とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 一瞬タイトルをミスりました。



060 当たり前に用意された世界の終幕 『8月28日』 Ⅴ

 

 

 

「はぁ……結構かかっちまった。ったく、かなりぼったくってやがるなこの旅館」

 

 財布の口を締めながら、俺は一人溜息をついていた。色々と物騒な話し合いも終わり、土御門と別れて風呂場へと向かっていた俺の元へ、とある請求書が叩き付けられたからだ。

 

 今の今までスルーされてきた、3人分の宿泊費である。

 

(倒れた神裂と上条の看病ですっかり失念していたが……まぁ店側としても怪我人が倒れてる間は聞き辛いよな。その病人が起きだして、風呂に向かう元気を見せればそりゃこういう話にもなる)

 

 旅館の主人もかなり複雑な表情をしていた。店の客と一悶着を起こした怪しい集団が、図々しくも不法に滞在しようとしているのだからそれも当然だろう。むしろよく勇気を出して話しかけたな、とさえ思える。警察を呼ばれる可能性を潰す、という意味では上条夫妻よりもこちらを優先するべきだったのかもしれない。

 

(どうにも抜けてやがるな……まったく、この程度のミスで済んでよかった)

 

 ……一応領収書を貰ったが、こいつはイギリス清教に送ればいいのだろうか? 後で神裂か土御門に聞いてみるか。

 

 軽くなった財布をポケットに仕舞い込み、今度こそ俺は風呂場へと向かう。本館とは離れた場所に浴場は設置されているが、決して温泉というわけでもなく……おそらくは雰囲気造りの一環として建てたのだろう。そんな金があるなら食事のバリエーションを増やして欲しいものだ。夕食に焼きそばとカレーしか選べないのは、宿泊施設としては致命的だろう。

 

 そんなこんなで、ぼったくられた腹いせに『わだつみ』への不平不満をぶちまけながら、無駄に長い渡り廊下を歩くこと数分。静けさに包まれていた数少ない海の家の雰囲気をぶち壊すように、何やら騒がしい二人組が近づいてきた。

 

「おい、当麻! あのお友達とは仲直りしたんじゃなかったのか!? なにやらもの凄い形相で怒っていたぞアレは!!」

 

「だから、勝手に風呂に入ったアンタが悪いんだっての!! 今神裂が入っているって言ったじゃねーかこのバカ親父!!」

 

 ズドドドド、という擬音語が似合うような勢いで、上条当麻と上条刀夜が全力疾走ですれ違って行った。どうやら俺の予想通り、神裂の風呂を覗いてしまったらしいな。原作では竜神乙姫が上条を風呂場に押し込んだのだが……どうやらあの様子を見るにその役は上条刀夜がやってしまったらしい……アレ?

 

(たしか……そのパターンは原作ではなくアニメだったような気が……いや、待てよ?)

 

 この瞬間、なにやらとんでもない可能性に俺は至ってしまった。この世界の元となったのは間違いなく『とある魔術の禁書目録』だ。だがそれが原作、即ち小説の世界なのかと言われれると言葉に詰まってしまう。そんな証拠は何処にも無い……いや、それどころか───

 

(絶対能力進化計画、その裏側のエピソードは原作には存在しないんじゃ……? いやいや、描かれていないからと言って存在しないってのは暴論だな……でも、だとすると)

 

 媒体によって生じる矛盾。異なるパターンは同時には存在できないという事実。そして実際に目にしている世界がどちらが近しいかは明白だ。見て聞くことの出来る世界と、文章で紡がれた世界とでは分が悪過ぎる。

 

(俺のせいで歪められてしまった可能性ももちろんあるけど……もしもこの世界が原作ではなくアニメを元に構成された世界なら……)

 

 火野神作。原作にて御使堕しの犯人役、そのミスリードを誘う人物。奴が存在しないアニメの世界であるならば、心配事が丸々一つ消えることになる。警戒するべきはミーシャ=クロイツェフただ一人だ。

 

(確証はないけど、もしそうなら数時間かけて作り上げたあの術式は完全に無意味って事に……)

 

 魔術師以外を自動で護る、魔術師狩りの魔術。臣民の味方たる『魔女狩りの王』の術式……と、土御門には説明した。だが実際には───

 

(その逆。冤罪にて魔術師以外を狩ってしまう、殺意を持った反逆の民を焼き殺す暴君の術式。殺しを目的とする魔力を持たない人間、つまりは火野神作を止めるだけの特定魔術(リーサルウェポン)だったんだが……火野神作が存在しないならルーンの無駄遣いでしかない)

 

 もちろん、そんな事を土御門に言うわけにもいかず。シレっと嘘をついてしまったが……まぁ致し方あるまい。偽装に偽装を重ねたからバレることはあるまいて。というか、あれだけの時間をかけたのはそれが理由だったりもする。土御門に説明したままの術式では、最悪の場合ミーシャ=クロイツェフにまで矛先が向いてしまうかもしれないのだ。アレと対立したら最後、北半球が丸々吹き飛ばされる可能性すらあり得る。こんなちっぽけな嘘で地球が守れるなら安いもんだ。

 

「しかしまぁ……布束の目で気づくべきだったかなぁ」

 

 妙な所に凝る癖に、こういうところには思考が至らなかった自分が不甲斐ない。アニメなのか原作なのか、もっと早くこの疑問に辿り着くべきだった。後で上条に三沢塾での一件について尋ねてみるか。アウレオルス=ダミーが居たのか否か、その辺りでも判断は出来るはずだ。

 

 そんなメタい事を考えながら、木原統一は浴場のドアに辿り着いた。ここまで来るのにすれ違ったのは上条親子(バカ二人)のみ。ということはこの扉の先に居るのは彼女しかいないわけで。流石の俺も、ここで無作法にも扉を開けるようなバカはやらん。高校生にもなって風呂の覗きなんざシャレでは済まされないからな。というか、彼女の風呂を覗くのはおそらく、戦車の砲塔を覗く以上に危険な行為だ。

 

「神裂いるか? 俺だ、木原だ」

 

 そう尋ねると、息を呑む音が聞こえた。警戒されまくってるな。まぁ先ほどあったであろう出来事を鑑みれば、それも当然ではあるか。

 

「……なんでしょうか?」

 

 すげー刺々(とげとげ)しい声が返ってきた。まさか扉越しに俺を斬る準備でもしてるんじゃあるまいな? かすかに聞こえた金属音はまさか……いや、聞き間違いだと思いたい。

 

「あー……まぁ、なんだ。さっき旅館の人に宿泊費を払ってきてな。宿泊客には浴衣を貸し出してるらしいからってんで、とりあえず神裂の分も借りてきた。お前着替え持ってないだろ? 風呂上がりに同じ服を着るのは流石に嫌かと思ったんだが……」

 

「……ありがとうございます」

 

 ゴトリ、と何かを置く音が聞こえた。聞かなかったことにしておこう。

 

 その後、扉の隙間から延ばされた神裂の腕(しっとりとした所に妙な艶かしさを感じてしまったのは不可抗力と言わせて貰おう)に浴衣を渡し数分後。風呂上りで浴衣姿の神裂火織という、ある意味で最強の兵器が姿を現した。

 

「本当に助かりました。正直言って、この服をもう一度着るのはかなり抵抗があったもので」

 

 丁寧に畳まれた服を抱えながら、満足そうに神裂は言った。海外旅行に音速戦闘、ついでに浜辺にヒモ無しバンジー……どう考えても許容の範囲外だ。常人の限界を遥かに越えていると言っても過言ではない。そんな苦楽を共にした服をそのまま着るのは流石に辛すぎる。安心しきった神裂の心境は想像に難くないだろう。

 

 ……ただ、一言言わせて貰うとだな……いくら安心したと言っても油断しすぎだ。畳まれた服の隙間から、思いっきり下着が見えてるんだが。俺から指摘なんざ出来るかい畜生が。

 

「……洗濯機はすぐその脇に置いてあるからな、勝手に使っていいらしいぞ」

 

 頭を抱えながら、俺はどうにかそんな言葉を搾り出した。洗濯機を貸してくれる、というのが良いサービスなのかどうかは微妙なところだ。もうちょっと高級なとこだと洗濯自体をやってくれるところもあるからな……まぁこのボロ宿にそんなサービスは微塵も期待はしてないが。ちなみに洗濯物を干す場所は自室のベランダを指定されている。なんだか『海の家』ってより大学生の下宿っぽい気がしてきたな。

 

 『砂はきちんと落としてからお願いします』という張り紙をしげしげと眺めながら、神裂はぼそりと一言。

 

「洗濯ですか……たらいを頂ければ手洗いで」

 

「流石にそんなもんは貸し出してねえよ」

 

 洗濯機を設置している以上、わざわざたらいが用意されているとは考えにくい……宴会芸用の小道具としてならあるかもしれないが。

 

「……使い方を教えてやるから洗濯機にしとけ。というかこの際だ、やり方くらいは覚えておけって」

 

 なんとなくデジャヴを感じる……ああ、そうか。インデックスに機械を教えるのに似ているんだな。まぁ神裂ならキチンと教えれば覚えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一撃を避けられたのは、ほとんど偶然に近かった。

 

 ゴトリ、という天井の板を動かす僅かな物音。それが土御門の意識を覚醒させるきっかけであったのは間違いようが無い。そして次の瞬間、天井裏に潜んでいた悪鬼、火野神作が飛び降りる際に発した僅かな衣擦れの音で、土御門の意識は完全に覚醒した。

 

「………ッ!!?」

 

 仰向けに寝ていた事が功を奏した。まるで休日の朝に、遅くまで寝ている父親に対して子供がダイブをかますような感覚で。凶悪な面構えをした男が刃渡り30cmほどのナイフとともに落下してきたのだ。その切っ先が頭に触れた瞬間、土御門はとっさに首を振る事で致命傷を回避した。

 

 ザクリ、という嫌な一撃が土御門の(ひたい)を裂き、そのまま枕へと突き刺さった。少なくない出血が土御門の視界を真っ赤に染め、まるで灼熱の棒を押し付けられたかのような激痛が走る。回避をしなければ、まず間違いなくナイフが頭蓋を砕き即死だったろう。

 

 だが、そんな事実に恐怖している場合ではない。土御門はすぐさまその場を離れようと身をよじる。だが───ナイフの持ち主は(また)がる様に布団を踏み付けており、間接的に土御門の身体を押さえつけていた。土御門は手も足も出ないばかりか寝返りさえ打つことが出来ない状態へと追い込まれていたのだ。偶然ではない、襲撃犯は最初の一撃を外した時の事も考えていたらしい。

 

「くひっ」

 

 まるで勝利を確信したかのように、男は笑った。枕から勢いよくナイフを引き抜き、止めを刺そうと再びその腕を振りかぶる。

 

(くっ……ダメだ、やられる───ッ!)

 

 一流のスパイと言えど、地の利を欠き手負いの状態で、不意打ちまでされてはお手上げだ。ダメ元で魔術の発動を試みるも、間に合うはずが無いのは自身が一番よく知っていた。この短い犯行では木原統一どころか、神裂でさえ増援に来ることは不可能のはず。盤面は完全に詰んでいる事を、土御門は一瞬で察してしまったのだ。

 

 だが救いの神は、未だ土御門を見捨てはしなかった。

 

 突如、彼らのいる部屋に突風が巻き起こり、弾かれたように土御門と火野は吹き飛ばされる。火野は壁にその身体を打ちつけ、土御門は床を転がるようにその反対方向へと投げ出された。拘束を解かれたことにより、今度こそ身体を起こした土御門の目に映ったのは……なんとも形容しがたい、人型のシルエットだった。

 

 天井には届かない程度に大きく、且つ透明だった。まるで沸騰したヤカンの筒先を眺めるように、ソレを通した背景はグラグラと揺れていた。形を持った水蒸気、という表現が一番近いかもしれない。ある程度離れた土御門ですら肌で感じられるぐらいの熱を、その巨人は絶え間なく発していたのだ。

 

(これは……『魔女狩りの王』か? 木原っちが仕掛けた迎撃魔術……?)

 

 似ても似つかない様相をしてはいるが、該当する物と言えばそれしかない。劣化させた『魔女狩りの王』を仕掛けた話は聞いている。『わだつみ』が火事にならないように配慮した、とも言っていた。炎の術式たる『魔女狩りの王』をどう改造すれば火事を防げるのかと思っていたが、どうやら目の前の光景が答えらしい。

 

(野郎、ウィンザー城で盗んだのは結界魔術だけじゃなかったのか。騎士派の使っていた『湖の加護』を強引に組み込んで、火の性質を打ち消すとは……『性能はかなり落ちてる』ってのは結果としてそうなったのではなく、まさか故意に落としたって言うのか……?)

 

『ま、如何にも"防御してます"って看板をぶら下げちゃ、ここにやってくる魔術師も警戒しちまうだろうし、好都合だからその性質は残したままだ。でも見つかりにくくした分、性能はかなり落ちてるよ』

 

(見つかりにくく……湖の乙女から妖精郷(アヴァロン)の記号まで取り出しているのか。いよいよ持って怪物じみてやがるな。どういう仕込みをすれば、あのルーンのカードからここまでの術式を作り出せるのか見当も付かない)

 

 そしてもう一つ。土御門には腑に落ちない点があった。

 

(アイツの仕掛けた術式は、魔術師以外を護るモノと言っていたはずだ。だが間違いなくこの魔術は魔術師である俺への襲撃をトリガーとしている……つまり)

 

 木原統一から聞かされた術式の説明は嘘だ。だが今はその事について考えている場合ではない。

 

「熱い……熱い熱い熱い熱いぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 襲撃犯である男が突然叫び出した。どうやら先ほどの突風で火傷を負ったらしい。半透明の巨人に触れたのはほんの一瞬のはずだが、どうやら目をやられたようだ。左手で顔を押さえ、男は狂ったように右手のナイフを振り回すその様子は、かえって土御門を安心させていた。

 

(額の傷は……浅いな。今すぐ命に関わるという事はない……敵は見たところ殺しには慣れているようだが、素人に毛が生えた程度というところか。この程度の相手なら今の俺でも十分やれる。問題はコイツに味方がいた場合だが……)

 

 痛みに苦しむ男を注視しながら、土御門は天井や窓の外を警戒しする。今の所、人の気配はない。ならば───

 

(背景を探るのは後だ、まずはコイツを片付ける!)

 

 瞬間、襲撃犯の男が駆け出した。部屋の中央に陣取っている『魔女狩りの王』を無視し、一直線で出口のふすまへと向かっていったのだ。

 

「逃がすか……ッ!?」

 

 すかさず追いかけようとした土御門であったが、思わず足を止めてしまった。ふすまの外には一人の男が立っていた。土御門よりも大柄のがっしりとした大男だ。だがその男を見て、殺人鬼たる火野神作は歓喜の声を上げた。

 

 それも当然。火野にはその大男が、修道服を纏った女の子に見えていたのだから。

 

(インデックス!? クソ、こんな時に……!)

 

 このまま突っ込んで戦闘になれば、間違いなく彼女を巻き込んでしまうという一瞬の途惑い。それが判断ミスだったという事に土御門は瞬時に気づいたが、その失敗を帳消しにすることはもう不可能だった。

 

 インデックスの元へ、ナイフを持ってない火野の左手が伸びる。コレを人質にして逃げ切ろう。軽くて、か弱くて、持ち運びに便利な最高の盾だ。想定外の邪魔が入ったが、想定外の贈り物も現れてくれた。まだ自分は天に見放されてはいなかったのだ……珍しくも、右手に助言を受ける前にそんな思考に思い立った火野神作は、くちゃりと気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

 だがそんな彼の幻想は───彼女のとある一言で、粉々にぶち壊されることとなる。

 

前方に配置(P I F)

 

 強制詠唱(スペルインターセプト)。魔力のないインデックスが行使可能な数少ない魔術の一つ。

 

 その対象は、木原統一が行使している結界魔術。

 

「ぎ……ぎぃあああああああああああ!!!!???」

 

 突如、インデックスと火野の間に見えない壁が形成される。いつの間にか部屋の中央にいた巨人が消滅し、彼らの間に再出現していたのだ。その巨人の出現は、延ばされていた火野の左腕を巻き込む形で展開されていた。圧倒的な熱量が火野の左腕を包み込み、明らかに許容を超えた痛みが火野を襲う。

 

 懸命に腕を引き抜こうともがくがびくともしない。透明な巨人にナイフを振り回しても効果が無い。焼け爛れていく腕から発せられる痛みの信号(シグナル)は留まる事を知らず。脱出不可能、絶体絶命。そんな状況下で彼が(すが)るものといえば。

 

「エンゼルさま、エンゼルさま、エンゼルさまァァああああああああああああああ!!!!!」

 

 その声に呼応するかのように、彼の右足をナイフが切りつける。常人なら悲鳴をあげるようなこの状況下で、火野は安堵の表情を浮かべていた。

 

 この答えを見れば大丈夫。エンゼルさまの言う通りにすれば、きっと、たぶん、絶対……

 

 『GOOD LUCK(幸 運 を)

 

「あ、あ、ああああああああああああああああ!!!」

 

 瞬間、背後に忍び寄った土御門は、火野神作の後頭部に容赦なく右ひじを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、木原統一が神裂に洗濯機の使い方を教えている時に起こった。

 

(……! 魔術が発動した? ってことはやっぱり、火野神作が存在してたって事か!?)

 

 魔術の対象は"武器を持った殺意ある一般人"。海の家の主人と女将が昼ドラ的な展開になっているとか、あるいは上条夫妻か竜神乙姫か。彼らの中にその条件を満たした人物が絶対に居ないとも限らない。だが少なくとも、ここで洗濯機の使い方を教えている場合ではないのは明白だった。

 

 木原統一はすぐさま隣に居る神裂に声を掛けようとして───彼女が七天七刀を構え、渡り廊下の方角を向いている事に気づいた。

 

「……何者です」

 

 神裂の目線の先には、紅蓮の拘束具を纏った女性が佇んでいた。腰には用途不明のノコギリやハンマー、L字の釘抜き(バール)の様な物等、様々な物が装備されている。彼女の服装に関して拘束具としての要素以外に目を向けると、辛うじて彼女がシスターであるという事実に神裂は辿り着いた。接点はあまりないが、おそらくはロシア正教の物だろうと彼女は結論付ける。

 

 だが、それは神裂火織の視点での話だった。

 

(なっ……馬鹿な……)

 

 木原統一の目に映っていたのは。白い布のような物で全身をぴったりと覆った、巨大なマネキンと言って差し支えない様相であった。控えめに言って、その存在からは人間どころか生物らしき気配がまったく感じられない。B級都市伝説に出てきそうな、妖怪や物の怪といった類の存在だ。今まで出会ってきた中では木原病理が一番近いが、アレよりも更に怪物染みている。一応その体型は女性のような形を取ってはいるものの、その中途半端な人間との共通点が、より一層不気味さに拍車をかけていた。

 

 渡り廊下の天井に頭を擦り付けるように、その怪物は佇んでいた。自然と木原統一の視点は上を向き、その怪物と目が合う。

 

「……術者は貴方か?」

 

 機械のような平坦な声が、そのマネキンから発せられた。その台詞を聞いて、ようやく木原統一は目の前の怪物の正体を理解した。

 

(お、おいおい。冗談きついぞ。確かに今の俺には、世界中の人間が入れ替わる前の姿で見えてはいるけど……これは流石に……)

 

 外見『サーシャ=クロイツェフ』

 

 中身『神の力(ガブリエル)

 

 正真正銘の人外の怪物が、木原統一の目の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が意識を手放すと同時に半透明の巨人も消えた。ぐったりと倒れこんだ男の右手から、土御門はナイフを蹴り飛ばす。もう一度周囲を確認し、更なる敵に備えること数秒。どうやらその兆候は無いと判断した土御門はがっくりと膝をついた。

 

「……大丈夫?」

 

 心配そうな顔の青髪ピアスがこちらを覗き込んでくる。軽くホラーな光景ではあるものの、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「ああ、大丈夫だ……インデックスこそ、怪我はないか?」

 

「大丈夫なんだよ。きはらの魔術が守ってくれたからね」

 

 ……気にしている場合ではない、とは言ったものの。やはりこの口調の青髪ピアスは精神的ダメージが大きい。ずきずきと頭が痛むのは決してナイフによる傷のせいだけではないだろう。なんとなく吐き気もしてきた。ここまで飯を抜いていて本当に良かったと、土御門は心の底から思った。

 

 ひとまず部屋にあった木原統一のカバンを強引に漁る。彼の着替えや、その他もろもろの私物が辺りに散乱するが気に掛けている場合ではない。やがて、目当てのモノが見つかった。超音速旅客機から持ち出した学園都市製の救急医療パックである。その残りを使って、土御門は治療を始めた。

 

「……流石だな、あの土壇場で強制詠唱が出せるとは」

 

「そうでもないんだよ、きはらが結界を張ってたのは気づいていたからね」

 

 なるほど、と土御門は溜息をついた。いくら木原統一が優秀とはいえ、禁書目録を欺けるような結界魔術は創れない。この旅館でただ一人、彼女は結界の存在に気づき、そしてその発動を感知したからこそここに現れたのだろう。

 

「それに、きはらは私が強制詠唱を使うことを見越してたみたいだし……」

 

「……何?」

 

「私が動かせるように、予め工夫がされてたんだよ。信徒の訴えを聞き届ける性質を増幅させて記述してるから間違いないかも……あ」

 

 そこまで言って、インデックスは突然自らの口を覆った。その目にはしまった、という色が強く出ている。そんな彼女(彼)の様子を見て、土御門は(いぶか)しんだ。

 

(警戒されているのか……? 一体何を……いや、待て)

 

 視点を変える。もしも何者かが……魔術を用いて何かを企んでいると仮定する。その企みを暴く可能性のある人物がいるとすれば、それは誰か。

 

 いや、正確にはそうじゃない。企みを暴く可能性のある組み合わせ。もしも、その二人を近づけさせないように、誰かが先手を打っていたとしたらどうだろうか。

 

「ああ、なるほど。木原統一には俺を警戒するように言われているのか」

 

 答えはない。だがインデックスの目(というか純粋にキラキラとした気味の悪い青髪ピアスの目)を見ればそれは明白だった。

 

(インデックスは木原統一の事を"きはら"と言った。その上で木原統一は、俺という人物を警戒するようにインデックスに釘を刺していた、か)

 

 木原統一が自身の異変に気づいているのは明白だ。それを自覚し隠した上で、土御門元春とインデックスを故意に遠ざけている。その解は、土御門が一番欲しくない代物だった。

 

「……別に警戒するにしても、まったく口をきかない必要は無いんじゃないか?」

 

 土御門はイライラとした口調でそっけなく言い放った。予想していた最悪の事態が、予想を裏切ることなく的中しつつある。今この状態で、インデックスに配慮するなんて余裕は彼にはない。

 

 必要な情報を手に入れる必要がある。そのためには、薄汚い闇で培ってきた技術を彼女に振るうことさえ厭わない。如何にインデックスと言えど、所詮は10代の女の子だ。速やかに敵地に侵入し、目当ての人物と瞬時に友好を築き、そして情報を手に入れるのがスパイの役目。この程度の相手から情報を引き出せないのなら、土御門はとっくにくたばっている。

 

「………」

 

 インデックスは沈黙を守っている。その表情を観察し、土御門は彼女の心理状態を看破した。

 

(……拒絶、だな。怪我を負った俺への心配を、俺への悪感情を強引に作り出す事で封じている。木原統一から言われたのは"近づくな"や"話をするな"というわけではなく、おそらくは……"信用するな"。言葉を交わすことすら拒絶しているのは……生来の優しい性格が滲み出ることを避けるためか)

 

 ならば話は簡単だ。怪我への心配を解消し、土御門元春を信用させることなく、目当ての情報を喋らせればいい。何も情報を引き出すために必要なのは信用だけではないのだ。時には、必要以上に嫌われる事も重要なのである。

 

 彼女に嫌われる話題。そして目当ての情報を引き出すための話の流れ。それを瞬時に構築した土御門は、一気に攻撃に出た。

 

「ふぅ、傷の治療も終わったし……はてさてここからどうすりゃいいのかにゃー」

 

 わざとらしく勢いよく立ち上がり、土御門は伸びをした。怪我は治った、という前提を作り出すための演技だ。そんな動作にびくっとしたインデックスを見て、更に土御門は畳み掛ける。

 

「しっかし、噂の魔道書図書館直々に魔術を教わった男……って聞いていたから身構えてはいたが……随分とお粗末な魔術だったぜい。ああ、君と木原統一の関係性はとっくに知ってるので、そこんとこよろしく」

 

 この一言で、インデックスが護ろうとしていた心の境界線を飛び越える。相手に知られていないと思い込んでいた認識が覆り、同時に心理的な距離が一時的に近づいてしまう。彼女が再び新たな境界線を引こうとした瞬間。その心の隙を、土御門は蛇のようにするりと抜けていった。

 

「ド素人が背伸びしやがって、法王級の魔術なんかに手を出すからこんな無様な結果になるんですたい」

 

 ブチリ、という音が聞こえた。

 

「……聞き捨てならないんだよ。助けてもらった癖に、その恩知らずな物言いは流石に許容できないかも」

 

 青筋を立てたインデックス、ではなく青髪ピアスがそこにいた。その様子を見て、土御門は更に挑発的な笑みを浮かべる。

 

「いやいや、事実を言って何が悪いのか、まったくもって理解できないにゃー。さっきの出来損ないの『魔女狩りの王』に対する評価としては、これが適正だろうよ。そこまで言うなら、あの陳腐な術式の優れた点を教えて欲しいぜい、インデックス」

 

 目的は達した。この瞬間より、インデックスは先ほどの木原統一の術式について、ありとあらゆる情報を吐き出す情報源となる。土御門が木原統一を認めるまで、その暴露大会は絶対に止まらない。教え子の誇りを守るために、彼女は木原統一の秘密を差し出す形に誘導されてしまったのだ。

 

 会話の方向を誘導し目当ての情報を吐き出させる。土御門(スパイ)の技術の中では初歩中の初歩だが、別段インデックスに落ち度はない。たとえ魔道書図書館として、自身の知識を護る事に長けた彼女といえど。相手が欲しがる情報が何なのか分からなければ、護り様がないのだから。

 

 そんな、回避不可能な裏の手口を、守るべき善人に差し向けてまで土御門が欲しがった情報はただ一つ。

 

『ん? ああ……ちょっとこの建物に魔術で細工をしてたんだよ。自動迎撃ってやつだな。トリガーは……俺、土御門、神裂以外の人間に危険が迫ったときだ』

 

 この些細な嘘の真実、すなわち木原統一の裏の思惑。今まで目を逸らしてきた友人の正体を暴くための足掛かり。

 

(……もう限界だ。これ以上木原っちを野放しにしておくわけにはいかない)

 

 許容を超えた。今まで先延ばしにしてきた事柄の優先順位が繰り上がった。あのとぼけた男の背景を探る事が、御使堕し解決よりも優先するべき事なのだ。もしかしたら……その二つがイコールなのかもしれないという可能性も、今では決して低くないように思えてしまう。

 

 そして、インデックスの口から様々な言葉がまくし立てられている中。土御門はふと床に落ちているファイルに目を落とした。大学生がちょっとした書類の保管に使うようなクリアファイルだ。先ほど土御門がぶちまけた、木原統一のカバンの中身の一つである。

 

 『外出許可証』という文字が、土御門の目に入った。学園都市外部に能力者が出るためには、必ず必要となる代物だ。もっとも、土御門がコレを使ったことは一度も無いが……そんな代物を、彼はまるで危険物を取り扱うようにそっと拾い上げる。

 

(行動計画まできちんと書いてやがる。まぁそうでもしないと受理されない代物だが……あの日、木原っちは別口で外へ出ようとしていたのか。着替えを持っていたのはそのため……だが正規のルートで手に入れた代物なら、俺の情報網に必ず引っかかるはずだ。俺が網を張っている段階をすっ飛ばして、それより先の流れに滑り込ませたってとこか……)

 

「ちょっと、聞いてるのかな!? きはらはきはらなりに、すっごい工夫をして魔術を使ってるんだよ! 今回のなんて最高傑作かも! 今まではすているのルーンばかりを重視してたけど、今度のはその配置も利用して3次元的な魔法陣を描くことで……」

 

 適当に相槌を打ちながら、土御門はインデックスの言葉をきちんと聞いていた。今の所めぼしい情報が彼女から出てくる気配はない。このままあえて素っ気ない態度を取る事で、彼女が実は重大な情報流出をしているという自覚を無くさせる。なぜなら人は貴重なモノを消費する時には慎重になり、どうでもいいモノは粗雑に扱う生き物だからだ。

 

(肝心の行動計画は……1泊2日での小旅行、か。宿泊予定地には特に観光スポットがあるわけでもない……一体何が目的だったんだ? ここからそれほど遠くはないようだが)

 

「それに、王様が理想とする国を妖精郷に見立てることで、臣民の与り知らないところでの統治って意味を抽出してるんだよ。魔術師がサーチに引っかからないように冤罪って記号を付与して、信仰の対象としての名声を貶める事で、術式自体を弱体化させてるのもポイントかも」

 

「……なんだと?」

 

 土御門は耳を疑った。既に木原統一から聞かされていたトリガーが違うのは知っていた。だがそもそもの目的自体がずれているとは流石に考えていなかったのだ。

 

「ではこの結界魔術の対象は……」

 

「武器を持った強い殺意を持つ、魔力を持たない人間だね。たぶん、貴方に掛けられた魔術に対抗するためだと思うよ」

 

 ようやく興味を示した土御門によって、インデックスは得意気な顔を見せた。

 

偶像堕し(アイドルフォール)……私の知識にもない未知の魔術だけど、きはらやすているはきっと、必死になってその解決の糸口を探してる。これはきっと貴方の身を護ろうと思って真剣に組まれた術式……それを粗末だなんて言うのは、流石の私も許せないんだよ」

 

 一一一(ひとついはじめ)に群がってくる淑女(プレデター)を無傷で迎撃する魔術だと、そうインデックスは言いたいのだろう。だがそれはあり得ない。その魔術は、木原統一がでっち上げた真っ赤な嘘だからだ。

 

 では、その真の目的とは。

 

(条件が限定的過ぎる。このイカれた男の襲撃を、アイツは知っていた……? 加えて、俺たち以外の魔術師に対抗する魔術を張ったと偽る事で、その警戒度を下げさせたって言うのか?)

 

 同時に、土御門の思考にノイズが走る。そういえばあの時、木原統一の『魔女狩りの王』が出現したのはこの一撃を受けてからだ。下手を打てば死んでいた。そんな状態に追い込まれてから発動した『魔女狩りの王』にさえ、今の土御門は悪意を感じてしまったのだ。

 

(まさか、まさか───)

 

 木原統一の腕をもってすれば、その初撃さえも許さないように魔術を構築することは可能なはずだ。襲撃を知りつつも、その防衛網に穴を開けていたというのは、つまり───

 

 信じたくない。考えたくない。その恐ろしい思考を振り払うかのように、土御門は転がっている男の腹を蹴り飛ばした。呻き声と共に火野神作は意識を取り戻し、そして土御門の必死の形相を見て盛大に悲鳴を上げる。ギョっとして動きを止めたインデックスを無視し、彼を2度3度殴りつけたところで、土御門はとある質問を投げかけた。

 

「答えろ、一体誰の命令を受けて俺を殺そうとした!?」

 

 反射的に暴れ出そうとする火野を、土御門は首を絞めるようにして床に組み伏せた。そして……

 

「……え、エンゼルさま」

 

 弱弱しく、火野はそう答えた。土御門を押しのけようとしてはいるが、先ほどの戦闘のダメージでうまく力が入らないらしい。全体的にぐったりとした火野だったが唯一、その右手だけがガリガリと畳を爪で引っ搔いていた。

 

GO ESCAPE( 逃 げ ろ )

 

「無理ですエンゼルさま……お願いします、助けてくださいぃぃぃ……」

 

 自らの右手と会話をする男。どう考えても普通ではないと、この男は異常者だと結論付けるのは簡単だ。だが魔術の心得がある者なら、この時点で別の可能性を導き出す。

 

「……操られている、のか?」

 

 土御門の視界がぐらつく。否定材料を探してみても、さらなる絶望が顔を覗かせる。ありとあらゆる情報が、たった一人の犯人を指し示す。目の前の男が操られているとして、この襲撃を知っていた人物がいたとする。その人物が、それぞれ別人である可能性はどれほどあるのだろうか?

 

 自らの意思から離れ、勝手に動く右手。その現象を、土御門はウィンザー城で目撃している。

 

 

 

『土御門』

 

 

 この葛藤が。この迷いまでもが、木原統一の計算の内なのか。

 

 ここまでされても、なお土御門元春は木原統一を信じ抜くと思っているのか。

 

 

迷うな( 、 、 、)

 

 

 世界はある日突然終わる。

 ありきたりの終幕が、最悪の絶望と共に訪れる。

 

 






 

 バトルがあっさりしてるとそわそわします。

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