とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 長い(確信)
 
 
 
 
 


042 哀しみに明け暮れる世界  『8月27日』 Ⅱ

 木原病理。学園都市が多数保有する木原一族のうちの一人であり、登場巻は新約4巻。バゲージシティでの魔術と科学が交差するってレベルじゃない騒動の中で、誰よりも鮮烈に、誰よりも恐ろしく『木原』としての力を見せつけ、その命を散らした人物だ。

 見た目は車椅子に座ったパジャマの女性であり、傍から見ればそう恐ろしい人物には見えないだろう。実際は身体に埋め込んだ未元物質(ダークマター)の力でもって、超速再生するわUMAに変身するわと、人間やめてる度合いは原作中でも屈指の存在である。

 

 そしてその役割は学園都市の秩序を守る事らしいのだが……秩序を守るというより、ただ気に入らない者達を、片っ端から排除しているだけのような気がするのは俺だけだろうか? と言うかそもそもの話、この人自身が秩序もへったくれもない存在であると、俺は確信している。

 

 ……そんな木原病理の姿を一瞬視界に捉えた俺は、目に焼きついた残像を振り払うかのように、本気も本気の全力で走っていた。 戦うとか話し合うとか、そんな選択肢はあり得ない。アレはどちらかと言えばお化けとか妖怪とか、そういうどうしようもないナニカとして分類されるような存在だ。「とにかく逃げろ」と言っていた親父の声が、頭の中で繰り返される。そりゃそうだ、アレは逃げるしかない。畜生、どうしてこうなった?

 

「おや? 久しぶりの再会にその態度はまずいですねぇ」

 

 走り始めて数分。そこそこの距離を稼いだと思っていたのだが、木原病理の落ち着いた声が聞こえてきた。普通の話し声が、これだけクリアに聞こえるという事は……あぁ、わかっていたとも。たとえ相手が車椅子で、こちらが健全な高校生の全力疾走だったとしても、逃げ切れるはずがないと。……どうせ並走して追いついて来ているんだろう?

 

 右……にはいないな。

 

 左……にもいない……?

 

 その直後、ガシャン! という金属音とともに、木原病理が姿を現した。

 手を伸ばせば届く、なんて生易しいものではない。

 

 文字通りの目と鼻の先。

 長さにして約10cm。

 息を吐けばかかる距離。

 

 眼前に広がっていた、残夏の摩天楼は既に見る事叶わず。

 

 なぜなら―――

 

 木原病理の漆黒の眼が、俺の顔を覗き込んでいたからだ。

 

「まずはご挨拶ですよ統一君。そう教えたはずですが」

 

「─────────ッ!!!??」

 

 木原病理の暗い瞳が、血管一本一本を数えられる程までに近い。あまりの恐怖に声が出ない。自分の心臓が止まったんじゃないかと錯覚するほどの恐ろしさを、俺は初めて体験していた。

 

「私が貴方を"追いかける"なんて事をすると思いましたか? ひとっ飛びで追い越したほうが効率がいいんでーす。心を折るにはこの緩急が大事なんですよ」

 

 どうやら木原病理は、大ジャンプで俺を飛び越してきたらしい。が、そんな情報は今の俺の耳には入ってきても処理が出来ない。というか車椅子でジャンプ、の時点で俺の知ってる車椅子ではない。なんだその乗り物は? 乗り手が人間卒業しているのは知っているが、その乗り物も車椅子を辞めてやがる。車でも椅子でもなんでもねえじゃねえか。

 

 ……そして木原病理の言うとおり、逃げ切ろうという俺の幻想はこの一手で完全にぶち壊された。この距離でこの人を相手に、背を向けるなんて選択肢はまともな奴なら浮かばないだろう。木原円周(味方である木原)ですら、背後から強襲するような人なのだ。背中を向けたら死ぬ、くらいに考えた方が丁度いいくらいだ。

 

 もう一度言おう。どうしてこうなった? この時点で木原病理が出てくるとは誰が予想出来るのか。 御使堕し(エンゼルフォール)だろ? 俺の記憶にある8月27日は、原作では旧約4巻だぞ? 旧約と新約でも間違えたのかコイツは……親父なんか目じゃないくらいのフライング具合じゃねえか。

 

「……な、んで」

 

 ここにいる? という疑問を、俺は最後まで口にすることが出来なかった。あまりの恐怖に、俺の呼吸は乱れまくりだ。だがしかし、意味はかろうじて伝わったらしく、くすくすと笑いながら木原病理はこう答えた。

 

「私が会いに来たのがそんなに予想外でしたか? たしかに、君の事は既に『諦めて』いましたからねぇ。いいでしょう、きちんと教えてあげます」

 

 もう、この困ったちゃんね、という表情を見せてはいるが、目元が暗黒なせいで微塵も茶目っ気がない。困ったちゃんはテメェだコラ。

 

 ウィーンという機械音とともに、車椅子の座席が動く。こちらを覗き込むようにしていた木原病理の体勢が元に戻っていった。

 かつての対アイテムどころか、対一方通行戦以上の域で大警戒中である。彼らと違い、目の前の彼女が一体何を仕掛けてくるのか、微塵も予測出来ないのが余計に厄介だ。どうやら彼女は、今すぐにこちらをどうにかしようという気はないらしいが……だからと言って、俺が気を抜くような事は絶対にない。檻の中にいる実験用エイリアンを目撃した気分である。どう考えても超脱走するだろそれ、というやつだ。

 

 最悪の場合……戦うしかないのか? 相手の目的は不明。戦闘力も……おそらく未元物質(ダークマター)は無いとは思うが、やはり不明である。だがあのトンでも再生能力や、UMAへの変身が仮に無いとしても……この人はあの『木原一族』の一人だ。一筋縄ではいかないだろう。

 

「イベントデータレコーダー、というものは統一君も知ってますよね? 一種の映像記録装置なんですが」

 

 突然何だ? イベント……? たしか車両の運転映像を記録する装置、だったか。事故映像とかを記録するのが主な用途らしく、別名はドライブレコーダー。その程度の知識なら、『木原統一』としての知識を掘り起こすまでもなく、頭の中に入っている。

 

加害者(あいて)を諦めさせる機械という事で、実は私のお気に入りの一つなんでーす」

 

 ……お、おう。なんだその新設定は……いやちょっと待て。それ以前にアンタ、運転するのか? 車を?

 

「おや? 話が見えてきませんかねー? 要はその装置が、統一君が乗っていた()()にも搭載されていたと。それだけの話なんですがねぇ」

 

(……アレってまさか、『スタディ』壊滅の際に使ったあの───ッ!?)

 

 木原病理の試作品であり、つい先日ぶっ壊したあの車椅子。木原数多は「廃棄予定のヤツを適当にかっぱらってきた」と言っていただけなのだが、『Made_in_KIHARA』と書かれた車椅子なんて思い当たるのは一つしかないので、俺は勝手に「木原病理の試作品である」と決め付けていた。そして特に何も考えず、そんなとんでも兵器を改造した一品が木原数多から貰えると聞いて、当時の俺は歓喜したものだ。

 そしてその決め付けはまさしく的中していたらしい。予想通りに木原病理の作品であり、予想外にその影響は大きかった。この怪物を、旧約新約の垣根を超えて降臨させるくらいには。

 

「私が『諦めた』構想を形にしてしまうのは、流石数多さんと言わざるを得ませんねぇ。悔しいですが名前のとおり、『数多』の分野に精通した彼だからこそという事でしょうか。強制回線(オーバーライン)電気系能力者(エレクトロマスター)の力を借りて実現したらしいですが、攻性取手(アジャストメント)の速度と精密さは見事でした」

 

 あらゆるベクトルを操作し、学園都市の最強に君臨している能力者、一方通行(アクセラレータ)。そんな彼を開発した木原数多の手によって、あの車椅子は改造され、そして完成した。相手を殺さずに、精密に相手を壊す事が出来る拷問兵器。その速度と精密さは、2〜3メートル離れた人間が構えた銃を、目にも止まらぬ速さで分解してしまう程である。

 そんな車椅子にドライブレコーダーなんて……親父はその存在を知っていたのだろうか? それとも、俺の能力テスト(あの拷問)で疲れていて見落とした? ……あの親父に限って、そんな事があり得るだろうか?

 

「あの椅子に取り付けた記録装置を通して、統一君の勇姿はしっかりと見せて貰いました。相手は格下もいいとこですし、肝心なところで映像は途切れてましたが、とても楽しめましたよ。思わず涙が出るくらいにはねぇ」

 

 ……泣きたいのは俺のほうだ、という言葉を俺はなんとか飲み込んだ。

 

 あの車椅子は結局、御坂美琴の超電磁法(レールガン)により粉々に砕け散った。途切れたというのはおそらくその事だろう。親父の作品を一日でぶっ壊した時はかなり凹んだが、それはそれで結果オーライだったかもしれない。あの先を見られていたら、布束砥信にまで危険が及んだ可能性もあるはずだ。

 

「そ、それがなんで、会いに来る理由になるんだ?」

 

「んふふふ、理由はいくつかありますねー。色々言いたい事はありますが……やはり一番はアレですよアレ」

 

 にっこりと笑いながら、木原病理はその言葉を口にした。

 

「貴方はまだ『木原』を名乗ろうとしているのですかねー? 優等生止まりの統一君?」

 

 その瞬間、木原病理からの圧倒的な冷たい視線を浴びせられると同時に。俺の頭の中で、パズルのピースがカチリとはまるのを感じた。

 木原統一という人物は、『木原一族』の中では最底辺の……いや、もはや一族としてすらカウントされてすらいない存在だ。教えられなければわからないし、新しい物は生み出せない。科学を愛してはいても科学に愛されない。そんな人間なのだ。

 そして目の前にいるのは『諦め』のプロ。目的を達成するためなら同じ『木原』にですら手を出す怪物。そんな怪物の目に映ったのは、どこまでも足掻き続ける出来損ない……つまり───そういう事か。

 

 『諦め』させられたのだ。かつて木原統一はこの(ひと)に。

 

 木原統一が『木原』であるための、科学の道を。

 

「私と数多さんの作品を持ち出して……私達の真似をすれば『木原』に近づけるとでも思ったのですか? 言っておきますが、貴方は円周ちゃんとは違います。あの子は木原としての才を伸ばす機会が少なかっただけなのですから。ニワトリがスズメの真似をしても飛べないように、元から0の貴方とはその根本から違うのでーす」

 

 円周ちゃん、というのは木原円周の事だ。幼少時、『木原』に嫉妬した『正義』を名乗る集団によって拉致された、科学どころか九九も漢字もカタカナも教えて貰えずに、監禁され続けた不幸な少女。だが彼女は誰に教わるまでもなく、照明や壁のシミ、果ては空気中の埃に至るまで。その目にする全てを『教科書』、あるいは『教師』として定義する事により科学を見出した。そして例に漏れずにその『科学』を悪用し、『正義』を騙る集団を好奇心だけで殲滅してしまったという。正真正銘の怪物であり、『木原』の性質を証明するかのような存在である。

 九九や漢字どころか、この世のありとあらゆる分野の学習をしたのにも関わらず、『木原』としての特性を一切合切発揮しない木原統一とは、真逆の存在と言えるかもしれない。

 

 そんな彼女でも『木原一族』の中では及第点と言えず、他者の思考、行動パターンを参考にして足りない部分を補う事で、『木原』としての特性を発揮している。木原病理が言っているのは、俺がこの木原円周と同じ方法論を目指しているのではないか、という事らしいのだ。俺が親父の口調を真似したり、あたかも『木原』の一員のような振る舞いを取ったが故に、木原病理はこの場に現れた。そしてその目的は───

 

「貴方がもう一度『木原』を目指そうと言うなら、私はまた貴方を『諦め』させなければいけません。数多さんは反対するかもしれませんが、これだけは譲れませんねー」

 

 未だに『木原』を目指す、目障りな少年。木原病理の目に木原統一は、そのように映っているらしい……そういう事なら、俺の答えは決まっている。迷う事はない、今のところ俺から『科学』が芽生える兆しはなく、むしろ科学とは真逆の存在に足を突っ込んでいる最中なのだ。

 

「……いや、俺は『木原』を目指さない。科学への憧れは、もう捨てたんだ」

 

「……おや、想像していたよりあっさりとしてますね。もう少し抵抗があると思っていたのですが」

 

 抵抗なんてするはずもない。元より科学に対する執着は、今の俺には皆無と言っていいくらいだ。……それよりも、用が済んだならとっとと帰ってほしいんだが。アゴに手を当てて考え込む木原病理の姿は、目元の暗黒さえなければ「今日の夕飯なにかしら」と考え込む主婦に見えなくもない。だがしかし、俺は警戒を微塵も緩める気はなかった。「怪しいのでやはり殺っときましょう」くらいのセリフは、この人なら言いかねない。

 

「まぁいいでしょう。映像を見た限りでは、私たちの思考トレースをしたようではないみたいですし……偶然、という事にしておきましょうか」

 

 納得してくれてよかった、と思うのもつかの間。木原病理の次の言葉を聞いた瞬間、俺は息を呑んだ。

 

「では次に、映像の中で貴方が出したあの()()()()()()の話でもしましょうか?」

 

(なん……だと……?)

 

 『木原』中でも一番厄介な人物に、『魔術』を見られてしまっていた。たしかに俺はあの時、一回だけ、小規模な炎の魔術を行使したが……たったそれだけで、映像越しに気づくか普通? どんだけ集中して見てやがるって話だよ畜生。

 しかも「不可思議」という事は、映像越しに解析を試みた結果、原理がわからなかったという事だ。『木原』にですらわからない謎の技術……あるいは能力。現在、科学への熱が再燃焼し始めている疑惑のある男が、そんな物を行使していたとしたら。 可能性という雑草を根絶やしにした花壇の一区画に、正体不明の植物の芽が出ていたら。

 

 ………考える必要もない。俺が木原病理の立場でも、その男を"黒"だと断定するだろう。

 

「さて、もう一度質問しましょうかねー。科学を()()()()の統一君」

 

 ニコニコ笑っていた彼女の顔から感情が消えていく。それと同時にカチカチと、車椅子から謎の金属音が鳴り始めた。どう考えても戦闘態勢である。

 木原病理が司るのは『諦め』だ。彼女は独断と偏見で、気に入らない者全てを諦めさせる。それは同じ『木原』でも例外ではない。「人の役に立つ異端の木原」という存在を、彼女は気に入らないという理由で諦めさせている。人の役に立つ可能性、子供たちから尊敬される可能性。そんな可能性は、『諦めた側』にしてみれば目障りでしかないという、たったそれだけの理由で、だ。

 同じく、『木原』を諦めさせたはずの人物が、醜くもまだ『木原』を目指しているという可能性を、彼女は潰しに来た。どんな手を使って諦めさせるかは知らないが、少なくとも上条当麻(お説教)月読小萌(話し合い)の類ではなさそうである。

 

 服に仕込んでいるルーンを意識する。表面上身体は動かさずに魔力を生成し、いつでも魔術を発動できる態勢へと持っていく。

 

(どこまで通じるのかはわからない……だけどこんな所で、足止めを食らってるわけにもいかねぇんだ……)

 

 足止めどころか、死ぬかもしれない。正直、この人には何故か勝てる気がまったくしないのだ。一方通行や『アイテム』とはまた違う、どちらかと言うと『木原数多』のような。「この人には絶対に勝てないし、逆らえない」という目に見えないルールに縛られているような感覚が、この身に纏わりついているように思えてならない。

 

 そして、木原病理が次の言葉を発しようとしたその瞬間───

 

 

 俺は宙を舞っていた。

 

 

 

 原因は木原病理ではない。凄まじい速度で突っ込んで来た駆動鎧(パワードスーツ)に、俺の身体がビリヤード玉の様に打ち出されたからである。

 

「ごっ、がァああああああああああ───ッ!?」

 

 肺から空気が絞り出される。身体がくの字に曲がり、バキボギボキゴキィ!! と全身が嫌な音を立て、一瞬の浮遊感を楽しむ暇すらない程の激痛が走る。

 

「あらあら、随分と反応が早かったですねぇ」

 

 くるくると吹き飛ばされ、コンクリートの地面を転がる俺の身体を駆動鎧が捕まえた。どうやら俺を轢いた駆動鎧とは別の機体のようだ。どちらの機体も、学園都市ではスタンダードな2足歩行型。カラーリングは緑の重作業用。 

 

 そして一方の木原病理と言えば、元々の場所から10メートル程離れた場所でニコニコと笑っていた。どうやら彼女はこの強襲を察知し、直前に回避したらしい。駆動鎧は俺の背後から突進してきたから、彼女の視点ではこの駆動鎧の姿が見えていたのだ。

 

 俺を捕まえた機体はそんな木原病理を無視し、くるりと反転した。そしてそのまま俺を抱えて、彼女とは別方向に走り始める。激痛の中、逆さまに映る景色。再生をしている身体中の音を聞きながら、俺は木原病理の方をぼんやりと眺めていた。

 

「お話出来て嬉しかったですよ統一君。次会うときには、答えを聞かせて下さいね」

 

 木原病理は追い掛けてくる気配はない。ただその漆黒の眼は、俺を捉えて離さなかった。

 逃がす気はない、と。暗にそう告げるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、随分と大量の駆動鎧ですねー。世代も2〜3世代は古い物のようですが」

 

「最近アイツがぶっ潰した『スタディ』(組織)の残飯だ。今は俺の作った自動操縦プログラムで動いてるがな」

 

 木原病理を取り囲むように、大量の駆動鎧が配置されている中で、とある男の声が響いた。

 

「久しぶりだな、病理」

 

「あらあら、顔も見せずに久しぶりはないのでは?」

 

「……しょうがねぇな」

 

 コツコツという足音と共に、駆動鎧の間を縫うようにして、その声の主は姿を表す。縞模様のシャツに白衣を着込み、顔には刺青の入ったその男。

 

「ふふ、お久しぶりですね……数多さん」

 

「……はぁ。『木原』の誰かが襲撃してくるって聞いて、かっ飛ばして来てみればよー……なんだよお前か、アホらしい。紛らわしい真似してんじゃねーよ」

 

 やれやれと呟きながら木原数多はうなだれた。

 

「その焦りの感情は大事ですがねぇ、だからと言って自分の息子をかっ飛ばすのはどうかと思います。いくら肉体再生(オートリバース)があっても、アレは酷いですよ」

 

「どの口が言ってやがる。心へし折られる前に骨へし折っただけだぞ俺は……それに、アイツは一応、超能力者(レベル5)入り出来るほどの能力を身につけた。なにも問題はねぇっての」

 

素材格付(パラメータリスト)の予想を振り切ってまで、超能力者入りを果たしている時点で問題大有りですがねー。一体なにが彼の能力をあれだけ酷使(成長)させたのでしょうか?」

 

「……それを言ったら、今度こそテメェはアイツを『諦め』ねぇだろうよ……ま、その件については俺もブチ切れたけどな」

 

 ブチのめしておいたから安心しろ、と木原数多は呟いた。その言葉を聞いて、木原病理はクスクスと笑う。

 

「私が責めているのは彼じゃなく貴方ですよ。きちんと監督出来ているんですか? 先日もやりたい放題やっていたようですし」

 

「……ま、最近は物騒な事が続いてるのは確かだが。テメェの登場よりヤベェ事はねぇから安心しろ」

 

 その言葉を聞いて、木原病理は顔を伏せた。

 

「……頼みますよ。周囲を破滅させる『木原』の性質でさえも制御出来る、貴方にしか出来ないのですから。『木原』ではない彼の側にいる事は……私ではいつか、彼を解剖台に乗せてしまう」

 

 ほんの一瞬、そのセリフと共に。木原病理の目元から闇が消えた。おおよそ、木原病理には似つかわしくないその言葉に対して、木原数多はあまりにも彼らしいセリフで応えた。

 

「頼まれなくても面倒は見るし、解剖台になんぞ乗らせねえよバカが」

 

 その言葉が言い終わると同時に、ガチャガチャと周囲の駆動鎧が動き始める。完全に戦闘態勢だ。バールのような物を構えて、いつでも木原病理を殴り殺せるような態勢を取った。

 

「だからおとなしく、ここで床のシミにでもなっとけや」

 

「そんな旧式の機体で私に勝てるとでも?」

 

「中身はむしろ、現行機から2世代ほど先の物にしたんだがなァ……旧式ってのは、どっちかっつうとお前自身の事じゃねーのか? ()()

 

 ブチリ、という音が聞こえた。

 

「面白いですねー、貴方をブチのめすのは多少抵抗があるので、モチベーションを上げるのが難しいと思っていたのですが……どうやらそんな事はないようです」

 

 ギギギッ! という金属の擦れる音と共に、木原病理の車椅子が変形を始める。

 

『モード変更、()()()()()()

 

 そんな電子音と共に、木原病理の乗る車椅子は車椅子ではなくなった。どこにそんな容量があったのか。何世代も前の、変形して合体する系のロボットアニメ的な変身を経て、金属製の怪物が降臨した。

 

 女郎(じょうろう)蜘蛛(グモ)。巨大な蜘蛛の頭の上に、女性の上半身を乗せたソレは皮肉にも、日本古典における由緒正しき妖怪。すなわち架空の存在だ。

 

()()、そして()()か。相変わらず、芸のねぇ奴だ」

 

「致し方ありませーん。人間が恐怖を感じる対象には、必ずモデルというものがあります。見た事も聞いた事もない、それが何なのか、どういう過程を経てその存在に至ったのか。元ネタ(ルーツ)を想像すら出来ないようなモノに変身しても、意味がないですし面倒ですからねぇ。心を折るには何かを参考にするのが一番なんでーす」

 

 それに、と木原病理は言葉を続ける。

 

()()()()、それに()()、でしたか。『数多』の分野の知識と、それらの特性を有する貴方こそ、ある意味で芸のない存在じゃないですかねー。あらゆる技術に通じる貴方は、どうやっても丸く収まってしまう癖というものがある。一方通行(アクセラレータ)やこの駆動鎧たちがいい見本です。()()()()()()()()()()()()()()が、どうやって私に勝つんですかねー?」

 

 万能型(オールラウンダー)。あらゆる知識、技術に精通した木原数多の事を、木原病理はそう評した。

 木原数多の売りはあくまでも『精密さ』である。当たり前に存在する無数の技術(と言っても学園都市最先端だが)に、持ち前の精密さが合わさることで、実現不可能な事象を可能とするのだ。あらゆるベクトルを操作する最強の能力者の開発や、その能力を身体能力だけで突破する方法論の確立などがいい例である。

 

 故に、新しい技術なんてものはない。既存の技術を120%生かすそのスタイルは、常人ならともかく、『木原』の常識の枠からは出られない。

 

「あーそうだな。この場にいる駆動鎧の数は約1万体程だが、それでもテメェにゃ、羽虫みてぇなもんだ。勝てねぇ勝てねぇ……だがなァ───そりゃ、コイツらがこのままならって話だろうが」

 

「…………なにを………?」

 

木原病理が声を上げた瞬間、駆動鎧(パワードスーツ)達は一斉にその声を上げた。

 

『目標対象を木原病理と認定』 『敵性情報を元に戦況予測システムを変更』 『敵情報の変質を確認』 『木原病理の思考原理をダウンロード終了』 『体型から攻撃パターンを逆算中』 『対象を破壊するのに最適な武装の製造開始、終了まであと10秒』 『経験並列ネットワーク展開完了』

 

 ある種の天才が、高速でルービックキューブの六面体を揃えるかのように。機体の中の構造が目まぐるしく作り変えられていく。駆動鎧は本来、人間が搭乗する事でその性能を発揮する。その余剰スペースを使用して、木原数多はこのシステムを構築したのだ。

 

 木原数多が、既存の技術から120%の性能を引き出す『木原』なら。このシステムにも必ずその原型となったモノが存在する。

 

 経験を共有し、常に強くなろうと自らを進化し続ける1万体の集団。といえば───

 

妹達(シスターズ)……あのクローンたちの電気的ネットワーク構造を参考にした、と。駆動鎧を並列化し作業速度を向上させて、入手した戦闘データを最適な形に精査して取り込む技術ですか)

 

 その技術、というより手法自体は珍しいものではない。入手したデータを解析し、次の動きに修正を加える形で最適化を目指す事など、科学者としては呼吸にも等しいのだから。

 

 ……だがその技術が、『精密』を司る『木原』に構築された場合、どうなるのか。

 

「この俺が用意したAIって事を、どうやら忘れてたみてぇだなオイ。今までテメェが諦めさせて来たようなゴミと、この俺を一緒にすんじゃねぇ。こちとら、伊達に『木原』の看板は背負ってねぇぞ」

 

 

 進化とは、何十年何百年と時を重ねる必要があるものだ。科学の発展も然り。小さな事の積み重ねが、未来を照らす足がかりとなる。

 

 だが突然変異とも言える『木原』に、その常識は通用しない。

 

 1万体の並列演算によって成立する高速演算処理システムに、悪魔的な精密さを誇る『木原数多』の思考が宿る。通常のプログラムなら一歩しか進めないような情報から、そのシステムは100歩1000歩先を爆走する。そのスピードは、お世辞にも「進化」などという枠組みで語れるようなものではない。

 

 木原病理は忘れていた。相手の想像の外に出るという事は、木原数多にとっては重要ではないのだと。

 

「こっちは情報ゼロ(ノーデータ)を覚悟してんだ。それがこんなガラクタ1万体だけなわけねーだろうが……ま、相手がテメェなら、ここまでの用意は最初(はなっ)からいらなかったな」

 

 相手を想像の枠に収めきる事。それこそが木原数多の戦闘スタイルである。

 

「さて、と。んじゃ殺すけど、言い残す事はあんのか?」

 

「あの子の映像ありがとうございました。あと、いい歳してそのシャツはぶっちゃけまじださいのでーす」

 

 瞬間、二人の『木原』は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぬっ、ぐごごごごごご……動けェ……ッ!」

 

 景色が前から後ろへと、驚くべき速度で流れていく。法定速度ぶっちぎりの速度で疾走する駆動鎧(パワードスーツ)に抱えられた木原統一は無謀にも、その機械の腕からの脱出を試みていた。

 

(クソ、だめか。腕力でどうにかなる構造はしてないのはわかっていたけど……じゃあどうするんだって話だよ)

 

 炎剣を出してこの駆動鎧をぶった切る、という選択肢はないこともない。だがそれは、この駆動鎧の搭乗者丸ごとぶった切るという事でもある。

 

(この駆動鎧に乗ってるのは誰だ? 警備員(アンチスキル)……ってのは流石にないか。俺を全身複雑骨折させる勢いで轢いてるし。親父、か? それともそれ以外の学園都市の暗部? 猟犬部隊(ハウンドドッグ)のうちの一人とかか?)

 

 木原病理から助け出してくれたというのもある。まぁその助け方に難アリではあったが、その骨折も既に肉体再生(オートリバース)で再生した以上、今は感謝の念の方が大きい。そしてステイルの炎の魔術ではどうしても、駆動鎧の操縦者に致命傷を負わせてしまいかねない。つまりは打つ手無しの状態である。

 

「おーい、もういいから降ろしてくれー……ってダメだよな。まったく、こんな所で油売ってる場合じゃないってのに」

 

 俺の上条家爆破計画が遠のいていく。この駆動鎧はどこへ向かっているのか。その行き先によってはやはり、この命の恩人を焼き切るしかないのか。

 

 そんな物騒な可能性を考えている最中に、視界に入った者がいた。

 

「やっほー木原っちー。調子はどうかにゃー?」

 

 真っ赤なバイクにノーヘルアロハシャツ、マジカル陰陽師こと土御門元春である。

 

「つ、土御門? 何やってんだお前!?」

 

「それはこっちのセリフだにゃー。こちとら、木原っちに野暮用があったんで来てみたら、吹き飛ばされて宙を舞う木原っちが見えたんですたい……あとは、ホラー映画に出てきそうな感じの人もいたにゃー。正直、傍から見て全く訳がわからない状況だったぜい」

 

 出てきそう、ではない。恐怖(ホラー)そのものだよ、アレは。んで以て訳がわからないのは俺も同じだ。今日、俺の理解力メーターは振り切れてぶっ壊れたわ。

 

「……まーとにかくアレだ。気になったんで追いかけて来たんだが……大丈夫か?」

 

「微塵も大丈夫じゃない、助けてくれ。コイツがさっきから俺を離さなくてだな……」

 

 ふーむ、と土御門は駆動鎧を観察し始めた。そんな土御門を気にする素振りもなく、駆動鎧は未だ爆走中である。不意に道を右に左に曲がるのだが、土御門は前を見ずにその動きに合わせて、ぴったりと並走状態を維持しているのは流石と言わざるを得ない。

 

「木原っち」

 

「な、なんだ?」

 

「これ、無人機だぞ?」

 

「…………は?」

 

 無人機? むじんきってなんだ……? いや、人が乗ってねえって事か。駆動鎧ってそんな事出来たっけ?

 

「搭乗ランプは点灯してないし、足は人間の可動領域、速度を明らかに超えてるしにゃー。機体の発する音からして、中に人肉が詰まってる感もなしとくれば、十中八九中身は空……いや、人が乗る部分に自動操縦を可能にする機械(マシン)を押し込んだってとこかにゃー?」

 

 ……それなら話は早い。

 

我が手には炎(T I A F I M H)その形は剣(I H T S O T S)その役は断罪(A I H T R O T C)!!」

 

 炎剣を生成し、この俺をお姫様だっこで市中引き摺りの刑にかけていた鋼鉄の塊を、胸の部分から一刀両断した。鉄の溶けた匂いとともに、駆動鎧は姿勢制御を失い、その身体を転倒させる。ジェットコースターばりの速度で動いていた乗り物から投げ出され、コンクリートの地面に身体を叩きつけられて、身体中傷だらけになりながらも木原統一は脱出に成功した。

 

「痛ぇ……全身の骨はへし折れるし、溶けた金属は跳ねて火傷するわ、おまけに身体中擦り傷だらけって……まったくなんて日だよ畜生、不幸だー」

 

「それだけ怪我して、不幸の一言で済んじまうその能力……相変わらず凄まじいにゃー。木原っちの肉体再生(オートリバース)は」

 

 地べたに座り込んでいる俺に、徐行運転で土御門は近づいてきた。アロハシャツ、グラサン金髪にバイクって……これに咥えタバコまで付けば完璧にアレな人である。というか、土御門って原作でバイク乗ってたことあったか? 

 

「そりゃどうも……なんだ、土御門。それ、新車か?」

 

「おー、よくぞ聞いてくれたにゃー! 最近まとまった金が入ったんで、思い切ってキャッシュで買っちまったんだぜい」

 

 がっはっはと笑う土御門だが、どうにも俺にはピンと来ない。はて、まとまったお金、とは? イギリス清教からボーナスでも入ったのか?

 

「んー……ま、いいか。とにかく助かったよ土御門。無人機だって分からなくて、半ば詰みの状態だったからな」

 

「そいつはなにより、と言いたいところだが。木原っち、自分が未だ詰みの状態だって事には、気づいてるのかにゃー?」

 

 ほれほれと、土御門が指を刺す。その方向を振り向くと───駆動鎧の大群が、わらわらと押し寄せている光景が目に入った。

 

『対象の確保を最優先』 『3423号から4622号までを動員』 『木原統一の能力を再計算』 『使用された発火能力を検索開始』

 

 とてもじゃないが、個人でどうにかなるレベルを超えている。道路をぎっしりと駆動鎧(緑)が埋め尽くしている光景は、目にはいいのだが精神的には泣きそうだ。さっきの木原病理といいこの駆動鎧といい、今日は本当にどうなってやがる?

 

「………助けてツチえもん」

 

「……チッ、最初に乗せるのは舞夏だと思っていたんだがな」

 

 エンジンを吹かし、土御門は言い放った。

 

「乗れ、木原っち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は今でも、彼が『木原』を目指すのは反対です」

 

 木原病理の呟きに対して、木原数多は首を傾げた。

 

「俺は今でも大賛成なんだがな。つーか、アイツはもう見込み無しで、()()()()()()()って言ってたのはテメェだろうが」

 

「ええ、そうですとも。ですが『木原』に成り得ないだけではダメなのです。『木原』を目指すという事は、『木原』が一人、また一人と消えるたびに、その発現枠としてあり続けるという事。もし何かの間違いで、中途半端に『木原』を発現してしまったら。彼は私達と同じ世界に入り込んでしまう」

 

「だから『諦めさせた』方がいいってか? ズレてんだよなぁ、やっぱテメェは……アイツがその事でどれだけ苦しんできたか、早々に見切りを付けたお前にはわからねぇか」

 

 木原数多がそう問い掛けた瞬間、ビルが一つ倒壊した。

 

「それは貴方の責任じゃないですかねぇ。彼に強く『木原』への憧れを抱かせたのは、他ならない貴方だと思うのですが?」

 

「だーかーらよぉ……その憧れをぶち折ったテメェが悪いんじゃねえか」

 

「憧れを抱かせた貴方が悪いに決まってまーす」

 

 物理法則を舐め切ったような人工物が、学園都市のビル群を縦横無尽に駆け巡る。金属が、コンクリが、砕かれ引き裂かれる度に、耳を劈く豪音が鳴り響く。そんな騒音の中で、二人はまったく同じ結論に至った。

 

「「やっぱりテメェ(貴方)とは、分かり合えねぇな(ないですねー)!!」」

 

 二人の怪物の戦闘は、未だ静まる気配はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

 バイクの後部座席から後ろを向いて、迫り来る金属の塊達に炎を投げつける。この数なら狙いをつけなくても当たるだろうという俺の見立ては正しかったようで、駆動鎧が数体溶けて行動不能となる。だがしかし、これは焼け石に水、いや大海に炎というべきか。無数に蠢き迫ってくる群体に、俺は思わず身震いしてしまった。

 

「だーもうっ! まったくもって効いてねえ! どうすればいいんだコレ!!?」

 

「無駄口叩いてないでどんどんやれ木原っち! とにかく、こっちに近づけさせるな! 舞夏を乗せないままコイツをぶっ壊されちゃたまんないぜよ!!」

 

「どんな理由だよそれ!? それと舞夏のために言っておくとだな……このバイク、後部座席の座り心地最悪だぞ!」

 

 席自体の面積が狭いのは、まぁ女の子の舞夏ならなんとかなるだろう。だがこのゴツゴツとした感触は頂けない。構造上の欠陥というか、地面からの衝撃が割とモロに来てるのは致命的ではなかろうか?

 

「チッ、より密着出来るモデルを選んだのが仇となったかッ!」

 

「カッコいい顔して世界一カッコ悪いセリフ吐いてんじゃねェェェェェェェ!!!」

 

 そんな絶叫とともに、第2陣の炎をぶん投げた。1度目と同じく、とにかく外れはしないだろうという目論見で投げたのだが───その予想は外れてしまった。

 ギュインッ! という音と共に、駆動鎧たちは一斉に列を空けた。炎が通り過ぎると同時に、その列の穴が塞がっていく。駆動鎧の集団を一つの生き物として見るならば、こちらの攻撃をパックリ飲み込んだような、そんな鮮やかで統制された動きだった。

 

「……学園都市のAIってすげぇなオイ」

 

「捨ててくぞ、木原っち」

 

 思わず木原統一の知識を掘り返してみたが、あそこまで精巧なAIは木原統一でも知らないらしい。そんな情報も相まって感心してしまったのだが、冷静に考えるとそんな余裕は無いのに気がついた。あの駆動鎧の集団を倒すという選択肢は無理だとして、逃げ切るにしてもこの状態ではそれもままならない。

 

「ど、どうすんだ土御門? このままじゃ打つ手無しだぞ?」

 

「いやいや、そんな事はないぜい。俺だって、別段何も考えずにコイツを走らせてるわけじゃないからにゃー。一応、勝利条件はあるんですたい」

 

 どうやら土御門には勝機があるらしい。それが何なのかはわからないが、問題は……

 

「その勝利条件ってのは?」

 

「23学区の飛行場。そこならあの集団をなんとか出来る手段がある」

 

「……航空機でもぶつけようってか?」

 

「まさか。まーでも、対抗できる兵器はあるってのは間違ってないにゃー」

 

 どうやらマジな話のようだ。ならそこまで辿り着く事に専念すればいいという事か。

 

「23学区まであとどれくらいだ?」

 

「10分少々」

 

「上等!」

 

 炎をただ投げつけるだけの攻撃は、既に見切られてしまったらしい。なら、見切っても避けられない攻撃なら―――

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 地面に向かって、その術式を叩きつける。コンクリートがめくれ上がり、熱せられた空気が爆発することで、衝撃波と共に石礫の散弾が駆動鎧たちに襲い掛かる。

 その衝撃波に吹き飛ばされる機体もあれば、急に変化した地形に対応出来ずに、転んで倒れていく機体もいた。そしてそれらに巻き込まれる形で、無数の駆動鎧たちが脱落していく。時速80キロオーバーでのデットヒートの最中に、目の前の機体が倒れてくればそうなるのは必然。狙い通りに事が運んでくれて助かった。

 

「右だ木原っち!!」

 

「なっ───!!?」

 

 土御門がハンドルを切ると同時に、左斜め上方から駆動鎧が飛び掛ってきた。ドッゴォ!という轟音と共に、先ほどまで俺達がいた座標の地面へと、駆動鎧の拳が突き刺さる。その衝撃でもって出来上がったクレーターの中心で、ギロリと(もちろん駆動鎧に眼はないのだが)こちらを振り向いたその視線からは、「これが数分後の貴様の姿だ」と言われているような気がしてならない。

 

「どっから沸いてきやがった!? 近づけさせた覚えはないってのに……」

 

「にゃー、たぶん建物の屋上……いや、どうやらそんな常識に収まる相手ではないようだぜい」

 

 何を言って……と言い掛けた所で、俺は絶句した。

 

 キュルキュルキュルッ! とやかましい音をたてて駆動鎧は走っていた。何故か2本足ではなく4本足で、四つんばいの状態で。

 

 垂直に、建物の壁を。時速80キロオーバーで、だ。

 

「………………なるほど、地面を吹き飛ばされるなら壁を走ればいい。そういう理屈か」

 

「………………俺の知ってる駆動鎧じゃねえや」

 

 壁を突っ走る特殊機動兵器といえば、黒鴉部隊、シャットアウラ=セクウェンツィア率いる組織の主力兵器が思い出される。そういう技術があるのはわかるが、それを2足歩行の駆動鎧に組み込むとは……

 

「いや、だったら何で最初から壁を走ってこなかったんだ?」

 

「考えてる時間はない。来るぞ!」

 

 緑色の鋼鉄の塊が、宙を舞って襲い掛かってくる。そんな物を炎で迎撃したところで、大質量の溶けた金属を身に浴びるのが関の山。ならば───

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 ただの炎ではなく、明確な芯を持って攻撃を受け止められるモノと言えば、木原統一の手札にはこの存在しかなかった。

 炎の巨人の一振りで、駆動鎧は灼熱の液体となって蒸発する。中に人が乗っていなくてよかったと、心の底から安心した瞬間だった。

 

(出現座標をバイクの後方に設定、動かせるのは腕のみで十分。魔力を常に供給する事で、術自体の霧散を防いで、条件設定は俺との距離を……)

 

「なるほど、なかなかの"再現"っぷりだにゃー。何度かの"観察"でここまで"模倣"できるとは。やっぱり木原っちは才能あるぜよ」

 

「話しかけないでくれー! いまアドリブで魔女狩りの王(コイツ)の設定してる真っ最中だからッ!」

 

 高速で動く乗り物の上での運用なぞ、当然考えた事はなかった。おっかなびっくりでの調整中に、土御門の話を聞いている余裕なんてあるはずがない。

 とりあえず、魔女狩りの王の固定化は成功した。腕も遅いながらも動かせるようにはなったので、壁だろうが地面だろうが、近づいて来る駆動鎧は全て迎撃できるはずだ。

 

 と、思っていたのだが。

 

「これでひとまずは安心だにゃー」

 

「まあな……いや、なんだアレ?」

 

 突然、駆動鎧たちがおかしな動きをし始めた。走る速度はそのままに、各々2体が1体に引っ付き、その機体を分解し始めている。それも凄まじい速度で……って、どこかで見覚えのある触手だなアレ。

 

(親父の作った攻性取手(アジャストメント)じゃねえかッ!)

 

 襲い掛かってくる敵の正体が、思わぬところで判明した瞬間だった。

 

 そして───

 

「つ、土御門、飛ばせェ!」

 

「んー? 何をそんなに焦って……ッ!!?」

 

 何故、駆動鎧たちが最初から壁を走ってこなかったのか。その答えは単純だった。

 

 走れなかったのだ。少なくともその時点では。どうやら彼等は、追いかける過程で自らを、壁を走れるように改造したらしい。

 そして、地を走っても壁を駆けても追いつけないと判断した駆動鎧たちは、第3の可能性に手を出した。

 

 空。つまりは空中である。

 

「ボウリングの球サイズのミニ駆動鎧が大量に飛んできてるッ! どうなってんだアレ!? 駆動鎧をどう改造したらあんなものが出来上がるんだ!!?」

 

「撃ち落せ木原っち!! こっちはさっきからアクセル全開ですたい! これ以上は速度は出ないぜよ!」

 

「くっ……炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

 宙に放たれる炎の術式だが、それが空飛ぶミニ駆動鎧に当たる気配はなかった。

 

「畜生、完全に軌道を計算されて避けられてるみたいだ」

 

「木原っちが単に下手なだけじゃないかにゃー!?」

 

 そうかもしれない。ステイルならあるいは、当てられる可能性はある。ならば、ステイルにはない術式を使うまでだ。

 

我が剣は王のために(S F T K)!」

 

 全長10mを越す炎の大剣が、駆動鎧の群れに向かって振り抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第23学区。航空・宇宙開発分野に特化したこの学区は、そのまま丸ごと開発地域に指定されている。それ故に一般学生は完全立ち入り禁止な区域であり、立ち入る際は正式な書類一式を用意する他ない。学区と呼んでいいのかすら怪しい区域である。

 ……のだが、オリアナ=トムソン(歩く18禁)との最終決戦に利用されたり、世紀末帝王と原子崩し(メルトダウナー)の戦闘が行われたり、上条当麻はたびたびこの施設を利用して海外に飛び立ったりしているので、立ち入り禁止の看板は半ばお飾り状態なのだ。

 

 そして今回も、その看板は安易にぶち破られた。

 

 バキンッ! という金属音と共に、金網が容易く引き裂かれる。時速100キロを超える、男二人乗りのむさくるしいバイクが通り過ぎ、そのすぐ直後に緑色の、もはやなにやらよく分からない金属生命体が通り過ぎていった。

 

「もう無理!! 完全にこっちの攻撃解析されてるって!! 何撃っても当たる気しない!!」

 

「当たらなくてもいいから撃て木原っち!! それだけで時間稼ぎにはなるってもんぜよ!!」

 

 空を飛ぶのは当たり前。穴を掘って地面の下から襲い掛かってきた事もあった。全員合体して超巨大ロボットになった時もあれば、一転して車やバイクに化ける事でこちらをかく乱しようとしてくる事もあった(もっとも全身緑色なので意味はなかったが)

 そんなもろもろの過程をへて、今現在の駆動鎧'sの姿は何故か、超ロングサイズの巨大な大蛇に変貌していた。

 

 手当たり次第に炎を撃っても、その予備動作を見ただけで、大蛇は最小限の動きでもって炎をかわし追いかけてくる。試せるフェイントは全て出し尽くした。フェイントの動作も込みで、全てが解析されてしまっている。

 

 追いつかれる。あと数秒で。土御門の言うように、第23学区には辿り着いたが、「目の前の大蛇をなんとかする兵器」には間に合いそうにない。そもそもそんなモノ、本当に存在するのかさえ怪しくなってきた。

 

「土御門! その例の兵器ってのはまだ遠いのか!?」

 

「……いや、どうにか間に合った。着いたぜ木原っち」

 

 瞬間、誰かが横を通り過ぎるのを見た。あまりの速度に、長身で髪の長い女性、としか認識できなかったのだが。その情報だけで、彼女が何者なのかを俺は瞬時に理解した。

 

「出番だぜい、()()()()

 

 放たれる刃。紡がれる無数の術式に加えて、音速を超えた肉体から放たれる、あらゆる敵を両断する必殺の一撃。

 

 鼓膜が破裂しそうな金属音を経て、目の前の巨大な大蛇は粉々にさせられていた。

 

「……速すぎだろ」

 

 戦闘は一瞬で終わった。彼女が何かをしたのはわかるのだが、速すぎて一般人の目には追えなかった。彼女が8人程に分身してるように見えたのが「目で追えている」と言えるなら話は別なのだが。忍者かアイツは。

 

 戦闘情報をフィードバックし、最適な形態へと変化する駆動鎧。だがしかし、形態を変化させる前に倒してしまえば、そのギミックはなんら意味を成さなくなってしまうという弱点が───

 

(………いや、それは弱点とは言わない)

 

 相手が悪かった。そうとしか言えない。なるほど、土御門の言っていた勝利条件とはこの人か。これなら納得せざるを得ないな。

 

「人の気配がしなかったので切り伏せましたが……ところで土御門。コレはなんです?」

 

 神裂火織。イギリス清教の主力にしてインデックスの友人。『聖人』という、人間辞めてます集団の一角。そんな彼女が何故か、ここ学園都市にいた。人の気配ってなんだよ? 切り伏せるどころか粉々だよ!?

 

「さてにゃー、俺もよく分かってないんだが、木原っちが狙われていたって事だけは確かぜよ」

 

「なるほど、こちらの動きを察知された、というわけですか」

 

「どうだか。俺はなんとなく別口な気もするが……まぁこうなっちまったら後の祭りだぜい。ま、予定通りに木原っちは運んできたし、結果オーライ?」

 

「相変わらず適当ですね……まぁ、その辺りの調整は貴方の仕事ですし、私は手を出せないので何も言えませんが」

 

 ……ん? いま聞き流せないセリフを聞いた気がする。

 

「……気のせいだよな? いま"予定通り"って単語を聞いた気がするんだが」

 

「予定通りぜよ。むしろ予定より早いくらいだぜい」

 

 ……なんだろう。そこはかとなく嫌な予感がする。早めにここを立ち去ったほうがよさそうだ。

 

「あー、先に言っておくぜい木原っち。なんのためにここにねーちんがいるのかって事を、よく考えるんだにゃー」

 

 ぶわっ、と嫌な汗が吹き出す。現在位置は見通しのいい第23学区の最西端。当然ながら周囲に遮蔽物はなく……その、なんだ。まぁもし仮に俺がここから走り始めたとして、そして神裂火織が追いかけてくるとする。障害物のない地形なので必然的に、微笑ましい「捕まえてごらーん」な構図になるわけだ。

 

 ……問題はそのセリフを言い終わる前に捕まってしまう事なのだが。

 

「い、いやー? 助かったよ土御門に神裂さん。そして大変申し訳ないんだけど、俺はそろそろ用事があるのでこれにて───

 

 御使堕し(エンゼルフォール)を止めなくてはいけない。それには明日の朝、上条夫妻が家を空ける瞬間までには、上条家を吹き飛ばす必要があるのだ。まさか、いやまさかそんな───

 

 そんな俺の淡い幻想は、チャキッ、という七天七刀の鍔鳴りで粉々に打ち砕かれた。

 

 ああ、もうだめだ。おしまいだ。

 

「……なあ。俺になんの用があるってんだ?」

 

「おや? なんでも知ってる木原っちならもうわかってるんじゃないかにゃー?」

 

 御使堕し前日。そのタイミングで彼らがいた場所。そして今現在いるのは学園都市の第23学区。

 わかってはいる。こんな時だけ回転の速い木原統一の頭脳は、とっくの昔に結論を出しているのだが、その結末は、到底受け入れられるものではなかった。

 

 パニックの末に、俺が絞り出した言葉はなんともマヌケな一言だった。

 

「あ、明日じゃダメかな!!?」

 

 そんな俺の願いは、当然聞き届けられるはずもなく。

 

「それでは、ウインザー城へお一人様ご招待だにゃー」

 

 ……というか、完全に無視された。招待ではなく拉致であると、そんなツッコミを入れる気も起きなかった。ただただ、その頭をバスケットボールよろしく、神裂に鷲掴みにされながら、為すすべなく連れられて行く。

 

 日本からの距離は約6200マイル。

 地球約1/4周分の先。

 

 所要時間は航空機で約12時間。つまりは往復で1日かかる距離である。

 

 そして御使堕し発動まで、あと……約18時間

 

 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。つまりはイギリス。

 

 木原統一16歳、初の海外旅行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不幸だァァァァァ───ッ!!!」

 

 




 
 
 
 
 
 ウインザー城をうまく描けるのか。それが問題です。

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