少し長いかもしれません。
「仕様がピーキー過ぎるかも」
俺の迷作であるルーンのカードを見たインデックスの最初の一言はコレだった。
「ピーキー? というかインデックス、よくそんな和製英語を知ってるな」
「テレビで覚えたんだよ」
またカナミンだろうか。イギリス清教所属の魔道図書館の視点で見た場合、とても面白いと評判のあの番組。
「……ま、まぁピーキーって言葉を覚えてたのは置いといてだな。どういうことだ? 俺は汎用性に特化したつもりだったんだが」
「たしかに、一枚のカードで色んな事が出来そうかも。工夫に関しては私の想像以上の出来栄えなんだよ。……もしかしてこれをこうすると…」
流石はインデックス。こちらから言わずとも、俺が考えている術式の用途、組み合わせを看破してくる。1枚のみで行う術式、2枚以上を組み合わせる場合の使い方。たった一つの使い方を除き、全ての魔術の種をばらされてしまった。
「それできはらは、全ての術式の使い方、それに用いる魔力の質をきちんと把握しているの?」
「まぁそりゃな。というよりは、思いついた術式を全て出来るように作ったのがコレだ。単に思いつきで作ったわけじゃあない」
色々出来そうだからこうした、ではない。色々出来るように詰め込んだのだ。
「……なるほど。ルーン魔術についての知識を最大限生かせるように作ったんだね」
インデックスは何か考え込み始めている。……なんだこの反応は?失敗作なら失敗作、成功なら成功、佳作なら佳作と言ってくれると思ったのだが。何故考え込んでいるのか?
「……もしこれを、きちんと使いこなせるのなら。成功作と言えるかも」
条件付の成功の判を押された。
「ダメなのか?」
「ううん、ダメじゃないよ。でも普通の魔術師はこんな使い方しないからね」
「というと?」
「普通の魔術師は……例えばすているはルーンを主に使う魔術師だけど、当然ルーン以外も使えるんだよ」
「……そうだっけ?」
そんなシーンあったかな……インデックスの記憶を消去する時、後は土御門が用意した
「そうなんだよ。魔術師って言うのはね、占星、錬金、召喚……色々な分野を満遍なく学んだ上で、自分に合った専門を見つけるんだよ」
「ふむふむ、それで?」
「だからみんな、自分の専門で扱えない分野は諦めるか他の魔術師に任せるか。もしくは共同で術を発動させたりだとか。とにかく、初歩的な魔術以外だと、単独で成功させるのは難しいかも」
なるほど。たしかにさっきのステイルの例だと、霊装の力を借りたり土御門に準備してもらったり。そういうなんらかの
「でもこのルーンのカードは、手の届かない所に無理矢理ルーンの術式を当てはめて使おうとしているね」
……そんなに無理矢理に見えるのかコレ。ステイルの術式を元に応用、派生術式はないかと模索した結果の産物なのだが。
「ルーンの知識に偏った、きはらだからこそのカードと言えるかも」
「……うーむ、言いたい事はなんとなくわかった。でもピーキーってのはどういうことだ?」
「色々な事をルーンでやろうとした結果、術式が歪み過ぎているんだよ。例えば炎剣の術式……」
「ああ、それか」
投げるタイプではないステイルの数少ない近接用術式。シンプルながら炎を出し続ける性質は扱いやすかった。
「コレを……こう使おうとしているよね?」
「そうそう。よくわかるなインデックス」
「どういう魔力の動きをするか、理解できてるの?」
「んーと、発動には普通の炎剣と同じ動きなんだけど。着弾したら炎そのものをルーンの一部と定義し直しすんだ。その時の魔力の動きと比率は……感覚だから言葉にするのが難しいな……えーと」
魔術というのは、発動する術式によって精製する魔力が違う。使う用途によって様々な質の魔力を適正量作る必要がある。というのはインデックスとの最初の授業で教えて貰った事だ。
だがしかし、厳密に単位だったり計り方が存在するものではない。質量なら
これが一見して魔術が曖昧な分野だと言われる要因その一なのだ。ちなみに俺はいまでも曖昧な分野だと思っている。科学と比べたら余裕と言うか遊びと言うか、自由なスペースが多いと思うのだが、コレを言うとインデックスが怒るのでもう言わないことにしている。
それはさておき、何が言いたいかというとだ。他者に魔力の動きや質を伝えるのに苦労すると言う事である。今回の術式の説明は『
「……これは距離と扱いたい数によってまた変わるな。でも基本の比率は変わらない」
「そこまでわかってるなら、もう答えは出てるね」
「え?」
「その作業が、戦闘中に出来るなら。きはらは魔力の扱いにおいて世界一の魔術師かも」
「……あ」
戦闘中。つまりは自らが危険な目に遭っている状況下で、このカードを使いこなせるかどうか。焦らず、場合によっては走りながらだったり転がりながらだったり。そういう状況下でうまく魔力を精製、運用できるか否か。術式をきちんと取捨選択できるかどうか。
通常の術式でも、戦闘の素人では難しいのかもしれない。いま手元にあるのは様々な比率の魔力を複数導入する事でその応用力を底上げし、そのバリエーションは元より要求される魔力コントロールのレベルも上がっている。
「な、なるほど、そういう事か……無理かもしれない」
「ごめんね。コレは先生役をやっていた私の責任かも」
要するに、俺のやっていた事は机上の空論だった。理屈の上では出来るよね! と言うやつだ。魔術師としての到達点。それを"術式を成功させる"という低い位置に設定していた俺が愚か者だった。
インデックスとの授業、そして自室での練習。そこに欠けていたのは実戦を想定しているか否か。その一言に尽きた。
「こ、これが現実というやつか……」
魔術師としての道のりは、まだまだ遠い。
「でも、やっぱりこのカードは上手く出来てると思う。すているの持ってたカードを見て、ここまで改造する人はなかなかいないんだよ」
あ、インデックスが慰めてくれている。俺の作った観賞用としてでしか価値の無いルーンのカード。宣言どおり部屋に飾っておこうか。
「……いや、待てよ。戦闘中の細かな術式の扱い……たしか聖人って、体内の構造を弄くりながら戦闘してるんだよな?そういう奴らもいるんだし、世界一ってのは大げさじゃないか?」
「アレは術式の取捨選択だけ。きはらみたいに状況に応じて大きく魔力の質を変えたり、まして違う質の魔力をこんなレベルで組み合わせて使ったりすることはないんだよ」
「……さいですか」
結局のところ、俺の最初の作品の評価と言えば。芸術的価値はあるが実戦で使用するには難し過ぎる。という評価だった。100%の力を引き出せるのなら問題はないどころか傑作と言えるが、そんなことは無理ではないか。"ピーキー過ぎる"という最初の言葉はまさしく、このカードの本質を表していた。
そんなこんなで。大量に生産したラミネート仕様のルーンのカードは自宅に寂しく置かれることになり。俺は大量消費したインクとプリンターに内蔵されたラミネーターのフィルムを買いに家電量販店にやってきた。
(くっそー、やっぱ一枚だけ作っておいて後は我慢するべきだった! あの時はルーンのデザインに半分徹夜だったからテンションがおかしくて……)
やってしまったものはしょうがない。その場の気分で行動してしまうとどうなるのか。それを身をもって体感……なんか最近はそういう事が多い気がする。いい加減学べというやつか。布束に「学習能力が高い」なんて言われていたがこの様である。……いや、それは俺になる前の『木原統一』の話だ。俺自身は頭の中が残念な高校生というか……
失敗に次ぐ失敗で、頭の中がネガティブになっているような。こういう日は他に何もしない方が……いや、帰ってまた新しいカードのデザインを考えたい。そうするか。
そんな事を考えながら、清算を終えて店を後にする。外は未だにうだるように暑い。まあ今日は重い荷物も無いので、昨日に比べたら格段にマシである。少し天気が良すぎると考えれば、心地よささえ感じるほどだ。
(この快晴の中……今日も街のどこかで、彼女はマネーカードをばら撒いてるのだろうか)
何故こんな事を考えてしまうかといえば、昨日の布束砥信との出会いがそうさせるのだろう。彼女が、自らを犠牲にしてでも救いたいと思っている
(……しかし、俺はなんで昨日会ったばかりの人を心配してるんだ?)
『木原統一』としての心の残滓でも、残っているというのか。
「あら? 今日も会えるなんて、
「……またなんつータイミングで出てくるかなこの人は」
俺の感傷に浸った心はものの1分ほどで引き揚げられた。まさか目の前に本人が現れるとは。しかも「もう会えないんだろうなぁ……」的な事を考えてる時にである。
さらに言うなら……
「それ。暑くないのか?」
「学園都市製の特殊素材よ。well、前にもこんな事を言った気がするわ」
服装がアレだった。ゴスロリ系?と言えばいいのか。昨日は普通に長点上機学園の制服に白衣だったのだが、今日は思いっきりコスプレである。
日傘を差し、見てるほうが暑苦しくなるような真っ黒な服を着て、布束砥信はこちらを見ていた。
「……まぁ百歩譲ってその服装が涼しいとしよう。なんでその服なんだ?」
「あら、乙女心がわからないかしら」
「俺の知ってる乙女っていうのはなぁ、そのセリフを真顔で言えるような人種じゃねえんだよ」
そう、例えば姫神とか。アイツは……いや、普段は真顔だけど。よく見ればきちんと喜怒哀楽が見て取れる。上条に向ける視線が普通とは違ったりだな……言ってて虚しくなってきた。
「indeed、成長してもそういう所は相変わらずね」
「なんで俺が悪いみたいになってんだ」
「however、やはり白なのかしら?」
「あーわかった。お前、話聞く気がねえだろ!」
と言った瞬間、ドロップキックが俺の腹に突き刺さった。
「ごっ、が」
「長幼の序は守りなさい」
「1歳違いだろうが!!」
「せいっ」
「ごふっ」
割と本気で痛かった。先ほどコイツに同情した俺がバカだったと思えるくらいには。
「やれやれだわ。貴方といいオリジナルといい」
「……念のために言っておくとだな、長幼の序を守ってないのはアンタも同じだぞ」
アレには大人は子供を慈しむという意味もあるはずだ。
「oh dear? そういう理知的な返し方ができるのは、貴方の長所ね」
「……少しもうれしくないんだが」
「そうでしょうね」
なんかコレに似たやり取りを昨日やった気がする。もしかして───
「でも、昔のような会話ができて嬉しかったわ」
……昔の木原統一も苦労してたんだな。さっきのやりとりの何処から何処までが昔のやり取りなのかは知らないが、どうやらお決まりのようなパターンだったらしい。どこに彼女を喜ばせる要素があったのかも気になるところだ。
「そうかい。期待に応えられたなら、嬉しいかぎりですのことよ」
「期待、という点では30点くらいかしら」
「……低すぎねえかそれ」
どうやら期待には添えなかったらしい。まったくもって蹴られ損である。何を期待してたんだこの人は。
「でも決心はついたわ」
「……いや、人を蹴っ飛ばしてなんの決心がついたんです?」
「科学者をね、やめようと思うの」
もうどういうことなの。なんで俺を蹴っ飛ばすとそういう結論になるのか。「サッカー選手を目指すの」だったらわからなくもない。ボールは友達って言うし。
「……あのさ、その科学者を辞めるって話なんだが。もう少し先延ばしにすることは出来ないのか?」
科学者を辞める。それはつまり、彼女が関わっているプロジェクトに対し、間接的に加えていた妨害を直接的な手段に変えるという事である。
彼女を苦しめている元凶。
妹達はアレイスターのプランの中核を成す存在だ。AIM拡散力場を制御するために製造されたシステム。アレだけの人数を作ったということは、制御にそれだけの数が必要だと言うことだろう。あの実験は建前なのか、それとも
とにかく、近いうちに実験は終了する。ならば彼女がやろうとしている謀反を先延ばしにすることで、彼女自身が暗部に身を落としてしまう事を回避できないだろうか。
「先延ばし?」
「そう、先延ばし。ほら、関わってるプロジェクト? だったか。その方針が変わるかもしれないし。もう少し様子を見てさ」
「……心配してくれるのはとても嬉しいわ。でももう決めた事なの」
予想通りというかなんというか。聞く気はないという所か。
「そんなこと言わずに、あと1ヶ月、いや1週間でもいいから……」
「……その言葉だけでも、今日貴方に会いに来た甲斐があったわ」
そう言って、布束は背を向けて歩き出した。もう誰の話も聞く気はない。揺るぎない信念で、彼女は破滅の道を歩む事を決めてしまっている。
ここで彼女を引き止めなければ、彼女は学園都市の闇に身を落とす事になる。
彼女がその後どういう経緯を経て、あの
だがそれは、彼女自身が望んだ事ではないのは確かだ。
……いや、そうじゃない。彼女が可哀相だから、ではない。彼女が理不尽な目に遭うから、でもない。
俺が、『木原統一』が布束砥信に不幸な目に遭って欲しくないのだ。
何故かはわからない。『木原統一』にとっての彼女が、どんな存在だと言うのか。昨日会ったばかりの人物に、俺は何を考えているのだろうか。
心の中から湧き出てくる、この奇妙な感情のズレはなんだ?
「…………
その言葉に、彼女は歩みを止めた。
彼女を止める言葉は、これしか思いつかなかった。
「……そう。知っていたのね。道理で貴方らしくないと思ったわ。regrettable、台無しだわ、色々と」
こちらに向き直った彼女の顔は、怒りや悲しみが織り交ぜられたような表情をしていた。
「妹達はもうセキュリティが一新されてる。擬似感情のインストールも弾かれる事になるはずだ」
怒られても構わない。嫌われたっていい。伝えるべき事は伝えたい。
「実験の事も、私のやろうとしてることもお見通しなのね。どうやって突き止めたかは知らないけど、大したものだわ……もしかして、昨日のは会いに来てくれてたのかしら」
彼女は冷ややかにそう告げた。その言葉にもう感情はない。
先ほどまでの優しい眼差しは消え、その目には冷たく光るなにかが灯っている。
「貴方がどうやってその答えにたどり着いたかはわからない。でもそれを聞いて、私が諦めると思ったの?」
「……いや、そうじゃなくて……妹達の───」
「妹達について、私より貴方の方が詳しいとでも言うのかしら。既に、
それは明確な拒絶だった。木原統一は脱落者で、布束砥信は現役である、という事実をわざわざ示した上での拒絶。相手を傷つけてでも否定したいという意思の表れ。つまり布束砥信は、この上なく怒り狂っているのだ。
「……この道は私が決めたの。部外者にとやかく言われる筋合いは無いわ」
「……」
御坂美琴のクローンである妹達。彼女たちが人間なのか人形なのかだとか、そんな議論をする気は毛頭ない。それは呼称や認識の問題であって、命の重さなんてどの人間から見るかでその価値が変わってしまうモノだからだ。
布束砥信が、妹達を人間として見ている事は知っている。だけど、たったそれだけの理由でここまでするだろうか。上条当麻と呼ばれるヒーローなら、そうするかもしれない。だがアレは特殊なケースだ。普通の人間はそうじゃない。自分の身を省みずに他人を救える人なんてそうはいやしない。つまりは、布束にとって妹達とは、他人以上の価値を持っているなにか、という事になる。
「貴方が計画に関わっているとは思えないし。これ以上首を突っ込むのは止めなさい。
「……アンタにとって、妹達ってなんなんだ?」
命を賭けてまで、何故彼女たちを助けたいのか。布束砥信から見て、彼女たちの価値は例えるならば何と等価なのか。
「……well、改めて聞かれると答えに困るわね。例えるなら───」
布束砥信の、妹達への想い。その言葉を聞いた俺は、彼女の事を止めるのを諦めた。
今の彼女の気持ちを止める言葉を、俺は知らない。
土御門舞夏「見てはいけないモノを見てしまった……兄貴に教えてやろう」
青髪ピアス「なんかごっついモン見てしまったわ……木原君も青春しとるんやねー」←バイトで着ぐるみゲコ太の中
黄泉川「アレも青春じゃんよ……少年」←パトロール中