山井麻衣①『EP.1 ブラフを隠す嘘の弾幕』【加筆修正版】
【鳥籠】
想像力と空間認知能力が求められる射手のムーブの中でも、合成弾とならび難易度の高い『必殺技』である。自在に弾道を設定できる変化弾を多数放ち、対象の全方位から取り囲むような軌道をひとつひとつ描く攻撃。それを的確に相手に命中させるとなれば大玉に乗りながらジャグリングをし、さらにトスされたサッカーボールでシュートを決めてしまうようなサーカスである。
現在そういった曲芸を操ることができるのは、No1シューターと名高い太刀川隊のアシスト出水公平と、那須隊の隊長にしてエースの那須玲。そして……
「まーいー、今度の合同防衛任務の資料来てたから置いとくね」
「えぇ、後で見る」
振り向かずに返事をした彼女、作戦記録室の個室エリアの入って一番手前の右側のブースを半ば強引に占領していることから『記録室のヌシ』と呼ばれる、B級射手の山井麻衣だ。顔は向けられることがないものの、後ろから見ても分かるくらいに長く艶艶しい黒髪は腰までありツーサイドアップにまとめられている。
正確に言えばブースはあくまで共用なので、彼女が居ないときはちゃんと空室ではある。しかし、部隊を組んでおらず隊室のないソロ隊員が記録室に入ってまでログをしっかり見ることはほとんどないため結果的に占領が成立してしまっているのだ。
本部職員にも黙認されている占領だが、流石に何も対策をせずにスルーというわけもいかずちゃんと使用中の札をつけるように注意を受けた。
……らしいのだが、資料を持ってきたB級攻撃手の甲斐祐希が入室した時『空室』の札がかかっていた。
168センチの長身に少し茶色い短髪、通勤用に使ってる青いフレームにミラーレンズのオークリーはしまうのが面倒、とトリオン体になっても頭にかけている。ユウキはとあるきっかけからマイとの合同任務につくことが多くなっており、ある意味人見知りの彼女に顔を覚えてもらっている数少ない人間であった。
「また空室だったよ、そこの札。職員さんに怒られてもかばえないからね」
「別にかばわなくていいから」
「なんか知らんけど、クレームがこっちにくるの。『おたくの山井さんに記録室の札ちゃんとしてって伝えて』って。……一応ウチらソロ同士なのにね」
「分かった。気をつける」
ユウキの即興ものまねも意に介さず、マイはモニターから目を逸らさず、そっけなく空返事をする。
彼女はそっけなさと余計な言葉の多さで損をしているとユウキは感じている。長い髪ときれいな瞳、整った顔。黙っていれば深窓の令嬢に見えなくもない……のだが、本当にもったいない。
「それこの前もみてた那須さんのログじゃん。……何回目?」
電気もつけないくらい個室で、マイはランク戦ログを見ていた。前期の第3戦中位昼の部。那須隊、鈴鳴第一、玉狛第二の三つ巴で玉狛第二が勝利した試合。暴風雨の中で、那須隊長が孤立してしまう展開でひとり3点と気を吐いた好試合でもある。
「知らない。でもまだ覚えきっていないからそんな多くないと思う」
「あらそうなん。新鮮な気持ちでログが見れる点に関しては、うらやましいわ」
目線もかわさないまま言葉を交わす。この前も記録室で同じ映像を流したときに理由を聞いたら『この場面のこのキューブの弾道を自分のものにできてないから』と顔色変えずに宣っていたあたり、憧れている那須隊長のバイパーの弾道を覚えきるまで、同じ映像を何回でも見るのだろう。
その証拠に那須隊長がバイパーを繰り出すたびにマイは椅子の手すりをキーボードに見立てるかのように両指を忙しなく動かしている。きっと脳内でシミュレーションでもしているのだろう、と勝手に憶測を立てる。
「それで?甲斐さん、何の用?」
「あら、覚えていただいて光栄」
「茶化さないで。結局、用はないの?」
「あぁ、ごめん」
軽口を叩いたユウキを咎めるマイ。彼女は人並み外れた空間認知能力と演算能力をもつ代償に、記憶力が全くと言っていいほどない。
3歩歩けば忘れるニワトリもびっくりするレベルの記憶力では人の名前など覚えているわけもなく、出会ってしばらくはユウキのことを認知すらしていなかった。しかし、繰り返されるエピソード記憶は定着するらしく、毎日のように遭遇する彼女のことは覚えていたようだ。
素直に謝ったユウキは、一旦呼吸を整える。
分が悪いのはわかってる。でも、私なら。
決心して、勝負の口火を切る。
「……私、部隊つくることにしたから」
「そう」
「さすがに23歳でソロだと、色んなオトナたちから職員とかオペレーターとかへの転籍を勧められてね。防衛隊員でこの先も残るのであれば、部隊作っておかないとまずそうなのよね」
「そうなの……がんばってね」
一息に言い切ったユウキの決意表明に、マイはあっさりとかわした。……まぁこれは、とユウキはこの展開を予測していた。
マイは合理性を求めるあまり、人の言いたいことを察する機微が欠落している。しっかり順序立てて話していかないと、彼女とはそもそもコミュニケーションが取れないのだ。
とはいえ、マイに話しかけたのに塩対応だけで終わってしまうと目的を達成できない。先ほどまでの前置きが長くなりすぎないように、本題は単刀直入に話す。
「マイも入ってもらうからね」
「はぁ?!」
マイがはじめて振り返ってユウキを見た。容姿端麗な顔つきで、今にも刺してきそうな視線はより一層鋭くなっているが、ここまでの形相は付き合いの多いユウキでも初めて見た顔である。……個人ランク戦でまぐれ勝ちしたときもここまでの顔はしていなかった。
「マイ、今フリーだし。入ってもらおうかなって」
「勝手に決めないで。あんたみたいな攻めっ気のない攻撃手なんていらない」
「うわぁ手厳しい」
「私が部隊作るなら自分で判断できるエース、あと視野の広いオペレーターって決めてるから」
マイはまるで自分が部隊を作るかのように、スラスラと理想を並べ立てた。ユウキはレイガストを使って攻撃を引き受けるスタイルの攻撃手だ。それを指して『攻めっ気のない』と指摘したのだろうが、それを言うマイだって『自分が倒したらボーダー全体のレベルが上がらないから』と落とせる相手を敢えて倒さないことを平然とやってのけるスタイルだ。
どデカいブーメランをぶん投げやがった。
ユウキは思ったのだが、そこではないもうひとつの疑問点を声に出す。
「それ言うってことは、もう相手がいるってこと?」
「まだいない」
「それで部隊は、つくる……と」
「えぇ、それが何か?」
淡々と答えるマイから責めるような視線を感じ少し身じろぐ。
ユウキからしたら『本部の偉い人』から転属を勧められて部隊を作ることを決心したときから、自分の隊にマイを誘うことは決めていた。
ユウキは担う攻撃を引き受けるタンク役。マイが『当てない鳥籠』でアシストした先に確実に敵にを落とすエース……と一人ひとりに役割を明確に与えるチームを、彼女は構想していた。ついこの前ひと区切りついたB級ランク戦においても、マイが熱心に見ていた那須隊がタンク・エース・アシストと分担するフォーメーションを採用している。
「タンクの私とそのエース、ふたりいたほうがいいじゃん。マイはアシストで、好きに動けばいい」
「それは……」
「それに、今そのモニターにいる那須さんに並ぶために、今このチャンスを活かせないマイさんじゃあ、ないよね?」
さらにマイ個人の『動機』となりうる点を突く。いつもより、挑発的に。
「別にチャンスは自分で作るからいい。そういうお零れでもらえるようなもの、私はいらない」
その言葉に対して一切の躊躇もなく、視線を逸らすこともなく。ユウキの渾身のひと刺しを、マイは突っぱねた。
甲斐 祐希(かい ゆうき)B級攻撃手 ※オリジナル
第二次大規模侵攻に遭遇し、そこで人々を守るボーダー隊員に憧れて退職。23歳でボーダー入隊した新人隊員。
スコーピオンでB級に昇格したものの、突出した能力がなくソロ隊員として訓練と防衛任務に明け暮れている。
ある日、本部の偉い人から職員勤務への転属紹介を受けたことで危機感を覚え、自身が隊を作ってランク戦に参戦することを志す。
・ステータス評価
トリオン……5
攻撃……4 防御・援護……5
機動……6 技術……………4
射程……2 指揮……………2
特殊戦術……9
トータル……37