とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 シリアス続きでしたのでほっと一息。割とあっさり27日の終了です。


 そして珍しい視点かもしれません。






054 黒い鉄格子の中で 『8月27日』 ⅩⅣ

 

 

 

 

 

 

「……終わったか。まぁ死人が出なくてなによりだ。心臓をぶち抜かれている奴が約一名いるようだが……アレで死なないというのだから、学園都市も大概だな」

 

 城下を見下ろし、城の主たる女王エリザードはそう呟いた。

 

「さて、これからどうする? ここでの戦闘は少なくとも、ウィンザー城にいる王室派、騎士派、そして清教派の者どもに見られてしまっている。それに、無いとは思うが未だにあの少年は御使堕し(エンゼルフォール)の容疑者だ」

 

 エリザードがカーテナを軽く振ると、足元で蓑虫(みのむし)状態だった土御門の両手が自由になった。すかさず土御門は口元の布を剥ぎ取り口を開く。

 

「術式の発生源が日本だと言うなら、俺と神裂火織、そして木原統一で解決してみせる。だから───」

 

「自分たちの出国を認めろ、か? ダメだな。今お前らは……いや、広義で言えば清教派と騎士派は内戦状態にあると言っても過言ではない。城の老人たちの関心は、この私がどちらの陣営に就くのかという所だろう。ここでお前達の出国を認めれば、ただでさえローラ(こいつ)の横にいた私がますます清教派寄りだと勘違いする。対して、騎士団長(ナイトリーダー)第1王女(リメエア)の示唆で動いていたとなれば……この意味が分からないお前ではあるまい」

 

 エリザードとリメエアの対立。ほんの少しの疑念が波紋を呼び、偏りを作り、派閥同士の摩擦となる。その隙を突いてくる諸外国の存在は脅威だ。ただでさえ圧力をかけられているイギリスにとどめを刺すようなモノであると、エリザードは言外に語っていた。

 

「……なら今すぐに第1王女(その大馬鹿)を説得して、王室派の部下(足 元)を整えれば済む事だろう!? 何を迷う必要がある!!?」

 

 荒々しく怒鳴り散らしながら、土御門は立ち上がった。その怒気とは裏腹に、彼自身は息も絶え絶えである。シェリー=クロムウェルとの戦い、そして二度の魔術の使用による副作用が、彼を極限まで追い込んでいた。

 

 対するエリザードはそんな土御門を見て、ばつが悪そうに頬を搔きながらぽつりぽつりと答えた。

 

「……ま、なんだ。私は結構放任主義でな。娘の意見はこれまで最大限尊重してきた……そのせいか、あいつら……私のいう事はあまり聞かないんだよ」

 

 仕事の話はまた別だがな、と付け足したエリザードを見て土御門は悪態を吐いた。

 

「それに、繰り返すが未だあの少年は容疑者だぞ? あの"預言"とやらのカラクリを解いて、疑いを晴らさない限りは下手に動かせん。少なくとも、リメエアはあの少年を下手人だと決め付けているからな。この状況下で逃がせば、私もグルだと言い出す可能性すらある」

 

「……自分の母親を、か?」

 

「アイツは私情を挟まんよ」

 

 肩をすくめるエリザードを見て、土御門はうなだれた。

 

(木原っちをイギリスから出せば、形的にも本質的にも王室派は不安定な状態となる、か。ならば木原っちを置いて、俺たち二人だけでも日本へ……いや、イカれた第1王女の目と鼻の先だぞ? ここにアイツを放置するのは危険……なら)

 

「一度拘束したが逃げられた。その線ではどうだ?」

 

「誰に罪を擦り付けるかが問題だな。責任を取る人間が必要になる」

 

「コホン、コホン」

 

 一国の女王とアロハシャツのジャパニーズの真面目な話し合い。そんなイカれた状況へと、口を挟む存在がいた。

 

「……化粧直しは終わったのか? まるで何世代も前のマシンを彷彿とさせるくらいの反応の遅さだが」

 

「仕方なきにつき。私にも考えなければならぬ事があったのよ、女王」

 

 これまで、不気味なほどに沈黙を守っていた女、ローラ=スチュアートの発言に、土御門は眉をひそめた。言いたい事は山ほどあるが、その文句が口をついて出ることは無い。先ほどまでの不気味な表情が頭に浮かんでしまい、そんな得体の知れない人物を刺激したくない、というのが彼の本音であった。

 

「それで、何か策は浮かんだのか? これだけの時間をかけて何も無いようであれば、聡明な計算機と言うよりボケたお婆ちゃんキャラのカテゴリにぶち込まざるを得ないが」

 

「当然よ。この状況を打開せんとする策はちゃーんと……ところで、次に老婆とか言ったらぶっ殺すぞ国家元首」

 

「どうでもいい所を拾うな大馬鹿者。いいから話せ、元はと言えばお前が撒いた種でもあるんだからな」

 

 うなだれながら、頭痛に悩むような素振りを見せる女王。対して、ローラ=スチュアートは自信たっぷりに勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 

「『御使堕し』の容疑者故に見逃すわけにも行かず、その存在だけでイギリスは不安定な状態を強いられる……であるならば、話は簡単。容疑を解消した後に、出国せしめれば何の問題もないのではなくて?」

 

 エリザードと土御門は黙りこくった。そして二人の思考は偶然だが、奇妙なまでに完全に一致していた。

 

 "何言ってんだこの馬鹿?" と。

 

「……それができれば、とっくにやっているが?」

 

 呆れたように、土御門は口を開いた。そして───

 

「では何故やらぬのかしら?」

 

 そんな二人の表情を真似るように、どこまでもふざけた態度を前面に押し出しながら、彼女は続けてこう言い放ったのだ。

 

「殺してしまえばいいのよ。騎士団長がやらんとしていたように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木原統一! お願いです、目を開けて下さい!! 木原統一!!!」

 

 整えられた芝生は見る影も無く。迫撃砲でも撃ち込まれたのかと思えるような光景が広がるウィンザー城の敷地内。そのとある一角で、神裂火織は一人の少年を抱きかかえていた。

 

 木原統一。騎士団長との激闘の末に倒れ、心臓を貫かれた少年。その目蓋は閉じられ、神裂の呼びかけに応じる気配はない。

 

(……大丈夫、大丈夫なはずです。彼の能力は治癒能力……今に目を開ける……きっと、きっと!)

 

 心臓を貫かれた、という表現は間違っている。騎士団長の突き刺したフルンティングの大きさを鑑みれば、正しくは"すり潰された"と言う方が正しいかもしれない。臓器の喪失。いくら治癒能力を有していようとも、そんなダメージは果たして回復のしようがあるのだろうか?

 

 地面に刻まれた魔法陣。それはきっと、自身が死んでも術式が発動するようにと。死を賭した彼の覚悟の証ではないのか?

 

 彼との最初の出会い。彼は人のために、命を賭けられる優しい人だった。彼はおそらく自らの命を代償に───

 

「あ、ああああああああああああああ!!!!」

 

 生きていて欲しいという願いと、提示される現実がぶつかり合う。彼女の心が磨耗していく。抱きかかえた彼から伝わってくる生暖かい鮮血が、流れ出ていく彼の命を感じさせていた。

 

 悟ってしまった。彼の能力では、到底治せる様な傷ではないと。

 

 気づいてしまった。この傷では、治療は不可能だという事を。

 

(……お願いです、誰か……誰か彼を……)

 

「死んでいるのなら、手間が省けて楽なのだがな」

 

 神裂がはっと顔を上げるのと同時に。彼女の背後に何者かが降り立った。

 

「何を意外そうな顔をしている。騎士団長が敗れた以上、次に出てくるのは私を措いて他はあるまい?」

 

女王(クイーン)、エリザード……ッ!?」

 

 英国最強の存在を前にして、神裂はとっさに身構えた。

 

「落ち着け。別に今から1戦交えようというわけではない。私はただ、その少年の生死を確認しにきただけだ……まったく、この私が直々に動かねばならぬとはな。まぁ、騎士団長を倒した二人組だ。近づけるのが私くらいしかいない、というのはわからんでもないが」

 

 今にも飛び掛ってきそうな神裂を無視して、エリザードはすたすたと近づいてくる。そんな女王を前にして、神裂は一歩も引く事は無かった。

 

「……私の事が信用できないか? いや───その少年の死を確認するのが怖い、という所か」

 

 その言葉を聞いて、神裂は固まった。エリザードはそんな神裂を無視し、ゆっくりと木原統一の傍らに着くと身を屈め、首筋に指を押し当てる。

 

「……なるほど」

 

 それだけ呟くとエリザードは通信術式を展開し、ウィンザー城の屋上にいる二人に対してこう言い放った。

 

「死体袋を用意しろ。流石にコレを袋詰めにする作業は、私はやらないからな」

 

 その言葉を聞いて、神裂の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……神裂へのフォローは」

 

「ああ、やっておく。だが神裂は隠し事には向かないタイプだ。イギリスの領内を出るまでは秘密にしておくのがベストだろう。木原っちの生存に気づいていないのは僥倖だった」

 

 絶叫する彼女を見て、胸がチクリと痛んだ。スパイとして長くやってきたが、やはり一番身にこたえるのは善人を騙した時だ。仕事上、どうしても避けられない嘘というものは必ず存在する……ちなみに悪人はどうなろうと知った事ではない。

 

「女王直々の死亡確認、これを疑える奴はいないな。そして同時に、御使堕しの下手人、少なくとも術者という線も消えてなくなる。後は学園都市に遺体を引き渡すだけ、か」

 

 犯罪者が自らの死を装って脱出を図る。手口としては珍しくもなんともない。と言うより、本来であればスパイの俺が気づくべき方法論だったはずだが……規模が大き過ぎて思いつかなかった、というのは言い訳か。どうやら俺は相当焦っていたらしい。ようやく頭に上った血が引いてきた所だ。

 

 ウィンザー城の敷地内、それも城のお膝元での惨劇。ここまで堂々と死なれてしまえば、木原っちの死に疑問を持つ奴もいないだろう。唯一可能性を想定するとすれば第1王女だが、主張したところで信じる者がいるはずがない。騎士団長直々にフルンティングで一突きされた男が生きている、などというふざけた可能性に賭けてまで、女王に反乱したいという馬鹿は流石にいないし、そこまで彼女は嫌われ者ではない……ウチの上司と違って、な。

 

「……木原統一の問題は解決するが、王室派や騎士派はどうする気だ? 間違えました、で清教派の魔術師であり学園都市の学生を刺し殺したとなれば大問題だぞ」

 

「問題として取り上げられん頃には、御使堕しも解決しけるでしょう。その後に実は生きていましたー、と報告すれば問題はなきにつき。まぁ多少なれど第1王女の責任は残りけるのだけど……アレの性格なら、少年が白だった場合の対処も心得しものでしょう」

 

 おどけた様子で、イギリス清教の長はつまらなそうに答えた。凄惨たる戦場を眺めながら、ウィンザー城の屋根に座り込み城下にむけて足をプラプラと振っている。

 

 そう、つまらなそうに。先ほどまでのあの表情は何処に行きやがった。

 

「目的は達成したのか?」

 

 答えが返ってくるとは思えないが、そう問わずにはいられない。この女の目的……騎士派を焚きつけてまで確かめたかったナニカ。木原統一の真価、その奥にあるという謎。そんな物はあるはずがないと思っていたのだが……

 

「あの右手は何だ?」

 

 木原っちの魔術的な才能はまだわかる。インデックス直々に魔術を教わった人間など考えた事もないが、おそらくあの木原っちの存在が答えなのだろう。元々、木原っちの頭脳は凄まじいものがあったからな。それにあの魔導書図書館の力が合わさった結果という事だ。

 

 騎士団長との戦闘で見せた神憑り的な戦況予測も、まだギリギリ理解できる。見ただけで法王級の魔術を模倣する男だ。おそらくねーちんとの戦闘を観察し、何か癖のようなものでも見抜いたのだろう。

 

 だが、あの右手だけは説明できない。

 

 アレは魔術ではない。俺如き一介の魔術師崩れでも、その現象が魔術かどうかの判別くらいはつく。こちらは完全に俯瞰視点で見ていたのだ、魔術的な記号を見逃すはずがない……少なくともあの瞬間には、木原っちは魔術を行使した形跡が見当たらなかった。

 

「さて、結局なんだったのかしらね」

 

 予想通り。この女は答える気はないらしい。それとも単に、答えを持ち合わせていないだけか? 先ほどからの女王とのやりとりを鑑みるに、あり得ない話ではない。

 

「"自分の予想していた者ではなかった"だったか? それが本当だとして、お前は一体何を想定していた?」

 

「……」

 

 答える気配はない。畜生、だんまりか。

 

「……質問を変えるぞ。アレがなんなのか、お前には予測がついているのか?」

 

 この問いにも、最大主教は口を開かなかった。まぁコイツの秘密主義は今に始まった事じゃない。これ以上は時間の無駄だな。

 

 そう思い、彼女に背中を向けて俺は歩き出した。日本への帰国の手回しをする必要がある。万が一にもイギリスや他国の息が掛かっている機へ乗り込むわけにもいかないからな……学園都市に依頼をするのが一番だ。そう思い、携帯を取り出したその瞬間。

 

「土御門」

 

 ポツリ、と自分の名前を呼ぶ声がした。

 

迷うな( 、 、 、)

 

 その声音は、先ほど戦場を眺めていた時に聞いた音に酷似していた。そう、あの不気味な表情をした、彼女の声に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンザー城の屋上を後にし、螺旋階段を降りていく。携帯の短縮ダイヤルから迷わずとある番号を選択し掛けた。つい先日に連絡先を交換した、学園都市でも数少ない頼れる奴に。

 

『俺だ。学園都市行きの便を一つ用意してくれ。重傷者1名、軽傷1名、そして死体が一つ。出来れば、素人でも扱えるような応急機器を載せて来てくれると助かる』

 

 相手に喋る間も与えず、スラスラと自分の要求を述べていく。そしてその後に返ってきた音は、想像とは違う声音だった。

 

『"俺だ"と言われてもね? 番号は確かに僕が最近知り合った彼のモノだけど、君は明らかに別人じゃないかい?』

 

 一瞬考え、そして答えを見つけた。世界規模で展開されているとある大魔術の影響。見た目と中身の入れ替わり現象。その弊害が、こんな形で確認できるとは思いもしなかった。

 

『……ああ、声か。こちらにも色々と事情がある。説明は難しいが……俺は"俺"だ、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

 

 電話口の医者の声は、幼い少年のような声だった。逆に自分の声も、あの医者には別人のように聞こえているのだろう。唯一違う所は、こちらは世界中の人間の入れ替わりに気づけている、という点か。

 

『ふむ……まぁいいだろう。だが僕は医者であって、航空会社じゃないんだがね。そもそも君はいま何処にいるんだい?』

 

『こちらの現在位置くらい、とっくに把握しているはずだ。命からがらで掛けてきた患者の居場所を逆探知する技術くらい、アンタはとっくに導入しているに決まってる』

 

『……間に合うのかい?』

 

『ああ』

 

 迷い無き返答に、電話相手は押し黙った。

 

『君はたしか、土御門君だったかな』

 

『……』

 

『君には借りがあるからね。君の注文に応えるのは(やぶさ)かでもない。だから正直に教えて欲しいんだがね……僕の所に届く患者は、ホントは何人なんだい? ちなみに、この通話は安全だよ』

 

 ……鋭い奴だ。こちらがあえて隠していることを即座に看破し、飄々(ひょうひょう)と突いて来る。だが、まぁいい。あえて隠す必要もないだろう。

 

(ゼロ)だ。済まないが、今回アンタの出番はなさそうだにゃー』

 

『いいんだよ。患者がいない事に、越したことはないからね?』

 

 安穏とした空気も束の間、冥土帰しと呼ばれる医者はすぐに口を開いた。

 

『幸いにして、イギリスの航空会社にはツテがある。以前にもイギリスから日本へと患者を極秘に運び込んだ事があるからね……航空スケジュールの隙を突いて、学園都市の航空機を捻じ込ませるくらいのことは出来るね?』

 

 "くらいのこと"とのたまうには規模がデカい気がするが、その程度ではもう俺は驚かなくなっていた。この医者に常識は通用しない。それは以前の事件で嫌と言うほど思い知らされている。

 

『用意するのは普通の航空機でいいのかね?』

 

『いや、アレを頼むぜい』

 

 万全を期するなら、なるべく急いだ方がいいだろう。この医者なら、このくらいの要求は易々とクリアできるはずだ。

 

『アレを用意するには少々手続きがいるね? それに上空を通過するだけでなく、一時的に外部の滑走路へ着陸させるとなれば……あれは学園都市独自の機体だからね。人員の確保、飛行ルートの模索、機密の保持……おそらく結果的には普通の機体を用意するのと同じくらい時間が掛かるね?』

 

 だが返ってきた答えはまったくの常識通りで、期待するものではなかった。

 

『……そんな事はわかっている。だからこそ、その無理をどうにか出来る人間に電話をしたんだが?』

 

『では、電話の相手を間違えたね?』

 

『……』

 

『何度も言うようだが、僕は医者だよ? 患者も来ないのに全力を尽くしてどうするね? それに、僕のネットワークはあくまでも患者を僕の所に移送するためのモノだ……どうせ君は、君達は途中下車でもするんだろう? 特化した弊害と言うか、そういう融通が利く様には出来ていないんだよ。患者を運んでいたつもりがそうではなかったと、思い知らされた人間の心境は想像に難くないね?』

 

『チッ……』

 

 この医者自身の信用問題に繋がりかねない、という事か。この医者の有するツテは、コイツが患者を救うことにしか興味がないからこそ成り立っていると。

 

『とにかく……イギリス航空の地ならし程度は僕個人の力で可能だが、特急便を用意するには別口を頼るしかないね?』

 

 目論見(もくろみ)が外れ厄介なことになったと、考え始めたその時。突然携帯電話の音声にノイズが入り、第3者の声が聞こえてきた。

 

『そちらについては私が対処しよう』

 

 思わず携帯を叩きつけそうになり、それだけは避けようとした右手に力が入る。危うくも携帯を握り潰しそうな事態をどうにか回避し、深呼吸を試みるが───

 

『盗み聞きとはいい趣味ではないね? アレイスター』

 

 ……今度こそ、俺の携帯にヒビが入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気絶している木原っちを死体袋に押し込み、ひとまずトラックに押し込んだ。行きとは違い、空港までの移動はヘリではなくこれで行く。途中で木原っちの目が覚めるかと思ったがその気配はない。心臓を一突きにされた衝撃なんぞ想像もつかないが……魔術も盛大に使っていたな。それに日本からこのイギリスまでイベントが目白押しだった。まさしく疲労困憊、というところか。

 

「行き先は?」

 

「ヒースロー空港」

 

 木原っちから離れるわけにもいかず、運転はウィンザー城の警衛隊に任せることにした。イギリスのどの派閥にも属していない、どちらかと言えば警察機構に近い奴らだ。赤い燕尾服のような服装に、黒い球体を頭に乗せたイギリス伝統の奇妙な正装に身を包み、肩には銃剣を下げている。そして何故か、それを着ているのは10歳前後くらいの少年だった。

 

 御使堕し(エンゼルフォール)。ウィンザー城の敷地外、結界の外に出てしまえば御覧の通り。いかれた世界のご対面というわけだ。今後を考えれば、こんな事で驚いている暇はない。さっさとこのふざけた術式の謎を解明し、解除しなくては。

 

(このまま木原っちは学園都市に送りつけて、俺とねーちんは途中下車ってのが最良か……結局、騎士派との抗争で俺が出来た事と言えばルーンのカードを持って来た事のみ……まったく、なんて様だ)

 

「……行くぜよ、ねーちん」

 

 トラックの荷台に乗り込み、振り返って声をかける。憔悴し切った彼女は酷いものだった。肩を震わせ、両の拳は血が滲むまでに握り締められている。

 

「……私は、間違っていたのでしょうか」

 

「騎士団長を斬るべきだったか、と聞いているのか? だとしたら、答えはノーだぜい」

 

 どうせその選択を取ったところで、結果として神裂はこうなっていただろう。

 

「……私も、あの場にいたのですよ。木原統一が疑われる事になった原因。彼が必要悪の教会(ネセサリウス)に所属したあの瞬間に。アレは預言などではなく、まず間違いなく最大主教(アークビショップ)をからかうだけのモノでした……それを取り違えられて、必死に抵抗して、それでも彼は……」

 

「……」

 

「そもそも、彼が必要悪の教会に入らなければならなくなったのは私達のせいではないですか!! 何故、彼が殺されなくてはならないのです!? いっそ、死ぬなら私が───」

 

「その絶望を、誰かに押し付ければ満足か?」

 

 そんな言葉を叩きつけると、神裂は黙りこくった。まったく、最悪の役回りだな。この状況で木原っちの生存を知らせるのは明らかに無理だ。だがこのままでは自縄自縛でねーちんが保たない。まさか、こんな最低最悪の茶番を演じなければならないとはな。

 

「……救われぬ人に救いの手を。その理想は確かに綺麗だぜい。だがな神裂火織、地獄の底から引きずり上げてくれるならまだしも。代わりに地獄の底へと落ちる誰かを見せつけられるってのは、果たして本当に救いなのか?」

 

「……ッ」

 

「……でも、大丈夫だぜいねーちん。木原っちはちゃんと救われてる。一時的とはいえ、イギリスそのものを敵に回しちまったあの状況下で。ねーちんだけは木原っちを信じてくれたんだからにゃー。アイツもきっと感謝してるはずですたい」

 

 そう伝えると、神裂は手で顔を覆い泣き出してしまった。泣きたいのはこっちだぜい。良心の呵責と、この後訪れるであろうねーちん阿修羅モードへの恐怖で押し潰されそうだ。頼むから今は起き出さないでくれよ木原っち。起きたら今度は俺がワンパンで永遠の眠りにつく事になる。

 

 トラックの荷台に、俺、ねーちん、木原っち(死体)が乗り込んだのを確認し、運転手へと合図を送る。エンジンがかかり、俺たちはウィンザー城を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー、落ち着いたな……それに、互いに見張り役もいなくなった」

 

 ウィンザー城のとある一室で、エリザードはそう呟いた。手にあるのは高級感溢れるティーカップ……ではなく、何故か安物の紙コップ。そして腰掛けているイスやテーブルが最高級品なのに対して、そのテーブルに置かれているのはコンビニで売っていそうな暗黒炭酸飲料のペットボトルである。

 

「このような物を隠しけるとは……まさに世紀末な光景ね」

 

 その様子を眺めながら、最大主教、ローラ=スチュアートは呟いた。

 

「ま、騎士団長(アイツ)がいない時にこっそりとな。毒殺の恐れアリとかなんとかで普段は飲めんし……まったく、ウィンザー城は女王が羽を伸ばすための施設なのだから、コレくらいの遊休は許容しろというのだゲフ」

 

「……おそらく確実に羽を伸ばしすぎたると思うのだけれど、というか汚い」

 

「文句を言うならお前は飲むな」

 

「飲み物ではなくお前に言ってるのよ」

 

 そんな軽口を叩きながらローラもコップを傾け、くぴくぴとジュースを飲んでいく。まさに、騎士団長が見たら卒倒しそうな光景である。

 

「それにしても疲れた。こんなどんちゃん騒ぎになろうとはな」

 

「しれっと過去形にしけるようだけれども、お前の部下は進行形で大忙しではなくて?」

 

「いいんだよアイツらは。たまには普段貰っている税金分働かせたってバチは当たらん。それに今頃、保身に走って学園都市とどうにか渡りを付けようとしている馬鹿もいるはずだ。経過はどうあれ、結果として学園都市との連絡口が広がればそれなりの利益も見込めるだろう」

 

 騎士団長が間違って学園都市の能力者をぶち殺してしまったらしいという情報は、池に小石どころか隕石が放り込まれた(ハルマゲドン)レベルでイギリスの重鎮達を震撼させていた。海の向こう、地球の裏側での反応はどうなのか。事の真相は、情報はどこまで拡散されているのか、そもそもの経緯は、今後の展開は。錆付いてしまったイギリスの緊急連絡網に電撃が走り、潤滑油を差された歯車が大回転を始めているのである。

 

「いい訓練になると、そう言いけるのかしら。まったくもって酷い君主ね」

 

「……部下に騎士派を差し向けたお前にだけは言われたくないぞ」

 

 とくとくとおかわりを注ぎ、そしてエリザードはボトルをローラに手渡した。

 

「ところで、色々と忙しくて聞く気にはならなかったが。結局のところ、あの少年は一体なんだ?」

 

「……」

 

「別にだんまりを決め込むのは勝手だ。だがそもそも、お前自身がよく分かっていないからこそのあの状況なのだろう? あのグラサンにわからないとなれば、アレは東洋系の魔術でもなければ学園都市の一般的な技術でもない。お前が自分の中で答えを出しているのならいいが、イギリスの女王たる私の見解は聞きたくはないのか?」

 

「……では聞かせてくれるかしら」

 

「お前が先だ」

 

 女王のその言葉を聞いて、ローラはコップのジュースを一気に飲み干す。その後受け取ったボトルを傾けおかわりを注ぎ、テーブルに置いたところでようやく口を開いた。

 

「盤上に突然現れし謎の駒、というところかしら」

 

 それだけでは何もわからない、と普通は思うだろう。だがその言葉は、普段の彼女を知るものなら非常に貴重なものであった。

 

 この女が掌握していないというステータスがどれほどに珍しいのか。それを理解する者にとっては。

 

「約されし少年の来訪と一時は考えたのだけれど、そうではなかった。魔を極めた臆病者共の戯れでもない。世界のシミであるダイヤの貴族でもない」

 

 彼女の言っている事の殆どが、女王にとって不明であった。だが間違いなくこの瞬間だけは、彼女が本当の事を呟いている。そんな確信を、女王は感じていた。

 

(約されし少年、というのは流石にわからんな。これ以上は絶対に言えんというところか。あとの二つはどう考えても伝説上の架空の存在だ。そんな物を夢想するほどに追い詰められている、という事か)

 

 どことなくしょんぼりとしたローラを前にして、エリザードは口を開いた。

 

「……フルンティングを受け止めたあの瞬間。少年が用いた力は『天使の力』に酷似していた」

 

「……」

 

「なんと言うか、これはあくまでも感覚の話なのだがな。私の操る『天使の力』を水と例えるなら、アレは焼け付くゴムのような、べったりとした印象だった。何か混ぜ物をされているようにも感じた。"液体"という点では同じというだけで、実は全くの別物の可能性もある」

 

「恐ろしく参考にならざる言葉ね」

 

「相手にわかるよう努力している分、私の方がマシだとは思うがな」

 

 エリザードはテーブルの下に頭を突っ込み、ごそごそとスナック菓子の袋を取り出した。

 

「まぁ確実に言えることは、あの力は少年の制御下には無いという事だな。完全に呆気にとられた顔だったぞアレは」

 

 うーん、と考え込んだ素振りを見せながら。ローラは菓子とジュースに手を伸ばした。そして菓子袋と口元を右手が三往復程したところで、思い出したかのようにこう呟いた。

 

「ところで。そこまでに怪しける少年を、逃がしてしまったのはマズイのではなくて?」

 

「……うむ。まぁ傍から見ればそうだろうな」

 

「……そもそも何故逃亡を手伝いけるのかしら? 女王エリザードの名の下に、ウィンザー城の地下牢へと幽閉する選択肢もあり得たはず」

 

「……うむ。当然の如くあり得たな」

 

 だが、とエリザードは付け加えた。

 

「この程度の怪しさでアイツを牢に入れるのなら、ついでにお前もぶち込まねば割に合わん」

 

「どういう意味だオイ」

 

「説明が必要か?」

 

 互いに視線を交差させながら、二人仲良く菓子へと手を伸ばす。

 

「……まぁ、冗談はさておき正直に言うとだ。あそこまで仲間に愛されているアイツを捕まえるのは、少々忍びないというのが本音だな。どうにも、私にはアレが悪人には見えん」

 

「騎士団長にはそう見えたらしいのだけれど?」

 

「アレは予言の件もあったからだろうよ。それと、あの聖人の横に立っている男の姿を見て嫉妬でもしたんじゃないか?」

 

「……流石にそれは否定してやれ。空の上で泣いているぞアイツ」

 

「勝手に殺すな馬鹿者」

 

 やがて菓子もなくなり、飲み物も全て飲み干した。二人は互いにだらしなく席にもたれ掛かり、天井を見上げていた。襲い来るのは妙な満足感と、こんな時間にやっちまったという乙女的な後悔の念である。

 

「預言か」

 

 先に口を開いたのはエリザードだった。

 

「天使の来訪を告げ、見事に的中させたと言うのは事実。それも学園都市とイギリス清教のトップの会談での発言……まぁ、偶然だとは思うがな。と言うか、真に預言者だろうが、あるいはペテン師だろうが。偶然でない場合、恐ろしく手の込んだ自殺という事になる。そんな馬鹿に英国一の騎士が敗れるとも思えん」

 

「……あるいは。どうしてもそれを告げるべき理由があった、か」

 

 そんなローラの言葉の意味を。エリザードは少し考え、そして辿り着いた。

 

「……なるほど。有能であるが故の疑惑というヤツか」

 

 木原統一が騎士団長を打倒した手法。その魔術方式は未だ二人の記憶に焼き付いている。

 

 預言の成立と伝承再現魔術。この二つを結び付けるのは、容易いことだった。

 

「……実はもう一本と一袋ある」

 

「とっとと出せ」

 

 何はともあれ。お菓子パーティ、続行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きました。学園都市の迎えももう来ているようです」

 

 運転手がそんな事を言いながら、荷台の柵を開放してきた……もう着いているという事は、まさかあのアレイスター(クソ野郎)。こちらの動向を読みきった上で、イギリス上空に機体を待機させていたのか? ったく、とんでもないVIP待遇だな……それほどまでに木原っちが貴重なのか? また謎が増えやがったか畜生。

 

「……その黒いやつ、お持ちしましょうか?」

 

「いや、それには及ばないにゃー」

 

 いかに木原っちが細いとはいえ、10歳の少年には持てるとは思えん。いや、見た目だけがこうなのだから、実際には可能なのか? その辺りはさっぱりわからんな……そもそもコイツ、その身長でどうやってアクセルを踏んでやがった?

 

 ひとまず木原っちを袋ごと肩に担いだ。急ぎだったせいで担架は積んでなかったからな。それに、担架に細工でもされて生存がばれちまったら、全てが水の泡だ。

 

「……あれは?」

 

「ああ、ねーちんは見るの初めてだったかにゃー。学園都市製の超音速旅客機だぜい。最高時速は七千キロオーバー、外の世界じゃ未だに研究段階の代物だ。ここから日本まで、およそ1時間ってとこかにゃー」

 

 イギリスの一般的な旅客機に並んで、妙に目立つ機体が駐機していた。青と白のさわやかなカラーリング。そして他の航空機との違いは一言で表すなら「全体的に前方に鋭い」というところだろうか。空気抵抗を減らすための工夫である事は素人目に見てもわかるのだが、専門家曰く「そんな事で実現可能ならとっくにやっているし、むしろ耐久度が下がって機体がもたない」だそうな。

 

 その機体の側面が開き、中から人が降りてきた。おそらくこの機体の整備乗組員(メンテナンスクルー)だろう。

 

「……おいおい、やってくれるなアレイスターの野郎。まさかテメェを丁重にお運びしろとはよォ……人選ミスってレベルじゃねぇよなオイ。勢い余って機体ごと日本海にぶち込んでもいいんだぞこっちは」

 

 出てきたのはこれまた子供だった。子供と言っても先ほどのトラックの運転手と違い、俺と同い歳ぐらいのヤツだ。縞模様のシャツに白衣を羽織った金髪の男……は何故か神裂をこれでもかと言うくらい睨みつけている。

 

「……その服装。まさか貴方は」

 

 どうやらねーちんは知っているようだ。まさかねーちんに学園都市の知り合いがいるとは予想外だったが……いや、待て。

 

「あらあら、どうしたのかしら数多さん?」

 

 そんな幼い声とともに、機体の底部からひょっこりと女の子が逆さまに顔を出した。頭に二つのお団子を乗せた可愛らしい女の子。クソ、見た目と中身の入れ替わりは、想像以上に厄介だな。実際の年齢や容姿がさっぱりわからない。つまり、たとえ凶悪な指名手配犯が現れたとしても、こちらは知る術がないという事だ。

 

 そう、そして現状。俺とねーちんは他人からは別人に見えているはず。ねーちんが服装で向こうの正体を看破したのはいいとしてもだ。向こうの白衣の男は、ねーちんを( 、 、 、 、)誰と認識( 、 、 、 、)している( 、 、 、 、)

 

「……チッ、なんでもねえよ。いいから整備に戻れ病理」

 

「あらあら偉そうに。私と貴方の『木原』としての序列は、ほぼ同列のはずなのですがねぇ」

 

「整備と操縦。行きは俺で帰りはお前だって決めただろ」

 

 ……いま、木原と言ったか?

 

「ねーちん、まさか」

 

「……ええ。女性の方は分かりかねますが、男性の方はおそらく」

 

「さーて、どうしてくれっかなァ、クソ神父( 、 、 、 、)

 

 

 

 

 

 

「彼はおそらく、木原統一の父親です」

 

 その瞬間。俺の肩に担いだ荷がもぞりと動いた。

 

 

 

 

 






 入れ替わりについての補足説明は次回にて、もるんとやります。










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