其れは幸福の物語   作:ふみどり

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本編書いてたときに没った部分なんですけど、もったいないので。


本編後こぼれ話

「私の様子、そんなにおかしかったかい?」

「灰原ですら感づいてました。せっかくの焼肉吐き戻すとかもったいないにも程がありますよ」

「……。……うん」

「とりあえず、まず食べて寝ることを考えたほうがいいですよ。飴食べます?」

「……もしかしてそれも」

「最近、いろんな人によく差し入れされるなって思いませんでした?」

 

 思った、と項垂れる先輩が面白くて目の前にまた飴を差し出す。

 おとなしくそれを受け取る先輩はいっそ可愛いかもしれない。勘違いなのはわかっている。いつもこれくらい素直ならいいのに。

 

「その程度には心配されてたんですよ」

「……君も?」

「まあそうです。そんな調子でうっかり死なれでもしたら寝覚め悪いですし」

「……うん」

「話したければ聞きますし、頭の中の整理がしたいってんなら待ってますよ。私でも他の人でも、誰でもいいです。ひとりで勝手に悩んで勝手に暴走すんのだけは勘弁してください。迷惑です」

「……わかったよ」

「何ならしばらく任務休んだらどうです?」

「ただでさえ人手が足りないのに、そんなことはできないだろ。私の代わりができるのは悟くらいだし」

 

 ふむ、と視線を浮かせる。

 確かに、特級呪霊となれば相手ができるのは特級呪術師くらいだが、そんな任務は数えるほどもない。ただ低級でも呪霊の数が多かったり、一級以上かもと判断されたり、代わりがいるはずの任務まで押しつけられているというのが現状だろう。

 とにもかくにも、人員不足。呪術師の総数そもそもが少ない以上、仕方のないことといえばそうなのだが、呪術師のくせに働いていない奴がいるというのも理由のひとつだろう。

 仕方ない、手を打とう。

 

「その辺は数日のうちに何とかしますから、休みの日にやりたいことでも考えててください」

「? どういう意味だい?」

「上手くいったらお話しします」

 

 今日はもう疲れましたと肩を鳴らせば、確かにと苦笑交じりの声が返ってきた。そしてもう一度、美作、と名前を呼ばれる。

 

「……私は、『K』のようになりたかったんだと思うよ」

 

 行きの車で話していた、『こころ』の登場人物。

 志高く、高潔で、道のためにはすべてを犠牲にすべきとした「K」。何とまあ、言われてみれば確かにどこかの誰かのよう。

 道理で、と私は思わず噴き出した。

 

「さっきは言いそびれましたけど、先輩」

「何?」

「私、『K』が大嫌いなんです」

 

 そう言ってみれば、先輩も噴き出して肩を震わせる。ひどく子どもっぽい笑い方だった。

 

「君、なかなかいい趣味してるね。道を掲げて生きる人間は嫌いかい?」

「道を掲げて生きるのって楽しいんですか? 私はただ精一杯好き勝手やって生きて死にたいだけですよ」

「はは、美作らしい」

 

 だから君は強いんだろうね。

 そう言った先輩の顔に、もう儚さは見えなかった。

 

 *

 

「五分てマジ長すぎんだけど!!」

「ああ先輩、お疲れ様でした。父から連絡きましたよ、満足したらしいです」

「俺の六眼は見世物じゃないっつーの!!」

「先輩は初対面で私の術式を見世物にしましたよね」

「……お前実は結構根に持つ奴?」

「記憶力がいいだけです」

 

 ばんっと大きな音を立てて教室に飛び込んできた五条先輩に、まあとりあえずノルマ達成です、と携帯を弄りながら言う。五条先輩のあとに、苦笑する夏油先輩と面白そうに笑う硝子先輩も続いた。

 携帯には存分に六眼を眺めることができて大喜びの父からのメールが入っている。これでもかというくらいの気色悪い感想の後に、約束は守る、との一言があった。

 

「……で、これでちゃんと『美作』は動くワケ?」

「動かなかったらうちの家潰していいですよ。私も手伝います」

「美作ってわりと自分の家に対して過激だよね!」

「うちみたいな家にも譲れない一線くらいはあるから」

 

 父は人間性と趣味には多大な問題があるが、自分の愛する「芸術」に関わることについて適当なことはしない。これでちゃんとこちらの要望通りに動いてくれるだろう。

 兄貴一同からも返信がきたことを確認して、携帯をしまう。とりあえず、これで少しは人員の足しになるだろう。

 

「うちのクズ兄貴どもも飽きるまでは働くそうです。これで先輩も少しは休めるでしょ」

「……なんだかすまないね、美作」

 

 気色悪いことに、しおらしい顔で眉を下げた夏油先輩。その肩に、いやそれは俺に言うべきだろと五条先輩が腕を回した。

 

「五分間、ひたすら眼をガン見されるのに堪えた俺への感謝はないわけ」

「ああ、まさか本当に堪えてくれるとは思わなかったよ。ありがとう、悟」

「めっちゃ素直じゃんやば……傑、お前マジで休んだ方がいいわ」

「まさか感謝して体調を心配されるほど見損なわれているとは思わなかったな。悟、ちょっと表に出ようか?」

「一人で行けよ。寂しんぼなら美作でも連れてけば?」

「私も疲れたので七海に譲ります。よろしく七海」

「面倒くさくなったらとりあえず私に振るのをやめなさい」

 

 本気で嫌そうにする七海に笑いながら、ちらりと携帯をしまったポケットに目をやる。

 夏油先輩を休ませるため、仕方がないので私は物理的に呪術師の人員を増やすことにした。呪術界では後ろ指を指される奇人変人でも、呪術師は呪術師だ。

 それを伝えたとき、プライドの高すぎるこの人は眉をひそめた。

 

『……一応聞くけど、実力のほどは?』

 

 任務の経験の浅い呪術師に自分の代わりが務まるのか、と。

 心配するのはもっともだが、美作の奇人変人を舐めてもらっては困る。

 は、と笑って物言いたげな視線を斬り捨てた。

 

『前も言いましたよね、美作にとって呪術は《芸術》です』

 

 美作の呪術師は自らの芸術(のろい)のために生きている。術式の研鑽を続けてきたという意味なら、決して他家の呪術師に劣ることはない。

 特に、当主たる父と、その父の言うことさえ聞かないクソ兄貴ども。あいつらが真面目に働くなら、しばらくの間くらいはしのげるはずだ。

 そう思って、まず父に連絡をした。しばらくの間だけでもいいから、真面目に任務を受けてほしい、と。

 

《対価は五条悟の六眼を五分間眺める権利でどう?》

《パパ頑張っちゃう♡》

 

 この父を人前に晒すのかと思うと頭痛がしたが、背に腹は代えられまい。

 ちなみに五条先輩には完全な事後承諾で、しかも承諾は夏油先輩に取らせた。自分が弱っている事実を五条先輩に伝えることには相当な葛藤があったようだが、硝子先輩に「いい加減にしろよクズ」と説教されてようやく頭を下げにいった。硝子先輩さすがです。

 夏油先輩がどんな風に話をしたのかは知らないが、五条先輩は五分間堪えることに了承し、先輩なりに相棒を気遣う姿を見せるようになった。たまに何か考えるような仕草も見せるから、多分何か思うところもあったのだろうと思う。

 

「けど佳乃、佳乃のお兄さんたち、家の言うことおとなしく聞くタイプじゃないって言ってたじゃん。どうやって説得したの?」

「ああ、それは……」

 

 硝子先輩に抱きつかれながら、揃いもそろって粒ぞろいのクズである兄たちを思う。

 五人もいるのに一人としてまともな人間がいないのだから本当に絶望的というか。一人でいいからほんの少しマシなのがいれば、私がこんなに苦労することもなかっただろうに。

 

「私が美作継ぐから少しは働けって言ったら即決でしたよ」

「……ん?」

「え?」

「は?」

「へえ、お前が継ぐの」

「ちょっと待ってくれ美作、それはそんな風に決めていいことなのか」

「いいですよ、どうせそのつもりでしたから」

 

 いくら奇人変人の家とはいえ、家を家として成立させるためには最低限の舵取りをする人間が必要になる。家の人間を把握して動かす必要もあるし、外の人間との交流や交渉も必要だ。

 だが、そんな面倒ごとをやりたがる人間など美作には存在しない。現当主の父ですら継ぐときは相当に渋ったという話だ。まあ気持ちはわかる。

 

「面倒ではありますが、美作が潰れるのは私も困るので。兄妹の中では私が一番マシなので昔から覚悟はしてました。ちょうど良かったので恩を売る口実にしただけです」

 

 面倒ではあるが、当主だから出来ることがあるのも事実。

 今まではどうでもよかった呪術界での世渡りも、今となっては――呪術界の面倒くささを理解し切れていない人間を身近においてしまったからには、当主という肩書きはあって困るものではない。……なんてことを口にする気はないので、面倒ですけどねと言葉を重ねておく。

 私が当主になる理由に彼らがあったとしても、それは別に彼らのた(・)め(・)でもなければせ(・)い(・)でもない。私(・)が(・)私(・)の(・)た(・)め(・)に(・)選(・)ん(・)だ(・)こ(・)と(・)。それでいい。

 

「まあそういうことなので今後ともよろしくお願いします五条家当主サマ」

「ふーーーーーん。継ぐの卒業後?」

「ですかね。父もさっさと譲りたいみたいですし」

「そ。覚えとくわ」

 

 さて、最近ちょっとだけ呪術界のパワーバランスを気にし始めたらしい五条家の若き当主は「美作」をどう使うのか。どうせ面倒でしかないだろうが、今の先輩なら多少使われてやるのも悪くはない。らしくもなく、最近の五条先輩を見ているとそう思えた。

 視界の隅で、七海の表情にわずかに心配の色が浮かんだのを捉える。まあ何とかするよ、と言葉で言っても心配は消えないと思うので、今後の私を見て判断してもらうしかない。

 何か大変そうだね、とどこまで理解しているのかわからない灰原が朗らかに笑う。

 

「でも、美作が楽しそうで良かった!」

 

 楽しそう。そう言われてつい目を丸くする。

 

「……楽しそう?」

「? うん。楽しくない?」

「……そうだね、灰原と七海が手伝ってくれるなら楽しいかも」

「もちろんだよ! ねっ七海!」

「勝手に返事をしないでください。……私にできることなら」

「見ましたか硝子先輩、これが私の同期です。いいでしょ」

「心底羨ましいわ。見習えクズども」

 

 五条先輩が「はあああ!?」と叫ぶ。夏油先輩が心外だと言いたげに苦笑する。俺らのがいいだろがと何故か灰原と七海がもみくちゃにされる。それを見て硝子先輩と私が笑う。

 こんなシーンを何度でも描くためなら、多少の面倒ごとくらい飲み込んでやる。そう思えることが、くすぐったかった。

 




美作家の五人のくz……お兄様たち、どんなひとたちなんでしょうね。
一番上の兄の芸術のテーマが「謎」であることと、二番目の兄が女タラシであることだけはイメージがあります。
この話に恋愛を絡めるつもりはないんですが、万が一、億が一くらいに佳乃が恋愛(に近しい何か)をするなら、げとさんなのかなあという気はしています。
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