「そろそろその物騒なものを下げてくれるか、土御門」
「……」
ゆっくりと、警戒を解いてはいないが土御門は銃を下ろした。
「……説明しろ」
「え?」
「あの女に言った『信じて貰えないかもしれない話』のことだ。俺にはそれを知る必要がある」
「お、おう……」
魔術師でない存在が魔術を使ったと言う事実、そのカラクリの話か。一度暴露してしまえばなんてことのない理屈なのだが、果たして信じてもらえるのか。
「……とりあえず、順を追って説明する。まずは学生寮の一件からだな」
もうどうにでもなれ、である。
「……にわかには信じがたいな」
全てを聞かされた土御門の表情は、困惑の一言だった。魔術結社の手先だと思っていたのがただの一般人で、そのただの一般人が魔術を模倣し、そして成功してしまったということ。そしてそれをもって、プロの魔術師に勝利してしまったと聞けばこうもなろう。
もちろん全てとは言ったが、都合の悪い事はうまく誤魔化したつもりである。2度目のステイルとの邂逅は詳しい事は言っていないし、魔術の模倣をした件は事前に、禁書目録がその話をしていたことにしている。破れかぶれで真似をして、それが偶然成功し、動揺したステイルに拳を叩き込んだ。という、嘘だが嘘ではないような、曖昧な説明に留めた。
「俺はもうここ最近で驚き疲れたけどな。魔術や魔術師が実在していて、それが科学の街に現れるなんてさ。……上条の女難もここまでくると、確かに不幸と言えるのかも」
さて、つい先日まで一般人でしたというふりをする必要がある。気取られてはいけない。もう一息だ。
「確かに今回の件は、ステイル自身の口からあの女に報告する必要がある。それも、この話を信用してもらうには相当の根回しが必要になってくるだろう。当然、イギリス清教以外にこの話を漏らすわけにはいかないし、学園都市とも……」
「あのさ、俺も信じてもらえないとは思ってたけど……具体的にはどのくらいありえない事なんだ? 素人が魔術を偶然使った、っていうのは」
「無理だ。魔術の特性を理解していたとしても、可能性としては1%もない。だが……」
土御門は言葉を濁した。
「生まれついての体質……聖人のような特異な体質なら、
ああ、なるほど。土御門が言っているのは魔力の精製の話か。確かに、目に見える部分をいくら真似たとしても、魔力がなければ魔術は発動しない。逆に言えば、そこさえクリアすれば可能ということか。
「その、さっきも言ってた『聖人』ってのはなんだ? あの神裂って人がソレだとか言ってたが」
「生まれながらにして、神の子と似た特徴を……ホントに何も知らないのか」
「神の子……ねぇ」
ええ、知りません。知りませんとも。そんな音速越え集団なんて見たくも知りたくも会いたくもない。あんなのと特徴が一致する神の子も、きっと碌な奴じゃない。というか、聖人の判定ってたしかかなり曖昧だったような。宇宙エレベーターの
「悪いが何も知らん。神の子ってことは宗教関係なんだろうが、生憎神は信じてない……いや、この前死にかけた時は流石に神に祈ったりはしたけどな」
「……はぁ、まいったにゃー」
「え?」
土御門は建物の壁に寄りかかり、大きくため息をついた。
「少なくとも、木原っちが俺のような、裏の人間ではないってことは確かみたいだからにゃー……大いに安心したぜよ」
「自分が言うのもなんだが、流石に早計だと思うぞそれは」
「俺もプロだぜぃ。これだけ長く、それこそ銃なんか突きつけて話していれば、そいつが裏か表かくらいはわかるってもんぜよ。ちょいと知りすぎちまってる感は否めないけどにゃー」
裏ではなく表。だが知りすぎている。うーむ、ここまで正確に相手の事を当てられるとは、流石である。やはり腹芸ではコイツには絶対勝てないな。
「そ、そうか。疑いが晴れて何よりだが……ところで、上条はどうなんだ?」
「ないな」
即答かよ。
「カミやんについてはだいぶ昔に調べたしにゃー。それにあの右手がある以上、魔術は使えんぜよ」
「あ、それもそうか。てことは今回もやはり」
「不幸、だろうにゃー」
「……やれやれ」
今回もやはり、の一言で通じてしまう辺り、普段から相当なモノなんだろう。まぁまだ
「いやしかし怖かった……まじで撃たれるかと思ってたわ。魔術側のスパイとか聞いてたし、もっとマジカルな手でやられるのかと」
「……木原っちは違うかも知れんが、俺みたいな
「あ、あぁ。そういえば火傷の他に血管がどうとか言ってたなー。なるほど、禁書目録もそういえば言ってたなー、アレが能力者が魔術を使えないってやつかー」
適当な話を振ろうとしたら墓穴を掘った。やぶ蛇である。後で、土御門には何を話したのか、現時点で自分は何を知らないはずなのか、メモにでもまとめるか。
「さて、俺はそろそろ小萌先生の家に行くとするかな」
「……なぁ木原っち」
土御門が上体を起こし、こちらに向き合う。
「悪い事は言わない。もう禁書目録に関わるのは、やめたほうがいい。神裂ねーちんには俺から言っておくぜよ」
「いや、俺は行く」
「……何故だ?一体何のために?」
「神裂と禁書目録には助けられたからな。それに、俺
「……」
「上条の
そう、土御門は自らと
「……まいったぜよ、そこまでバレてたのかにゃー。流石は木原っちというか」
「それに、だ。銀髪幼女とポニテのお姉さんの味方でありたいっていうのは男として」
「俺の感動を返せってんですたい! 誰だ、誰なんだお前は! 冷静沈着頭脳明晰、吹寄の右腕ポジの木原っちはそんなこと言わん!!」
なんと、吹寄の右腕とな。それはまた光栄の至り。
「まぁ、なんだ。二回も死に掛ければ性格の一つや二つ変わるというかなんというか……」
「そ、それについてはすまんにゃー……」
「いや、お前が謝る事じゃねぇって。それで、俺は上条んとこに行くが、お前は」
「俺はこれから、学園都市のトップとさっきの女の
うわっ、なんだそれ嫌すぎる。
「そんな顔すんなにゃー……俺だって勘弁願いたいんだにゃー。とりあえず、木原っちが偶然魔術を使ったって線で話を進めとくから、後はステイルが起きてからだぜい。木原っちは、出会いがしらに燃やされないように気をつけていくぜよ」
「なんか盛大にフラグが建った気がするが、まぁわかった。そんじゃな土御門」
手をふる土御門を背にして、俺は小萌先生の家へ向かって歩き出した。
とりあえず、山場は越えたと言っていいだろう。土御門の信頼を勝ち取った今、やれる事は全てやった。その上で学園都市、もしくはイギリス清教から『殺処分』と言われるならもうお手上げだ。……まぁ表向き死んだ事になるのだろうが、実際は闇落ちコースというところか。ハハハ、笑えん。そうなったら親父に雇ってもらうかな。
小萌先生のアパートに到着。ぴんぽーん、とチャイムを鳴らして出てきたのは
「やっと来ましたか」
音速越え集団の一人、神裂だった。
「悪い、遅くなった」
口数少なく、靴を脱いで部屋に上がるとそこには上条当麻と禁書目録、そしてステイルが待っていた。
ステイル=マグヌスがルーンのカードをこちらに向け、待っていた。
(……あーもうこれだよ。フラグ回収だよ。肝心な時に寝ててどうでもいい時に起きるとか、迷惑なんでやめて下さい)
ステイルはこちらをガン見、上条と禁書目録はそんなステイルを睨みつけ身構えている。
「あのー、神裂さん。これは一体どういう───」
「つい先ほどステイルが目を覚ましました。……説明はこれで充分でしょう」
だよね。タイミング最悪じゃねえか。
「神裂、これはどういうことだ?」
ええい、いちいち殺気を振りまかないと質問できんのか魔術師って奴は。
「現状、彼らとは停戦状態です。矛を収めてくださいステイル」
「納得できないね。まずどういう事か説明を───」
突然、キンッという音が聞こえた。そしてステイルのルーンが真っ二つに……よく見ると神裂さんは七天七刀に手をかけている。
「矛を収めてくださいステイル」
収める矛が切れてるんですが。え、というか神裂さんってこんなキャラだっけ? なんだか滅茶苦茶機嫌悪いみたいだけど、なんかあったのか?
「……ちょ」
勝敗は決した。ステイルが何か言おうとしたが、それを一睨みで黙らせる神裂さん。こわい。この人は絶対敵には回したくないな。
「と、とりあえず現状把握からするか……な?上条」
「そ、そそそそうだな木原」
あ、上条の顔色が悪い。もしかして神裂さんにボッコボコにされたのがトラウマ化してる?
「……」
ステイルは無言でその場に座り込んだ。それを見て神裂は刀から手を離す。
とりあえずは、話し合いの場が出来上がったようだ。やれやれ……先が思いやられる。
やれやれ系男子。最近は見ませんね