背中に銃口(仮)を突き付けられながら、俺は土御門(仮)と路地裏にいた。何故(仮)かといえば背を向けているからではあるが、まず間違いはないだろう。
傍目から見れば絶体絶命の状況である。だが俺自身、そこまで焦ってはいなかった。むしろこの銃口を俺ではなく木原数多に向けられる事を恐れていたくらいだ。
「俺のことを誰から聞いた?」
マジモードの土御門だ。喋り方に遊びが感じられない。
そして開口一番に答えられない質問だ。この場合、土御門が魔術師である、ということについてだろう。
「神裂とかいう巨乳のねーちゃんに」
当然嘘である。が、嘘だと見抜かれないように祈るしかない。土御門からしても、考えられる情報源はこれくらいしかないはずだ。少なくともいますぐに見抜かれはしない……はずである。ちなみに神裂さんから似たような質問をされた場合、「土御門から聞いた」と答えるつもりだ。それしか誤魔化しようがない。
「お前はこの件について、どこまで知っている?」
この件とはどの件だろうか。答えに貧窮しているところに追撃がきた。
「
首輪という表現はなかなかに厄介だな。
「首輪ってのはよくわからんが、あの子が頭の中に10万3000冊の魔道書を記憶していて、それが元で1年周期で記憶を消さなきゃいけないって話のことか」
「……」
「そしてそれが、
「それをどこで聞いた?」
「その前に一つ。
「……いや、俺が知っていたのは1年周期で記憶を消していることと、それをあの二人が了承している事だけだ。その理由が記憶を圧迫しているから、なんて話は聞いていない」
なるほど。流石に科学の都市に身をおいている人間に、あんな与太話をするわけがないか。土御門があえてあの二人に教えていなかった、というわけではなさそうだ。すぐばれそうな嘘をあの女……って、今の俺が言えることじゃないな。
「もう一度聞くぞ、その話をどこで聞いた?」
「……お前も知ってるとおり、うちの学生寮の壁は薄いってことさ」
「何?」
「学生寮で
全て嘘である。だが未だステイルは気絶状態であることは確認済みであり、土御門が全ての会話を把握しているとは考えられない。よってこの理屈でいけるはずだ。
だがあくまでその場しのぎ。後日確認を取れば、すぐばれてしまうような稚拙な嘘だが、今はそれで充分だ。
「……」
土御門はなにか考え込んでいる。銃口を突き付けながら物思いにふけるのはやめてほしい。正直生きた心地がしない。
「えーと、まだなにかあるのか?」
「最後の質問だ。昨日、禁書目録の周辺で魔術を使ったのは誰だ?」
「……は?」
なにを言っているんだ、この男は。禁書目録の周辺で魔術を使った者?それは───
「ステイルだろ?あの炎のやつ」
「それ以外で、だ」
それ以外。となると、
あれ? この展開まずくないか?
「じゃあ神裂のことか」
「あいつは魔術を行使してはいない、と言っていた。それに、禁書目録に追従している聖人の行動を、イギリス清教が把握していないとでも?」
そういえば禁書目録の周囲には、魔術的サーチが張り巡らせてあるという話を聞いた事があるような。もしくは遠隔制御霊装の予備機能か? そして聖人の反応を、イギリス清教は常に把握しているのか? ……いや、でもたしか法の書の件ではたしか……
「え? いやいや、3人を抱えて大ジャンプしてたんだが。アレは魔術じゃないのか? というか聖人? なんのことだ? イギリス清教ってのはたしか、お前らが所属してるとこだよな?」
そんなことを考えている場合ではない。とりあえず聖人のことなんて知らん、という振り。そして時間稼ぎである。可能であればこのまま話を逸らしたいところだ。
「……イギリス清教の魔術師が、学園都市の能力者に敗北した、という事実だけでもまずいんだがな」
土御門は話を続ける。
「
土御門の声が殺気立っている。ステイルの殺気もかなりのものだったが、土御門のソレは質が違う。ステイルのが炎なら、こちらは氷のようだ。
「はっきり言って状況は最悪だ。情報が錯綜して収拾がつかない。学園都市という特殊な環境のせいで、真実を知る者が少ない、というのも拍車をかけている。潜入中の俺でさえこの様だ。このまま事が進めば、学園都市やイギリス清教だけじゃないぞ。疑心暗鬼になった魔術結社全てを巻き込んだ
「それは……まずいな」
「ああ。学園都市の科学者と魔術師の戦闘、というおまけもあるがな。これに限っては、学園都市とイギリス清教の間でうまく揉み消したようだ。さて――聞き方を変えようか」
今までよりも強く、銃口が押し付けられる。
「お前は何者だ?」
やはり、というべきか。術者不明の魔術反応の正体。すなわち
だが何故土御門は知っているのか。あの戦闘をどこかで監視していた? 監視カメラかなにかに引っかかっていたのだろうか? ……まだ土御門のブラフという可能性も───
「病院から、お前のカルテを拝借してきた。この症状に詳しい奴はそういないはずだ。魔術側でこの回答に辿り着いたのは今のところ俺だけだろう」
はい、詰んでました。
能力者による魔術行使の反動。それをよりにもよって
「まさか、これほど近くに俺以外の魔術側のスパイが紛れ込んでいたとはな。だがお前の経歴を探ってみても、魔術結社との関わりは見出せなかった。お前の身内に至っては不自然なくらいに情報自体が入手できない」
それはそうだ。元より関わりなぞ皆無である。おそらくだが木原統一自身、科学の街で生まれ科学一筋で過ごしてきたはずだ。それが魔術師だなんて悪い冗談……いや、魔術師の木原もいないこともないが、アレは特殊なケース、いや、俺も特殊な存在だったか。
そう、そして身内の話である。木原の濃ゆいメンツがチラっと頭に浮かんだが……あいつらの情報なんぞ早々手に入るものではない。
「ここまでの情報操作は、学園都市側に相当食い込んでいなければ出来ない芸当だ。そしてそこまで足を踏み入れた魔術結社は聞いた事がない。……お前たちは何者だ? 学園都市の技術と魔道図書館。この二つを手に入れて、一体何を企んでいる?」
さて、これはいよいよとんでもない事になってきた。土御門はとんでもない方向に勘違いしている。下手に優秀だとこういう早合点をするのか。───いや、これまでの情報を擦り合せればこの理屈も納得か。それともまだ鎌をかけられているのか。物理的な意味でもそれに近い状況ではあるな。主に絶体絶命、という意味で。
「えーと、ちなみにお前はどう考えてるんだ? その、土御門元春としての仮説はどうなんだよ」
「……統括理事長直属の実行部隊、もしくはその一部の反乱分子という線が一番しっくりくるな」
魔術結社のスパイの話はどこにいった。いやだが、当たらずとも遠からずというか。確かに『木原』を表現するにはその言葉が正しいような違うような。なんという大胆な推理。そしてとんでもない勘違いである。
しかしさっきから発言が安定していない。土御門は俺の所属勢力が見抜けず、かなり動揺しているのではないだろうか。
「えーと、それがもし正しいなら、お前のこの行動は筒抜けってことだろ。今ここで、こんなことしてたら───」
「ああ、
死を覚悟しての問いかけ、ということか。本当にこの男は、肝が据わっているというかなんというか。最悪を想定し、なお退かないこの姿勢。いちいちかっこいい奴だ。
「……最初に言っておくと、その推理ははずれだ。俺はどこにも所属してない。さらに言えば、禁書目録をどうこうしようなんてことは考えてない。信じてもらえるかはわからないが」
「……」
「俺や俺の身内の経歴については、なんとも言えないな。というか俺も知らされていないんだ。学園都市で重要な研究に携わっている、としか聞かされていない。情報が閲覧できないのはそのせいだな」
「身内は学園都市の科学者で、自分はフリーの魔術師である。と言いたいのか?」
「あーそれなんだが……俺は魔術師じゃない」
パスン! と足元のコンクリートに何かが撃ち込まれた。いや、この状況では一つしかないわけだが。消音装置付きってやつだろうか。銃口を向けられるのは前世でもこの人生でも初なのだ。いまいち現実感がわかないのも当然である。
「次は膝を撃ち抜く。いくらレベル4の
困った事になった。嘘を貫き通すのも難しいが、相手に信じてもらう、というのも同じくらい難しい。俺自身が魔術師ではない、という事を信じてもらおうにも、魔術を実際に使った証拠を土御門は持っているのだ。その上で魔術師ではない、という口上をどうやったら信じてもらえるのだろうか。
ここははったりをかまして逃げるか? 土御門の弱みがなんなのかくらいは、原作を読んでいる俺にはわかる。都合のいいことに向こうは、まだ見ぬ学園都市最大勢力の末端だと勘違いして(あながち的外れではないのだが)いるらしいし、
と、ここまで思考を巡らせた上ではたと気づく。
背後の男が、そんなことを考えていないわけがない。
土御門は最悪の想定をした上で、この選択を取っているはずだ。
そうだ、この男は敵ではない。義妹のために命を賭け、世界のために自らの血を流す。
……それを、我が身可愛さのために、大切なものを秤にかけて脅す? そんなことはしちゃいけない。俺がこの世界の住人で、あの上条当麻の味方でいたいなら、そんな選択肢は存在してはいけないんだ。
何故土御門は、ここまで危険な賭けをしているのか。
考えろ。土御門の目的は? そして動機はなんなのか。
考えろ。この状況を覆すような手を。
考えろ。木原統一が、土御門元春の味方でいられるような選択肢を───
『学園都市内で確認された魔術反応』『見つからない敵対魔術結社』『離反した魔術師達』『能力者に魔術は使えない』『肉体再生』『学生寮での戦闘』『完璧に近い情報操作』
最愛の者が住まう場所を。学園都市を、最悪の場合敵に回さなければいけないような状況。逆を言えば学園都市の敵対勢力に味方しなければいけない───
敵対勢力に、自分は味方だと示さなければならない状況だとしたら?
『俺が知っていたのは1年周期で記憶を消していることと、それをあの二人が了承している事だけだ。その理由が記憶を圧迫しているからだ、なんて話は聞いていない』
『禁書目録の周辺で魔術を使ったのは誰だ?』
『禁書目録に追従している聖人の行動を、イギリス清教が把握していないとでも?』
『はっきり言って状況は最悪だ。情報が錯綜して収拾がつかない』
『学園都市の科学者と魔術師の戦闘、というおまけもあるがな。これに限っては、学園都市とイギリス清教の間でうまく揉み消したようだ』
『魔術側でこの回答に辿り着いたのは今のところ俺だけだろう』
『お前の経歴を探ってみても、魔術結社との関わりは見出せなかった』
『ここまでの情報操作は、学園都市側に相当食い込んでいなければ出来ない芸当だ』
───そういうことか。
『えーと、それがもし正しいなら、お前のこの行動は筒抜けってことだろ。今ここで、こんなことしてたら───』
『ああ、
「お前も容疑者、ということか」
瞬間、土御門の殺気が揺らいだ。ような気がした。
最初の戦闘が行われた学生寮。そこに住んでいる魔術師。
禁書目録やそれに追従する魔術師の情報を掴んでいる者。
高い隠蔽能力を持ち、科学側で自由に動ける者。
能力者でありながら魔術を使用する。そんな人物はこいつしかいない。
客観的に示された情報から、土御門を犯人だと断定するのは容易い。
「イギリス清教には、能力者が魔術師を打倒した事。そしてその際に魔術が使用された事が伝わった。前者は学園都市から。後者は……俺にはわからんが魔術の類か何かだろう。つまりは」
『現状、イギリス清教は土御門元春を疑う他ない、ということになりけるのよ』
聞こえてきたのはスピーカー越しの女性の声。やはりというべきか、この会話は聞かれていた。
『こちらを向きて』
ゆっくりと振り向くと、右手に銃口を向け、左手に携帯端末を持っている土御門が。その表情は非常に険しいものだ。そして端末には、簡素なベージュの修道服に身を包んだ女性が映っている。
「あなたが土御門の上司、ということですか」
『察しが良すぎるといふのも、愉快なことね。流石は学問の街の童子と言ったところかしらね。次に私が尋ねる事柄についても、大方予想がつきしけるのかしら』
ローラ=スチュアート。イギリス清教
禁書界トンでも口調キャラの一人だが、礼を失して敵対なんて洒落にならない。丁寧語丁寧語……意味がない気がしないでもないが無いよりはマシである。
「魔術を使用したのは俺です。土御門は裏切っていません」
土御門は驚いたように目を見開いた。ローラ=スチュアートも笑顔を崩してはいないものの、ある程度の動揺は見て取れる。
『素直なものね。そのまま黙秘しければ、目の前の男が泥をかぶることになりけるのは明白。如何にして自白という選択に至るのかしら』
「この面倒な状況から、早く脱出したいからです。それに、俺は土御門を敵に回す気はありません」
『……まだ共犯という線が残りけるのだけれど』
「茶番に付き合う気はないぞ。
怒りに包まれながら、銃口を向ける人間に相対するというのは想像以上に恐ろしい。たとえその殺気が自分に向けられているものではなくとも、だ。
『冗談よ。貴方たち兄妹の生活を害する気はもう無きにつき、機嫌を直して土御門元春』
やれやれという感じで対応しているローラだが、画面越しではなく実際にこの場にいるものとしてはそういう冗談はやめていただきたい。このアロハグラサンは、やるときはやる男である。即座に俺を撃ち殺して「これで共犯の線はなくなった」くらいのことはやりかねないのだ。いやもうホントに洒落にならない。
『さて、下手人も判明したのだから、土御門の言を元に学園都市との交渉に移れるというものね。こちらは貴方の身柄を要求するのだけれど、勝算はありけるのかしら。まさか、
当然、そんなことはありえない。この女もわかって言っているのだ。翻訳すると「貴様らに勝機はない。降伏して、黒幕を吐け」というところだろうか。最大主教の中では、俺は未だに禁書目録を付け狙う魔術師なのだ。
「何度も言いますが、俺は魔術師じゃありません。
『……ということは、敵は学園都市になりけるのかしら』
土御門の顔がより一層険しくなる。イギリス清教と学園都市の対立なんて、土御門にしたら悪夢のような状況だろう。
禁書目録に用がないのなら、そして魔術師ではないのなら学園都市の勢力の手のものか、という質問である。当然、これも否定しておかなければならない。
「いいえ、それもありえません。というか、今回の事件はそんな大それた裏がある、というわけではないんですよ」
ローラ=スチュアートは目を細めた。なにか考え込んでいるのか、それともからかわれたと感じ怒っているのか。一方の土御門は眉間の皺がなくなり、困惑しているようだ。もう撃たれる心配がなさそうなので、こちらも安心して話す事ができる。
『なら貴方は魔術師ではない身で、魔術を行使したと主張する腹積もりなのかしら』
「……そのことなんですが、ステイルとかいう魔術師に直接聞いてもらった方が早いかと。俺が言っても、信じてもらえないでしょうし」
『仔細はまた後ほど、と言いけるのね。この状況で』
「それしか、俺に言えることはありません」
この場での完全な説得は不可能だ。不本意だが、ステイル自身にあの時起こった事を話させるしかない。はよ起きろ。今なら入院費だけで勘弁してやる。
『面白き事ね。……では、土御門。後は』
「ああ、わかっている」
通話が切れた。これから、あの最大主教と学園都市統括理事長との会談が始まるのかと思うと不安でしょうがない。原作の出来事よりはるかに大事になっているようだし、交渉決裂、となれば早すぎる第3次世界大戦とかもあり得るのだろうか。
そして目の前のグラサンである。一向に銃口が下がる気配がないのはどういうことか。
男同士の路地裏デートは、まだ続きそうである。
違和感しかないローラ
自覚はあります(ファサッ