とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 長いです。御覚悟下さいまし。



 捏造が多いです。御容赦下さいまし……

 
 



052 Amazing break. 『8月27日』 ⅩⅡ

 

 

 

 

 

 

 戦いが始まる直前。彼はこう呟いた。

 

『細かい事を伝える時間はない。とにかく神裂は、騎士団長をぶっ飛ばす事だけに集中してくれ……この先俺に、何があっても』

 

 木原統一が何を考えているのか、神裂には見当も付かなかった。"何があっても"という部分に若干の不安を覚えるが……騎士団長を止めるのは木原統一ではおそらく不可能だ。この提案を拒否する理由は無いだろう。

 

『……神裂、頼む』

 

『ええ、行きましょう。木原統一』

 

 そして、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 その瞬間、神裂の取った行動は至って単純(シンプル)だった。

 

 全速力で一直線に、騎士団長へと突っ込んだのだ。

 

(木原統一が何を想定しているのか、騎士団長の隠している"本気"と言うものが何なのかは不明ですが)

 

 聖人の全力。一般人には決して追えない、音速を超えた速力でもって高速接近し、周囲の騎士たちが反応するよりも前に、鞘に収められたままの七天七刀を叩きつける。聖人のパフォーマンスを最大限発揮するために、神裂が得意とする短期決戦抜刀術。

 

(彼を倒してしまえば、全てが終わる!)

 

「随分と舐められたものだな」

 

 言葉を交わす間もあるはずのない刹那。神裂は確かに、騎士団長のその言葉を聞いた。

 

 騎士団長は防御をしなかった。ただ必要最小限の動きでもって神裂の剣の軌道から脱出し、そしてそのまま神裂の喉笛に向けて剣を振るったのだ。

 

(カウンター!?)

 

 聖人でもない人間に自らの攻撃を看破され、神裂は動揺した。そしてそのままそれが決まっていれば、神裂は間違いなく絶命していただろう。とっさに神裂は体を捻り、死の刃から逃れる事に成功する。

 

「たしかに、純粋な速力であれば貴女のほうが上だろう。だがこの私を、力一辺倒で倒せる程度の評価しかしていないのなら改める事だ」

 

 傍から見れば、二人はただ一瞬ですれ違っただけに見えただろう。時間にして1秒未満。常人の反応速度をあざ笑うかのような世界。これこそが、聖人が誇る最強のアドバンテージでもある。その領域に、騎士団長は人の身で到達していた。

 

(……膨大な戦闘経験が可能とする、未来予知に迫る反応速度……それに、あらかじめ対聖人戦を想定したかのような術式群まで用意してあるとは)

 

「たしかに、一筋縄ではいかないようです」

 

「当たり前だ。私を誰だと思っている?」

 

 誰しもに平等であるはずの時間の世界。その中で、極限にまで圧縮された二人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 神裂が爆速で騎士たちのほうへと向かったのを見た木原統一は、砂埃の中にいた。女性とはいえ、人一人分ほどの質量が音速を超えて飛んでいった結果の産物である。

 

(ロケットか何かかアイツは!? この砂埃のせいで何も見えねえぞ……頼むから、気が変わって本気を出した騎士団長に瞬殺されました、なんて状況にはなってくれるなよな)

 

 無論、保証なんてない。もしかしたら、逆に今の一撃で騎士団長を倒してしまった可能性だってある。

 

(……神裂か騎士団長、そのどちらかが倒れた時点で決着はつく……あいつらの戦闘は音速を超えた刹那の世界。もう既に何百回と剣を交えているはずだ。手遅れにならないうちに早く加勢に行かないと)

 

 ガシャンガシャンと、煙の向こうから大量の金属音が聞こえてくる。その正体が何なのかは聞くまでもない。

 

「……あの時の駆動鎧と比べれば、数は少ないな」

 

 土煙の中から、重装備の金属鎧集団が飛び出して来た。その手には、敵を撲殺する事を目的とする金属棒(メイス)が握られている。王に忠誠を誓う、ウィンザー城の守護騎士たちだ。

 

(3、4、5、6……たしか合計で7人いたはずだが、1人は後方に待機か? 面倒だな……それに想像より動きが早い……あの重そうな鎧を着ているのに、アスリートみたいな速度で接近してきやがる)

 

 自前の筋力だけでは、あの重量で走りこむ事はまず不可能。おそらく、なにかしらの小細工が施してあるはずである。聖人とは比べるまでもないが、常人から見て十分に驚異的な速度を叩き出すための身体強化術式。装備者の全身が完全に覆われているため、肉眼でその存在を確認する事は難しいがまず間違いない。

 

(あのメイスをまともに食らうわけにはいかない。たとえ肉体再生(オートリバース)があっても、脳みそごと頭蓋を粉砕されちまったら終わりだ。接近戦は避けるべき……なら)

 

炎よ(kenaz)

 

 万が一に備え( 、 、 、 、 、 、)、右手には炎剣を出しているから両手は使えない。それでも、この術式にだって屠るだけの威力はあるはずだ。

 

巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!!」

 

 ステイル直伝の(本人が聞いたらまず切れるであろう)単純な炎の魔術。その一撃を、大して狙いもつけずに騎士の集団へと投げつけた。当たってくれれば儲け物だ。

 

 それを目撃した騎士の1人は、右腕を掲げてこう命じた。

 

「散開!」

 

 その号令と共に、騎士たちは散らばり始める。反応速度も尋常ではない。先ほど彼らをアスリートと例えたのは、どうやら間違いではなかったようだ。投げつけた炎は誰にも命中することもなく、明後日の方向へと飛んでいく。

 

「奴は炎使いだ! 固まるなよ!!」

 

(チッ、流石にそこまで馬鹿ではないか)

 

 脳筋と評される騎士派。だがそれは彼らが戦闘特化の部隊であるが故の評価である。血塗られた歴史を誇るブリテンを守護してきた彼らと、己が夢を追い続ける魔術師では積み上げてきたモノの形が根本的に違うのだ。魔術師よりは魔術に疎いだけであり、こと戦闘に関して言えば並みの魔術師以上の戦術を有する、紛れもない猛者達である。

 

原初の炎(T O F F)その意味は光(T M I L)優しき温もりを守り(P D A G G W A)厳しき裁きを与える剣を(T S T D A S J T M)!」

 

 轟ッ!! という轟音が鳴り響き、木原統一の周辺に無数の火柱が噴出した。土御門がばら撒いたルーンのカードを利用して、遠隔で炎剣を発生させたのだ。一方通行(アクセラレータ)戦に見せたときよりも数は少ないので、酸欠になることはない。だが、走り込んでくる騎士たちの進行速度を遅らせるには十分な数だった。

 

 当然、見えている攻撃に飛び込む騎士はいない。三角飛びの要領で炎柱を回避し、速度を落としながらも彼らは迷うことなく木原統一に接近してくる。だが───

 

(これだけあれば、避けれねえだろッ!)

 

 無詠唱ながらも左手に炎を発生させ、向かってくる騎士の1人に投げつける。左右正面を炎で囲まれた騎士の1人に投擲した炎が直撃し、盛大に音を立てて彼は転倒した。

 

「エドワード!」

 

「……大丈夫だ!」

 

 頭をふるふると振る仕草と共に騎士は立ち上がった。どうやらエドワードとやらはほぼ無傷らしい。

 

(たしかローマ正教と違って、イギリス清教の騎士たちの鎧には霊装としての能力は少ないはずだが……これは単純に火力の問題か)

 

 冷静に思考を重ねる中で、すぐ目の前まで騎士が接近して来ていた。ここまで走りこんで来たのにも関わらず、極めて整った呼吸をしている騎士はその豪腕を振り上げ、躊躇無くメイスを目標の頭蓋に叩き込んだ。

 

「流石に、舐めてかかりすぎじゃねえか?」

 

 目の前の少年とは別方向から、そんな声が聞こえてくる。そして───

 

 ブン、と。騎士のメイスは宙を殴りつける。先ほどまでいた少年の姿は消え失せていた。

 

「何!?」

 

「さっきの一撃に、詠唱を乗せなかった時点で気づくべきだったな。声でこちらの動きを読まれては困るからだよ」

 

 蜃気楼。周囲に作り出した炎の柱をコントロールし、通常ではあり得ない屈折現象を発生させるステイル得意の回避技。姿を屈折現象によって隠蔽し、言葉という音の発生源をルーンのカードを用いて隠蔽する。そして───

 

 ゴンッ! という鈍い音と共に。宙を殴りつけていた騎士は、走りこんで来た他の騎士の一撃をまともに受けた。

 

「な、何をしやがる!?」

 

「何? ど、どういう事だ!?」

 

(俺の虚像を織り交ぜる事で同士討ちを狙う……即興で作ったがうまくいったようだな)

 

 互いが互いを殴りつけるように景色を屈折させることで、蜃気楼を回避ではなく攻撃に転化する。大量にルーンのカードを出しているからこそ成立する、木原統一オリジナルの合わせ技である。

 

「総員停止、攻撃止め!」

 

 止むを得ず、騎士たちはその号令で動きを止めた。何人かがメイスに殴られていたものの、戦闘不能になった者はいないようだ。騎士たちは完全に木原統一の位置を見失っていた。

 

「『円卓(ラウンドテーブル)』の発動を許可する……互いの視覚情報を共有しろ」

 

 そんな騎士の言葉を聞いて、木原統一は首を傾げた。

 

(視覚を共有……だと? 鎧に付与された魔術か?……彼らは本来、自前で戦闘に必要な術式を最大限発動するために、鎧の方には霊装としての効果を一切排除する傾向にあったはずだが……どうにも俺が"知っている"情報とは違うようだな)

 

 なんともシステマチックで騎士らしくない機能だが理には適っている。城の要人を守る為に必要なモノは、岩をも砕く一撃ではなく下手人を捕らえるためのギミックなのだから。

 

(……彼らの所属がウィンザー城だからか? 警備と言う観点で、術式構成が根本から違うのかもしれないな……互いが監視カメラの役割を果たす能力を鎧に付与していたとしても、まぁおかしくはないが)

 

 蜃気楼が完全に効かない、とまではいかないが。おそらく同じ手は通用しないだろう。

 

(さっきの無詠唱の炎でダメージを与えられなかったのも、やはり鎧の細工のせいか?……他にも霊装としての機能があるかもしれないが……ダメだな。それを完全に把握するには情報が足りない。なら───)

 

 得られた情報を精査する。完全に把握できない謎を、インデックスに教えられた知識で想像し補完する。仮定を重ね、最も確率の高い術式を検索し、その対抗策をこの場で練り上げる。

 

衛兵よ(A G)王に仇為す敵を捕らえよ(C T E T B H T T K)

 

 イメージするのは、大気を圧縮しプラズマ化していた一方通行の姿。その言葉に応えるかのように、周囲に立ち昇っていた火柱は天へと昇り、その熱量が圧縮され騎士たちの真上で巨大な火炎の塊を形成していく。それと同時に、騎士達の動きを阻害するように周囲に網状の火炎が展開された。

 

「何だこのデタラメな魔術は!?」

 

 木原統一にしては珍しい、技巧ではなく力技による魔術。魔力の流用で成立する『我が剣は王のために』とは違い、一度炎として成立させた魔術を操作する事で完成する炎の檻。規模だけなら、法王級と呼ばれる魔女狩りの王(イノケンティウス)に匹敵する火炎の塊を、術理を無視し強引に完成させたその魔力量は並みの魔術師を完全に圧倒していた。

 

「早く陣を敷け!!」

 

 一部の騎士は、次に起きる事を予測できたらしい。彼らが防御態勢を敷こうと動き出した瞬間。木原統一の次の一手が繰り出される。

 

「食らいやがれ──────王の鉄槌(J O T K)!!」

 

 次の瞬間。逃げ場を失った騎士たちへと、隕石にも似た巨大な火炎の塊が壮絶な速度で叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神裂と騎士団長、二人の怪物は恐るべき速度で互いの剣を叩き付ける。本来であればへし折れてしまうはずの二人の刀剣は、既存の物理法則に唾を吐きかけるように無傷で静止した。

 

 その瞬間の出来事だった。

 

 音は消えた。

 

 光は飛んだ。

 

 ゴバッ!! という轟音と共に、二人を中心にドーム状の衝撃波が広がっていく。彼らを収めていた一枚の光景(フレーム)が悲鳴をあげる。怪物同士の激突が、その余波だけで世界を崩壊させていく。

 

 一瞬の静寂、そして彼らは剣を離し、そして───その動作を繰り返した。

 

 割れるような金属音が常人には聞き取れないレベルで重なり合う。時代劇のような清澄なる剣戟には程遠い、工事現場の機械音に近い轟音がウィンザー城の敷地内に鳴り響いていた。大気の振動だけではない、地面さえもが震えている。世界を破滅させる爆心地の中心で、発生源たる2匹の生物は地面にクレーターを形成しながらも打ち合い続けていた。

 

(……攻め、切れない……ッ!)

 

 単純なエネルギーの総量であればその差は歴然だった。騎士団長が如何に優れた騎士だったとしても、所詮はただの人間に過ぎないのだ。十字教という枠組みの中で、聖人という役割(ロール)を与えられた神裂に単機で挑むということは、戦車に歩兵が挑むよりも酷い状況である。世界の半分を占める魔術サイドの戦略兵器(ヘヴィーオブジェクト)。戦争の行く末をその兵器の所持数が左右すると言っても過言ではない絶対的な力。それが聖人という存在である。

 

 その圧倒的な怪物を前にして、騎士団長は一歩も引く事はなかった。

 

「おおおおおお───ッ!!!」

 

 神裂の放つ神速の抜刀術に、彼は自らの全てで応える。聖人の攻撃の全てを見てから受けきるのはほぼ不可能に近い。予測し、妥協し、無理をする。足りない分は意志の力で補っていく。生き残る事に必要な力を振り絞り、なお前へ進む事をやめることはない。軍を指揮する切込み隊長は引いてはならないという事実を、己が生き様で示すかのように。

 

 重さ、威力、速度。その全てにおいて神裂が勝っている。その神裂が裏の裏を読んでも、必ずその先へと彼は到達する。まるで神裂の思考を読むかの如く、騎士団長の反応速度は神憑っていた。七閃も、そして魔術も防御され、回避されるこの状況に神裂は戦慄していた。

 

 ガッキィィン!!! という轟音と共に二つの刃が重なり合い、二人は至近距離で睨み合う。

 

「……対聖人を想定して組み上げてきた戦術だが、やはり足りないか。ここまでやって、貴女の本気を引き出せないとは」

 

「……っ」

 

 騎士団長の言葉に、神裂は唇を噛んだ。その表情を答えと受け取り、騎士団長は言葉を続ける。

 

「私は『聖人』を知っている……忌々しくも、おそらく貴女より格上の奴を。だがそれを踏まえても、貴女の全力はこのようなものではないだろう。全力ならば、私の首を刎ねる事など容易いはずだ」

 

 一撃を届かせるには、最短最速の攻撃を繰り出すしかない。しかし、全身全霊を込めてしまえば確実に、騎士団長は絶命する。そんなジレンマに、神裂は陥っていた。

 

 たとえ攻撃が届いても、殺してしまっては意味がない。

 たとえ手加減しても、攻撃が届かなければ意味がない。

 

 全てを救うと誓う彼女に、誰かを切り捨てるという選択肢は無いのだから。その選択肢を選んでしまった瞬間、神裂火織は敗北する。

 

「わかっていて、なお戦うというのですか」

 

「勘違いして貰っては困るな。奥の手を隠しているのは私も同じだ」

 

 殺してしまっては意味がない神裂と同様に、騎士団長にも目的があった。

 

 目の前の夢を追う彼女に、この先訪れるであろう絶望(げんじつ)。それを受け入れ、乗り越えて欲しいというささやかな願いが。

 

「私は、貴方とは違う道を選びます」

 

 ただ殺すだけというのなら、互いにその手段は持ち合わせている。この戦いの勝敗はそんな単純なモノではない。己が信じる正義のために。自らが正義だと証明するために。

 

 即ち、これは心を摘む戦い。

 

「ああ、その少し先で待っている」

 

 それはまるで、街角で待ち合わせる恋人のように。

 

 互いに言って、再びの激突が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 燃え滾る爆炎の中に、人影が見えた。

 

「……無傷、か」

 

 木原統一がそう呟いた瞬間、6人の騎士が姿を現した。鎧のあちこちが煤けているものの、炎によるダメージは見られない。思考時間は少なかったのにも関わらず、全員が術式を即座に完成させ相乗させることで、莫大な熱量による攻撃を防ぎきっていた。

 

(……予想通り。あの鎧が共有できるのは視覚だけじゃない。防護術式の波長を合わせるための、変圧器のような役割も果たしているのか)

 

 彼らの本来の役割はウィンザー城を守護することだ。その任務に必要な力とは、一騎当千の破壊力でも圧倒的な攻撃速度でもない。絶対防衛ラインを死守し、本陣を守りぬく防御こそが真髄である。

 

 そのためには点ではなく線で、個ではなく群として、彼らは横に繋がる必要があったのだ。大群対大群における防衛戦とは、たった少しの綻びで総崩れを起こしてしまう。その綻びを防ぐためには、総員の防御術式を並列化し運用するための手段が必要となる。だがそれは本来、様々な状況(シチュエーション)を想定した膨大な訓練を経て初めて実現可能な、仲間との連携(チームワーク)の末の産物。配置換えがあるたびにそんな事を繰り返していてはキリがないと悟った彼らは、渋々自らの鎧に細工を施す事にしたらしい。

 

 『鎧』という象徴に、仲間との繋がりを刻み込む。まさしく『騎士派』を象徴するかのような方法論だ。

 

「損傷なし、問題ありません」

 

「目標の火力は『湖の加護』で防ぎきれる程度のようです」

 

「……総員、術式を維持しつつ突撃用意。距離が近くなる、炎の幻影対策に『円卓』も適宜発動しろ」

 

 木原統一の攻撃を防ぎきり、自信をつけた彼らの戦術ががらりと切り替わる。速度に頼る圧倒から、硬度による蹂躙へと。速度を落とし、互いの位置を一定に保つ事で耐熱術式を展開。炎では決して止まらない軍勢が、炎使いたる木原統一へと矛先を向けた。

 

 そして、脅威はそれだけには留まらない。

 

 風を斬る音と共に、木原統一の右肩に指先ほどの赤黒い穴が開いたのだ。

 

「─────っ!!」

 

 思わず肩を押さえ、木原統一は膝を突いた。だらりと腕は垂れ下がり、炎剣を持つ手から力が抜けていく。

 

『こちらブランド。『小さな緑の義賊(リトルロビンフッド)』の命中を確認。だがサバイブ……目標の心臓を狙ったが、30cm以上ズレたな。右手の炎でこちらの視覚を阻害していたようだ……位置撹乱のため、これから移動を開始する』

 

「了解した。十分な成果だ。こちらはこれより再度接近を試みる。敵の特性上、誤射を避けるため別命あるまで待機せよ」

 

『了解』

 

 目に見える脅威と、見えない脅威。ただの魔術師ではどうする事もできない絶望が大きく口を開ける。

 

「目標は手負いだ。さっさと仕留めて騎士団長の応援に向かうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンザー城の屋根の上。本来であれば足を乗せる事も無いその場所に、3人もの人間が足を踏み入れていた。

 

「ふざけるなッ! 何の確証も無しに、学園都市の人間を殺すなぞどうかしているぞ!! 自分のやっている事がわかっているのか!!?」

 

 今にも殴りかかりそうな勢いで、土御門は最大主教に詰め寄っていた。常に冷静で、世界を2分する境界線上の奇術師の姿は何処にも無い。あるのはただ、殺されそうになっている友人を助けようと奔走する高校生の姿である。

 

「仕方無しにつき土御門。木原統一を庇いし暁には、騎士団長にまとめて切り殺されかねない状況であったのよ。それに、如何に清教派の長と言えども第1王女の御言葉には……」

 

 ガチリ、とローラ=スチュアートの眉間に硬い物が押し付けられた。言うまでもなく土御門の銃である。

 

「ほざけ、ローラ=スチュアート。あの第1王女(根暗女)騎士団長(脳筋騎士)を黙らせるくらい、お前には容易なはずだ。一体何を考えている? まさか、この大規模魔術をアイツが仕掛けたと本気で思っているんじゃないだろうな?」

 

 そんな土御門の問い掛けに対し、修道女は何も答えなかった。銃を向けられているのにも関わらず、ただ土御門に微笑みかけるだけである。

 

「優秀な諜報員と聞いていたが、この様ではその評価も怪しいか。この期に及んでコイツの狙いがわからないとは」

 

 そんな二人に対し背を向けたまま、女王たるエリザードはそっけなく言い放った。

 

「東洋人の公開処刑にご執心な女王様は黙っていてもらおうか」

 

差別主義者(レイシスト)札紙(レッテル)を貼るのは勝手だがなテロリスト。激昂した演技でそいつを脅しても、無駄だという事はお前が一番よくわかっている事ではないのか? "キレて何をするかわからない"などという条件付けで他人を脅すのは世界共通のチンピラ手法だが。お前の言うとおり、そいつは我が娘や騎士団長、そして仲間を助けに来た魔術師を黙らせるくらい簡単にやってのけるだろうよ」

 

 ギチリ、と土御門の銃を持つ手に力が入る。そもそも前提として、この最大主教たるローラ=スチュアートを説得するという事が、限りなく不可能に近い難題である。エリザードの言う通り、土御門はその事実を痛いほど知っていた。

 

「……そんな事は承知の上だ。だが下では、俺以上に無理難題を突きつけられている仲間がいる……はいそうですかで諦めるなんてクソったれな選択肢は俺には無いんだよ女王(クイーン)。テロリストだろうがチンピラだろうが、最後には世界とあいつらを救えればどうでもいい。言葉で届かないというのなら、それ以外の手段( 、 、 、 、 、 、 、)に頼るまでだ」

 

 脅しではない。この男は必要とあらばその引き金を引く。それを伝えるには十分な気迫が、土御門の眼光には込められている。

 

「……ほう。いい眼をしているな。仲間のために覚悟を決められる奴は嫌いじゃない」

 

 女王は流し目に土御門を振り返り、薄く微笑んだ。

 

「別に私は、お前の行動を否定する気はないぞ? ご自慢の武器を一つ捨てるにはまだ早いと言っているに過ぎん。その優秀な脳みそをもう少し働かせてみろ。その女の目的が何なのか、ここまでの判断材料があってわからないようではスパイ失格くらいの段階に入っているのだがな」

 

 そんなエリザードの言葉に、土御門は押し黙った。最初は挑発かと思ったがどうやら違う。この口ぶりから察するに、女王エリザードは本当に最大主教の目的とやらを突き止めているらしい。

 

(目的だと? ……たしかに、この女は意地悪くはあるが馬鹿ではない。最終的には必ず、この女に利益(メリット)があるはず……)

 

「ほら、どうした? まさかこの状況が、単なる嫌がらせで引き起こされたなどと考えていたわけではあるまい?」

 

 外界とは魔術的に隔絶されたウィンザー城。敵対する騎士派、静観する王室派、そして清教派。一つ一つの情報を精査していくたびに、ある一つの可能性の輪郭が土御門の頭の中に浮かび上がってくる。

 

「……まさか」

 

 そう、例えば。「外界とは隔絶された」というのはつまり、他の魔術宗派や魔術結社の監視が入らないという事ではないのか?

 

 相手が騎士派だという事は。どのような結果になっても清教派はリスクを負わないという事ではないのか?

 

「……まさかッ!」

 

『遅かったわね、土御門』

 

 そう、例えば。イギリス清教の長たる最大主教。そのイギリス清教を擁するこの国の女王。そして───東洋の魔術に詳しい陰陽師。この3人が集まれば、こと魔術(オカルト)において看破できない事など皆無ではないのか───?

 

「ようやく至ったか。そうだ、よりにもよってこの女は、殺さずしてあの少年を魔術的に解剖しようとしているのさ。このウィンザー城を解剖台に見立て、英国で最も安全である女王(わたし)の横でな」

 

 エリザードが示唆し、土御門が直感的に辿り着いた答え。そのあまりの馬鹿馬鹿しさに、土御門は思わず眩暈がした。

 

「そんな、くだらない事で? ……アイツの魔術の技量は確かに異常ではある。だがそれは、神裂火織や騎士団長……ましてや王室派を巻き込んでまで確認するような事ではないはずだ! こんな大騒動を起こしておいて、目的が1人の魔術師の腕試しだと!? 馬鹿も休み休み言え!!」

 

「おいおい、私に言われてもな。その台詞は、珍しく真面目な顔をしているそこの女に言うべき案件だろう」

 

 はっ、として土御門はローラ=スチュアートを見た。戦場を眺める彼女の姿は極めて真剣だ。その表情が演技なのか本気なのか、それを判別する方法は土御門にはない。

 

「ま、要するにコイツにもわからないのさ。あの少年の正体、真価……とにかくそういった部分がな。それを知るためには、最悪聖人を使い潰しても良いと思うくらいには重要らしい。騎士派一個師団をぶつけるくらいが丁度いいと考えるとは、一体何を想定しているんだか」

 

(量りかねている、だと? この女が? 一体何が、木原統一という1人の魔術師の価値をそこまで引き上げた? 例のくだらない預言の件だけではこうはならないはず……クソ、審問会で何かあったのか?)

 

 土御門が城下に目を向けると、肩を撃ち抜かれた木原統一の姿が目に入った。膝を突く彼の元に、耐熱術式を展開した騎士たちが群がっていく。もはや一刻の猶予も無い。

 

「くっ……力量を測りたいのならもう十分だろう!? 確かに魔術の上達速度は異常だが……ここが限界だ。早く止めないと手遅れに───」

 

「ここで止める? 冗談だろう?」

 

 瞬間、カッとなった土御門は銃口をエリザードに向けた。だがまるで、そんな土御門など眼中に無いかのように。独り言のように彼女はこう続けたのだ。

 

「なるほど。禁書目録の守護者としてあれほど相応しい者はいない。ここまで騎士派を手玉に取るとは」

 

 彼女にしては珍しい、冷や汗を垂らしながら。

 

「魔術を学んで1ヶ月、か……まさしく怪物だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その変化は突然訪れた。

 

「………?」

 

 捉えていた敵の姿がぼやけていく。また蜃気楼かと一瞬考え、そしてその可能性は否定された。

 

 ガシャン、という金属音。振り返れば一人、また一人と仲間たちが倒れていく。組んでいた陣形は完全に崩れてしまっている。

 

(攻撃を受けているのか!?)

 

 そして次の瞬間、自らの身体から力が抜けていくのを感じた。姿勢を保てず、思わず膝を突く。痛みは無い。ただ身体が思うように動かない。呼吸が浅くなり、思考力が低下していく。

 

(これは、何だ? 何が、どうなって……?)

 

「"何が起きたのかわからない"、か? 鎧で表情は見えないが、まぁこんなところだろうな」

 

 気がつけば、敵である少年がすぐ近くまで歩み寄って来ていた。視界不良で確認こそ出来ないが、声の音源とザクザクという足音から、大まかな位置がわかる。

 

(まずい、防御術式を……ッ!)

 

「いや、どれだけお前らの着てる鎧が優秀でもな。立つ事も出来ない状態で、俺の炎を完全に防げるような術式は展開出来ないはずだ……やめとけって。心配しなくても、ここからさらに追撃なんてエグい事はしないよ」

 

 悔しい事に、少年の言う通りだった。意識は散らされ、身体中の制御も利かないこの状況。懸命に鎧のバックアップを借りても、無様にも術式は霧散していく。炎どころか、城のメイドが沸かすポットのお湯すら防げないような有様である。

 

「一体……何をした……?」

 

「……まぁ、教えてやってもいいぞ? 対騎士団長用に術式を組み上げる時間もあるからな。それにウィンザー城の近衛兵が、こんな欠陥品を着たままで今後の任務に就くのもまずいだろうし」

 

 対騎士団長と聞いて、思わず身体を起こそうと躍起になった。この少年は紛れもない敵だ。討ち滅ぼすべき悪だ。こんな所で、問答などしている場合ではない───!

 

「くっ……ブランド、聞こえるか!? 狙撃を許可する。今すぐ目標を撃ち殺せ!」

 

「無駄だよ。7人目の奴もお前らと同じ状態のはずだ」

 

 ありえない。思わずそう呟いた。自分たちはまだしも、『小さな森の義賊(長距離狙撃霊装)』を携えた仲間はこの場にはいない。姿を隠し、遠距離からの支援と、観測手の役割を果たしているはずなのだ。自分たちと戦いながら、姿の見えないブランドを倒す事など無理がある。まして戦場にいる自分たちと同じ状態とはどういう事だ?

 

「まぁ、種を明かせばそう大した事じゃない。俺がやった事と言えば、お前達の鎧に少し細工をさせてもらっただけさ」

 

「細工、だと?」

 

 ざりざりと、少年は地面に何かを描き始めた。

 

「ああ……俺のこの炎の術式は便利ではあるんだがな。火力を求めるとどうしても大量のルーンが必要となる。なので本来は拠点防衛向き……ま、編み出した本人は大切な者を守る為に使っていたのかな。とにかく、普段は入念な下準備が必要なわけだ。その弱点をカバーするために、俺は炎自体がルーンを刻み込む術式を採用して対応している。お前らの鎧に細工をしたのはこの方式だ」

 

「……馬鹿な。そんなもの、いつの間に───」

 

「当然、あの時だよ。お前らを炎の檻で足止めして、大量の炎を浴びせかけた時。あれは攻撃ではなく、解析と細工……そして細工のための目くらましって訳だ。仰々しく俺が唱えていた詠唱も偽装さ。意味も記号も適当だし、本職の魔術師なら見抜けてたかもな」

 

「……いや、ありえない……お前の炎は完全に防ぎきったはずだ。そもそもそれ以前に。この鎧には───」

 

「そういった小細工を受け入れる余地はない、か? たしかにその通りだな。よくもまぁただの金属の鎧に三つも四つも術式をぶち込みやがって。騎士道物語(聖剣伝説)に統一する事でそういった余剰領域を極限まで減らし、外部からの細工に対抗しようとしたってとこだろうが……そんな事せずに、素直に結界魔術で対抗していればいいものを……いや、そういえばお前らは結界魔術は不得手だったな。だからこその方法論という事か」

 

「くっ……」

 

「まず第1に。お前らは俺の炎を防ぎきれていない。"水"という記号を取り出すために、わざわざ格式高い"湖の乙女"を出張させてきたあの耐熱術式では、俺の方式を防げないんだよ。"熱を防ぐ"と言うのは簡単だが、全ての熱を遮断してしまえば人は死ぬ。あれだけの運動を熱カット率100%の鎧でやれば、どう考えても鎧の中は蒸し焼きコース間違いなしだ……その『湖の乙女』はな。自らに有害か無害かを判断基準としてフィルターをかけている。結論から言えば完全ではない。俺の炎による細工を無害だと誤認させてしまえば、オールクリアってわけだ」

 

 そして、と少年は言葉を続けた。

 

「第2に、俺は細工をしたとは言ったが、魔術を仕掛けたわけじゃない。追記するための余白は元から必要としていない。お前らが元々採用している術式に手間を加えただけさ。城を守り、王族を守る使命を負って。栄光の騎士王伝説が大好きなお前達だからこそ、この術式は絶対に使っていると思ったよ。力の象徴である()を守護しているのだから、記号としては十分だ」

 

 アーサー王伝説。それは神により選定され、王となった一人の騎士王の物語。彼の持つ黄金の剣は莫大な力を誇り、数多の軍勢を退けたと言う。

 

 だが魔術師は言った。その真価は剣の鞘にあると。そしてその鞘を失ったが故に、王は命を落としたのだ。

 

「『聖剣の鞘』。装備者の命を守るという失われた霊装のエピソード。王を剣とし、お前ら自身を鞘と対応させる事で完成する究極の護り……流石に原典通り、『傷を受けず、血を流さない』という効果は無理があるようだが。『傷を癒し、出血を止める』くらいの効果はあるのだろう。単体では微妙だが、相乗させればそれなりの効果はあるはずだ。自分たちは元より、いざという時には王族を癒すための術式だな」

 

 王を守る盾として戦う彼らに、撤退は許されない。最終防衛ラインである自分たち(聖剣の鞘)が失われれば、護るべき王族は文字通り抜き身となる。その身朽ち果てるまで戦うために。意識ある限り戦場に立ち続けるために。そして───カムランでの悲劇を繰り返さないために。

 

「俺は、その術式に細工をした」

 

 騎士は戦慄していた。淡々と種明かしをしていくその少年に。見せてもいない術式に細工をした事実を、当たり前のように報告するこの怪物に。

 

「十字教では、火は破壊と再生の象徴として描かれる。不死鳥の伝説を、神の子の復活になぞらえていたりもするからな。同じく不死性を与えるという意味合いの『聖剣の鞘』の術式に、その効果を増大させる形で追記させてもらった。『湖の乙女』が、王を癒やすための術式を拒む理由もない……さて、そろそろ理解したか? 自分たちの身体に何が起きているのかを」

 

 疑問が氷解していく。正体不明の攻撃が……目に見えない恐怖が。目に見える脅威に変化していくのを騎士は感じていた。

 

 不死鳥は、自らを炎で包み込み焼死した上で( 、 、 、 、 、 、)復活すると言う。その特性を利用された彼らは今、自らの治療術式で破壊と再生を繰り返しているのだ。おそらく本来であれば、耐え難いほどの激痛がこの身を襲っているはず。それがないのは、治療魔術に含まれた麻酔効果が役割を果たしているのだろう。

 

 だが……過ぎた麻酔はなんらかの不調を発生させる。そう例えば、身体の自由を奪い、思考能力を低下させるといった───

 

「ブランドは……あいつは、お前の炎を浴びてないはず……」

 

「全ての鎧に細工を仕掛ける必要はない。お前達の術式は全て、その効果を相乗させる前提で組まれている。言うなれば、お前らの鎧は全部で一つの霊装みたいなものだ。ファイル共有ソフトの危険性なんて、わざわざ言うべき事でもないだろう?」

 

 『円卓』。仲間の姿をどの視点からも確認できるというその特性を抽出し、あらゆる情報の共有を可能とした魔術が仇となった。互いの力を束ね合わせる事で、どんな脅威にも対抗できる。そんな騎士の幻想を、この少年は容易くぶち壊したのだ。

 

 そう。騎士達は気づくべきだった。栄華を誇った騎士王の伝説が打ち砕かれたのは、魔法の鞘を失ったからではないのだと。目に見えない脅威(裏切り)は、その円卓の中に潜んでいたということを。

 

「全ての魔術には源流があり、必ず弱点がある。俺が魔術を学んだ時に、最初にインデックスから教わった事だ。何も考えずに魔術を複数採用すれば、それだけ穴が増えるんだよ……だから俺みたいな半人前につけこまれる」

 

「半人……前……」

 

 何を言っているんだ、と言葉を発する前に。彼の視界は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、面白い結果になったな」

 

 飄々とした口調で、エリザードは呟いた。

 

「あの少年……駆け引きも立ち振る舞いも三流だったが、魔術に関しては一流か……炎一つでここまでやるとは、もはや技術と言うより芸か何かに近いな。実に優秀じゃないか、お前のお友達は」

 

「……ああ」

 

 土御門は茫然とした表情で戦場を眺めていた。先ほどまで絶対絶命だった木原統一の生存を確認し安心する一方で、木原統一が魔術師として想定以上に成長している事に驚いているのだ。

 

(まさか、魔術を扱う相手にここまで善戦するとは……騎士団長がねーちんと互角にやり合っているのも計算違いだったが……それ以上に、散々観察していたはずの木原っちの力量まで見誤っていたとはな)

 

 土御門の計算では、神裂火織が木原統一に付かず離れずで防衛に徹し、木原統一の炎と魔女狩りの王でさらに守りを固めながらの迎撃戦が想定されていた。即ち、ステイルと神裂のコンビが繰り広げていた戦闘スタイルである。その中心に、インデックスを据えての最強の布陣。『聖人』『魔女狩りの王』『魔道書図書館』という難攻不落の怪物コンビの影が頭にチラつき、その戦況の予測を大きく見誤る結果となってしまった。

 

 嬉しい誤算ではあった。だが予想は外れていたのだ。王室派どころか、清教派の最大主教の説得も出来なかった。下手を打てば仲間は死んでいた。その事実に、土御門は思わず身震いしてしまう。

 

 

 ───そして次の瞬間。

 

 誰も聞いたことのない、普段とは似ても似つかない声を。土御門は耳にした。

 

「まだだ」

 

 確信がなかった。

 聞き違いだと思った。

 人違いだと思いたかった。

 

「まだ、足りない」

 

 その瞬間に、土御門が目撃した彼女の表情を形容する事は難しい。

 

(……コイツは、誰だ?)

 

 ぞくり、と。怖気の走る微笑みだった。無邪気な子供が、嬉々として昆虫を虐め殺す時のアレに近い。悪意は無いのだろう。それでも、生理的に嫌悪感を抱いてしまう。そんな表情だ。

 

 ローラ=スチュアート。謎多き彼女の仮面が外れかけている瞬間を、土御門元春は目撃した。

 

 

 そのせいで、反応が遅れた。

 

「ふむ、これをやれば確実にあの二人は死ぬだろうが……いや、聖人の方は生き残るか。あのバカもそこそこに惚れ込んでいるようだしな」

 

 カーテナを片手に、そんな事を口にするエリザード。それが意味するモノとは───

 

「御使堕しを引き起こした首謀者、あるいは術者だったか。そんな眉唾物な容疑は微塵も信じていないが……この先があるというのならお前の策に乗ってやろう。英国最強の騎士、足らぬとは言わせぬぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は間違いなく優勢だった。

 

「終わりです、騎士団長」

 

「……」

 

 善戦していたと思われていた二人の死闘。だがその結果として待っていたのは、涼しい顔をして七天七刀を納める神裂火織と、膝を突きロングソードを杖代わりにしている騎士団長という構図だった。

 

 一見して拮抗しているように見えた二人の力量。だがそれは錯覚だった。殺さないように手加減していた神裂と、修羅の如く全てを吐き出し続けていた騎士団長の衝突が招いた必然。長距離走と短距離走。どちらが先にスタミナが切れるかなど、議論の余地もない。

 

「剣を捨ててください。これ以上の戦闘は無意味なはずです……それがわからない貴方ではないでしょう」

 

 全力全開で挑んだにも関わらず、この聖人には敵わなかった。当初の半分にも満たない今の状態では、天地がひっくり返っても勝つ事など出来るはずがない。だが───

 

「……剣を捨てるという選択肢など私にはない」

 

 この身は剣。国にかかる全ての闇を打ち払う任を負った、誇り高き騎士達の頂点。王族だけではない。かつて国を護るために散っていた、英霊達の想いをも背負う者。そんな彼が剣を捨てるという事は、魔術師にとっては魔法名を捨てる事にも等しい。

 

「……御覚悟を」

 

 それだけ言って、神裂は剣を抜いた。ここまで弱体化した彼を仕留め損ねる事もないだろう。

 

 ……そのはずだった。

 

「いや。覚悟を決めるのは貴女の方だ」

 

 ボゴッ!! と騎士団長の持つロングソードの表面が泡立った。

 

 その名はフルンティング。かつて、ベーオウルフと呼ばれる神話の人物が使用していた魔剣の名を冠する霊装。立ち塞がる敵を殺すごとに、その返り血によって切れ味と硬度を増していくという。呪われた特性とは裏腹にその由来は、とある怪物を切るために寄与された王家伝来の名剣である。

 

 莫大な力がその魔剣に宿る。『返り血』を『天使の力(テレズマ)』に対応させることで、聖人をも凌駕する力が。既にロングソードの面影は無く、騎士団長の手元にあるのは赤黒い3m級の長剣だった。

 

「全てを救うという理想論。その夢から覚める時だ、『聖人』」

 

 この瞬間、神裂は理解した。木原統一の言っていた、"騎士団長の隠している本気"と言うものを。

 

(全英大陸……!? まさか、そんな───)

 

「国を護るための術式を、まさか1人の少年を殺すためだけに使うなど……正気ですか貴方たちは!!?」

 

「1人の命を救うために、世界を敵に回している者の台詞とは思えんな」

 

 騎士団長は再び立ち塞がる。神裂が今まで戦ってきた敵の中で、最も強い存在として。

 

「さぁ……始めようか、聖人」

 

 そして。正真正銘、最強の衝突が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 







 話術サイドっぽさが出せない(血涙)

 術式紹介は暇と時間があれば、シャシャっと活動報告でやりたいと思います。

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