とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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「こんな50話で大丈夫か?」

「一番良いのを頼む」


 まったくもって外法ですが、この50話は改訂版となります。以前のモノを見た方には申し訳ありません……以後、このような事のないよう気をつけたいと思います。







050 平穏から破滅へ続く道筋 『8月27日』 Ⅹ

 

 

 

 

 

 

 

 『御使堕し(エンゼルフォール)』。

 とある魔術の禁書目録4巻は、この単語一つで説明できると言っても過言ではない。上条当麻(イマジンブレイカー)を中心として描かれる、世界中の人間の見た目と中身の入れ替わり現象。術者、あるいは儀式場を破壊するために、上条当麻、土御門元春、神裂火織、そしてミーシャ( 、 、 、 、)=クロイツェフの4人は奔走する。その過程も、そして結末さえも、木原統一は知っていた。

 

 だがしかし、木原統一の知識に存在するのはあくまでも上条当麻周辺の出来事……すなわち日本のオンボロ旅館周辺での出来事しか持ち合わせておらず、現在位置であるイギリスのウィンザー城の事は何も知らない。せいぜいが作中の断片的な情報……ウィンザー城、ウェストミンスター寺院、サザーク大聖堂などの城塞レベルの結界ならば、ある程度だが御使堕しを防ぐ事が出来る……という、原作における土御門や神裂の台詞のみ。自信を持って『知っている』と言えるのはこれくらいだろう。

 

 ……だが、知ってはいなくとも予測は立てられる。少し魔術をかじっただけの人間の視点でも、御使堕しの異常性くらいは理解できるつもりだ。(ゆえ)に、術式発生時の混乱はある程度予想できた。それが起きてしまった時の対処方も、いくつか案はある。

 

 更に、ここにいる人間に木原統一の知らない人物はいない。先ほどの審問会のように、その背景が不明瞭な人も存在しない。その行動原理も、立場も、ある程度は把握できている。

 

 状況(シチュエーション)も、背景(バックグラウンド)も、人物(キャラクター)でさえも知っているのなら対抗できる。幽閉も、処刑も必ず回避できるはずだ。

 

(………と、思ってたんだがなぁ)

 

 ウィンザー城のとある病室。突然の来訪者達に囲まれながらベッドに腰掛けている少年、木原統一は今現在、遠くない未来に訪れるであろう己の死を確信していた。全力で最悪の未来を回避するという目的、その努力をするタイミングを逃してしまったのではないか。時既に遅く、今さら何をしようとその未来は変えられないのではないか。そう信じ込んでしまいそうになるような要因が約1名。

 

 騎士団長(ナイトリーダー)、その人である。

 

(とにかく悪をぶった切りたいって感情がひしひしと伝わってくるな……この人が来てから、室温が3℃くらいは上がったんじゃないか?)

 

 噴火前の火山のような威圧感が、この病室に充満していた。議論の余地無く、この人を絶対に喋らせてはならない。「もはや語ることなどないのである」みたいなどこぞの傭兵(ウィリアム)式脳筋理論が展開されて、何故かあれよあれよと言う間に処刑コースへ乗せられてしまう気がする。どのような策を巡らせたところで、口を開く前に殺されてしまっては意味がない。

 

 ……先手必勝だな。騎士団長は元より、英国女王(エリザード)でも第1王女(リメエア)でもローラ=スチュアートでもいいが、彼らが話し出す前に俺の立ち位置を明確にしておくのがベストだ。イギリスのお偉方への配慮もしつつ、うまい事話の主導権を握る。それがこの場における最善である。

 

「さて、審問会を始めようか」

 

 スタートダッシュが肝心である。この言葉を聞いた瞬間、俺は勢いよく右手を上げた。

 

「……なんだ?」

 

 何コイツ? みたいな目で見つめながら、エリザードは俺に回答を促した。

 

 ……作戦開始である。

 

「正直言って、状況がさっぱりわかりません。天使の降誕がどうとか言ってましたが……英国王室独自の隠語か何かなのですか? それとも自分の英語力が未熟なだけで、何かを聞き違えてしまったのでしょうか?……まさか、本当に天使が出現したなんてことはありませんよね?」

 

 この言葉を聞いた瞬間の皆の反応はそれぞれ違っていた。エリザードは眉をひそめ、リメエアは髪をくるくると巻きながらすまし顔、ローラ=スチュアートは目を閉じ何か考え込んでいる。そして……騎士団長はその殺気をさらに増やし、神裂はその警戒に全力を注いでいた。

 

「安心しろ。"英語力"などというふざけた単語以外は、君の英語に問題はない。そして日本語で改めて、はっきりと言ってやろう。天使が降誕した、とな」

 

 さて、ここが正念場だ。何かを考え込む振りをしろ。そんな事はあり得ないと否定したいが、これは英国女王の言葉なんだと思いとどまる仕草を見せろ。その上で、自らの所属をはっきりと自覚した上で、言うべき事を言うべき人へと詰問するんだ。

 

 俺の所属は『清教派』だ。ならばこの質問をぶつけるべきは───

 

最大主教(アークビショップ)

 

「初めてその名前で呼ばれし時が、かような場でありけるとはね……」

 

 やれやれ、という感じで。ローラ=スチュアートは重々しく口を開いた。

 

「『清教派』の調査では、今の所その見解に変更は無きにつき。英国図書館の事件簿にも記述は無けれども、状況的には間違いようもないのよ。純度100%の天使の力(テレズマ)の観測……よもや見誤る事など、あろうはずもなく」

 

 何も知らない魔術師がこんな話を聞いたところで、納得なぞできるわけがない。もっと追及をしてもいいはずだ。

 

「……正気ですか? もしそれが真実だとして……上位セフィラから下位セフィラへの天使の強制移動なんて、科学側でいうところの宇宙人襲来みたいなものですよ? 事件簿に記録がないなんて当たり前でしょう。それが記された書物なんて、禁書目録の蔵書にすらあるかどうか……それで、状況的に間違いようもないとはどういうことです? 天使の乗ってきたUFOでも見つかりましたかね? 先ほど神裂さんが仰っていた、見た目と中身が入れ替わるというのは───」

 

「いい加減にしてもらおう。これは一刻を争う事態なのだからな。何も知らないフリ( 、 、 、 、 、 、 、 、)で時間稼ぎをするというなら、容赦なくその舌を斬り捨てるぞ」

 

 早口でまくし立てていた俺の言葉に被せるかのように。非常にイライラした口調で、騎士団長はそう吐き捨てた。

 

「白々しいにも程がある。よもやその様な猿芝居で、我々を欺けると本気で考えているのではあるまいな? 君の演技力の無さは、先ほどの審問会でとうに露呈している……どうやら君は、我々イギリスを舐めて掛かっているようだな。この状況で、自分がこの事件には無関係であるなどという主張を出来るとでも思ったか?」

 

 ごくり、と唾を飲み込んだ。だがここで怯んで黙ってしまったら全てが終わる。騎士団長の言うとおり、審問会ではあの爺さんに、演技を見破られはしたが……先ほどの審問会で学んだ事は、何もそれだけじゃない。

 

 動揺はするな。今の俺の立場は、昏睡から目覚めた直後に絵空事を聞かされている只の魔術師だ。その役を演じきるんだ。

 

「あー……誤解を招いてしまったようで申し訳ありません。無関係だなんてとんでもないです。その、流石に女王陛下の前では緊張してしまって……ですが、これだけは言わせて貰いたい」

 

 学んだのは英国人のギャンブラー魂と……

 

「むしろ俺は、嘘を吐いているのは最大主教じゃないかと思っているのですが」

 

 最後まで諦めない事が重要だってことさ。

 

「……最大主教が、ですか?」

 

 自分の所属する『清教派』のトップが唐突に疑われ、神裂は思わず口を挟んだ。

 

「神裂さんならわかるでしょう。例の霊装の件も知ってますし」

 

「霊装……もしや、最大主教が破壊し、貴方が弁償を迫られたアレの事ですか?」

 

「まさしくそれの事です。要は、アレで終わりではなかったという事ですよ」

 

 俺と神裂の二人だけで話が進行していくこの状況に、騎士団長とエリザードは頭に疑問符を浮かべていた。リメエアは呆れたように宙を仰ぎ、肝心のローラ=スチュアートは頭を抱えて床を見つめている……どうやらこの二人は、俺の言わんとしている事が読めたらしい。

 

「まさか、英国女王に騎士団長まで巻き込んで嫌がらせをしてくるとは。流石に笑えませんよ最大主教。たしかに俺と貴女の関係は良好とは言えないかもしれません。貴方が仕掛けた禁書目録(インデックス)の首輪システムを暴露、そして破壊したり、学園都市統括理事長の前で「天使が降ってくる」と小馬鹿にするような事を言いもしました。ですがこれは……何十万ポンドもの請求書を叩きつけるだけじゃ、気がすまなかったんですか? まったく……」

 

 ここまで言って、ようやくエリザードも合点がいったようだ。騎士団長も訝しげに最大主教を見ている。うーん、まさかとは思ったがここまで効き目があるとは思わなかったな。マジで最大主教(コイツ)、日頃から一体何をやらかしてやがるんだ?

 

「天使なんて、そうそう降臨するわけがないでしょう。最大主教の悪ふざけですよこれは」

 

 ここ『とある』の世界では、天使なんてモノはそうそう降って来ない。いや、俺がいた元の世界だって同じ事で、それよりは多少確率が高いわけだが。それでも、天使の来訪がただの狂言である方が可能性はあるし確率も高いだろう。何も知らないはずの木原統一であるならば、この思考も当然のはずだと俺は考えたわけだ。

 

 ただしらばっくれるよりも効果があるかなと思い言ってみたが、予想以上の効果があったようだな。

 

 こめかみをひくひくさせながら、ローラ=スチュアートは俺を睨みつけていた。いや、先ほどの思惑半分に、アンタに任せれば(ぶん投げれば)どうにかなるかなと考えたのがもう半分ぐらいの気持ちだったんだよ……こんな事で疑われるのは、どう考えたってアンタの自業自得だろう。俺の口先だけの戯言を聞いて、「……マジ?」という顔をしている騎士団長が面白過ぎて噴き出しそうだ。

 

 前提その1。御使堕しはその術式の特性上、巻き込まれた人間は術式の存在を感知出来ない。

 

 そして───

 

『城の原型を留めながら魔術的要素を加える作業に、清教派は相当苦労したらしいぜい。んでもって、完成した魔術的結界の維持管理が、脳筋の騎士派や王室派に出来るはずもなく……実質その管理権は、清教派の独占状態ってことですたい』

 

 前提その2。辛うじて御使堕しを防いだウィンザー城の結界は清教派にしか作れない。また、その維持にも清教派の協力が必要となる。

 

「もし、清教派だけでなく騎士派、王室派が独立して天使の堕天とやらを確認してるというなら話は別ですが……いや、その場合、最大主教の悪質さが増えるだけかも……とにかく、そんな都合よく馬鹿げた術式が起こるなんて、あり得ませんよ」

 

 即ち、現在英国には、そんなルートは存在しない。イギリス以外の情報源は以ての外だ。リメエア様は国外からのルートを持ち合わせているようだが、それも無意味。一度疑い出したら、この手の話にはキリがない。

 

 現状で確認できることは、ウィンザー城周辺における、見た目と中身の入れ替わり事件のみ。たったそれだけでは、天使の来訪を証明出来ないのは明白。

 

 本当に天使が堕ちてきたのか。それを証明する方法は、実際にその天使を見つけるしかないのだから。

 

「なるほど、悪魔の証明ならぬ天使の証明という事ですか。面白いアプローチですね」

 

 微笑みながら、王室派の頭脳であるリメエアはそう呟いた。能力と家系以外、ごく普通の高校生が思いついた苦し紛れの策に、彼女はどのような結論をつけたのだろうか。

 

「たしかに、清教派の嘘というのはあり得ない話ではないです。"世界中で起きている"という術式ですが、我々にはそれを知るすべはありませんし。なにせ、巻き込まれた人間には感知出来ないというのですからね。ウィンザーと同等の結界を有する施設といえば、サザーク大聖堂、ウェントミスター寺院……いずれもイギリス清教の拠点です。誤情報を混ぜようと思えばいくらでも可能でしょう。その少年への嫌がらせという可能性だけではなく、『清教派』全体がクーデターを企んでいる、という可能性だって考慮に入れるべきかと」

 

 ……どうやら俺は、押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。疑惑フリークの王女様に、新たなゴシップネタを提供してしまったようだ。なにもそこまで疑えとは言ってないんだが。

 

「いや、なにもそこまでは───」

 

「地球の裏側を術式の発生源に設定したのは、騎士派をなるべく遠方へと遠ざけるため? いえ、もしかしたら既に学園都市とは協定を結んでいて、彼らに騎士派の主力部隊を殲滅させる腹積もりなのかもしれません」

 

「……流石に考え過ぎ───」

 

「そういえば禁書目録とその管理人が、学園都市を離れたという情報が私の情報網に入っていました。もしやこれは───」

 

「そこまでだリメエア。考えるのがお前の仕事ではあるが、今は自重しろ」

 

 危うくも、イギリス清教と学園都市の連合部隊による騎士派殲滅戦を提示されそうになったその時である。くるくると思考を巡らせていたリメエアを、母親であり女王でもあるエリザードが制止した。

 

「どいつもこいつも。派閥こそ違えどまさかこうも簡単に味方を疑うなど、この国を治める立場として恥ずかしいぞ。敵かも知れぬ少年の一言で瓦解してしまうほどに、我がイギリスの結束が軟弱なものであるとはな。自国が危機に瀕している時にこそ、団結して事に当たるべきだろうよ」

 

 その言葉を聞いた途端、第1王女は肩をすくめ、騎士団長はばつが悪そうに目を閉じた。そして……勝ち誇ったかのように最大主教は俺を見下げ始めている。いや、そこでドヤ顔されても反応に困るのだが。清教派の長の言葉より、部下その1である俺の言葉が信用されてしまった先ほどの状況が異常なのであって、これが本来であればあるべき構図だっての。

 

「だがまぁ……アレだ。念のため、そう念のために言っておくが──────今ならまだ許してやる。もしこの少年の予想が真実ならばな」

 

 ズコー、という盛大な音とともに騎士団長は足を滑らせ、ローラ=スチュアートは勝ち誇っていたその姿勢から、そのまま天井を見上げていた。

 

「久しぶりに女王らしいお言葉が聞けたと思ったのに……最後の言葉で全て台無しですッ!!」

 

「な、何を言うか! 小さきものの言葉にも耳を傾けるのが、上に立つ者の役目であろう。バランスを取るならこのくらいが丁度いいはずだ!」

 

「やり方ってもんがあるだろうがよォォォォォォ!! バランスをとるにしてももう少し優雅にッ!! 女王が道化を演じる必要性なんて皆無だろうがよォォォォォォォ!!!」

 

「騎士団長、ここは病室ですのでどうかお静かに……」

 

「いや神裂、そこで絶叫しける英国紳士よりも、もう少し優先すべき事柄がありけるのではなくて? そう例えば、言われなき罪を被せられし、悲劇の修道女の無実を主張したり……」

 

「騎士団長! イスはともかくベッドはダメです! それでは女王(クイーン)が死んでしまいます!!」

 

「がっはっはっは、イスもダメだ大馬鹿者! 早くあの馬鹿をなんとかしろ極東の聖人!!」

 

「……はぁ、もうやだこの国。こうなったらフランスにでも嫁いでしまおうかしら」

 

 幻想をぶち殺された騎士団長がベッドを振り回し、最大主教の言葉を全力で無視した神裂がそれを諌めるために奔走し、終始笑顔で彼女の影にエリザードは隠れ続ける。もはや収拾のつかない混沌(カオス)が、本来平穏でなければならない病室で展開されていた。

 

(……うん、まぁ。これはこれで作戦成功と言えるのだろうか)

 

 作戦、と言っても考えていたのは一つだけ、"シリアスムードにさせない"という極々単純なものである。基本的に彼らはいい人達で、学園都市みたいに殺伐とした世紀末思考ではない。イギリスの命運にはそれこそ命を賭して戦う彼らだが、何も片っ端から人を処刑していくような悪魔集団ではないのだ……まぁ、第2王女は例外かもしれないが。

 

 少なくともさわやかに、笑って人を殺せるような人たちではない。俺の親父のように、雑草を引っこ抜くかのように命を刈り取る人格はしていない。ならば日常パートにしがみついて、殺伐とした処刑ムードを持ち込ませなければなんとかなる……かもしれないと。我ながらなんとも、メタい事をしている自覚はあるが、それでどうにかなったのなら結果オーライだ。正直、一度殺伐とした状況になってしまったら最後、嘘を突き通せる自信がなかった。なりふり構ってはいられなかったのである。

 

 この状況が落ち着いたところで、冷静に自分の無実を主張していこう。最大主教に罪を被せる、とは言わないまでも。俺の例の預言(たわごと)のせいで、天使の来訪だと決め付けてしまったのかもしれませんよ? みたいな感じで誤魔化して、事件解決してきますと言いながら出国するのが目標だな。

 

「ところで少年……木原統一君」

 

 苦笑いでその争乱を眺めていた木原統一に、唯一冷静な第1王女、リメエアが話しかけてきた。

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

 一国のお姫様に名前を呼ばれるとは、なんとも言えないシチュエーションだな。

 

「貴方はたしか、学園都市の能力者であるのよね?」

 

「……もちろんです。先ほどの審問会では色々とハッタリを利かせましたが、学園都市の超能力者(レベル5)、その第8位であるという点は間違いありません」

 

「……レベルがどうと言われても、外の世界である我々にはあまりよくわからないのだけれど」

 

 ……まぁたしかに。その情報格差につけ込んで、どうにか気合でまとめたからなあの審問会は。

 

「私が聞きたいのはそっちではなく……いえ、学園都市の学生さんに、こんな事を確認するのは野暮かもしれないけど。貴方は学園都市の能力開発というものを施されているが故に、魔術を使用するとその副作用で身体を傷つけてしまう……と、ここまでは報告書通りの内容なのだけれど」

 

「まぁ、たしかに……その通りですね」

 

 報告書……土御門辺りが書いたのだろうか? そういえばアイツは、一体何処で何を───?

 

「で、あるならば。先ほどの術式の発生時に、貴方が血を噴出して倒れたのはやはり、なにかしらの術式を行使していたという認識で間違いはないかしら?」

 

「………………………………、」

 

 リメエアの言葉に、病室全体の時が止まる。誰一人言葉を発することもなく、疑惑の視線が痛いほど集中し、そして───

 

「結界を張る類の魔術ではなかったと思うけど……アレは一体、どういった術式であるのかしら。身体に魔力を通した形跡は見られなかったわね。もしかして、もしかすると。まさか儀式場( 、 、 、)を利用した大規模魔術でも展開していたのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、俺を助けた?」

 

 崩れた瓦礫の山の中心で、鎧の男は尋ねた。

 

「それはこっちの台詞だ。お前が行使した術式は、本来であれば王族を守るための魔術だろう? 自らの命と引き換えに、たった一撃の攻撃を完全に防ぐ守護を与える結界魔術。それを清教派の、科学と魔術の間でうろうろしている俺のような人間に使ってどうする?」

 

 その鎧に背中を預けるように、床に座り込んでいた魔術師はそう返した。

 

「……私情よりも、国を優先する男が生き残るべきだと判断したからだ。過去に囚われた俺よりも、自らを潰してまで世界の衝突を防ぐ意志を持つお前が生き残った方が良いに決まっている」

 

「お褒めの言葉光栄だがな。その思考ができる段階で、お前も俺と同じだぜい」

 

 騎士は、言葉を返さなかった。その言葉を受け入れる事は、おそらく一生来ないだろう。たとえその目的が道理に適っていたとしても、敵国の間者と接触してしまった事実だけは消えない。自分は、背後にいる魔術師(スパイ)とは違う。この身が歩むべきは人の道ではなく、あくまでも騎士道なのだから。そこから外れてしまえば、まさしくそれは外道に他ならない。どれほど小奇麗な道を歩もうとも、そこは自分の居場所ではない。

 

 道なき道をゆく、一人の魔術師。正しいと思った選択肢を選べる彼を、鎧の男は少し羨ましくもあった。

 

 この強さが当時の自分にあったなら……たとえ命令だとしても、年端のいかない少年にメイスを振り下ろす事もなかっただろう。

 

「……さて、行くか」

 

 おぼつかない足取りで、魔術師は立ち上がった。

 

「……動けるのか?」

 

「まぁな。その鎧の治癒機能を少し間借りしたお陰でどうにかってとこか」

 

 騎士の目にはお世辞にも、魔術師が到底動ける状態には見えなかった。学園都市の能力者が魔術を行使すれば、その反動で自らを傷つけるという話は自分も知っている。なにせその特性が判明したのは、忌々しいあの凄惨な任務での出来事だったのだから。

 

 シェリー=クロムウェルとの戦闘によるダメージ。そして先ほどの大規模魔術を退けるために、騎士の使用した結界魔術『騎士の流儀(ナイツ・オブ・グローリー)』へと彼は魔術的に介入した。結果として、騎士はその命を使うことなく二人揃って生き残る事に成功したものの、魔術師はやはり反動でダメージを負ってしまっている。この鎧の効力を流用したところで、そう簡単に治療できるようなダメージではないはずだ。

 

「無理はするな、いま動けば命に関わるぞ。たしかに先ほどの術式については気になるが、おそらくウィンザー城にいる人達は無事なはずだ。なにせ即興の、あの程度の魔術で防げたのだからな。城の結界であれば大丈夫だろう」

 

「はっ、即興とは言ってくれるぜい。英国騎士の守護結界に、日本式の陰陽道をぶち込んだ最高傑作だ。あそこまで強固な護りを築いたのは久方ぶりだったんだが」

 

 力の流れを読み、そして利用する。それこそが彼が得意とする、陰陽道の基本であり極意である。たとえ魔術行使に多大なる制限が掛かっていたとしても、彼はその道の天才なのだ。

 

 そんな陰陽博士が先ほどの大魔術を至近距離で観察した結果。彼はその本質を見抜く事に成功していた。

 

「それに、こんなところで寝ている時間はない。事態はお前が考えているよりも深刻だ」

 

 その言葉で、騎士は魔術師が言わんとしている事を理解した。

 

「まさか、先ほどの術式について……」

 

「ああ、正確な分析はまだだが。その本質についてはある程度理解したつもりだ……ったく、どこまでもふざけてやがる」

 

 傷だらけの身体に鞭を打ち、彼はそう吐き捨てる。そして度重なる激闘に、ヒビの入ってしまったサングラスをくいと上げ、こう宣言した。

 

「ひとまず、馬鹿(ダチ)をぶん殴る事から始めるか。世界を救うのはそれからだ」

 

 

 

 







「今回も、ダメだったよ。アイツは言う事を聞かないからな」


 オリジナルな術式、人物は章の最後か活動報告でまとめようと思います。



 

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