とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 『禁書っぽくなさ』って凄い難しい。
 フラグ回収シーンなんて本編の何処にあるんじゃー!
 
 
 




040 Flashed in the sky. 『8月25日』 Ⅱ

「あ、あの野郎、やりやがったな」

 

 『スタディ』の根城である雑居ビル。その向かいに建っている建物の屋上で、例の仲介人は舌打ちしながら呟いた。ギリギリと握り締めた無線機がもし喋れるなら「ありがとうございます、ありがとうございますッ!」と言わんばかりの状態である。無論、そのまま握り潰してしまっては元も子もないので、アロハシャツの仲介人は大きく溜息をつき、気持ちを落ち着けた。

 

「あーこちら"人生と書いて義妹(いもうと)と読む"……超電磁砲(レールガン)、そちらの状況を」

 

『そのふざけた名前、本当に気が抜けるわね……それに状況もなにもないわよ。建物の中に回線が繋がったのって、ほんの数分前じゃない。初春さんは?』

 

『えーとですねー……大丈夫です。思ったより内部のセキュリティは甘いみたいですね。想定より2分は早く終わるかと』

 

「2分か……わかった。最初に指示した通り、ディフュージョン・ゴースト……ジャーニーに関する機器にだけはアクセスするなよ。専門家でもない俺達が弄るのは危険過ぎる。警備員(アンチスキル)に突き出すだけの情報が揃ったら……」

 

『わかってます』

 

「……よし」

 

 そう言って、仲介人は回線を切った。

 

「さて、思ったよりは早く事が済みそうだけどにゃー。穏便に終わらせるっていうプランはなくなっちまったようだぜい」

 

 本来の計画であれば、"中継器"の潜入後、ハッキングにより犯罪の証拠を収集し、警備員(アンチスキル)に突き出せば済む話だった。だがその中継器の正体がバレてしまった以上はそうもいかないかもしれない。

 

(でもこれは木原っちのミス。自分の尻は自分でなんとかするんだにゃー……おっと)

 

 これをミスと呼ぶのは間違いだろう。プロである土御門さえ、木原統一の立場ならどうしていたか。もしも土御門舞夏(大切な人)が目の前で涙を流していたのなら。そう考えれば、この行動は必然と言えるかもしれない。

 

「ま、今回は大目に見てやるぜい。行ってこい色男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超能力者(レベル5)、だと? ……いや待て、それ以前に貴様は廃人だったはず────」

 

「これが廃人に見えんのか」

 

 想定外の出来事に、有富は拳を握り締める。そんな彼の様子を見て、桜井は声を荒げた。

 

「あ、有富! 貴方まさか、渡された実験データとやらを鵜呑みにしてコイツをここに……!?」

 

「そんなミスを僕がするものか! こちらでも何重に検査をした! 渡されたデータの解析だって、僕は怠らなかった!! こいつは間違いなく廃人状態だったんだ、そうだろう関村!!?」

 

 そう問われて、関村は首を縦に振った。その瞬間───関村の右腕が一瞬にして燃え上がった。

 

「は、え――――ギャァァァァァァァ!!!」

 

 悲鳴とほぼ同時に、関村が取り落としたナイフの金属音が室内に響き渡る。

 

「いつまでその物騒な物を向けてるつもりだ、クソッタレ」

 

 火はすぐに消えた。床に転がり、腕を押さえながらすすり泣く関村を一瞥した後、木原統一は有富に向き直った。

 

「く、小佐古!」

 

 有富が指示を出すと、小佐古は目の前のパソコンを弄り始めた。そしてその数秒後に────

 

『侵入者を検知しました。これより排除行動に移ります』

 

 自動ドアが勢いよく開き、ドラム缶型のロボットが3機入室してきた。学園都市の街中では珍しくもない、監視、通報、清掃などを一手にこなす万能ロボは今回、違法に改造されたらしくマシンガンが装着されていた。

 

「ふ、ふふふ。見たところ発火能力者(パイロキネシスト)のようだが、そんな君に多方向からの銃撃を防ぐ手段はあるのかい?」

 

「……」

 

「ま、待って有富! こいつはさっき自分は超能力者だと────」

 

「それがどうした。奴が能力を使うよりも、こちらの銃のほうが早い!」

 

 確かにそうかもしれない。だが桜井はその言葉を聞いても安心できなかった。何故なら、車椅子の男はまったくといっていいほど動揺していなかったからだ。

 

 嫌な予感が全身に広がっていく。目の前で仲間の一人が、腕を焼かれるというショッキングな絵を見たのも影響しているかもしれない。

 

 そんな緊張の糸を切ったのは、動揺などするはずのない機械音だった。

 

『警戒態勢解除。配置に戻ります』

 

「……は?」

 

 ガチャガチャと銃を仕舞い、ドラム缶型ロボは次々と退室していく。

 

「ま、待て! 僕はそんな指示は出していない!!」

 

 目の前のキーボードをいくら叩いても、ロボ達は帰ってこない。それどころか───

 

「あ、れ……? ちょっと待て……なんだこれ?」

 

 警備ロボどころではない。この施設に対するアクセス権が丸ごと掌握されつつある事に、小佐古は気づいた。

 

「あ、ありえない……ありえないありえないありえない!!! なんだよこれェ!!? どうやって入った!? 防壁は!? そもそもどこからアクセスしてんだよ!!? だって───

 

「……常盤台の超電磁砲(レールガン)

 

 ボソリ、と木原統一は呟いた。その瞬間、小佐古は動きを止める。

 

「そして風紀委員(ジャッジメント)守護神(ゴールキーパー)。この二人が手を組んで、落とせないセキュリティがあると思うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて勝手な事言ってるけど、こっちの事情も考えなさいよあのバカ!」

 

 目の前の機器と火花を散らしながら睨めっこをしている車椅子の少女。常盤台の超電磁砲こと御坂美琴は叫んでいた。

 

「病み上がりで本調子じゃないってのに、仕事増やしてんじゃねぇぞゴラァ!!」

 

「まぁまぁ、御坂さん。御坂さんだって……布束さんが泣いてるのを見て怒ってたじゃないですか」

 

 笑いながら、圧倒的な速度でキーボードを叩き続ける守護神(ゴールキーパー)こと初春飾利。その表情とは裏腹に、最強の電撃使い(エレクトロマスター)である御坂ですら舌を巻くハッキング技術で、暗部組織『スタディ』の防衛網を次々と突破していく。

 

「いいですよねぇ~、『大切な人を助けるために、力を貸してくれ』だなんて。あんな風に頭を下げられちゃったら断れませんよ~」

 

 憧れと羨望。そんな乙女な表情を見せる初春だが、えげつないスピードで敵の城を蹂躙していく彼女の指先は留まる事を知らない。

 

「……私の時は普通に『力を貸せ』だったんだけど……」

 

 そんな御坂の前にあるのは、木原統一から渡された特殊な機械。電気使い(エレクトロマスター)と組み合わせる事により、ネットワークに繋がれていない電子機器へのアクセスを可能にする謎の兵器だ。

 ……詳しい技術は御坂にもわからない。わかっているのはあの男が使用している車椅子と対になっている事と、屋内でのみ効果を発揮する事。そして、どういう原理でコレが作動しているのかと聞いた時の、「……滞空回線(アンダーライン)に似た……いや、なんでもない。空気中に見えない回線を敷く装置だと思ってくれ」という回答のみだった。

 

「んまー、入院中のお姉様に向かってなんて失礼な。やはりあの類人猿共々、あの時葬っておけばよかったですの」

 

「はいはい白井さん。今は忙しいからそれくらいに……見つけました! 未登録の駆動鎧(パワードスーツ)を横流しした機関への送金履歴です! 白井さん、警備員(アンチスキル)に通報を!」

 

「……私だって、布束(アイツ)に言いたい事はたくさんあるんだから。とっとと助けて来なさいよね、まったく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「種を明かしちまえば簡単な話だ」

 

 冷ややかな目を向けながら、淡々と木原統一は話し始めた。

 

「どれだけ検査機器を並べようが、片っ端からハッキングを繰り返せば無力化できる。俺を廃人だと偽る事も、警備ロボの無力化も……別段、驚くような事はなにもしてねえんだよ」

 

「……い、いや。その理屈はおかしいだろう!? そもそも、孤立状態(スタンドアローン)のネットワークにハッキングなんて……」

 

 小佐古がそう言い終わるか否かというタイミングで、ガチャリという金属音が響き渡った。

 

「理屈なんてどうでもいい……調子に乗るなよ能力者」

 

 有富が懐から銃を取り出し、木原統一に突きつけていた。

 

「これ以上僕達の計画の邪魔はさせない。今すぐ、この施設へのアクセス権を戻せ」

 

「……はぁ。いい加減『諦めろ』よな。こっちは、さっきの警備ロボを呼び戻す事だって出来るんだが」

 

 たとえ木原統一を撃ち殺した所で、ハッキングは止まらない。さらに言えば、先ほど木原統一に向けていたマシンガンの銃口を、有富たち『スタディ』のメンバーに向ける事すら可能。外部から自分たちを守る無敵の要塞が、脱出不可能な牢獄に変貌した瞬間だった。

 勝敗は決した。それを悟った有富以外のメンバーは膝から崩れ落ちていく。

 

(ふざけるな。こんなところで、こんな幕切れで、こんな奴に計画を邪魔されてたまるか!!)

 

「なぁ、おい。どんな気分だ? 自分の組織を破滅に追い込んだ感想は」

 

「ぐっ……」

 

 悔しさで有富の顔が歪む。パニック状態の思考を必死で押さえ付けながら、逆転の手を考え続ける。

 

(ち、畜生、布束(あんな女)を脅してやろうなんて思わなければこんな事には……いや、まて)

 

 ふと有富の頭に浮かぶ一筋の光。もしかしたら、なんとかなるかもしれないという可能性。この状況を打破できる最後の手段。

 

 それが地獄の扉とも知らず。彼は迷わずその道に足を踏み入れる。

 

 ゆっくりと、木原統一に向けた銃口を構え直す。そう───先ほどから呆気に取られている白衣の少女へと。

 

 布束砥信。彼女ならば人質に成り得るのではないかという可能性に、有富は気づいたのだ。

 

 瞬間、冷静だった木原統一の顔から余裕が消えた。そしてそこに有富は勝機を見た。

 

「く、ククク、ふははははははは!! 最後の最後で詰めを誤ったな能力者! さぁ、この女を助けたかったら───

 

 ギャリ、という金属音を、その場にいる全員が耳にした。

 

「テメェ、自分が何やったのかわかってんのか?」

 

「……は?」

 

 気が付くと、有富の構えた銃は()()されていた。単純な破壊ではなく分解。握り手の部分を残し、バラバラと音を立てて銃の部品(パーツ)が崩れ落ちていく。

 

「まぁ元々許す気はなかったが。それでもプライドをズタズタにする()()で勘弁してやろうと思ったのが間違いか。あー失敗失敗……ってこれは親父の口癖か。はは」

 

 いつのまにか、木原統一の車椅子から2本のアームが伸びている。先端はさらに3本の指のような形状に分かれており、どうやらそのアームが何かしたらしい、という事のみ有富は認識できた。

 

「能力よりも知性が勝る? 学園都市の支配構造の変革だぁ? ……馬鹿馬鹿しい。実験動物に嫉妬する科学者なんざありえねぇだろうが。知性を主張するなら、まずそのズレた認識から組み直せ……ってのが親父からの伝言だ」

 

 ギャリギャリギャリ!! という金属の擦れ合う音と共に、その車椅子から次々とアームが生えていく。そしてそのアームの一つ一つに、アルファベットの文字列が刻まれていた。

 

 Made_in_KIHARA.

 

「今からお前を『諦め』させてやるよ。木原病理(『諦め』のプロ)が作った廃棄予定の試作品を、木原数多(精密緻密を司る『木原』)が改造したコイツでな」

 

 無数に分かれたアームの一つ一つに意志が宿る。学園都市が有する木原一族(知性を司る者達)の力の片鱗。徹夜2日目の男が、子供のために片手間で完成させた日曜大工の延長線。そんな物でさえ、有富達を絶望させるのには十分な作品だった。

 

「幸いにして、拷問に関するデータは揃っている───この街の知性、その身をもって味わいな」

 

 ゾクリ、という怖気が有富を襲う。有富が連想したのは、目の前の男が受けたあの光景。能力者嫌いの彼が同情すらするほどの惨劇。いやまさか、と。考え直す間もなく有富の口から出たのは命乞いの言葉だった。

 

「ま、まて、やめろ。わかった、僕達の負けだ。こ、降参するから! だから───

 

 対する木原統一と言えば。こいつは何を言っているんだ? という表情で首をかしげた。

 

「『諦めろ』……そう言ったはずだが?」

 

 その言葉で、有富の心は絶望に覆い尽くされた。

 

「あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「ぬぁにやってんのよアンタはァァァァァァァァ!!!!!」

 

 瞬間、車椅子ごと瞬間移動(テレポート)してきた御坂美琴(+白井黒子)に超電磁砲(レールガン)を叩き込まれ、木原統一は車椅子ごと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁーっ!!? 嘘だろ!!? せっかく親父に無理言って作って貰った木原印の車椅子がッ!? いきなりバイバイスクラップとか親父になんて説明したらいいんだよオイ!」

 

「アンタがブチ切れて見境なくなってたのが悪いんでしょーが! もうすぐ警備員(アンチスキル)が到着するって言うのに、アンタが悪役になってどうすんのよ!! 初春さんなんてカメラ越しに涙目になって震えてたわよ!!」

 

 恋愛モノの映画がスプラッタ系になるところでした、と後に初春飾利は語っている。既に1割ほど手遅れとなってしまった有富の存在もあるのだが、それはギリギリ彼女の許容範囲内らしい。

 

「だからって何でいきなり超電磁砲(レールガン)!? もうちょっと穏便な止め方あっただろうがよォォォォ!!!」

 

「そのセリフ、そのまま自分の胸に刻み込めやゴラァァァ!!」

 

 車椅子の破片を拾いながら涙目になる少年と、車椅子に乗って先ほど超電磁砲をぶっ放した少女の会話を、布束砥信はぼんやりと眺めていた。

 

「立てますか? 布束さん」

 

 ふと、常盤台の制服を着たツインテールの少女に声を掛けられた。右腕には風紀委員(ジャッジメント)の腕章。先ほどまでは有富達の拘束作業を行っていたようだが、どうやらそれも終わったらしい。

 

 突然の出来事に、布束の思考力は大混乱していた。たしかに自分はフェブリを脱走させ、御坂美琴に一縷の希望を託した。だがしかし、これほど早くに、これほど簡単にいくとは思うはずもなく。ましてやあの少年が何故か起きて、話して、御坂美琴に説教を貰っているという謎展開。どう考えても、布束の発想の11次元斜め上である。

 

「ありがとう。……まさか、彼らを捕まえるのが警備員ではなく風紀委員になるなんて、思いもしなかったわ」

 

 格はたとえ低くても、『スタディ』は一応暗部組織である。学園都市の闇の一端を、表の住人が捕らえる事になるとは考えもしなかった。

 

「……まぁ不本意ながら、私達だけではどうにもならなかったのは事実ですわね」

 

「……?」

 

「フェブリの事、そしてこの組織の事も。全てあそこにいる野蛮じ……ゴホン。殿方からの情報がなければ辿り着けなかったかもしれませんですの」

 

「……」

 

「さ、時間がありませんですの。後の事はあの殿方から直接お聞き下さいまし」

 

 そろそろあの殿方も、お姉様から引き離さないと。などとツインテールの風紀委員が言い終わると同時に、カチリと景色が切り替わった。薄暗く、先ほどの超電磁砲で大穴が開いた『スタディ』の拠点から一転して、夏の日差しが眩しい屋上へと瞬間移動(テレポート)したようだ。

 

「ちょっとまてまだ話は───てオイ! お構いなしかアイツは……」

 

 ほどなくして、緑色の患者服を来た少年が現れた。先ほどまで御坂美琴と口論していた、本来ならここにいるはずのない、病院のベッドの上で寝ているはずの少年が、こちらに背を向けて立っている。

 

 わかっている。あの少年は自分の知っている彼ではないことくらい。

 

 それでも、こう問わずにはいられない。

 

「……統一君?」

 

 その声を聞いて、木原統一は振り返った。

 

「……久しぶり」

 

「…………嘘」

 

 覚えてるはずがない。脳細胞ごと全てを破壊された彼が、こんなにも人間的に振舞えるはずがない。

 

「ありえない。貴方は、だって……」

 

「……ああ、まいったな」

 

 なにかを悟ったかのように、木原統一は言葉を続ける。

 

「冷静に考えると、俺にはその資格が無いのかもしれない。『木原統一』を名乗る資格が。結局の所、俺は何も出来なかった。実験を止める事も、この組織の壊滅も、俺がやらなくても誰かがやってくれる事だったんだ。余計な事に首突っ込んで、状況を更に悪化させて。どの面下げて俺はここに……」

 

 布束砥信には、彼が何を言っているのかまったく理解できなかった。恥じているのか悔いているのか。まるでなにかをまくし立てるように、自らに言い聞かせるように彼は言葉を並べ立てていく。

 

「あ、貴方は一体───

 

 何を言っているのか。貴方は私の知っている彼ではないのか。そんな布束の疑問は、轟音と共にかき消された。

 

 バリバリバリバリ! と風を斬る音がビルの陰から姿を現した。学園都市製の人員輸送用回転翼機の近づく音だ。

 

「だから俺は、これ以上関わるべきではないんだと思う。俺という異物(イレギュラー)がこれ以上関わらなければ、布束砥信という人物は安全なはずだ」

 

 布束ははっとした。彼の口から紡ぎだされるこの言葉は、まるで別れの───

 

「大丈夫だよ、後の事は御坂と白井に任せてある。フェブリとジャーニーもカエルの先生がなんとかしてくれる事になってる。俺はもう必要ないはずだ……それじゃ、元気でな」

 

「ま、待って!」

 

 布束の制止も聞かず、言うべき事は言ったというように、木原統一は背中を向けた。

 

 ヘリはゆったりと着陸し、木原統一はそのヘリに乗り込もうと足を掛け───

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャリ、という音を布束砥信は聞いた。

 

「それじゃ、ではありません。何してんだこの野郎、とミサカはメリケンサックを装着した右手で右フックを繰り出します」

 

 その右手が入ったのは木原統一の顔面だった。片足をヘリに掛けていた木原統一は当然後ろに倒れこみ、背中を思いっきりアスファルトに打ち付ける。

 

「ごっ!? ……な、何故、お前がここに……?」

 

「言うべき事を貴方が言わなかった際に、その逃亡を防ぐための安全弁として機能するのがこのミサカ9982号です、とミサカはそのまま飛び降りて膝を貴方の腹に叩き込みますッ!」

 

 ぐふぅ! という、どこかの中ボス辺りが死に際に放ちそうな声がした。常盤台の制服に軍用ゴーグル。布束砥信が知らないはずもないその人物。つい先日、足が千切れてしまったはずの妹達の個体の一人である彼女だが、既にその傷が完治しているところは流石は学園都市というところか。

 

「あ、貴方は……」

 

「お久しぶりです。とミサカはッ! このヘタレをッ! 床の染みにするためにッ! 全快したこの足の調子をアピールしながら挨拶しますッ!」

 

「ちょっと待てゴファ!! スパぎッ!? 何故スパイクをォ!? 履いてるんだテメゲフゥ!?」

 

「それを貴方がッ! 知る必要はありませんッ! とミサカは止めを刺しながら叱責しますッ!!」

 

 そうして、木原統一は動かなくなった。無論、傷は端から回復してはいるものの、痛みから来る精神的ダメージで動けなくなっているらしい。

 

 本日何度目かの、布束の理解を超えた事態が発生した。つい先日まで死ぬはずだった妹達の個体の一人が、感情表現豊かになった上であの木原統一を踏みつけて愉悦に浸っているという光景。もはや自分に正常な思考力というか、この状況を正確に判断、推理する機能はもう存在しないのではないか。もしかしたら、今は私は有富達に精神操作系の機械か能力を接続されているのではないか、とさえ考え始めた布束砥信17歳がここにいた。

 

「……な、にをしているのかしら?」

 

 勇気と諸々のなにかを振り絞って、布束は質問した。

 

「ヘタレはこうするのが一番……いえ、こうしなければならないという情報を、信頼できる筋から入手しました。とミサカは懇切丁寧に報告します」

 

 ちなみにその情報源が、ヘリのコックピットで腹を抱えて笑っている事をミサカ以外誰も知らない。そしてその正体は、スパイクやメリケンサックを買い与えたどこかのアロハグラサンである。

 

「……いえ、まずミサカには貴方に報告しなければならない事がありました。とミサカはハッと我に返ります」

 

 報告、と聞いて布束は思わず身構えた。絶対能力進化(レベル6シフト)計画が頓挫したのは、人づてに聞いて知ってはいる。もしかしたらその事だろうか? それとも計画の後始末の件か? 未調整、あるいは再調整の必要な妹達の話か?

 

「まず第1に───

 

 それとももしかしたら。あの計画、あの実験に関わった者たちへの恨み言───

 

「このヘタレですが、正真正銘、貴方の知っている人物で間違いありません。とミサカは貴方の認識を改めるように要求します」

 

「……え」

 

「信じられないでしょうが事実です。記憶、知識等に欠損は見られないというのが冥土帰し(あの医者)の診断結果でした。とミサカはカルテを───

 

 と、9982号が出したカルテを見た瞬間。布束砥信は9982号との間合いを一気に詰めてカルテをひったくった。

 

「は、早い……そのステップなら世界を狙えるかもしれません。とミサカは昨日見たG-1グランプリを思い出し、格闘家としての血が騒ぐのを感じます」

 

 結局の所。このミサカがこの状態なのはやはりテレビのせいだった。

 

「……脳波パターンのデータは間違いなく彼の……偽者のデータ……いや、私が施した学習装置(テスタメント)のアクセス履歴も一致してる……あの医者のいる病院のセキュリティを破って、データを手に入れるのは……」

 

 疑い出せばキリがない。だがしかしもしコレが偽者だったとしても、手間が掛かり過ぎているのも事実だった。

 

「そして第2に」

 

 ガスッ! と足元の男の頭を踏み付けて、ミサカ9982号は言い放った。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画の崩壊に深く関わった自分は、貴方を助けた後は近づかない方がいい……などと世迷言を考えているようです、とミサカは報告します」

 

 ピクリ、と布束砥信の動きが止まった。

 それと同時に、木原統一は勢いよく立ち上がり、ミサカ9982号を跳ね退ける。

 

「世迷言なわけあるかっ! このまま二人仲良く警備員のお世話になったら、確実に外部に情報が洩れるだろうが。そうしたら───

 

「indeed、私と貴方の関係性から、あの計画の裏を探ろうとする輩が出るかもしれない、という事ね?」

 

 もう限界だ。身体中を駆け巡る、電流のような衝動を抑えられない。

 

 そして彼女は、そのまま少年の背中に両腕を回して。

 優しく抱きしめた。

 

「……な───

 

 それは感情の爆発だった。身体の内側から溢れ出るその想いを布束砥信は押さえ付けられずに、また押さえる気すらなかったのだ。

 

 

 最初は偶然の再会だった。科学者だった頃の面影もなく、普通の学生のような暮らしをしている彼を見た時は驚いた。身長はとっくに抜かされていて、体格もすっかり男の子らしく……はないかもしれないけれど。ほんの少しの会話が、荒んでしまった心を洗い流してくれた。

 

 その時の気持ちが忘れられなくて、今度は自分から会いに行った。

 昔を思い出せるように、あの時の服装で。そして期待通りに、期待外れの反応を彼は見せてくれた。もう未練はない。自分の罪と向き合う覚悟と勇気を、彼から貰った。そして……妹達に関して、何故彼が知っていたかはわからないけど。私を止めようとしてくれた彼に、私は酷い事を言ってしまった。

 

 それは突然だった。彼の脳波パターンが、学習装置(テスタメント)の知識が必要と言われて、半ば攫われるように病院に着いた。見るも無残な姿に、そしてその原因を聞いて愕然とした。その後の事はよく覚えていない。あのカエル顔の医者の提案が最善だと判断して、全身全霊を振り絞った。

 

 …彼のお陰で、実験は一時中止となった。

 それでも、だとしても。そのために払った代償は大き過ぎた。

 

 私のせいだ。彼の負けず嫌いな性格、思考パターンは、誰よりも把握していたはずなのに。この結末を私は予測できなかった。

 

 

 ───もう失うものはない。

 あるのはこの血に塗れた両腕と、忌まわしい知識のみ。向かう先は闇の中。

 

 誰の手も届かない泥の中で、せめて彼らだけはと願った。

 道具として使い潰されるだけの彼女達が、私が救えなかった妹達の姿と重なってしまった。

 たとえ自分がどれほどの罪を抱えていても。どんな理由を並べても。彼らを見逃す理由には、ならなかったのだ。

 

 ……その闇の中から、自分を救い出してくれた存在がいた。

 

 そしてその人物は、もう殆ど諦めかけていた、私の───

 

 

「ありがとう」

 

 その言葉は、自然と口をついて出た。

 心配してくれて。命を賭けて戦ってくれて。こんな私を、見捨てずにいてくれて。

 

 生きていてくれて。ありがとう。

 

「ごめん」

 

 対する木原統一の口からは、謝罪の言葉が出てきた。

 

「心配かけて、ごめん」

 

「……うん」

 

 とびっきりの笑顔を彼に見られないように。渾身の力を込めて彼を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……何? その格好。暑くないのか?』

 

『well、なにと言われても困るわね。私の普段着なわけだけど。学園都市製だから涼しいものよ』

 

『普段着って……うーん、やっぱりそこまでぶっ飛んだ服装をしたくなるのが天才ってやつなのかなー。そういえば父さんも変な服装してるし』

 

『なんだかどこまでも失礼な事を言われてるみたいね。あんな3分間ヒーローみたいな服装と一緒にしないでくれるかしら』

 

『む、父さんの事を馬鹿にしているのかそれは』

 

『……変だって言ったのは貴方じゃない』

 

『あ、そうだった。俺の馬鹿野郎』

 

 本当だまったく。と私は溜息をついた。

 何故自分がわざわざ私服を見せびらかしに来たのか。そういう意味もわからないほどの大馬鹿野郎だ。

 

『いっその事、俺も服装から入ってみるかなー。服を変える事でインスピレーションが得られるかもしれないし』

 

『……はぁ、どこまでも科学にしか興味がないのね』

 

『当たり前だ!』

 

 やれやれ。このお調子者に、これ以上を期待するのは無駄か。

 と、思っていた矢先の出来事だった。

 

『……ねぇ、統一君』

 

『んー?』

 

『貴方……この数値の意味、わかる?』

 

 モニターに映し出された映像の一区画。少年の頭脳の動きを、くまなく監視、記録している機械から出力されたその数値の意味は───

 

『んー……ん? アレ? ちょっとまってこれって───

 

 笑いを堪えてはいるが耐えられない。これだから、この少年をからかうのはやめられない。

 

『貴方の大好きな科学は、どうやら正直者みたいね。どこかの誰かさんと違って』

 

『い、いや? 嘘だ!! そんな、俺は科学にしか興味がない人間なんだーっ!!』

 

 この装置をいますぐ外せーッ! とジタバタする少年を見て、私は思いっきり吹き出した。

 口ではあんな事を言っておいて、実はあの少年はこの服装に興味津々だったのだ。

 

『……もう許さないぞ』

 

 膨れっ面になった少年を落ち着かせるのに時間が掛かった。……というよりも、私の笑いが収まるのに、というべきかもしれない。

 

『いつか砥信ねーちゃんよりも偉くなって、今度はねーちゃんの頭をモニタリングしてやるからな』

 

『おおよそ乙女に向けるようなセリフじゃないわね』

 

『モニタリングして、恥をかかせてやる』

 

『悪ぶったって、科学への道は開けないわよ』

 

 こんな事を言う少年だが、そのセリフを言った途端、罪悪感という数値が機械によってはじき出される。まったくもって可愛いものだ。

 

『今に見てろよ……こっちは王子様の服装で対抗してやる』

 

 私のゴスロリが、少年にはお姫様コスに見えてしまったのだろうか。

 

『oh dear? そんな日が来る事を楽しみにしているわ』

 

 そんな日が来るとは到底思えないけれど。たとえ私より偉くなる日が来たとしても、彼が王子様に見える日は訪れそうにない。

 

『ふふ、精精頑張って頂戴……私の───可愛い王子様』

 

 その言葉で、また数値が揺れた。その数値の揺れで、私達はまた一騒ぎして笑いあった。

 

 これは、なんてことはない記憶の1ページ。

 

 そして私の、大事な大事な、宝物。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、病院の時とは違ってチューはないのですか? とミサカは桃色ムード一色な二人を茶化します」

 

 腕を組み、ふむふむと二人を観察していたクローンの少女は突然とんでもないことを言い出した。

 

「……は?」

 

「な、ななななななにを言っているのかしらこの子は!?」

 

 ガバッ! と顔を離して(それでも背中に回した腕は離れない)布束は反論した。

 

「何をと言われましても。病院での───というか。記録ではそこのヘタレは意識があったらしいですが。とミサカは爆弾を投下しつつそろそろ逃げる算段をつけます。警備員(お迎え)がそろそろやってきそうなので」

 

「ちょ、おま───

 

「意識が……あった?」

 

 キリキリと向けられる視線。そこから逃れるように、その動きに対応するかのように目を逸らしてみるが。それがもはや答えになるのではないかという結論に、二人は同時に至った。

 

「ミッションコンプリート。これであの方からの依頼は完遂しました。それではさよーならー、とミサカは颯爽とヘリに乗り込みます」

 

 飛び去るヘリを忌々しげに睨みながら。はて、『あの方』とは一体……と考え、そして光の速さよりも早く、木原統一は結論に到達した。

 

(あの方って……土御門しかいねぇじゃねぇかァァァァァァァァァ!!!!!)

 

 「ざまぁみろ」という土御門の声が、間違いなく聞こえた。

 

「……統一君」

 

 そして熱を帯びたような乙女の声が、耳元で囁かれた。

 

 

 この後起こった出来事といえば。それはまったくのお約束のようなお話だった。

 

 曰く、私がやったんだから今度は貴方からよ、とか。

 曰く、ほっぺた(同じ場所)じゃ許さないわよ、とか。

 曰く、恥ずかしい思い出はそれ以上の、恥ずかしい思い出で上書きしなさい、とか。

 

 幸せメーターの振り切れた彼女は止まるところを知らず。要求したいだけの事を要求して。

 

 その望みを断るだけの高等技術が、木原統一にはなくて。

 

 そしてその瞬間を、警備員や御坂美琴達が目撃してしまって。

 

 冗談のような嘘のような、その言葉で二人の物語は幕を閉じた。

 

「……不純異性交遊じゃん? とりあえず、二人仲良く連行するじゃんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、『庇護対象』としての価値は薄味になって(死んで)しまいましたねー。その代わりに『ヒーロー』性を獲得とは。プラスなのかマイナスなのか、判断に困る成長です」

 

「アレを『ヒーロー』とは、私は絶対に呼びたくはないがね」

 

 犬用のストレス緩和用製品である、骨状の巨大ドックフードをかじりながら、そのゴールデンレトリバーは呻いた。

 

「やーん、先生ったら相変わらず彼のことが嫌いなんですね」

 

「別に、嫌いというわけではないがね。未知との遭遇というものは、いつの日も科学者を夢想させ、可能性というものを見せてくれる。久しく忘れていたモノを体験させてくれたという意味では、有意義な代物だよ」

 

 ただし、と彼はこう付け加える。

 

「未知を恐れず、手探りの中を飛び込んでいくはずの『ヒーロー』と同じにするのは断固反対だ。どこまでも借り物の人間の姿なぞ、見るに耐えんよ」

 

 そんなものですかねーと、スーツ姿の女性は微笑みながら話を聞き流した。被験体として以外に、『ヒーロー』なんてモノに興味はない。ロマンチストな彼と違い、彼女はどこまでもリアリストなのだ。

 

「未知、ですか。それはあの統括理事長でも同様なんですかねー」

 

「さて、かの王は既に取っ掛かりを見つけているかもしれないが……まさか唯一君」

 

「いえいえ、そんな。別にこの街の転覆とか、打倒統括理事長とか。そんな物騒な事は考えていませんよー」

 

 やだなぁまったく。と言いながらその女性は、喋るゴールデンレトリバーである自らの師匠に、ドックフードをもう一本追加した。

 

 木原唯一。『数多』の『木原』の中でも一際異彩を放つその女性は優しく微笑み、こう告げる。

 

「その未知の領域を科学で制覇するのは、やっぱり『木原』じゃなきゃダメだと思っただけですよ。脳幹先生」

 




 
 
 作者の描画限界のはるか彼方の存在。それがヒロイン。

 難しいものです。
 

 そして次回は、旧約4巻に入ります。
 嘘です、入れません。日付的に。

 その直前のお話になります。


 
唯一「ジャンク!」

脳幹「これはおやつだからセーフ」

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