「えーと、大体こんな感じなんですが……」
話を終えると、ステイルは頭の痛そうな顔。神裂は何か思いつめたように顎に手を当て考え込んでいる。上条は「お前も大変だったんだな」みたいな顔をしているし、禁書目録は……何故か若干青い顔だ。なんで?
彼らに話した内容は主に3つ。第一に俺は魔術師ではないこと。これはステイルからの援護もあってすんなり説明出来た。土壇場での破れかぶれの物真似魔術の唯一の被害者だ。「僕としては正直今でも信じられないけどね」といった台詞が随所に追加されていたが、なんとかステイルに即焼却されたり、神裂さんに一刀両断されるような事はなさそうだ。ちなみに何故あの日、人払いを突破してあの場にいたのかと聞かれたので「上条達が危ない目に遭わないよう見張っていた」と答えたのだが、その時の上条の表情がなんとも言えなかった。
二つ目に禁書目録の完全記憶能力について。これは説明したとたんステイルが鬼の形相に変わった。最初は「何を馬鹿なことを」といった風に罵倒されたが、俺、上条、神裂、学園都市の教師、そして
最後に学園都市とイギリス清教について。現状、俺とステイルの戦闘の詳細を知るのは当事者たちと土御門のみ。ステイルの報告待ちだと伝えたが「考えさせてくれ」と言ってステイルは頭を抱えた。
「あの女……僕達にそんな嘘を。いや、むしろ今まで何故気づけなかったんだ」
「それに関しては私も同罪です。私たちのやってきた事は一体……」
「ねぇ、とうま……もしきはらの言う事が本当なら、この二人はもしかして私の───」
瞬間、場が凍りついた。神裂の凍るような視線と、ステイルの焼け付くような殺気を込めた視線が上条当麻に突き刺さる。
言うな、という想いが込められているのは明白だ。
そうか、禁書目録が青い顔をしていたのはそのせいか。記憶を1年周期で消してきたという二人は実は同僚である、という事実からなのか、それとも先ほどからの二人の態度からなのか。まったく、この子は鋭いんだか鈍いんだかわからんな。
「……ああ、インデックス。お前の考えてる通りだよ」
「上条当麻!」
「ステイル、それに神裂もさ。もういいじゃねえか。お前たちは頑張ったんだろ? インデックスがちゃんと生きていけるように、今まで努力してきたんだろ? だったら、何も隠す事なんてねぇじゃねえか」
「ですが私たちにそんな資格は」
「資格なんて必要ねえだろ」
上条当麻は立ち上がった。
「たとえ忘れられてても、何度も敵対して、何度も記憶を消してたとしても、それは全部、インデックスのためだったんだろ!? だったら、お前たちは胸を張っていいんだよ!! 俺はお前らが、今までインデックスにどう接してきたかなんて知らない。でもインデックスのためを思って、今まで苦しんできたことくらいは、今のお前らを見ればわかる。その苦しさは、お前たちがインデックスの友達だっていうなによりの証拠じゃねえか!!」
「知ったような口を……!」
「すている、だったよね」
インデックスの口から、自らの名前が出た。
その言葉が出た途端、身を焦がすような怒りも、焦燥も消えた。
あの日から、ぽっかりとあいた胸の穴が、少しだけ埋まったような気がした。
「……ああ」
「すているは、今まで私のために頑張ってくれてたんだよね?」
「……」
「ありがとう、すている」
「礼には、及ばないさ」
───そうだ、礼を言われるようなことじゃない。当たり前のことをしたまでだ。そうだろ神裂、何故君が泣いているんだ。
「どこへ行くの?」
「タバコだよ」
「む……身体に悪いんだよ?」
「っ……ああ。昔、友達にもよく言われたよ」
ステイルは出て行った。インデックスはその後ろ姿を見送った後、神裂に向き直る。
「かおり」
「……はい」
インデックスは立ち上がり、神裂の頭を抱き締めた。
「私のために、頑張ってくれてたんだよね?」
「……はい」
「私のために、いっぱいいっぱい苦しんだんだよね?」
「………はい」
「私たちは……友達だったんだよね?」
「……は、い」
「ありがとう、かおり」
「れ、礼には……!」
インデックスは抱き締める手を強くして、神裂の言葉を改める。
「ありがとう」
「……どう、いたしまして。インデックス」
2年越しの呪縛が解けた瞬間だった。
どうにもいたたまれない。圧倒的お邪魔虫の木原統一です。
もちろん、禁書目録、神裂、ステイルの邂逅は素晴らしい。良かったと心から思えるのだが、この後どうしようとか、そういった先のことを考えてしまうのはやはり、『木原統一』になりきれていないからだろうか。こう見ると「この人でなし!」とも思えるのだが、木原っぽさを考えるとこの反応でもいいのかもしれない。
……いや、当事者ってのは案外こんなもんかもな。こっちは命がかかってるので。
30分ほどして、目が真っ赤な珍しいステイルが帰ってきた。流石にこれに触れられるほど図太い神経はしていない。いや、この場合無神経というのか? とにかくそんなことはしない。俺はまだ死にたくない。
「さて、後は禁書目録の解呪か」
「記憶消去を強制する術式の解体……そううまくいくのか?」
「ま、こっちには上条がいるからな」
「おう!この右手は魔術にも効くのは実証済みだ」
神裂とステイルは顔を見合わせる。なんだか不安そうだな。
「確かに、君の右手は有効だろうが……」
「問題はその術式の刻印がどこにあるかですね。それに、どのような防御術式が展開されているのか……」
「あーその点ならお前らの仲間から聞いてるぞ」
え? と言った顔でこちらに顔を向ける二人。だよねそうなるよね。でもこうしないと先に進みそうにない。
「いや、さっきお前らの仲間に銃突きつけられて、色々問答してきたんだが。インデックスの術式についても聞いてきた。刻印の位置は喉頭部分。防御術式に関しても多少の抵抗はあるが、上条の右手ならオールオッケーだってさ」
「……そのふざけた言い方は確かにアイツのだな」
「……」
「ってことは」
「ああ」
あとは頼むぜ、上条当麻。
バキッっと鈍い音が鳴り、上条当麻は後ろに吹き飛ばされた。
「───警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」
「あの子が、魔術を……」
「魔術を使えない、ね。その理由がこれか」
「───『書庫』内の一〇万三〇〇〇冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の
わざわざ組み立てる時間を与える事もない。
「上条!」
「わかってる!」
距離にしておよそ8メートル強。動揺こそしたがここから最短でインデックスに向かえば、『
「『首輪』の破壊要因の接敵を確認。『
瞬間、凄まじい風圧によって上条の体が吹き飛ばされた。その場にいる全員がたたらを踏んでいる中、唯一自由に動けた神裂が上条を受け止めた。
まさか緊急用の迎撃手段があるとは。見たところ殺傷能力のない、風圧のみの攻撃のようだが……
「第二九章第三三節。『ペクスチャルヴァの深紅石』───緊急展開」
(緊急展開!?まずい。この攻撃は……!)
直後、ビキビキビキッ!とその場にいるインデックス以外の人間の足に激痛が走った。膝まで上がってきた痛みの要因はそこで停止したが、4人の顔を歪ませるには充分だった。
「がァァァッ!!」
「これは……!!」
「上条当麻!!」
ステイルの叫びに反応したのか、上条は自分の足を殴りつけ、そのまま全員の足に触る。その瞬間、足を襲っていた激痛は霧散した。
「助かりました」
「次が来るぞ!!」
「特定魔術、『
バギンッという音とともに、禁書目録から二つの魔法陣が展開された。重なり合う魔法陣から見えるのは、押し出されるように滲み出る漆黒の闇。その先にあるのは───
(なんだ、アレは)
あの隙間から何が飛び出してくるかは知っている。だが、あの闇の中身はイッタイナンダ?
木原、そして上条はその闇を直視し怯んでしまった。
その間隙を縫って、
ゴッ!! と隙間から光の柱が襲い掛かってきた。
見てからでは間に合わない。だが上条当麻はその光の柱に右手を合わせた。光の柱は右手と衝突した瞬間、四方八方に飛び散っていく。
「『
「この状況だと、どうやらそうらしい。
「なんでそんなに冷静なんだよステイル!!? 早くなんとか───」
瞬間、
上条の右腕が上に跳ね上がり、無防備になった体に光の柱の一撃が───
「Salvere000!!」
インデックスの足元、もろい畳がワイヤーによってすくい上げられ、光の柱の射線ははるか上空へとなぎ払われた。
「ステイル!」
「Fortis931!!」
ステイルが懐から取り出したのは大量のルーンのカード。
インデックスの頭がこちらを向くと同時に、その言葉は紡がれた。
「『
巨大な火炎の塊は、かつての敵を守るように光の柱を一身に受ける。
「行け! 上条当麻!!」
それは、全ての始まりの光
頭上に舞うは純白の羽
全てを切り裂く光弾の刃
この世ならざる闇を召喚せし少女
ここに至る物語は正規ではない
上条当麻の心境は、原典とはまるで違う
だが、彼は迷わない
一部の隙もなく、その後姿は一致した
かつて幻視した、文字が紡ぐ物語と
(この
(───まずは、その幻想をぶち殺す!!)
(ここだ)
上条当麻の右手が、インデックスの頭に触れる。そして無数の羽が上条当麻に降り注ぐ、その前に。
(あの羽の原理は知らない。だがあれは見たところ空気の流れ、そして重力に従って落下している事は確かだ)
ならばそれを利用する。
(ステイルの炎の術式で羽を吹き飛ばし、そして『
解呪後の上条当麻の身の安全を確保するため、木原統一は右手にルーンを仕込んでいた。上条当麻を『死なせない』ために。
(上条の記憶が消えなかったらどうなるのかは知らないが……)
それで世界がどうにかなるなら、それはこの世界を作った神様が悪い。
瞬間、木原は魔力の精製に入った。独特の呼吸法、所作。ステイルから見て学んだあの動作を行い、術式の準備に入る。
十分間に合う。羽の動き、上条当麻の位置。その全てを計算に入れての結論。
曰く、あの
だが後ろの男はインデックスの術式を、その男から聞いたと言う。
ならばその人物を警戒するのは当然。
そしてその人物が、土壇場で魔力を練る動作を見せた場合、どうするべきか。
その瞬間を、神裂火織は見逃さなかった。
彼女は最初から木原統一という男を信用していなかったのだ。
木原の時が圧縮される。振り向き様に、鞘に収まった七天七刀がなぎ払われるのを、木原は確かに見た。
わき腹に聖人の一撃が突き刺さる。それは木原の肺から酸素を一気に奪い、同時に精製した魔力が霧散していく。
「ごっ……ぁ……ッ!?」
散っていく魔力の残滓を集めようとする。ほんの一握りでもいい。上条当麻の頭上に降り注ぐ羽だけを散らせれば───
立っていられない。呼吸が出来ない。それでも、それでも───
「上、条、」
追撃を加えようとした神裂の動きが止まる。
だがもう間に合わない。
その時、上条当麻の頭の上に、一枚の光の羽が舞い降りた。
「上条ォォォォォォォォ!!」
その光景もやはり、かつて幻視した光景そのものだった。
粉雪が降り積もるように、上条当麻の体には何十枚という羽が降り注いだ。
後ろからではその表情はわからない。
だがおそらく、彼は笑っていた。
この夜。
上条当麻は『死んだ』。
神裂「あっ」
音速越えの失態(実際にはそこまで速くない)