とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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禁書っぽさ(哲学)

ツッコミ所が満載だったりします。



036 その意味を刻むなら 『?月?日』 Ⅵ

 互いに拳が交差し、原子崩し(メルトダウナー)の閃光が男の右手に弾かれる。蹴る殴るはもちろんの事、肘も膝も頭突きも試し尽くした。目潰しや金的などの反則技もことごとく避けられる。

 麦野沈利と上条当麻。互いに格闘での戦いは不得手ではなかった。女性である麦野でも、上条の力には負けていない。上条の執念は大したものだが、麦野の怒りも相当なものだ。

 二人の戦いは一見して互角だった。だがしかし、戦いが進むにつれその均衡は大きく揺らいでしまっていた。

 

「いい加減……潰れろゴラァ!」

 

「……ッ!」

 

 麦野の大振りな連続攻撃に、上条当麻は避けることしか出来ない。全体重を乗せた拳に蹴り。食らえば後退を余儀なくされ、下がったところにすかさず原子崩しが飛んでくるであろうそのコンビネーション。戦闘開始時にはまさしくその戦術を実行され、反撃のためにはこの攻撃の最中に手を出さなければならなかった。

 だが今は違う。後退せずとも、この攻撃は避けられる。そう上条は確信していた。

 

 それは経験の差だった。殴り殴られながら喧嘩を続ける持久力。自分より強い相手と戦い続け、活路を見出す戦い方。『知識』として、頭ではなく身体に刻み込まれている経験値。『上条当麻』のこれまでの人生がどれほど過酷だったのか。今の『上条当麻』には知る由もない。

 対するは、あらゆる敵をその閃光で殲滅し、万が一接近されてもその怪力で全てをなぎ倒してきた女。格闘戦をするにしても、その時間はほんの一瞬。闇に身を置く彼女は、余計な時間も情けもかけない。『アイテム』として行動する以上、単独戦且つ格闘戦など殆どないのだ。まして『殴り合い』の経験が、超能力者(レベル5)麦野沈利(彼女)にあるはずがない。

 

 自らより上の敵と戦ってきた上条当麻。

 下の者を屠ってきた麦野沈利。

 

 彼らの明確な差は、『殴り合い(ガキの喧嘩)』に携わってきたか否か──────

 

 足が鉛のように重い。渾身の力を込めた腕の反動に、自分の身体が振り回される。スタミナ切れ、というよりは身体のダメージの影響が大きい。ここまで人に殴られ続けたなんて屈辱的な事があっただろうか。

 ……ありえない。学園都市の超能力者の第4位である自分を、1対1でここまで追い込む存在。正面突破を敢行してきた、いままででぶっちぎりの馬鹿野郎。それが裏ではなく表の住人だと言うのだから、まったくもってふざけてやがる。

 表の住人(こんな奴)に負けるわけにはいかない。そんな気持ちが、麦野沈利の最後の意地が、彼女を奮い立たせている。

 

 ガクリ、と麦野の膝が落ちる。ダメージが足に来ているようだ。体勢を崩した所へ、目の前の男の拳が来る、と考えた麦野はとっさに腕を前にかざして身体を守る……が、一向に攻撃が来る気配はない。

 

「テメェ、どこまで人を舐め腐ってんだクソがッ!!」

 

 上条当麻は何もしない。ただ麦野を見下ろしていた。

 

「お前の負けだ」

 

 ポツリ、と上条当麻は呟く。その瞬間に原子崩し(メルトダウナー)の閃光が煌き、幻想殺し(イマジンブレイカー)がそれをかき消す。

 

「つけ上がってんじゃねえぞクソ野郎!! 負けてねえよ。負けてなんざいられねえんだよォォォ!! テメェみてえな表の猿に、超能力者(レベル5)の私が。第4位の原子崩し(メルトダウナー)様が負けていいはずがねぇだろうがよォォォォ!!」

 

 半ば、自分に言い聞かせるように。麦野沈利は吼えた。足を震わせながらゆっくりと立ち上がる彼女だったが、その闘志は未だ衰えていない。

 

「……表だとか裏だとか。超能力者だとか第4位だとか」

 

 上条当麻にとって、そんな事は重要じゃない。

 

そんな事( 、 、 、 、)はどうでもいい( 、 、 、 、 、 、 、)

 

 本質的に話が噛み合ってない、と麦野沈利は感じた。

 

「俺は木原(友達)を諦めない。お前たちがアイツを狙うなら、俺は何度でも戦ってやる」

 

 ……いや、こいつは表の人間だ。金と打算で動く、クソッタレな裏とは違う。聞いただけで鳥肌が立ってしまい、思わず吐き気を催すような義理と人情で溢れた世界の住人。そんな奴が、この私に、

 やめろ。そんな理屈を、

 

(テメェ)の理屈を、()の世界に持ち込んでんじゃねェッ!!」

 

 麦野の身体に力が戻る。3本の閃光を放つと同時に、麦野は少年へと殴りかかった。

 上条は身体を伏せて、その閃光をやり過ごす。原子崩しを放てば、目の前の男はその防御に右手を使うと思った。その当ては外れたが、もう自分の拳を止めることは出来ない。

 

「……こっちのセリフだ」

 

 小声で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 麦野の拳は当たらない。その拳に合わせる様に、上条当麻は自らの拳を握り締める。そして、二人の腕が交差した。

 

 直後に、衝突があった。おおよそ、人の頭と拳が奏でるような音ではない、その鈍い音と共に。麦野沈利は、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 絹旗最愛という人物の印象は、『とある魔術の禁書目録』で言うならば二面性を持つ人物、という言葉に尽きる。裏の仕事はきちんとこなしながら、麦野やフレンダ並に狂ってはおらず、冷酷な一面もお茶目な一面も併せ持つ。と言うのが木原統一の見解である。

 『とある科学の超電磁砲』の視点で言えばクールな人物、という印象がある。まぁこちらの場合、出番が単純に少ないのでなんとも言えないのだが。

 

 前者の印象が、浜面の登場による心境の変化か。はたまた大人の事情かはさておいて。この戦闘下において、特筆すべき点はただ一つ。

 『アイテム』において彼女は、戦闘時において最も冷静である。という事だ。

 

「どうしたんですか、先ほどから行動が超ワンパターンになってますが」

 

「ッ、そりゃそうだろッ!」

 

 詠唱アリの炎剣を振るが、彼女には当たらない。軌道を見切られ、避けられてしまうのだ。もちろんその回避は完全とはいかず、要所要所で身体を掠めてはいる。だが窒素装甲(オフェンスアーマー)を意図的に操作しているのか、刀身が掠めたくらいでは服が焦げる事すらない。

 当然だが、俺が絹旗に接近して得する事は何一つない。逆に言えば、絹旗は俺に接近しようと迫ってくる構図となり、こちらがバックステップを取りながら応戦する形となる。

 

「あまり距離を置きすぎると……超こうなりますよ?」

 

 そしてこれだ。くるりと反転し、絹旗は「上条と麦野の元へ向かうぞ」という素振りを見せる。この時ばかりは俺が追いかけるしかなく、絹旗の足を止めるには強引な攻めが要求される。この流れを繰り返す事で、俺は何度も彼女に捕らえられそうになるのだ。

 

「超つまンねェ戦法ですが、アナタにはこれが一番有効みたいですね」

 

 上条たちがいる方をどうにか背にして、もう何度目かの攻防を終えた。素の力で劣ってるとは考えられない。どうにも駆け引きで彼女に大きく負けている気がする。

 

「あっちの炎の奴は来させないんですか?」

 

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の事だ。たしかにアレを呼べばもしかすると……という期待はある。だが目の前のコイツは、どうにもそれを期待しているような節があるように感じられるのだ。

 『魔女狩りの王』を呼べば倒せるかもしれない。だがそうしてしまったら最後、絹旗を止めるための最終防衛ラインがなくなってしまうという事でもある。万が一にでも上条の下へコイツを行かせる気はない。

 

「……その気は、ねえよ」

 

 息が上がってきた。腕を振り回しながら後ろに下がったり前に走ったりと忙しい。対する絹旗は余裕そうな表情だ。急がなきゃならない俺と、ぶっちゃけどうでもいいと考えている絹旗の差か……いや、現実を見よう。鍛え方が足りねえんだな。

 

 俺の答えを聞いた絹旗は唐突に、後ろに下がり始めた。距離を取って何をするつもりだ?5m、10mと間を空けて、そこに棒立ちになる彼女。

 この距離なら、詠唱をして炎を投げつける事も出来る。というより、先ほどから絶妙な距離を維持されていたがために詠唱が出来なかったのだ。彼女だって、そんな炎による攻撃を意識しての立ち回りだったのだろう。それがここに来て何故?

 

「私はフレンダほどストックはもってねぇんですがね」

 

 絹旗は懐から何かを取り出した。おい、待て。たしかにお前は原作でそれを持ってたが───

 

「全部で3つですか。それでも、あの技を引き出すには十分ですかね」

 

 携帯型対戦車ミサイル。フレンダが使っていた遠距離武装のアレだ。

 シュポン、というシャンパンを開ける様な音が鳴り、黒いソレは山なりに、それぞれ独特の軌道を描いてこちらへと迫る。当然、こいつらを撃ち落すにはあの術式を使うしかない。

 

我が剣は王のために(S F T K)!」

 

 莫大な熱量が右手の剣へと注ぎ込まれ、巨大化した剣の一振りは、3機のミサイルを余さず切り落とす。

 ドドン! という爆音が鳴り響く。腹の底に響き、鼓膜にかなりの振動が伝わってくるが、フレンダのせいでもう慣れてしまったので気にするようなものでもない。前方に煙が立ちこめているせいで、絹旗の姿が見えない。……いや、それよりも。新たに炎剣を生成したほうが───

 

 と考えていた矢先の出来事だった。ババンッ! という爆発のような音を、木原統一は聞いた。

 足が言う事を聞かない。膝に力が入らず、視線がゆっくりと落下する。そしてその身が倒れる直前に、煙の中からぬっと腕が伸び、木原統一の首を鷲掴みにした。

 

「切り札はこういう時に使うもんです。手札を超見せ過ぎましたね」

 

 左手で統一の首を掴み、右手には拳銃が握られている。……おいおい、ここに来てそれはねぇだろ。

 

「どうせ向こうの男は、麦野が勢い余って超殺っちまうでしょう。よって情報源が超欲しいなら、貴方を鹵獲しようとするのは超当然です」

 

 焼け付くような痛みの正体である銃弾は、きっちり両膝に撃ち込まれていた。ミサイルを利用してこちらの炎剣を消費させ、至近距離で安全に狙いを定めて拳銃を使う。……作戦としてはシンプルだが、こうも容易く……

 

「ここまで近づいちまえば超コッチのもんです。あの炎の巨人(デカブツ)を呼ばれたって、貴方を盾にしちまえば超問題ありません」

 

 凄まじい力で首を絞められている。息がまったく出来ない。言葉を捻り出して、詠唱する事も───

 

「能力を発動、あるいは強化に特定の言葉(ワード)を発する必要がある能力者はごまんといます。そんな奴らの対処方は唯一つ。喉を潰す事です。こんな風に」

 

 きりきりと首が絞められる。意識が、遠くなって……

 

「もう先ほどまでの火力は出せません。そして私の窒素装甲(オフェンスアーマー)は、あの火力でなければ突破できない。詰みで、す……?」

 

 勝利を確信した絹旗の口から、血がボタボタとこぼれ出す。木原統一の、正真正銘最後の奥の手。能力者が使う魔術の副作用を利用した術式。それがいま、使用条件を満たしたのだ。

 もし絹旗が瞬時に木原統一の首を握り潰していた場合、術式を発動する暇もなく木原は絶命していただろう。対象を捕獲するという、殺すよりも1段階上の目的を持ったがために、この術式は使用条件を満たす事が出来た。

 

 だがしかし、絹旗最愛は止まらない。

 

「……何をしたかはわかりませんが、超無駄です。放しませんよ」

 

(なん、だと……!?)

 

 たしかに術式は発動した。だが目の前の女は、その手を緩める気配はない。口の端から血を滲ませながらも、絹旗最愛の動揺は少ない。こんな状況でも、彼女は冷静だとでも言うのか。

 

(魔術による副作用……そのダメージには重い場合と軽い場合がある。今回は軽い症状だったって事か!?)

 

 血管の損傷という、部位によっては洒落にならないダメージを与える攻撃。だが逆を言えば、まったく問題ない場合も存在する。……そうだった。この術式の開発元であるグレムリンだって、能力者を倒す目的でこの魔術を作りはしたが、とどめを刺すための術式では決してない。あくまでも牽制。次の手があってこその攻撃。運の要素が絡むような攻撃を、最後の一撃に持ってくる奴がどうかしている───

 

 2回目を発動する時間は既にない。畜、生……

 

 

「お、おォォォォォォォォ!!!!」

 

「な……ッ!!?」

 

 意識を失いかけたその時、俺が聞いたのは上条当麻の咆哮。そして、絹旗最愛の顔面に右ストレートが突き刺さる、その瞬間が目に入った。

 『アイテム』最年少である彼女に、上条当麻の全力ダッシュからの右が直撃した結果は明白だった。交通事故の被害者のような格好で、絹旗最愛は遥か彼方へと吹っ飛んでいった。

 

「がはっ……げほっ」

 

 絹旗の手が離れた事により、肺に酸素を入れることが出来る。図らずも絹旗は、俺の能力である肉体再生(オートリバース)の弱点を突いてきた。これまであらゆる怪我を回復してきたこの能力だが、失った意識だけは回復する事はできない……いや、弱点とは言っても普通の人間はそうなのだが。とにかく、死ににくい俺にとっての有効打は「意識を失わせること」。今のはマジで危なかった。上条が来てくれなかったら俺は……

 ちらり、と先ほどまで麦野と上条が戦っていた方を見る。麦野が倒れているのを見る限りでは、上条が勝ったようだ。そしてそのままここへ走りこんで来たと。絹旗は避ける素振りを見せなかったのは、俺の魔術が効いていたからか? それとも窒素装甲(オフェンスアーマー)に頼ったのだろうか。どちらにしろ、拳銃を持っている絹旗が上条に反応しなくて本当によかった。

 

「た、助かった……かみじょ───

 

 バゴン! という轟音が頭の中で響く。礼を言いかけた俺の顔面に、上条当麻の右手が飛んできたのだ。膝を突き四つん這いの状態だった俺はその衝撃に身を任せてごろごろと地面を転がるしかない。足が銃で撃ち抜かれてるせいもあって、なかなか止まれなかった。

 

「い……てぇ、なオイ! 俺、怪我人!! なにしてんだテメェ!」

 

 何で殴られたの俺。偽者かなんかと疑われてるのか?

 

「病院。抜け出したって聞いたぞ」

 

 そんな上条の声を聞き、俺はぴたりと動きを止めた。

 

「まだ動ける状態じゃなかったのに無理矢理抜け出して、()()何かしようとしてるって。御坂妹も、カエルの先生も。心配してたんだぞ」

 

「ミサカ、妹?」

 

 病院を抜け出した話を、ミサカ10032号から聞く? どういう事だ?

 

「……もしかして、車椅子に乗ってる……?」

 

「……ああ」

 

 ということはミサカ9982号か。……まぁ上条から見たら同じにしか見えないだろう。『御坂妹』という名称は今回、9982号に付けられてしまったのか……? という事は、この場所も9982号から? いや、完全な部外者にそんな事を教えるはずもない ……それよりも。

 

「……」

 

 無言の上条。これは、いくら鈍い俺でもわかる。

 ド怒りだ。あの温厚な上条当麻がブチ切れてやがる。

 

「その、あれだ。止むに止まれぬ事情ってもんがあってだな……」

 

「……」

 

「話すと長くなるし、それに俺にはまだやる事が残ってる」

 

「……」

 

「……ごめん。でも、大事な事なんだ」

 

 上条当麻は何も言わない。握られた拳はそのまま、その眼差しはこちらを向いたまま。……もし上条が9982号からここの場所を聞き出したと仮定して、それでこの場所に辿り着いたのなら。上条はこの先の、実験の事を知らないはずだ。御坂の部屋の実験レポートも見てないはず……御坂? そうだ御坂だ。最後に雷鳴が鳴ってから、もう何分たった!? まずい、急がねえと……ッ

 

「……ざっけんなよテメェ。俺が聞きたいのはそんなふざけたセリフじゃねえんだよ」

 

 立ち上がろうとする俺を押し留めるように、上条は言い放つ。

 

「インデックスも、姫神も、小萌先生だって。みんなお前を心配してた。だけどそれは、謝って欲しいからなんかじゃねえ。そんなつまんねぇセリフを聞くために、俺がここまで走ってきたと本気で思ってんのか」

 

 もう肉体再生で、銃弾を受けた箇所は治っている。立ち上がれるはず……なのだが、足に力が入らない。何故だ?

 

「大怪我で入院して、そしてそこから抜け出してまでテメェがやりたい事ってなんだよ!! 殺しのプロだかなんだかに狙われて、そこまでされて止まれない理由なんて一人で抱え込んでんじゃねえ!!」

 

 両膝に激痛が走る。これは……銃弾が、抜けてない? しかもこの感覚は単発じゃなく複数だ。足の中で銃弾が弾けてるのか? ……待てよ、絹旗の使ってる銃の弾はたしか、着弾と同時に砕け散る『粉砕式弾頭』とかいう代物だった記憶が……

 

「言えよ!! テメェの抱えてる、どうしようもねえ事情ってやつを!!」

 

「言えるわけねえだろうがッ!!」

 

 我慢の限界が来てしまった。よりにもよって、命を張って助けに来てくれた友人に向かって、怒鳴り散らしてしまった。

 

「……上条(お前)に相談しようかどうかなんて、真っ先に考えたさ……」

 

 最初に一方通行(アクセラレータ)に挑もうと決めた時。俺ではなく上条が行けば、全部丸く収まりそうな事くらいは考えた。

 病院を抜け出したとき、上条を呼べばいいのではないかとも思った。

 

 だけど結論としては……言えるはずがない。これが答えだった。

 

「お前とは何も関係ない。面識も接点もない人間を助けてくれなんて、そんな都合のいい事言えるかよ……ッ」

 

 9982号と布束砥信。この二人と上条当麻に、接点なんてあるはずがない。ミサカ10032号とだって、上条と会えたのかどうかわからない。そこを都合よく捻じ曲げて、口八丁で上条を誘導して、一方通行にぶつけちまえなんて事は何度も思った。きっと救ってくれる。上条当麻(ヒーロー)なら全部拾い上げてくれる。……()()()()()()な考えは常に頭の片隅にあった。

 

「そんな無関係な事で、友達に命を賭けてくれなんて……言えるはずねぇだろうが……」

 

 俺を心配して、死にかけるまで戦ってくれた木原数多を助ける時。俺はこの世界で、きちんと生きていく覚悟を決めた。

 土御門に銃を向けられた時。俺はこいつらのような善人の味方でいたいと、心の底から思った。

 アウレオルスが自ら死を選んだ時。死ぬはずのない人が死んだという事実に、俺はひどく動揺した。

 祈りを捧げているインデックスを見た時。その祈りが、上条当麻へのモノにならないようにと考えた。

 

 世界に絶望していた少女を助けたいと願った。

 世界を夢見るクローンを助けたいと走った。

 

 この世界に生きるなら、自分の願いは自分の力で叶えるべきだ。善人の味方でいたいなら、誰でもない自らの命を賭けるしかない。この世界に絶対なんてない。万が一上条当麻が死んでしまったら、俺はあのシスターに顔向けできない。

 

 友達を、死ぬかもしれないような話に巻き込めるはずがない。自らの欲を満たすために、人を駒のように扱う奴は『人間』じゃない。

 

「……なぁ上条、俺は……間違ってるのか?」

 

 友達を巻き込みたくないという想い。誰かを助けたいという心。その感情の結果の行動だ。それが間違ってるはずが……

 

「……ああ、間違ってる」

 

 上条の怒りが霧散していくのがわかる。だけどその言葉には、強い決意が感じられた。

 

「お前がここまで傷ついてる時点で、俺に無関係なはずがねえだろうが」

 

 一部の迷いもなく。上条当麻はそう言った。滅茶苦茶だ。理論の理の字もありゃしねえ。……当然か。こいつは最初から理論なんぞで動いてない。『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』 という言葉は、なんと的を射ている言葉だろうか。

 もはや選択の余地はない。もう足は動かないし、一刻も早く御坂の元へ向かう必要がある。だからここは上条に行ってもらうのが正解……なんて考えが、頭になかったとは言わない。……だがそれ以上に、上条当麻から差し伸べられた救いの手を、俺は掴まずにはいられなかった。

 早口で、この先に何が待っているのか。誰が戦っているのかを告げる。最後に、この言葉を添えて。

 

「……頼む」

 

 その一言だけで、上条当麻(ヒーロー)は再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……オイオイ、どうしてくれンだァ? テメェの姉妹ごっこに、このクローンまで乗っかっちまったじゃねェか」

 

 わざとらしく、大げさに。その動揺を表に出さないように、一方通行は言葉を紡ぐ。

 

「もしかして、もしかするとよォ。"自分の命と引き換えにしてでも"みてェな事考えてンのかァ? お前。なに勘違いしてンのか知らねえが、テメェみたいな人形の命じゃ足りねェンだよ」

 

 その思い違いを正すために。役割を履き違えた、誤動作を起こしたであろう人形に。

 

「0になに掛けても0だろうが……人形が何人束になろうが、そこの女の命には届かねェ。テメェの命なンぞに価値はねェ。クソ以下の存在が、人様の命助けようなンてよォ。いつからそんなに偉くなったンだァ?」

 

 人形の命に、価値はない。故に、いくら潰しても問題はないし、それを躊躇する必要はない。それが一方通行の認識だ。その気持ちに嘘偽りはない。

 ……では何故、自分はいま動揺しているのだろうか。目の前にいる、オリジナルと自分との間に立ち塞がるこの人形を見て、何故驚いたのか。戦力差は埋まらない。自分が学園都市最強である事に変わりはない。ここに、一方通行を脅かすものなどないというのに。

 

「……価値ならあります、とミサカは反論します」

 

「あ?」

 

「ミサカの命にも、価値はあります」

 

 小さくもはっきりとした声で。ミサカ10032号は告げた。意思表示、と言うには控えめ過ぎるその言葉は、たしかに一方通行の聴覚へと届いた。

 一方通行の喉が干上がる。説明の出来ない感情が胸の内から徐々に広がっていく。この感情はなんなのか。

 

「ねェよ、バカかテメェは。ボタン一つで生産できる乱造品に、価値なンざあるわけねェだろうが……あァ、生産コストの話かァ?」

 

 単価にして18万円だったなァと、一方通行は嘲るように笑う。

 

「違います、とミサカは貴方の認識を改めるように要求します」

 

「……要求、ねェ……気に入らねェなァ。じゃなンなンですかー? 俺にただ潰されるだけの存在が、どンな価値があるってンだ、あァ!?」

 

 ここまでこの人形にイラつかせられるのは初めてだ。淡々とした口調で、事務的な会話しかしてこなかった人形だが、それが普通に喋りだした途端にコレである。だったらいっその事喋らない方がマシというものだ。

 

「……ミサカは、子猫を助けました」

 

「……はァ?」

 

 もしかしたら、目の前の妹達(シスターズ)の個体はどこかおかしくなっているのではないか、という可能性を、一方通行は本気で考えた。

 

「捨て猫です。ダンボールの中で鳴いていた子猫を発見し、近くを通りかかった少年を説得して保護させました。とミサカは報告します」

 

 名前はイヌです、というセリフを聞いて、一方通行は頭を抱えた。コイツは完全にイカれてやがる。もしかしたら先ほどの戦闘で頭でも打ったのかもしれない。地形を変えるほどの、学園都市の超能力者(レベル5)同士の戦い。もしかしたらその余波が、この人形の頭にダメージを与えたのではないか、と。

 

「ミサカはあの子猫に、生きて欲しいと願っています」

 

「……チッ、言語中枢がイカれてンのか? 話がまったく見えねェンだが───

 

「だからミサカにとってあの子猫には、価値があります。とミサカは断言します」

 

 その一言で、一方通行の動きが止まった。

 

「これまで死んでいったミサカ達には、価値がなかったのかもしれません。それはミサカ達を大事に思ってくれる存在がいなかったからではないか、とミサカはミサカ9982号の言葉を代弁します」

 

 第7学区の病院で、カエルの缶バッジを大事そうに握り締める少女がいた。100人が見て100人が「価値のない」と判断するそのバッジは、少女にとってはなによりの宝物なのだ。

 それは、ガサツで、短気で喧嘩早くて、好きなものを好きと言えない不器用な人。ミサカ達のために命まで投げ出そうと考えた、困った姉からの初めての贈り物。誰でもないその少女だけが、その贈り物の価値を知っている。

 この世界の誰よりも、御坂美琴の事を案じている彼女。ミサカ10032号の口から出たのは、そんな彼女の祈りだった。そしてその想いは、ミサカネットワークを通じて全てのミサカに伝わっていく。

 

「ですがもう、ミサカ達にはお姉さまがいます。あの子猫と同じく、その命を大事にしてくれる人がいるのです」

 

 たった一人でもいい。その価値を見出した人がいてくれるなら、もうそれは無価値じゃない。

 

「なのでミサカは立ち塞がります。ミサカ達を認めてくれるお姉さまのために、この命を使いたいのです」

 

 価値があるなら、それを与えてくれた人のために使いたい。

 

「この命に換えても、ミサカはお姉さまを守ります」

 

「……それじゃ、意味ないじゃない」

 

 紫電を走らせ、動かない身体を無理矢理動かしてでも立ち上がろうとする者がいる。あらゆる手は尽くした。ここで立ち上がっても無意味かもしれない。だとしても、ここまで言われて黙って寝てるなんて事は、彼女には出来ない。

 

「『命に換えても』なんて、馬鹿なこと言わないで。私はアンタ達に、生きてもらうためにここに来たんだから……ッ!」

 

 本当は、自分が命に換えても彼女達を救おうとしていた。だがそれはいつの間にか、逆転していたようだ。姉としてはこんなにも情けなく、こんなにも嬉しい事はない。

 ふらつく足に力を込めて、妹の肩に手を置き正面の敵を見据える。絶対に勝てない。勝機はないだろうが、それでもいい。どんな手を使ってでも、妹だけは殺させない。

 

 

 

 "誰かに認めてもらう事"が、その人の価値だとするならば、誰からも認めてもらえない者に、価値はあるのか。その能力にしか存在価値を見出してもらえない、名前すら失った彼自身の価値は、一体何処にあるのか。

 ミサカ10032号は気づいていない。彼女達が到達した一つの答え。それは自らの存在を主張すると同時に、一方通行の価値を全否定するという事に。

 

 故に、

 

「……ふ、ざけンなよ、オイ」

 

 一方通行は受け入れない。受け入れられない。心の中に渦巻く感情との折り合いなんて必要ない。最強から無敵へ。絶対的な存在になれば、もうそんな事はどうでもいい。人と向き合うなんて事は、()()()()()()()考える必要はどこにもない。

 目の前のクソ二人を潰す。そうしなければ、この胸に沸いてくる感情に今すぐにでも押し潰される。

 これを認めてしまえば、今まで築いてきた屍の山の意味が変わる。

 

「……ふざけてンじゃねェぞ、三下がァ!!」

 

 足にベクトルを集中させ、目の前の二人に突っ込む。御坂美琴の電撃が一方通行に放たれるが、そんなモノはなんの意味も成さなかった。

 御坂がミサカ10032号を庇うように前に出た。一方通行の腕が眼前に迫る。それに触れたら最後、身体はズタズタに引き裂かれ、自分は死ぬ。そんな事はわかっている。でもこれが、姉が出来る最後の抵抗。

 その腕が振るわれる瞬間、御坂美琴は目を閉じた。

 

 暗闇の中で、ぐしゃり、と何かが潰れる音を御坂美琴はたしかに聞いた。

 

「……間に合った」

 

 はっとして目を開けると、そこには見慣れた後姿があった。

 幾度となく挑み、そして勝てなかった。逃げ続けるその背中を追って、夜を明かしたこともある。いつも自分をお子様扱いする、ムカつくその背中。

 

「大丈夫か、ビリビリ」

 

 御坂美琴を思ってくれる存在が、ミサカ10032号の価値を認めてくれる者が、ここにもいた。

 

 




 
 
 
 

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