ユウキはショッピングモールの四階まで駆け上がるとすぐさまフロア中央の吹き抜け部分めがけて走り出す。
今回参加した六人のうち、バッグワームを唯一装備していないユウキは必然的に相手の攻撃をできるだけ長く引きつける役割になる。左手でレーダーを開くと同じ階にユウキの他にもうひとり、自分の近くに赤い点が見えた。敢えて漏らした情報に引きつけられた隊長の京田だろう。
『相手のスナイパー六階の吹き抜けで止まった。どうすんだ? やっていいのか?』
『防がれるかもだから、相手が銃出すまで待ってね~』
『んだよ……』
またナギはあのんにお預けを食らって不機嫌になっているようだ。そろそろ許可を出してあげないと我慢できずに突っかかりそうだ。模擬戦前にあのんがナギのことを『ライオンさん』と表現したことを思い出す。あながち間違ってない例え方に思わず頬が少し緩む。
と、ユウキがふと右の通路を見やると、開けた道の中央から剥き身の弧月を携えた金髪の青年がこちらに向かって走ってくる。京田隊の隊長、京田だ。
思ったより近い……と、ユウキは先ほど投擲していたレイガストを左手に現出させると、刀身の幅を広げてシールドモードに変形。目的地である吹き抜けの手前まで走りきり後ろを振り返ると、その京田が今まさに剣を振り下ろそうとしていた。ツァっ……と短く息を切って、ユウキがレイガストで弧月を受け止める。
「甲斐さんじゃん!! えっ、久しぶりっすね」
「そうですね……久しぶりです」
「C級以来っすね! スコーピオンは諦めたんですかぁ?」
「さぁ、どうでしょう?」
京田は軽口を叩きながらユウキに弧月を力まかせに叩きつける。
ユウキは京田とC級時代に三戦交えており、三連敗している。ユウキがB級昇格を目前と控えた一戦でボーダー入隊直後の彼とマッチングし、ポイントを大きく落としたのだ。弧月使いの相手にスコーピオン使いとしてポイントをあげていたユウキ。彼の弧月にユウキが割って入れるだけの、技量がなかったのだ。
しかしユウキにとって幸いしたのは、今この会敵で勝つ必要がないことだ。彼を引きつけたことで、目的の半分は達成した。おまけに今初めて対戦相手のことを知ったような反応から察するに、恐らく京田隊は自分たちのことを一切調査していない。これによってユウキの作戦に確信が生まれた。
彼女は京田に対して後ろに距離をとる。まるで彼の剣に気圧されているかのように、相手の動きを誘導していく。六階から四階まで吹き抜けから見下ろした射角に入るまで、あと二メートル。
『ユウちゃん、ナギちゃんが位置についてる。もう三歩バックできる?』
『甲斐さん、アタッカーの後ろにガンナーが来てる。今やらなければ、ふたりに挟まれる』
『了解。ナギ、任した』
『……おぅ』
あのんとマイの指示をうけてナギにタイミングを預ける。
京田の攻勢は、守っているだけであれば対応できている。愚直に真っ直ぐなだけの弧月は今まで個人ランク戦で多く見てきた。
『い~ち、にぃ……』
あのんの号令に合わせてユウキが押し込まれるふりをしながら二歩下がる。二歩目のタイミングで振り下ろされた弧月は、鉛弾を発動したレイガストで受け止める。刀から鉛の塊が生えて、刀身が見る間に下がる。
鉛弾レイガストは発動中はかなり重くなり振り回しにくくなってしまうが、攻勢を強めた相手に対するカウンターとしては十分だ。思わぬ重心のズレ方に京田の驚いた表情が分かりやすく見える。
『さん! ナギちゃん、ガオー!!』
『よっしゃ!』
もう一歩下がる。あのんがナギにゴーサインを出す。
一方で京田の顔は驚いた表情の口端が持ち上がる。京田はユウキを理想の狙撃ポイントに押し込んで罠にはめたつもりだから、その表情も当然とも言える。
『敵撃破! ったく……手応えねぇな』
しかし罠にはまったのは京田隊のほうだった。
ナギが京田隊スナイパーの若山を緊急脱出させた報告が入る。体勢を崩したまま立て直すのが遅れた京田に向かって、ユウキが大きく前に踏み出す。そしてレイガストを相手の懐に押し込めると、スラスターで京田を吹き飛ばす。
その距離約10メートル、京田の背後にはガンナーの中西の姿が見える。体勢を崩して通路に踏み込んだ相手をユウキは、「エスクードぉっ!」と叫びながら三枚の壁で通路を塞ぎ込んだ。
『ナギちゃん、カッコよかったよ』
『当然だ』
あのんの通信にナギが応える。やっとひとり倒せた開放感や爽快感からか、短い言葉なのに興奮を隠しきれていない。
壁を築いたユウキは、階段で自ら指定したポイントに向かって走り出す。三人のうちひとり倒せて状況をイーブンに持ち込めたもののまだ安心できない。ナギと合流するまでに自分が倒れてしまえば、また状況が不利になってしまう。
『あっユウちゃん、相手はエスクードを弧月で壊したっぽい。すぐ追ってくるよ』
『了解』
もうルートは頭に入れてある。レイガストの刃をしまうと、ガンナーである中西の射線に入らないように曲がり角を使ってポイントに向かっていく。
『前方から敵きてる! 後ろからもきてるし挟まれそう!』
『了解。ぎり間に合う、ナギは急いで』
『わーってるよ!! 今向かってる!』
あのんとナギの通信を受けながら通路を右に曲がり、自ら指定されたポイントへと足を踏み入れる。
「行き止まりっすよ、甲斐さん」
「やっと追いついたぁ。こいつ足速くないすか、京田さん」
振り返ると通路の右手に弧月を抜いた京田、左手にアサルトライフルの携えた中西が待ち構えていた。中西の右腕はユウキの投げたスラスターが当たったのか不自然にえぐれている。
「それにしてもびっくり。記録室のヌシが言ってたのって甲斐さんだったんすね」
「ヌシ? ……あぁ山井さんのこと。そしたら今回の模擬戦は京田さんからです?」
「そうだよ。彼女がもう部隊組んでるっていうから」
記録室におけるマイの築城っぷりはボーダー内でも割と有名な方だ。『記録室のヌシを怒らせてしまうとトリガーを改造されて一生ブタにしか換装できなくなる』とか噂の立った日には、年上のベテラン隊員の力を借りて鎮火させたこともある。
「でもまぁ引きこもりのヌシはやっぱ弱いし、連れてきたのも甲斐さんじゃ見込み違いかな」
「京田さん……若山を倒したやつがいます。そいつの警戒したほうが」
「やっぱ中西気になる?うん……、でも各個撃破で済むでしょ」
中西の警戒をものともしない彼の慢心。京田の弧月はこちらを向いたままではあるが、視線を外し明らかに油断しきっている。
この時点で勝ち筋は見えた。あとは合図を待つのみ。
「そうですね。私達みたいな即席チーム相手ならそれでいいと思います。でも……」
『位置についたぜ』
「残念、ここはウチらのテリトリーだ」
合図と同時にユウキは、京田隊に勝利宣言を言い放った。