とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 よく、『行間を読む能力』が大事といいますが。
 私は『行間を作る能力』が欲しいです。



 という事で、実は終わってなかった8月27日です。たぶん今度こそ終わります。





055 さあ与えよう正義を 『8月27日』 XV

 

 

 

 

 

 

 『木原統一の父親』。その単語を聞いた瞬間、土御門は心の中で悪態を吐いた。

 

(アレイスターの野郎、面倒な事をしてくれたな……)

 

 神裂と木原統一の父親は面識がある。禁書目録が学園都市に逃げ込んだ際に、瀕死の重傷を負った彼を助けたのが神裂なのだ。御使堕し(エンゼルフォール)の影響により容姿がかなり違っているはずだが、白衣に縞模様のTシャツという特徴的な服装は、どうやら神裂の記憶にはきちんと残っていたらしい。

 

だが、木原統一の父親であるという情報は、今の神裂にとっては不要を通り越して最悪の知らせである。

 

「……お久しぶり、ですね。どうやらあの時の傷は癒えたようで」

 

 やっとの想いで神裂はそんな言葉を搾り出した。一見冷静に見えるこの言葉が、とてつもなく的外れである事に彼女は気づいていない。御使堕しが発動している今、目の前の男には彼女が神裂に見えていないのだから、『久しぶり』という言葉は何の意味も持たないのだ。

 

「……面白れぇなオイ。会って数秒で一番ムカつく記憶をほじり返してくるとはよ。VIPの送迎だから手を出すはずもない、みたいなファンタジー期待しちゃってんのか?」

 

 ……そしてそのような状態にも関わらず、何故かこの男には神裂が顔見知りに見えている。当然、そんな異常事態にも神裂は気づくはずはなかった。

 

 一体、神裂の見た目は誰と入れ替わっているのか。この場において唯一現状を察知している土御門が抱いた疑問は、木原数多の次の言葉で瞬時に晴れた。 

 

「抵抗にあったとかなんとかで、適当な理由つけてテメェをサメの餌にしちまっても構わねェんだよこっちは。それとも、大出力のこの機体のエンジンに縛り付けて消し炭にでもしてやろうか? あの時の炎の意趣返しならそっちの方がお似合いだろうしな、クソ神父」

 

 炎、あの時、そして神父と来れば。もう答えは出たようなものだ。学園都市の科学者に、そう何人も神父の知り合いがいるはずもないだろう。

 

(よりにもよってステイルか……ッ! まずいな。ねーちんはその事に気づいて……いや、心情的にそれどころではない、か)

 

 魂の抜けたかのような、顔面蒼白な神裂火織というモノを土御門は初めて目撃した。理由は明白。木原統一を助けられなかった(と思い込んでいる)彼女の前に、その父親が顔を出したからだ。

 いま彼女は揺れている。いますぐにでも土下座し、全てを吐露し、そしてこの男に処断されてしまいたいという想いと。御使堕しの原因を突き止め、そして防ぎ、世界を救わなければならないという義務に。

 

(ダメだな。もはや、自分がどう見られているのかなんて事はねーちんの頭にはない……不可抗力とはいえ俺が招いた状況だ。俺が何とかするしかないか)

 

 そう考えるや否や。土御門は素早く足を踏み出し、神裂と木原数多の間に割って入った。

 

「……なんだテメェは」

 

「ご挨拶だな。この仕事の依頼主だよ。どうやら後ろのコイツとお前は顔見知りのようだが、今は大事な荷を運んでいる最中なんでな。小競り合いはやめてもらおうか」

 

 瞬間、木原数多からの殺気が倍に膨れ上がる。だが土御門は顔色一つ変えず、涼しい顔でやり過ごした。

 

(木原っちとは違う。コイツは完全に裏の人間だな。木原っちはこれを知っていたのか? ……学園都市の暗部にコネがあるとすれば、アイツの情報網の謎を解く手がかりになるが……少なくとも絶対能力進化計画の存在や、樹形図の設計者の撃墜を知っていたのは説明がつく。『スタディ』壊滅の時に持ち込んできた機材や情報も、この男から流された可能性が高い……とすれば、コイツは暗部の中でもかなり深い所にいる超大物ってとこか)

 

 それでも、魔術側の情報については未だ不明。そして進行形で立ち塞がる超巨大な謎たるクソッタレな予言の謎が残されている。

 ふざけてやがる。と、うなだれた土御門の脳裏に、ふといつぞやの木原統一の言葉が浮かんでいた。

 

 銃を突きつけ、友達だと思っていたクラスメートを信じることも出来ずに尋問してしまった、とある日の出来事である。

 

『俺や俺の身内の経歴については、なんとも言えないな。というか俺も知らされていないんだ。学園都市で重要な研究に携わっている、としか聞かされていない。情報が閲覧できないのはそのせいだな』

 

(……微妙な線だな。俺と舞夏のような、100%の無知とは考え辛い)

 

「小競り合い?……あー。どうやら伝わってねぇみてぇだな。ったく、しょうがねえ。とりあえずお子様にでもわかるように教えてやるよ」

 

 軽い言葉とは裏腹に、木原数多は一瞬で懐に手を入れ、目当ての物を瞬時に取り出した。そしてそれをそのまま、土御門の眉間に押し付ける。

 

「小競り合いじゃなくて殺し合いなんだよ。タクシー感覚で俺を呼んだみてぇだが、ふざけた事抜かすならこのままあの世へぶち送るぞクソ野郎」

 

 ひんやりとした重い鉄の感触が、土御門の額に伝わってくる。間違いなく本物の拳銃である。この男が引き金を引けば、ただちに土御門は脳漿をぶち撒けて即死するだろう。

 

 だが、土御門は動じなかった。

 

「……態度を改めないのなら、こちらもそれなりの対応をさせて貰うが?」

 

 睨みつけたまま土御門は淡々と言い放つ。これくらいの窮地は幾度となく味わった。ここで退いても事態は好転しない事を、土御門は経験則で知っているのだ。

 

「それなりの対応だァ? なに寝ぼけた事を───」

 

「強がるなよ。お前だって気づいてないわけじゃないだろう? 俺達の存在、その正体が掴めていない以上、頭の片隅にそれくらいの発想はあるはずだ。学園都市の暗部で生きるための最低条件。それがわからないような愚か者が、この場に招かれるわけがない」

 

 木原数多の目が細められ、土御門を睨む。その言葉の意味に思い当たり、そして返す言葉を失ったのだ。そんな表情を見て、土御門は勝利を確信した。

 

「学園都市統括理事長。アレイスターと敵対するような行動を取ってはならない……この銃口は、そっくりそのまま自分の頭に押し付けているようなものだと自覚するんだな」

 

 返事はなかった。木原数多は銃を突きつけたまま、土御門を睨んだままで静止していた。今の言葉が真実なのかハッタリなのかを決めあぐねているのだ。

 土御門もそれを察知し黙りこくった。少しの隙も、気の緩みも見せてはならない。事の真偽はさておいて、今の言葉がただのデタラメであると判断されてしまえばそれで終わりである。

 

 一瞬の静寂の後、最初に口を開いたのは木原数多であった。

 

「……普通は、こうなった時点で運び屋を変えるのがセオリーだ。ここで俺がはいそうですかって銃を離したところで信用ゼロだからな。それがねぇって事は───その荷物、どうやら訳ありな上に急ぎらしいな」

 

 そんな言葉に、土御門は自身の動揺を一切出さず、間髪いれずにこう斬り返した。

 

「ご名答だが、それでこちらの弱みを握ったつもりか? 謎の荷物に纏わり付くハエと統括理事長様への抗議(チクリ)なら、後者の方がリスクが高い。それがわからないような運び屋はとっとと廃業した方がいいぞ」

 

 土御門の言う事は事実だった。正体がわからない以上、この黒い袋をダシにしたところで弱みにはならない。そんな事は木原数多も承知の上。今の言葉は、ただ土御門に揺さぶりをかけるためのものだった。

 このまま尋問紛いの問答を続けさせるわけにはいかない。そう考えた土御門はさらに言葉を続けた。

 

「それに、どさくさに紛れて俺たちを始末しようとしても無駄だ。この仕事を学園都市に依頼(オーダー)したのは俺だが、人選自体はお前らのボスの仕業だからな。つまり今のこの最高に険悪な状況も、そいつにとっては計算通りって事だ。まず間違いなく、お前らでは気づけない反逆を知らせる罠(セイフティー・ネット)が敷かれているだろうよ」

 

「……クソッタレが」

 

 銃を下ろし、木原数多は悪態を吐いた。学園都市の闇に入り込んでいる者ほど、それを敵に回すという言葉は重さを持つ。激情に身を任せて逆らった者の末路を、木原数多は嫌と言うほど知っている。何故なら自分も、そして木原病理も、そういう愚か者を終わらせるのが仕事だからだ。

 

(クソほどムカつくがコイツの言う事は事実だ。所属もわからねぇコイツらを勢いでぶち殺したところで、俺の立場が悪くなるだけ……んでもって、この結論に俺が辿り着くのも計算の内かよ、アレイスター……ッ!!)

 

 学園都市には逆らえない。そんな当たり前の事実を、木原数多はほんの数時間前に身体で再確認したばかりであった。

 

 大量の駆動鎧(パワードスーツ)を蹂躙していく圧倒的な兵器群。

 体術のみで、木原数多と木原病理を捻じ伏せたとある一人の木原。

 

 怪物の影が、彼の脳裏には焼き付いていた。

 

(……まずはこいつらが、学園都市とどういう関係にあるかをはっきりさせねえとダメだ。所属がわからねえ以上、正当防衛以外で手を出すのはヤベェ……ヒントは───アレか)

 

 木原数多は、土御門が担いでいる荷物に目を向けた。

 

(アレの中身はなんだ? 学園都市の最新鋭機を呼び出してまで運びたい死体なんざ滅多にねぇ。腐らせずに特急で持ち込みてぇなら凍らせりゃいいし、それが嫌なら代わりの技術を使えばいいだけだ。だがそういう技術を扱うような機材を乗せた覚えは無い……つまりアレは死体じゃない。だが死体ではないなら、あんな目立つ袋に詰める理由もねぇな……つーことは)

 

 死体に見せかけて運びたい物。

 

 即ち、生きた人間。

 

(そういえば、応急手当が可能な機材の依頼があったな……超加速度状態で使える医療機器なんざだりぃから、その辺の応急キットしか乗せてこなかったが……死人に偽装する過程で傷でも付いたってとこだろう。つまりこいつらの目的は、この国で何かやらかした馬鹿の脱走か、優秀な人材の亡命か、あるいは原石か何かの回収か……事を起こすにしても、まずはそれを知ることからだ)

 

「……あーあー、わかったわかった。とっとと乗り込みやがれクソ野郎共……ったく、1時間半もテメェらと同じ部屋とか、ホントにクソみてぇなふざけた仕事だなオイ」

 

 カツン、カツンと。木原数多は飛行機の階段を上がって行った。若干の警戒心を残しながら、土御門もそれに続いて足を進めようとするが───

 

「……ねーちん。行くぜよ」

 

 神裂は動かない。そしてその理由が、土御門にはわかっていた。

 

「……言っとくが、『中身を見せた方がいい』なんて考えならとんだ的外れだぜい。御使堕しが発動しちまっている以上、アレがこれを正しく認識出来るはずもないですたい」

 

「……ええ、わかっています。ですが……これはあまりにも……」

 

 顔面蒼白を通り越して、神裂は顔色が土気色になり始めている。調子が悪いどころの騒ぎではない。清廉潔白が服を着て歩いているような彼女にとって、父親に息子の死を知らせずに黙っている、という行為は許し難い罪なのだろう。

 

(……潮時、か)

 

 幸いにして今はイギリスを飛び立つ寸前である。学園都市もこの怪物たる航空機の秘密を漏らすまいと必死なはずだ。イギリス側の目を気にする必要もないだろう。

 

 種明かしをしても問題ない。そう土御門は思い立った。

 

「……さてと、死体袋を客室に置くのも変な話だしにゃー。俺はコイツと……そうだな。貨物室にでも入っとくぜい。悪いけどねーちんは一人で客室に行ってくれ。無いとは思うけど、あの木原っちの父親が考え直して仕掛けてくる可能性もある。もし何かあったとしても、ねーちん一人ならどうにか対処できると思うし」

 

「え……ま、待って下さい! なら私も一緒に行きます! い、今の私では、あの方と一緒にいられる自信がありません!」

 

「ダメだ」

 

「なぜです!?」

 

 絶望的な表情を浮かべる神裂に対し、土御門の雰囲気は緩く、そして声は明るかった。

 

「そりゃねーちん。コレは超音速旅客機だぜい? 行きのヘリとは比べ物にならないくらい揺れるからにゃー。あの悲劇を、もう一度繰り返すわけにはいかんのですたい」

 

「………?」

 

 ヘリでの悲劇と言われても、神裂にはピンとこない。というか、その後に起きた諸々のイベントの印象が強すぎたのだ。

 

「わかんないかにゃー……どっこいせっと」

 

 土御門は肩に担いだ木原統一を軽く放り投げ、布団を干すように階段の手すりに叩きつけた。

 

 何を馬鹿なことを! と焦る神裂の耳には───

 

「ふぐぅ!!」

 

 間抜けな男の悲鳴が聞こえてきた。

 

「だからねーちん、コレだよコレ。あんな羨ましい体験を、木原っちにもう一度させるわけにはいかないんですたい。と言ってもあの一件は、俺が故意に起こした必然だったわけなんだがにゃー」

 

 ニヤニヤと腹の立つ笑顔を見せながら、土御門は両手を前に出し、何かを掴むような仕草を見せる。だが、そんな卑猥でふざけた動きは、神裂の目には映っていなかった。

 

 神裂はじっと、その黒い袋を見ていた。

 

 ずり落ちないようにと、土御門が肘をぐりぐりと押し付けているそれは、痛みに我慢出来ずにゴソゴソと動いている。おそらく、袋の中で足をバタつかせているのだろう。

 

「あだ、あだだだだだだだた! ちょ、マジで痛い!! 何これ!? 何がどうなってッッ!!!? やめ───アッー!!」

 

 やがて土御門は攻撃を止め、袋は動かなくなった。

 

 神裂も動かなかった。

 

 たった一人、土御門だけが緩慢な動きで袋を担ぎ直し、飛行機に乗り込みながらこう告げた。

 

「ちなみに。ねーちんの今の見た目は『ステイル=マグヌス』みたいだぜい。そこんとこ、気をつけてくれにゃー」

 

 そう言い終わるか否かという所で、轟音がヒースロー空港に轟いた。

 

 聖人たる神裂が、極限の怒りと喜びを込めた拳を地面に叩きつけたのだ。

 

 振り返ることもなく。あの怪力がこちらに飛んできては大変と、土御門は逃げるように旅客機の奥へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 轟音が鳴り響いた数分後に、神裂はゆっくりと飛行機の中に足を踏み入れた。

 

「……いや、別にテメェなんざ微塵も待ってはいねぇけどよ」

 

 チラリ、と木原数多は窓の外へと目を向ける。轟音の発生源、先ほどまで神裂が(見た目にはステイルだが)いた場所には小さなクレーターが出来ていた。そして木原数多は音を聞く前から外の二人組みの動きを注視していたため、まさにその瞬間を目撃してしまったのだ。

 

 狂気に満ちた表情を浮かべながら、素手で大地を砕くステイル=マグヌスを。

 

(……野郎、前とは違う方式で身を固めているってわけか。迂闊に手を出せばお陀仏……ご丁寧にもそれを見せ付けてからのご搭乗ってことかよ)

 

 そしてあろう事か、生身で重機の如き怪力を発揮した怪物は、木原数多の向かいの席に腰を下ろした。先ほど銃を見せたのにも関わらず、援軍も無しにたった一人でである。

 

 あの程度の銃器など気にも留める必要は無い。先ほどの弱弱しい空気は消え去り、どこか自信に満ち溢れた彼(彼女)の様相からは、そんな意思さえ感じられた。

 

(死体を抱えた奴は奥へと消えちまった。んでもって、追いかけようにもコイツが見張ってる以上は下手に動けねえ……病理は……ダメだな。学園都市を敵に回した奴らの末路は俺より詳しいはずだ。俺と違ってこいつらに特別恨みを持っているわけでもねえし、妙な探りを入れるなんて事はアイツは絶対にしねぇ。操縦の手間を縫ってまでこいつらに目をかけるなんざ、天地がひっくり返ってもありえねえ)

 

「短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 神裂の丁寧な依頼の言葉が、木原数多の耳にはこう聞こえた。

 

 "おとなしくしていろ" と。

 

「……ああ」

 

 握り拳を作りながら、木原数多は仏頂面でそう答えた。

 

 いつか殺す。そう心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩の荷を放り投げ(その際にまた悲鳴が聞こえた)貨物室の硬い床に土御門は腰を下ろした。緊張の糸が切れた事により一気に疲れが体から吹き出してくる。全身を襲う疲労感に身を任せながら、土御門はため息をついた。

 

 シェリーとの死闘、そして御使堕し(エンゼルフォール)に対する結界で魔術を二回も使わされた上に、ここまでこぎつけるために頭脳は常にフル回転状態だった。身体も精神もボロボロだ。気を抜けば気を失いそうなくらいには、土御門は疲弊していた。

 

 先ほど放り投げた荷物はなにやらのたうち回っているが、構っている余裕がない。それよりも治療が最優先だ。先ほど木原統一の父親からすれ違いざまに受け取った応急セットをよく検分し、細工がない事を確認してから土御門は封を切る。

 

「む゛ー!! む゛ー!!」

 

 荷物がバタバタとうるさい。これ以上騒がれると流石にまずいかもしれない。そう判断した土御門はやれやれという感じで腰を上げ───あろうことか、その荷物の上にドサッと座り込んだ。

 

「ッッッッ!!!?」

 

 声にならない悲鳴が聞こえた。とりあえず荷物が動かなくなった事を確認し、土御門は治療を再開する。ちなみに硬い床に直接座るよりは快適だった。

 

 数分で治療は終わった。治療と言っても患部に湿布のようなモノを貼るだけの簡単な作業だ。素人でも扱える、というのが応急セットとしての最終到達点であるのは間違いないが、それを本当に実現してしまう当たりが流石は学園都市製というところだろう。

 

「さて、お説教の時間だ」

 

 ジジジと袋のジッパーを開ける。半分気絶しかけているクソ野郎の顔が見えたため、とりあえず顔面に一撃。意識がはっきりとしたところで土御門はこう告げた。

 

「……とっとと着替えろ。今度という今度は、洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにやら壮絶な激痛の果てに目を覚ますと、なにやらお怒り状態の、上半身裸の土御門が目の前にいた。せっつかれるがままに着替えを済ませたところで正座を要求され今に至る。

 

 ……とりあえず今の状態を淡々と述べてみたが意味が分からない……どうしてこうなった? ウィンザー城の庭で串刺しにされたと思ったら、何故か今は半裸の土御門の前で正座をさせられている。どういうフラグ建てたらこうなるんだ一体。

 

「さて、ようやく腰を据えて話ができる。よくもまぁ、俺が一瞬目を離した隙にここまでふざけた展開にしてくれたな」

 

 ……どうやら土御門の中では俺が加害者らしい。あの戦場で一番傷だらけになったのはどう考えても俺だと思うのだが。まさか俺が、あの状況を望んで作り出すようなマゾ太君に見えるのかコイツには。

 

「してくれたな、と言われても……というかここは何処だ? あれから一体どうなった? 神裂は? そしてお前のアロハシャツはどうした?」

 

「黙れ」

 

 土御門らしくない、明らかな拒絶の言葉。それに先ほどから口調にいつもの余裕がない。にゃーはどうしたにゃーは。というか、これってもしかしてかなりマズイ状況なのでは?

 

 それとなく辺りを見回してみたが、どうやら現在位置はウィンザー城ではないようだ。床も壁も金属っぽいし、こんなメカメカしい部屋があの城にあるとは思えない。一体ここは何処なんだ……?

 

「単刀直入に聞こう……御使堕し(エンゼルフォール)。お前はこの術式について何処まで把握している?」

 

 ……本当に単刀直入だった。ここまでドストレートに核心を突いてくるとは。だが、お前からその質問が飛んでくる事は想定済みだ。具体的には学園都市から連れ去られた時からな。

 

「上位セフィラから下位セフィラへと、天使を強制的に叩き落す術式……だったかな。英国図書館にも記載されていないような大規模術式ってお前の親玉が言ってた。ああ違うか、正しくは俺達の親玉だな」

 

「質問の意図が伝わっていなかったようだな」

 

 瞬間、土御門からの圧力が増した。ああ、やっぱりこれはマズイ状況だ。この殺気はちょっと前に路地裏で、コイツから銃口を向けられた時と似ている。もし俺が術者だったら殺す、ぐらいの覚悟は決めている顔だ。

 

 フレンドリーな対応は期待するだけ無駄だろう。仄めかす事も、煙に巻くことも許されない。はっきりと否定を示す事が、この場合の最善策だ。

 

「お前はこの術式が起きる事を知っていたな?」

 

「知るわけないだろそんな事」

 

 沈黙。土御門の眉がひそめられたが気にしてもいられん。その予言とやらは絶対に否定しなくてはならない事柄だ。勢いだろうが力押しだろうが関係ない。押し通らせてもらおうか。

 

「ったく、女王に第1王女、騎士団長(ナイトリーダー)最大主教(アークビショップ)……それに続いて今度はお前か土御門。この件に関しての見解はアイツらにも言ったんだがな……天使がそんなほいほいと落ちてくるわけがないし、俺が予言者とかいうクソッタレな存在であるはずもない」

 

「だからこれは、あの女の単なる嫌がらせ。実は御使堕しなんてモノは発動していない、だったか?」

 

「そういう事。なんだ、土御門も知ってたのかその話。女王にでも聞いたのか? まぁ誰にも信じて貰えず、結局酷い目に遭わされたがな……誰よりも最大主教(あの女)の暴挙を知っているお前なら、こっちの話のほうが十分可能性があるとは思わないか?」

 

 ここまで言い切ると、土御門は黙りこくった。案外ばっさりと否定されるかと思ったが違ったようだ……いやまったく、あの女の信用度ってどうなってるんだ?

 

「たしかに、その可能性はあった」

 

 ゆっくりと、言葉を選ぶように土御門は言葉を発した。

 

「あの女も、お前をどこか試しているような節があったからな。イギリスだけに限定し、見た目と中身の入れ替わり現象を発生させ、情報封鎖により世界中で起きているように見せかける事は可能かもしれない。だが……既にその説は否定されている」

 

「否定? ……というと?」

 

「イギリス外部の人間とはもう接触済みという事だ。それも、地球の裏側の学園都市の人間とな。そして例に漏れずそいつもこの術式の餌食。しっかり、見た目と中身が入れ替わってやがった」

 

「学園都市? まさか、いつの間にそんな……」

 

「ついさっきだ。この機体を寄こした学園都市の使いがそうだった」

 

 ……この、機体? え、なにここ建物ですらないのか?

 

 改めて部屋を見渡し、それと同時に『木原統一』としての知識を気合で掘り起こす。学園都市関連なら何か出てくるかもしれない……と言ってもダメ元だが。『肉体再生』、『駆動鎧』などなど……特定の単語を放り込んだ上で、尚且つ気まぐれにしか答えを返してくれないのがこの頭の不便な───

 

『HsB系列の貨物室の内壁。緊急時には超音速下でも積荷を降ろせるようなギミックを搭載しているため、他区画とは内圧も別途管理されている』

 

 ……超具体的に答えが返ってきやがった!? こんな事もあるんだな……HsB系列? それってたしか、学園都市の超音速爆撃機のナンバリングだったような───

 

「よって、お前の説は却下だ。そして俺もとある事情からこの現象の波を正面から観察した。まず間違いなく、御使堕しは本物だ」

 

 土御門の声で、俺は現実へと引き戻された。いかんいかん、俺は今崖っぷちの状態だったな。ローラ=スチュアート暗躍説が否定されてしまった以上、別の言い訳を用意する必要がある。『木原統一』の知識が簡単に引き出されたのは驚いたがそれどころではない。実は木原統一は飛行機大好き少年だったとか、たぶんそういうことだろう、うん。

 

「本物って……そんなのアリか? 流れ星じゃあるまいし、そんな簡単に落ちてきていいモノじゃないだろ天使って。あの窓のないビルでの時はわからなかったが……あれからインデックスに色々と教わって、魔術師として毛の生えたような状態の今ならわかる。そんな非常識な事態、ありえてたまるかってな」

 

 おどけたように俺は言い切った。下手なスケープゴートをもう一度提示するよりは、こっちの方がいいだろう。

 

「……何も知らない。あの予言は偶然だったと、そういう事でいいんだな?」

 

 確認を取るように、土御門は尋ねた。

 

「ああ、そうだ。もともと予言でもなんでもない、ただの冗談みたいな発言だよ、あれは」

 

 間髪いれずに、俺はそう返した。もうこれくらいしか選択肢が残っていないからな。これ以外となるとアレイスター黒幕説くらいか。一見して完全無欠の言い訳かもしれないが、底の見えない暗黒落とし穴な気もするのでこの案は却下である。なにより土御門がその気になって学園都市に向かってしまったら目も当てられないだろう。

 

「それで、もし本当にドジっこな天使が下界にずり落ちてきてるとして。俺達はこれからどうする? その術式の発生源が日本だって話は聞いたが、にしたって範囲が広すぎるだろ」

 

「……追って詳細な解析結果がくる。おそらく日本に着く前には俺の携帯に届くはずだ」

 

 不審な目をしながら土御門は答えた。俺の話は半信半疑って感じのようだな。まぁ経緯がアレだし、わからないでもないが。

 

 とりあえず、土御門からの尋問は終わったようだ。いそいそとアロハシャツを羽織り始めながら、土御門は一言も発しなかった。コイツ、よくよく見てみればかなり傷だらけじゃねえか。御使堕しを正面から観察したとも言ってたし、俺や神裂と違って土御門は史実通りにあの術式を受け止めたのか……あれ?

 

「そういえば、神裂はどうしたんだ? というか、俺の疑惑はどうなった?」

 

 俺のそんな間抜けな言葉に、土御門はちょいちょいと俺が入っていた袋のようなものに向けて指差した。形状は寝袋のようだが、材質はテントや傘みたいな防水っぽい肌触りのアレである。

 

 うーむ……うーむ? もしかして……

 

「まさか、『スタディ』の時と同じか?」

 

「ま、若干違うがその認識であってるぜい」

 

 死んだフリ作戦……なるほど。騎士団長に串刺しにされたあの光景を利用したってとこか。国相手になんと大胆な作戦をやりやがる。

 

「で、神裂は?」

 

「客室。学園都市の使いと仲良くご対面状態ですたい」

 

 くいくいと親指で背後の扉を指差し、土御門はどっさりとその場に座り込んだ。逆に、俺はひょいと立ち上がり、扉に備え付けられた丸い窓から中を覗き込む。

 

 いた。見紛う事なき聖人の乙女がそこにいた。ふかふかのイスに座り、誰かと言葉を交わしているようだ。特に怪我をしている様子も無い。どうやら無事だったようだな。

 

「……はー、よかった。これで神裂になにかあったら俺は……うん?」

 

 ちらり、と神裂と会話をしている人物の姿が見えた。丁度その人物は背もたれをこちらに向ける形で座っているので、この窓からは見えない構図になっているのだが。角度的に直角ではないので完全に見えないというわけでもなく……あ、また見えた。あの横顔は……

 

「……親父?」

 

「……なに?」

 

 土御門が素早く立ち上がり、同じく窓を覗いてきた。なんでそんなに反応してんだコイツ……あ。

 

「あーそうかそうか。今は見た目が入れ替わってるんだったな。ごめん土御門、なんでもないわ」

 

「……なんでもない、だと?」

 

「いやなに、向こうで神裂と話している人の見た目が、完全に俺の親父になってるんだよ。まぁ冷静に考えたら親父がこんなとこにいるわけもないし……うわー紛らわしい、マジで入れ替わりが発生してやがるのな。土御門が接触済みってのはアレの事か」

 

 中身は誰なんだろうか。土御門が入れ替わりを把握できているのだから、十中八九アレの中身は土御門の知り合いなんだろう。神裂に学園都市の知り合いがいるはずもないし……はて、超音速旅客機に搭乗してきそうな学園都市の人間で、土御門の知人となると……警備員の黄泉川先生とかかな? じゃんじゃん口調の木原数多は流石に面白過ぎるし、見てみたい気もする。

 

「土御門、俺ちょっと会ってくるわ。神裂にもお礼を言いたいし」

 

「なっ……ばッ───

 

 俺を止めようとした土御門を振り切り(止められなかったのはおそらく怪我が原因だろう)ガチャリとドアを開いて歩みを進める。俺と目が合った瞬間、神裂は喜ばしいような怒っているような、微妙な表情を見せた。

 

 そして、見た目木原数多、中身不明のその人といえば───

 

「テメェ、こんな所でなにやってやがる?」

 

 ……どうやら黄泉川先生ではないらしい。まぁ顔の広い土御門の事だし、一発で中身が当てられるわけもないか……だが、どうやら俺の事を知っているようだな。

 

 口調は親父に似ている気がする……あれ、こいつよく見たら木原数多と同じ服装だな。御使堕しは衣服までは入れ替わらないはずだが……縞模様のTシャツと言えば……まさか、もしかすると───

 

一方通行(アクセラレータ)? 白衣なんて着て一体どうしたんだ?」

 

 瞬間。俺の顔面に拳が飛来した。

 

 

 






 

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