやはり主人公が「先生」と呼ぶ「私」と、その幼いころからの親友「K」の関係性だろうか。「私」は頭脳明晰で容姿端麗だという「K」を強く意識していたし、「K」もまた「私」を通して世界を見ていたような節がある。そんな二人は、奇しくも同じ女性を愛してしまった。
読んで思ったことは、と先輩が顎に手を添える。
「そうだな、『K』は『私』を好きすぎるね?」
「よりにもよって感想がそれ。しかしわかります」
「どう考えても『K』は『お嬢さん』より『私』の方が好きだろう、あれ」
「それもわかります。恋心どうこうよりも、恋をした自分が『私』の目にどう映るかのほうが重要って感じでしたよね」
「自分が唯一認めて信頼してる相手だからこそ、なんだろうけどね。『K』は純粋すぎたし、『私』は彼への劣等感を拗らせすぎてた。その対比が面白かったかな」
このひとと読書の趣味は合うんだよな、と感想を言いあいながら思う。自分と違う解釈を聞くのも面白いが、解釈が近しければどうしたって親近感は湧く。いやこのひとにそんな感情は抱きたくないけれど、こればかりは仕方がない。
ふと、少しいじわるな気持ちで私は隣に座る先輩に聞いた。
「先輩は『K』ですか? それとも『私』?」
純粋で、人間らしい醜さとはおよそ無縁だった「K」と、その彼に強い憧憬を抱き、どこまでも人間らしかった「私」。そのどちらに感情移入できましたかと、そう尋ねたつもりだった。
先輩は少し驚いた顔をして、それから小さく笑う。その表情を見て、私は思わず目を見開いた。
そこに含まれる、切なさと言ったら。
「さあ、どうかな。……着いたみたいだよ美作、行こうか」
嗚呼、と内心で呟きが落ちる。
これは、「K」の隣にいられなくなった「私」の顔だ。
*
どこか、陰鬱な空気の漂う村だった。
山奥で人の行き来も多くなく、まして今は呪霊が跋扈しているなら無理はないかとも思ったが、どうもそれだけではないような気がしてならなかった。
帳の下りた暗がりで、目につく呪霊を片っ端から祓っていく。術式を使うまでもないような低級ばかりだが、とにかく数が多かった。夏油先輩の操る呪霊が大半を吹っ飛ばし、そのおこぼれを私が仕留めていく。
「美作、大丈夫かい?」
「問題ないですが、……何か、数が多すぎませんか。呪物があるわけでもなさそうなのに、こんなに呪霊がいるなんて」
「確かに少し気になるな」
まるで、村全体に負の感情が充満しているような。
呪霊を一掃したら村の人に話を聞いてみよう、と言う先輩に続き、また呪具を握る。そして呪霊を祓い切ったあとで見つけてしまったのが彼女たちだった。
薄暗い日本家屋の奥にあった、今や時代錯誤も甚だしい座敷牢。その中で互いを抱きしめる、年端もいかない二人の少女。その身体はやせ細り、いくつもの傷があった。
「これはなんですか?」
あくまでも冷静に言う先輩の声が遠くに聞こえた。
知っている。人とは醜い生き物だ。矮小でずるくて自分のことしか考えられない生き物だ。それぞれはそれぞれの価値観でしか生きられず、時として平気な顔で他者を踏みにじる。私だってきっと、私のハッピーエンドのためなら平気で他者を蹴落とす。だからこの行為を道徳や倫理をもって否定することはできない。できなかった。だけど。
ただただ、気に食わない。それだけでいいと思った。
「――《こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます》」
そうして術式を展開した私を、先輩は押しとどめる。
何故、止めるのだろう。心からそう思った。
*
「それはダメだ、美作」
「……何故ですか?」
「感情だけでそれをしてはいけない」
感情だけで、と内心で繰り返す。なるほど確かに私は今、気に食わないというその一点のみで術式を展開した。夏油先輩はそれが良くないという。へえ、と思った。
このひと、一般人を傷つけることをダメとは言わないのか。
「じゃあ、感情以外の何があればいいんですか?」
「……意味だよ」
意味、と繰り返して視線をそれらに戻す。もはや同じ人間として形容したくないその二つは、無様に床に転がっていた。術式が完成する前に解放されたとはいえ、「地獄」を眼前に叩きつけたのだから相当な精神負荷がかかっただろう。当分は悪夢にうなされ、目を覚ますのにも時間がかかるはずだ。そこに罪悪感など欠片もなかった。
夏油先輩が、私の視線を遮るように一歩前に出る。
「……美作」
「何ですか」
「君は、非術師をどう思う?」
唐突な質問だったが、ふざけているわけではないのはわかった。同時に、答えを求めているわけではないのもわかった。感情で動くなと言っておきながら、その内心があらゆる感情でぐちゃぐちゃになっているのも察した。
唐突に感情が冷え込み、思考がクリアになる。今、おそらく夏油先輩は、踏み出してはならない一歩を踏み出そうとしている。
「私は、……私は、やはり、非術師が嫌いだよ。呪力もコントロールできず、呪霊を生み出し、そしてその呪霊のために呪術師が傷つき、死んでいく。それがどうしても、納得できない。どうして強い者が、弱い者のために死ななくてはならないんだ」
それも、こんなに醜い者のために。
あくまでも言葉は静かだった。しかしその奥には、炎と例えるにはあまりにも激しい感情を秘めている。
夏油先輩がこれまで悩み苦しんでいたものの一端を見たような気がした。
「……先輩」
「私も少し前に知ったんだが、術師からは呪霊が生まれないそうだよ。だから非術師を鏖にすれば、呪霊のいない世界がつくれる」
そんな世界を、見てみたいと思わないか。
衝動的に言葉を口から吐こうとして、やめた。強張った肩から力を抜くように、細く長く息を吐く。先輩は、振り向かなかった。
その背中に、改めて言葉を投げる。
「感情のみで行う殺人は、ダメだと」
「ああ」
「だけど自分がそいつらを殺すのは、意味があることだからいい、と?」
「理解してもらおうとは思わないよ」
「だったらぐだぐだと語らないでくださいよ。理解できないので私がやります。どいてください」
先輩の横を通り過ぎようとして、その長い腕で阻まれた。思わず先輩を見上げると、どこまでも静かな視線に射貫かれる。譲る気がないことだけは伝わってきた。
だからといってこちらも退けない。退いては、いけない。
「私が殺す。君は下がっていろ」
「いいえ、私がやります」
「君がやっても意味がない」
「意味はありますよ。たった今生まれました」
わずかに、先輩が眉をひそめた。
その黒い瞳をまっすぐに見上げる。
「本当に全く心の奥底から癪ですが、私はそんなもんのために人を殺す貴方を見たくありません」
「……は、」
「今貴方にそいつらを殺させてしまったら、生涯通して後悔する自信しかありません。貴方みたいなクズに一生呪われるなんて冗談じゃない。何私の幸せな一生ぶち壊そうとしてくれてるんですか、ふざけないでもらえます?」
「……ん?」
「いいですか先輩、聖人君子ヅラして悦に浸るのも結構ですけどね、」
少なくともここに一人、それを望んでないがいるんですよ。
先輩の眼が、今度こそ見開かれる。
「だいたい貴方、非術師が嫌いなのも呪霊のいない世界が欲しいのも本心なんでしょうけど、別に非術師を積極的に殺したいわけじゃないでしょう? え、人を殺すのに快楽見出す変態じゃないですよね、もしそうならマジでドン引きなんですけど」
「、あのね、ほかに手段がないから、」
「ほかに手段がないからやるんですか、やりたいわけでもないのに? とんでもない自己犠牲の精神ですね反吐が出るわ。正論だの意味だのお綺麗な言葉が好きなのは知ってましたけど、それもここまでくると病気ですよ病気。何ですか呪術界のヒーロー気取り? やめてくださいそんな人の後輩とか死にたくなる」
特に考えて喋っているつもりはなかった。ただ、思ったことを反射的に口から出して夏油先輩を圧倒したかった。貴方のしようとしていることを私は絶対認めないと、全力で示したかった。そして、そう、先輩を引きずり戻したかった。先輩自身の「理想」から、私たちのいる「日常」へと。
そもそもですね、と言葉を続けた。前から思ってましたけど、と前置きして。
「少なくとも私は、誰かのために命を懸けて呪霊を祓う、そんな志の高い呪術師であろうとする先輩が心底嫌いです。中身クズのくせに外側だけ取り繕おうとするから見てて痛々しいんですよ」
「……あ?」
「ほーらそのガラの悪さが本性のくせに何まともぶってんですかキッショ。中身ひねくれきってんのとっくにバレてんだから潔く晒せばいいのに、逆にみっともない。五条先輩とクズ同士じゃれてるときのほうがどう見てもいい顔してんですよ貴方は。クズならクズらしく、自分のやりたいことだけやってたらどうなんですか」
「、」
「非術師を鏖にすることやそいつらを殺すこと、その殺人行為自体が本当に貴方のやりたいことだってんなら私だって別に邪魔しません。そうじゃないのがわかるからこう言ってんですよ、わかります?」
自分の物語の
私は後悔なんてしたくない。ここで先輩に手を汚してほしくない。それくらいなら私が手を下して、咎めでもなんでも受けたほうがずっとマシというものだ。
別にこの人に対して特別な感情があるわけでもなんでもないが、それでもこの人は私の物語にとっては決して端役でない、大切なひと。そのルートに進んでもらっては私が困る。そう、私が困るのだ。
だからどうか、戻ってきて。
「ほんっとに面倒ですけど、他の手段を一緒に考えてあげますから。私だけじゃないですよ、先輩がうだうだと悩み続けてたことに気づいてないのなんて鈍感すぎる五条先輩くらいです」
貴方の苦しんでいること、悩んでいること。
貴方が本当にやりたいこと、心から望むもの。
そろそろその高すぎるプライドをかなぐり捨てて、ちゃんと話してほしい。聞かせてほしい。そしてちゃんと、私たちの声を受け取ってほしい。
「いい加減目ェ覚まして少しは素直になったらどうなんですか、このクズ野郎」
すう、と息を吸う音が聞こえた。そのすぐ後に、ふう、と吐く音も。
正直を言えば、心臓は早鐘を打っている。普段よりも数倍言葉を選ばずめちゃくちゃを言った自覚がある。そりゃ普段だってそこそこ言いたいことは言わせてもらっているが、それでも一応踏み込みすぎないようには考えていたのだ。
いくら話のわからない人ではないと言っても、この人はこの世で三人しかいない特級の呪術師。私など一瞬で殺せる程度には実力の差がある。
私の行く手を阻んでいた腕が下ろされる。改めて先輩が身体ごとこちらに向き直り、何も言わずに私を見据えた。その右手がそっと、私に向けて伸ばされる。
反射的に目を閉じると、頭の上に柔らかい体温を感じた。美作、とわざとらしいほど穏やかな声が落ちる。
「……いくら何でもクズクズ言いすぎだと思わないか?」
「いっ、いた、く、くび……!」
「これでも私は君にそれなりに優しく接しているつもりなんだけどね? 実習だって見てあげているし、困ったことがないかいつも気を配ってあげているつもりだよ?」
「今現在押しつぶそうとしてるひとが何を……っ!」
「ちゃんと手加減しているだろう? 別に本気でやってもいいんだけどね? 負けず嫌いの美作はこうして押し返してきちゃうから、本当に首が折れるかもしれないけど」
「そういうとこがクズだってんですよ……っ!」
「何か言ったかい?」
頭のてっぺんからまっすぐに力を掛けてくる夏油先輩は本当にいい笑顔をしていて、それはもういい笑顔で、絶対にいつかこいつの顔面に一発くれてやると心に誓った。しかしだんだんと力を強めていくその手に、そろそろマジで首を折られかねないと判断して仕方なくスミマセンデシタと絞り出す。
にっこりと笑った先輩は、すっとその手から力を抜いた。ふうと私が息を吐いたのを確認して、髪を整えるように少しだけ頭を撫で、手を離す。
「美作」
「なんですか」
「とりあえず後ろの二人をそこから出してあげよう。この村のことは高専に報告する」
「……殺さないんです?」
そう尋ねれば、夏油先輩はゆるやかに微笑んだ。何となく、その笑顔を見るのは久しぶりなような気がした。
「あれだけ必死に後輩にお願いされちゃ、ね。後輩想いの先輩としては、一応聞いてあげないとという気にもなるよ」
「えっどの面下げてそんなセリフを……?」
「次の実習見てなよ美作。私も殺さないから、君が殺すのもなしだ。いいね」
そして先輩は、改めて座敷牢の方を見る。その奥で震えている女の子たちは、よく見ると同じ顔をしていた。髪色は違うが、双子なのかもしれない。
大きな錠のかかっていた扉を軽く蹴破り、先輩はその中を覗き込む。
「君たち、動けるかい?」
びくり、と二人の身体が震えた。怪我で動けないということはなさそうだが、恐怖と警戒で動けないというところだろうか。
「さすがに扉蹴破るのは怖がらせたのでは?」
「あの子たち巻き込んで術式展開させた君が言うのかい」
「あーそういえば……というかこの子たち、見えてますよね」
「見えてるね。だからだったんだろう」
理解できない呪霊の所業の責を、理解できないものが見えるという少女たちに押し付けたか。マイノリティが排斥されるのは世の常というが、本当らしい。まったく、世間はまだまだ本でしか読んだことのない醜いもので溢れている。
「……ねえ、貴方たち」
とはいえ、それでも必要以上に同情をするつもりはなかった。
私は入り口から中を覗き込み、二人に向けて声を掛ける。一応、簡単な言葉は選ぶよう努力はした。
「今なら、ここから出られるよ」
言葉がわからないわけではないようで、まず安堵した。明らかに二人は「出られる」という言葉に強く反応を返した。
「だけど、そこに残るというなら私たちは無理に連れ出すことはしない。私たちについてきても、辛いことが全くなくなるとは言えない。けど、私たちは貴方たちを傷つけたりはしない。貴方たちが見えるものは、私たちにも見える」
これが貴方たちのためだと言って無理やり連れ出すことだってできる。だけど、それはしたくなかった。
この子たちの物語の主人公はこの子たちだ。今まで他者に理不尽に虐げられていたからこそ、ここからは自分たちの意志で物語の行き先を選んでほしい。
「出たいなら、おいで。出たいけど歩けないなら、手を伸ばして。出たくないなら、首を振って。決めるのは、貴方たちだよ」
そう声を掛けると、二人は互いに目を見合わせた。そして同時にきゅっと唇を結んで、動き出す。傷つき痛むだろう身体を懸命に引きずって、こちらに向かってきた。その瞳に見えたのは、幼いながらも確かな決意と覚悟。そう、それでいい。
彼女たちの意志を確認して、私も中に入り、這うように歩く二人を受け止めた。
「夏油先輩、何してんですか。ちょっと後ろ向いてください」
「ん?」
「怪我の様子をみます。レディの服の下見ようなんて馬鹿はしませんね?」
「おっと失礼。終わったら声をかけてくれ」
先輩がくるりと後ろを向いたのを確認し、ちょっとごめんね、と断ってから二人の怪我をみた。打撲、裂傷、一部に火傷、どれも今すぐに危ないという傷ではなさそうだが、とにかく数が多い。怪我の手当てもせずにこんな不衛生な環境にいたことも心配だ。栄養も足りているようには思えない。
「……私は佳乃。貴方たち、お名前は?」
「な、……ななこ」
「……みみこ」
「ななことみみこね。これから外に出て、この村からずっと離れたところに行くことになる。この村に、ふたりに優しくしてくれた人はいる?」
そう尋ねると、二人は眼一杯に涙をためて、ふるふると首を振った。
オッケー、村ぐるみでの監禁、虐待ね。つまり誰一人として容赦なくやっていいわけだ。話が早い。
「うん、わかった。じゃあふたりとも、そこのお兄さんのところまでちょっとだけ頑張って。先輩、いいですよ」
ああ、と振り向いた先輩のところまで、二人の手を引いた。先輩は腕を広げ、二人をまとめて抱き上げる。
痛いと思うけど少しだけ我慢してね、と先輩が微笑めば、二人は少し頬を赤くして頷いた。こらこらこら、そこでそのクズに夢を見るのやめなさい。あとで泣くぞ。
「じゃあ行こうか」
「あ、先輩、先行っててください。すぐに追いつくので」
不思議そうな顔をした先輩に、にこりと微笑む。私にはまだ、やることがある。
「村ぐるみでの監禁と虐待の証拠だけ確保してきます。大丈夫です、殺したりしませんし傷を残すようなヘマもしません。ちょっと強制的に自白はさせるかもしれませんが、せいぜいしばらく悪夢に魘されて苦しむ程度にしておきます」
「……なるほど、確かにそれは君の方が適任だな。美作」
「はい」
にっこりと微笑んだクズの先輩は、両腕に二人を抱いたまま朗らかに言った。
「上手くやるんだよ?」
「もちろんですとも」
身体的には殺さないが、精神的かつ社会的に殺さないとは言っていない。
*
そこから先はなかなかに怒涛だった。任務の詳細、ななことみみこの治療や保護、村ぐるみで行われていた彼女たちへの虐待、その他もろもろをひたすらに報告させられ、うるせえいい加減休ませろと言いたくなったところでようやく解放された。
やはり双子だった彼女たちは、高専とつながりのある病院に入院するらしい。少し名残惜し気な様子だったが、夏油先輩がお見舞いに行くよと言えば嬉しそうな気配を見せた。この調子ならきっと近いうちに元気な姿を見せてくれるだろう。去り際に私のスカートの裾をそっと掴んでくれたのはちょっと可愛かった。
やっと寮に戻れる、と高専の校舎を出る。夏油先輩は何やら上層に呼ばれたようで、まだ報告に残っていた。私も行きますかと言ったのだが、私ひとりでいいからもう休みな、と先に帰された。
『また、……話そう、美作。お疲れ』
そう言って、私の背を押した先輩。まだ少し心配は残ったが、話そうと言ってくれただけ進歩だろうか。勢いとはいえ話を聞くと言ってしまった以上、適当にするつもりはない。
硝子先輩や七海、灰原にもそれとなく話は通しておこう。五条先輩は……いいや、面倒だから後で考えよう。あの人ときたら本当に、特に夏油先輩のことになると驚くほど鈍くて困る。絶対的な信頼も、盲目が過ぎるのは考えものだ。
とにかく、ひたすらに疲れた。めちゃくちゃに疲れた。体力の問題じゃなく、これは完全に気疲れだ。
今日の任務で見てしまった胸の悪くなる人間の醜悪さ、理不尽に傷つけられた彼女たち、あの馬鹿で不器用でプライドの高すぎる先輩が抱えていたもの、そこで改めて感じた私にとっての譲れないもの。
まずは夏油先輩が休めるように手を打つ必要はあるだろう。やれやれ、とため息をついたところで、聞きなれた明るすぎる声が耳に飛び込んできた。
「あ、美作だ! おかえり!」
目の前が、晴れたような気がした。
下に落ちかけていた視線をあげると、そこには私服姿の灰原と七海。買い物にでも行っていたのだろうか、それぞれぱんぱんに膨れた袋を持っている。
「任務帰りですか。お疲れ様です」
「怪我もないみたいだね、良かった!」
「……うん」
なぜだか目の前にいるはずの二人に現実感がなくて、重い足を引きずるように二人に歩み寄った。そんな私の様子を訝しんで、七海が少し眉を顰める。
「……美作さん? どうかしましたか?」
「あれ、もしかして元気ない?」
私の顔を覗き込むように見る二人。手が届く距離まできたら、もう身体は勝手に動いていた。
二人の首に腕を回す。そのままぐっと引き寄せると、身長差のある七海は少しぐらつき、背の近い灰原も驚いた様子で声を上げた。
耳元で二人の息遣いが聞こえる。回した腕と軽く触れる耳元から、わずかに体温を感じた。どうやら二人は私よりも体温が高いらしい。まだ暑さの残るこの季節には熱すぎたが、それでも今は触れていたかった。
二人の存在を実感して、私の口からは勝手にその言葉が零れ落ちる。
「……こ、わかった……」
そうだ、こわかった。何がって、きっと全部だ。
人間の醜悪さを目の当たりにして自分がコントロールできなくなったこと、格上も格上の夏油先輩に全力で喧嘩を売って刃向かったこと、危うく私の物語がぶち壊しになるところだったこと、そのすべてがこわかった。
自分の身体が震えているのがわかる。視界も揺らいでいる。足から力が抜けそうになる。二人に縋り付いていないと、今にも倒れ込んでしまいそうだった。
こんな姿をひとに見せたくなんてなかった。でも、見せるならこの二人しかいなかった。優しい手が返ってくるのは、わかっていた。
「……お疲れ、美作! 頑張ったんだね!」
「ええ、……よく頑張りましたね」
灰原の手は、遠慮なく私の頭を撫でた。
七海の手は、そっと私の肩を叩いた。
二人の声は、手は、ひどく温かい。
「そうだ美作、お腹すいたでしょ。夕飯一緒に食べよう! にんじんとじゃがいもとタマネギとお肉とルーがあるよ、カレーの。何食べたい?」
「……カレー以外の選択肢あるのそれ」
「ありません。ちなみにルーは辛口ですが大丈夫ですか?」
「…………」
「わかった、タマネギこれでもかってくらい炒めて甘くするね!」
「仕方ありません、林檎も入れましょう。確か蜂蜜もあったはずです」
きっと貴方でも食べられますよ、と七海が珍しく柔らかい声を出すものだから、感情が一周回って笑ってしまった。なんだかんだで七海も、私に甘い。
ん、と頷いて、身体を離す。身体の震えは止まっていた。
「その買い物量からして山ほど作るつもりでしょ? シャワー浴びたら手伝うよ」
「疲れているのならゆっくりしていても構いませんよ」
「ううん、気晴らしもしたいから」
じゃあ準備できたら来てね、と笑った灰原に頷く。
しかし、カレーか。いくら二人が山ほど食べるとは言え、もうひとりふたりくらい増えても構わないだろう、と膨れたビニール袋を見ながら思う。
「もうあと何人か増えても大丈夫だよね」
「量はあるので構いませんが、誰か誘いますか?」
「うん。私も硝子先輩いたら声かけるから、二人も適当に人増やしといてくれない? もうすぐ夏油先輩も寮に戻ると思うから、声かけといてほしい」
その名前を出すと、二人はすぐに意味を理解してくれたらしい。というかやっぱり灰原も気づいてたな。つい苦笑しながら私は続けた。
「諸事情あって夏油先輩を元気にさせなきゃいけなくなったんだ。手伝って?」
そう言うと、素直に先輩を慕う灰原は大きく頷き、あまり慕ってはいないけどお人好しではある七海はやれやれとため息をつく。
何があったのか、とは決して聞かない二人の優しさに浸る。いつか話せたらいいと思いながらも、全部話したらきっと夏油先輩を殴りに行くんだろうな、と。
それはそれでちょっと見てみたいかな、と口角が揺れた。
*
ちなみにそのあとは穏やかな夕食になるはずが、なんやかんやでそこそこの人数が集まってのカレーパーティになり、結局ひたすら騒ぎ通して皆で寝落ちして雑魚寝をすることになる。結果として男子寮で一夜を過ごしてしまった私と硝子先輩は次の日に先生に大きなため息をつかれるのだが、それなりに楽しかったので見逃してほしい。
もうひとつちなみに、私が目を覚ましたとき、偶然目の前に夏油先輩の顔があったので、反射的にその顔に拳を叩き込んでしまった。得ずして顔に一発決めるという目標を達成できたのはちょっと嬉しかったのだが、さすがにキレた先輩に高専の敷地内中を追いかけ回される羽目になり、最終的にそれがまた五条先輩や灰原や七海や伊地知を巻き込んでの盛大な追いかけっこにまで発展したのだが、正直なところ伊地知にしか申し訳ないとは思っていない。伊地知まじごめん。
さらにもうひとつちなみに言うと、その朝の先輩の目の下に隈はなかった。
*
そうしてひとつひとつ、物語を紡いでいく。
六眼を餌に父を動かして「美作」に夏油先輩の任務を肩代わりさせたり(きっちり五分間、六眼を舐めるようにガン見された五条先輩はさすがにげっそりしていた)、実家から呪霊のレシピ本を発掘して夏油先輩を仰天させたり(「呪霊を食べようとする馬鹿なんて存在するのか⁉」「先輩、鏡見たことあります?」)。
少しずつ少しずつ、物語の流れを調えていった。
「……何故、ここまでしてくれるんだい?」
ふと夏油先輩にそう尋ねられ、貴方のためだとか思ってるなら自意識過剰ヤバいですよ、と鼻で笑う。これらはすべて、私のため。私が私の物語をハッピーエンドで終えるためにしたことだ。
「……なるほど。じゃあ借りだとは思わないでおくよ」
そう呆れたように笑った先輩の顔に、もう陰はない。時折ぽつぽつと弱音なのか悩みなのかをわからない言葉を呟くようになり、愚痴らしいことを零すようになったのもいいと思うのだが、何だかクズにも磨きがかかったような気がする。性根の腐った非術師を「猿」なんて呼ぶようになったり、これまでの先輩だったら言わないような言葉も吐いたり。まあ非術師を殺しているわけでもなし、それくらい自分に正直になったのだと思うことにしておこう。
そうやって立ち直っていく相棒を見ながらいろいろと考えたらしい五条先輩は、いつだったか私に向かってこう言った。
「ちょっと呪術界ぶっ壊そうと思うんだけど、手伝うよな?」
内容が物騒すぎるうえに私に選択肢がない、と言葉を返せば、だってお前普通に手伝うだろ、とサングラスの下の瞳が愉快そうに輝いた。
とりあえずと思って詳細を聞いてみれば、保身だの家柄だのくだらないことのために動く上層に嫌気が差したとのこと。今更じゃんとは思ったが、どうせ夏油先輩絡みで何かあったのだろう。この最強の先輩、あまりにも相棒のことが好きすぎる。
「
いくら「最強」と言えど、世界を変えようというなら協力者は多いほうがいい、と。
簡単に言ってくれるなあと思ったけれど、それでもこの人が言うのならきっと成し遂げてしまうのだろう。いつの間にか言葉遣いを改め、教師になるとか言い始めた五条先輩。きっとこの人は、この世界で一番自由に生きる権利を持っている。
楽しそうでいいですよねと思わず零せば、硝子先輩は軽く笑った。
「佳乃だって相当楽しんで生きてるじゃん」
見てて小気味いいから好きだけど、と紫煙をくゆらせる先輩に笑顔を返す。楽しく生きられるように努力してきた自負はあった。どこまでも自分勝手を貫き、人の信条を踏みにじってきた自覚もあった。それでも私は、私だけのために生きたかった。
だって、私の物語を生きるチャンスはこの一回しかないのだ。
「いいんじゃない? 佳乃は佳乃らしく、自分のために在ればいいよ。そういう佳乃だから好きだってやつ、私以外にもちゃんといるしね」
あいつらとか、と示されたのはやはり彼らだった。
特別気が合うとは思わない。特別相性が良かったとも思わない。それでもただ、一緒に過ごす時間が心地よくて、温かくて、優しい。物語の中でしか知らなかったそれらが現実にあることを教えてくれたのはこの二人だった。
喧嘩だってしたし、怒られたこともあるし、今でも何を考えているのかよくわからないこともあるけれど。過ごした時間だって、そんなに長いわけではないけれど。
それでも二人はいつの間にか、私の物語の中核を陣取っていた。
「……任務で保護した子どもたちの見舞いに行って泣かせたって、貴方いったい何をしたんです」
「夏油先輩が言った通りに子ども向けの物語を話して聞かせただけなんだけど⁉ 動物が出てくるのとかいいんじゃないかって言われたからその通りにしたのに!」
「何を話してあげたの?」
「新美南吉『ごん狐』」
「名作ですが、子ども相手ならせめてハッピーエンドの話を選ぶべきでは。もっとあるでしょう、女の子相手なら『シンデレラ』とか」
「あのグロい物語が子ども向きじゃないことくらいは私にもわかる」
「誰が本当は怖いグリム童話を読み聞かせろと言いましたか」
「えっ『シンデレラ』ってグロいの?」
「灰原、今はそこじゃない」
子どもの扱いはわからないから次はついてきて、なんてセリフを私が言えるのはやっぱり結局この二人だけで。
「……私も子どもの相手はわからないんですが……」
「あはは、二人とも難しく考えすぎなんじゃない? 小さい子だって同じ人間なんだからそんなに構える必要ないよ!」
「言ったな灰原、絶対次は一緒に来てもらうからね」
「僕はいいよ! 妹で慣れてるしね!」
「……こういうときだけは灰原の性格が羨ましい……」
「ないものねだりしても無意味ですよ」
「七海うるさい」
私の物語に飛び込んできた以上、不幸になることは許さない。
この先にどんな苦難があろうと、どれだけ涙を流そうと、その先で私と一緒に笑っていてもらわなくては。そうでなくては困る。
「七海も一緒に来てね」
「……仕方ありませんね」
朗らかに笑う灰原と、まんざらでもなさそうな七海と、私と。
三人で笑う完全無欠のハッピーエンドは、きっとその先に。
参考文献・引用元
芥川龍之介『蜘蛛の糸』(青空文庫)
夏目漱石『こころ』(青空文庫)
文豪の皆様のお力をお借りいたしました。
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