とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 オリキャラ注意報→オリキャラ警報

 参考資料
  ・とある日常のいんでっくすさん 4巻
  ・劇場版ハリーポッターと炎のゴブレット




 


047 終わりの日 『8月27日』 Ⅶ

 

 

 

 

「えーと……神裂さん」

 

「なんでしょうか」

 

「審問会ってさ、なんとなく俺の中ではこう……日本で言う裁判所みたいなモノを想像してたんだけども」

 

「微妙な線ですね。日本で行われる行事の中で一番近いのは間違いないですし、無理もありませんか」

 

「知識としては一応勉強はしてるつもりなんだけど。フランス、ローマ、そしてスペイン……異端審問の遷移について、インデックスから色々と教えてもらったよ」

 

「……なるほど、感心ですね。試験の結果を見たときも思ったのですが、貴方の魔術を学ぶ姿勢には感服します。インデックスの警護のためにそこまで尽くしてくれる貴方には、言葉もありません」

 

「お、おう。そいつはどうも……でも、やっぱり座学には限界があるな。はっきりとした形式とかはおざなりだったし、そもそもイギリスの審問会、その現状についてはまったくもって無知だったよ。だってさ……」

 

 ひんやりとした金属の感触。最新鋭の機械の外装ではなく、年代物の骨董品。四方八方、360度に張り巡らされたそれは、よくよく観察すれば魔術的な防護も加えられている事がわかった。

 

 ただしそれは内側ではなく、外側の人間に対しての安全装置(セイフティー)のようだが。

 

「まさか、檻の中に入れられるとは思わなかった……日本で言うなら裁判所というより動物園だよねコレ」

 

 決して冗談ではない。檻の広さは動物園のサル山一つ分と言ったところである。ここまで来るのに歩いてきた通路への道から天井まで、全方位に渡り逃げ場のないよう鋼鉄の網が張り巡らされているのだ。そしてその周囲に、水族館のイルカショーを観に来た客が座るような椅子が円状に並べられていた。中央には気品も値段も高そうな、フォーマルな服装の老人たちが座っている。その周りを、RPGに出てくるような鎧騎士が囲っているのを見るに、おそらくVIPなのだろう。

 

 その他の席はまちまちと言ったところだ。服装もバラバラで……スーツなのかドレスなのかもわからない真っ赤な服を着た女もいれば、フードで顔を覆い隠して性別すら判断できない奴もいた。やべぇよイギリス、服装が自由過ぎるわ。

 

 そんな事情も相まって……これを動物園と言わずしてなんだというのか。ルール無用の裏なのか闇なのかよくわからない格闘技大会の会場、というのが一番近いか? 深い意味合いでは動物園で合ってるかもしれないが……というかその場合、俺と一緒に放り込まれた聖人による一方的な殺戮ショーが始まるので止めて頂きたい。格闘技大会というよりは公開処刑か。

 

「致し方ないでしょう。英国女王(クイーンレグナント)が来廷されるとなれば、会場もそれなりの物を用意しなくてはなりませんから」

 

「あー……安全上という観点ではなく、公務の重要性の話か。どうでもいい審問に女王が来ちまったら、批判とかありそうだしな」

 

「理解が早くて助かります」

 

 どうやら、格式を上げたらこんな審問会場になってしまったらしい。もうちょっとこう、審問の色を濃くするのではなくてだな……女王相手なら華やかさを増すような工夫をしたほうがいい気がするんだがなぁ。異端狩りに特化してしまった弊害と言うやつか? いや、そもそも現代における審問会は公務と言えるのだろうか。

 

「それにしても……どうやら、やっと落ち着いたようですね」

 

「ん?」

 

「先ほどまでの10分間、完全に取り乱していた貴方とはまるで別人です。何か心境の変化でもあったのですか?」

 

「いや、まぁ……なんというか」

 

 正直な話、現在進行中で大パニックである。表面上取り乱していないだけで、今すぐにでも悲鳴を上げたいくらい気分だ。だがその混乱が原動力となり、今の俺の頭は絶賛大回転中しているのもまた事実。一方通行(アクセラレータ)の前に立ち塞がった時に似ているな。

 

「ま、日本式で言うなら腹を(くく)ったってとこかな」

 

 これから括るのは首になりそうだが。

 

「何度も言いますが……学園都市の人間をそこまで無下(むげ)には扱わない、というのが土御門の見解です。あの男がその辺りを見誤るとは思えませんし……それに安心して下さい。私も付いています」

 

「………アリガトウゴザイマス」

 

 そうだ、彼女が付いているんだった。下手を打てば、首なんぞ括る前に七天七刀で刎ねられるか。

 

 絞首刑より打ち首、訪れる予定の死も日本式とは笑えない。

 

「よーし、皆揃ったか。それでは、審問会を始めよう!」

 

「……エリザード様。パーティとは違いますので、乾杯の音頭のように宣言するのはやめて下さい。もう少し厳かに……」

 

 白と黒のツートンカラーのドレスを着た女性を、こげ茶色のスーツを着た男性がたしなめている。あの二人は……イギリスの誇る最強コンビか。あの二人のせいでこんな会場になっちまった事を考えると、なんとも複雑な気分だ。

 

「なに、国民の目にも耳にも入らない式典なんぞ、パーティみたいなものだろう。さー皆の者!」

 

「いや、式典でもないのですが。だからやめて下さいと───カーテナをビールのジョッキみたいに掲げるなこのボケ馬鹿コラ!!」

 

「んごぅふっ!」

 

 ………うん。英語だけど、木原統一の優秀な頭脳はきちんと働いているようだ。いま女王にとんでもない悪態を吐いたよねあの人。

 

 そしてあれがカーテナか……知識では知っていたけど本当に抜き身なんだな。セカンドとはいえその力は絶大。全次元切断術式とかいう、他の次元が大迷惑しそうな大技を振るえる上に、天使長と同じ力を与えるんだったか。そんなものを振り回してる人間を止めるのは当然だな、うん。たとえ女王でも、椅子の角を後頭部にぶつけてでも止めるべきだよ。 

 

「……さて、エリザード様はなんとかなったし、始めてくれ」

 

 ………国家元首が白目を剥き泡吹いて倒れてるのにも関わらず、騎士団長や周囲の老人達はまったく動揺していない。やっぱすげぇなこの国。

 

「かしこまりました」

 

 騎士団長(ナイトリーダー)の合図で、騎士がガシャガシャと音をたてながら走っていく。なんとも重そうなあの装備が標準装備なら、騎士派は大変だな……一番大変なのが騎士団長って事実はいまさっき確認したが。

 

 しばらくして、ホテルの従業員呼び出しベルのような音が鳴り響いた。それと同時に、騒いでいた外野は一気に静まりかえり、そして今度こそイギリスの国家元首たる彼女は口の端を拭いながら立ち上がり、こう宣言する。

 

「これより審問会を開催する。珍しい来客に山盛りの議題だが……皆努めて冷静に発言するように。間違っても、動物園のサルのような振る舞いはしてくれるなよ」

 

 ……うん、これは優秀な頭脳がなくてもわかる。ここにいる人間の8割がこう思ったはずだ。

 

 お前が言うな、と。

 

「まず、事の概要から説明してもらおうか、最大主教(アークビショップ)?」

 

 あ、いつの間にかあのローラ=スチュアートがいる。例の妙な霊装の件では世話になったな……神の導き(エノクオーダー)だったか? 神裂からネタばらしされた時は皮肉にも彼女が天使に(神のお導きが)見えたぞ。たまたま持ってた接着剤と裁縫糸で、霊装としての機能を取り戻そうと4、5時間は格闘してしまった。お陰で土御門が帰ってこないのに気づかないばかりか、ノープランでこの場にひきずり出されるハメに……

 

「承ったわ、女王(クイーン)

 

 ……なんか仰々しく返事してるし……似合わねえ。そもそも人がたくさんいるこの場に彼女がいることが違和感でしかない。たしかあの人、イギリスでテロが発生しても聖ジョージ大聖堂から動かなかったような。それがよくこんな場に顔を出したもんだ。

 

「では神裂、説明してくれるかしら」

 

 ってお前はやらねえのかよ。前言撤回、今日も平常運転だな貴様。

 

「いやいや、私はお前に頼んだのだがな。確かに聞いたぞ? "承った"と。」

 

「………たしかに。では私から話を───」

 

「おっと、せっかくの学園都市からの来客だ。ここからは日本語を用いて話を進めようか」

 

「………たしかに承ったのよ、女王。では私から、話を進めてもよかりしかしら? 事の起こりは───

 

 その瞬間、会場が一気に?マーク一色に染め上がる。原因はもちろん、ローラの不器用な日本語のせいだ。審問会の会場は一転して、ローラ=スチュアートの公開処刑場へと変貌した。

 

「今ならあの女王様に仕えてもいい気がしてきた。清教派じゃなくて王室派になってもいい? 騎士派でもいいけど」

 

「広義であれば、既にイギリスに仕える身ですよ貴方は」

 

「あのエセ古風な腹黒修道女の下じゃなければどこでも……」

 

「それが叶うなら私がここにいると思いますか?」

 

 それもそうだった。魔術師という分類なら必要悪の教会(ネセサリウス)しか選択肢はないよな、うん。

 

 そして、彼女の話が進むにつれて、観衆のどよめきの矛先は自然と逸らされていく。当然の結果だろう……あ、あいつ、禁書目録(インデックス)に付けた首輪の件は伏せやがった。流石にあの件は清教派の立場を危うくする材料になってしまうという事か。

 

 不審そうな顔を神裂に向けると、苦々しげに彼女は解説してくれた。

 

「インデックスの身の安全を考えると、防衛装置が破損している事は伏せた方がいい、という事です。同様に、歩く教会の件もここでは内密にお願いします」

 

 まぁ、正論か。でもさ、神裂さん……俺の身の安全はどうなってしまうのでしょうか。まだ話半ばにも関わらず、VIPさん方の表情が険し過ぎるんですけど。そして視線が痛い……早く話終わらないかな。終わったら終わったらでまた面倒なことになりそうだけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───かくして我がイギリス清教は、科学の街への布教の第一歩を踏み出したるのよ。嗚呼、主の栄光をかくも素晴らしき形で伝えられたのは僥倖でありましたわ……以上で、イギリス清教の報告は終幕につき、長きに渡るご清聴に感謝を」

 

 血生臭い科学と魔術の闘争。世界が傾くようなあの大事件を"布教"というオブラート……というか過剰梱包な通販サービスみたいに表現しながら、ローラ=スチュアートは何の歪みもなく正確に伝えきった。自信に満ち溢れた表情で礼をし、優雅に椅子に座りなおす姿が様になっててなんとなく腹が立つな。

 

「まさかあの妙な日本語を逆に利用して、あたかも敬虔な十字教徒を演じきるとは……」

 

「いえ、敬虔な十字教徒を演じているのは確かですが、彼女は自分の日本語が誤りである事に気づいてません。その辺りは偶然でしょう」

 

「そ、そうなのか……」

 

 そして恐ろしい事に、彼女はまったくもって嘘は言ってない……ステイルの炎を洗礼と表現し、木原数多(科学者)との戦闘を改宗のためのお導きと豪語した彼女の言葉には、欠片も嘘が含まれていないのである。

 

 インデックスの首輪の件を明かさずに、そして話の大筋を捻じ曲げずに説明しきるその話術。殺意の籠もった火炎の魔術を、善性と悪性、破壊と再生の象徴、暗きを照らし不浄を払うモノとして、十字教の象徴でもある不死鳥に繋げた後にうやむやにしたのはまさに圧巻の一言……魔術の中には、記録した会話を分析し嘘を見抜くものも存在するが、彼女の演説にはそれが通用しない。息を吸うように、あたかもそれが当然であるかのように彼女は真実を捻じ曲げたのだ。

 

 

 これが最大主教。学園都市統括理事長と肩を並べる、清教派の長か。

 

「さて、議論に入ろうか? 何か質問のある者は?」

 

 3人ほどが真っ先に手を挙げた。杖をついたおじいちゃんと、がっつりとしたスーツが似合う、口元のダンディなヒゲが特徴的な男性。そして一番目立つのが、ピンクのスーツに尖った眼鏡をかけた女性である。うん、この人たちってイギリスの役人か政治家なんだろうな。三者三様に服装や年齢も違うのだが、その醸し出す雰囲気、所作や目つきがどことなく似ている気がする。

 

「レディーファーストじゃな」

 

 杖をついた男性がそう呟き、スーツの人もそれにならう。うーん、動作がいちいちカッコいいな。英国紳士のあるべき姿の体現という事か。

 

「では(わたくし)から、最大主教(アークビショップ)にお尋ねします。その後の学園都市との関係は? そして最大主教は今後、どのような展望を描いているのか。お聞かせ下さるかしら?」

 

 ……記者なの? はっきりとした発音に、眼鏡をくいと上げる仕草。敏腕記者というものがいるのなら、ああいうのを指すのではないだろうか。

 

「経過は良好につき。今後、イギリス清教の人材はほぼ無条件での入場が許可されるほどにはね、ミス・ブルーシェイク」

 

「……その忌まわしい名前で呼ぶのはやめて下さるかしら。私のことはノーエストと」

 

 ピシリ、と空間に亀裂が走ったような気がした。紛れもなくこれは殺気である。

 

「失礼、ミス・ノーエスト」

 

 対するローラ=スチュアートはすまし顔で、まるで愉しむかのようにさらりと受け流した。

 

「イギリス清教の人間が自由に渡航し、出入り可能という話は実に有益な話です。ですがそれによる他国への摩擦は当然懸念すべき事項では?」

 

「はて、おっしゃる意味がよくわからぬのだけども、ミス・ノーエスト。十字教徒の崇高で大いなる一歩の前に、愛すべき隣人たちは諸手を挙げて、歓喜の声を上げることでしょう」

 

「……崇高で、大いなる一歩ですか」

 

 ノーエストと名乗る女性は値踏みするかのようにローラを睨みつけている。おそらく考えを纏めているのだろう。そしてもしかして、もしかしてだけども……

 

「あの、神裂さん? もしかして最大主教って、公式の場では……」

 

「当然、清教派の頂点に立つ身分です。十字教徒の規範にして、熱心な信者としての振る舞いを求められています」

 

「……狐のネコ被りか」

 

 被っているのは聖書だが。なんとも罰当たりな修道女だな。

 

「そしてミス・ノーエストですが……彼女は元記者で、イギリスの記者クラブに太いパイプを持っています。最大主教とはその関係で少々……」

 

「仲が悪い?」

 

「いえ。そうではないのですが……」

 

 ではなんだろうか。まぁ尋常ならざる関係ではないのはわかるが。

 

「崇高なる一歩と言いますが───」

 

 おっと、ノーエストの考えが纏まったらしい。はてさて、どうなることやら───

 

「去年のハロウィンでの一幕。かぼちゃを被った貴方の姿が、今年は学園都市でも見られるということでしょうか?」

 

 ……はい?

 

「叶うなら是非もなきにつき。その折には是非とも、貴方の後輩も一緒にどうかしらね。ミス・ノーエスト」

 

「いえいえ、そのような歴史的大ニュースは、私みずからが取材したいものですわ」

 

 ふふふ、と笑いあう二人の女性。でも目が笑ってないんだが……なにこれ怖い。

 

「ビジネスパートナー、好敵手、そして悪友……うまくは言い表せませんが」

 

「ああ、うん。なんとなくだが理解しました」

 

 つまり、ノーエスト=ブルーシェイクと呼ばれる女性は真に、諸外国との摩擦なんて心配はしていなかったのだ。大事なのは自分とイギリス清教の関係の確認。そして今行われたのは、今後の報道の方向性の確認か。

 

 イギリス清教は学園都市との友好性を包み隠さず発信していく。遠慮なく取材してよし、と。

 

「私からは以上です、女王陛下」

 

 こうして、ピンクの悪魔達の歓談は終わった。それにしても記者で"ブルーシェイク"か。忌まわしいとも言っていたし、アメリカの方のブルーシェイクと、何か関係があるのだろうか?

 

 ノーエストが席に着き、そしてスーツの男性と杖をついたおじいちゃんが互いに顔を向けた。「次どっちが行くよ?」的なアレである。

 

「年齢順がよかろう」

 

「ありがとうございます、サー」

 

 ……軍隊みたいなやり取りだな。記者の次は元軍人さんか?

 

「少年、木原と言ったか。君に質問がある」

 

「は、はい!」

 

 ダンディなスーツ姿の人からの質問だ。一体何を聞かれるのか。

 

「君は学園都市で、どのような立場にあるのかな? 先ほどの最大主教の言葉では学生とあったが」

 

「は、はい。それで間違いありません……」

 

 思わず"サー"と言いそうになった。この人の言葉を聞くと自然と背筋が伸びてしまう。やっぱりこの人は元軍人だわ。

 

「ふむ、戦闘訓練は受けているのかね?」

 

「え? い、いや、そんなものは受けていませんが」

 

「……では清教派の用いる神秘を前に、君はどうやって対応したのかね?」

 

 この言葉に、会場のほぼ全員の視線が自分に注がれた。当然、神秘と言うのは魔術の事だ。ここにいる重鎮たちの全員が、魔術に対しての理解があるのかはどうかは不明だが。この男がそれを理解して、なおかつ先ほどのローラ=スチュアートの退屈な演説を聞き逃がさずに、その真の意味を読み解いたことはたしかだった。

 

「言葉の意味がわからなかったかな? ただの学生が、イギリスの『軍事』と肩を並べるほどの力を持つ清教派(彼ら)の洗礼をどう耐えたのか、と聞いているのだよ」

 

「えー……」

 

「おっと。予め言っておくが、この会話は記録されている。後に虚偽が発覚すれば、今度は審問ではなく刑務所で会うことになるぞ」

 

 ………いや、刑務所の前に何か挟もうよ。裁判所とかさ、マジで。

 

「えーとですね……学園都市の超能力開発はご存知で?」

 

「当然だ。あの街の代名詞とも言える技術だな」

 

「学園都市の学生は皆、その超能力開発を受けています。これが答えになりませんか?」

 

 瞬間、スーツの男が目を細め、会場が静まり返る。あれ? 俺なんかまずい事言ったかな?

 

「それは挑発かね?」

 

「え」

 

「学園都市では一介の学生が、神秘を操る彼らを当然のように撃退出来るほどの力を有していると。これは清教派の不甲斐なさを責めるべきなのか、それとも学園都市の脅威判定を見直すべきか……」

 

 血の気ありすぎだろこの人。明瞭且つ簡潔にまとめたつもりだったのに、こんな受け取り方をされるとは予想外だよ。

 

「それで、最大主教の弁によると。君はそこで洗礼を受け、使命に目覚めたと同時に彼らと同じ技術を得たとあったな。それはつまりは彼らの神秘を盗み、己が物としたという事で間違いはないかな?」

 

 ……ヤバイ、どうしよう。この人強敵過ぎるぞ……嘘は吐けないのだから、正直に答えるしかないのか? ああ、こういう時に土御門がいてくれたら───

 

「ぬ、盗みという言い方はアレですけど……その、生きるために必死だったのでつい……」

 

「つい、何かね?」

 

 ………落ち着け。ここに土御門はいないし、この場で質問をされているのは俺だ。

 

 『土御門がいたら』ではなく。『土御門ならどうするか』を考えるんだ。

 

「……失礼。そういえばまだ名前を伺っていませんでしたね。サー?」

 

 ピクリ、と男の眉尻が吊り上がる。こんな質問が来るとは想定外だったようだな。

 

「ディゴリー=マーティンだ。それにしても名前を聞かれるとは、国防大臣に就任してからは初めてだな」

 

 ………めっちゃ偉い人じゃねえか。こんなとこで何やってんだアンタ。

 

「それは大変失礼をしました、マーティン大臣」

 

「いや、いい。私とて日本の閣僚の顔は覚えてはいないのだからな。それに、日本人(ジャパニーズ)の学生に、そこまで高度なことは求めてはいない」

 

 ……ふむ、なるほど。どうやら話せばわかるタイプのようだな。国防大臣か……さっきイギリスの『軍事』を引き合いに出してきたのはその立場故、ということか。それに最大主教の話を根気強く聞いていたことも考えると、かなり真面目な性格のようだ。

 

 こちらの落ち度に目をつけて、攻めてくるような気配も無い。真面目で、学園都市及びイギリス清教にはやや否定的な元軍人。魔術の存在はある程度知っているが……学園都市についてはあまり知らないらしい。

 

「それでは改めまして、私は木原統一と言います」

 

「……知っている。先ほどから君の名前は何度も議題に出ているからな。なにも私が名乗ったからと言って、君が名乗り返す必要は無い」

 

「ですが私の事を"少年"……"ただの学生"ともおっしゃいましたよね? 私の事を何も知らないようなので、まずは名前からと考えたのですが。そして先に言っておきますが、コレは挑発です。()()()お間違えの無きように」

 

 世界が凍った。英国女王と騎士団長は鼻で笑い、最大主教は表情を変えず、そして杖の老人は微笑んでいる。そして、それ以外の全員が大きく目を見開いてこちらを見ていた。

 

「さて、貴方の疑問にお答えしましょうか、マーティン大臣」

 

「……面白い」

 

 あくまでも冷静に、淡々と質問をぶつけてきた国防大臣の目に火が灯った。俺の安っぽい挑発に、どうやら乗ってくれるらしい。そして───流れは掴んだ。ここからは一気に突っ切ってやる。

 

「まずは最初の質問から。まとめると、清教派の洗礼に立ち向かうだけの力が、ただの学生にあるはずがない。という事でよろしいですか?」

 

 嘘は吐けない。だがこの質問には楽勝で答えられる。なにしろ相手は学園都市については無知と言っていいのだから。真実を誇張して伝えるだけでいい。

 

「……ああ、そうだ。イギリス清教が情けないか、それとも学園都市への認識を改めるべきなのか───」

 

「認識を改めるのは学園都市ではなく私についてですよ、サー」

 

 溜息混じりに、呆れたかのように、それでいてわざわざ敬称をつけて話しかける。大臣には悪いが、冷静さを取り戻されても困るからな。怒らせた方が誘導もしやすい。こうしてチクチクと嫌味を言うのは個人的には嫌いなんだが、この場を切り抜けるためだ。背に腹はなんとやら、ということである。

 

「学園都市の超能力開発の話を先ほどしましたが、大臣はどこまでご存知で?」

 

「……能力開発には年齢制限があるとか。そして学園都市には外部に大小様々な協力機関がいるが、能力開発に関しては学園都市内部でのみ行われていると」

 

「なるほど、大臣といえどその程度の情報しか持っていないのですね」

 

 当然のことではあるのだが、ここはあえていかにも残念そうに振舞うことにする。まぁ今言った事以上の情報を、イギリスの『軍事』が得ている可能性はあるが……その時はその時だ。

 

「話が見えてこないな。君に対する認識を改める必要があると言っておいて、学園都市の話を始めるとは。時間稼ぎなら見苦しいのでやめてくれたまえ。子供の言い訳に付き合うほど、我々大人は暇ではない」

 

 限界か。流石の紳士もご立腹のようだ。ではまずは学園都市の話を。どうでもいい情報をさも重要そうに語り、自分の有用性をアピールすることにしよう。

 

「……まず、学園都市で行われる超能力開発ですが、原則として能力は一人につき一つ。能力の種類も、その大きさも、ランダムで発現する仕様となっています」

 

「……続けたまえ」

 

「発現した能力者はその能力の強さ……強度で0~5のレベルに振り分けられます。そして学生達は各々勉学に励みつつ、自らの有する能力の向上に努めるわけです」

 

 説明を聞いて、大臣の表情が変わることは無かった。この程度の情報は得ているのか、それともこれくらいの情報は益に値しないと思われたか。もう少し続けたほうがよさそうだ。

 

「そして、能力の強さ……その内訳に関してですが……学園都市の学生のおよそ6割はレベル0。取るに足らない、人によっては確認することすら難しい無能力者です。そして逆に、その頂点に位置するレベル5、学園都市において真に超能力者を名乗ることが許されているのはたったの8人となっています」

 

 この発言でギャラリーの何人かがどよめいた。海の向こう、地球の反対側に位置する科学の街、そして超能力開発への認識が、正しくなされていなかった証拠である。大臣の眉が吊り上がった事を鑑みるに、この情報は少しは価値があったようだな。

 

「もう言わずともわかるでしょう、大臣。学園都市における一介の学生とは、一般人とそう変わらないのですよ。学園都市の脅威判定を更新する必要もありません。そしてもし私が、一介の学生と言う身分であるのなら、イギリス清教の盛大なる洗礼に耐えられるはずもないのです」

 

 実際のところ耐えられなかった。消し炭になった時の忌々しい記憶が、未だに消えることはない。生きてたのが奇跡みたいなもんだ。

 

「……それで。学園都市における君のランクは如何ほどなのかね」

 

 薄々わかっているはずだ。そして同時に、自分の認識不足も痛感していることだろう。

 

「レベル5の第八位ですよ、大臣。貴方が先ほどからただの学生だと、散々にこき下ろしていたのはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………が、ぁ」

 

 天井が崩落し、廃墟と化したとある小屋の片隅で土御門は目を覚ました。体は血塗れで、意識も朦朧としている。気を抜けばすぐにでも意識を手放してしまうことだろう。

 

(……クソ、シェリーの奴め……やってくれたな)

 

 当然ながら、あの巨大なゴーレムの拳を一度でも食らったら最後、土御門は助からなかった。屋内という環境に、土御門の実力。そしてなけなしの幸運で、どうにか初撃を回避できたのだ。そしてそこからは───真っ向からの殺し合いだった。

 

 おそるおそる起き上がり周囲を見渡す。瓦礫の山が、土御門と倒れたシェリーを囲うように並んでいた。もちろん、普通はこうはならない。天井の崩落はゴーレムの暴れた余波ではなく、シェリーの意思で意図的に引き起こされた結果だったのだ。おそらく騎士を襲撃する際に、退路を断つためにあらかじめ仕込んでおいたのだろう。つまり土御門は、シェリーから離れることを許されなかった。巨大なゴーレムの攻撃に退く事を許されず、その身一つで掻い潜り、死に物狂いでシェリーと戦ったのだ。

 

(……四肢が付いているのが奇跡だな。アバラは3本逝ったか。いや、ヒビも含めれば骨折はもう数え切れない)

 

 一度でも判断を誤れば、土御門は死んでいた。シェリーはそれほどの強敵だったのだ。如何に土御門が体術のエキスパートだとしても、それは人間相手の場合の話。岩でできた巨大ゴーレムへの対処方は、本来であれば一旦射程外へ逃げるのが正攻法だ。それを封じられた戦闘なぞ、レイズとコールしか許されないポーカーのようなものである。ひたすらにリスクを背負い続け、死と常に隣り合わせの環境に身を置き続け、来ないかもしれない相手のミスを待ち続ける。そして───

 

(外傷はそこまで問題じゃない……問題は……この副作用か……ッ)

 

 おそらく、使えるのは1度きりであろう魔術(ジョーカー)。それを適切なタイミングで叩きつけることに成功し、辛くも土御門は戦闘に勝利したのだった。

 

 身体の内部にチリチリとした痛みを感じる。咳き込んだ口を押さえた手には血がべったりとついていた。

 

(そこまでハズレ目でもなかったようだな。決して軽傷ではないが、ダメージとしては中の下。まったくもってついてるぜい)

 

 少なくとも、皮肉を言うだけの元気は残っている。ふらつきながらも立ち上がり、そして現在の状況を冷静に分析する。

 

(最近寝てなかったせいか、かなりの時間気絶していたようだな。審問会もおそらく始まってやがる。何の打ち合わせもないままに、木原っちをあの老人どもの前に放り出しちまった)

 

 城で今何が起きているのかなぞ、想像するだけで吐き気がする。魔術的に記録されており嘘が許されない審問会に、あの木原統一をそのまま放り込むというおぞましい所業。頭は悪く無いが、駆け引きとは無縁と言っていいあの友人は今どういう目に遭っているのだろうか。

 

(頼むから、まともにやり合おうなんて考えるなよ木原っち。無事にこの国から出たかったらな)

 

 今から行っても、審問会には十中八九間に合わない。ならば自分がすべき事は、審問会でなにが起きたのかを把握し、そのフォローに回ることだろう。最悪のその先、あらゆるシチュエーションを予測し、どんな外法に頼ってでも最善を尽くす。なんてことはない、これが土御門の仕事なのだ。これまでも、そしてこれからも。

 

 そうして、あらゆる策をその頭で練っていた土御門の思考を───一瞬で塗り替えるような出来事が直後に起きた。

 

 ゴウン、という鈍い音が聞こえた。大気の振動がビリビリと伝わり、土御門は思わず振り返る。

 

(今の音は……城の結界、か……?)

 

 聞き間違いではない

 

 異常は確実に起きている

 

 だが、思考が追いつかない。なぜならこれは───

 

(ウィンザード城の結界が攻撃を受けている……? それも、この要塞のような魔法陣を揺るがすほどの……いや)

 

 大気の振動は止まらない。それどころか、その振動は徐々に大きくなっていく。理屈ではなく物量で、魔術的にこの城の結界が押されているという事実はそれはそれで驚くべきことではあるのだが。そんな事よりも看過できない事実に、土御門は気づいてしまった。

 

(まさか、これほどの規模の衝撃が、ただの予兆だと言うのか? なら本命は───)

 

 現時点で城の結界は綻び掛けているというのに。この衝撃がただの予兆だというのなら、これに続く攻撃は一体どれ程の威力を秘めているというのだろうか。

 

 どこの国からの攻撃だ?

 目的はなんだ?

 そして、一体どうやってこれほどの───

 

 湧き上がる疑問の数々を振り払い、パニックになりそうな思考を抑え付ける。今考えるべきはこの場からの退避。迫り来る脅威を算定し、安全な場所まで逃げ切ることだ。

 

(外壁は破れられるだろうが……城の内部に逃げれば耐えられるか? いや、あの規模だ。最深部でなんとか、というところだろう。なら、城の中で自前の結界を張れば───)

 

 逆を言えば、城の外壁に近いこの場においては、天と地がひっくり返っても絶対に耐えられない。城までは200m以上も離れてしまっている。そして、そして───

 

 土御門の脳裏に映ったのは、最愛の人の笑顔だった。

 

 閃光が、城の周囲を多い尽くす。莫大な音の渦とともに、土御門はウィンザード城の結界が粉々に砕け散る瞬間を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 







 政府要人、並びに彼らの魔術的知識の内容及び学園都市への理解度はオリジナルです。ご了承くださいませ。

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