とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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※注意
おそらく賛否両論回
長いです
作者の描画限界です
鬱なんて誰得
もやっとします
情景描写を少なめにしたので読み辛いかもしれません



日付が無いのは仕様ですが……後に付けるかもしれません。















064 アイのカタチ 『8月29日』

「やぁ。こういう時はやはり、初めましてとでも言うべきなのかな?」

 

 聞いたことのない、それでいて嫌な声が聞こえてくる。ゆっくりと目を開けると、飛び込んできたのは真っ白な空間だった。白、と言っても雪国などで見られる一面銀世界のような美しさは無い。まるで画用紙に顔を近づけた時のような、プレーンな景色が広がる不気味な場所だった。

 

 ここには以前にも来たことがある。御使堕しが起きた時だな。あまりにも脈絡のない展開に、不思議生物ことエイワスの登場。てっきり夢だと思っていたのだが、二度目となると流石に認めざるを得ない。どうやらコレは現実のようだ。

 

 ……そして。俺の目の前にいるコイツの存在も。

 

「……実在、していたのか」

 

 声も姿も、全てが俺とそっくりな『人間』

 『木原統一』が、俺の目の前に立っていた。

 

「……さぁ、どうだろうね? 僕は記憶の連続性という点でしか、自らを主張できない。僕の記憶と君の知識、どちらに重点を置くかで結論は変わってくるだろう」

 

 『木原統一』の服装は、とある高校の冬服だ。そしてそれは俺も同様だった。そういえば前回もそうだったな。この不思議空間ではコレを着なきゃいけない決まりでもあるのだろうか?

 

「それに。君の知識によれば、この世界には神を騙るふざけた奴等が大量にいるんだろう? そいつらが"木原統一"という人物を世界に挟み込んだという説は、実質的に否定は不可能だからね。ある種の『世界5分前仮説』のような詭弁だが無視はできない」

 

 たしかに、それは俺が一番最初に考えた事だった。好き勝手に位相を挟む彼らがいる以上、『木原統一』の実在は証明不可能……いや、これは『木原統一』だけではなく全ての人間に当てはまる話でもある。"詭弁"というのはそういう意味も込められているのだろう。

 

 だけどそうじゃない。俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ。

 

「まぁつまり。実在、という言葉を使うのは適当ではないという事さ。存在、という意味ではきちんとしていたよ。君の内側で、君の見せてくれる景色を眺めていた。このまま傍観に徹しようと思ってはいたんだけど、今回は流石に手を出さざるを得なかった」

 

 この一言で、俺の中にいた何かが鎌首をもたげた。自覚の無かった、明確に形のなかったソレが、奴の言葉に反応するかのように輪郭を帯び始める。

 

「……何でだよ」

 

 身の内から湧き上がる疑問。それも、子供の抱く無邪気なモノではなく、泥のような怒りが声色に纏わりついていた。

 

「お前は確かに存在していて、俺の内側にひっそりと生きていて、いつでも出てこれるような。そんな便利な存在だったのなら、何でここまで姿を現さなかった?」

 

 これは怒りの本質へといたる過程。災厄の足跡を一つ一つ指し示して、その嘆きを叩き付けるかのような無意味さを自覚しながらも。ここで足を止めるという選択肢は、俺には選べない。

 

木原数多(親 父)が死にかけた時も、布束が窮地に陥った時も、どうして出てこなかった!? どうして俺みたいな紛い物なんかに『木原統一』を押し付けた!!? 何で本物のお前が、あいつらを守ってやらなかったんだ!!!」

 

「僕にはその資格がないからだ」

 

 怒りに燃える俺とは対照的に、『木原統一』の言葉は冷酷で、氷のような冷たさを帯びていた。

 

「父さんや母さん。上条に土御門……クラスのみんな。そして砥信(しのぶ)ねーちゃんを裏切って、僕は今この場所にいる。僕は僕自身の目的のために、全てを捨てた身なんだよ。そして君は、僕が歩くべき本当の『木原統一』を示してくれた。本物だの偽者だのと議論するなら、君こそが本物だと僕は思う」

 

「ふ……ざけんな! 俺みたいな異物が、本物なわけねえだろうが!! 土御門とのやり取りを見てただろ!? アレが俺の限界なんだ。全てわかりきったつもりになって、結局は何にもわかってなかった。アイツの苦悩を……俺は気づいてやれなかったんだ!!」

 

 思い起こせば、いくらでもヒントはあった。土御門が時折見せた表情が、全てを物語っていたはずだった。そんなアイツの変化を、俺は無条件で見過ごしてしまっていたんだ。土御門元春という『登場人物(キャラクター)』は味方であると。どんな事が起きても、何もわからないままに友人を殺めてしまうような人物ではないと。まるで盤上の決まり事(ルールブック)のように、それが絶対だと信じきっていた。

 

『文章で紡がれた世界とは違う』

 

 ……結局の所、俺もあの傍観者(エイワス)と同じだった。

 

『彼らはこの世界で間違いなく生きてる』

 

 口先ばっかりで、俺自身も彼らの事をまったく理解できていなかったんだ。

 

「俺は『木原統一』じゃない。何で本物がいるのに、俺みたいな紛い物が出張らなきゃならねえんだ!! 資格がない? 裏切った? そんなふざけた理由で、『木原統一(じ ぶ ん)』を他人に押し付けてんじゃねえ!! 」

 

 そんな俺の糾弾を、『木原統一』はつまらなそうに聞いていた。まるでひとごとのように。こうなると予想はついていたとでも言いたげな、そんな表情だ。

 

「…………そうだな。僕の人生を、君に押し付けた事は謝罪しよう」

 

 やがてひっそりと。目の前のクソ野郎はそんな言葉を搾り出した。

 

「結果はどうあれ、君が『木原統一』の身体に宿ったのは、間違いなく僕の選択が引き金(トリガー)となっている。流石に予想外ではあったが、責任は僕にあるだろう。いや、『アレ』を超えられない以上、そこに至るまでの橋渡しとして君の存在は予想してしかるべきだった……と言っても、予想できたところで回避はしないがね」

 

 そこで一端言葉を切り、『木原統一』は右手を差し出した。

 

「だから君が望むのなら……君が僕と同じ覚悟を持つ事が出来るのなら。『木原統一』の人生は、返してもらっても構わない」

 

 その一言で、俺は喉が干上がるような感覚に襲われた。そしてそれを見透かすかのように。この焦燥の在り処を知っている男は、突き放すようにこう告げる。

 

「君が偽者で、ここまで積み上げてきた皆との繋がりが失敗作だと言うのなら。あるいはそれらを犠牲にしても、『木原統一』は本物に返すべきだと思うのなら、この手を取るがいい。それで全てが終わる」

 

 終わる。それが何を意味するのかはわからない。俺という存在が消えるのか、はたまた目の前のコイツと入れ替わりを果たすだけか。如何なる形で『木原統一』を返すのはわからないが、一つだけわかる事がある。それが俺にとっては、この上なく恐ろしかった。

 

「……そういう事だよ。全てを捨てる、みんなを裏切る。正直、それに関して言えば君は僕以上の重圧を背負っていることだろう。世界が灰色に見えていた僕でさえ、この決断にはいささか躊躇した……今となっては、同じ選択は出来ないだろうね」

 

 怒りの行き場を失い、俺はがっくりと膝をついた。正しい形、本物の『木原統一』。それを受け入れるという事の意味。それは自分を支えてくれた、受け入れてくれていた、愛してくれた人たちとの別れ。自分が偽者だと言う事は、彼らとの友情や愛情が、全て偽者だと断じる事と同義。ゴミのように放り捨てるのと同じ事なのだから。

 

「……畜、生。そんなの、そんなの卑怯じゃねえか……」

 

 本物だと思い込み、積み上げてきた人の縁。それがたとえ偽者とわかったところで、おいそれと放り出す事など、僕には出来ない。

 

「ああ、恨んでくれて構わないよ。君にそういう感情を芽生えさせ、『木原統一』を演じる事を強制させるクソ野郎だと……僕の事は、そう思ってくれていい」

 

 恨んでくれて構わない、と告げる『木原統一』の顔は、かなり苦々しげな表情だった。ふざけるなと糾弾したい気持ちも、この表情の前では霞んでしまう。

 

 なにより、『わだつみ』でのこいつと土御門とのやり取りを、俺は目撃してしまっている。短い時間だったが、こいつがそんなド畜生ではない事くらいは把握しているつもりだ。

 

「何なんだよ……なんでお前はこんな事になっちまった? 何で家族や友人を捨てて、こんなわけわかんない場所に引き篭もっているんだよ? そこまでして、お前は何を手に入れるつもりなんだ?」

 

「……僕の目的は、今も昔も変わらない。父さんや母さんのような、立派な『木原』になる事だ」

 

 次第に、まっさらな空間は闇へと包まれていく。

 

「求めて、求めて、求め続けて。ようやく掴んだ手がかりに僕は絶望した。それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。諦めるなんて出来なかった。万に一つの可能性に賭けて、全てを捨てて闇の中へと飛び込んだんだ」

 

 周囲が暗闇に包まれているというのに、『木原統一』の姿だけははっきりと捉えることができた。だがその顔つきは、なにやら不吉な色を孕んだ不気味な笑顔だ。何故かその暗黒の眼に、車椅子に乗った妖怪の姿が重なった。

 

「ありがとう。君が来てくれたお陰で、僕は『木原』になれると確信できた」

 

「……どういう、意味だ? 『木原』に、なれる? お前は『木原』としての性質は持ってないはずじゃ」

 

「はは、たしかにそういう評価は受けていたけどね。常々思っていたんだよ。あの二人の子供が『木原』じゃないなんてあり得るのかって。遺伝じゃないのはわかっているけど、それにしたって理屈に合わないんだ。科学を悪用する(カルマ)、時代と共に移り変わるそれは、今は『木原』という一族にヒモ付けられている……だというのに、何故『木原』からはみ出し者が出てしまうのか。この発想が、全ての始まりだった」

 

 視界が明滅を始める。まるで青から赤に変わる直前の信号のような、危険を告げるような変化の中で、『木原統一』の言葉が鳴り響く。

 

「おかしいのは僕じゃなくて世界の方だった。僕の中の『木原』は、存在しないアドレスを参照させられていた。そしてそれを乗り越える手段は、『先生』が残してくれていたんだ。君の記憶の中のあの人もまた、『木原』でありながらその外法へと手をつけていたようだし、間違いない。これでようやく父さんたちと同じ道を歩ける! 『科学』が僕を見てくれる!! そのためなら、どんなモノだって犠牲に出来る!!」

 

 こらえていたものが噴出したかのような、無邪気で、何処までも邪悪な笑顔だ。まさしく、『木原』の性質を体現したかのような。見るもの全ての感情を醜悪に染め上げるソレは、自身をそうは認識してはいなかった。先ほどまで彼の心に纏わりついていた良心は、何処か遠くへ行ってしまったようだった。

 

「ああ、世界が広がるのがわかる! この領域ではアイツの手は届かない……僕から『木原』を奪い、『科学』を縛り付けた代償を、いつかアイツには払ってもらわなくちゃなぁ!!」

 

 控えめに言って彼は狂っていた。その段階に到達するまでに、一体どれだけの苦悩があったのかはわからないが、それを理解したいとは絶対に思えない。先ほどまでの理性的な会話を展開していた人間と、本当に同一人物なのかと疑ってしまうくらいに彼は壊れてしまっている。直感的にという段階を超越した、前提としての脅威。そんな彼に、触れてはいけないとわかっていながら、俺はこう呟かざるを得なかった。

 

「『木原』になる……そんな事のために、お前はみんなを捨てたのかよ」

 

 そして、とうとう彼の姿も見えなくなった。何も見えない、何も聞こえない。そんな暗闇の中に一人取り残され───

 

「ああ。だから君が拾ってくれて、本当によかった」

 

 その囁きが聞こえた直後に。

 

 世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふむ」

 

 光が消え、目の前には見知った顔がいた。

 

「さっそくだけど、僕が誰だかわかるかね?」

 

 カエル顔の医者、冥土返し(ヘブンキャンセラー)。学園都市が誇るスーパー名医だ。どうやら先ほどの光は、彼がペンライトで俺の瞳孔反射を確認していたのが原因らしい。

 

 見慣れた部屋に見慣れた医者。考えなくてもわかる、ここは学園都市の病院だ。毎度の事ながら、ぼんやりと生きている実感が、じんわりと胸の内を満たしていく。

 

「……ナースを狙う二足歩行両生類」

 

「……何も罵倒しろとは言ってないね?」

 

 「記憶テストが省けてなによりだけど」と言って、彼は俺の頭を軽くペンライトで小突いた。その後、ベッドの脇に設置してあったモニターを弄り始める。

 

「ま、前回と比べれば手術は簡単だったとはいえ……君は自殺願望でもあるのかい? どうやったらあそこまで自分の身体を破壊できるのかね? 僕の所見としては、小型手榴弾でも飲み込んだのかと思ったよ。カウンセリングが必要なら、とっておきの可愛い子を紹介してあげようかね?」

 

 カエル顔の医者のそんな世間話に、俺は答えることができなかった。最悪な気分だ。体調が悪いわけでも、彼の話が不愉快なわけでもないのだが……とにかく今の俺は、談笑に応じられるような心境ではない。ただただ横目で、病室の入り口付近に注視する事しか出来なかった。

 

 カエル顔の医者もそれを察してはいるのだろう。察しておいて、あえて気づかない振りをしてくれているようだ。他愛も無い会話を続けながらキリキリと機器のダイアルを弄り、そして手元のボードに何かを書き連ねている。

 

「───よしよし、経過は良好だね? ここの入院患者の中で誰よりも健康体だ。とりあえず退院の手続きをしておくよ? 残念だけど、ここの病院食(ランチ)を食べるにはちょっと回復が早すぎたね?」

 

 そんな事を言いながら、彼は足早に立ち去ってしまった。とんとんと書類をまとめ、後ろ手に手を振りながら……スライド式のドアに背を預けている、金髪の男( 、 、 、 、)の前を何事もなかったかのように通り過ぎていった。

 

「……お前は、どっちだ?」

 

 医者が去った直後。友人だった彼の第一声は、溜息をつくような問いかけだった。部屋と廊下の境界線に立ち、怪訝そうな顔を向ける彼の有様は、その心境を映し出しているように思える。

 

「……偽者だよ。今まで『木原統一』を演じてきた、クソったれの詐欺野郎さ」

 

 別段、皮肉を言うつもりはなかった。だがその単語は、気がつけば自然と口をついて出てきてしまっていた。

 

『じゃあな、クソッたれの詐欺野郎。コイツが、偽りの友情の代償だ』

 

 あの一撃が代償と言うのなら、まだ足りない。

 

 御使堕しの実行犯よりも重い罪。友情を騙り、免罪符として振りかざしてきた罪は、未だ裁かれてはいないのだから。

 

「7月20日。ステイルに襲撃されたあの日からずっと、『木原統一』は俺だった」

 

 声が震える。建設途中の建物の土台を、丸ごと引っこ抜いてしまうような。全てを台無しにしていく感覚が、重く胸にのしかかる。

 

『初めまして上条当麻。クラスメートで、お前の寮の部屋の隣に住んでる。木原統一だ。よろしくな』

 

「俺には、限定的だが未来の知識があった。『木原統一』が関わらなかった場合の未来……それを利用して、試行錯誤して……あの日以降、俺は『木原統一』を演じ続けた……自分に関する未来はさっぱりで、ヘマばっかりしてたけどな」

 

『……お前は一体何だ?』

『それ昨日も言ってなかったか? 木原統一。学生。お前と同じく上条当麻の隣人。以上』

 

「お前も、上条も……布束も。みんなを騙し続けてきた」

 

『……統一君?』

『……久しぶり』

 

「だから……俺は……」

 

 その先を、俺は言葉に出来ずに。ただじっと目を閉じ、拳を握って、裁定が下るのを待つ事しかできなかった。

 

「本物か偽者か……それに関して、俺が言える事は何もない」

 

 つかの間の沈黙。大きく息を吸い込み、そして。土御門元春は吐き捨てるようにこう告げた。

 

「お前が裏だとすると、そもそも俺は表の『木原統一』に本性を見せた事はない。アイツの前では俺はただの『クラスメート』だったからな。イギリス清教の魔術師としての顔を見せたのは、お前が初めてという事になる。その他大勢に関しても同様だ……最愛の人を騙している事実ですら、俺に責める権利はない」

 

 諜報員(スパイ)。世界を2分する勢力の狭間で、その衝突を避けるために奔走する英雄(ヒーロー)。目的のためなら手段を選ばず、どれだけボロボロになろうとも全てを騙し続け、どれだけ傷だらけになろうとも、最愛の人の笑顔を絶対に守りきる。それが、土御門元春の生き様だった。

 

 故に、責める権利はないと。土御門はそう告げた。

 そしてそんな理屈に、俺は納得できるわけがなかった。

 

「違うだろ……自分のためにみんなを騙し続ける俺と、みんなのために自分を殺し続けてるお前は同じじゃない。そんなの、警察と犯罪者くらい違うじゃねえか」

 

「……いいや。案外、その二つは同じようなもんだぜい」

 

 廊下へと一歩踏み出し、土御門は背を向ける。支えを失ったドアがゆっくりと閉じられる中で、彼は最後にこう言い残した。

 

「他の奴らがどう思うかは、わからないがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音もなく閉じた扉に背を預け、土御門はふと溜息をついた。

 

(カミやんの実家跡地で見つかった儀式場の残骸……上条刀夜、そして上条詩菜の証言通りなら、今回の事件は……)

 

 偶然(奇跡)の産物。にわかには信じがたい結論に、土御門は頭を抱えた。こんな説を信じるのなら、何処にいるかもわからない黒幕を追い掛けまわした方がまだマシというものだ。だが何年にもわたり、上条刀夜が蒐集してきたお土産の内容と、儀式場の残骸は全てが一致してしまっている。その配置も、上条夫妻の証言から再現される範囲で、偶然にも魔術的な記号を内包していることを確認出来た。間違いなく儀式場自体は、上条刀夜がその手で組み上げた物に間違いない。

 

(木原統一がインデックスと知り合ったのは一ヶ月前。だが木原統一が黒幕なら、少なくとも3年前から上条刀夜を操り、儀式場を構成し始めなければならない事になる……つまり、少なくともアイツの潔白は確定的……結局俺は、足を引っ張っていただけの道化って事か……ッ!)

 

 割れるように拳を握り込み、唇を噛んだ。これまで自分がヘマをしなかったとは言わない。だがここまでの失態はやった事がない。たとえあの女に操られていたとしても、それは言い訳にはならないのだ。

 

(あの女の性格や手口は、十分に把握しているはずだった……つい先日も、騙されていたステイルや神裂を見ていたというのに……)

 

 結局はそう思わされていただけ。ローラ=スチュアートにとってみれば土御門元春という人物もまた、いざという時に顎で使える便利な駒でしかなかった。アレの思惑を読み切れているという考え自体が傲慢で、その傲慢ささえもあの女の計算通り。

 

(いや、だがそうなると……まさか、そもそもアイツに予言を強制させた所から……? イギリス清教への任用から全て仕組まれていた可能性は……)

 

 思考の海に飛び込みかけた所で、土御門は首を振った。事の真相はいつか暴くにしても、今はやるべき事がある。

 

「……話は、聞いていた通りだ」

 

 土御門の声に、ピクリと反応する影が二つ。病室の入り口、その両脇で。動けなくなっていた者たちがいた。

 

 一人は、学生服を纏ったツンツン頭の少年。

 一人は、白衣を纏った……涙を流している少女。

 

 別段、彼らは土御門が呼び寄せたわけではない。各々が木原統一の病室を訪ね、そして土御門が先に来ていたから順番を守っていただけに過ぎない。

 

 だが彼らは聞いてしまっていた。木原統一の、最大級の罪の告白を。

 

「アイツを訪ねてきたのならやめておいた方がいい。今のアイツに、お前達と話せるだけの余裕はないだろうからな」

 

 その一言を聞いて、白衣の少女は足早に立ち去った。その目に光る涙の意味はわからない。だが、木原統一と彼女の間に、何か致命的な隔たりが出来てしまったことは確かだろう。

 

 そしてツンツン頭の少年もまた背を向けた。未だダメージの残る身体を若干ひきずりながら、ゆっくりとその場を離れていく。そんな彼の姿に、土御門は違和感を覚えた。

 

「……どうしたんだカミやん? いつものカミやんなら、俺のこんな忠告を無視して病室に飛び込んで、木原っちに発破をかけるところだぜい? 本物だろうと偽者だろうと関係ない! ぐらいの事は言ってくれると思ってたんだがにゃー?」

 

 実の所、土御門自身もその言葉を期待していた。だが、土御門の予想に反し上条当麻の反応は鈍い。そして彼が漂う雰囲気が尋常ではない事に、土御門は今さらながらに気がついた。

 

「……俺には出来ない」

 

 ひっそりと告げられたその言葉に、土御門は眉をひそめた。何かがおかしい。自分の知る上条当麻は、こんな弱弱しい言葉を吐くような人物だったろうか。ほんの1時間前に木原統一の冤罪について、「気のせいだったにゃー」とぶっちゃけた自分をぶん殴った男は一体何処に行った?

 

「……カミやん?」

 

 何も語らず、上条は去っていく。一瞬、後を追って問いただしたい衝動に駆られた土御門だったが、行動には起こさなかった。上条の虚しそうな背中が、何も聞かないでくれと暗に告げていたのだ。

 

 土御門は知る由もなかった。上条当麻の抱える問題を。最愛の人を騙し続けるという業を、彼もまた背負っているという事実を。

 

(やれやれ……一難去ってまた一難……どこから手をつけるべきなのかにゃー)

 

 御使堕し騒動の収拾。及びイギリス清教への正式な報告はまだ手をつけていない。なによりも神裂火織への釈明が未だ済んでおらず、木原統一の頭をぶち抜いた件を、どう説明すれば殺されずに済むかも不明。燃え尽きた上条家をどうするのかもまったく考えていない状態である。ちなみに神裂には、インデックスをファミレスに連れ出すという任務に就かせている。つまりアレの胃袋が満タンになった時が、土御門の命の刻限となるだろう。

 

 本来であれば、こんな所で拘泥している場合ではない。優先順位をつけ、すぐにでも動くべきなのだ。それでも……土御門は、少女が走り去ってしまった廊下を見遣った。それは、いつか自分に訪れる光景なのかもしれない。裏切られた、見損なったと糾弾されて、自分の下から立ち去ってしまうかもしれないと。先ほどの光景が舞夏にすり替わり、身を裂かれるような思いが心を侵食していく。

 

「はぁ……まいったにゃー」

 

 思わずそんな言葉が出た。本当に、自分は何処までアイツを気にかけてやらなくてはならないのか。借りがあるとしても、コレは本来自分がやるべき仕事ではない。別に誰に強制されているわけでもない。新学期から知り合った本人でもなく、出会ったのが一ヶ月前の馬鹿野郎だというのに。そんなヤツを助けたいと思ってしまう理由はたった一つしかなくて。そんな理由に振り回されている自分もまた特大の馬鹿野郎だと、土御門は自嘲気味に笑ってしまっていた。

 

 彼は携帯を取り出し、とある番号へと連絡を取った。

 

『直接かけてくるとは珍しいですね、とミサカは驚きを隠さずに報告します。何かあったのでしょうか?』

 

「ああ、緊急だ。お前は今何処にいる?」

 

『ミサカの現在地は第7学区の……いえ、なるほど。と、ミサカは察しの良さをアピールします。もしや前回の時と同じ、言うべき事を言わなかった彼をぶちのめす役割を与えていただけるのでしょうか、とミサカはミサカの雇い主の涙を遠目に見ながら尋ねます。ちなみに現在位置は病院一階のロビーです』

 

「……まぁ、最悪の場合はそうなるか。ひとまず布束砥信はそこに足止めしておけ。俺も後から合流する」

 

『了解しました、とミサカは久しぶりのミッションに不謹慎ながらも期待を込めて返答します』

 

 友のために。そしてなにより、こんなクソったれの結末をひっくり返すために。パチンと携帯を閉じた土御門は、挑戦的な笑みを浮かべてこう宣言した。

 

「さーて……木原っち。銃弾一発分くらいの仕事はしといてやる。これでどう転ぶかはお前次第だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『できることなら、もうここには来ないような工夫をして欲しいね?』

 

 ロビーで冥土帰しにそんな事を言われながら、俺は病院を後にした。

 

 第七学区。見慣れた学園都市の街並みが、目の前一杯に広がっている。時間帯はお昼頃で、その辺りの飲食店は学生で一杯だった。夏休みも終盤に差し掛かり、今のうちに稼いでおこうという店の執念。そしてもうすぐ夏休みが終わってしまう現実を忘れるための、学生たちの熱狂が融合を果たした結果なのか。客も店も一体となって、ちょっとしたパーティーの如き、異様な大盛り上がりを展開していた。

 

 ……しばらく歩くと、喧騒や交通量の多い場所を抜けて、住宅街に辿り着いた。マンション下にはこぢんまりとした広場がいくつかあるのだが、現在時刻がお昼時なのもあって子供の数はまばらだ。遊具も特に大したものがないためか、人が減り始めると皆次から次へと帰宅を始めていた。

 

 …………途中で、俺がステイルに襲われた広場の前を通った。ベンチと柵が一部新品になっている。どうやらステイルに燃やされた箇所は修復が終わったようで、トレーニングウェアを着た女性が腰掛け、その膝に一匹の犬が頭を乗せて気持ち良さそうに横たわっていた。

 

 ………………しばらくして、ようやく目的地が見えてきた。俺や上条、そして土御門が住んでいる学生寮だ。道中幾つかの建物が消え、更地になっているのは驚いたものの。そういえば木原病理の襲撃という妖怪大戦争(ビッグイベント)があったなと、今さらながらに思い出した。こんな心境でなければ、どこからあの妖怪が飛び出してくるかと震えながら歩いていたはずだ。

 

(ああ……やっぱり。もうダメだ)

 

 何を見ても、何処に居ても。俺の目には、世界が灰色に映ってしまっていた。自分が偽者であると認識してしまったせいか、あるいは本物の存在を知ってしまったからなのか。自分は所詮異物でしかないという前提が、心の中心に深く突き刺さっているのがわかってしまう。

 

 『自分』と『周囲』のフォーマットが違う。

 いくら目指しても、俺はもう『本物』にはなれない。

 

 そこまで自覚しておいて……では何故自分は存在しているのか。答えは簡単だ。あの時、アイツの右手を取らなかった。我が身可愛さに、この世界に居続ける事を選んでしまったのだ。友と、親と……そして恋人。この名前と姿で得た彼らとの縁が手放せなかった。

 

(馬鹿だよな……偽者だと糾弾されて、失望されるのがオチだっていうのに。絵画を描く者では……絵画の中には入れない、だったか。ああ、本当にその通りだなクソったれ)

 

 のろのろと階段を上がり、『木原統一』という表札のついた部屋の前まで辿り着いた。勝手知ったる他人の家、だ。何をするべきかも定まらず、本能のままに歩いてここまで辿り着いてしまった。

 

(あれ、鍵が掛かってない? あー、そうか。閉めずに出たんだっけ……なんつー無用心な……まぁいいか。この際、泥棒でも強盗でも入ってくれてれば、少しは気が紛れるってもんだ)

 

「ただいまー……なんちゃってな」

 

「おかえりなさい」

 

 

 

 ………………?

 

 思わず仰け反り、部屋の表札を確認した。間違いなく『木原統一』と書いてある。その隣には『上条当麻』の名前もある。

 

(……気のせいか?)

 

 すぐには部屋に入らず、入り口から内部を観察する。部屋の構造上、玄関からベランダまではほぼ一直線に丸見えだ。ついでにキッチンの一部も見える。とりあえず人の姿はない……ついでに言えば玄関には誰の靴も置いていない。

 

(女性……っていうか布束の声だったような。いや、アイツはフェブリの調整で学園都市にいるわけがないし……やっぱり気のせいかな。もしかしたら、他の部屋の声だったのかも。なんとなく声も小さかったし)

 

 そんな希望的観測の元に、靴を脱ぎ小走りで部屋の中へ。死角になっていたベッド周辺を確認するもやはり誰もいない。自分の心配が杞憂だったとわかり、そして布束の声を幻聴で聞いてしまった意味を考え、若干恥ずかしくなりながら、俺は溜息をついた。

 

「おかえりなさい、統一君」

 

 そして、エプロン姿の布束砥信がひょっこりと、台所から顔を出した瞬間に。驚きのあまり俺は盛大にすっ転んだ。

 

 泥棒やら強盗など目ではない。とんでもない訪問者がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………気まずい)

 

 色々あって現在、俺はテーブルの前にあぐらをかいて座っていた。台所では我が家への侵入者が、なにやら真剣な顔で料理をしている。漂う匂いやら雰囲気、そして彼女の表情的にどう見ても黒魔術にしか見えないのだが……彼女曰く"料理"だそうだ。まぁそこにはあえて何も触れないでおこう。

 

 さて……無論だが、俺はあの後何も無しにこの状態に収まったわけではない。当初俺は、あまりのワケのわからなさに、彼女を問い詰めようと台所に足を踏み入れた。瞬間、布束から凄まじい威力で蹴り出され、ここに座っているように命じられたのだ。

 

 納得できるかと詰め寄ると、今度はフライパンで顔面を殴打され、「女の子が料理中の台所に入るのは、その子の着替えを覗く様なものよ」と言われた。正直意味がわからないが、これ以上言うとフライパンを超えた一撃が見舞われそうだと悟り、ここに至るのである。

 

「……あのー、何でこんなとこに居るんです?」

 

「あら、彼女が彼氏の部屋にいるのがそんなに不思議かしら?」

 

 "彼女"と言われ、チクリと胸が痛んだ。自分の罪をさっさと告白してしまいたいという衝動に駆られるが、流石にそれは台所を挟んで気軽にするようなものではない。だがこの状況から、そういう真面目な話が出来そうな雰囲気へはどうやって持って行ったらいいのだろう?

 

「いや、そういう事ではなく……まぁ、この部屋にいるのも十分に不思議(ファンタジー)なんだけど。何で学園都市に? フェブリとジャーニーの調整で外国にいたはずじゃ?」

 

「貴方が入院したと聞いて、急いで飛んできたのよ」

 

「……その話は誰から?」

 

「貴方のお友達の、サングラスの彼よ」

 

(土御門……! あの野郎、何してくれちゃってんの!?)

 

 と、先ほど気まずい雰囲気で別れたにゃーにゃー陰陽師に、心の中で拳を振り下ろそうとしたのだが。

 

(……いやでもまぁ、これはこれで結果オーライか。携帯は色々あって粉々にされちまったから、布束との連絡手段が無かったんだよな。俺の事を伝えるタイミングとしては、今がベストだろうし)

 

 木原病理の襲撃の際に。駆動鎧の一撃によって、俺の携帯は機能の停止と引き換えに薄型化を果たした。買って一ヶ月も経ってない物だったんだけどな。次に購入する際は、耐久性の高いモノを買うとしよう。

 

(別れ話……になるんだよな、やっぱ。どういう順序で伝えるのが正解だ? ……そもそも、伝えるのが正解なのか?)

 

 不意に考え付いた疑問を、俺は自分の頭を殴りつける事で追い払った。俺が抱える問題は、上条や土御門とは質が違う。俺の場合は同一人物ではなく別人なのだから。100歩譲って友人やクラスメートには黙っていたとしても、恋人なんていう関係性を持った人には伝えるのが筋だろう。

 

(布束が傷つかない伝え方……そんなものがあるのか? いや、無くても作るしかない。考えろ……)

 

「……百面相で忙しい中悪いのだけど。出来たわよ」

 

「え? お、おう……」

 

 ゴトリ、と目の前のテーブルに鍋が置かれた。立ち昇る湯気は若干の緑色に染まっており、それなのに鍋の中身はどぎつい紫色だ。そして匂いは料理というより、どちらかと言えば薬品に近い。病院で嗅いだ事のあるような香りである。

 

(……まぁ、あれだ。別れ話を切り出すとしたら、やっぱコレを食う前だよな)

 

 利害、という身も蓋もない比喩を使うのなら。手料理を食べてからの別れ話は、無銭飲食に近い卑怯さがある。込められた愛への対価を俺は持ち合わせていないのだ。なのでこの未元物(ダークマ)……じゃなかった。手料理は、俺には食べる資格がない。

 

「布束さん……お話があります」

 

「何かしら、統一君に似た誰かさん」

 

「…………」

 

 世界が凍りついた。いや、凍りついたのは俺の思考だ。

 何故だ? 何故その言葉が、彼女の口から出てきたのだ?

 

「貴方と、あのサングラスの彼が話している時に。私は病室の入り口に居たの。私と……あと、もう一人いたわね。刺々しい髪型の男の人が」

 

 ……それはおそらく上条だろう。なんてこった。あの会話を聞かれていたなんて……罪を告白する前に知られてしまうというのは、一番あってはならない事じゃないだろうか?

 

「話を聞いた時は、とにかく悲しかった。どうしていいかも分からずに、惨めに泣き続けたの。その後、散々泣いてすっきりした私の所に、サングラスの彼がやってきて……」

 

 え? 土御門? あいつ何やってんだ?

 

「それで……まぁ色々あって。コレを作りに来たのよ」

 

 ちょっと待て。いや、待って下さい。話の流れが分からないのは俺が馬鹿だからか? その『色々あって』の部分がさっぱりわからん。どう話が転んだら手料理を作りに来る話になるんだ?

 

「私……実は料理が下手なのよ。昔から致命的に」

 

 下手……なるほど。目の前のコレの完成度は承知の上だったのか。

 

「でも私は『統一君』に会うたびに、自分は料理が上手いんだって嘘をついた。However、その嘘がばれることはなかったのだけれど。またこうして出会ってしまった以上、この嘘はいつかばれると思っていたわ」

 

「……」

 

「貴方と二度目に再会した時。私は貴方に、とても酷い事を言ってしまったでしょう? 貴方を関わらせたくなかったからつい口に出してしまった……というのは本当なのだけど。でもそれだけじゃない。あんな実験に私が加担してるって事を、貴方に知られていたのがショックだったのよ。恥ずかしくて、気まずくて、貴方から距離を置きたくなって。あんな、心にもない事を言ってしまったの」

 

 科学から逃げた者……だったか。俺の中身、本物の木原統一に向ける嫌味としては最大級の言葉だろう。あの時の彼女の拒絶の表情の裏には、そんな背景があったのか。

 

「私だって、貴方にたくさん嘘をついたわ。自分に都合のいいように色々とね。だからお互い様……貴方が私を許してくれるなら、私も貴方の嘘を許したいと思ってる」

 

「いや……それは、その……」

 

 予想外の展開だった。彼女はあろうことか、俺が自らを追い込めないように、言葉巧みに自分を盾として滑り込ませたのだ。お互い様とは言うが、俺の嘘と布束の嘘はまったく釣り合わな───

 

「……だめ?」

 

「だめじゃないです」

 

 上目遣いでそんな事をのたまう彼女に、俺は即答した。こんなの絶対無理だろ……ここで許さないなんて選択肢を繰り出せるやつがいるのか? 少なくとも俺には無理だ。

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ。その……違うんだ。違うんだよ前提が。たぶん布束は勘違いしているだろうけどさ。俺が『木原統一』じゃないってのは、人格の分裂とかそういうモノとはわけが違うんだ。まったくの『別人』が、『木原統一』の身体を動かしているのと同じと言うか……」

 

 と言っても、入れ替わる前の俺は木原統一とほぼそっくりだったけど。それとは関係無しに、この世界の『木原統一』は、俺とは違う存在なのは確かだ。

 

「……それで?」

 

「それでって……いやだから。布束が好きになった『木原統一』は───

 

「勘違いしないで。好きになったのは、私を命がけで助けてくれた貴方よ」

 

 俺の懸命な主張は、彼女のそんな言葉で掻き消えた。

 

「たしかに、『彼』との思い出は私にとっての宝物。あの日、あの時、私はあの少年に淡い恋心を抱いていた……それは事実」

 

 手を胸に押し当てて、彼女はそっと目を閉じた。まるで大切な何かをそっと押し抱くように。

 

「それでも、たったそれだけなのよ。人は変わる、変わってしまう。私だってもう、あの頃のように純粋じゃない。この手は血みどろで、拭いきれない程の罪を犯してしまっていて……この街の闇に沈んでいくしかないと思っていた私を、地獄の底から引きずり上げてくれたのは貴方なの。学習装置(テスタメント)を被って、笑い合っていた彼じゃない」

 

 この時の俺の感情は、なんとも形容し難いものだった。ただ、目に見える変化がたった一つ。

 

 景色に、色がついた。

 

「こんな私を……貴方が好きだといってくれるのなら。罪に汚れた私を貴方が愛してくれるのなら。私も……貴方を愛したいと思ってる」

 

 言葉が出なかった。気がつけば、色が付いた景色はキラキラと輝き、そして……滲んでいた。

 

 もう限界だった。これ以上先は、おそらく声も出ないだろう。だから声が出る今のうちに、言うべき事を言っておきたい。

 

「……ありがとう」

 

 情けない事に、俺はこの後ただただ泣くことしか出来なくて。

 

 布束は何も言わず、じっと側にいてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、それで。ミサカの出番はあるのでしょうか、とミサカは新しく買ったグローブを嵌めながらダメ元でお尋ねします」

 

「いや……その必要は無いな」

 

 カチャリ、と土御門元春は双眼鏡とイヤホンを取り外し、そう呟いた。土御門とミサカ9982号は、木原統一の部屋に仕掛けた盗聴器を聞きながら、向かいのマンションの屋上から彼の部屋を覗き込んでいたのだ。二人の様子次第では突入し、今度は木原統一を叱咤激励(物理)しようと画策していたのだが、土御門の見た限りではその必要はなさそうだ。

 

「なるほど、少し残念ですが当然ですね。あの方を焚きつける時の師匠の巧みな手口……ミサカも早くその領域に到達したいものです、とミサカは自らの上昇志向をアピールします」

 

「やめておけ。こんなのは身に付けたって碌な事がないぞ」

 

「そうですか……とても便利だと思うのですが……」

 

 しょんぼりする弟子(?)にやれやれと首を振りながら、土御門は立ち上がった。

 

「さて、借りも返したところで、ようやく本題に入れる」

 

「本題、ですか? とミサカは予想外の展開に驚きを隠せません。まさかこれ以上があるのですか……と、ミサカは頬を赤らめながらお尋ねします」

 

 実の所、ミサカ9982号の頬はまったく赤くなっていないのだが。それを指摘するのは野暮だと判断し、土御門は話を続けた。

 

「そもそもの始まり……木原っちがああなっちまった謎。それを明らかにするのが本題だ」

 

「面白いですねー、その話。もっとよく聞かせて下さい」

 

 ガチャリ、と金属の擦れ合う音が、二人の背後で鳴り響く。その音の正体に行き当たった彼らは硬直し、思わず身体を強張らせた。

 

「あの子の部屋から盗聴目的の電波が出てましたので、怪しく思って来てみれば……小バエが2匹ですか。これはなかなかの収穫ですねー」

 

 ゆっくりと、土御門とミサカ9982号は振り向いた。するとそこには、車椅子に腰掛けた病弱そうな女性が一人。

 

「ああ、逃げようとか反撃しようだとか……そういう面倒な事は『諦めて』くださいね。人の形を保っていたければの話ですが」

 

 そしてその車椅子の両サイドから、ショットガンのような形状の金属の筒が複数本。二人の顔面へと一直線に突きつけられている。その犯人は目元を暗黒に曇らせながら、くすくすと嘲笑っていた。

 

「お前、は……」

 

 確証は無い。だが土御門はなんとなく、その女性の不吉さに、学園都市行きの超音速旅客機での一コマを思い出していた。あんな凶兆を感じさせる女性などそうはいない。あの時はお団子頭の可愛らしい女の子だったが、目の前の女性はその女の子と雰囲気があまりにも一致していた。

 

 そして次の瞬間。その推測が正しい事の証明が、のんびりとこちらに歩いてきた。

 

「おいおい、殺すなよ? あのガキに付きまとう奴は、組織もひっくるめて全員潰しときてぇからな。ここで切っちまうと根元まで辿れねえじゃねえか」

 

 顔面に刺青の入った、白衣の男。その男の顔は、土御門は見た事があった。以前のいざこざの際に、資料として上がっていた人物。ステイルと木原統一との衝突の際に、その前哨戦を務め上げたという要注意人物だ。

 

「木原、数多?」

 

「お。俺の名前を知ってんのか……面白えなー、コイツは期待できそうだ……あん?」

 

 にやついていた木原数多の顔つきが変わった。その目線の先は、土御門のすぐ隣に向けられている。

 

「お前……あのガキの能力テストをする時に、一緒にいた個体だな? 何やってんだ? こんなとこで」

 

「ミ、ミサカの事を言っているのでしょうか? と、ミサカは驚愕に打ち震えます。ミサカ達の見分けなどつくはずが……」

 

「コツがあんだよ。コツが……で、お前は何やってんだって聞いてんだが?」

 

「ミサカは、ミサカは……」

 

 ぶるぶると震えながら、彼女は土御門を見た。この状況下では、土御門も出来ることは少ない。今は彼らを逆上させないように振舞うのが最善だろう。コクリ、と彼は頷く事で応対した。だが───

 

「ミサカは……愛のキューピッドをやっているのです!」

 

 想像の遥か斜め上を行く回答が、ミサカ9982号の口から炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで……これから貴方の事は、何て呼べばいいのかしら?」

 

 やっとこさ涙も枯れてきて。ようやく落ち着いたところに、彼女からこんな質問が飛んで来た。

 

「……これまで通り、木原統一でいいよ。俺は彼とは別人だけど、この世界では間違いなく木原統一になっちゃってるわけだし」

 

「……それじゃ、統一君。一つ質問があるのだけれど」

 

 そう言うと、彼女は携帯の画面を突きつけて、こう言い放った。

 

「この女は誰かしら?」

 

 …………うん? これは、ヘリの中の……俺、と神裂か?

 

「これを何処で?」

 

「貴方のお友達からね、送られてきたのよ」

 

 はぁ、なるほど……なるほど? いや、まったくわけがわからんな。ウィンザー城に向かう途中の写真なのはわかるのだが。何でこんなモノを土御門が送るんだ?

 

「えーと……友達かな、うん」

 

 そういった瞬間、布束は画面の中央をタップした。すると画像が動き始めて……あ、なーんだ。画像じゃなくて動画だったのか。あっはっはっはっは………は?

 

「そう、お友達ね……お友達にしては、とっても仲が良さそうに見えるのだけれど」

 

 映像がするすると動き、あっという間に問題のシーンへと到達。おれがつんのめって、神裂の逆鱗に触れる(物理)までが。無駄に鮮やかに映し出されていた。そして性質の悪いことに……おそらく揺れ動くヘリに備え付けられたカメラのせいだろうか。まるで俺が神裂を押し倒したかのような形で、映像は撮られていたのだ。

 

「………………いや、コレは事故なんだ」

 

「そう、じゃあこれから起こる事も事故ね」

 

 

 

 

 

 

 

 その後の事は筆舌にし難く。まぁ、その。断片的に表現するならば。

 

 手錠、そして。

 

「恥ずかしい思い出はそれ以上の、恥ずかしい思い出で上書きしなさい」……だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 と言う事で、もやっと四章終了でこざいます。
 怪物のように手強い章でした……ええ、本当にもう何度駄目かと思ったことか。

 ほぼ月一という亀更新の中、辛抱強く追って下さった読者様には感謝を。叱咤、激励、評価などなど……返信は未だ出来ておりませんが、頂いたものは全て目を通しております。応援は執筆のエネルギーに変わり、厳しいお言葉も新しい視点を得るための手段としてとてもありがたかったです。皆様ありがとうございました。

 ……と、なんとなく最終回のような雰囲気ですが、申し訳ないですが続きます。新章に入る前に茶番を挟む予定です。できれば……今度こそはまとめて更新が出来たらなぁと思っているので、その際はまたよろしくお願いします。


 それでは、ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました!

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