いや前話が長過ぎるだけというのもありますが(過去最長)
041 No more break. 『8月27日』 Ⅰ
「やだやだやだ! 私もとうまと一緒に海に行きたいんだよ! そうやってとうまはいっつも私をのけ者にして!!」
「だーっもう! 俺だって行きたくて行くわけじゃねーんだって! 小萌先生がしばらく"外"に行ってなさいって言うから仕方なくだな……」
「……仕方なくとかなんとか言って、どうせまた女の子といちゃいちゃしてくるに決まってるんだよ!」
「な、何を言ってやがりますかインデックスさん? そんな素敵イベントが不幸な上条さんに待ってるわけないでしょーが!」
「……平和だ」
上条家のいつもの一コマ。小さなテーブルを挟みこんで行われている、半ば儀式のような口論を眺めながら、自然とその一言は口をついて出てきた。平和だ。炎の魔術師から逃げ回らなきゃいけないとか、スーパー錬金術師が窓からおはようございますだとか、そんな気配は微塵もない。あぁ、なんて平和な日常なんだろうか。
「油断ならないんだよ。海に行くって話をしたら、とうまからは絶対に目を離しちゃいけないって、あいさが言ってたもん」
「……姫神……まったく、何言ってんだアイツ───
「レベルカンストの和風美人を引っ掛けてくるから気をつけろって言ってたもん」
「マジで何言ってんだアイツ!!?」
あの出来事から2日が経過した。短いような長いような、ある意味であの
あぁ、思い返してみれば大変だった。
俺と彼女は『スタディ』に捕らえられた一般人として処理されて、フェブリやジャーニーの調整の関係で彼女は海外の学園都市関連施設へと行く事になったのだ。
この辺りの流れは原作とはちょっと違っている。本来では
相手の組織の名前と規模、本拠地の位置、そして目的。フェブリ、ジャーニー達
「着替えも水着も用意して、出発直前になってだだをこねるなんて、まったくとうまは困ったちゃんかも」
「なんで俺がわがまま言ってるみたいになってるんだよオイ。迎えに来た木原を見た途端、お前がグダグダ言い始めたんじゃねーか。その水着だって、本当は小萌先生とプールに行くためのもんだろ!」
そう。情報操作は楽勝だった。……問題はその後の出来事である。
どうやら彼女は、俺がそのまま外部施設に付いて来ると思っていたらしいのだ。丁度目の前にいる
……そしてその後に待ち受けていたものは。インデックスなんて比にならないほどの抵抗だった。なんで一緒に来ないのかと、というか来いよと。私のことが心配じゃないのかと。私のことを愛し(ry
「そもそもお前、学園都市のID発行されてないじゃん! ゲートでチェックされたら一発退場じゃねーか。密入国者はおとなしく小萌先生のとこで留守番してなさい!」
「む、ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」
そんなこんなでこんな風に。本来ならあり得ないような豹変振りを見せた布束砥信さんをなだめている所に、フェブリ&佐天涙子が合流。なにこれ? なんでこんな面白い事になってるの? と目をキラキラさせ始めた野次馬を追加したところで俺の処理能力は限界だった。
そしてその限界を、大気圏外までマスドライバーで打ち上げるような出来事が、直後に起きた。
『オイオイ、ふざけた組織を一つぶっ潰して、女を一人助けてェとか言うから、こちとら徹夜で日曜大工に勤しんだわけだが……なんかお前、いっつも違う女といちゃついてねぇか?』
ほのぼの女の子集団の空間に、どこまでも場違いな任侠世界の住人がやってきた。
『違う、女?』
……そして凄まじい爆弾を投下しやがった。
『『『修羅場だーーッ!!?』』』
思い出しただけで頭が痛い……忘れよう。アレは悲劇だった。
「むむむむ……やだやだやだやだやだやだーーッ!! 絶対にとうまに付いて行くんだもん!! 異論は認めないんだもん!! ガルルゥ!!!」
「まさかの逆ギレ!? な、なんでこの流れで上条さんがかじられんぎゃァァァァァァァァーッ!!」
「ほんと、平和だなー」
「どこが平和なもんですか!? 木原も見てないで何か言ってくれーッ!!」
獅子舞のように頭をブンブン振り回しながら、上条は絶叫した……うーむしょうがない。何か言ってくれというなら言ってやろう。この状況を打開できるセリフを。
「インデックスなら
「お前は誰の味方だーッ!?」
英国・イギリス清教第零聖堂区
そんな木原統一が誰の味方かなんて、考えるまでもないだろう。
「行ってきまーすなんだよー」
「いってらっしゃーい」
「……不幸だ」
タクシーに乗って出発する上条たち一行を見送りながら溜息をついた。時刻は午前8時。向こうに着くのはお昼頃らしい。上条との二人旅にはしゃぎまくるインデックスを押さえ込みながら、目的地に辿り着かなければいけない上条当麻はなんというか、いつも通り不幸だった。
ああ、平和だ。死んだ目をした布束に問い詰められる事もない。乙女の敵だったかと激昂する御坂美琴と白井黒子にボコられる事もない。ギャハハハハとそんな俺を笑い続ける親父こと木原数多もいない……それにしても、車椅子の件でまったく怒られなかったのは意外だった。「ぶっ壊してなんぼだろう『木原』は」という回答は、驚きはしたが納得は出来た。ありがとう『木原一族』
さて、平和だなんだと言う時間もそろそろ終わりだ。俺もそろそろ準備をしなくてはいけない。
机の上にあるのは1枚の用紙だった。こっそりとあの
外出許可証。本来なら小萌先生に頼み込み、正当な理由を並べて手に入れなければいけない代物だ。
ピロン、とメールの通知音が鳴る。我ながら単純なものだ。彼女の名前を見るだけで、他愛のない内容でも思わず口元が緩んでしまう。
『おはよう、いまなにしてるの?』
「えーと、そうだな……」
目の前には少し大きめなカバン。もうまもなく詰め終わるソレの写真を撮って、短い文でこう返した。
『旅支度』
8月27日。本日はとある魔術の禁書目録4巻の開始前日である。舞台はこの学園都市ではなく、外部にある『わだつみ』という旅館が主に中心となって繰り広げられる事になり、今さっき上条とインデックスが向かった先が当然、その場所である。
そこで上条は……いや、そこでというかなんというか。世界中を巻き込んだ大事件が発生し、何故か巻き込まれなかったという理由で疑われ、結局巻き込まれていくという。不幸じゃなかったから不幸ですみたいな、不幸の究極形態みたいな状態に置かれる事になる。そこで不幸でよかった、巻き込まれる事が幸せなんだと言い切る上条はその後……いや、話が逸れた。それはともかく。
とある魔術の禁書目録史上屈指の珍事件であり、実は物語の中でとっても重要な事件だったりもする。天使の降臨、その寄り代として最適な特性を持つ少女サーシャ、4大属性の歪み等々……旧約最後の戦いにおいて重要な記号が多数存在する重要なお話だ。
そしてその事件、その術式が起動した瞬間。俺は一気に窮地に陥ると言っていいだろう。
(まったく、なんであんな事言っちまったかなー……見栄? いや、突然の事で動揺してたというか。統括理事長の前で緊張してたってのもあるか……)
『あー、じゃなにか一つ……今月、天使が現世に降ってきます。これでいいですか?』
よくねえよこの野郎。誰だこんなアホなこと抜かす奴は。
……俺だよ畜生。
学園都市統括理事長と、イギリス清教のトップの前でこんな預言をかましてしまった男、木原統一。平和だなんだと言っていたのは現実逃避のためだったりする。実は絶賛崖っぷちなのである。
『預言者の降誕……十中八九、神の子の性質を宿しているだろうし、聖人としても相当格の高い存在になるかも。その人物がどこの宗派に所属するかで、抗争が起きるくらいには大事件だね』
『それにあの噂の予知能力。これで木原っちが学園都市の人間でなかったなら、今頃は
……崖っぷちというか、もう既に転がり落ちている真っ最中というか。どちらにしろ命が危ないという意味では共通しているか。
そんなこんなでこの外出証である。え? 逃げ出すのかって? いやいやまさかそんな。もちろんその選択肢も考えた時はあった。だがしかし、逃げ切れる未来がまったく見えないのだ。音速を超える聖人の一人と、学園都市に太いパイプを持つ多重スパイ、そして北半球丸ごとやっちゃうぞーな撲殺天使。それらの戦力が『最低限』来る事がわかっているこの状況。逃げ切れる、だなんて幻想を語れるほど俺は脳内メルヘンではないつもりだ。
さらに言うなら、仮に逃げ切ったとしても安心なんてまったく出来ない。俺を追いかけるという選択肢を土御門達が取ってしまったら、誰が御使堕しを解決するのか? 当たってしまった予言を呟いた俺の処遇は? 問題はそれこそ山のようにあるだろう。どう考えても逃げるなんて選択肢は諦めるしかない。
……さて、逃げるのが無理なら別の道を模索するしかないわけだが。幸い、その選択肢を思いつくのにそれほど時間は掛からなかった。
予言が当たるのがマズいなら、その予言を外せばいい。
天使の降臨なんて、そもそもさせなければいい。
そんな大事件、引き起こさせなければいい。
(御使堕しという現象そのものを……発生前に叩き潰す。儀式場を灰も残さず消し去ってやる)
木原統一16歳。上条家への放火を決意した瞬間だった。
(準備よし、さて行きますか)
着替え、お金、ルーンのカード。その他諸々の1泊2日の旅に必要な旅行セット。大方の荷物は詰め終わった。今から出発して上条家に辿り着くのは最速で夕方前か。
(御使堕しの儀式場は、その特性上一撃で粉砕する必要がある……ルーンの出し惜しみも無しで、全力をぶつけてやる)
当然、上条夫妻が留守の時を狙うつもりである。天使の堕天を防ぐつもりではあるが、だからといって2名程昇天させる気はない。
靴を履き、いよいよ外へというところで。ピピピ、と携帯電話が鳴った。メールではなく通話の着信音だ。通話先は……親父、だと……?
「も、もしもし?」
『あー俺だ。生きてっか?』
開口一番に生存確認とは。どんな親子だ。
「そりゃもちろん生きてるけど……えーと親父、急ぎか? 俺、これから外出する予定なんだけど……」
『あァ?……なんつーか、どんな手品か知らねぇが、不正に外出証が出てるからよォ』
げ、嘘だろ。もうばれてやがる。
『お前を付け狙う奴が、お前を外出させた事にして……学園都市外部で行方不明になった事にしようとしてんのかと思ったんだが』
は? どういうこっちゃ……っと、まてよ。親父は、木原統一がまた厄介ごとに巻き込まれていると思ったのか? 不正な外出証でそこまで……いや、最近の出来事を鑑みれば当然か。
「あーごめん。その外出証は俺が偽装して出したやつだ」
いやもうホントすいません心配かけて。
『なるほど。まぁ学園都市外部に逃げようって選択肢は悪くねぇ。つまりお前は、今の自分の状況をわかってんだな?』
……は?
「今の自分の状況? どういう事だ親父」
あと一日で魔術結社から指名手配される話か?
『わかってねぇのか……じゃ何で外出……いや、いい。んな事は後回しだ。はっきり言うぞ、お前は今狙われてる』
親父、木原数多から狙われているという言葉を聞いた瞬間。俺は身体から血の気が引くのを感じた。
「狙われてるって……まさか、
思い当たる節はそれしかない。我ながら暗部に足を突っ込み過ぎたとは思ったが……いや、でも……
『いや、それとは別件だ。アレの真相を知ってる奴はそうはいねぇし、お前を
そうだ。聞いた時はマジかよと思ったが、能力に指向性を持たせられるようになった事。AIM拡散力場の規模、そして
俺が狙われる可能性は0にはならない。ただ超能力者ともなれば、その数を減らす事が出来る。そして狙われたとしても、俺の裏を探ろうとするはず。その動きを察知すれば、先んじて動く事が可能……というのが木原数多の意見だった。
「超能力者……学園都市にとって重要な研究対象である人材。それを狙う輩って───
『余程のバカか、私怨か。超能力者の肩書きが通用しねぇ程の闇か』
どれだ?
『今回はそのどれでもねぇし、どれでも正解だ。強いて言うなら私怨だがな』
「……は?」
『その相手ってのは……口に出したくねぇなぁ。とにかく、今回ばかりはマジでヤバイ。学園都市の外でも中でもどこでもいい。
「うっそだろおい。親父? 親父ィ!!?」
とんでもなく物騒な通話が強制的に終了した。……狙われてる? 私怨? まったくもってわけがわからん。あの木原数多が『マジでヤバイ』だって? 口に出したくない程の相手ってどんな奴だよ!?
(……学園都市からの刺客!? おいおい嘘だろこのタイミングで!? いや)
まさか、このタイミングだからこそか?
(可能性としてはなくはないが……いや、考えてる暇はねぇ。いまはとにかく)
逃げるしかない。親父の言うとおりに。
ガチャン! と勢いよく扉を開く。あまりに大きな音がして、逆にびっくりしてしまった。ってアホか俺は。
部屋から顔を出して、周囲を確認する。誰も居ない。エレベーターは左手にある。だがこんな時に鋼鉄の棺桶に入る度胸はない。階段は両端にあるが、ここは右の階段で行こう。
自宅の鍵を掛けてるような余裕もない。カバンを持って勢いよく飛び出し、滑り込むように階段を下りる。恐怖で息が上がる。足を止めるな。降りろ降りろ降りろ───ッ!!
そうして、寮の一階まで着いた。ここからどうする?
(親父は、『学園都市の外に出るのは悪い手じゃねえ』って言ってた。なら当初の予定通り外に出るのが正解……徒歩じゃ時間が掛かり過ぎるし、多少危険でも車か電車、あるいはバスで───
そんな事を考えながら、駐輪場を突っ切って歩道へ飛び出した瞬間。その声は聞こえてきた。
「あらー? あらあら。一体、どこに行こうというのでしょう?」
その声を聞いても、俺は足を止めなかった。ただその方向をチラリと確認して───絶望した。
「流石は数多さんねぇ。私のことを察知するなんて……危ない危ない。一瞬、貴方を捕まえるのを『諦め』そうになりました」
そのまま諦めちまえよ。いや諦めてくださいマジで。
その声の主は、どうやら俺の住んでる寮のエレベーターが来るのを待っていたらしい。まぁ車椅子なので当然といえば当然なのだが……いや、あの人なら車椅子でも階段どころか、そのまま寮の壁をよじ登って来てもおかしくない。
「でも私は『諦める』より『諦めさせる』方が得意なんでーす」
諦めるしかないかもしれない。あの車椅子相手に、学園都市外周まで逃げ切れる気がミジンコ一匹分もしないのだ。
学園都市転覆を狙うテロ組織を『諦めさせる』
学園都市の体制に反対する外部組織を『諦めさせる』
新方式の能力者開発を始めた暗部組織を『諦めさせる』
『諦めさせる』『諦めさせる』『諦めさせる』……そう、彼女は物理的に、相手をへし折る形で全てを『諦めさせる』。
「さぁ、
木原病理。『諦め』のプロが、そこにいた。
『車椅子』ってなんだろう? って境地に至りつつあります。