諦めました。何をとは言いませんが。
そしていつも通り鈍足です
普通、人は初めて出会った人間に対しなにかしらの感想を抱く。
明るそうな人だーとか、厳しそうな人だとか。幼子や年配の方には警戒心を解いたり、隣にいるバーコードピアス炎剣ぶっぱ野郎にはドン引きしたりする。
何故こんな前振りをしたかと言えば当然、ビーカーに浮く男は例外だったからだ。
「ここに来る人間皆、私の在り方を観測して、皆同じ反応をするのだが───」
培養液のような液体に浸されている人間がどうやって喋っているのかは知らないが、たしかにその声は聞こえてきた。
「やはり君は例外のようだな。木原統一」
放置しすぎて苔が大繁殖し、中身が見えなくなった水槽の中なにかがモゾリと動いたのを見たような───いや、わかりづらいな。ようするに、
目の前の人間を、俺は
何故そんな印象を抱いたのかをうまく説明できない。人としての感情が見られないだとか、逆さまだからとか、浮いてるからとか。色々こじつけることは可能だろう。だがどれも理由としては弱い。その姿を見た瞬間から、まるでこの世にこんな存在がいる事を想定してなかったような、未知の生き物を見たかのような状態だった。
ああ、ここに来なければよかった。なりふり構わず全力で逃げるべきだった。そんな後悔の念が俺を襲った。
「さて、本来であれば
アレイスターがわりと饒舌に何かを喋ってはいるが、さっぱり頭に入ってこない。
「イギリス清教、
『あっ、あー。ハロー、聞こえたるかしら?』
アレイスターの浮いているビーカーに、なにやら真っ黒なウィンドウが現れた。
『えーと、もしもーし? ……神裂、やはりこの機械はマイクとスピーカが遠すぎではなくて?いつもの電話ではダメなのかしら?』
『ですが学園都市から支給されてきたものですし、撥ね除けるのもどうかと』
緊張感の欠片もねぇなこいつら。あとなんだか声が大きくなったり小さくなったり忙しい。……あ、こいつらもしかして。
「まさかパソコンに耳つけて喋ってる……?」
沈黙。真っ暗な画面が切り替わり、えっ?という表情の金髪の修道女がどアップで映っている。
『……やり直しても構わぬかしら?』
「好きにするといい」
通信が切れた。横でステイルがわなわなと震えている。怒ってるなぁ。
しばらくして、ゆったりと椅子にくつろいでいる様子でイギリス清教最大主教、ローラ=スチュアートが映った。
『イギリス清教最大主教、ローラ=スチュアート。そちらは学園都市統括理事長でよろしいかしら?』
先ほどの茶番さえなければ威厳ある登場となっただろう。こっちは吹き出すのを我慢するので精一杯だ。
「そうだ」
『では話を始めたるわよ。件の少年とステイル=マグヌスも揃うているようね』
向こうからは俺とステイルの姿も見えているようだ。
『まずは結果から告げたるほうがいいかしら……』
と言うと、ローラはなにやら丸まった紙を広げそれを読み上げた。
『えー、イギリス清教最大主教の名の下に、木原統一を8月付けでイギリス清教
「「……は?」」
不本意ながらステイルと台詞が被った。たぶん心情も同じだろう。
今なんつったこのバカ女?
『ふふん♪なにをそんなに驚きたるのかしら。そこのステイルの術式を看破し、使用できるほどの魔術の腕前なら、配下に加えたると考えるのは当然につき』
「なにを言ってるんですか最大主教! こいつは、学園都市の人間です。それをイギリス清教の一員にするなんてことは――」
そうだ。科学と魔術、双方の技術は秘匿されなければならない。学園都市の能力者がイギリス清教に入る? そんなことしたら……あれ、どうなるんだろ?
『あらステイル。一体なにが問題なのかしら?』
「そんなことをしたら他の宗派との摩擦が!科学サイドとの不必要な馴れ合いは混乱を招く要因に────」
もっともな意見だ。学園都市は科学サイドの総本山であり親玉である。そことイギリス清教が手を組めば世界のパワーバランスは崩壊する。魔術サイドの最大勢力、ローマ正教が黙ってないだろうな。……あれ?
「なぁステイル。インデックスはどういう扱いなんだ?」
「彼女は様々な魔術結社から狙われている身だ。彼女の知識を悪用すれば、魔神に至る事も不可能ではないとされている。よって、世界一魔術から無縁な場所に身を置く事で自らの無害さをアピールしているのさ」
解説ご苦労。なるほど、そういう扱いなのね。まぁなんとなく察しはついていたが、きちんと把握できたのはありがたい。
「とにかく、この得体の知れない人間をイギリス清教の中に置いたらどうなるか、理解しているのですか?!」
『得体のしれないなんて、つれなきことね。素性は学園都市のお墨付きだというのに』
あ、ステイルがまた震えだした。やはり学園都市トップの前だからか、なんとか爆発せずに耐えているようだ。
『そもそもよステイル。この処置をしなくては魔術サイドと科学サイドの争いは避けられなき事なのよ』
んん? 話が飛んだぞ。どういうこった。
「他の魔術宗派にも今回の一件は知られているからこその対応、ということですか」
『そうかもしれない、という話につき。確実ではなかりけるのよ。ただもし周知の事実とすれば、イギリス清教としては学園都市との戦争の火蓋を切らねばならぬ立場にある……この理屈がわかるかしらステイル』
それを聞いて、ステイルは押し黙った。何か考え込んでいるようだ。
イギリス清教が学園都市と戦わねばならない。というのはようするにやられっぱなしで黙っていては、魔術側の沽券に関わるということだろうか。ようするに矜持、プライドの話なんだろう。ここで反撃をせねば、逆にイギリス清教は他の魔術組織から非難の的になり得る。「勝手に戦って勝手に負けてんじゃねーよ」と。
『シナリオとしてはこうよ。そこの少年は最近まで、学園都市に潜入せしめるフリーの魔術師。そこに現われたるは、禁書目録としての運命を背負わされた不幸な少女……』
あ、なんか始まった。というかその運命背負わせたのアンタやん。
『彼女の不幸を知り憤る少年。どうにかして彼女を救いたい……そんな想いの中彼はイギリス清教の手先と対峙し、退け、そして最後には和解しける。最後は自らの素性がイギリス清教、学園都市にバレるのを承知で矢面に立ち、彼女の救済を訴えけるの……』
わざとらしく手を組んで祈りのポーズを取る最大主教。様になってるからこそだろうが、とんでもなく腹が立つ。不服ながらステイルも同様らしい。なんか気が合うな今日は。
『そんな姿に胸打たれたのはイギリス清教の最大主教と学園都市の統括理事長。いがみ合いけるはずの両者は、一人の少年の純真に突き動かされる』
少年の純真とか言うんじゃねえ。実際は打算バリバリなんですが。
『かくして、少年がイギリス清教に入りたるのを条件に、彼女の平穏が無事約束されたるのでした───どう? なかなかよく出来た物語だと思うのだけれど』
もうなにも言えない。それでいいのか?それで丸く収まるのか? ちなみにステイルは愕然としている。怒りが一周してパンクでもしたのか?
「あの」
『なにかしら?』
「さっきステイルが言ってた、他の宗派の摩擦っていうのはどうなるんでしょう?」
『少なからずありけるわね。ただ、貴方が最初から魔術師であったことをアピール出来れば問題なしにつき』
「……じゃあイギリス清教に所属する意味は?」
『イギリス清教の術式の情報を携えて、他の宗派に出奔せしめるのはこちらにも都合が悪しものなの。そしてイギリス清教
……なんてこった。
「……上条はどうなるんですか?」
『禁書目録を救うため立ち上がりし、善意の一般市民はこの際議題にも上がらぬでしょうね』
なんてこった。これで話を通すのかよ。聞いてみれば選択肢がこれしかないようにも見える。
おそるおそる統括理事長を見てみるが、アレイスターはすまし顔のままだ。まぁこれ以外の顔をするとも思えないのだが。うん、「どうよこの話」といったフリをする相手を間違えた。
次にステイルを見てみるが、ステイルは目をつぶって考え込んだままだ。こいつもダメだな。
「こんな怪しい人間を、イギリス清教に入れてもいいんですか?」
『必要悪の教会は元々、怪しい人間の集まりよん♪』
そうだった。現時点でも元天草式ウエスタンガール(審議拒否)とか暗号解読班の暴走ライオン丸とかいるじゃねーか。ついでに隣に自称14歳の巨人もいるし。そしてこれから雪ダルマ式に人員が増えていく中、元フリーの魔術師は素朴すぎる。天然暗号解読班とか厚底サンダルには勝てねえわ。元ローマ正教も仲間に加えるんだもんなこいつら。
「……拒否権は」
『デッド・オア・イン よ』
入らなければ死刑ですか。ますます入りたくないです。
そうだ。この女はこういう奴だった。自分に有益な者は、何かの見返りにイギリス清教傘下に入るように仕向けるこの手法。神裂、天草式、アニェーゼ部隊。全員がコイツの手管で入らされたわけではない。だが実績がある、もといこれから積む実績があるのもまた事実。仕掛けてきた頃には逃げ場もなし。
……やっぱ腹芸は苦手だな俺は。こんな展開は流石に考えなかったわ。
『さて、話はこれで終わりにつき。ようこそー必要悪の教会へ♪』
もう終わりですか。あははは……この先どうしよう。というかさっきからテンション高いな。……あ、深夜テンションか。イギリスは真夜中だもんな。
『さっそく仕事に入ってもらおうかしら? 貴方の初仕事は、禁書目録の護衛よ』
その言葉にステイルがカッ! と目を見開いた。こいつ、インデックスの件になるとホント真剣だな。
「最大主教! この男を彼女の護衛に付けるのは危険です!」
『反論は受け付けませーん。それに、これ以上の適任はないのではなくてステイル。学園都市製の力は回復力につき、いざとなればその身をもって禁書目録の盾とならん人材でありけるのよ。それに』
最大主教は足を組み直して嘆息している。あーそろそろ疲れてるのかな、とか考えていると
『統括理事長によれば、この少年は未来が見えるそうなのよ。かくも、これ以上の適任者はないでしょう?』
…………は?
「未来予知、ですか? この男が?」
『ええ。学園都市というのは、げに恐ろしきところね。と言っても、その予知は学園都市製ではなしに、生まれついての能力のようだけど』
人間と言うのは、心の中に秘めた秘密がバレた時に、思考が停止する時と思考が大回転する時があるという。そして今回俺は後者だった。
未来が見えるという触れ込みは大嘘だ。確かにこれから先起こるであろうイベントは知っている。だが俺の存在のせいで、それらは大きく歪み始めているはずなのだ。なにより、俺自身の未来はまったくと言っていいほど不明だ。これで未来予知が出来るなんてのは到底無理がある。
だがそれをどうやって伝えるのか。未来予知なんて出来ませんと言って、この二人に信じてもらえるのか? なにしろその予知能力は学園都市のトップが言い始めた事だ。それを嘘と言っても信じてはもらえないだろう。……そうだ、俺は今回の件で嘘をつき過ぎた。嘘つき男VS学園都市トップ。結果は火を見るより明らかだ。
そんなことよりだ。アレイスターは俺をどういう風に認識しているのだろうか。まさか本当に、ただ未来が見える男に見えているだけか? 俺に統括理事長の監視がついたのはどのタイミングだ? 未来予知という謎の設定を付けて、禁書目録の護衛として任用したのは何故だ? 何が目的なんだ?
俺はアレイスターの顔を見た。いつもながらの無表情だが、心なしか微笑んでるようにも見える。ここに来た時は来るんじゃなかったと後悔したものだが今は違う。この男と正面から話がしたい。
「まさか、未来が見えるとかいう触れ込みでこの男の異常性を納得したのではないですよね? 最大主教?」
『うん? 左様なのだけれど、なにか問題がありてステイル?』
「……この女……そんな簡単に信用していいはずがないでしょう! 裏は取れたのですか!?」
『裏、ね。学園都市との信用を考えれば、そのような行いは出来ぬ立場なりけるのだけれど……』
チラチラと視線が斜め上に動く。おそらくアレイスターを見ているのだろう。おい、答えてやれよ統括理事長。
しかし、この女。「自分は信用しているが部下が疑ってるのよねー」という体で探りを入れてきている。ステイルの性格も加味してたな。おいステイル、また簡単に利用されてるぞ。
「いいだろう。好きにするといい」
答えてやれよとは言ったが応じるなよ。俺が困るだろうが。
『許可も下りたることだし、証明してもらいたろうかしらね。木原、何か予言を一つしてもらいましょうか』
げ。面倒なことになってきた。予言……要するに最近起こる事を当てなきゃならんって事か。でも下手な事言ったら未来が変わっちまう気がする。
「外したらどうなるんです?」
『特になにもなきにつき。気楽にやってちょーだい』
外してもOKときたが、そんな言葉はわりと信用ならない。当てよう。ただし信用してもらえなさそうなのを。丁度よさそうなのがあるじゃねーか。
「あー、じゃなにか一つ……今月、天使が現世に降ってきます。これでいいですか?」
『……一応、私は貴方の上司になりたるのだけれど』
「ああ、部下に首輪着けて弄ぶような鬼畜上司でしたね」
ぐぬぬ、という顔の最大主教。ざまぁみろという表情のステイル。よし、微塵も信じてないなこいつら。
「用件は済んだかね」
そういえばアレイスターはどうなのだろう。
『……後は任せたるわねステイル。木原、後の処遇は追って連絡したるわよ』
そう言って最大主教との連絡は途切れた。お前からの連絡なぞいらん。
「さて、ここに魔術師を呼び出した理由は別にある。その説明は既に受けているとは思うが……」
チラリとアレイスターはこちらを見た。当然俺は知らない事になっている。だがその目線からは「お前は説明不要だよな」という意味合いが含まれているように見えてならない。考えすぎか?
「───まずい事になった」
ローラ「私はかような喋り方をしたるのかしら?」
作者(……出番減らしたろかこいつ)
ローラの口調難し(ry
はい、諦めたのはコイツです。