とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 今話及び前話は改定版となります。ご了承下さいませ
 
 
 



051 Fight For Liberty. 『8月27日』 ⅩⅠ

 

 

 

 

 静寂が、病室を包み込んだ。先ほどまでの混沌とは一転、騎士団長(ナイトリーダー)も、英国女王(エリザード)も、最大主教(アークビショップ)も、そして神裂でさえも。一言も喋らず身動きもしない。その視線は、一人の人間に注がれている。

 

「さて、いい加減答えてくれないかしら? 木原統一君? 貴方はあの時、あの審問会場で何故倒れたのかを」

 

 その原因はこの人、第一王女リメエアのせいである。

 

「いや、えーとですね……」

 

 あの審問会場で何があったのか……突然の金縛り、そしてその後の大量出血。そして、そして───

 

『自分は何者なのかという疑問。その身に宿る特異性の正体は何なのか』

 

『なぜ頑なに、前提条件として自らの価値をただの学生と定め、そしてそこに(こだわ)り続けているのかね?』

 

 ……いや、アレは現実ではない。俺はあの時眠っていたし、どこにも移動はしていないのだ。たしかに以前にもアイツの声を聞いた気はするが、それとこれとは話が違う。今回アイツは「まさか、君から尋ねて来てくれるとは」と言っていたじゃないか。つまりあの光景が事実だったのなら、俺からエイワスに会いに行ったという事になってしまう。

 

 エイワスに会いに行く……知る人が聞けば、これほど意味不明な狂言もないだろう。アイツは世界の何処にもいない。AIM拡散力場、その集合体たる風斬氷華の住む位相(せかい)……いや、下手をすればそこにだって、普段のアイツは存在する保証はない。何処に居るかもわからない怪物に会いに行く……方法も、場所もわからない別世界に行くなんて、議論の余地もなく不可能だろうに。

 

『目に見えないルールを思い描いているのは他ならぬ君だ。絵画を描く者( 、 、 、 、 、 、)では、絵画の中( 、 、 、 、)には絶対に入れないという風にね』

 

 ……、

 

「聞いていますか? 木原統一。早くリメエア様の質問に答えてください」

 

 ふと気がつくと、神裂がこちらを覗き込んでいた。どうやら考え込んでしまっていたようだな。この状況で黙り込むという選択肢はどう考えても悪手だ。早急に回答をしなくては……だが、なんと言ったらいいのだろうか?

 

「正直な話……あの時自分の身に何が起きたのかは、俺自身もよくわかりません」

 

「おや、先ほど最大主教をハメた時のように、うまい言い訳が出てくるのかと期待していたのですが。ネタ切れかしら?」

 

 ハメたとか言うな。いや、たしかに事実ではあるが……いや、待て。ネタ切れってつまり───

 

「ふむ、という事はリメエア。お前の見解としてはこの少年は黒だと?」

 

「十中八九と言わず、99.9%黒ですね」

 

「いやいやいや、待ってくれ、じゃなくて待って下さい!」

 

 まずい、まずいまずいまずい!! この流れは絶対にヤバイ。この国の頭脳に黒だと判断されるという事は、イギリスにおいて死刑宣告にも等しい効果を持つ。それをよりにもよって、この国最強の騎士と女王がいる部屋で行われるのは死刑を通り越して死そのものと言えるだろう。

 

「えーとですね、えーと……そうだ! リメエア様が見たという報告書ですが、アレには俺の能力についても書かれてはいませんでしたか!? 肉体再生(オートリバース)という能力です!」

 

「ええ、見ましたが何か?」

 

 死を逃れるためには、この王女様の認識を正す必要がある。リメエアの見た報告書にどこまで記載されていたかはわからないが、俺の能力と魔術の関係性を正しく認識してくれているなら、あの症状が魔術によって引き起こされたモノだという結論には至らないはずだ。

 

「俺の能力には、一度認識したダメージを効率よく修復する性質が備わっています! 魔術によるダメージは既に何度も入力済みで、今では魔術を使用しても傷一つ負う事はないのです! なので、あの時の出血は決して、魔術行使によるものではありません!!」

 

 俺の言葉に、リメエアは溜息をついた。

 

「その言葉を、私が信じるとでも?」

 

「え───」

 

「もしかしたら、本当かもしれないわね。いいえ、もしかしたら、あの症状は魔術行使の副作用ではなく、御使堕し(エンゼルフォール)という術式自体の副作用かもしれない。もしかしたら、貴方がさっき言ったように、術式自体の存在が最大主教の冗談なのかも。可能性という物は言い出せばキリがないし、そんな事はどうでもいいのよ。重要なのは、貴方が今回の事件発生を予見していたという事。そして───貴方の症状は御使堕し発生前に起きていたという、紛れもない事実」

 

 思いもよらない発言に、俺は言葉を失った。まさか、いやまさか───

 

「お母様も、騎士団長もそして、そこの聖人も気づいていなかったようだけどね。私の眼に狂いがなければ、貴方の異変は術式がウィンザー城を襲来する前に起きていたわ。時間にして10秒間……見動き一つ取らずにじっと息を潜めて……アレは何をしていたのかしら?」

 

 最悪のタイミングで、最悪の発言をされてしまった。出血前の身体の硬直。あの時たしかに、誰か気づいてくれと願いはしたものの……なにもこんなバラされかたをされるとは完全に予想外だ。あの僅かな異変を、この王女様は見逃さなかったと言うのか。

 

「さて、議論は終了ね。私はお母様から命ぜられた仕事があるので、これにて失礼するわ。血を見る趣味はありませんもの」

 

 そう告げて、リメエアは病室のドアから出て行った。相変わらず護衛の一つも付けずに、言葉の爆弾をこれでもかと投下していった疑惑の王女様は、世界を騙しに行ったのだ。

 

「さて、この少年が御使堕しの術者だというのなら」

 

 唐突に、これまで口を閉ざしていた騎士団長が喋り始める。

 

「その首を刎ねてしまえば、事件解決という事だな」

 

(え、ちょっと待て血を見るってそういう───!!?)

 

 一瞬の空白。そして訪れたのは、これまでとは比べ物にならない圧倒的な殺意。……それを一体何と呼称するのかは不明だが、木原統一はたしかに見た。人間が力を込めるときに行う動作の一形態を。騎士団長が抜刀のために要した一瞬のタメを。木原統一は確信した。最早言葉は間に合わないと。

 

 木原統一は察した。自らの死が確定したという事を。

 

 

 

 

 死を運ぶ銀の閃光が、一人の少年に向けて放たれようとしている。その一撃の由来は、紛れもなく合理的なものだ。今この少年は限りなく悪であり、騎士団長は紛れもなく正義である。イギリスと言う国においても、世界というスケールから見たとしても。その事実は揺らがない。

 

 人一人の命は、その他大勢の人間の命よりも軽い。世界は、そんな当たり前の法則(ルール)によって構成されているのだから。

 

 だからこれは、明確なルール違反なんだろう。そう神裂は自覚していた。

 

 ゴッキィィィ!! という、耳を(つんざ)くような金属音が、ウィンザー城の病室で鳴り響く。騎士団長が音速で迫る速度で放ったロングソードの横なぎは、神裂が七天七刀を鞘ごと床に突き刺す形で阻まれていた。

 

「かん、ざき?」

 

 彼女の表情は、木原統一からは見えなかった。一体彼女が何を考え、騎士団長の目の前に立ち塞がっているのか……いや、皮肉にも、そして忌まわしくも木原統一にはそれがわかってしまう。神裂火織の思考が、全てを諦めない彼女の魔法名(りそう)が、木原統一の汚らしいクソッタレな知識の中には明確に刻まれていた。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「見ての通りですが、何か?」

 

 理屈では彼女は絶対に止まらない。それでも、こんな情けない男のために戦わないでくれと、木原統一は彼女に伝えたかった。

 

「王室派の答えは出た。騎士派の回答は、この一撃に込めてある……その少年への裁定はすでに決しているはずだが?」

 

「いいえ、先ほど決まったのは木原統一が疑わしい魔術師であるという、イギリスの見解のみのはずです。その処遇についての決定権は、騎士派ではなく清教派にあります」

 

「その訴えは貴女ではなく、そこで口を閉じている修道女がするべき事だ。たかが清教派の一員ごときが、この決定に口を挟む余地はない」

 

「たかが一員、というならば。王室派の見解も女王ではなく、その一員たる第1王女のものだったはずですが?」

 

「……自身が王女と同じ発言力を持つとでも言うのか?」

 

「……貴方に彼を裁く権利があるとでも?」

 

 剣を交えたまま二人は睨み合っていた。よく動く口元とは対称的に、彼らの剣と視線は微動だにしない。互いに相手の攻撃の予兆を感じ取ろうと、神経を研ぎ澄ましている結果だろう。もはや、何が引き金となるかわからない。一触即発とはまさにこの事だ。

 

 

 

 

 木原統一は無様にも震えていた。一方通行やアイテムと対峙したときには自覚のなかった死の恐怖に。そして───

 

(神裂にやめてくれと。俺のために戦うなと。神裂を助けたいのならそう告げるべきだ。どの面下げてここで震えてやがる木原統一。この状況は俺が招いたのだから、死ぬべきなのはお前だろうが)

 

 誰が生きるべきかという、あまりにもくだらない命題。木原統一はかつて、このくだらない命題に捕らわれたことがある。世界に必要とされているかどうかなどという、まるで天上の意志を代行するかのような傲慢な思想に。

 

『生きてくれよ。お前にとっちゃ、難しい頼みじゃねえだろ』

 

 そしてその間違いに、父は気づかせてくれた。誰にでも生きる権利はあるという事を。世界に必要とされなくてもいいのだと。

 

(……あの時たしかに俺は、人の価値を天秤に掛けちまうような大馬鹿野郎だった。まるで神様の視点に立ってるかのように振舞って、自分の物差しが絶対だと思っちまったんだ。でも、今回はそうじゃない)

 

 そして、木原統一が恐れていたもう一つの事実。神様気取りをやめたが故の、木原統一の視点だからこその、訪れるべきもう一つの悲劇。

 

(こんな状況でも、どんな悪人だったとしても、そいつの事を諦めない。誰もが諦めちまうような奴を、笑顔で助けに行っちまう。そんな善人を、俺はこの手で殺したくなんざねぇんだよ……!)

 

 命を投げ出すに相応しい理由が、木原統一にはあった。この手で誰かを道連れにするくらいなら、死んだ方がマシだ、と。地獄の底までついて来てくれる奴は、そもそも地獄なんぞに来るべきではないのだと。

 

 理屈でも、感情でも、今なにをすべきかはわかりきっているはずなのに。何故か身体が動かない。まるで、何かに縛り付けられているかのように。まるで───その身体が、自らのモノではないかのように。どうしても、闇の底に差し伸べられたその手を木原統一は振り払えない。

 

 振り払ってしまったが最後。もう二度と会えない笑顔があるという事を、木原統一は知ってしまっている。この命は、既に自分だけの物ではないという事も。

 

 

 

 

 

 

 

 

「国を、そして世界を救うために悪を斬る。その行いに権利など必要ない」

 

「……貴方のその迷いなき正義を、否定するつもりはありません」

 

 当然、神裂は騎士団長が正しい事を理解している。今さらその騎士道を否定する気はさらさらない。彼女自身、魔術師という悪を斬る必要悪(ネセサリウス)の名を背負う身なのだから。本来、「悪い魔術師を捕まえる」という役割は、騎士ではなく教会の仕事である。

 

 だからこれは対立ではない。悪と戦う者という点において、彼と彼女は本来であれば味方同士のはずなのだ。

 

「ただ私は……貴方が斬り捨てたモノの重みを説くだけです」

 

「……貴女は」

 

 この場においても理想を追い求めるのか、という言葉を、騎士団長はかろうじて呑み込んだ。誰も殺さずに、事態を収拾するという選択を、迷いなく選ぶ彼女……その姿はある意味で羨ましくもある。何の迷いもなく理想へと飛び込んでいけるその身軽さに。国を背負う自分では決して叶わない。どのような状況においても仲間を信じ、戦い抜くという選択肢など、この身はとうの昔に捨てている。

 

 説得は不可能だ。目の前の彼女は丁度、騎士を目指し始めた頃の自分に似ている。自分の正しいと思った事を、意地でも貫き通していた少年時代に。理不尽に砕かれ、悲劇に耐えて、歯を食いしばって剣を振り続けた結果、いつの間にか騎士団長となっていた自分ならわかる。過去の自分を今の自分に変えることが出来るのは、言葉ではなく年月であると。

 

 ならば、自分のすべき事は唯一つ───彼女が幻想(ユメ)を語るなら、現実(せいぎ)でもって斬り伏せるのみ。

 

「……どうやら、語るべき言葉は尽きたようだな」

 

 瞬間、騎士団長の身体から爆発的なまでの力の奔流が発せられた。1人の聖人を打倒するために、武人としての最大限の力を発揮するために、己の騎士道の正しさでもって、美しいだけの理想論を叩き斬るために。怒りにも似た荒々しい殺気が、騎士団長の身体を走りぬける。

 

 対する神裂は目を閉じ、その想いを胸に秘め、そして覚悟を決める。全てを救うために、斬り捨てられたものの価値を説くために、己の理想の正しさでもって、正しいだけの現実をねじ伏せるために。明鏡止水とも言える境地に、神裂火織は到達する。

 

 

 神様。あなたが選ばれた人々のみを救うというならば。

 

 残りの選ばれなかった人々は、一人も余さず私が救う。

 

 

「─────救われぬ者に救いの手を(S a l v e r e 0 0 0)

 

 

 

 

 

 片や、イギリス最高の騎士。

 片や、清教派の誇る聖人。

 

 音速を超える戦士たるその両者が、狭い狭いとある病室で戦闘を始めた場合、果たしてどうなってしまうのか。その答えを、女王エリザードは目撃した。

 

 破壊でも、倒壊でも、炎上でも爆発でもない。

 

 消滅である。

 

「おーおー派手にやりおったなあの二人」

 

 ウィンザー城、その最上階に位置していた病室が、まるで先端を(かじ)られたイチゴのようにごっそりと抉られていた。散乱しているベッドだったものや、強引に引き千切られた壁の中を張り巡られていたであろう配線が、彼らの激突の衝撃を物語っている。そしてその中心で、何事もなかったのかのように女王エリザードは立っていた。

 

「まぁ、私はカーテナの守護があるからこの通りだが……おい、生きてるか?」

 

「………し、死ぬかと思ったのよ」

 

 綿の飛び出たベッドを押しのけ、よっこいしょっと現れたローラ=スチュアート。こいつがそう簡単に死ぬわけないかと、エリザードは軽く溜息をついた。

 

「しかし……お前の部下はお前を救う気ゼロだったな。そのベッドだって、投げつけてきたのは聖人ではなく騎士団長だったぞ? 今日ほどお前の人望の無さを確認した日はあるまいよ」

 

「ぐ、むむむむ……神裂ィ……」

 

 髪も服も煤だらけの修道女が、口を膨らませて拗ねていた。その様子から見るに、原因が自らにあると自戒する気はないらしい。いつか、清教派は内部分裂を起こして崩壊するのでは? という疑問を、エリザードは頭の片隅に追いやった。

 

(騎士派はさておいて……王室派も、他所のことを言える現状ではないか)

 

 そんな事を考えながら、エリザードは城下を覗き込む。聖人、騎士、そして高校生が落下していった戦場へと。

 

「それで? このままだと、清教派は聖人1人と学園都市への貴重なパイプを失う事になると思うんだが。まさか本当にあの少年を殺す気でいるのか?」

 

「はて、何を言っているのかわかりけるわね。かの少年を処断しようとしているのは王室派と騎士派だと認識しけるのだけど?」

 

「……まぁ、王室派(ウ チ)としてはなぁ。頭脳(リメエア)が真っ黒だと言い切ったのだ、それを完全に無視はできん」

 

「では、あの少年は死ぬ以外に道もなし。第1王女の言を撥ね退けるような舌を私は持ち合わせておらぬのよ、女王(クイーン)

 

 すまし顔で、ローラ=スチュアートはそっけなく言い放つ。どの口が言いやがるこの女と、エリザードは悪態を吐きたくなった。コイツはイギリスどころか、各国重鎮を話術だけで再起不能に貶めるだけの実力を持つ怪物だ。その気になれば、処断を先延ばしにする事など容易なはず。

 

(もしかすると……あの少年の言っていた嫌がらせの件は真実かも知れんな)

 

「止める気はないか」

 

「時がくれば、いずれ止まりたるわよ」

 

「お前、本当にあの少年が嫌いなんだな」

 

 ローラ=スチュアートは答えない。それを見て、エリザードは深い溜息をついた。もはやあの争いを止める者はいない。おそらく死人が出るまでは。

 

「いいや、ダメだ。この下らない闘争を止めて貰うぞ女狐」

 

 第三者の声が、二人の背後から投げかけられた。

 

「遅かったわね、土御門」

 

 そしてそれを当然だとでも言うように。ローラ=スチュアートは妖しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごっ……ぐ……」

 

 端正に整えられた雑木林から、ボロボロの病衣姿で這い出してきた東洋人がいた。ほんの1分前まで、荘厳なるウィンザー城の最上階にいた男は、ビリヤード球のように弾かれここまで辿り着いたのだ。

 

 ただし、その大移動は本人の希望によるものでは決してなかった。

 

(覚えてるのは謎の浮遊感と、冗談みたいな威力の打撃が3回……2発は蹴りで、1発は……たぶん神裂の七天七刀の鞘、か?)

 

 吹き飛ばされている時の記憶はほぼ皆無である。だが自分が先ほどまでいた場所と、この雑木林は直線距離にして30m以上はあるだろう。普通この高さから落下すれば、ダメージはコレでは済まないはずだ。という事はつまり……

 

(神裂が俺をぶっ飛ばしながら丁寧にここまで運んだってことか……滅茶苦茶だなおい)

 

 理屈の上ではわかる。要所要所で減速をしていけば、あの高さからの落下でも打ち身と擦り傷だけで済む事は。だがそれを空中で、自らの蹴りとバッティングでどうにかしようとする奴の考えは理解できるはずがない。それは人間の理屈ではないからだ。

 

(いや……クソ、助けて貰ってボヤいてる場合じゃねえ。あの二人は何処へ行った? ……ここから俺はどうすればいい?)

 

 相手は英国最強の騎士。イギリス領内においてはもしかすれば、世界一の力を持つ騎士かもしれない。女王の持つカーテナ=セカンドからのバックアップを用いれば、天使の力(テレズマ)を原動力に聖人とも互角以上の戦闘速度を可能とする。それに加えて、攻撃のありとあらゆる要素を最大値(カンスト)に引き上げるパターン魔術。相手の武器からダメージを与える役割……即ち攻撃力を奪うソーロルムの術式(ゼロにする)。こんなインチキ魔術を行使する彼が相手では、いくら神裂でも勝ち目はない。

 

(戦闘を中断させるしか方法は……だがどうやって?)

 

 考えたところで答えは出ない。そして今の木原統一に、思考時間はあまり多くは残されていなかった。

 

 風を切り裂く音と共に、木原統一の真上に騎士団長が出現したからだ。

 

「───ッ!?」

 

 反応なんて出来るわけがない。両手を剣に添えて、まるで薪割りをするかのように振り上げた彼の表情は一言で表すなら憤怒であった。あの剣が振り下ろされてしまえば、木原統一はB級映画さながらの構図でもって、R15指定の真っ二つな死体を晒す事になるだろう。

 

 そしてその後数瞬遅れで間に割って入るかのように、『聖人』神裂火織が出現した。

 

 出現する、という表現は比喩ではない。木原統一の目には確実にそう映っているのだ。常人の動体視力では、音を置き去りにする彼らの姿を捉えること自体がほぼ不可能。散々にして木原統一が神裂の事を「人間を辞めている」と評した理由はここにある。住む世界の違う住人。同じ人類である事が不思議でしかない存在なのだ。

 

 神裂の介入を、騎士団長は意にも介さなかった。やることは変わらない。ただその正義の鉄槌を、目の前の悪に振り下ろすのみ。そしてそれに、神裂自身も刃を以て応戦する。

 

 ガッギィィィ!! と拮抗する音が炸裂した。二人の構える得物が拮抗する音だ。二人の人間が剣をぶつけ合っただけで、まるで爆心地にいるかのような壮絶な衝撃波が巻き起こる。

 

「か、神裂!」

 

「逃げてください木原統一……ここは私が引き受けます!」

 

「人の心配をしている場合か」

 

 騎士団長の姿が再び消える。いや、距離が近いお陰で今度は辛うじて眼で追うことが出来た。横飛びで神裂を迂回し、そして一直線にこちらへと向かう騎士の姿が。

 

「───七閃!」

 

 煌めく閃光の嵐。神裂の操るワイヤーによって紡ぎ出される七つの斬撃が、圧倒的速度で騎士団長に迫る。それをあろうことか騎士団長は引く事もせず、身体を逸らし、あるいは剣で弾き、その全てを封殺した上で進み続けたのだ。そんな神業を難なく実行した彼の勇姿は間違いなく、英国の騎士を統べるに相応しい人物像であった。

 

 だが次の瞬間、空を切ったワイヤーが三次元的な魔法陣を描き出す。天草式十字凄教の誇る秘術。突如として現れた水の刃は、騎士団長の逃げ場を完全に封殺する形で展開されていた。ワイヤーと水刃、その両者がお互いの死角を補いながら、仕留めるべき標的へと一斉に斬りかかる。

 

「くッ……!」

 

 今度こそ、騎士団長の足が止まった。致命的な位置へと飛んできた攻撃を弾き返し、多少の切り傷を妥協しながら耐え凌ぎ、後方へと飛びずさる事で神裂の猛攻を耐え凌ぐ。そして神裂の術式の射程範囲外に抜けたところで、騎士団長は膝を突いた。

 

「やはり『聖人』……一筋縄ではいかないか」

 

「今ならまだ間に合います。剣を引いてください」

 

「ダメだな。貴女がそうしないように、私にも引けぬ理由がある」

 

 その攻防は、瞬きすら許されない刹那の世界に存在した。常人では足を踏み入れる事すら許されない修羅の領域。対抗しようとすること事態が馬鹿馬鹿しい。だがしかし、木原統一はそんな絶望感を抱きながら、同時に疑問も感じていた。

 

(神裂が、押している? いや、騎士団長と神裂なら間違いなく……どういう事だ? 騎士団長が手加減でもしているのか?)

 

 手加減なんて言葉が、騎士団長の辞書にあるとは思えない。だが騎士団長が手札を出し惜しみしているのは間違いないはずだ。ソーロルムの術式で七天七刀の攻撃力を無効化(ゼロに)してしまえば、神裂の敗北は確定する。

 

(……術式が完成していない? いや、何年も前に、仇敵(とも)から受けた不意打ちを悔しがって作った術式だったはず。その可能性は低いだろう)

 

 思考を極限まで加速させ、じっと騎士団長を観察する。その身体に流れる魔力の動きと、用いられている魔術の全てを……観察すればするほどに、音速戦闘を可能にする身体制御術式の数々は見事という他ないだろう。そこに先ほども垣間見た、神裂の七閃を退けるほどの剣技が合わされば……いや、剣、だと?

 

(騎士団長が持っているのは、何の変哲も無いロングソードだ。だが彼が全力を出したときに使うのは……)

 

 フルンティング。古代イングランド叙事詩に登場する古の剣を模した、全長3m以上の長剣のはずだ。返り血を浴びるほどに強力になっていったという逸話を利用し、返り血を天使の力(テレズマ)に対応させる事で、使用者に莫大な力を与える霊装。それを用いていないという事は……つまり……

 

「……嘘、だろ?」

 

 信じられない事に、騎士団長はカーテナ=セカンドからの供給を受けていない。どうやら彼はその身一つで、聖人と渡り合っているらしい。あり得ないと頭で否定しても、この眼に映される光景全てがその事実を物語っている。騎士団長の使う術式群に、天使の力(テレズマ)を流用する余地はない。彼は己の魔力のみで、『聖人』と渡り合っているのだ。

 

「ふん、まさか見抜かれるとはな。新参とはいえ清教派……貴女はともかく本職の魔術師の前で手の内を披露するのはやはり分が悪い」

 

「……どういう事です?」

 

 騎士団長が言い放った言葉の意味は、神裂には伝わらなかったらしい。だが、俺にはわかる。その真意と無謀さが。故に俺は、騎士団長にこう問わずにはいられない。

 

「まさか本気を出すまでもなく、『聖人』を倒せるとでも?」

 

「本気でないのはそちらも同じだ。殺すつもりのない刃を退けることなど、造作もない」

 

 ……まぁ、神裂が人を殺さないのは知っている。だが先ほどの七閃と水刃の術式は、どう見ても殺す気に見えたのだが……それは俺が彼らと違って一般人だからだろうか?

 

「こちらも問おう。まさかこのウィンザー城の敷地から、生きて出られると本気で思っているのか、少年」

 

 その言葉を皮切りに、騎士団長の周囲に砲弾のような物が降り注いだ。土煙が舞い上がり、地面にはいくつものクレーターが出来上がる。そんな中で騎士団長は動揺も、身動き一つすることはない。

 

 それも当然だ。これは増援の到着……自らの部下の登場に驚く指揮官なぞ、いるはずもない。

 

「ご無事ですか?」

 

「誰にモノを言っている?」

 

 銀の甲冑。莫大なる質量を感じさせる板金鎧(プレートアーマー)の集団が、騎士団長の周囲に並び立つ。考えるまでもなく、騎士団長の部下達だ。

 

「速やかにあの少年を抹殺しろ。彼女は私が抑える」

 

「……相手は『聖人』です。せめて部下を───」

 

「不要だ。この程度の相手に苦戦していては、奴には勝てん」

 

 奴、と言われるのが誰なのか。それがわかるのはこの場において騎士団長と木原統一だけだろう。特別な才能も無く、二重聖人たるあの傭兵を目標にするなんて無謀もいいところだが……その狂気に迫る鍛錬が、自力で神裂という聖人と渡り合う事を可能としたようだ。

 

(カーテナ=セカンドのバックアップが無いから、パターン魔術は使えない。ウィリアム=オルウェルへの対抗心が、ソーロルムの術式の使用を留めている……そしておそらくクーデターに向けて、手の内を晒したくないというのが本音か)

 

 全力には程遠い戦術だが、戦略的に最善を取った結果というところか。真にイギリスの事を憂うのならば、ここで自らの術式をさらけ出すのは避けるべきだという彼の判断は、おそらく正しい。こちらが殺さずを誓う聖人と丸腰の魔術師であるのに対して、向こうは騎士団長含めた8人。勝利条件は聖人の打倒ではなく魔術師の始末である。オマケに絶対にこちらを斬らない保証のある聖人と手合わせ出来るのだ。これ以上のシチュエーションはあるはずもない。

 

 ……だがしかし、いま騎士団長がそれらの術式を控えていたとしても、苦戦を強いられればその封印は容易く解かれる。奥の手を切らせずに倒せるほど、甘い相手ではないはずだ。

 

「もう一度問おう、少年。我らから逃れられると本気で考えているか? 聖人の陰にこそこそと隠れて、情けなく震えていれば事態が好転するとでも?」

 

 その言葉を聞いて、気がつけば俺は拳を割れるほどに握りこんでいた。先ほどからの死への恐れを上回る程の怒りの感情が、木原統一の心を覆い尽くす。

 

(クソが……騎士団長の言うとおりだ。神裂が俺のために戦おうとしてくれているっていうのに……)

 

 いくら知識があっても、どれほど相手の術式を看破しても。今の俺には戦うための手段が無い。ルーンのカードが手元になければ、俺はただ死に辛いだけの人間に過ぎないのだ。平たく言えばお荷物である。

 

「随分と、私の同僚に失礼な事を言ってくれますね」

 

「事実を言ったまでだ。ここまで追い込まれて、魔術を発動する気配どころか戦う意志も見せないのだからな。貴女から聞かされた冒険譚で、少しは期待したがこの様だ」

 

「そうか。なら期待通りのモノを見せてやる」

 

 突然、この場にはいない何者かの声が聞こえた。

 

「たしかに、そこにいる男はアンタとは違って覚悟がない。何の目的も無く謎を振り撒いて、それでいてとぼけ続けるふざけた野郎さ。俺も何度も煮え湯を飲まされたことか」

 

 声の方向は上からだ。ウィンザー城の遥か高みから、その男はこちらを見下ろしていた。何故か上半身が裸で、肩に袋のような物を担いでいる。

 

「だが、そいつは強いぞ。少なくとも、惚れた女のために学園都市最強を打ち倒すくらいにはな」

 

 その言葉と共に、男は抱えていた荷物を放り投げた。正確には、風呂敷代わりにしていたアロハシャツを勢いよく広げ、包まれた大量の荷物をばら撒いたのだ。

 

 それは木原統一が愛用している、オリジナルのルーンカードだった。

 

「……何者だ」

 

「クラスメートだよ。お節介焼きのな」

 

 土御門元春。多重スパイでありシスコン軍曹。陰陽博士にしてクラスメート。そして、今まで幾度となく木原統一の窮地を助けてくれた、最大にして最高の仲間(とも)

 

「王室派の説得はこちらでやる。だからお前らは、それまで( 、 、 、 、)絶対に( 、 、 、)生き延びろ( 、 、 、 、 、)

 

 神裂と木原統一の頭上に、ルーンのカードが舞い降りる。手段は提供され、勝利条件も明示された。ならば後はやり遂げるしかない。

 

「……ぶちかましてやれ木原っち」

 

 聞きたい事は山ほどあるはずだ。この場にいる誰よりも、土御門は木原統一という男の謎を知っているのだから。本来であれば、騎士派と一緒になって木原統一を殺しに来る選択肢だってあるはずである。

 

 そんな感情を押し殺して、使命よりも友情を取ってくれる彼に。今はこの言葉を言う事しか出来ない。

 

「……ありがとう土御門」

 

 舞い降りる選択肢(カード)の一つを手に取り、一振りの炎剣を発生させる。

 

「神裂、頼む」

 

「……ええ、行きましょう。木原統一」

 

 誰のためでもなく正義のためでもない。ただ死なないための戦いが、始まった。







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