とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 遅くなってすいません……今年最後の投稿です








046 焼ける刃の先に 『8月27日』 Ⅵ

 

「まったく、仰々しけるものね。魔術師一人任用するのに、これほどの手厚い歓待とは……流石の私も、(くだん)の少年には同情の念を抱かざるにはいられなきにつき」

 

「世迷言を。どうせこの展開もお前の想定内だろう。そしてお前に同情される事こそが、その少年の最大の不幸だろうよ」

 

 審問会の会場。その隣にひっそりと存在するVIP専用の控え室にて、二人の女性が歓談に(ふけ)っていた。豪華なティーセットの乗せられた、染み一つない純白のテーブルを挟み対峙する二人の姿は、何も知らない人が見れば「いかにもな英国淑女のティータイム」に映るだろう。

 

 そう。何も知らない、という前提がつくという事は。それは大きな間違いであるということである。

 

「それに、英国女王(クイーンレグナント)直々の出迎えだ。それを不幸と言われてはこちらの立つ瀬はないな」

 

 英国女王。白と黒のツートンカラーのドレスを着た女性は、自らをそう称した。英国を束ねる三つの派閥の一角。『王室派』の頂点に立つ存在である。「いかにもな英国淑女」どころの騒ぎではない。「英国淑女の手本」となる女性であり、常識ある一般的な英国人であれば誰もが知っている人物でもあった。

 

「男冥利がなんとやらとでも言いけるのかしら。年齢を考えろよ。半世紀も歳と皺を重ねた身で、ジャージにエレキギターは流石に引くぞ」

 

 そんな軽口を叩いたのは、ベージュの修道服が特徴的な、それ以上に人を小馬鹿にした日本語がとても特徴的な女性。イギリス清教のトップである最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートである。

 

「ふむ、そんなお前が考えるべきはこの場の状況だな……私が儀礼剣(カーテナ)を帯剣していることを忘れたのか」

 

「「止めて下さい」」

 

 対話を初めて5分も経たずに話が物騒な方へ転がっていき、驚くほど下らない理由でウィンザード城が瓦礫の山になるのを止めたのは。二人の護衛を務めている従者達だった。

 

「最大主教、例え彼女の執務室にエレキギターやサッカーボールが転がっていたとしても、相手は英国女王です。無体な発言は慎んでください」

 

 ローラを諌めたのはその背後に控えていた、同じく清教派に属する一人。『聖人』神裂火熾である。

 

「おい、そこはかとなく馬鹿にされている気がするのだが。半裸のサムライに服装に関してそこまで言われるのはな……」

 

「エリザード様。彼女の服装は術式の構成上仕方のないことです。そしてご安心を。間違いなく馬鹿にされてます。扱いに不満があるようでしたら、もう少し英国女王としての自覚を持ちやが……持って下さい」

 

 神裂と対になるように、エリザードの背後に控える男は言葉を選びながらそう告げた。フォーマルなスーツに身を包んだ彼こそは、『騎士派』のトップにして英国騎士最強の人物である。騎士団長(ナイトリーダー)の職を10年以上務め上げている彼を、人は皆その役職名で呼んでいた。

 

「……私はこれでも国家元首なんだがなぁ」

 

「では、"これでも"という単語が取れるようより一層の努力を」

 

 がっくしと肩を落とす英国女王に、騎士団長はやれやれという感じで首を振った。そして後日にでも彼女の執務室をひっくり返し、隠された娯楽品の数々をまた取り上げなければと心に誓う。

 

 英国最強の騎士は、英国一の苦労人でもあったのだ。

 

「話を始めてもよろしいでしょうか?」

 

 そんな彼らのやり取りを無視して、いくつか資料を取り出しながら半裸のサムライ女こと神裂火織は無表情で尋ねた。

 

「……すまない。先ほどはエリザード様が失礼をした。始めてくれ」

 

「いえ、この服装が英国のドレスコードに相応しくない自覚はあります」

 

「いや、職務に相応しい服装というものはなによりも優先されるべきだろう。どうだろうか、次の機会にでも貴女の構成する術式を崩さずに着られるようなドレスを探しに行くというのは。良い店を知っているので、もしよければエスコートを……」

 

「私に女王としての自覚がどうこうの前に、お前が騎士としての自覚を持ったらどうだ?」

 

「くっくっく、よもや女王(クイーン)の前で騎士(ナイト)聖職者(ビショップ)を口説こうとは。して神裂、答えは如何様になりけるのかしら?」

 

「……お気持ちだけ受け取っておきましょう。正装と言う観点でしたら、私には日本式の着物というものがあります。儀式や祭宴に出席の際はそれを着用する予定なので心配は無用です。"最大主教の護衛役"や"審問会に召喚された魔術師"という身分であればこの服装でも問題ないかと」

 

「はっは、振られたな騎士団長」

 

「……なるほど。差し出がましい真似をしてすまない……では、貴女の着物姿を楽しみにしているとしよう。そしてエリザード様、次回の物品点検は第一王女(リメエア)様に監督して頂きますのでお覚悟の程を」

 

「………」

 

 騎士団長を冷やかしていたエリザードであったが、第一王女の名を聞いた途端にこめかみから冷や汗がどっと吹き出していた。王室派の、いや英国の頭脳とまで言われる長女にかかれば、エリザードの執務室など丸裸も同然である。あの娘がその性能を遺憾なく発揮した場合、エリザードの娯楽用品は全て掻っ攫われることだろう。

 

「さて、本当に時間がありません。僭越ながら始めさせて頂きます」

 

「構わない。エリザード様の電源がOFFになっているが気にしないでくれ」

 

「……白目を剥いていますが」

 

「大丈夫だ」

 

 神裂としてはとても大丈夫だとは思えないのだが。なにせ彼等は10年以上の付き合いだ。おそらく大丈夫なのだろうと判断し、神裂は話を始めた。

 

 自分とステイル、そしてインデックスとの悲劇の終焉。

 

 科学の街で起こった事の顛末。

 

 幻想を殺す少年と、現実を教えてくれた少年の物語。

 

 その真実を

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、木原統一は試験に合格していたらしい。

 

 答案用紙を提出し、試験官であるシェリー=クロムウェルの背中を見送ってから30分後。地下牢もどきの扉を開け放ち、土御門はこう告げてきたのだ。

 

「合格だ。いくぞ木原っち」

 

 人をこんなじめじめとした地下牢に詰め込み、不意打ちで編入試験を受けさせた挙句にこのセリフである。普段通りであれば、文句の一つや二つはぶつけているところだ。だがしかし、喉まで出かかった抗議の声は、土御門の表情を見てそのまま飲み込まざるを得なかった。

 

 ここでごねたら殺す……とまではいかないものの。つべこべ言わずについてこいオーラを振り撒きつつある土御門へ、かける言葉が見つからなかったのである。

 

「ここで待っていろ。死にたくなければ決して部屋からは出るな」

 

 螺旋階段を登り切り、太陽の光を久しぶりに浴びたのも束の間。人気のない所を選んでいるのか大周りに大周りを重ね、最終的に辿り着いたのは安っぽいホテルのような部屋だった。

 

「死にたくなければって……」

 

「質問は後だ。30分ほどで戻る」

 

 そう言って土御門は部屋を後にした。まったくもって無茶苦茶である。

 

(……合格して喜ぶべき場面だと思ったんだけどなぁ。いや、冷静に考えたらそんな余裕はないか。考えなきゃならないことはたくさんある)

 

 一難去ってまた一難、ではなく2難3難と続く予定があるこの身の上である。「編入試験に合格したよやったね、じゃあ死ね」では話にならない。必要悪の教会(ネセサリウス)殉職最速記録を塗り替えるためにイギリスに来たのではないのだから。

 

(審問会そして御使堕し(エンゼルフォール)……この二つを切り抜けるための口八丁を考えておかなきゃ、俺は死ぬ。あるいは)

 

 死なずとも、死んだ方がいい状況に追い込まれるのは確実である。結果的には死ぬのだから、その行程に一手間加えられるだけなので実質は同じことだ。そんなお昼のクッキング番組みたいなノリで拷問してくるのがイギリス清教式である。異端狩りの名は伊達ではない。死体の脳から情報を穿(ほじく)り返す術式すら存在する組織が、よもや手加減なんぞするはずもない。

 

(幸いにして俺の預言……いや、失言の事を把握しているのは最大主教、土御門……あとは神裂。そこを誤魔化せば乗り切れる、か?)

 

 御使堕しが発生した時、おそらく事態は混迷を極めることだろう。俺なんかがその思考を追うことを許されない程に、ローラ=スチュアートと土御門元春は考えを巡らせるはずだ。たとえ俺が主犯であるという推測が成り立ったとしても、その背後にいる黒幕、そして計画の意図や背景が判明するまでは、迂闊に手は出さないだろうというのが俺の見解である。

 

 そして当然、敵が何処にいるのかもわからない状況で、俺の預言の話を他人にぶちまけたりもしないはずだ。その間隙を縫って、口止めと誤魔化しを……あの二人に仕掛けるのは無謀の極みかもしれないがやるっきゃない。最悪の場合、背後にいる黒幕は統括理事長(アレイスター)って事にして乗り切……いや、イギリス清教と学園都市の仲を悪化させるわけにも……天使を堕天させた魔術師でも、預言者でもなく。ただの偶然でしたって言い張るしかないか。

 

 ……問題は最後の一人、神裂火織である。

 

(あの人なら、観衆の面前で「御使堕しを止めなさい!」くらいの発言はやりそうだな。原作では上条がその役割を担っていたし。言い訳をする前から犯人にされちまったら誤魔化しようがない)

 

 別段、彼女が迂闊であると言うつもりは毛頭ない。ただ土御門や最大主教よりも真っ直ぐな生き方をしている、という話である。人としてはとても美徳であるのだが、その美しさで俺は命を落とす可能性があるのだから困ったものだ。

 

(ひとまず、御使堕しの発動時には人気のない所にいる必要がある。これがまず第一条件だな)

 

 たとえ神裂が暴走して、そして七天七刀の鞘でボコボコに叩きのめされたとしても。周囲に誰もいなければなんとかなりそうだ。優しい彼女のことだから、殺されるということはないだろう。

 

 ……殺される一歩手前までぶちのめされる事を前提としなくてはいけないのは、非常に悲しい事実ではあるのだが。

 

(後は……審問会か。こいつは土御門に相談するしかないな)

 

 最大主教が各方面にぶちまけたというカバーストーリー。学園都市に潜入していた魔術師が、悲劇の女の子を救うハートフルファンタジーラブストーリーを貫き通さなくてはいけない。その細かな設定を土御門から聞いて、後は口裏を合わせれば完璧だろう。学園都市に住んでいる科学者が、喜劇の少年を救うバーニングサイエンスデスストーリーの方は絶対に公開してはならない。

 

(どこか対応を間違えればただじゃ済まない……が、裏を返せば、これらを乗り切れば勝機はある)

 

 

 

 

 

 さて……ある程度考えも纏まった所で、いい加減気になっている事がある。

 

 ウィンザード城のとある一室、おそらく土御門が手配したであろう安全地帯。簡素なベッドに固い椅子と小さい机。あまり使われた形跡のないクローゼットがあるだけのこの部屋に、一つだけ注意を引くものがあるのだ。

 

 机の上のそれは、おそらく一般的に使われるモノの中では最大サイズだろう。シチュエーションから考えて、そして土御門が何も言わなかったことから鑑みても、これが自分宛であることは明白である。

 

『To Toitsu Kihara』

 

 というか、表面に名前が書いてあるのだ。明白どころか確定だった。

 

 丁寧に蝋印が施された、俺宛の茶封筒が置いてあった。

 

(……開けていいんだよな? 土御門もダメとは言ってなかったし)

 

 間違っても、開けて怒られる様な事はあるまい。とりあえず蝋印をこじ開けて、その中身を机に広げてみた。

 

(任用を命ずる……って、これアレか。窓のないビルでの会談の時、あの女が読み上げてた書類だな。そしてこのロザリオは……霊装、ではないか。イギリス清教の象徴である赤と銀……任用の証ってヤツかな)

 

 実を言うと、中身の方はそこそこ見当は付いていた。試験に合格した直後の茶封筒といえば、やはりこれしかないだろう。開けてしまえばなんてことはない、合格証とその記念品だ。せっかくの貰い物だし、なくさないように大事に扱おう。

 

(まだなにか入ってるな……なんだこれ? 壊れたコンパスか? 張り付いてた跡があるし……あ、この紙に付いてたのか。てことは壊れてるじゃねーか。あとは小さな紙切れが一枚……)

 

 人生ゲームのボードくらいの厚みをもった世界地図の描かれた用紙に、そこから取れてしまったであろうコンパス。ぱっと見て、それがなんらかの霊装であることが確認できた。そして、最後に出てきた小さな紙切れには───

 

『賠償命令 木原統一殿』

 

「………え?」

 

 その壊れた霊装の弁償を命じる一文が書かれていた。

 

 そしてそこには、割と洒落にならないくらいの金額が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、学園都市と1戦交えた上に、魔術師ではない科学の住人に()()()解析され、そして模倣された上に敗北した、と」

 

 神裂が話し終え、今度は騎士団長(ナイトリーダー)が白目を剥く番だった。「一人の女の子を救うため、命を張った魔術師を任用する」という話を聞き、英国紳士たる彼はひそかに感動していたのだ。だが真実を聞いてみればどうだろうか。女の子を救うために立ち上がったという大筋はブレていないものの、そこに至るまでの過程に問題が山積みである。

 

 近年稀に見る英雄譚。何も考えず、心躍らせながらそんな話を楽しめる年齢では無いことを、騎士団長は実感していた。

 

「……ほう、魔術に疎い街だと思いこみ、胡坐をかいていたら見事に撃墜か」

 

 対するエリザードは冷静であった。当然、想定外の内容は含んでいたものの、どうせ目の前の女(ローラ=スチュアート)は事態の9割を掌握しているのだろう。ならばこちらが憂慮すべき内容はこの事件ではなく、その先にある。そう彼女は考えていた。

 

「それで、肝心の学園都市との窓口は? そちらも以前に挙げた報告とは異なるのであれば流石に問題だが」

 

 『王室派』たる英国女王の重視する点。それは科学サイドの総本山である学園都市との関係性である。

 

「良好です。必要に応じイギリス清教の魔術師の入場許可も下りるようになり、長期滞在の際はVIP用のIDを発行してくれています。交通に関しても、イギリスの航空機が学園都市を利用できるようになり、有事の際はあちら側の最新鋭航空機を出してもよいと」

 

 その言葉を聞いて、騎士団長は口を挟んだ。

 

「建前ではなんとでも言えるだろう。その条約がきちんと守られる保証はあるのか?」

 

「現に、私は少年、木原統一を迎えに行く際に、IDを発行された上で航空機にて学園都市へ赴きました。長期滞在に関してはインデックスが滞在のため利用しています。流石に有事の際の対応は不明ですが、その他に関しては確認済みです」

 

 神裂の言葉に、騎士団長は不服そうにも「そうか」と一言だけ呟いた。起こってしまった事件に見合うほどの利益が、ある程度存在することは認めたようだ。だが───

 

「ふむ、イギリスも一枚岩ではないからな。学園都市に関してはわからんが……目下、問題はイギリス内部にこの話をどう伝えるかだ。『王室派』はなんら問題はないが、『騎士派』と『清教派』はどうなるか……」

 

「まぁな。既に、一部の勢力は反抗の意思を見せたるようだし」

 

「……何?」

 

 反抗勢力の存在。それは本来であれば、真っ先に話すべき事柄ではないのか。そんな詰問をしようとした騎士団長を、ローラ=スチュアートは封殺する。

 

「くっくっく、騎士派のトップとあろう者が、身内の動向もままならぬとは」

 

 やれやれ、という感じでローラ=スチュアートは肩をすくめた。

 

「問題はないのか」

 

「こちらで対応済みにつき、心配は無用なりけるのよ」

 

 エリザードはそれで納得したようだが、騎士団長としては堪ったものではない。身内の動向、即ちその反抗勢力は騎士派の内部に存在する事になる。

 

「対応とは一体……」

 

彼奴(きゃつ)らは虎の尾を踏んだ」

 

 極めて冷徹に、そして楽しそうに。彼女はこう言葉を続ける。

 

「餌を片手にいう事を聞かせんとしたようだが。アイツにとっては、餌よりも血に塗れたその腕の方が魅力的たるは当然につき。ましてその腕が、旧き友の血に濡れていては、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか」

 

「………ああ」

 

 ウィンザード城の敷地内。その片隅にある、現在は使われてない古びた見張り台。かつてそこを利用する兵士のために建てられた小屋の中で、土御門を待っていたのは大量の血を噴出して倒れている一人の騎士と、それを虚しそうに眺めるシェリー=クロムウェルの姿だった。

 

「意外だな。殺さずに止めておくとは」

 

 甲冑に身を包んだ騎士は、出血こそ酷いもののまだ息があった。

 

「偶然よ。殆ど殺す気で潰したんだけど……エリスの一撃をまともに食らってコレとは。コイツをぶち殺すとなれば、この小屋ごと押し潰す勢いじゃないと不可能だったみてえだな」

 

 当然、土御門が言いたかったのはそういう意味じゃない。騎士派の装備が思いの他頑丈であった事を、意外と称しているわけではないのだ。

 

 ただそれを、この場で問い詰めるのはナンセンスだという事も、土御門は理解していた。

 

「で、これからどうすんのよ?……つーか、何しに来たんだお前。コイツ一人の処分ぐらい、私一人でも十分なんだけど?」

 

「……コイツ一人だけなら、な」

 

「……チッ、面倒だな。こういう馬鹿が他にもいるのか」

 

 たった今仕留めた『騎士派』の人間。それ以外にも反乱分子がいるのならば、当然この機会に仕留めておきたいと、土御門は考えていた。

 

(可能であれば、審問会より前に全員潰しておくのがベストだ。そういう意味では、シェリーがこいつを生かしておいたのは僥倖だった)

 

 ズルリと、血に濡れた兜を剥ぎ取りその顔を無理矢理上げさせた。40代前後といったところだろうか。目つきの鋭い金髪の英国人である彼は、目が若干虚ろではあるものの意識はあるように見える。

 

「さて、死にたくなければ質問に答えてもらおうか」

 

 まるでハリウッド映画さながらの、使い古された台詞ではあるものの。この言葉が本気である事は、騎士派の男には十分伝わっていた。

 

「仲間の数、場所、目的……洗いざらい吐いて貰うぞ」

 

「………仲間は、いない……だが」

 

 吐き捨てるように、その男は呟いた。そして虚ろな目で、自らをここまで傷つけた犯人へと目を向ける。

 

「君なら……わかってくれると……思ったんだがな」

 

「……あぁ? 何言ってやがるんだテメェは?」

 

 そんなシェリーの問いに、彼は答えなかった。震える手つきで自らの懐に手を入れ、一枚の羊皮紙を土御門に差し出した。

 

「こうなってしまっては………もう、止められない……イギリスを、学園都市を、頼む……もうそれしか、道は……ないのだろう?」

 

「………」

 

 血に濡れたそれを受け取り、何かを言いたそうな表情の土御門だったが、結局何も言わずに立ち上がった。

 

「モールス……ではないな。オリジナルの暗号コードか。なるほど、魔術的に閉鎖されたこのウィンザード城の敷地から、街に信号を送るにはここが最適だったというわけか。まさか、カンテラと見張り台を利用して連絡を取るとは……19世紀の手法だぞこれは」

 

「街だと? おい土御門、この野郎は一体誰と連絡を取り合ってやがったんだ?」

 

「……やり口から見て、おそらくはフランスだろうな。イギリス内の勢力を突っついて、ゆくゆくは内部分裂を起こそうなんて繊細で臆病な手口、まず間違いない。今日の審問会が終わり次第、コイツを起点にしてさらに仲間を募るつもりだったんだろうが……試験問題への細工は悪手だったな。あそこまであからさまな仕込みに、誰も気が付かないとでも思ったか?」

 

「………少し、違うな」

 

 微笑みながら、自嘲気味に騎士は呟いた。

 

「別に……俺自身は、イギリスの分裂なんて望んじゃいない」

 

「はっ、結果としてそうなれば同じじゃねぇか。自分が何をしたのか、まったくわかってねぇみたいだな」

 

 吐き捨てるように言い放ち、シェリーはその騎士を睨みつける。だが騎士の表情は変わらない。

 

「わかっているさ……今も昔も、俺は間違ってばかりだ……だから今回は、君に尋ねたかったんだ。俺がしていることが……正しいのか、否かを。俺の存在が、ばれる事くらいは……承知の上、だ」

 

 この言葉を聞いて、土御門は全てを理解した。可能であれば、この血塗れの騎士の口を今すぐにでも塞ぐのが最善手であることを。この騎士の話を、シェリー=クロムウェルに聞かせるべきではないことも。

 

「イギリスの、分裂? もともと、イギリスは……一つではないだろう。3つの派閥に……4つの文化……その集合体……連合(United)王国(Kingdom)の名を冠するこの誇り高い国は、これくらいじゃ揺らがない………俺が愛したこの国は、そんなに弱いものじゃない」

 

 だが、土御門には出来なかった。目の前の騎士が掲げた信念を嘘で塗り固める事が、どうしようもなく不可能に思えたのだ。

 

「ただ俺は……あの悲劇を繰り返したくなかったんだ。20年前の、あの惨劇を……」

 

 その言葉を聞いて、シェリーは目を見開いた。呼吸を止め、その男の言葉を一言一句反芻する。

 

 20年前の惨劇

 

 シェリー=クロムウェルに尋ねたかった事

 

 そして───『イギリスを、()()()()を、頼む』という言葉。

 

「許してくれ、とは言わない。ただ、すまなか……た………」

 

 こうして、血塗れの騎士は意識を手放した。重傷ではあるものの、騎士の纏う甲冑には装備者を癒す機能が備え付けられているようだ。このまま捨て置いたとしても、簡単には死なないように出来ている。

 

 そう、だからこそ。彼女は目の前の事案に集中できる。

 

「……何処から来た?」

 

 ゆっくりと、振り返りながらシェリーは尋ねた。

 

 全てを知るはずの人物へと、怒りに震える身体を抑え付けながら。

 

「あの木原とかいうガキは、何処から来やがった?」

 

 土御門にしてみれば、答えてやる義理も、義務も使命もない。適当に(うそぶ)いて、全てを誤魔化してしまえばいい。だが――これは報いだ。

 

 嘘吐きが支払うべき代償。その支払い期限は、信念に従い敗れた男を貶してまで、延ばすようなモノじゃない。

 

 少なくともこの騎士がシェリーに伝えた真実は……自分が歪めていいものではない。

 

「………学園都市だ」

 

 そう告げた瞬間。シェリー=クロムウェルの周囲が、魔法陣で覆い尽くされるのを土御門は見た。

 

(悪いな木原っち、審問会どころじゃなくなっちまった)

 

 期せずして、友の仇を討った岩石の拳。その恐るべき一撃が、土御門に向けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、作戦は決まったな」

 

「……これを作戦と呼ぶのはどうかと思いますが」

 

 満足げに席を立つエリザードに、間髪いれずにダメ出しを入れる騎士団長。だがその「作戦とは呼べない何か」以上の名案も浮かばないのも確かだった。

 

「なに、ここから先はどう嘘を塗り固めたところで足枷にしかならん。幸いにしてその少年は、イギリスにしか身寄りがないというわけでもなし。いざとなれば学園都市に返してしまうのが一番だろうよ」

 

「清教派としては、本当にそんな日が来るのであれば……かの少年を、生きたまま科学の街に戻すわけにはいかなきにつき。魔術の知識を散々搾り取った後に、死体袋に詰めて贈るのがセオリーなのだけれど」

 

「そう言って意地悪くもあの少年を説得したのか? 悪いが、その理屈は英国女王()には通用せんぞ。禁書目録はどうした? あの少女に施したように……いや、それ以外にも方法はたくさんある。どんな手段であれ、安全装置(セイフティー)を仕掛けて放っておくのが本当のセオリーだろう? 所詮、魔術師どもの言う「魔術と科学の領土争い」なんぞ、科学革命(17世紀)の際に暗黙の内に決められた概念に過ぎない。結局の所、その存在を許せないのは我々ではなく、視野の狭いこの世界ということだ」

 

「考えは変わらず、ということね」

 

「ああ、これでお前は「反対されたけれども叶わなかった」という立場を得られた。ローマ正教、ロシア成教への釈明には、それで十分だろう?」

 

 にらみ合う二人に、呆れるような表情の騎士団長。この三人の光景が、もしかしたら今のイギリスの内政の縮図かもしれない。

 

「さて、全てをぶちまけに行こうか。なに、時間と紅茶を浪費するだけの老人どもにも、たまには刺激が必要だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 神裂火織は一足早く、例の3派閥トップ会談の場を去り、木原統一のいる部屋へと歩みを進めていた。本来であれば彼女の役割は最大主教の警護であるはずなのだが。不測の事態に対し止む無く、その任を騎士団長へと引継ぎ、彼女はその場を後にしたのだ。

 

(本来であれば土御門が迎えに行く予定だったのですが……連絡が取れないのであれば仕方がありませんね。多少心配ですが、最後の連絡は「目標を仕留めた」との報告でしたし……おそらく大丈夫でしょう)

 

 普段からどうしようもなく不真面目で、だらしない男であるという事が、神裂が土御門に抱いている嘘偽りのない印象であるのだが。同時に、与えられた仕事はきっちりとこなす、正真正銘のプロであるという事もまた事実。そんな彼がこの場に現れないのは、きっとなにか事情があるのだろう。

 

 ならば、自分はその代役を……木原統一の警護という任をこなすことが最優先である。土御門の心配をするのは、彼にとっては失礼でしかない。そんな事を考えながら、神裂は木原統一のいる部屋の前まで辿り着いた。

 

(審問前で、おそらく緊張しているはず……その緊張をほぐしながら、先ほどの会談の結果を伝える……口で言うのは簡単ですが、いざ実行するとなると土御門の凄さが伝わってきますね。普段からのあの飄々とした態度が羨ましくも思えます)

 

 そんな事を考えながら、コンコンとドアをノックする。2秒、5秒……そして10秒。待てども待てども、返事がない。

 

「………」

 

 カチリ、と七天七刀に手を掛け、臨戦態勢へと入る。この物騒な状況下で、神裂のこの対応はごく自然なものである。

 

 ドアノブをゆっくりと回す。鍵は掛かっていないのを確認し、より一層警戒を強める。そして音もなくドアを開き、神裂の目に入ってきたのは───

 

 

 

「許してください」

 

 日本式の土下座をかましている、半泣きの木原統一の姿だった。

 

「……何をしているのです?」

 

「霊装は応急処置ですが直しました。なので弁償は……せめて減額を……」

 

 一瞬、ヘリでの一件についての土下座かと考えた神裂であったのだが。少年、木原統一の発言によりその可能性は消え、新たな疑問がふつふつと浮かんでくる。

 

 霊装? 応急処置? 一体何を言っているんだこの少年は?

 

 どうやら、少年が土下座の体勢を崩すことはないようだ。ひとまず安全確保のために、周囲を見渡す神裂であったが、物が少ないこの部屋を確認するのに10秒も掛からなかった。そして土下座をしている少年の前に、ちょこんと置かれたそれには―――

 

『賠償命令 木原統一殿』

 

(……どうやら私の知らない所で、彼は何か大事な霊装を壊してしまったと……署名は最大主教となっていますが……しかしいつの間に? そもそも、一体彼は何を壊したのでしょうか?)

 

 

 

 

 そして、その30秒後。壊れた霊装を確認した神裂は、最大主教(あのバカ女)の尻を七天七刀で叩きに行く事を決めた。

 

 そしてその3分後に、神裂から諸々の話を聞き、木原統一は絶望していた。

 

 曰く、土御門は間に合わないと。

 曰く、英国女王(エリザード)騎士団長(ナイトリーダー)が審問会に出席するという事を。

 曰く、3派閥の方針は「なるようになれ」だという事を。

 曰く、事情は全て話してきたと。

 

 曰く……審問会は20分後に開かれるという事を。

 

「安心してください。最大主教はともかく、他のお二方には貴方の行動はそこそこ好印象でした。友のために命を賭けたのは、騎士道精神に溢れる素晴らしい行為だと」

 

「………本当に何もかも話してきたんだな……」

 

 そして極めつけの神裂のこの一言が、決定的なまでに彼を絶望の渦へと叩き込んだ。

 

「それに、日本人である私には分かりませんが、最大主教に言い放った"天使が降ってくる"というジョークが何故だかとても受けていました。英国のユーモアはなかなかに難しいですね。おそらくは───」

 

 その後の神裂の言葉は、木原統一の耳には届いていなかった。

 

 胃がひっくり返りそうな気分だ。呼吸も浅くなり、目の前の景色が遠くなっていく。考え得る限り、現在の状況は最悪だった。

 

 土御門は来ない。

 

 預言に関しては、一番知られたくない人たちに知られてしまった。

 

 そして───これは霊装の修理に夢中になって、気づかなかった自分が悪いのだが。人気のない所で御使堕しを迎えるという目標も、どうやら達成できないようだ。

 

 

 

 予測されている御使堕し(エンゼルフォール)発動時刻まで、あと1時間を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






 モブならオリキャラが許される……のだろうか。その前に主人公がオリキャラの時点でギルティな気もしますが。

 という事で、血塗れの騎士さんには名前がありません。今後の登場もほぼ無しの予定です。


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