布束さんファンに土下座の必要性がある章になってしまいました。
木原統一には7月20日以前の記憶がない。
正確にはエピソード記憶がないというとこか。知識だけなら大量にあるのだが、思い出というものが存在しない。つまりはそれ以前に出会った人物だとか、その人物との思い出話などはさっぱり持ち合わせていない。そんな人間がいままでどうやって来たかといえば、ひとえに原作知識のお陰である。
木原数多、上条当麻、月詠小萌、土御門元春……どのキャラも末永く活躍し(約一名は速攻退場なのだが)印象深く残る人物ばかりである。そんな彼らの性格は、完全ではないがある程度は把握できている。と木原統一はそう思っている。受け答えも及第点であり、今のところ無事に過ごせているのではないか、と。
ではここに、歳も違えば性別も違う。関係性も不明でしかも久しぶり。登場シーンも少ないまさかの研究者キャラという、存在をぶっ込んだ場合どうすればいいのか。
目の前の、制服に白衣の少女がそれだった。
「……だいぶ背が伸びたようね」
……落ち着け。落ち着くんだ木原統一。まずは目の前の人物のプロフィールを思い出せ。
いやそうじゃねえだろ。情報が少な過ぎて現実逃避してる場合じゃないぞ。
えーと、
「研究者の道はもう、諦めてしまったのかしら」
それだ! 研究者繋がりか。木原統一が落第の印を押されたのはたしか14歳。『木原』としての特性を発揮はしていないのだから普通の天才少年(何を言ってるかわからない)としての扱いを受けていたはずだ。そこでこの女と知り合った。そういうことだな? そういうことでいいんだな?
ということは、わりとフレンドリーな感じでいけるってことか。よし、ならば───
「お、おーっす、久しぶりー」
「……well、随分変わったわね貴方」
ダメだった。どうやらなにか対応を間違えたらしい。
「because、3年以上も会っていないとはいえ、そこまで変わるとは驚きね」
「……3年かぁ」
思わず口に出てしまった。3年間なら性格が諸々変わってても問題ないような気がする。
「そ、そんなに変、ですか?」
「……まぁ、荒れ狂っていた頃に戻れとは言わないけど。それ以前の人柄ともまた違う印象ね」
中身が違うので当然ではある。……荒れ狂っていた? それ以前の? 木原統一って一体……
「それで、貴方は長点上機には来なかったようだけど。まさか本当に研究職を諦めてしまったんじゃ……」
「あー、えーと。ま、色々あってですね……」
どうすんだこれ。なんて答えればいいのか……『木原』として落第した木原統一。自宅をざっと見回しても研究のけの字も出てこなかったところをみると、諦めてしまった、というのが正解だろう。
「……どうするかは貴方の自由だけど。あなたの学習能力の高さを知るものとしては複雑な気分ね」
学習能力って、なんかもっとこうマシな言い方はないものか。まるで実験動物として扱われているような……
「あの
まさかと思ったら実験動物だった。え? さっきは研究職がどうとか言ってなかった? 俺の聞き間違いか?
「あんまりうれしくないんだけど」
「まぁそうでしょうね」
彼女なりの皮肉だったのか、それとも事実なのか。……学習装置の被検体ってなにをするのだろうか? 頭に被って本でも読むのか?
「貴方の脳の動きは今でも覚えてるわ。あまりに感動して今でもデータを取ってあるもの」
あ、こいつ変な奴だ。いや、悪い奴じゃないんだけど。人の頭の中の動きを見て、感動して、3年? 以上たった今でもデータを取っといてるのはちょっと……いや、それともこれは冗談か?研究者ジョーク的なものがここ学園都市にあるのだろうか。
「私の服装で反応が変わったのも面白かったわね。覚えてるかしら?」
「……は?」
「忘れているようね。……年齢、性別によって反応が変わるのは当然なのだけど、あなたは短期、長期記憶のアクセスがはっきりしてて分わかりやすかったの。でもそれ以上に面白かったのは露出の多い服装ではなくよりゴシック調の───」
「わーっわーっストップストップストップ!!」
なんてこと言い出しやがるこの女!?
「なによ、恥ずかしいの?」
「当たり前だろ!」
むしろ何故恥ずかしくないと思ったのか。
「……時代は白なのかしら」
今度は何を言ってやがるこいつと思ったら。布束の目線は俺の持ち物に向けられていた。『カナミンチップス のりしお』に───
「こ、これは違うぞ!?隣人の女の子にだな……」
「oh dear? どんな子なのかしら」
どんなって純白シスター…はっ?
「……普通の子です」
「嘘が下手ね」
なんとなくだが布束砥信と木原統一との関係性がわかってきた。近所に住む意地悪な姉ちゃんポジだコイツ。しかも脳内丸々モニタリングされた上で、だ。悪質過ぎるだろ。俺より俺を知ってる可能性すらある人物にどう勝てというのか。
「そ、そんな事より、布束さんの方はどうなんです?」
話を変えねば。こ、これ以上は『木原統一』の沽券に関わる。
「布束さん、か。もう昔のようには呼んでくれないのね……」
なんて呼んでいたのだろうか。……ギョロ目?いやいや、この人アニメ仕様になってるし。想像もつかないな。
「私のほうは、そうね……実は私も研究職をやめようと思ってるわ」
と布束は、何かを悟りきったような表情になった。そうか、そうだった。この頃の彼女は
「それは……えーと、なんで?」
「詳しくは言えないの。……関わってるプロジェクトがね、私には納得いかないのよ」
納得いかないというのは、妹達の命が絶対能力進化計画に使われているということだろう。彼女はクローンである妹達を、人間としてでしか見れなくなってしまった。そしてこの後は
「科学者は……少なくともこの街の科学者は、非情でなければ出来ない仕事のようね。equal 貴方はこの道をやめて、正解かもしれないわ」
それは一理あるかもしれない。学園都市の研究は外界とは一線を画すぶっ飛び方をしている。もちろん、人の命を弄くり倒すような研究ばかりではない。宇宙開発や無人機の設計等の、人間が直接関わらない研究だってたくさんある。
でも。布束砥信の専門は生物学的精神医学。つまりはど真ん中なのだ。たとえここで絶対能力進化計画に関わらなかったとしても、いつかはこの壁に当たっていたのではないだろうか。
「ごめんなさい。もしかして気に障ったかしら?」
「いや、そんなことは……」
「足を止めさせて悪かったわ。また会いましょう」
そう言って彼女は立ち去って行った。「また会いましょう」とは言っているが、もう二度と会う気はないのではないだろうか。
彼女はこの後失敗する。妹達に感情のインストールを試みるも、
「お、お米……」
「だー暑い!!もう、めんどくさいからここに置いとくぞー!」
なんとかかんとか、あの暑い中を潜り抜けて帰宅した。正確には上条家なのだが、もうここから動く気が起きない。またエアコンの無い
「こ、こんなにたくさん……い、いいのか木原!?」
……もしかして米を両方欲しいのだろうか。いや、別にいいんだが。片方はタダだし。でも使いきれるか?……愚問だったか。
「構わないが、そんな事より上条。インデックスはどうした?」
「なんでひそひそ声なんだ?奥でテレビを見てるけど」
「実はコレ……」
「こ、これは……!」
約一名からの俺の評判を地の底に貶めた菓子。対照的に上条には恵みの雨みたいな評価を受けている事が見て取れる。……役立てて欲しいものだ。俺のささやかな犠牲を糧にしてくれ。
「戸棚の奥底……いや、インデックスの手の届かない場所に隠せ」
「こ、これなら食事のつなぎに……トレカも付いてるし食べ終わればインデックスは夢中になること間違いなし!」
「そうだ。……見つかるなよ」
ついでに一袋あたり1冊原典を読ませてもらえたりしないだろうか。ダメか。
「これだけ米があればオニギリを作っておいて……インデックスなら塩のみでも……」
「……ま、まぁ好きにしてくれ」
このままだとインデックスは塩のみジャパニーズおにぎりを食わされるようだ。「インデックスなら」って上条、お前……酷い扱いに見えるが、実際それでなんとかなりそうだから困る。
上条家は今日も平和である。上条当麻が次のお話に巻き込まれるのは一週間後。……今回の場合は巻き込まれるというよりは首を突っ込むだったか。とはいえ学園都市の最強と戦うハメになるのだ。それまでの間は平和を感じていて欲しいと思う。
『足を止めさせて悪かったわ。また会いましょう』
ふと、寂しげな彼女の姿が頭をかすめた。
「木原はどうする? 上がってくか?」
「おう。お邪魔します」
「あ、きはらーお帰りなんだよ」
「……"いらっしゃい"じゃないのか普通。まあいいか。ところでこの前話していた術式の種類についてなんだが……」
俺は脳裏に浮かんだ彼女の姿を消し去って、日常に戻っていった。
布束「誰かしらこの人」
作者「誰だろうね」
布束さんのファンの人ごめんなさい。