今回はちょっと長いかもしれません。
「憮然、あのルーンの魔術師。結界を張って何を守っているかと思ったが。必然、奴が切り札を置いて守るものなど、君以外にはいないということか」
解説ご苦労。とりあえずだが、何故ここに錬金術師が来たかはわかった。結局はステイルのせいなのね。クソったれが。
轟ッという音とともに、背後に熱を感じた。その結界とやらが作動したのだろう。上条家の玄関がオレンジ色に輝き、どろどろに溶けたドアの先には炎の巨人、
「
一言、たったその一言で、魔女狩りの王は霧散してしまった。ルーンか、術者が存在し続ける限り無限に再生し続けるはずのその術式はその素振りすら見せず、消滅してしまった。
(ってことは、その術式そのものを消したってことか?
とステイルは言っていたが、正直どういうことなのかはさっぱりわからん。学園都市風に言うなら
「チート過ぎだろおい」
比喩や軽蔑の意味ではない。この世界がゲームなら、そのプログラムコードを自由に書き換えられるようなものだ。これをチートと呼ばずしてなんとするか。
「まさか、金色の、アルス=マグナ?」
「当然、相変わらず博識だな。10万3000冊の呪縛を持つ者として、敢然、未だ機能し続けているようだ」
どうするどうするどうする!? こんな奴を止める術なんてあるわけがない。ここは一旦逃げるか? インデックスを置いて?
「……ところで。少年、お前はなんだ?」
気がついたら、インデックスの前に立ちアウレオルスとの間に割って入っていた。……俺の馬鹿野郎。違う、足が勝手に動きやがったんだ。
「えーと、インデックスの……」
横に置いてあるシチューの鍋をチラリと見て、思わず本音が出た。
「
……なに言ってんだ俺は。
「……当然、なるほど。そんな君もまた、相変わらずという事か」
納得したぞこいつ!? って、そうか。先々代のパートナーだったか。1週間行動を共にした上条が骨身に染みて理解したように、1年間先生役だったコイツもまた、インデックスの
「えーと、アウレオルスさんでしたっけ?」
「寛然、いかにもそうだが」
「インデックスさんに御用だとか」
「そうだ」
「もしかして、この家の家主に会いませんでしたか? ツンツン頭の、俺と同い年くらいの奴なんですが」
「総然。奴がそうだったか」
アウレオルスは右ポケットから針を取り出した。
「ならば直に戻ってくるだろう。当然、私とあの塾、そして姫神秋沙の記憶を失った状態でな」
と言う事は、上条はやはり殺されずに記憶を失っただけということか。と言う事は今頃、記憶を取り戻してるかもしれないな。
「当然、貴様もそうなる」
……だよなぁ。その針を見たときからそんな気はした。どうやったって勝ち目がない。
アウレオルスは針を首に刺し、こちらが想像していた通りの言葉を口にした。
「
おそらくこの言葉で、インデックスに関する記憶を失うのだろう。
「全て」とはインデックスに関する事柄を全てというところだろうか。言葉のままに歪めているのではなく、考えたとおりに現実を歪める術式。それを考えると先ほどのプログラムの例えは適切じゃなかったな。「銅の剣」が「鋼の剣」にならないかなとか考えた途端にそうなってしまうような、そういったチートだと考えればよかったか。
って、前にもましてわかりづらいな。なにかいい例えはないものか。そもそも、考えたとおりに現実が歪む。そんなシチュエーションをうまく何かに例える事自体が無理か。
それにしてもこのアウレオルス。2巻という早い巻でなんとも物騒な術を作ったもんだ。天才錬金術師が人の道を外れ、狂気にも近い感情で3年間も頑張ったのだから、この結果も納得と言えば納得だろうか。……1ミリも納得なんて出来ない。いや、そういえば術自体は元から完成していたんだっけ。それを
っておい。
「あの、いつになったら記憶が消えるんです?」
「な……我が黄金練成を打ち消しただと!!?」
「いや、発動すらしてないと思うんですが」
もちろん、俺も最初はそう思った。まーた
「えーと、たまたま失敗したとか?」
「あ、ありえん……我が黄金練成は完璧のはず…」
たしかにそうだ。こいつの黄金練成は、欠陥こそあれ完璧ではある。それは読者の俺が保証しよう。それにさっき魔女狩りの王を叩き潰したばかりだ。その力は確認済みといえる。
「インデックス、もしかして何かした?」
「ううん、とっさの事だったし……それになにかしようにも黄金練成の対処法なんて考え付かないかも」
そりゃそうだ。黄金練成なんて、魔術業界的には絵に描いた餅みたいなもんだ。それに対抗する手段なんてこの短時間に思いつくはずも無い。
おかしい。侵入者であるはずのアウレオルスが困惑顔で、それを心配する二人という、謎の構図が出来上がってしまった。
「でも、いきなり記憶を消そうとするのは酷いと思う」
「あのねインデックスさん。そういう犯人を挑発するような事は言わないでくれるかな」
危ないから。主に俺の命が。
「もう一度だ」
「え、ちょっ───
「
首に針を刺し、怒った様に吼えながらアウレオルスは叫んだ。
「……」
「……」
「……」
え? なに? もしかして忘れた振りでもしなきゃいけないのこれ?
当然と言うかなんと言うか。やはり記憶が消える様子はない。
「あのー、非常に申し訳ないんですがね」
「なん…だと…?」
どうしよう、これ。
「だからね、いきなり記憶を消そうとするのはやめて欲しいんだよ!」
いやだからですね、挑発は……
「記憶を消すっていうのは……とっても、とっても残酷な事なんだよ……」
はっとして、インデックスの方を振り返ると。
彼女の目には涙が溢れていた。
そうか。記憶を消される事で失われるモノ。彼女はその重みを先日実感したばかりだったか。
「さっき、「久しいな」って言ってくれたよね。貴方も、私が忘れてしまった一人なのかな」
アウレオルスの表情が硬直した。この表情は見たことがある。あの時のステイルと同じ顔だ。
そんなアウレオルスの顔を見てインデックスも何かを悟ったらしい。
「ごめんなさい。私はもう貴方を……」
「……必然、10万3000冊をその身に宿した代償。それに対し私は3年前に敗北した。寛然、だがインデックスよ。もう孤独に怯えることはない。今度こそ、その呪縛から君を解放するために、私はここにいるのだから」
「呪縛から、解放……」
「当然、膨大な知識による脳の圧迫。それに対処する方法はただ一つ。無限の知識を有する生き物の知恵を借りる。必然、彼の生き物が知識過多で死んだ事例など、ただ一つとしてないのだからな」
吸血鬼を捕まえ、その記憶の保持方法を吐かせる。それにより、インデックスに訪れる1年周期の孤独を打ち破るというアウレオルスの方式。
だが、現実は残酷だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いいのだよインデックス。3年の徒労など、君のためなら……」
「違うの……私の、私はもう、」
「……な、に───?」
既に救われた人間を、もう一度救う事など出来はしない。
皮肉なものだ。救おうとしていた人間が救われたという事実で、アウレオルスはどん底に突き落とされたのだから。
「まさか、いや、そんな馬鹿な」
世界を敵に回し、罪のない人々を虐殺してまでたどり着いた答えがこれか。
身分を捨て、人を捨て。おそらく家族や友人、同僚も捨てて。ただ一つの目的のために尽くしてきた結果が、これだ。
世界が沈黙した気がした。呆然と立ち尽くすアウレオルスと、泣き続けるインデックス。その板ばさみにされている俺。誰もが言葉を発しなかった。
なるほど。この光景は想像以上にキツイものがある。なんともおぞましい光景だ。3年の妄執、それが全て無に帰すどころかマイナスになる瞬間。現実が、人の心の善性を粉々に打ち砕いたのだ。
しばらくして、アウレオルスが口を開いた。
「少年」
「はい」
「当然、インデックスはもう、大丈夫なんだな?」
「……ええ。もう、記憶が消える事はないでしょう」
「……助けたのは……いや、これは余計な質問だったか」
「さっき言ってた、ツンツン頭の少年ですよ」
アウレオルスは目を閉じ、「そうか」と呟いた。
その一言に、どれだけの想いが詰まっているのだろうか。
「インデックス。君は良い生徒だった」
「生徒……貴方は先生だったのかな」
「当然、……ああ、そうだとも」
悲壮な顔のインデックス。もしかしたら、思い出せないはずの記憶を引っ張り出そうと躍起になってるかもしれない。
「先生と呼んでくれて、ありがとう」
と言うと、アウレオルスは再び首に針を刺した。
「
その瞬間、インデックスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。当然、人がそのように倒れれば危ないので、俺は慌てて受け止める。
「っとと。危ない危ない」
「そして
そして、ということはインデックスに当てた言葉なのだろうか。
「必然、やはり私の黄金練成は正常に機能している。ということは、異常なのはそちらということだな」
「んなこと言われても……でもなんでインデックスの記憶を…」
「当然、彼女のことだ。おそらくいつまでも自分を責め続けるだろう。自分のために3年も、愚かな事をした人間のことを忘れられるような頭の構造はしていないのだからな」
完全記憶能力のことではないな。単に、インデックスが優しいという話だ。
「それに、こちらとしても忘れてもらわねば困る。……随分と大恥を晒してしまったものだ」
それを恥とは、どうやっても呼べないだろう。
「……これからどうするんです?」
「当然、私の手は汚れ過ぎている。もはや彼女に合わせる顔は無い」
くるりとアウレオルスは背を向けて───
「死に場所を……いや、必然、その必要は無いようだ」
「インデックス!」
玄関の方で、上条とステイルが肩で息をしながらこちらを見ていた。おそらく三沢塾から走ってきたのだろう。
魔女狩りの王で融解したドア。倒れているインデックスを抱えている俺。そして、インデックスを狙っている(と思われている)錬金術師の姿。
これらを見た人間はどう思うだろうか。
「待て、かみじょ───」
「
その瞬間、俺の身体は硬直し口も動かなくなった。なんでこんな時だけ黄金練成が───
(そして、私の代わりにあの
―願いを叶えられなくてすまない。と───
小声で、そんな声が聞こえた。
「てめぇ、インデックスに何をした!!」
「別段、何かしたわけではない。これに死なれるのは私にも都合が悪い。必然、我が黄金練成は完全だ。これに魔道図書館の知識が合わされば、我が覇道を阻めるものなどあるはずがない。そして吸血鬼を用いて不死身の身体を手に入れることで、私は更なる高みへと到達する」
「反吐が出るね。久しぶりに再会した生徒に向かって、その台詞とは」
「敢然、再会したところで記憶が無ければ赤の他人だ。当然、貴様も」
瞬間、二人の視線が交差した。
「
「
炎がアウレオルスに迫る。だがアウレオルスは気にも留めず、手にした銃で何故か
それは悔しさの表れなのだろうか。
「ぐっ……」
上条は床に崩れ落ち、そしてアウレオルスは―
炎の衝撃に吹き飛ばされ、その身を焼きながら転落していった。
主人公が主人公してないのはいつも通りです。原作の主人公が主人公っぽくなくなってしまったのはちょっとアレですが。
ステイル「煽りが足りない」
木原「やめてやれよ」