とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 実は久しぶりな魔術戦。そして初めての音速戦。かなり文章が膨れ上がってしまいましたがご了承を。

 

 ……やっと決着です。








053 理想の果て 『8月27日』 ⅩⅢ

 

 

 

 

 

 

(……どうにか勝てたな)

 

 残り火が芝生を焼く中、ため息をつく。倒れた騎士たちが立ち上がる気配はない。どうやら『聖剣の鞘』の術式は予想通り存在し、その術式構造も全て俺の推論通りだったらしい。

 

(『聖剣の鞘』、『円卓』、そして『湖の乙女』……どれか一つでも予想が外れていたら、今頃ここで転がっていたのは俺の方だったな……インデックスの魔術講座を受けていて本当によかった)

 

 アーサー王伝説を元にした魔術群は、『木原統一』の知識……すなわち、とある魔術の禁書目録(原作の物語)の中には存在しない。にも関わらず、この土壇場でここまでの対応が出来たのはインデックスのお陰である。あの個人授業が無ければ、彼らをここまで無力化させることは難しかったはずだ。間違いなく騎士か木原統一か、そのどちらかが命を落としていた事だろう。

 

("殺し"はダメだ。ここで誰かを殺しちまったら最後、本格的に俺はイギリスの、少なくとも騎士派の敵になっちまう……クソ、攻撃力の高過ぎるステイルの術式はこういう時に扱いに困るな。他の魔術も使えればいいんだが……)

 

 それが出来れば苦労はない。いま木原統一がステイルの魔術を使えているのは、実際にその魔術行使を目撃したからこそである。『知識』では埋められない、魔力の動きや配置、呼吸法から霊装の細部まで。その全てを目撃したからこそ成立する"模倣"。学園都市の住人たる木原統一では、その後の魔術師との出会いが枯渇するのは当然の事であった。

 

 結果として木原統一に出来るのは炎の魔術と、相手に魔術を行使させるグレムリン式の能力者破り。そして、既に完成している魔術霊装に、ちょっとした細工を施すという手法のみである。出された料理に塩を振るのは容易く、実際に食材からレシピを練るのは難しい。調理風景を幾度となく目撃し、実際に食らったからこその芸当ということだ。

 

(インデックス曰く、新たに魔術を生み出してこそ一人前……半人前の俺が無いモノねだりをしたところで意味がないか。手数、攻撃手段の乏しい現状は今後の課題だな……今後( 、 、)があればの話だが)

 

 仕込みは重畳。対騎士団長の術式は完成した。騎士派の彼らへと向けた、先ほどのあやふやな推測に基づく術式とはわけが違う。原作から得られる知識を元に構築した対抗魔術(アンチアート)だ。これが決まれば確実に騎士団長を無力化できるはずだが……問題は、音速を超える怪物にこの術式をぶち当てる手段、あるいは道筋である。

 

(戦場にいるのは神裂、俺、そして騎士団長。その全ての動きを計算し、先を読む。見てから間に合わないのだから、先手を打つしかない……クソったれ、結局賭け(ギャンブル)になっちまうのか。しかも、賭けの対象は俺の命どころか神裂の命まで……いや、違う。前提を履き違えているな)

 

「神裂だけは絶対に死なせない。それが最低条件だ」

 

 直後、騎士達の鎧に仕掛けたルーンを通して、木原統一はその異変を探知した。

 

「……来たか。カーテナ=セカンド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 形成は逆転していた。

 

「『移動速度』」

 

「……ッ!?」

 

 騎士団長の姿が消える。神裂の動体視力をしてなお目で追えない程の高速移動。その気配だけで騎士団長の居場所を察知した彼女は背後へと剣を振るった。

 

「『武具重量』」

 

 岩石を斬り付けたのかと思った。いや、神裂の剣は岩をも切り裂くほどの威力を誇るはずなのだが。七天七刀を通して、圧倒的な"重さ"が彼女の腕に伝わり、ピシリと右ひじに嫌な痛みが走る。一瞬の硬直。その隙を、騎士団長が逃すはずもなく。赤黒く膨れ上がった魔剣の一撃が、無防備を晒した彼女へと一直線に振るわれた。

 

「っ……『七閃』!」

 

 神裂と騎士団長の間に、無数のワイヤーが展開される。神裂得意の、ワイヤーによる立体的な遠隔攻撃術。本来、抜刀術と同時に繰り出される美しきその斬撃は見る影も無く。だが苦し紛れの攻撃とはいえ、目の前の男の攻撃を逸らす事くらいは出来る……と神裂は思い込んでいた。

 

「『切断威力』」

 

 神裂の放ったワイヤーはいとも容易く両断された。騎士団長の横なぎの一撃は、ビルをも切り裂くワイヤーを意にも介さず。まるで、最初から( 、 、 、 、)何もなかった( 、 、 、 、 、 、)かのように通過していく。とっさに神裂は、残ったワイヤーを自らに引っ掛ける形で後退し、騎士団長の殺傷圏内から飛びのいた。

 

「『射程距離』」

 

 騎士団長の攻撃が空を斬った瞬間、風を斬る音が神裂の耳に入った。確信があったわけではない。即座に身を屈め、姿勢を低くした瞬間。何かが神裂の頭上を通過した。

 

「……ふむ。攻めから守りに転じる、その一瞬の隙を突いたつもりであったのだが。存外にしぶといな」

 

 ハラリ、と神裂の髪留めが落ちた。先ほどの斬撃が掠っていたのだろう。長く結い上げられていた彼女の髪が解けていく。だがそんなモノに割く集中力なぞあるはずもなく、神裂は息を切らしながら騎士団長を注視していた。

 

 カーテナ=セカンド。所持者を天使長の座に収め、その配下たる騎士派に圧倒的な力を与える儀礼剣。その効力は、英国に所属する魔術師であれば誰しもが知っているものではある。だがその恐ろしさは、実際に相手取って初めて理解できる代物であった。

 

 神裂よりも速く、重く、そして強い。たった数合の攻防で、その事実を認めざるを得ないほどに。今の騎士団長は全てにおいて、『聖人』神裂火織を凌駕しているのだ。

 

「……貴方の使命は英国の危機を救う事のはず。これほどの力を出し惜しみしていたのはやはり、貴方にも躊躇いがあったのではないのですか?」

 

「確証もないままにあの少年を斬ることを、か? いいや、それはない。今私がフルンティングを抜いたのは単に、女王からの要請があったからだ。たしかにこちらからカーテナへと、『天使の力(テレズマ)』の分配を求める事も可能ではあったがな。それをしなかったのは戦略的な状況判断と、なにより私の矜持(プライド)の問題に過ぎん」

 

 チラリ、と。騎士団長は神裂の背後へと目をやった。より正確には、仲間が倒れている方角を。

 

「……前者は私の見込み違いだったようだがな」

 

「……迷いはない、と?」

 

「……やはり、貴女はまだ理解できていないのだな。そもそも、私に"迷う"などという選択肢は無い。王室派が選定した脅威を、その責を負い排除する。それが私の役割だ」

 

 時に、人の上に立つ者は決断を強いられる。世の中の問題は、数学のように必ず答えがあるわけではないのだから。何を犠牲にし、何を残すのか。真にそれが、皆を良い方向(ハッピーエンド)へと繋げる道筋なのか。その確証も無いままに、彼らは舵を取らなければならない。その先がけたるのが騎士派の役割であると、彼は言外に語っていた。

 

 その選択の先が誤りであったのなら、彼は進んでその泥を被るだろう。これは王室派の判断ではなく騎士派の、自らの独断であるという形で、彼は王の盾となる。汚名を着てでも国を護る。それが騎士団長たる自らの務めであると。

 

 そう。一を斬り捨て世界を救う。その選定者は、切り捨てられる覚悟を持たなければならない事を、彼はその身で体現していた。

 

「貴女の理想の終着点。これが何かを救うということだ、『聖人』。何も選べず、何も捨てられず、その重さを背負えない者が救いを語るな」

 

 それは先達としての言葉だった。幾度となく戦場に身を置き数多の骸を踏み越えてきた者から、これから地獄を見るであろう少女に向けての言葉。その覚悟を確かめるかのように、彼は言葉で語り掛ける。

 

「……なるほど。あの時、上条当麻の目には私がこのように映っていたのですね」

 

「……何?」

 

 ───救われる者がいて、救われぬ者がいる。何かを斬り捨て、誰かを救う。そんな当たり前の行いを許容できない自分はやはり、幼稚で、時として悪で、わがままなんだろう。

 

 それでも───その幻想(わがまま)を通すのが魔術師だ。

 

 かつて神裂火織は圧倒的な暴力でもって、一人の少年を叩きのめした事がある。自分たちの行いが唯一救いの道であると信じ、親友の記憶を消し続けた。これが最善だと、これが救いの道であると。これしか道がないのだと勝手に結論付けて、抗う事をやめてしまった過去が。

 

 気がつけば、神裂の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「貴方を見ていると、昔の自分を思い出します……昔と言っても一月ほど前の出来事なのですが。今の貴方には、何を言ってもおそらく無駄なのでしょうね……まったく、腹立たしい限りです」

 

「………」

 

 騎士団長の頭上には疑問符が浮かび上がっていた。自分は真面目な話をしていたはずなのだが、思ったよりも反応が薄い。というより、なんかこう……呆れられているような気さえする。いや、実際呆れられている。

 

「いえ、失礼をしました騎士団長。これは私が背負うべき業。国の尖兵たる貴方の義務と、私の過去の過ちを重ねるなど勘違いも甚だしい。ええ、そうですとも」

 

 ……どこか吹っ切れたかのような神裂と、調子を外された騎士団長。そう、間違いなく形成は逆転していた。

 

「ですから───ここから先は、私個人のただのやつ当たりです」

 

「……何を言っている?」

 

 神裂は深く溜息をつき、騎士団長を睨みつけた。普段の可憐な表情は見る影も無く。長い髪を下ろし、その隙間から見える彼女は一言で表すなら……憤怒であった。

 

「上司に踊らされ、自慢げに間違った持論を叩きつけるその姿……忌々しいのでここで潰れろって言ってんだよ、ド素人がッ!!」

 

 ドンッ! と地面を踏みしめる轟音が鳴り響く。次の瞬間、神裂は騎士団長に斬りかかっていた。完全に虚を突かれた騎士団長はとっさにフルンティングで応戦する。先ほどまでの手加減をしていた攻撃とは違う、全身全霊を賭けた聖人の攻撃。そして、豹変した彼女の迫力に圧倒され、思わず騎士団長は後退した。

 

「くっ……まだわからないのか貴女は!? 英国の、世界の、行く末を真に考えるのなら───」

 

「うるっせぇんだよこのド素人が!! 汚れ役を進んで引き受けている自分に酔って、それが正しいと思い込んでいる大馬鹿野郎がっ!!」

 

『俺はインデックスの仲間なんだ! 今までもこれからも……アイツの味方であり続けるって決めたんだよ!』

 

 脳裏に浮かぶのはあの少年の姿。圧倒的な力を前にしても、親友(インデックス)のために立ち塞がってくれた、救世主(ヒーロー)の魂の叫び。

 

『んなモンは、テメェらの勝手な理屈だろうが! インデックスの事なんざ、一瞬も考えてねぇじゃねえか!』

 

「結局貴方達は、御使堕し(エンゼルフォール)という未知の現象に浮き足立っているだけじゃないですかっ! 恐ろしいから、怪しいからなんてふざけた理由を、"救い"や"正義"なんてオブラートで包んでいるだけの卑怯者が!! 偉そうに無様なモノを見せ付けてんじゃねえぞド素人がッ!!」

 

『テメェの臆病のツケを、インデックスに押し付けてんじゃねぇぞ! テメェはなんのために力をつけた? テメェは何を守りたかった?』

 

「命の数を天秤に掛けて、多い方を取るだけの作業は絶対に救いじゃない! どんなに無様でも、どんなに醜くても……肩を並べて、一緒に悩んで、どうしようもない袋小路と戦って、その天秤を叩き壊して……希望を示すのが本当の救いなんですよ!!」

 

『それだけの力があって、これだけ万能の力を持ってるのに……』

 

「どうしてそんな───簡単な事に気づかないんですか!!」

 

 やがて、猛攻が止まった。勢いに呑まれた騎士団長が平静を取り戻し、冷静に神裂の攻撃を打ち払ったところで二人の距離は離された。

 

「……地獄を見るぞ。なまじ力があるが故に、貴女の理想のツケもまた大きくなる。いつか世界に、救うべき人々に潰される」

 

「潰す側に回るよりは100倍マシです。そう、今の貴方達のように」

 

「……そうか」

 

 それだけ呟くと、騎士団長の表情が和らいだ。先ほどまでの険しい表情は消え、神裂を誘っていた時の様な紳士的な彼がそこにいた。

 

「挫折を知らず、また止めるべき者もいない。純粋であり愚か者……まるで昔の私のようだと思っていたのだが……見込み違いだったようだ。どうやら貴女は、私以上に頑固らしい」

 

「……失望した、というところでしょうか」

 

「さて、どうだろうな。頑固ではあるが、愚か者かどうかはここからだ……今の私を前にして勝算があるのか? 実力差は理解していると見るが?」

 

 『天使の力』を得た騎士団長の力は、確実に神裂を上回っている。だが神裂の目に迷いはない。

 

「当然。私は決めたんですよ騎士団長。あの時、木原統一を攻撃してしまったその日から。次に選択を迫られたときは、彼を信じ抜くと決めたんです」

 

『まさか本気を出すまでもなく、『聖人』を倒せるとでも?』

 

「木原統一は、貴方の魔剣(ちから)をきちんと把握していた」

 

『細かい事を伝える時間はない。とにかく神裂は、騎士団長をぶっ飛ばす事だけに集中してくれ……この先俺に、何があっても』

 

「その上で、私に貴方を託した。つまり、彼には勝算があるはずです」

 

 彼女の言葉の意味を少し考え、そして騎士団長は……考えるのを止めた。質問の答えになっていない。というより、つまり彼女には勝ち目がない。そんな「神様がなんとかしてくれると神父さんが言っていた」みたいな理論は、到底根拠になり得ない。

 

「死ぬぞ、聖人」

 

「やってみろ卑怯者」

 

 そして───

 

 

 

 

 

 

「……はっはっは、なるほど。そうきたか」

 

 カーテナ=セカンドを掲げ、女王エリザードはニヤリと歓喜の表情を浮かべた。

 

経路(ルート)が存在する以上、圧力を掛ければそこに力は流れ込む……か? だがそれでは遮断できない理屈がわからんな……いや、騎士団長への供給ルートに割り込みをされているのか。出力を全てカットしてしまえば可能だろうが、それでは騎士団長の弱体化は避けられん……机上の空論。理屈の上ではわかるが、実際には不可能だと思われていたセキュリティホールだな……本当に器用なやつだ」

 

 カタカタと、カーテナを掴む女王の腕が震えている。まるで剣がひとりでに飛び出そうとしているかのように。

 

「よもやこのようなやり方があるとは。流石にこれは予想外だぞ、少年」

 

 

 

 

 

 

 

 騎士団長の力の源は、カーテナ=セカンドだ。

 

世界を構築する五大元素の一つ(M T W O T F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

 イギリス領内において、騎士派に天使の力(テレズマ)を分配し強化する。そしてそのコントロールは、カーテナ=セカンドの装備者に委ねられる。割合も、対象も装備者の思いのままなのだから、そこに介入する余地はない。

 

それは生命を育む恵みの光にして(I  I  B  O  L)邪悪を罰する裁きの光なり(A I I A O E)

 

 だが、騎士派の人間とあの儀礼剣(カーテナ)の間には、力を分配するための経路(ライン)が通じている。それも騎士派にしか繋がらない専用チャンネル。電波で例えるなら特定の周波数が決められているはずなのだ。

 

それは穏やかな幸福を満たすと同時(I I  M  H)冷たき闇を罰する凍える不幸なり(A I I B O D)

 

 サンプルは7人。無力化した騎士派の人間達を観察( 、 、)し、その魔力周波数帯の傾向はおおよそ特定した。そこからさらに、騎士団長の専用回線を導き出し、そして模倣( 、 、)する……だが、俺自身の周波数を変更する事はできない。だから───

 

その名は炎(I I N F)その役は剣(I I M S)顕現せよ(I C R)……敵を喰らいて力と為せ(E  M  B  G  P)

 

 『円卓』を起点とし、騎士派の7人を変数(インバータ)として術式に組み込み、騎士団長の周波数を再現( 、 、)する。彼が剣に『天使の力(テレズマ)』を込めるように、俺はこの術式に全て( 、 、)を賭ける───

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)!!』」

 

 轟ッ!! という爆音と共に、上空に巨大な炎の球体が出現した。莫大な『天使の力』を強引に呼び込んだ事により、基本の人の形すら保てなくなった不完全な『魔女狩りの王』。本来の形を形成するはずの術式構成は既に崩壊を始めているが、法王級であるこの術式本来の許容量が功を奏し、かろうじて現界を保っている状態である。

 

「くっ……!!」

 

 出力の問題もあるが、力のフォーマットが違うのがなによりの原因か。『人間の魔力』と『天使の力』では、力の質がまったく異なる。術式として成立しているのも割と奇跡に近い。

 

 浮かび上がる太陽は未だ膨張を続けている。大量に水が流れるパイプに穴を開け、風船を押し付けたようなものだからな。その風船が割れないように、術式が崩れないように、持てる全ての魔力を注ぎ込み補強に補強を重ねていく。強引に風船を重ね着させるようなイメージだ。

 

『無茶苦茶な事をする奴だな。そのやり方では持って数分といったところか?』

 

 ここにいないはずの声。女王エリザードの言葉が木原統一の耳に入った。おそらく、通信術式を用いてこちらに語りかけているのだろう。なんとなしに城の上へと目を向けると、ピッとこちらへ2本指を立てる彼女がいた……フレンドリー過ぎるなあの人。

 

「ッ……数分あれば十分ですよ。これで騎士団長は全力を出せない……」

 

『たしかに。こちらからアイツに向けた『天使の力』を、お前が掠め取っている構図だからな。ここで私が出力を上げても逆効果だろう……だが、それだけではアイツには届かんぞ。お前の策はここまでか? 後はあの『聖人』に任せきりとくれば、かなり分の悪い賭けのように見えるが』

 

「いいえ、まさか」

 

 全力を出せないと言っても、相手はこの国最強の騎士。簡単に勝たせてくれる相手ではない。それになにより、このまま神裂に勝敗を託すなど自分勝手もいいとこだ。賭けるべきは間違いなく俺の命。俺が取るべきは、"どう転んでも神裂が生き残る状況"を作り出す一手……この『魔女狩りの王』はあくまでその下準備に過ぎない。

 

『そうか……まぁとにかく、やるなら早くしろ。お前のお友達が呼吸困難で、今にもうっかりローラ(こっちの馬鹿)を撃ち殺してしまいそうだ』

 

「やっちまえ土御門! ……ッ……ところで、なんだかその口振りですと……騎士団長の敗北を期待しているようにも聞こえるんですが?」

 

『うん? いやなに、さっきの鎧の攻略や、このカーテナへの割り込みの手法。なかなかに新手を示すお前が若干惜しくなってきてな。それに計算づくで馬鹿をやる奴は嫌いじゃない。こっちの馬鹿の反応を見るに、お前はそもそも罪人というわけでもなさそうだし』

 

「……いや、いやいやいや!? そこまで言うならとっとと騎士団長を止めてくれませんかね……ッ!!?」

 

『それが出来ればやっている』

 

(未だ最大主教(こっちの馬鹿)は目的を果たしていないようだし……ここで私が下手に止めれば何をしでかすことやら……最悪この先を見たさに、少年の処刑に賛同しかねん。如何に王室派といえど反対1賛成2では、今度こそ決定的に事態の収拾が着かなくなる……なにより、あの『頭脳(リメエア)』の賛同を力技で覆すのはマズイからな。ここでの出来事は議会の者も見ているだろうし、下手を打てば王室派の空中分解さえ引き起こしかねない)

 

『まぁ、なんだ。こっちにも色々あるということだ。とりあえず頑張れ』

 

「……もう二度とこんな国来るもんか」

 

『面と向かってその台詞を吐かれると、なかなかに来るものがあるな』

 

 そんな軽口を叩いている頃には、木原統一の表情には余裕が戻っていた。手探りで構成していた『魔女狩りの王』が安定したのだ。例えるなら、バランスボールの上で姿勢が保てるようになったようなものだろう。無論油断は出来ないものの、どうやら致命的な崩壊は免れたらしい。

 

「さて、これから俺が何をするのか。アンタにはわからないんだよな?」

 

『術式の仮説はあるが、そこへ至るまでの過程が読めんな』

 

「そっか。じゃあ覚悟してくれ」

 

 木原統一は右手を突き出し、エリザードへと向けてこう言い放った。

 

「今からアンタを攻撃するから。まぁ、適当に弾いてくれよ」

 

『……ふむ。なるほど、そういうことか』

 

 カーテナをくるくると回し、エリザードはこう返した。

 

『言っておくが、この私に小細工は効かぬぞ?』

 

「そこまでは期待してないですよ、女王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして───その瞬間は訪れた。

 

「……な、に?」

 

 ガクン、と。騎士団長の膝が落ちかける。高速戦闘を可能にしていた術式群に乱れが生じ、その『弊害』が騎士団長を襲ったのだ。口元に血を流しながら自らに起こったその現象へと、思考を巡らそうとしたその時───その一瞬の隙を、神裂は見逃さなかった。

 

 ドンッ! という轟音と共に、砲弾のような速度で彼女は飛んだ。その目にはもう迷いは無い。加減を加える必要も無い。全身全霊、『聖人』としての本気の一撃が騎士団長を襲う。

 

「っ……『移動速度』!」

 

 間一髪、パターン魔術により不自然に加速した騎士団長は、大きく後退する形で神裂の剣の間合いからの脱出を果たした。

 

(カーテナからの供給が減少している……まさか、エリザード様に何か……いや、カーテナを持つエリザード様を妨害する事など不可能なはず……フルンティング自体には細工をされた形跡もない……これは)

 

 思い当たる節と言えば、遥か彼方で謎の術式を展開しているあの少年。この距離からでもはっきり見えるほどに、巨大な炎塊を浮かべた直後の異変である。

 

(くっ……単純な減少だけではない。供給量が安定していない。この不安定な『天使の力』を高速戦闘に転用するのは不可能だ。『パターン魔術』だけで、彼女を打倒できるか……?)

 

 一瞬の思考の隙。用いる術式群を切り替えた直後。騎士団長の視界に入ったのは、圧倒的な速度で迫る神裂の姿だった。

 

「くっ、『射程距離』!」

 

「遅いっ!」

 

 騎士団長が剣を振るった直後。さらに加速を重ねながら、神裂は身をかがめる形で騎士団長の剣筋から逃れ、そのまま懐に入り込む。七天七刀を鞘に納め、力を溜める彼女の姿を見た騎士団長は戦慄した。

 

「『耐久高度』ッ!」

 

 騎士団長を襲ったのは神裂火織最強の一撃。その名を『唯閃』。多角宗教融合型、天草式十字凄教の真髄を込めた、対神格用の斬撃である。騎士団長はその必殺の軌道に、自らの剣を置く事しか出来なかった。

 

 ガキィン!! という轟音と共に、騎士団長のフルンティングが大きく跳ね上げられる。『耐久硬度』によりフルンティング自体にダメージは無い。だがしかし、常人でしかない今の騎士団長に、聖人の本気の一撃を受け止めるだけの力はなかった。剣を持つ彼の右腕がしなり、腱や肘に鋭い痛みが走る。そして大きく体勢を崩した騎士団長を前にして、神裂は七天七刀をもう一度鞘( 、 、 、 、 、)へと納めた( 、 、 、 、 、)

 

(なっ……!?)

 

 先ほどの鋭い抜刀術をもう一度放たれれば、次は間に合わない。そう確信した騎士団長の行動は早かった。

 

「『移動速度』!」

 

「───『七閃』ッ!」

 

 だがしかし、放たれたのは『唯閃』ではなく『七閃』であった。再び後退しようとした騎士団長の動きを、神裂は読んでいたのだ。手を伸ばせば届くような近距離で、中距離用の鋼糸(ワイヤー)を展開するという強引な一手。最強の一撃を囮にするという大胆な作戦は、騎士団長をもってしても読む事ができなかった。騎士団長の進路を読んだ上で、その攻撃は展開されている。煌めく閃光の中へと、彼は最大最速で突っ込む形となってしまったのだ。

 

(止まれない……回避を───ッ!!?)

 

「これで終わりです、騎士団長ッ!!」

 

 さらに彼を取り囲むようにして、空中に魔法陣が展開される。水の刃が形成され、騎士団長の周囲を取り囲む。そして―――

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 咆哮とともに、騎士団長は刃の嵐に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

(……さて)

 

 カチリ、と七天七刀を鞘へと納め、神裂は立ち込める土煙を睨みつけていた。手ごたえはあった。『七閃』と、それに付随していた水の刃は完璧なタイミングで入ったはずだ。

 

(途中、騎士団長の動きが悪くなったのは……おそらく木原統一の手によるものでしょうか。やはり、彼には勝算があったようですね)

 

 チラリと視線を向ければ、煌々と輝く太陽の如き炎の球が浮かんでいた。丁度その高さは、ウィンザー城の高さと同じくらいである。あれがどういう原理で浮かんでいるのか、どのような作用をして騎士団長を弱体化させたのかは不明だが、タイミングからしてあれが原因で間違いは無いだろう。

 

「……まさか、コレを使わされるハメになるとはな」

 

 と、そんな思考を重ねている中で動きがあった。予想以上にはっきりとした口ぶりに、神裂は驚きを隠せない。

 

「……これも防ぎますか」

 

「いや。防げた、とは口が裂けても言えないだろう。私の奥の手は、貴女の技には相性が悪い。一つを無力化してなお6本の斬撃と魔術が残っていたからな」

 

 土煙が晴れ、そこからボロボロになった騎士団長が姿を現した。肩や背中には水の刃が刺さり、所々に血が滲んだ衣服はもはや原形を留めていない。そして言葉を吐き出した彼の口からは、大量の鮮血が吹き出していた。

 

「結果として、強引に作り出した安全地帯に身体を捻じ込ませる形でどうにか、といった所か」

 

 騎士団長の最後の切り札、『ソーロルムの術式』。その魔術は、目視で確認した武器の攻撃力を『ゼロにする』効果を持つ。だが、一度に選択できる武器の数には限りがある上に、今の彼は反応速度が極端に落ちている状態である。先ほどの猛攻の中で、無効化できた攻撃はたったの一つ。そこに活路を見出し、さらに不安定なカーテナの供給を強引に使う事で、ここまでダメージを抑えることが出来たのだった。

 

「……無力化、ですか。なるほど、まだ奥の手を隠していたとは、流石と言わざるを得ませんね。ですが───次は仕留めます」

 

(木原統一は私の勝利を信じていてくれている。ここで負けるわけにはいきません)

 

(今の私では、あの居合いの一撃を目視してから『ソーロルムの術式』を適用する事は不可能。剣が鞘に納められた状態ではそもそも使う事が出来ない……一度攻撃を受ける必要があるが……)

 

 身体が軋む。先ほどの重い一撃を、もう一度防ぐ事が出来るだろうか? 剣を弾き飛ばされてしまえば、完全にカーテナからの供給は途絶え、『パターン魔術』はおろか今展開している戦闘用魔術も使用不能となる。

 

(おそらく騎士団長が用いているのは、剣術におけるパターンを操る魔術。速度、重さ、硬さ、威力、射程……そのパラメータを一時的に上昇させるもの。強力ではありますが、一度に操れるのは精々一つのはず。先ほどの攻防から見ても、その切り替えにはラグがある)

 

 対処できる。相手は手負いであり、なんらかの理由でカーテナの力を利用できないのは明白。それと比べて、こちらはほぼ万全の状態。いや、戦闘開始直後と比べれば、騎士団長の動きに慣れてきた分の余裕すらある。

 

(無効化した鋼糸は一本のみ。残り6本を全て無力化するというのは現実的ではない。いや、カーテナからの供給を一か八かで受け入れればあるいは……だが『ソーロルムの術式』では、魔術自体は無効化できない……)

 

(気になるのは、先ほどの連撃を防いだ手法……いいえ、一度に複数の攻撃には対処できないというのが弱点なら、それを上回る速度で次の一手を放てばいいだけのこと)

 

 示し合わせたかのように、両者は沈黙し思考を巡らせる。そして、いよいよ彼らが動き出そうとした瞬間。

 

 ドゴン!! という爆音が、ウィンザー城の敷地に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーむ見た目は炎だが、その実中身は純度の高い『天使の力』そのものだな。威力は大砲一発分といった所か……ま、大した事はない』

 

「……大砲の一撃を片手で切り捨てるアンタがおかしいんだよ。俺からしてみたらこれでも十分高火力だっての」

 

『『天使の力』を利用しているのにも関わらず、という話だ。ほら、遠慮せずに撃って来い。これだけでは、貴様の思い通りにヤツが動く保証はないぞ?』

 

 その言葉に呼応するように、木原統一は魔力を練り上げた。操るのは上空に浮かぶ太陽の外郭。特定の箇所に圧力をかけ、均一であったはずの力の流れを故意に崩す。絶妙なバランスで保たれていたソレに揺らぎが生じ、その偏った『天使の力』のガス抜きをするように『窓口』を設ける。その結果───

 

 ドン! という、花火を想起するような爆音と共に。高温の炎弾が、高速でエリザードに向かって発射された。

 

『む、先ほどより速度があるな』

 

 対してエリザードは、まるで虫を払うかのような仕草でその炎弾を打ち払った。

 

『コントロールもいい。それになによりこの理論を転用すれば、新たな兵器も作れるかもしれん。既にお前によって、騎士派へのみ供給されるという縛りは無くなったからな。キャーリサ(二番目)が喜びそうな技術だ』

 

「……喜ぶ、ねぇ」

 

 まかり間違ってもそれはない。その圧倒的な力を嫌い、その圧倒的な力で以て剣と心中を企むあの第2王女が、そんな事を考えるはずがないだろう。

 

『うん? どうかしたか?』

 

「……いえ、2発も撃ち込めば十分かと」

 

『ああ、それは私が保証する。おそらくヤツの中では、お前は死体決定だ』

 

「ですよね」

 

 それを聞いて、俺は迎撃用術式の準備に入る。ここから先は一手も読み間違えてはならない。音速を超える相手には、見てから動くと言う選択肢はないのだから。全てを読み、最後に俺の思い描くシーンに辿り着く。なんとしても、絶対に。

 

「……さて、正真正銘。これが最後だ」

 

 見据えるは、遥か先にいる強敵。彼がここまでやってくるのに、一体何秒かかるだろうか? カーテナのバックアップが利用できないにしても、そんなに猶予はないはずだ。なにせ守るべき女王が攻撃されているのだからな。

 

「来やがれ騎士団長。お前の相手は俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 騎士団長の行動は早かった。

 

「『移動速度』」

 

 2発目の砲撃音で、彼は瞬時に思考を切り替えた。倒すべき敵、打ち払うべき外敵。王室派に脅威をもたらす者の倒滅こそ我が使命。

 

「!? しまっ───」

 

 もう一瞬、神裂の反応が早ければ、無防備な騎士団長に一撃を食らわせられたかもしれない。目の前の相手を無視して、別方向に走り出す騎士団長に驚愕し反応が遅れてしまった。だがもう遅い。何者にも追いつけない速度で、彼は木原統一の元へと走り出してしまった。

 

 当然、彼も無限大にその速度を維持できるわけではない。パターン魔術によるそれはあくまでも一瞬の加速。それでも、神裂を引き剥がすのには十分な速度だった。そして目標まで最短で到達するために、再度加速を試みようとしたその時───

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)』!!」

 

 彼の行く手を、巨大な炎の巨人が立ちはだかる。既にその道のりには、木原統一によって大量のルーンが刻まれていたのだ。

 

(……迂回していては後ろの聖人に追いつかれる。そして出方を窺う時間もないかッ!)

 

「通してもらうぞ! 『移動速度』!!」

 

 巨大な腕を振り上げ、地面へと叩きつける炎の巨人。高速で迫る景色の中、間一髪でその隙間を掻い潜り、魔女狩りの王へと一瞬で肉薄する。そして───

 

「『切断威力』───ッ!?」

 

 何者をも両断する『切断威力』。木原統一が幾度と無く頼ってきた最強硬度の炎盾とて、それは例外ではない。魔女狩りの王は無惨にも切り裂かれ、跡形も無く一瞬で消滅した。

 

 だがその瞬間、騎士団長が目にしたのは───上空より放たれる炎弾の嵐。先ほどエリザードに向かって撃ち込まれていた、純粋なる『天使の力』を内包した殲滅の火矢の連続射撃だ。

 

 炎の巨人はこの攻撃を隠すための目くらましだった。既に避けるスペースは全て潰されている。ならば───

 

(ならば、全て弾き飛ばすまで───ッ!!!)

 

 不安定な『天使の力』を強引に体に通し、一時的に聖人をも上回る力を手に入れる。騎士団長の身体の中を、火搔き棒でかき混ぜられたかのような激痛が走った。だがそれに構わず、踊るような動きで全てを撃ち落した彼は、そのダメージで一瞬硬直する。そして、次の瞬間───

 

「兵よ集え、魔女狩りの騎兵(アウクシリア)!!」

 

 少年の号令と共に、騎士団長を幾重にも囲う形で炎の壁が展開される。そしてその中から───西洋の甲冑を模した炎の人形が大量に出現した。

 

(……モデルはローマ帝国の騎兵隊。先ほどの巨人の理論を応用し、莫大な『天使の力』を分割する事で、複雑な操作を可能としたか。だが───)

 

「随分と甜められたものだな!」

 

 パターン魔術を使うまでもない。緩慢な動きで切りかかる大量の兵を、たったの一薙ぎで打ち払う。そして彼は気づいた。この術式は、単なる時間稼ぎでしかないという事実に。

 

 上空に煌々と輝く太陽が再び動きを見せる。綺麗な球体が形を変え、大きくしなり円錐を形取った。次の瞬間───その円錐が元へ戻る反動と共に、先ほどよりも大量の炎の砲弾が放たれた。

 

「っ───!!」

 

 再び、轟音が鳴り響いた。騎士団長を中心に、巨大な爆炎が立ち込める。前後左右を炎で囲み、そこに炎の砲弾を撃ち込んだのだ。逃げ場はない、これで確実に騎士団長には攻撃が通ったはず───

 

(……そう、一見して逃げ場はない。だが………アレにその常識は通用しないはず)

 

 木原統一が視線を空へと上げるのと、立ち込める爆炎から何者かが飛び出してくるのはほぼ同時だった。別段驚く事はない。前後左右を炎で取り囲んだ以上、回避する方向は上しかないという事だ。たとえそれが、砲弾の如き攻撃が降り注いでくる方向だとしても。彼はその攻撃を打ち払いながら、上空への脱出に成功していた。

 

(計算通りだ。いくらアンタが怪物でも、落下中は地球の物理法則に従うしかねえだろッ!!)

 

 フルンティングを両手に構え、騎士団長は遥か上空から木原統一に斬りかかる。たとえ迎撃に炎を放たれたとしても、その魔術ごと叩き切る自信が騎士団長にはあった。

 

(地球の重力で落ちてくる相手なら、目視で対応する事は可能。それに騎士団長の身体強化術式は散々見せてもらった。インデックスほどじゃねえが、あらかじめ来るモノが分かっていれば俺にだってこういう手が使えるんだよ!!)

 

右方へ変更( C R )威力を減衰( L O P )!」

 

 その瞬間、騎士団長は己の狙いが外されるのを感じた。

 

(これは……強制詠唱(スペルインターセプト)か!?)

 

(致命傷さえ避けられればそれでいい。その一瞬の隙に、切り札を叩き込めば俺の勝ちだ)

 

 必要な状況は、致命傷を負わずに騎士団長へ接近する事。ここまでが木原統一の計算通り。持てる全てを出し尽くして、木原統一は彼を必殺の間合いへと誘導したのだ。

 

 

 

 そしてここから先は、木原統一の完全なる誤算だった。

 

「『的確精度』」

 

「なっ───に!?」

 

 『パターン魔術』により、その斬撃の軌道が強引に戻される。木原統一が割り込んだのは騎士団長の身体強化術式のみであり、『パターン魔術』には手を加えていなかったのだ……そして出来なかった。古今東西様々な流派を融合する事により完成したこの複雑極まる構造をした魔術に、追加の強制詠唱を唱えることは出来ず───

 

(………畜、生)

 

 魔女狩りの王も間に合わず、この距離では回避も出来ない。そして、神裂火織も間に合わない。

 

(畜生ォォォォォォォ!!!)

 

 そして無情にも、落下速度が加えられた騎士団長渾身の一撃が、木原統一へと振り下ろされる───

 

 

 

 

 

 そして、深淵が顔を覗かせた。

 

 その感覚が、審問会場で感じたモノと同一であるという事を。木原統一が気づく事はなかった。

 

 フルンティングが振り下ろされ、木原統一の頭蓋を叩き割らんと迫るその瞬間。聖人にも近しい速度で剣を振り下ろした騎士団長の目に入ったのは───その剣速をも上回る速度で動いた、木原統一の右手だった。

 

 ガッギィィィ!!! と拮抗する音が炸裂する。それは───騎士団長のフルンティングと、木原統一の右手が激突した音である。

 

「なん……だと!?」

 

「───ッ!!?」

 

 本来であれば、絶対にあり得ない現象だった。騎士団長の振るう剣を素手で受け止めるなど、聖人たる神裂を以てしても不可能なはずである。

 

(右手が……勝手に!? 何がどうなってやがる!!?)

 

 ギリギリとフルンティングを握り締める右手が、騎士団長のフルンティングを力技で押さえ込む。どう考えても手の平が裂けてしまうはずなのだが、その右手からは血の一滴も垂れる気配もない。

 

(う、ごかねえ!! 何だ? 一体……なんだこの右手は!?)

 

 まるで何かに操られているかのように。剣を受け止めた右手は木原統一の制御を受け付けなかった。こんな事態は木原統一の想定には無い。理論の理の字もわからない不可思議な現象に、木原統一はただただ狼狽えるだけであった。

 

 対する騎士団長も、必死になって右手を振り払おうと力を込める。だがあり得ない事に、騎士団長の豪腕を以てしても木原統一の右手を払う事が出来ないでいた。

 

(馬鹿な、この少年……ここまでの力を……!? いや、だが───)

 

「くっ……これで終わりだ。『切断威力』!!」

 

 その時、右手に動きがあった。その手を切られまいとしたのか、刃を受け止めるかのようにフルンティングを掴んでいた右手が若干の隙間を作り、指で挟みこむような形をとったのだ。

 

 ───だが、それだけなら良かった。次の瞬間、その右手はフルンティングを木原統一へと引き寄せた。

 

「なっ───ば」

 

 全てを切断する『切断威力』。その刃を阻むものは存在しない。そして、そのまま……その剣の切っ先は、木原統一の左胸に深々と突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ。アレがお前の見たかったモノか? 最大主教(アークビショップ)

 

 珍しくその役職を口にし、女王エリザードはその横へと視線を向けた。具体的には、普段の彼女では絶対にあり得ないような。狂喜に近い笑みを浮かべた女に。

 

「……いや、まぁ。正体は不明なままなれど、どうやらあの少年は私の想定した者ではなきにつき。それが確認できただけでも僥倖といふところなりけるかしら」

 

「おい。口調は戻ってきたが、未だに表情はぶっ壊れたままだぞ。詳しい話は後で良いから、その暗黒面(ダークサイド)まっしぐらな顔をなんとかしろ」

 

 あら、いけなしいけなしと。顔をごしごしと擦る最大主教をひとまず放置し、エリザードは次にその横のグラサン男に視線を移した。

 

 とうとう痺れを切らしエリザードたちに銃をぶっ放そうとした愚か者。エリザードに音速越えの速度で拘束された土御門元春である。

 

「まー、なんだ。殺虫剤をかけられた芋虫みたいな反応を察するに、お前はまた何か勘違いをしているようだな。勉強不足もいいとこだ。まぁこれは騎士団長にも言える事だが……大事な部分しか覚えていないからこういう事になる」

 

 口元を塞がれ魔術も使えず、もがもがと暴れ回る彼にそれとなく声を掛けるエリザード。それを聞いて、頭の上に「?」を浮かべる土御門は、実に彼らしくないマヌケな表情をしていた。

 

「敗北だよ。英国最強の騎士の、これ以上ない完敗だ」

 

 

 

 

 

 

「……何か言い残す事はあるか?」

 

 太陽は消え、炎は全て消えた。それは即ち、木原統一の魔力供給が途切れた事を意味する。

 

「ごっ……ぐ……」

 

 心臓を貫かれ、木原統一は息も絶え絶えだった。当然である。口から大量の鮮血を吹き出し、痙攣している彼は誰がどう見ても死に体だと思うだろう。

 

 木原統一の虚ろな目が、騎士団長の燃えるような瞳を捉えた。そして、彼は───

 

「………ちだ」

 

「……何?」

 

 薄ら笑いを浮かべながら、彼はこう呟いたのだ。

 

「俺達の、勝ちだ」

 

 騎士団長が眉をひそめた瞬間、動きがあった。

 

 ガクン、と。今度こそ騎士団長の膝が落ちたのだ。

 

(な、これは……?)

 

 身体にダメージがあるわけではない。まるで、何か支えを失ったかのような感覚。当たり前に頼ってきた物の喪失により、力が抜けただけである。そして、その失った物とは───

 

(まさか、フルンティングに細工を……!?)

 

 その異常を、騎士団長は一瞬で看破した。

 

(構成に細工……返り血を『天使の力』に対応させる手順の無効化……まさか、自らの心臓にフルンティングを突き刺したのは───ッ!?)

 

 魔剣フルンティング。その本来の性能は、切り裂いた敵の返り血を吸収し己が力を高める物。騎士団長はその伝承を強引に変更し、『天使の力』などという反則技に対応させて運用していた。

 

 追記ではなく消去。別段、特別な事をしたわけではない。木原統一が行った事と言えば、本来の伝承通りに剣を修正したという、ただその一点のみである。

 

(カーテナとのラインは完全に途絶えた。『パターン魔術』も使えないばかりか、『カーテナに頼らない高速戦闘用の術式』にまで影響が……)

 

 騎士団長の身体に影響は無い。だが、剣を基点とする彼の術式には明らかに乱れがあった。例えるならば、鋼鉄の翼をプラスチックに差し替えられた飛行機に近い。たとえエンジンが無傷でも、そのまま飛び立つには無理がある。

 

 改めて、騎士団長は木原統一を見た。どう見ても死に体、どうみても致命傷。そんな中で笑顔を浮かべて勝利宣言をした彼の真意。その答えは、彼の背後からやってきた。

 

 ドゴンッ!! と砲弾のような音が鳴り響く。音源は後方、要因は聖人。神裂火織が串刺し状態の木原統一を確認し、渾身の力で地を蹴った音だ。

 

(たとえ殺されても彼女だけは守り抜く。その覚悟の上でのこの術式、という事か)

 

 細工の魔法陣は地面に記述されていた。即ちこの術式は、彼が即死してしまっても間違いなく発動する。

 

「認めよう少年」

 

 騎士団長が振り返ると、七天七刀を鞘から抜き( 、 、 、 、 、)、必死の形相でこちらに向かう神裂火織の姿が目に入る。

 

「君は聖人の陰に隠れているだけの、臆病者ではなかったのだな」

 

 今の騎士団長に、神裂と打ち合うだけの余力は無い。まして、今の彼女は仲間を刺された衝撃でタガが外れている可能性すらある。怒りのままに剣を振るう彼女を、カーテナのバックアップ無しで撃退する事は不可能だろう。

 

 

 

 

「だがツメが甘かった。この私を、ただの『騎士派』だと高を括ったのが君の敗因だ」

 

 騎士団長が剣を握り直した瞬間、泡立つようにフルンティングが明滅を始め元のロングソードへと姿を変える。全長4m近い赤黒い長剣から、刃渡り八十センチほどの銀の剣へと変貌する過程で剣幅も小さくなり、木原統一はズシャリとその場に崩れ落ちた。

 

「惜しかったな。先ほど君が倒した私の部下と違って、このフルンティングは私が一から組み上げた霊装だ。細工を施されたとしても、もう一度組み直すという選択肢があるのだよ」

 

 しかし、我を失った怪物はもうすぐそこまで迫っている。対する騎士団長の剣は未だロングソードのままだ。そしてそのまま、怒りに燃えた聖人の一撃が騎士団長に直撃し───

 

「『ゼロにする』」

 

 神裂が力任せに叩き付けた剣は、棒立ちの騎士団長に直撃した。だが当の騎士団長には一切のダメージはない。

 

「ソーロルムという、北欧の戦士を知っているか?」

 

「………っ!?」

 

 神裂の腕に、まるでスポンジを殴りつけたかのような感覚が伝わった直後。騎士団長の手には再びフルンティングが握られていた。武器の攻撃力をゼロにされた神裂とは対照的に、騎士団長には力が戻っていく。『全英大陸』の理論によりカーテナから『天使の力』が流れ込み、並みの聖人をも上回る力が集約されていく。

 

 返す刀で、騎士団長のフルンティングが神裂を襲う。七天七刀を全力で振り抜いた彼女はその反動で動けず、回避も防御も間に合わない。

 

 そして、最悪の一撃が振り抜かれる瞬間。騎士団長は確かにその声を聞いた。

 

「ゼロに、する」

 

 あり得ないと思った。だがその思考をあざ笑うかのような光景を見せ付けられれば、その現実を受け入れるしかない。

 

 神裂火織の側頭部へと叩き込まれた一撃。刃先ではなく剣の腹を叩き付ける、あくまでも無力化を狙ったその攻撃が直撃した直後。手元に返ってきた衝撃が、嘘のように軽かったのだ。

 

(馬鹿な……ソーロルムの術式だと!?)

 

 理屈がない。その術式を扱うための下地も存在しない。だがこうして、目の前でそれらしい現象が起きているという矛盾は、彼をよりいっそう混乱させた。何か質の悪い冗談ではないかとさえ思った。

 

 フルンティングの攻撃力がゼロにされているという現実は、それほど受け入れがたい事態だったのだ。

 

 

 

 

 七天七刀の一撃が無力化された直後。神裂は即座に、己の剣から手を離していた。

 

『細かい事を伝える時間はない。とにかく神裂は、騎士団長をぶっ飛ばす事だけに集中してくれ』

 

 その言葉の真意はわからない。だが答えは、全てこの状況に集約されているのだと直感した。

 

 "ぶっ飛ばす"という、剣を持つ神裂には不似合いな言葉。

 

『……この先俺に、何があっても』

 

 自らの身に起きる事の予測。

 

『……神裂、頼む』

 

 無茶な頼みであると言う自覚さえ、彼にはあったのだ。

 

(ええ、わかっていますとも。木原統一)

 

 その言葉に応えるために神裂火織は右拳を握り締める。彼女が戦ってきた者の中で最も強かった、あの時の少年のように。剣を持つ強大な相手に、無謀にも彼女は素手で向かったのだ。

 

 

 拳を握り締める神裂を前にして、騎士団長は気づいた。剣の攻撃力が無力化されているなど瑣末な問題。それ以上に致命的な仕掛けが、あろうことか自分自身に施されているという事実に。

 

(身体が、拘束されている!? なんだ、これは!!? 一体何が、どうなって───まさか、これはソーロルムの術式ではない───ッ!!?)

 

 あの呟きは偽装(ブラフ)だった。その事実にこの一瞬で辿り着いただけでも、やはり騎士団長は優秀だったのだろう。だが、結局の所それ止まり。真実に辿り着いたところで、彼の敗北は避けられない。そんな余地を残しておくほど、木原統一は甘くない。

 

 魔剣フルンティングで知られるベーオウルフ。だが彼の人生の要となる戦では、不思議なほどその剣は活躍していない。優れているのは剣ではなく使い手。むしろ、そんな魔剣が通用しない相手にどう戦うのか、という状況を作り出すための引き立て役。そういったエピソードを考慮せず、『天使の力』と対応させやすいなどという理由でこの剣を選んだ事が、強いて言うなら敗因だった。

 

 フルンティングは元々、とある怪物を征伐するためにベーオウルフに寄与される代物である。その怪物は自らの子供を害され、ベーオウルフに襲い掛かる……フルンティングを手に戦うベーオウルフだが───その剣は、その怪物に傷一つ付けられなかったのだ。

 

 そう。木原統一に許された魔術とは、既に完成している魔術霊装に、ちょっとした細工を施すという手法のみ……いくら模倣に長けた彼であっても、この一瞬で『ソーロルムの術式』をコピーできるわけがない。

 

 ベーオウルフを騎士団長に。

 怪物を神裂火織に。

 そして、傷つけられた怪物の息子を木原統一に対応させる事で完成する、伝承再現魔術。

 

 仇討ちにきた者への敗北を約束する、騎士団長への対抗魔術である。

 

 この仕掛けが施された結界の中で、騎士団長がフルンティングを再構成しなければならない状況を作り出す。それが、木原統一の真の狙いだった。フルンティングに細工をしたのは、正確に言えば木原統一ではなく騎士団長自身だったのだ。

 

 ……たとえ木原統一が死んでしまっても、どう足掻いてもこの状況は訪れる。これが、木原統一の覚悟の表れでもあった。

 

 

 その剣を手にしている限り、怪物には絶対に勝てない。そんな絶対的ルールが、『天使の力』を得て騎士団長を縛り付ける。この縛りから逃れるには伝承通り、剣を捨てるしか方法はない。だがその選択肢は彼には存在しないのだ。

 

 ───剣を捨てる。剣を手放す。そんな選択は、とうの昔に捨てている

 

『ただ私は……貴方が斬り捨てたモノの重みを説くだけです』

 

 剣を捨て、拳を振りかぶった彼女の姿を見て、騎士団長の脳裏にはその言葉が浮かび上がる。

 

(ああ、やはり……美しいな)

 

 それは彼女と、彼女の理想に向けられた言葉だった。

 

 そして、そんな幻想をぶち壊すかのように。壮絶な轟音を響かせて、音速を超えた一撃が彼の顔面へと叩き込まれた。

 

 

 

 







神裂「手加減はしませんでした」

エリザード「……死んだか?」



ちなみに騎士団長。セカンドではなくオリジナルのバックアップではもうちょっと出力が上がります。


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