クロスエンディング 作:時空歪んじゃったね
その日、久々に雨が降った。
ここ最近は晴れ模様が続いており、街には多くの人たちの笑顔があふれていた。
けれど今日に限っては外に人の気配はなく、ひどくなる雨の音だけが迫ってくるように、やけに大きく聞こえた。
いまにして思えば、この雨音こそが俺たちを水晶のような存在である彼に引き合わせたのかもしれない……。
事務所の雨漏りの修繕をしていなかったせいか急遽用意したバケツに落ちる雫の音が止む気配はない。
「だあ、クソッ!」
リズム感のない不規則な音が聞こえ続けることに苛立ったのか、それとも止まない雨に嫌気がさしたのか。一人の男性が椅子から立ち上がり、窓の外の風景を眺め出す。
その男性とは離れた位置にあるソファに座る女性はまたか、と言わんばかりに肩をすくめ、その隣に座る少年は男性のことを見見向きもしない。広げた本を読み込むのに夢中のようだ。
「なんで今日みたいな雨の日に限って迷子の犬の捜索依頼が多いんだよ……だが、受けた依頼はやり通すのが俺だ。この街の平和は俺が守る」
一人外を見つめる男性は壁に掛けられていたソフト帽をかぶり、身を白いスーツに包んでいた。
いまは右手を拳銃の形にして窓の外に向け、撃つ仕草を見せている。
「あれ? どうしたの翔太郎くん。もしかしてこの雨の中出かけるつもり?」
男性――翔太郎と呼ばれた白スーツの男は、女性の声に反応すると、
「天気なんて関係あるかよ。依頼があったら動くのが探偵さ」
帽子を深くかぶり込み、人差し指を突き出した形の手を上に掲げた。
おそらくだが、その格好を彼――翔太郎はクールでカッコイイものだと思い込んでいるに違いない。
「はあ、相変わらず……」
その先は言葉にしなかったが、彼女の隣にいる少年には伝わったらしい。小さな笑い声が事務所の中に響く。
「フィリップ、おまえいま笑ったろ? さては亜樹子の言葉の続きを想像しやがったな!」
「……いいや、そんなわけないだろう、翔太郎」
「いーや、笑ったね」
互いに正面から向き合う翔太郎と、フィリップと呼ばれる少年。
普段は相棒と呼び合う彼らだが、小さな衝突――じゃれあいも多いのだ。
「まあ落ち着きたまえよ。それよりも翔太郎。これ、なんだかわかるかい?」
「あん?」
問い詰めている最中にフィリップが取り出したのは、緑と黒のカラーリングのゲームガシャット。
つい最近販売の開始したゲームだ。
翔太郎も販売開始当初からかなり人気があるという話をこの前聞いたばかりだった。
「こいつがなんだってんだよ。あ、さてはおまえ、話を逸らそうとしてるだろ!」
「もちろんさ。でもね翔太郎。それだけじゃないんだ」
「ああん? そのゲームがなんだってんだよ」
言葉にしていないのだからこれ以上怒るのは理不尽かと思い直した翔太郎は、フィリップの話に付き合うために彼の前に座り込む。
「で、今度はゲームにでもはまったのか?」
「僕の中でのブームはとっくの昔に過ぎているよ」
勝手な言い分だ。
自分には理解できないことを既に理解しているだろうフィリップに呆れながら話を聞く翔太郎。彼は存外お人好しな面があり、殊更身内には甘いのだ。
「じゃあなんだってんだ?」
「キミはなにも思わないのかい? このゲームのタイトルは『仮面ライダークロニクル』」
「仮面、ライダー……?」
フィリップの言葉に、翔太郎が明確な反応を示す。
やっとのことで本題に漕ぎ着けたフィリップは笑みを消し、表情を真面目なものへと変えた。
「そうとも。ゲームプレイヤーの話だと、どうも仮面ライダーがゲームキャラクターとして実際に存在しているらしい」
「なに?」
仮面ライダー。
それは彼らにとって、軽い言葉ではない。確かな意味を持つ言葉だ。
「噂ならそれでいいのだけれどね……翔太郎、なにもしないで放っておくにはあまりに気になるんだ。キミは調査するべきだと思わないかい?」
「それはそうだが……」
この目で確かめるべきことではある。
なにより、もしも仮面ライダーの名が悪用されているのなら尚更だ。
だが、彼には愛する町を、そこで暮らす人々を守りたいという意志がある。そう簡単にこの町を離れるわけにはいかない。
そんな相棒のことを理解しているからこそ、フィリップは告げる。
「風都の人たちにも『仮面ライダークロニクル』をプレイする人が出てもおかしくない。わかっているのかい? おそらくだが、このゲームにはなにかある。動くのが遅れて傷つく人が出てからでは遅いんだ」
「フィリップ……」
力ない声が、少年の名を呼ぶ。
声に応えるように頷いてみせたフィリップを見て、翔太郎の目に力が宿った。
「行ってきたまえ、翔太郎」
そうして彼に地図を渡すフィリップ。
「こいつは?」
「現在『仮面ライダークロニクル』がプレイされている周辺の地図だ。いまわかっているのは、このゲームのルール程度。できればより詳しい情報が欲しい」
「おまえ、最初っから……」
「さて、なんのことだろうね。ほら、動く気になったのなら急ぎたまえ」
なんだか使われている感がなくもないが、やる気になった翔太郎がそんなことを考えるはずもなく。
「話はまとまった? それなら私はその『仮面ライダークロニクル』を実際にやってみて――」
「いや、それはやめた方がいい」
二人のやり取りを見守っていた女性――亜樹子が提案しようとするが、言い切るより早くにフィリップが静止に入った。
「でもやればなにかわかるかもしれないじゃん!」
「使用時になにかあるかもしれない。いいかいあきちゃん、わからないものをわかろうとするのは大いに賛成だけど、危険があるかもしれないものを承知で使うのは翔太郎だけで十分だ。だから、せめてプレイヤーに話を聞くくらいに止めて欲しい」
「フィリップくん……うん、わかった! じゃあ翔太郎くん、調査に行くわよ」
「ちょ、おい待て亜樹子!」
酷くなる雨の中。
二人で一人の探偵の調査が始まった。
フィリップに渡された地図に従って雨の中を移動してきた翔太郎と亜樹子。
「ったく、雨の中飛び出しやがって。調査は明日からでもできたんだぞ?」
「なによ! 翔太郎くんこそ、一人で調査する気満々のくせに!」
「なっ!? 俺はいいんだよ! 相棒からも頼まれてるし、なにより仮面ライダーの名を悪用されてないか確かめなきゃならない義務があんだよ」
過去に「仮面ライダークロニクル」で戦闘が起きた地点に来てみるも、雨のせいか、それとももうイベントは行われないのか。この場所で例のゲームがプレイされることはなさそうだ。
「よく考えてみれば、フィリップが調べたルールと照らし合わせたら屋外でやるゲームが雨の日に人を集めてるわけないか」
「た、確かに……え? 私たち出損!?」
「この雨の中、手がかりひとつ得れずに帰る、か……ねえな。おい亜樹子! 他も見てくぞ!」
雨音が激しくなる中、更に歩みを進める翔太郎。
亜樹子も仕方がないとため息を吐きながら付き合う。彼らの関係は短いものではなく、翔太郎を中心とする彼らのチームはお互いの行動を読めているのだ。
「久しぶりに危険な香りがするからって、あまりはしゃがないでよね。聞いてる、翔太郎くん!」
「うっせえな。わかってるよ」
言い合いを続ける二人だがその足取りは軽い。また、翔太郎は周辺の観察を怠っていなかった。
だからこそだろうか。彼の視界に、フィリップから見せられた「仮面ライダークロニクル」と酷似したピンク色のガシャットを手に持つ白衣の青年が映り込んだ。
「あいつは……医者か?」
「え、お医者さん? あの人がどうかしたの?」
翔太郎の声につられて道の反対側を向く亜樹子。
彼らの視線の先には、確かに、白衣をまとった青年がどこかに向けて走っていく姿があった。
「翔太郎くん?」
そちらを向いたまま動かない翔太郎に声をかけるが、彼が反応する様子はない。
「ねえ、ちょっとってば!」
「追うぞ亜樹子!」
しかし、そんな彼女の声が届くはずもなく。
なにかを確信した翔太郎はその場から走り出す。駆ける先は、先ほどの白衣の青年を追いかけるようで。
「私聞いてない!」
もちろん突然の行動を察していない亜樹子は、翔太郎の勝手な行動に口癖を叫びながら後を追いかけて行った。
しばらく走ると、翔太郎は突然走るのをやめ物陰に潜む。
後を追ってきた亜樹子も文句を言いながら彼の隣で静かにしている。
なぜなら、彼らのすぐ近くでは追いかけていた青年と、見たこともない紫色の戦士が向かい合っていたからだ。
「ねえ、翔太郎くん。あの人危ないんじゃ……」
「いいや、そうは見えねえ。俺はあいつがフィリップに見せられた物と同じようなもんを持っているところを見た。よく見てろ、きっとあいつも関係者に違いねえ」
「で、でもそうだったとしてもあの紫の、やけに強そうだよ!?」
「っても、ゲームキャラなんだろ? 本当に危険になったら止めてやるさ。まずはどんなもんか見せてもらわねえとな。しっかし、あいつは一体……」
そんな会話が聞こえているはずもなく。
二人がゲームの様子を観察しようとしている先でガシャットを取り出した白衣の青年も戸惑っていた。
「なんだ、こいつ……見たこともないバグスター!?」
本来なら彼――宝生永夢はここで戦う予定ではなかった。
始まってしまった「仮面ライダークロニクル」を終わらせるため、永夢とその仲間たちには倒すべき敵がいるからだ。仲間を取り戻し、想定外の存在が復活してしまったアクシデントはあったが、それでも協力体制は作れた。
だが、あとはターゲットである3対の敵を倒す予定だったときに限って、突如として現れた伝説の戦士クロノスの妨害を受けたばかりのときだ。
新たな敵の出現に敏感になっていたせいか、こうして見たこともない相手に着いてきてしまった。
「おまえはいったい、なんだ?」
この紫の戦士は攻略対象にも、ましてや自分たち仮面ライダーにも登録されていない。いや、いなかったはずなのに……。
いったい、なんだというのだろうか。
「語るべきことはない。さあ、俺と戦え!」
「ちょっと待ってください! バグスター? それとも仮面ライダー? いったい誰なんですか!」
少しでも情報を求める永夢だが、戦士がそれに答える様子はない。
仕方ないとガシャットを起動させようとするが、
「ほう。加賀美の話は聞いていたが、本当にいたとはな」
そこに歩きながら近づいてくる声がひとつ。
「邪魔だ」
横槍を入れられた苛立ちか、近づいてくる和傘をさした男性に紫の戦士が襲いかかる。
「危ない!?」
「避けろ!」
咄嗟に動けなかった永夢と翔太郎が一拍遅れで叫ぶ。
和傘の男はもう片方の手に豆腐の入ったボールを抱えながら、冷静に状況を見極める。そして、一切取り乱すこともなくただ静かに歩みを進めた。
「だが、少しでも期待したのが間違いだったか」
紫の戦士から繰り出される拳を最小限の動きで回避し、和傘を宙に放ち回し蹴りを叩き込む。
「ぐっ……人間の分際で!」
「やはりな」
空から舞ってくる和傘を手の中にた男性は鋭い視線を紫の戦士へと向けた。
「一度死んだ男が蘇る……そんなこと有りはしない。第一、貴様の言葉は、拳は、あの男と比べ軽すぎる」
「貴方は、いったい……」
一連の光景を見ていた永夢が、和傘の男に話かけた。
男性は天を指し示すポースを取り、告げる。
「俺は天の道を往き、総てを司る男。天道――総司」
ポカンとしている永夢にボールと和傘を渡した天道は、改めて紫の戦士と向き合う。
もちろん、豆腐の入ったボールはしっかり持っていろ。と伝えるだけの余裕を持ちながら。
「おばあちゃんが言っていた。真の男は、一度見せられた輝きは二度と忘れないとな。貴様の輝きはあまりに弱く小さい。剣とは比べるまでもなくな。さあ、正体を見せてもらおうか。その姿を使った代償はでかいぞ」
どこからともなく、カブトムシの姿に類似したカブトゼクターが天道の元へと飛来する。
突如として現れた男――天道は、飛来してきたカブトゼクターを掴むと、この場に集まった全員が聞きなれた言葉を発した。
「――変身」
いまここに、ゲームのあらすじは全く別のルートへと移行した。