「未来予知?」
「そう未来予知。未来を知る能力があったとして、それが魔術の世界ではどういう立ち位置になるのかなって思ってさ」
危うくその命を落とすところだった三毛猫は現在、タオルに包まれわしゃわしゃとその身体を拭かれている。元々飼い猫だったっぽいこのスフィンクスは「ちょ、ちょっと、もういいっすよタオルは!」と言った感じでもがいてはいるが、インデックスのホールドからは逃れられそうにない。やがて諦めたのか、ぐったりした様子でこちらを見ている。よし、その潔さに免じて後で魚を進呈しよう。と言っても上条家の冷蔵庫からだが。
「未来を知る、つまりは預言者ってことなのかな?」
「んー、まぁそうとも言うかな」
そうか、預言者と言うと一気に宗教っぽくなるな。なのにあまり聞いた事はない。
「預言を専門的に扱う分野はあるにはるけど、今はほぼ形骸化しちゃってその役割は果たしてないんだよ。それに、真の預言者と言うと、魔術の歴史の中では数えられるくらいしかいないし、現存する預言者なんて聞いた事ないかも」
「真の預言者、ってことは偽者が多かったって事か」
「そういうことだね。そもそも預言というのは、天から与えられた言葉なのだから、それを伝えるというのはとっても大事な役割なんだよ。人々がその預言者を神格化して敬うのは当然とも言えるね。旧約の時代、多くの預言者が出現した頃に偽者も大量に現れた。そんな偽者を不敬罪で粛清してから、預言者の報告は減っていったんだよ」
「ま、そりゃ下手すれば殺されるんだから当たり前だわな」
「そうだね。今では残された大量の預言が的中したのかどうか、精査する部署が残ってるかもしれないだけで実際に未来を預言しようなんて人はいないんじゃないかな」
「なるほど、それで形骸化してるって事か。で、実際にいた真の預言者ってのはどういった事を預言してるんだ?」
「預言の内容は人によってまちまちなんだよ。簡単に"災厄が訪れる"っていう曖昧なモノでも的中すれば、その預言者は真である可能性があるってこと。だから具体的に何を預言したかを答えるのは難しいかも」
「なんだそれ。曖昧すぎないかその基準……てことは元々預言者なんて誰一人存在しないかもしれないってことじゃないか?」
「……それは十字教徒の前では言わない方がいいかも」
「あ、ごめん。なにか気に障ったか?」
「ううん、別にいいんだけどね。ただ、十字教で唯一正真正銘の預言者とされている人がいるんだよ」
「へー、誰なんだ?」
「神の子だよ」
「……」
「正確には神の子の他にも何人かは認められてはいるんだけど、神の子と同列に扱うわけにもいかないから、ほんの少し格が落とされているんだね」
なんだか一気にきな臭くなってきた気がする。真の預言者はただ一人。十字教の柱にして中心と言える神の子。ってことはだ。
「もし、現代に未来を予知する能力を持った人が現れたとしたら?」
「偽者ではなく?」
「そう、ガチ本物」
「大騒ぎになるかも」
思っていたより事態は深刻だった。
「十字教以外だとギリシャ占星術とか北欧の魔術にも該当しそうなものはあるけど、そういったものは所謂"預言者の再現"とされるから別物かな。主からの言葉を賜るのではなく降霊術や星読みで世界の動きを感知するものは、預言ではなく予想だね」
言い訳のしようがなかった。
「預言者の降誕……十中八九、神の子の性質を宿しているだろうし、聖人としても相当格の高い存在になるかも。その人物がどこの宗派に所属するかで、抗争が起きるくらいには大事件だね」
「わかった。この話はやめよう」
そして忘れよう。最悪、「
「ほーらスフィンクス、ご飯だぞー」
現実逃避をしながらスフィンクスにししゃもを渡す。スフィンクスは「こんなデカイ魚貰えるんすかこの家は!?」と……は考えすぎかもしれんが、現在インデックスより俺の方が好感度は上な気がする。
「よかったねースフィンクス」
よしよしと頭を撫でるインデックスだが、スフィンクス的には食べづらそうな顔をしている。ま、拾ってもらった恩だ。それくらいは許容しとけ。
さてどうしたもんかな。学園都市製の能力として押し通す……いや、イギリス清教には生まれつきとか言ったんだっけ統括理事長は。
「あのね木原、スフィンクスがご飯を食べてるの見てたら私もお腹がすいたんだよ」
「……まだ夕方前だぞ?」
「いいんだよ。夜にはとうまにまたご飯を作ってもらうから」
慈悲は無いのかこいつは。
「はいはい。んじゃ、レンジでチンしますかね。せっかくだからインデックスにやってもらおうか」
「むむ、電子レンジは苦手かも」
「一度覚えちまえば問題ないって。それに、俺や上条が居ないときだってあるだろうし、せっかく完全記憶能力があるんだから。頑張って覚えとけ」
少しでも上条の負担を減らしてやろう。そうだ、こいつが食べるとか言ってる夕飯も、俺が作っといてやるか。上条は入院予定だし。
「美味しかったんだよ……」
「にゃーお」
「まさか、スフィンクスと同時に食べ終わるとは……」
スフィンクスが魚の頭に噛り付いてから電子レンジに料理を入れ(肉もやし炒めだった)、温め終わった直後にインデックスのお腹へ即収納。全工程の中でもっとも早かったのが食事タイムである。せっかくの電子レンジの使い方も、まわる皿しか見てなかったインデックスの頭の中に入ったかどうか怪しいものだ。
「なるほどね。完全記憶能力のあるこいつが、家電の使い方を覚えない理由がわかった気がする」
「今から夕飯が楽しみなんだよ」
白い悪魔と呼ばせていただこう。なるほど、貧乏暮らしの一人暮らし高校生に、これほどまでにマイナスに働く同居人はいないかもしれない。あながち上条の不幸も馬鹿にできないな。目の当たりにして初めてわかる。
「さて、ではその夕飯を今のうちに作らせてもらうかね」
「きはらが作ってくれるの?」
「まーな。上条が帰ってきて作ってると、夜遅くになっちまうだろ」
さて、どうしようか。決して失敗せず、大量に作れて、夜まで作り置いても大丈夫なもの。と言っても夏場だからある程度気にした方がいいが、どうせみんないなくなる(後ろの悪魔のせいで)から大丈夫。となると、
「シチュー、かな。この材料だと」
鍋でドーンと置いておこう。流石にあの白い悪魔も、自分の腹部の体積以上のものは食えまいて。カレーでもいいのだが、おそらく米がなくなる。それにイギリス生まれの人間にジャパニーズカレーを食わせるのはいささか不安だったり……
「しちゅーしちゅー♪」
いや、大丈夫かもしれない。そういや上条家で初めて食ったのが酸っぱい焼きそばパンだったな。なんでも食うか、アイツは。
「そういえば、とうまはどこに行ったのかな?」
「んー? あいつか? あいつはたしかー」
錬金術師とバトってますとは言えない。
「ほら、さっき俺がステイルと話し合いに行ったって言ったろ? 俺の番が終わったから、次は上条の番なんだよ」
「むー、魔術師と会うなら私も連れて行って欲しかったかも」
「大丈夫だって。ただの話し合いなんだから……」
はて、そういえば原作において。インデックスはこの後三沢塾にてくてくと行ってしまうのではなかったか。
「もう出来たのかな?」
「いや、まだシチュー成分は皆無なんですが」
炒め終わって水を入れただけだっつうの。もうシチューを狙ってるのかよ。
……ま、いっか。三沢塾にインデックスが行かなかったところで、そこまで未来が変わるとも思えんし。どうせ上条はアレイスターが死なさないだろう。ステイル? 知らんなそんなやつは。あ、でも姫神は気になるかも。……ま、上条がなんとかすんだろ。
「あとは牛乳を入れて……ま、こんなもんか」
一応の完成はした。上条が入院して帰ってこないとして、今日の夜と明日の朝、昼分にはなるだろう。
「あ、味見してもいいかな、じゅるり」
「味見に何故どんぶりを構えているんだお前は」
別に食うなとは言わんが、その器でシチューを食う人種はなかなかいないだろ。そしてさっき一皿食ったばかりでもある。腹ペコシスターとはよく言うが、暴食は大罪のうちの一つではないのか?
「まいっか。んじゃ、鍋持ってくぞ。鍋敷き持ってくれー」
「やったー! とうまはいっつも夜まで待ちなさいって言うけど、木原は太っ腹なんだよ!」
そいつはどうも。ま、食い尽くされる心配はないだろう。
鍋を持ち、上条たちがいつも勉強をしたり食事をしたりしているテーブルに鍋を置いた。
まではよかった。
「久しいな、と言ったところで君は覚えておらんか。
ベランダの窓が開いていた。そしてそこには、純白のスーツに身を包んだ、長身の男が立っている。
「敢然、ローマ正教の攻撃も退けた所だ。当然、更なる妨害が入る前に、私の目的を果たさせてもらおう」
アウレオルス=イザード。インデックスの3年前のパートナーがそこにいた。
ちなみに今ステイルはアッパーを貰っています。
禁書目録の世界では一神教'sは分裂していなさそうなのですがどうなんでしょうか。話に入れてしまうと大荒れになるので、原作では明言すら出来ない状態なのかなと勝手に邪推しています。