とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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これで2章終了です。今回も少し長いかもしれません。

……蛇足かも。



024 孤独じゃない  『8月8日』  Ⅶ

 結論から言うと、錬金術師、アウレオルス=イザードは死んだ。

 記憶を失っただとか、巻き込まれ体質の主人公枠から外れたとか、そういう言葉遊びの『死んだ』ではない。

 

 彼はこの世を去ったのだ。

 それが焼死なのか、それとも転落死なのかはわからない。ただ、彼が落ちた瞬間に身体の拘束が解けた事を考えると後者なのだと思う。

 

「それで、家主はどこじゃん?」

 

「上条は、えーと……失神した友人を抱えて病院に行きました。その、頭を打ったかもしれないと言って」

 

 実際は念のためと言っていたか。黄金練成(アルス=マグナ)によって眠らされたはずのインデックスの頭を、右手で触っても起きないからと大騒ぎして。俺の予想だと、泣き疲れたせいもあると思う。

 

「犯人は?」

 

「逃げました。以前に、俺を襲った奴と同じです」

 

 ステイルも実は一緒に病院に行った。彼女の無事を確認してから帰るそうだ。その表情が虚しそうに見えたのは、何故だろうか。アウレオルスに言われた事を気にしているのか、単にインデックスを心配していたのか。それとも……アウレオルスの真意に気づいていたのか。

 

「そうか……1週間以上も空けてまた襲撃とは妙じゃん。それに今回は身元不明の遺体まであるじゃん?これは大事(おおごと)じゃんよ……」

 

 このじゃんじゃんうるさいのは黄泉川先生だ。流石に死体が出るような騒ぎには、警備員(アンチスキル)が出張してくる。だが上条もステイルも病院に行くと言い、そこに俺までついて行けばどうなるか。身元不明の焼死体に行方不明の家主と隣人。たぶんインデックスが見つかって面倒なことになると俺は考え、犯行現場(こ こ)に残る事にした。

 ……単に動きたくなかった、というのもあるのだが。

 

「で、なんで少年……木原、だったじゃん。家主ではなくお前がこの場に残ってるじゃん?」

 

「……狙いは俺かなと思いまして。失神してる人を担いでる友人の側にいるのはまずいかなと」

 

「……大人としては説教してやるところだが、女としては褒めといてやるじゃん」

 

 なんだそりゃ。喜んでいいのだろうか。

 

「とにかく、話は署で聞かせてもらうじゃん」

 

 当然こうなるな。死体まで出て犯人は野放しとくれば、以前狙われていた俺は連れてかれるに決まってる。

 ふと、先ほどから無線で連絡を取っていた男の警備員さんがこっちにやって来た。

 

「黄泉川」

 

「なんじゃんよ?」

 

「犯人が捕まったそうだ」

 

「わかった。すぐに向かう」

 

「いや、それが……どうやら学園都市の重要機密にアクセスしていたらしい。情報漏洩を防ぐため、俺たちじゃ尋問どころか面会すら許されないそうだ」

 

 一瞬、ステイルが捕まったのかと思ったがそれはないか。

 どうやら手の早いことで、この一件はこれで片をつける気でいるようだ。土御門なのか学園都市なのかは知らないが単純(シンプル)かつ上手な切り方だな。実はよく使われる手だったりするのだろうか。

 

「身元不明の遺体についても、探るなとのお達しだ。犯行現場の保存も必要ない。第七三支部所属の警備員(  な な さ ん  )は建物入り口で明日の朝まで見張りをしてろだとさ」

 

「チッ……まったく、まぁ犯人が捕まったのなら文句はないじゃんよ。んじゃ少年、私たちは建物の外に出てるじゃん。外出は……」

 

「しませんよ、いくら俺でも」

 

 前科はあるが、本当に外に出る気はない。黄泉川先生も納得したのか機材を持って、上条家から出て行った。

 

 こうして一人になった。

 外はもう暗いな。時計を見たら19時を過ぎたところだった。玄関も無く、窓どころかベランダ丸ごと半壊しているので、外からの風が吹きぬけになっている。夏場なので寒さとかは感じないが、それでも部屋として機能してるかは怪しいものだ。

 

 上条家のベッドに腰掛け、ため息をつく。せめて、上条が帰ってくるか連絡が来るまではここにいよう。……考えたい事もある。

 

 錬金術師、アウレオルス=イザード。彼は本来死ぬはずではなかった。インデックスの事を知り激昂した彼は、上条とステイルに牙を向いた結果、記憶と顔を失い別人としての人生を歩む。それが原作の流れだった。

 その流れを歪めたのは、当然ながら俺だ。俺がしたことはインデックスが三沢塾に行くのを止めた、ただそれだけだ。ただそれだけのことだった。

 

(結果として、アウレオルスは自ら死を選んだ)

 

 流れを変えたのは俺だが、アウレオルスの死の責任まで背負う気はない。彼の覚悟の責を負うなんて、そんな図々しい真似は出来ない。同様に、俺のお陰で上条が入院しなくて済んだだとか、ステイルがプラネタリウムにならなかったとも、言う気はない。

 ただ、一人の人間の死に関わった事。それだけは事実として受け止めなくてはならない。

 

 インデックスの、10万3000冊の呪縛が解けたと知り、最初は驚き、そして落ち込み、最後には優しく微笑んだ。黄金練成というとんでもない術式を行使していた彼だがあの表情はたしかに、彼自身が人間だったことの証だ。少なくとも俺にはそう見えた。

 その後、彼は死を選んだ。会わせる顔がない。自分ではインデックスに相応しくないとでも言う様に、ステイルに自分を処刑させたのだ。歴代パートナーにしかわからない孤独を煽るかのように挑発し、その身に魔術の炎を浴びた。

 

 実際に会ったのは数分程度。交わした言葉も数えるほどだが……その短い時間で、アウレオルスの喜怒哀楽を随分と見てしまった。そのせいか……

 

 俺はアウレオルスに、生きていてもらいたかった。

 

 もちろん、そんなことは本人も望んでいないだろう。インデックスの中から自分を消したのもそのせいだ。彼女の記憶の、一点の染みになることすら拒否した男。記憶消去が通じれば、俺の記憶からも自分自身を消したかったのかもしれない。そういえばアウレオルスというのは、伝説にまでなっている錬金術師、パラケルススの末裔を示す名前だとか。……聞いただけでプライドが高そうな人物だと想像できるな。

 

『それに、こちらとしても忘れてもらわねば困る。……随分と大恥を晒してしまったものだ』

 

 恥ずかしそうな顔をしていたアウレオルスを思い出して、少しだけ笑ってしまった。もう少し毅然とした態度でこの台詞を言ってくれれば様になるのだが、白スーツの大男が照れてるのはかなりシュールだ。普段はあんなカチコチした日本語なのに、インデックスのことになるとダメダメだな。それほどまでに、インデックスとは打ち解けた仲だったのだろう。

 

「本当に、インデックスのことが好きだったんだな」

 

 男女の仲という意味ではなく、教師と生徒として。

 ……ならば、失った仲を取り戻す努力はせずとも、彼女のために陰ながら生きる選択肢はなかったのだろうか?

 

 ……故人の思惑など、推測することしか出来ない。的外れな考えなのかもしれない。実は、自分が生きていればローマ正教が追って来て、インデックスに危害が及ぶかもだとか。幸せなインデックスとそのパートナーを見ているのは辛かろうとか。そういう事を考えていた可能性だってある。ただ、あの時のアウレオルスの表情は……炎を身に浴びる瞬間の表情は――どこか、安心した顔をしていた。

 

 何に安心したのだろう? これまでの罪のツケを払うときがきたとでも思ったのだろうか。もしくは、走り続けた3年間の終わりが来たことに……もう止まれなくなった自分の事を止めてくれる炎に、安らぎを見出したのか。

 

『てめぇ、インデックスに何をした!!』

 

 もしかしたら、インデックスのために懸命になってくれる存在がいる事に、安堵したのかもしれない。

 もしかしたら、あの上条への一撃は発破をかけたつもりなのかもしれない。

 頑張れよ、と───

 

「推測でしかない……それに、考えるだけ無駄ってやつか」

 

 そんな事を考えていると、上条から連絡が届いた。もう少しで寮に着くそうだ。ステイルは抜けたが、そこに約1名増えて、3人と1匹の帰宅だそうな。1匹というのはスフィンクスだ。増えたのは……姫神か。雪ダルマ式フラグ乱立機め、やりおるわ。きちんと姫神を連れてくるとはな……

 

 こうなると問題は部屋だな。別に1晩くらい上条たちを俺の部屋に泊めたっていいし、なんなら小萌先生を頼るという手もある。姫神の事を考えると後者が有力か。だがそれはその場しのぎであって、解決にはならない。この開放感MAXの上条家の対処、それが重要課題である。

 つまり、連絡先なんて一つしかないわけで。

 

「えーと、もしもし?」

 

『なんだ?』

 

「あのですね、ドアとか窓とかベランダとかを修理してくれる業者さんをね、紹介してくれないかなーって。できたら超特急で」

 

『ああ? ……また壊したのか?』

 

「いや、今度は隣人さんがやっちゃって。俺はあんまり関係ないんだけどさ」

 

 実際、関係ない。その場にいただけだ。

 

『別に構わねーが、結構高くつくぞ? その隣人に払えんのかぁ?』

 

「え?……幾らくらいかな?」

 

 相場の金額を聞いて若干引いた。予想より1桁多いのだ。特急料金も込みなのだろう。

 

「ちょっと待ってね」

 

 携帯を操作し、自分の口座をチェックする。わりと凄い額のお金が振り込まれていた。もちろん、俺の給料ではない。

 

「ああ、大丈夫。加害者さんからお金が振り込まれてるみたいだ。払えるよ」

 

 ドアを吹き飛ばしたのも、窓を焼いたのもアイツだ。嘘は言ってない。まさかこんな事に使うとは思いもしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまなんだよ」

 

「ドアがある……上条さん家のドアが……」

 

 その後、上条達が帰ってくる前に修理業者がやって来た。この破損状況だと、流石に完全修理は勤務時間外までかかるそうで、音も結構出てしまうと言っていた。なので仮のドアと窓をくっつけて、朝に出直すと言い残し帰ってしまったのだ。その分通常料金でいいとも言っていたのでまぁいいだろう。

 

「朝にはもう一度やってきて、午前中には修理を終わらせるってさ」

 

「……お、お金は…?」

 

「イギリス清教持ち。上条家の出費にはならないんじゃないかな」

 

「よかった……本当によかった…」

 

 泣くほど嬉しいのか。それはそれでどうなんだおい。

 

「ま、その代わり曰く付きの物件になっちまったけどな」

 

「曰く付き……やっぱ、死んじまったんだな」

 

「……ああ」

 

 上条はどう考えているのか。アウレオルスが転落したとき、上条はインデックスの心配ばかりしていた。当然と言えば当然だが、上条は悪人が死んだとしても手を上げて喜ぶような奴じゃない。上条にも上条なりの思うところがあるんだろう。

 

「さて、後ろの人は」

 

姫神(ひめがみ)秋沙(あいさ)。」

 

 巫女服に身を包んだ、長い黒髪が印象的なおとなしそうな女の子。吸血殺し(ディープブラッド)の姫神秋沙か。

 

「姫神さんか、俺は木原統一。上条ん家のお隣さんだな」

 

「とうまの勉強を見てくれてるんだよ」

 

「ぐっ……インデックスさん? たしかにそうなんだけど、あえて言いふらさなくてもいいのでは? その発言だと上条さんがお馬鹿に聞こえてしまうんですが」

 

「事実かも」

 

「にゃー」

 

 一人と一匹に馬鹿にされ、悔しそうな顔の家主。……居候のくせに態度が少しでかいような気もするが、それでも上条はインデックスに勝てない。純粋さというのは恐ろしい武器だな。その武器に、助けられた者もいれば、身を滅ぼした者もいる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人組みを放っておき、俺は俺の仕事をしよう。

 

「姫神さん……吸血殺し、の能力を持っていますよね?」

 

「……そう。それがなにか。」

 

「アウレオルス=イザードから伝言があります」

 

 その一言で、上条たちは動きを止めた。

 

「願いを叶えてやれなくて、すまない。と」

 

「……」

 

 姫神は何も言わなかった。上条も、何かを考え込んでいた。

 

「あいさを救う事()、アウレオルスの目的だったんだね」

 

 意外にも、話に入ってきたのはインデックスだった。……あれ? お前……

 

「インデックス? 記憶が……」

 

「記憶? なんのこと?」

 

 いやだってお前、黄金練成で記憶が……あ。

 

「そうか。上条、お前」

 

「え?」

 

 ()()()()、あらゆる異能を打ち消すその右手は、あの錬金術師のプライドの壁までぶち壊したのか!?

 

「おま、なんて事を……」

 

 覆水盆に返らずというか、もし死後の世界があるのならアウレオルスは今頃悶絶しているのではないか。俺ならそうする。

 

 インデックスはとことことベランダに歩いていった。アウレオルスが立っていた場所で膝をつき……後ろからでわからないが、祈りを捧げているのだろう。

 

「上条、インデックスにはなんて?」

 

「……悪い魔術師に襲われてたから、ステイルが撃退したって……三沢塾ってとこを、あの魔術師が占拠してたんだ。それでその魔術師、インデックスの昔の知り合いらしくて……」

 

 最初はインデックスを救おうとしてたのかと思ったが違った。インデックスの所有する魔道書が目的だったらしい。なのでそこを間一髪、ステイルと上条が戦って阻止した。……というような内容を話してきかせたとのことだ。

 

(でも記憶が消えてなかったのだとしたら)

 

 インデックスはそれが嘘だと知っている。知っていた上で、何も言わなかったのか。それはつまり、アウレオルスが自ら悪役(ヒール)を演じ、裁きを受けた事を察していたということ……

 

「……はは、ちゃんと立派に、修道女(シスター)をやってるじゃねえか」

 

 上条にもステイルにも真実は告げず、死者の心の内を自らの中にしまい込む。そして祈りを捧げる、か。

 

『インデックス。君は良い生徒だった』

 

 まったくだ。

 

「とうまー、おなかすいた!」

 

「なにー!? さっき病院でお菓子バクバク食べてたでしょうが!」

 

「それとこれとは話が別かも! きはらの作ったシチューを食べようよ!」

 

「シチュー?」

 

「あ、そうだった。少し多目に作ったから、姫神さんもどうぞ」

 

「さんはいらない。姫神でいい。」

 

「シチュー♪シチュー♪」

 

「ちょっとまてインデックス!今温めるから!冷たいまま皿によそおうとするんじゃありません!!」

 

 まったく切り替えのはやいこった。アウレオルスの思惑通りにはいかなかったが、これはこれで、良かったのだろうか。

 

「とうまー、まだー!?」

 

「まだです!」

 

 

『……当然、なるほど。そんな君もまた、相変わらずという事か』

 

 

 今でも、彼の声が聞こえてくるような気がする。

 

 




姫神「ヒロイン……私がヒロイン……」

作者「すまぬ……すまぬ…」


何が心配って、感想でいつ突っ込まれるかが心配でした。また初春さんを降臨させねばならぬかと……それもあって更新を急いでいた感もあります。投稿はホント計画的に……

次回からは通常ペースで行きます。いつも通りに、気にせず気にせず……何をとは言いませんが。駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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