とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 泥臭さがないと物足りない症候群。
 
 
 予約投稿が機能してないだと……?(間違えてプレビューを押した可能性)

 



037 救いの手を 『?月?日』 Ⅶ

 人形、と研究者達は呼んでいた。素材が人に似通っただけの、薬品とたんぱく質で合成された実験動物だと。

 その実験動物自身も、その事実を肯定していた。作り物の身体に、作り物の心。消費されるためだけに生まれた模造品だと、そう言っていた。

 俺自身も、その通りだと思った。当事者全員がそうだと言うのだから、これで何も問題はねェはずだ。

 なのに、なンだってンだ。

 

『その子は、私の妹』

 

 姉妹ごっこを始めるバカに

 

『この命に換えても、ミサカはお姉さまを守ります』

 

 それに応える人形。

 

『正しい答えなんざねぇんだよ。少なくとも妹達の先生役は、彼女たちを人形だなんて思ってねぇぞ』

 

 ……あァ、そンなクソみてェなセリフを吐いて死ンだヤツもいたな。

 

 まったく無関係なヤツが、あの人形共の命を主張し始める。あんな無価値なもンに命を賭けるバカがいる。こちとら1万人くれェぶっ潰した後だっつうの。……今さら引き返せるわけがねェだろォが。

 ……潰す。俺の目の前に立ち塞がるヤツは、片っ端から踏み潰す。最強のその先、絶対能力(レベル6)。そこに到達すれば……到達すれば……?

 

 ……そうすれば、もう一度……

 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉を聞いて、上条は実験場へと走っていった。既に麦野との戦闘でボロボロであろうその身体にムチを打ち、その真っ直ぐな瞳に怒りを燃やして。

 ……アイツ、そのままあの勢いで御坂美琴まで殴りつけないよな? さっきはぶん殴られてもしかたないと思ったのだが、よくよく考えてみると俺が黙って消えたこと、そして麦野との戦闘で上条がハイになってたのが、俺が殴られた原因な気もする。今回俺がやった事って、この先上条当麻がちょくちょくやらかしていくことだと思うのだがどうだろうか?

 

 未だ足は動かない。肉体再生(オートリバース)自体は正常稼働中なのだが、粉々になった銃弾の破片がどうにも致命的な位置にあるらしい。動かそうとしても痛みが走り、膝が痙攣するだけだ。歯車の間になにかが挟まっている状態、と言えばわかりやすいだろうか。

 ……今は、どう考えても上条当麻や御坂たちの心配をするべき状況なのだが。よく考えると俺のこの状況も非常にまずい。え? なにがまずいって?

 

「じー……」

 

「……」

 

 滝壺理后。ピンクジャージの電波少女と絶賛睨めっこ中である。建物の角から顔を出して、こちらの様子を窺っているのだ。いつ攻撃が来ても逃れられるように、という工夫だろう。別にこれだけなら問題ではない。万が一銃を構えてきたら応戦するだけだ。彼女との距離はそこそこ空いている。一撃で頭を撃ち抜かれない限りは大丈夫だろう。

 問題は、この一帯で倒れている3人である。麦野、絹旗、フレンダ。この3人のうち誰か一人でも起きたら俺はジ・エンドなのだ。気絶した3人の女の子の真ん中で、撃ち抜かれた膝を抱えながら滝壺と睨めっこをしている状況は非情にシュールだ。第3者の目線だったら笑うとこなのだが、当事者の俺はまったく笑えない。

 

「殺さないの?」

 

 不意に、滝壺が声をかけてきた。

 

「誰を?」

 

「……麦野たち」

 

 もちろんその選択肢はある。起きる前に皆殺し作戦。散々殺されかけた後なのだ、道理としては問題はない。法律だったら過剰防衛かもしれないが、事実としては正当防衛だ。だがしかし。

 

「いや、その気はない」

 

 やはり殺すなんて物騒な択を俺は取れない。ヘタレ? ああそうだろう。フェミニスト? ……いや、それは違うと思う。流石に性別は関係ない。これがステイルだったりしたら、嫌がらせで顔に落書きくらいはするかもしれないが。

 

「人なんて殺したこともない。俺は君達とは違って、まだ表の人間だからね」

 

 裏か表なら、表。そして上条当麻の味方でいたい。たったそれだけの理由である。バカみたいな話だが、俺は結構真剣だ。上条の味方と言っても、ステイルや土御門は人を殺す。つまりは殺したところで道を外れるわけではない。

 ……だがしかし、気絶した彼女達をここで燃やすのは何か違う気がするのだ。勝手に理由をつけて殺さずにいるだけで、本当は殺す覚悟がないだけなのでは? と言われたら否定はしない。それもあるだろう。保身、感情、覚悟。あらゆる要素が絡み合った結果として、彼女達を殺す気はない。これが結論である。

 

「……そう」

 

 それを聞いて、彼女は安心したようだ。俺は微塵も安心できないが。

 滝壺が安心した顔をした瞬間、ドサリという音と共に彼女は倒れこんだ。

 

「……は?」

 

「まったく、木原っちは甘いぜよ」

 

 滝壺がいた建物の陰から出てきたのはアロハグラサン、シスコン軍曹。土御門元春だった。どうやら滝壺を背後から殴って気絶させたらしい。Fallere825(背中刺す刃)とはよく言ったものだ。

 

「『アイテム』の下っ端共が、そろそろ回収に動こうとしていたからにゃー。監視網を潰しつつ、そっちは俺がやっといたぜい」

 

「……お、おう?」

 

 さらりととんでもない事を言ってないか? 暗部組織の下っ端って結構数がいるはずだが。それを一人で? 監視網も全部? 平然と言ってるが、それって凄い事だろ。そんな事して大丈夫か?

 のんびりとした歩幅でこちらにやってくる土御門。……あ、コイツ目が笑ってねえや。まいったな、やっぱりこうなるのか。

 

「さて、木原っち。……俺になにかいう事は?」

 

「……ごめん」

 

「あ゛!?」

 

「ごめんなさぁい!」

 

 なんだろう、悪い事した小学生みたいな声を出して、俺は今頭を下げている。気絶した4人の女の子の中心で、アロハグラサンに向かって土下座をしている。……シュールさに更に拍車がかかってる気がするな。なにか別のことで怒られているような、そんな錯覚さえしてしまう。

 

「……あれ? もしかして、上条がここに来たのって……」

 

 まさか、土御門が誘導してきたとか?

 

「俺がそんな事をすると思うか?」

 

「すいません、そうでした。ちょっと考えただけです」

 

 土下座続行。裏方として、日夜走り回っている土御門元春。目的遂行のために、表の人間を巻き込んだりは絶対にしない。今のは流石に無礼千万、というやつだろう。

 床を見つめているのに、土御門の視線を感じる。後頭部に穴が開くのではないか、と思うような鋭い視線だ。

 

「次はないぞ」

 

「……はい」

 

 どうやらお許しが出たようだ。次はないらしい。……どうしよう。

 

「カミやんは俺とは別口でここの場所を嗅ぎつけたようだにゃー。相変わらずの嗅覚というか。見てるこっちとしては肝が冷えるぜい」

 

 ……上条はどうやってここに辿り着いたのだろうか。病院でカエル先生とミサカ9982号に会った、というような話は聞いた。9982号からこの場所を聞き出せれば可能かもしれないが、そもそもなんで上条は病院に? 前提として俺の居場所をミサカが知っているなんて思いもしないだろうし……謎だ。

 

「上条はやっぱり上条か……」

 

「そういう事だにゃー」

 

 すごいデジャヴを感じる。前にもこんな事があったような気が……

 理屈もなく、そこに至るまでの過程も無視して悲劇のど真ん中に飛び込んでくる男。後から聞けば手品の種くらいはわかるのだろうが、種があるからと言って手品が出来るかどうかは別問題である。

 

「……さて、後はカミやんに任せて、俺達は撤収するぜよ」

 

「え?」

 

「"え?"じゃないぜよ。俺たちに出来る事はもうないですたい」

 

 言われてみればそうだ。たしかにその通りだ。

 だがしかし、今なお戦っているであろう上条当麻を置いて、ここを離れる? そんな事をしてもいいのだろうか。

 

「いや、土御門。まだ出来ることはあるんじゃないか? 向こうがどうなってるかはわかんないけど、御坂やミサカのクローンが大怪我とかしてるかもしれないし」

 

「人のことよりまず自分の怪我を心配するぜよ」

 

 ぐうの音も出ない。足をやられて動けない俺に、他人を心配する権利はないのかもしれない。

 

「ここから適当なとこまで木原っちをひきずって、そこから救急車が妥当かにゃー。監視網はもうないから、ゆっくりでも問題ないですたい」

 

「……」

 

「おい、木原っち? まーたなんか余計な事考えてるような顔つきだにゃー?」

 

 余計な事とは失礼な。こちとら覚悟を決めていたところだ。

 この世界に絶対はない。上条は死なない、なんて誰も言い切ることは出来ない。御坂美琴や妹達(シスターズ)ならなおさらそうだ。ならば俺は、最後まで全力を出し切ろう。最後まで見届ける義務が、俺にはある。

 

「上条のところへ行こう、土御門」

 

「ダメだ。俺は連れて行かないにゃー。ここで木原っちのわがままに付き合う気はないぜよ」

 

「じゃ、俺だけでも行くよ」

 

 怪訝そうな顔をしている土御門。だがその表情は次の俺のモーションで焦燥に変わった。

 

 両手から炎剣を出し、それを両足の膝に向ける。ぶった斬る気はない。穴をぶち開けるだけだ。散らばった破片の内、膝の動きを阻害している物だけを取り除く。理屈の上では、それで動くはずだ。

 恐怖はある。だけど、このまま上条たちが死んでしまうかもしれない、というのはもっと怖い。

 

 制止を求める土御門を振り切って、俺は腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

(な……ンだ? なにが起こった?)

 

 学園都市最強の能力者、一方通行は地面に寝転がって、空を見上げていた。雲の少ない、月がくっきりと見える綺麗な夜空だ。

 

(なンで俺はこンなところで寝転がってるンだ? ……俺はさっきまでなにをしようとしていた?)

 

 頭に受けた衝撃のせいで、直前の記憶が飛んでいるようだ。

 

(そうだ、あのクソ2匹をぶっ殺そうとして……)

 

 ゆっくりと身体を起こすと、未だにその二人が健在なのがわかる。それどころか、更にもう一人増えているようだ。ツンツン頭の少年が、なにかを喋っている。一方通行に対してではなく、側に居る女とだ。

 

(誰だ? ……もしかして、まだ増えるってのか?)

 

 冗談ではない。この一方通行の目標を邪魔する存在が、まだ増えると言うのか。クローンなんかに一喜一憂するバカはもうたくさんだ。鬱陶しくてしょうがない。

 まぁ何人増えても同じ事、と考えた一方通行はふと気づいた。

 

 顔の中央、鼻の部分に走る違和感。もはや嗅ぎ慣れた、血生臭い匂い。普段は感じる事などないこれは────

 

(痛、え? 痛み、だとッ……!?)

 

「なっ……なンだコリャああァッ!!?」

 

 顔に手を当てると、その手が真っ赤に染まる。誰の物でもない、自分の血だ。鼻血を大量に吹き出しているせいで、呼吸がし辛い。口の中に鉄の味が広がるせいで、酷く不快感を覚える。

 

(だ、打撲? この俺が、なにかに顔でもぶつけたってのか!?)

 

 ありえない。『反射』によってあらゆるベクトルを受け付けない一方通行にとって、それはありえないのだ。出血自体は、前回実験を妨害した手品師によって経験済みである。だが、アレはおそらく一方通行の認識の範囲外、計算式から外れた攻撃ではないか、という推測を一方通行自身は立てている。正真正銘"打撃による出血"なんて要因で、この身がダメージを負うなんて事は不可能だ。

 

(あの手品師と同系統の攻撃!? なンだ? なにをされたンだ? クソ、記憶がまったくはっきりしねェ!!)

 

 御坂とその妹による言葉にイラつかされ、頭に血が上った一方通行を襲った衝撃。そのダメージに、一方通行はパニック状態だった。

 

 

 

 

 

 

「アイツは俺が止める。お前達は早く逃げろ」

 

 上条当麻は背を向けながら、お決まりのセリフを告げた。傍から見ても、御坂美琴は重傷だ。常盤台中学の制服は元の色を留めていない上、右肩辺りはバッサリと千切れてしまっている。そこから露出した肌に色気なんてものは見出せず、出血によって酷い有様だ。

 

「いえ、貴方こそお姉さまを連れて逃げてください、とミサカはこの幸運に感謝しながらお願いします」

 

 怪訝そうな顔をする上条当麻に、ミサカ10032号は言葉を続ける。

 

「貴方よりも、ミサカ10032号の方が価値がありません。誰かを犠牲にしなくてはならないのなら、私の命を使うべきです、とミサカは説得します」

 

「……なに言ってやが「ミサカはクローンなのです、とミサカは自身の秘密を明かします」……ッ」

 

「貴方が病院で出会った車椅子のミサカは9982号です。貴方に子ネコを託したのは、このミサカです。ナンバリングの通り、ミサカにはあと1万人ほどの在庫がある、安い命なのです」

 

 眉をひそめ、上条当麻はその言葉を聞くことしか出来ない。ふと、先ほど親友から聞いた言葉が思い出される。

 

『御坂美琴が、自身の大切な者を守ろうと戦ってる。相手は学園都市最強の能力者、一方通行だ。……あらゆるベクトルを操作する能力者相手じゃ、御坂美琴には勝ち目がない』

 

 大切な者。それがクローンである彼女。

 

「今日この日のために、一方通行に殺されるためにミサカ達は生きてきました。お願いします、お姉さまを助けて下さい」

 

「なに言ってんのよ……そんな事、絶対に許さない」

 

 御坂美琴は言葉を荒げた。いまこの少年が、妹の願いを聞き入れてしまったら、自分は逆らえない。傷だらけの身体どころか、万全の状態でもこの少年には勝てないのだ。妹を置いてここから去るなんて事、絶対に出来ない。

 

「……御坂は俺が守る」

 

「なっ……」

 

「だけど俺は……御坂妹、お前の命も守ってやる」

 

 振り返らずに、その男は言い切った。

 学園都市最強の能力者から、彼女達を守ると、断言した。

 

「な、なにを言ってるのですか!? ミサカは、ミサカの命は」

 

 貴方達よりも、価値が無い。損得勘定ならば、自分が犠牲になるのがもっとも効率的である。と伝えようとしたが────

 

「黙ってろ」

 

 その訴えは上条当麻の怒りの声に押さえつけられた。

 

「クローンだろうがなんだろうが関係ねえ。俺にとってお前は、ビリビリの妹であることに変わりはねえんだよ。1万人の在庫? 殺されるために生きてきた? ふざけんじゃねぇ」

 

 小難しい事を考える必要はない。

 

「お前は世界に、たった一人しかいねぇだろうが! なんでそんな簡単な事がわからねえんだよ!」

 

 たった一人しかいないから、人は人を大切にするのだ。考えるまでもなく、それはミサカ自身が、身を以て自覚している事ではないのか。

 

 あのカエルのバッジだって、在庫はいくらでもあるはずなのに。

 手元にあるたった一つのモノに、価値を見出しているのは自分の分身ではないのか。

 

「今からお前らを助けてやる。……だから死ぬんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおッ!!」

 

 やっとの思いで立ち上がった一方通行の元へと、一人の男が咆哮を上げながら走ってくる。

 

(な、ンだコイツ!!?)

 

 例の手品師も、向こうにいるオリジナルとも違う。逃げ回りながら攻撃を仕掛けてくる奴らと違って、真っ向から突っ込んでくる存在。身の程知らずの無能力者共(スキルアウト)みたいな戦術を仕掛ける奴が、この場に存在するというありえない事実。

 戦術なんざいらないと、お前にはこれで十分だと。そんな、嘲笑にも似た行動に一方通行は────ぶち切れた。

 

「吼えてんじゃねェぞ、三下ァ!!」

 

 一方通行が大地を踏みしめた瞬間、ゴッ! という音とともに足元の砂利が砲弾のように射出された。

 

「ッ!!」

 

 防御なんて微塵も考えていなかった上条の身体を、礫の嵐が打ち付ける。大小様々な石が凄まじい速度で飛来した結果、上条の身体に打撲、擦り傷、切り傷が大量に出来上がる。

 顔だけはとっさにガードした上条だが、その衝撃で身体が吹っ飛ばされ、一方通行との距離が開いてしまった。

 

「寝てる暇なンかねェぞゴラァ!!」

 

 雑に地面をもう一度鳴らす。今度は一方通行の近くにあったレールが突然立ち上がった。硬度を確かめるような素振りでコツンと裏拳を当てると、ミサイルのように上条の下へと飛んでいく。

 

「ご、がッ!?」

 

 直撃すれば即死。辛うじて反応出来た上条だったが、そのレールはわき腹を掠めていった。

 掠める、なんて生易しい表現は似合わない。制服のシャツが赤く染まっていく。大質量のレールは一切の妥協を許さず、触れた部分の肉を削り落としていったのだ。

 

「……ハッ、なンだ。大したことねェなァ。さっきのはまぐれかなンかかァ?」

 

 炎を出してくるわけでも、電撃を発するわけでもない。というよりは、能力を出す気配そのものが感じられない。コイツは何しに来たんだ? という疑問を、一方通行は抱かずにはいられなかった。

 もしかすると、先ほどのダメージはコイツのせいではないのではないか? という推測を思い立ち、一方通行の心は多少落ち着いてきた。

 

(人形の言葉に頭に血が上って、俺自身の計算式が歪ンだのか? つまりは────)

 

 自爆、というより自滅。誰のせいでもない、自らの失態。年中無休、寝ている間でさえ狂った事のない『反射』を、あの瞬間だけ失敗してしまったのではないか、という可能性。

 

(マヌケ過ぎンぞクソが!!)

 

 無様な自分に、そしてその可能性に安堵してしまう自分に憤る。もしかしたら、あのオリジナルの奥の手か何か、とも考えた。あそこまでぼろぼろになってまで出さなかった理由はわからないが、最後の最後に反射を打ち破る何かを持ってきたのだとしたら大したクソ野郎だ。……だがしかし、あの時オリジナルは目をつぶってはいなかったか?

 

 それとも目の前に無様に転がってる馬鹿がなにかしたのか。……考えたくはない。こんな特攻を仕掛けてくる奴が、そんな隠し技を持っているとは考え辛い。だがあの瞬間から現れたのは事実……いや、もしかしたら一方通行が倒れたのを見て、出てきただけなのかもしれない。

 

 腹の立つ事に、自分自身が動揺して計算式を乱された、という可能性が一番高いように思える。そう何人も、一方通行の反射を打ち破れる人間がホイホイ出てくるのはおかしい。学園都市最強という言葉は、そんなに安い看板ではない。

 

 動揺? あのクローンの言葉で、この俺が? 計算式を乱される程に……?

 

(ふざけンなッ! ……ンな事ァ天地がひっくり返ってもありえねェ)

 

 一方通行が思考に耽っていると、ツンツン頭の少年がゆっくりと立ち上がる姿が見える。息は荒いし、出血もしている。だが立ち上がる。まったく理解の及ばない生き物だ。

 

「そのまま寝てりゃいいのによォ……俺が用があンのはそこのクズ2人だ。テメェにゃ用はねェンだよ三下ァ」

 

 上条当麻は返事をしない。ただ一方通行を睨みつけるだけだ。

 

「なンなンだよテメェは。通りかかった善意の一般人かァ? それともオリジナルのツレか何かかァ?」

 

「……どっちでもねぇ。でも、お前があの2人を狙うってなら、俺がお前をぶっ飛ばす」

 

 吐き捨てるように言葉を搾り出した少年。この時点で、一方通行の次の行動は決まった。

 

「……ぶっ飛ばす、ねェ」

 

 明確に、一方通行の敵だと少年は断言した。

 クローンと、そのオリジナルを庇うバカ一味。その一人だと。

 この一方通行を否定する存在は、誰一人として生かしておく気はない。

 

「じゃ、()()

 

 その瞬間、一方通行の近くにあったレールが一斉に起立する。

 先ほどの何十倍もの数が一斉に牙を剥く。

 

 目障りなブタをなんのためらいもなく、ただの肉塊にするために。その鉄の塊を全てあの男に投げつける。

 

 飛来するレールを、上条当麻はただ見ている事しか出来なかった。

 

 ドガガガガガガガガ!!! という音と共に、まるで迫撃砲が飛来したかのような砂埃が巻き起こる。地面にレールが突き刺さり、そのレールに次のレールがぶち当たり、鼓膜を裂くような巨大な金属音が鳴り響く。

 

「ハッハー! おら、墓標代わりだクソッタレ!!」

 

 もはやツンツン頭の姿は見えない、だがしかし、一方通行は攻撃の手を緩めなかった。

 レールが尽きたところで、今度はコンテナを投げつけ始める。超電磁砲(オリジナル)との戦闘で、完全にひしゃげたコンテナしか存在しない操車場だが、それでも人間をミンチにする目的であれば問題は無い。

 

 レールが積み重なっているであろう砂埃の中に、轟音を響かせながらコンテナが突っ込まれる。おおよそ、人間が生きていられる環境ではない。銃弾が飛び交う戦場の最前線でさえ、生き残る死角があるものだが。それ以下の状況が一方通行ただ一人の手で作り出されていた。

 

 やがて、一方通行の攻撃の手が緩んだ。舞い上げられた土と砂埃で先がまったく見えない。

 

(……チッ、少しはすっきりしたが……雑魚相手になにやってンだ俺は)

 

 くっだらねェ、とうなだれた瞬間だった。

 視界を塞ぐ砂埃の中から、何かが飛び出して来た。

 

「な、にィ!?」

 

 赤黒い格好をした、そのナニカは真っ直ぐ一方通行の元へと駆け抜けてくる。全身の半分が血塗れの、不気味な物体の正体を。一方通行はその眼光で判断した。

 

(あの中をどうやって生き残りやがった!?)

 

 一方通行の疑問をよそに、その少年は駆け抜けて来る。別段、辿り着かれたところで何も問題はない。『反射』があるこの身体で、距離なんてものはどうでもいい。むしろ、触れればこちらの勝ちなのだから、放っておけば自滅する。

 だが一方通行はそれを嫌った。それは別に、彼が臆病者というわけではなく、ただの安っぽいプライドのせいだ。理屈、というほど大層なものでもない。ただ単に、このまま接近を許せば負けた気がする。それだけの理由だった。

 

「テメェは俺に触れる事すら出来ねえンだよ三下ァ!!」

 

 右足を上げて、振り下ろす。たったそれだけのモーションで、先ほどの砲弾のような石礫を放てる。また無様に転がる様が見れると、一方通行は確信していた。

 

 だがそれは違った。一方通行の足が地面に触れる瞬間。

 上条当麻は横に飛び退いたのだ。

 

「はァ?」

 

 放たれる砂利の散弾は、ただ宙を舞うのみ。それが当たる予定だった男は、軌道を変えながらこちらに走りこんで────右拳を握り締める。

 

 その拳が当たった瞬間、この男の右腕はへし折れるし、下手をすればそのまま即死もあり得る。身構える必要もない。

 

 その考えが、甘かった。

 

 一方通行の目の前が真っ白になる。一瞬意識が飛び、その後激痛が彼を襲う。

 

 バゴンッ!! という轟音と共に、一方通行の顔面に上条当麻の拳が突き刺さった。

 

「ごっ……ッ!!?」

 

 『反射』は効かない。そもそも働いてなどいない。

 彼の右手には、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という奇跡が宿っている。

 神様の奇跡さえ打ち消すこの右手に、学園都市の第1位なんて肩書きは通用しない。

 

 そのまま勢いに乗って、一方通行の身体は地面に叩きつけられた。

 

 痛み、焦燥。それらの感情が一方通行の中に生じ、そして。

 それは怒りへと姿を変えた。

 

「こ、のクソがァ!!」

 

 ゆらりとした動きで起き上がり、半ば膝立ちのような状態で上条当麻に掴みかかる。

 だがしかし、上条当麻には当たらない。当たるはずもない。

 つい先ほどまで、至近距離から放たれる光線を防御、回避し続けていた男が。こんな細腕に、捕まるわけがない。

 

「お前がどんな人間なのかは知らないッ!」

 

 ぐしゃり、と右拳が一方通行の頬に突き刺さる。

 

「御坂のクローンをなんのために利用していたのかも、俺にはわからないッ!」

 

 起き上がろうとする一方通行の鳩尾に、体重を乗せた拳が入る。

 

「でもアイツらだって生きてるんだ」

 

 ベクトルを強引に操作し、瞬時に起き上がる一方通行。ぶんぶんと腕を振り回し、上条当麻を捉えようと躍起になる。

 

「それをテメェのような奴に、食い物にされてたまるかッ!!」

 

 カウンター気味に、右拳がアゴに直撃した。ぐらり、と膝をついた一方通行に、上条当麻は大きく振りかぶる。

 

「お前が、御坂妹やビリビリの命を────あいつらの仲を引き裂こうってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 無防備なその悪党の顔面に、上条当麻渾身の一撃が突き刺さった。

 

 

 

 

 生きて、る?

 あの人形共がかァ?

 

 ……ただ殺されるためだけにしか動けねェ、アイツらが?

 

 ふざけンじゃねェ。生きるってのは、もっと高尚なもンじゃねェのかよ。

 

 認めねェ。俺は認めねェぞ。研究者(あいつら)の言う計画通りに死ンでいく存在なンざ、生きてるなンて言えるはずがねェだろォがッ! 平気な顔で死にに来るような奴を殺して、何が悪いってンだ。アイツらだって、俺を殺そうと躍起になってるじゃねェかッ!! それを蹴散らす事の何が悪い。最強の先、無敵を得るために必要な事なンじゃねェのかよ!!!

 

 ……力だ。目の前のコイツを黙らせるような力。圧倒的な力の差を見せ付けてやらなきゃ、俺の気が済まねェ。あのクソ野郎をぶち殺すための何かが────

 

 

 ふと、砂埃が一方通行の視界に入った。彼が先ほどから目にしている、巻き上げられた土や砂。何の変哲もない、ただの自然現象。

 だが彼の興味はそこではない。その現象を引き起こしている力の流れ。そこに彼は着目した。

 

 風。世界を覆う大気の流れ。

 一方通行の能力は、触れたモノの『向き』を操る『ベクトル操作』。

 

 もし────この手で、大気に流れる風の『向き』を掴み取ることが出来たのなら。世界の風の流れを手中に収めることができるのなら

 

 子供じみた発想。苦し紛れの思いつき。……だがしかし────

 学園都市第1位の頭脳は、それを実現できるだけの能力(ちから)があった。

 

「くか、き」

 

 風のない静かな夜の操車場に、突如つむじ風が巻き起こる。

 自分に背を向けて、あのクソ共の元へ向かおうとしていたツンツン頭の男が、振り向いた。

 

 ……遅せェ、全然遅せェぞ。もうこの世界は、俺の手の中にある。

 学園都市? 最強のその先? もうそんな事なンざどうでもいい。

 

「くかきこくきくこかこかききこくきこくきくかか────ッ!!」

 

 その身を台風の目として、周囲に暴風を吹き荒れさせるために。最強の頭脳は目まぐるしく計算式を打ち立てる。

 見せてやるよ三下。これが学園都市最強だ。これが超能力者(レベル5)だ。テメェなンぞ吹き飛ばして、地面の染みにしてやる……ッ!

 

 

「……なんて考えてんだとしたら、悪いがそりゃ無理だ」

 

 突然、ゴォォォォ! という爆発音がした。一方通行たちから遠く離れた場所に、炎の柱が大量に発生したのだ

 

「な……?」

 

 その炎に対応するように。一方通行の手から、掴んでいた大気の流れが霧散していく。

 

(な、何だァ? 何が起きてやがる!? 大気の流れの計算式が狂っていく……? あの炎はまさか……ッ!?)

 

 ただの炎ならば、計算式を少し弄るだけで問題はない。だがしかし、今起こっている現象はそんな生易しい現象ではないのだ。あの手この手を試してみても、先ほどの全能感を取り戻すような瞬間が、いつまでたっても訪れない。

 まるで、その炎が物理法則から外れているように。周囲に不可思議なベクトルを発生させるあの炎。この世にあるかもしれない、なんて物ではない。絶対に存在しない法則が、この空間を満たしていく。

 

 その存在を、一方通行は知っている。

 この身をもって味わった、あの忌々しい存在を。

 この一方通行を追い詰めた、あの男を。

 

「あ、あの野郎……ッ!」

 

 辺りを見回しても、その姿は見当たらない。彼は舞台に上がる気はない。彼自身が戦場に姿を現せば、計画が中止になる確率が低くなる、と隣のグラサンにきつく言われているからだ。

 

「後は、頼んだ」

 

 ふと呟いた一言は、誰にも聞こえてはいないだろう。

 だがあのツンツン頭の少年になら、届いたかもしれない。

 

 誰にも聞こえない、助けを求めるその声を。どこからともなく聞きつけて、颯爽と登場する英雄(ヒーロー)なら。

 

 その血塗れの身体に鞭打って。彼は────再び一方通行の元へと向かう。

 

「なンだってンだ……なンだってンだよお前らはよォォォォォォ!!!」

 

 あのクローンを殺そうとするたびに。勝利を確信するたびに邪魔が入る。もはや、世界が敵に回ったのではないかという絶望感が、一方通行の心を覆い尽くす。

 

(なンでそこまで必死になれる!? なンでこの俺に歯向かおうって気になれる!!? なンであのクローンなンぞに命を賭けれるってンだ!!?)

 

 一方通行の知らない、もう一つの法則。

 人が、大切な者のために戦う時。その想いは何よりも強い武器となる。

 

 その暖かい法則を、彼は()()知らない。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

「こ、の……三下がァ!!」

 

 瞬間、一方通行の足元が爆発し、砲弾のような速度で一方通行自身が射出された。

 

 触れただけで、相手の体を爆殺できる必殺の両手が、上条当麻に振り下ろされる。

 左手による攻撃を、上条当麻は体勢を低くする事で回避した。

 右手による攻撃を、右手を叩き付けて振り払う。

 

「歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)────」

 

 全ての想いを、この拳に乗せて。

 

「俺の最弱(さいきょう)は、ちっとばっか響くぞ」

 

 幻想を殺す最強の右腕が、一方通行に突き刺さった。

 




???「異物の混ざった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよ」

統一「いや、それ負けフラグなんで……」


 妹達の見せ場である風車なんですが、既にミサカ達が立ち上がってるのでこうなりました。
 次でこの章は最後です。

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