とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 風呂敷を広げる話


 つまりモヤっとする話という事です。




049 It's my code. 『8月27日』 Ⅸ

 

 

 

 

 

 

 それは突然だった。

 

 今まで感じた事のない感覚。例えるなら、足の指先から頭のてっぺんまで無数の小さな穴を空けられ、そこに糸を通されて引っ張られているような。自分の体のコントロールを、全身余すことなく乗っ取られたのだ。動かなくなった( 、 、 、 、 、 、 、)のではない。たしかに、何者かの意志をそこに感じた。

 

 言葉を発することも出来ず、助けを呼ぶことも出来ない。唯一、意識だけがはっきりとしているがそれだけだ。他に何も出来ないのだから、俺はただただ考えを巡らせるしかなかった。

 

 ……魔術の予兆のような物は感じなかった。たしかに、ここは魔術要塞ウィンザード城の最深部で、周囲は最高級の魔術結界を施された金属の檻。未だ見ぬイギリスの精鋭たちに囲まれたこの状況。そんな中での魔術の予兆、魔力感知は至難の技だろう。おそらく俺の知る限りでは、それを難なく行えるのは禁書目録(インデックス)くらいのものだ。彼女なら間違いなく、位置を特定するどころかカウンターも決めているだろう。

 

 それでも、自分を対象とした魔術攻撃くらいなら俺でも察知できると考えていたのだが。どうやらそれは間違いだったらしい……いやでも、これって本当に魔術だよな? その辺にリモコン持った中学生がいないかどうか、ここが学園都市だったらまずそれを疑うところだ。

 

 そんな馬鹿な事を考えるくらいに、現在進行形で魔術の気配を感じる事が出来ないでいる。発動前ならともかく、発動中も感じる事ができないばかりか、用いられている理論のりの字もわからねえぞ。こちらの思考を制限する効果でも含まれているのだろうか?

 

 だが更におかしいのは、俺以外……例えば横にいる(首を回せないので確認はできないのだが)神裂や、騎士派、清教派の人たちですら、この異常事態に気づく気配がないことだ。専門こそあるが、おそらく彼らは俺なんかが比較にならないくらいの魔術のエキスパートのはず。誰か一人くらい気づくだろうと思ったのだが……もしかして気づいてるけど助ける気はないとか? わかってはいたけど後輩に優しくない組織だな。この先やっていけるのだろうか。

 

 そして、どこか遠くで地響きのような音が聞こえた瞬間。それは起きた。

 

 次にやってきたのは、身体中を引き裂くような痛みだ。感覚としては髪を引っ張られた時の痛みに似ているが、アレとはその規模も範囲も桁違いだ。全身のコントロールを奪っていた無数の糸が、その接点である肉が引き千切れるかと思うほどに暴れ始める。ステイルに燃やされた時よりも、一方通行に全身の血流を操作された時よりも辛く、何故意識を失わないのかが不思議でならないほどの激痛。正常な思考なぞ残っているはずがない。もはや自分が立っているのか座っているのか倒れているのかすらもわからない。"痛み"以外の信号(シグナル)をまったく感じないのだ。

 

 俺に出来ることは祈る事。早く、早く終わってくれと、祈る事でこの苦しみが1秒でも縮むのなら、神様だって祈り倒してやる。そんな事を考えていた矢先の出来事だった。

 

 痛みが終わった。糸の張力がなくなり、身体のコントロールが戻ったのを感じる。だが痛みに全ての体力を持っていかれて動ける気がまったくしない。そこでようやく気づいたのだが、俺は床に寝ているらしい。いや? これは床なのか? 嫌に生暖かい液体に浸されているが……この匂いは……血? 一体誰の───

 

 そして、ソレはやって来た。

 

「が、ァァァァァァァァァァッ────!!!」

 

 それまでの激痛が序章だったとでも言うように。全身の細胞が沸騰したかと見紛う程のモノがやってきた。操り糸なんて生易しいものではない。俺の身体の中に何か……いや、これは───誰か?

 

 そして今度こそ、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 俺は、死ぬわけにはいかない。

 

『兄貴、兄貴ー。大ニュースなんだぞー! 実地研修の許可が下りたから、明日からは兄貴のお世話をたっぷりとしてやれるんだぞー』

 

 あいつを守る。何を犠牲にしてでも、誰を裏切っても、舞夏だけは守り通す。

 

『メイドの仕事って難しいんだなー。わざとお皿を落として、ご主人様の会話を中断させる練習を今日はやったんだけど、一体いつ使うんだろうなー?』

 

 科学と魔術の狭間の世界で、人を疑う事しかできなかった愚かな自分に。

 

『やったー! これで私も、4月からメイド見習いなんだぞー!』

 

 科学も魔術も無縁な世界を、本当の家族を教えてくれた。

 

『もしもみんなで笑って暮らせるお手伝いができるとしたら、やっぱりこれ以上に素敵な夢ってないよなー』

 

 ……だったら俺は、あいつが笑って暮らせる世界を作ってやる。

 

 それが俺の、全て()だ。

 

 

 正体不明の術式が迫ってくる。術式を構築する時間も、その体力も残ってはいない。回避も不可能……それでも、だとしても。

 

「お、おぉぉォォォォォォッ───!!!」

 

 生きる事を諦めない。身体中の気力をかき集めて、絶対に間に合わない防御術式を構築する。ウィンザード城の結界を吹き飛ばすほどの大規模術式相手に、そもそも叶うはずもないこともわかっている。それでも、生き残る確率が少しでも上がるのなら。悪魔に魂を売り渡してでも、彼は未来へ手を伸ばし続ける。

 

(たとえ腕や脚が吹き飛ばされたとしても、絶対にこの術式は完成させる。どんなに惨めでも、俺は絶対に生き残る)

 

 死ぬ前に術式を完成させれば、もしかしたら耐えられるかもしれない。そんな一縷の希望を抱いて、土御門は目の前に迫る絶望に立ち向かう。

 

 そして、その閃光に飲み込まれる直前。

 

騎士の系譜(G O K)その意志に従い(F T W)今こそその本懐を遂げる(S T P)

 

 とある騎士(英雄)の背中を、彼は目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 死んだ方が遥かにマシかと思えるような激痛の果てに。俺は、気がつけば辺り一面真っ白な世界にいた。雪原……ではないな。冷たくもなければ寒くもない。というか温度を感じない。そして───

 

(……な、んだこれは?)

 

 目の前の光景だけでも意味がわからないというのに。俺の記憶がたしかならば、俺は白と黒の縞模様のシャツ(木原数多の支給品)を着ていたはずだ。ウィンザード城行きのヘリの中で血塗れになった物を脱ぎ捨て、審問前に着替えたのだから間違いない。それが、何故───?

 

(制服……? それも、冬用の学ランって……)

 

 今の俺が着ていたのは学校の制服。それも冬服だった。俺は一体、いつ着替えさせられたんだ? こんな服、着るどころか持ってきてもいないはず……そもそも俺はこの服を着たことがな……いや、待て。違う、この服を着ていたのは───

 

「次は生きている君に会おう、とは言ったがね」

 

 不意に、背後から声が聞こえた。この声には聞き覚えがあるが……頼むから俺の知っているアレじゃありませんように。

 

 「まさか、君から訪ねて来てくれるとは」

 

 光り輝く黄金の長髪に、ゆったりとした白い装束。性別不明、というよりは生物かどうかがそもそも怪しいその存在は、最悪にも俺の想定していたモノと一分の隙もなく一致した。

 

 エイワス……コードネーム『ドラゴン』 AIM拡散力場の結晶体にして、アレイスターに『法の書』を授けたとされる存在。と、言葉で表すのは簡単だが、その正体は完全に謎のままだ……いや、そんな事はどうでもいい。何でアンタがここにいる?

 

「……ありえない。科学側の最重要機密であるアンタが、なんでイギリスに」

 

「ここがイギリスに見えるのかね。そもそもこの出会いは、私にとっても不本意だよ」

 

 この男……じゃなくてこの生物? 天使? ……なんでもいいが、コイツにとって不本意な事なぞ存在するのだろうか。いや、そんな事よりここはどこだ? 見渡す限りの白一色。地平線どころか光源すら不明な謎空間である。先ほどまで審問会の、逃げ場の無い檻の中にいたはずなのに……

 

「ここがイギリスでないとしたら、一体どこだって言うんだ?」

 

「ふむ……君との問答はとても楽しみにしていたのだがね。どうやらこの邂逅は早過ぎたようだ」

 

 ……どうやらコイツは、この不思議空間について答えてくれる気はないらしい。

 

「今の君にはこの場所がどういう所なのか、という疑問の前に。考えなくてはならない事柄があるだろう」

 

 考えなくてはならない事?……そうだ、何故俺はこんな怪物と呑気にお喋りをしているんだ? コイツはアレイスター秘蔵の……これまたよくわからないが、通常・覚醒時を問わず一方通行を瞬殺出来るくらいの力を持っている超兵器だ。そんな奴を相手に「ここはどこですか」なんてマヌケな質問を───

 

「そうではない。君の私への対応の話ではなく、君自身の在り方の話をしている。これはある種において幻想殺し(イマジンブレイカー)にも通じる話ではあるが……ふむ、今の君なら( 、 、 、 、 、)色々と都合( 、 、 、 、 、)がいい( 、 、 、)。アレイスターは嫌がるだろうがね。こちらから促してやる事も大事だろうに」

 

 ………上条当麻に通じる、在り方?

 

「そうだな、例えばだが……君は、先ほど発生した御使堕し(エンゼルフォール)について、どのように捉えていた?」

 

「ど、どのようにって……」

 

 俺の死因その1……とか。あとは……あれ? なんだろう、思考がまったく纏まらない。というか、御使堕し発動したの? いつの間に?

 

「えーと、神の力(ガブリエル)がサーシャ=クロイツェフの姿になって現れて……それから」

 

 姿になってというか、体内に封入されてというか。見た目と中身の入れ代わり現象って、結構複雑なんだよなぁ。改めて説明しようとすると、これがなかなか難しい( 、 、 、)

 

「何故サーシャ=クロイツェフなのかね」

 

「……? そういう素質があったとか。なぜそんな事を?」

 

 人類が絶滅したところで、「それがどうした」と断じてしまうような怪物が。十字教の天使が誰に宿ったのかなど、気にする必要があるのだろうか。

 

「大天使が彼女以外に宿る可能性は?」

 

 彼女以外? いや、それは……ローマ正教最暗部の、右方の赤い奴の言葉を信じるのならそれはない。奴が全世界の人間全員の、十字教的素質を把握しているはずはないのだから絶対ではないが。宿るべくして宿ったということなのでまずないだろう。

 

「では君はどうかね」

 

 ……はい?

 

「君に神の力(ガブリエル)が降りてくる、という可能性は考えた事はなかったか?」

 

「……、」

 

 ―――いいや、あるはずがない。

 

「そうだ、ありえない。君のその直感的( 、 、 、)見解は正しい。アレが君の体に宿る事は絶対にないだろう。問題はそこにある」

 

 問題ならすぐ目の前にいる。怪物の癖に俺の認識にケチをつけてくるこいつが、今の状況では一番の問題であり厄介者だ。

 

「自分は何者なのかという疑問。その身に宿る特異性の正体は何なのか。無知な幻想殺し(イマジンブレイカー)と違って、君には思考を巡らせるだけの材料があるはずだ。君は他人からの評価でその大部分を、残りは直感的に自らの価値を定める傾向がある。なぜ頑なに、前提条件として自らの価値をただの学生と定め、そしてそこに(こだわ)り続けているのかね? それが君の問題点だよ」

 

 ……知ったような口を叩きやがる。上からごちゃごちゃと偉そうに。しかもどさくさに紛れて俺の友人を無知だと蔑みやがったぞコイツ。

 

「……随分とお喋りだな謎の生物。俺みたいな俗物に構ってる暇があるのなら、もうちょっとアレイスター(飼い主)と遊んでやったらどうだ? ……あと、今日は言葉がブレたりはしねぇんだな。数少ないテメェのキャラがブレてんぞ」

 

「ヘッダは足りているのでね、ここは( 、 、 、)。それに、君は少々アレイスターを過大評価しすぎている。彼は十分に俗物だよ」

 

 そうかよ。ますますここがどこか判らなくなってきたが、んな事もうどうだっていい。何故だか、このマネキン野郎の言葉が非常に腹が立つ……何故だろう、いつもならこんな事でイラついたりはしないはずだ。どうしたんだ今日の俺は……

 

「……いいか。たしかに、俺には知識がある。でもそれは、そこまで特別な代物じゃねぇんだよ。こことは似た世界の知識を持っているだけで、この世界そのものじゃない……そして、知識がある( 、 、 、 、 、)のと実際に知る( 、 、 、 、 、)のはまったく違う」

 

 世界を見渡して、全てを知った気でいるエイワス。そんな奴に、今の俺の生き方を否定されてたまるか。

 

「知識があるからこそ、俺は知ってる。この世界は決して、文章で紡がれたただけの存在じゃないって事を。俺の知るソレとはまったく違う。彼らはこの世界に、間違いなく生きてるんだ」

 

 ああ……そうか。

 

 目の前のコイツは、俺に似ているんだ。

 

 何でも知った気になっている俺と。

 

 どんなにそう思い込んでも顔を出す、俺自身の嫌な部分を抽出したかのような存在なんだと。

 

「だから俺は、俺自身は何も知らない( 、 、 、 、 、 、)未熟者さ。ただこのちっぽけな腕で、大切な人を守りたいと願うだけの『人間』だ」

 

 傍観者。それがこのクソ野郎の名前だ。

 

「どこにでもいる平凡な高校生、それが俺だ。問題点でもなんでもねぇよ。たとえそれが問題だとしても、俯瞰視点(お前の目線)からの話だろう。んなもの、自分で何とかしやがれクソ野郎が」

 

 何様のつもりだ。何も知らないくせに、全てを知った気でいるんじゃねえ。

 

「俺は木原数多の息子で、幻想殺し(上条当麻)の友人で、布束砥信の恋人。俺自身の価値なんて、それで十分だ」

 

 

 

 

 

「そう思いたいだけだろう? 君は」

 

 ………。

 

「息子として、友人として、そして恋人として。あの世界の住人として彼らの力になりたいと。そうでなくては触れてはいけない。関わる事は許されないという、目に見えないルールを思い描いているのは他ならぬ君だ。絵画を描く者( 、 、 、 、 、 、)では、絵画の中( 、 、 、 、)には絶対に入れないという風にね」

 

 ………違う。

 

「そして恐れているが故に目を逸らす。君は君になる前の"木原統一"を。自分が塗りつぶしてしまった可能性を。彼は如何なる人物で、どういう道筋を辿り、どのような未来を歩むはずだったのかを……いや、こちらに関しては完全に杞憂ではあるのだが」

 

 ………違うさ。そんな事これっぽっちも考えた事はない。見当ハズレもいいとこだな。神様視点だとそう見えるのか? 生憎だが、俺は今日明日を生きるので大忙しで、そこまで思考を巡らせた事なんてこれっぽっちもなかったよ。俺はそこまで聖人君子じゃない。

 

「そしてだからこそ憧れる。"木原統一"であり続ける限り、自分は皆から受け入れられると。そうでない事が露呈したとき、君に価値はなくなってしまう。幻想殺し(イマジンブレイカー)が置かれている状況とは違って、君は君自身ではない。彼の記憶喪失とは違い、君は芯が丸ごと別人なのだからな。彼は彼であり続けるだけでよいが、君は君ではなく、"木原統一"にならなければならない」

 

 ………。

 

「違うかね。どこにでもいる、平凡な( 、 、 、)高校生君( 、 、 、 、)?」

 

殺すぞ( 、 、 、)

 

 魔力を練るだとか、魔術を行使するだとか。いつものお行儀のいい( 、 、 、 、 、 、)思考や攻撃方法は何故かまったく浮かばなかった。ただその拳を握り締めて、目の前のふざけたクソ野郎に叩き込む事しか考えられない。だが───

 

「時間切れだな」

 

 視界がぼやけていく。怪物の姿が見えなくなり、そして周囲が闇に呑まれて───

 

「汝の欲する所を為せ。それが汝の法とならん。君の、君達( 、 、)の示す新たな法を楽しみにしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 目に入ってきたのは切れかけの蛍光灯だ。どうやら俺は仰向けに寝ているらしい。固いベッドの感触に、薬品の匂いとくれば……病院か?

 

「気がついたようですね」

 

 ぼんやりした頭を右に向けると、ポニテ星の最終兵器、神裂火織がこちらを覗き込んでいた。

 

「ここはウィンザード城の医務室です。と言っても、貴方自身に何か治療を施したわけではありませんが。傷は勝手に塞がってしまいましたし……ですが大量の出血が見られたため、一時的にここへ運び込まれたのですよ貴方は」

 

 出血……ダメだ、はっきりとは思い出せない。覚えているのは原因不明の激痛と、先ほどの悪夢だけだ。どうでもいい事だけは覚えているな、まったく……

 

 しかし、わからない。先ほどの言葉は間違いなく俺の本心ではある。だが俺は何故……あんな安っぽい挑発にイラついてしまったのだろうか? いつもの冷静な思考(すくなくとも俺はそう思いたい)はどこ吹く風で、売り言葉に買い言葉のあの言動。思考を制限され、本音を吐かされたような嫌な感覚だった。

 

 ……エイワスの俺に関する指摘は別に、大ハズレではないが大当たりでもない。この世界で生きるという覚悟も、木原統一であり続けるという義務も、少なからずは感じていた。元の木原統一という存在についても……何回か考えを巡らせたことはある。俺の知る限りではいるはずのない人物。知識と現実の最も異なる差異。本当に、彼が存在したのかという命題……エイワスは"杞憂"だと言っていたな。という事はやはり存在しないのか?

 

 いやもしくは、俺の深層心理の表れという可能性もある……悪夢とは言ったが、本当に夢だったのかもしれない。激痛で俺がおかしくなっただけか? そう思える程に、どうにも先ほどのやり取りが、俺自身が( 、 、 、 、)体験した事とは思えないのだ。変な話だが、実に俺らしくない( 、 、 、 、 、)。最後に拳で殴りかかる所なんてまさに……いや、そこはそうでもないか。既に何人か殴り倒しているわけだし。

 

 やっぱり夢かな……らしくないと言えば、あんなお喋りなエイワスもどこか変だ。証明は不可能だし、考えても仕方ないか。

 

 ひとまずゆっくりと身体を起こしてみる。どうやら着替えさせられたらしく、どこかでみたような病院服だ。病衣って言うんだったか? こればっかりは学園都市だろうがイギリスだろうが変わらないらしい。いや、僅かだがこちらの方が生地が固い気がするな。やっぱり予算の問題だろうか? メーカーの違いってやつかな。病衣ソムリエになる気はないのでどうでもいいが。肝心の体調のほうは問題なさそうだ。

 

「……俺は、どれくらい眠ってたんだ?」

 

「………1時間ほどでしょうか。勝手ながら症状が深刻でしたので、毒物や生物兵器の可能性も含めて色々と検査をしていたようです」

 

 ………それって色々と大丈夫なの? ウィンザード城の設備で、とてもじゃないが検査が出来るとは思えないのだが。それに、能力者の身体って学園都市外で勝手に弄ると怒られるのでは?

 

「もちろん、科学的なものではなく魔術によるものですが」

 

 あ、オールオッケーだこれ。魔術万能過ぎるな……ところで、結局何だったんだろうかあの激痛は。まるで何かに引っ張られているような感覚だったが……神裂の口ぶりと検査のことから、原因はまだわかっていないようだ……いや、そんなことより───

 

「審問会は?」

 

「中止です。とは言っても、大まかな議題は話し尽くされたようですので、もう貴方が召喚されるようなことはないかと。今後は土御門が窓口となって対応すると思います」

 

 それはありがたい。土御門なら、あの妖怪百鬼夜行(イギリス評議会)とも互角に渡り合えるだろう。正直、あんな怪物どもとの舌戦は勘弁して欲しいものだ……そういえば、土御門は?

 

「いや、まだ審問会は終わってないぞ」

 

 コツコツとハイヒールの音を立てて、ベッドに近づいてくる集団がいた……まともなイギリス人なら。思わず跪いてしまいそうな光景である。生憎とこの病室には日本人しかいないわけだが。

 

 白と黒を基調としたドレスの女王がいた。その後ろに、こげ茶色の服を着た騎士が。ベージュ色の修道女に続いて、青いドレスを着た片眼鏡の王女様が。

 

 "女王" エリザード

 

 "騎士団長" ナイトリーダー

 

 "最大主教" ローラ=スチュアート

 

 "第1王女" リメエア

 

 イギリスの誇る権力の象徴が、セットになってやってきた。最強のお見舞い集団だな。無論、そんな事のためにやってきたわけではなさそうだが。

 

「少年、我々が来た理由はわかっているかね?」

 

 ………なんとなくわかっているが、ここでそれを口にするのは流石にヤバイ。

 

「……いえ」

 

「待って下さい! 彼は病人です。今さら何を聞こうというのですか? 同じ清教派の一員として、騎士派のこのような非道は断じて……」

 

「控えなさい、神裂」

 

 立ちはだかる清教派の聖人を、その長たる清教派の最大主教(アークビショップ)が諌めた。それは即ち、清教派として正式に、この尋問を許可しているという事に他ならない。その事実に、神裂も気づいたようだ。

 

「一体……何があったというのです? 先ほどの魔術攻撃について何かわかったのですか? この、見た目( 、 、 、)中身( 、 、)が入れ替わるという、正体不明の術式について」

 

 お前らは入れ替わってないのな、という言葉をあと一歩と言うところで飲み込んだ。おそらくだがここにいる全員、ウィンザード城の魔術結界でどうにか持ちこたえたのだろう。原作で土御門はこう言っていた。「ねーちんはともかく、俺は最深部にいなかったから自前で結界を張った」と。つまり最深部では耐えられるのだ。ウィンザード城が誇る最高の審問会会場は、その最深部に当てはまったらしい。

 

「当然につき。我がイギリス清教の見解は出揃うたわ。その内容については、俄かには信じ難きことなれどね」

 

 滅多に見られない、真面目モードの生ローラ=スチュアートだ。そして同じく、イスの角を頭にぶつけられて泡を吹いていた時とは別人のような。全てを統べるイギリスの女王も重苦しく口を開いた。

 

「王室派としては、この件の対応について清教派に一任する。国外の対応については───」

 

「そこで私の出番なのね。ああ、嫌だ嫌だ。誰が敵かも不明なこの状況で、誰を騙すべきかもわからぬままに、全てを騙しきるという、非情で残酷な事を母上は命じるのですね」

 

 嘆くようにうな垂れるのは、片眼鏡の青いドレスの女性。第1王女のリメエアだ。王室派の頭脳担当。決して人に気を許さない、護衛どころかメイドも付けない、用心深い孤独な王女。そして陰の薄さも第1だったりする……最後のは言わない方がいいな。

 

「戯けが、お前なら楽勝だろう」

 

「あら、バレましたか」

 

 悪びれもせず、肩をすくめるリメエア。楽勝なの? 世界を騙しきることが?

 

「うーん、それでは。イギリス清教が儀式魔術に失敗した事にでもしましょうか。内政干渉を盾にでもすれば、6時間は稼げるはずですので。その間に私の協力者(スパイ)を使って魔術の発信源を撹乱させ、最後に手の平を返してその辺の魔術結社に責任を擦り付ければ、イギリス清教の被るダメージも最小限で済みますし。術式の性質からして黄金系……『明け色の陽射し』が適当でしょうねぇ。丸1日くらいあれば十分? 清教派は」

 

 この王女、有能である。

 

「さて、それはこの少年の回答にかかっているのだけれど」

 

「騎士派としては、この少年の証言を聞くまでは何も言えん。事と次第によっては、我々も参戦させて貰おう」

 

 こうして、一斉に視線が俺を向く。いや、唯一神裂だけが俺の味方だ。獲物を狙うかのような鋭い視線を遮るかのように、彼らの前に立ちはだかってくれる貴重な存在である。こうして見ると、とても頼りになるいい先輩だなぁ……少し認識を改めるべきだろうか。

 

「……木原統一が今回の事件に関与しているとでも? 彼は事件発生時、我々と共にいたではありませんか。それよりあの魔術は、一体どこからの攻撃───」

 

日本(ジャパン)よ。術式の発生源( 、 、 、)はね」

 

「正確には攻撃ではないがな。見た目の入れ替わりは、ただの副次効果に過ぎん」

 

 神裂の言葉を遮るように、髪をくるくると弄りながらリメエアが答え、続くエリザードがその言葉を引き継いだ。

 

 後姿を見るだけで、神裂の頭の上に疑問符が浮かび上がっているのがわかる。

 

「……待って下さい……日本? 日本からこのイギリスまで、一体どれほどの距離があると? 外壁とはいえウィンザード城の結界を破るような破壊力の術式が、地球の裏側から放たれたというのですか?」

 

「だから副次効果と言っておろう。頭の固い奴だなお前は」

 

「だったら! 一体何が起きたというのですか!!?」

 

 うん、まぁ双方イライラするよなこれは。ここまでフラストレーションの溜まった神裂にネタばらしってまずくないか? いやそんな事より、この後をどう潜り抜けるかが問題だ。想定の3倍増しくらいこの状況はヤバイ。

 

「清教派はこの現象を、便宜的に御使堕し(エンゼルフォール)と名付けた」

 

 やれやれという感じで、女王エリザードはこう呟いた。

 

「方法も目的も不明だがな。状況的にどこかの馬鹿が、天使を現世に降誕させようとしたらしい。未完成ではあるがな……さて、ここまで言えばわかるだろう。つまりその少年は───」

 

 ゆっくりと、神裂がこちらを振り返る。信じられないという顔つきで。この瞬間、俺の味方はいなくなった。

 

「神の敵か、神の代弁者か。イギリス清教の歴史を紐解いても、これほどの被告人は前例があるまい」

 

 ………どうやったらこの人たちに、俺がどこにでもいる平凡な高校生だと信じて貰えるだろうか?

 

「さて、審問会を始めようか」

 

 命を賭けた、真の審問会(サバイバル)が始まった。








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