とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 2つ番外を挟んで五章へ

 そしてすいません……今後の登場もほぼ無しというのは大嘘でした。





 


EX4 
065 福音告げる黄金の陽射し


 

 

 

 

 

 

 

 イギリスの処刑(ロンドン)塔は、国内でも指折りの観光名所である。

 

 身分の高い政治犯や戦争時に捕らえた捕虜など。無数の罪人を拘束、処刑してきた歴史を持つ、いかにも『呪われた』と称されそうな施設であるのだが。戦争も終わり、人々がその痛みを忘れた頃に何をとち狂ったのか世界遺産へと登録を果たし、現在では大量の観光客を引き寄せるイギリスの広告塔へと変貌していた。

 

 内部には大量の歴史的展示物や、世界最大級のダイヤモンド等が並べられ。かつては不吉の象徴だった腐肉を食らうワタリガラスでさえ、画像ファイルとして観光客の携帯(思い出)へと保存されていく。今では彼らの面倒を見るために、騎士派のハズレくじを引いた不幸者が飼育係り(レイヴンマスター)として派遣される始末である。

 

(呑気だな……こんな、厚化粧で男を悦ばせる売女みてえな商売が、何でこうも続いてるんだか)

 

 観光客でひしめく正面玄関を素通りしながら、魔術師シェリー=クロムウェルはそっと溜息をつく。イギリス清教に所属する彼女の専門は暗号解読であり、その性質上この施設にはあまり縁がなかった。訪れるのは初めてではないが、こうして歳を取るとこうも印象が変わるものなのかと、嘆息せざるを得ない。

 

(まぁ……あの時は、一人じゃなかったってのもあるか)

 

 一瞬、ありし日の光景に思いを馳せながら。彼女は陽だまりから影へと足を踏み入れる。決して表の観光客(かれら)には気づけない、この処刑塔の闇の部分。その成り立ちを鑑みれば、この空間こそが本道と言っても差し支えない場所へと。

 

 既に廃れたとされる、処刑塔としての本来の役割。それは密かに、現代でも続くものだったのだ。

 

 暗くじめじめとした石造りの通路を、等間隔で設置されたランプの火を頼りに進む。今なお用いられる幽閉の牢。その中でも最下層の、比較的軽い罪を犯した者たちが閉じ込められているここでさえ、表の輝きとはかけ離れた陰鬱とした雰囲気を漂わせていた。

 

 いくつかの牢屋を通り過ぎ、彼女はとある牢の前で足を止めた。牢の主は不審そうに顔を上げ、シェリーの顔を捉えた瞬間に驚愕の表情へと彩られる。

 

「君は……何故、ここに?」

 

 牢へと入れられたのは僅か二日前。虜囚としては一番の新参であるにも関わらず、その男の様相は酷い有様だった。城を守護する騎士としての面影はなく、残飯を漁るホームレスと言われても通用する段階まで、彼は消耗しきっている。その原因はおそらくここでの拷問ではなく、彼自身が抱く罪悪感による自縄自縛なのだろうと、シェリーはなんとなしに察していた。

 

 かつて、シェリーの親友を討った騎士派の一人。一命を取り留めウィンザー城の騒動が収まった頃に、律儀にも自分から犯行を自白し、自分からこの処刑塔に入居した男がここにいた。

 

「酷え格好だな。誇り高い騎士様とやらも、こんな臭え穴倉の中じゃ3日も持たねぇか?」

 

「……もはや俺に、誇りなどない。国よりも私情を優先した者に、騎士たる資格はないのだから」

 

「はっ、何を嘆いているんだか。あんなクソったれの騎士道から脱線したくらいで、そこまで落ちぶれる心情なんざ、私には理解できないね」

 

 蔑むような目を向けるシェリーに対して、男は安堵の表情を浮かべる。長年背負ってきた罪、それに見合う刑罰とも呼ぶべき扱いに、ほんの僅かに安らぎを見出していたのだ。

 

 決して返しきれない借金が、ようやく僅かに減り出したと。そして……もしかすると。

 

「……ああ、君にとってはそうだろう。だが俺は、その騎士道に追い縋って、ここまで生きながらえてきた。自分のやった事は正しい事だったと思い込む事でしか、生きる術を知らなかった……だから」

 

 男の目に光が戻る。長く暗い道のりの果てに、終焉(福音)を告げる使者がやってきた事を察したのだ。騎士に憧れた人生と、血に塗れた半生。その幕を下すに相応しい処刑人の訪問に、男は心の底から感謝した。

 

「死んだも同然なこの俺を、君が終わらせてくれると言うのなら。これほど幸福な事はない」

 

 そう言って、男は目を閉じた。

 

 そんな彼を、シェリーは冷たい眼差しで睨み続けていた。

 

 何秒、何十秒。永遠にも感じられる静寂がその場を支配し、そして───

 

「………エリス」

 

 失われた友の名と共に、彼女の決意の象徴は、罪人の牢へと一直線に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリス、バッキンガム宮殿。国の象徴たる女王の住処にて、その家主はふんぞり返りながら天井を仰ぎ見ていた。どこぞの英国最強騎士が見れば卒倒しそうな光景だが、生憎と彼は療養中のために不在である。

 

「それで……御使堕し(エンゼルフォール)が起きた要因はまったくの『偶然』であったと。本当にコレがイギリス清教の最終見解でいいのだな?」

 

『ええ。部下からの報告では、そのような結論を出さざるを得ずの事よ。女王(クイーン)

 

「……ふむ」

 

 右手には簡易的な通信術式が組み込まれた栞が握られており、ふざけた日本語でのふざけた事後報告が送られてきている。はてさてどうしたものかと、女王はソレをぴらぴらとうちわ代わりにしながら思考を泳がせた。

 

「どう思う、リメエア?」

 

 眉をひそめながら、英国女王(エリザード)は同じ部屋にいる自分の娘に話を振る。しっとりとした黒髪の女性は、読んでいた雑誌から目も離さずに淡々と答えた。

 

「一見してあり得ないような話ですが……存外、真実かもしれませんね。嘘を吐くにしても、もう少しマシな言い分があるでしょうし。隠蔽工作に余程の自信が無ければ、こんな筋書きは出てこないでしょう」

 

「しかしなぁ。アイツは結構、平気な顔でトンでもない嘘を吐く奴だ。お前のその思考が、逆手に取られている可能性もあるだろう?」

 

「無論、裏は取りますよ。『偶然』なんていう嘘は、人為的な痕跡が少しでもアレば崩れます」

 

『……コホン』

 

 なにやらわざとらしい咳が聞こえたが、雑誌を読みふける彼女には届かず。そしてそれに続くように、テーブルを挟んで反対側のソファーに座る赤いドレスの女性は、金髪の髪をくるくると指で弄びながら言葉を継いだ。

 

「ま、もし嘘だった場合は、聖ジョージ大聖堂にミサイルでもなんでもぶちかましてやれば片がつくし」

 

『ゴホンゴホン!』

 

「えっと……流石にそれは問題発言だと思うんですけど……相手は仮にも( 、 、 、)清教派のトップなんですよ?」

 

 そして、英国女王から最も離れた席に座る最年少の少女は、消え入りそうな声でそう呟いた。

 

『……ぐすん』

 

「そこまでにしておけよお前達。なんとなくだが、涙目になってる奴の姿が目に浮かぶようだ」

 

 三者三様に、辛辣な言葉を告げる彼女達に呆れながら、エリザードはそう言った。

 

「まぁ、内側への対応策はこれくらいにして。対外的にはやはり、魔術結社に罪を擦り付ける方向で問題は無さそうですね。本当に『偶然』なのであれば、いくら無罪を主張されようとも証明は不可能でしょう」

 

「……というか、そろそろドッキリ大成功の札を出してもいい頃合いだし。私はいつまで身構えていればいいんだ? 私が知らない間に世界が滅びかけてたなんて、何の冗談だし」

 

「ご、護衛の騎士団長(ナイトリーダー)の姿が見えませんし、もしかしたら彼が札を持っているのかもしれませんね、姉さん」

 

「だったら早く出てこい。今ならちゃんと驚いてやるぞ?」

 

 鼻で小馬鹿にしたような表情を浮かべる次女と、私も頑張るぞオーラを出し始める三女。真実を知りながら止める気などさらさらない長女を見て、エリザードは頭を抱えた。

 

「……はぁ。信じて貰えんのは、私も一緒か」

 

『……信じて貰わねば困るのだけれど。というかミサイルはマジやめて』

 

 そして数分後。ミイラ男のような姿の騎士団長が出現し、事態はさらに混迷を極めることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まったく、急に呼び出されてみれば何なんだ一体。毎度の事ながら、母上は危機感が足りなさ過ぎるし!)

 

 カツカツと小気味良くハイヒールを鳴らしながら、第二王女キャーリサは長い長いバッキンガム宮殿の廊下を歩いていた。先ほどの報告会の結果を受け、その表情は芳しくない。彼女の象徴たる紅蓮のドレスは今や、その怒りの炎を体現しているようにも見受けられる。先ほどから道行く先ですれ違う侍女(メイド)や騎士が、その様相を見るや否や一瞬で壁と一体化するように脇へと控える様から見ても、その火力は推して知るべしと言うところだろう。

 

(ちょっと話がある、と言われて来たはずなんだがな。騎士団長他数名が学園都市の能力者とイギリス清教の聖人とウィンザー城でガチンコバトルを繰り広げた挙句に敗北。こちらの霊装を徹底的に解析され、ついでに世界は滅びかけましただと!?)

 

 ドアの耐久値ギリギリの威力でもって、キャーリサはとある会議室のドアをぶち開けた。流石はバッキンガム宮殿と言うべきか、こういう部屋には事欠かない。『会議室』というだけで10進法では両手で数えられないほどの数を要しており、その使用頻度は女王の胸先三寸。一体どの部屋に盗聴器を仕掛けたらよいのか、他国のスパイやマスコミが頭を悩ませているらしいという冗談が、まことしやかに囁かれる始末である。

 

 キャーリサを出迎えたのは、その殆どの家具や機材が数度使用されただけで放置されているにも関わらず、さながら不動産の用意したモデルルームのように保たれた美しい部屋……当然と言うべきか、実際に頭を悩ませているのはマスコミなどではなく、この馬鹿デカイ宮殿を管理する使用人達である。

 

「お待ちしておりました」

 

「呼び出したのは10分前だし。肩で息をしながらその台詞は無理があるぞ」

 

 部屋の片隅には、杖を突いた老人が佇んでいた。こちらも例に漏れず、紅蓮に燃え盛るキャーリサの威容に圧倒されているようだ。

 

「報告では『審問会について懸念事項は特になし』とのことだったが?」

 

 その一言だけで、キャーリサが言わんとしている事は十分伝わったらしい。老人は少々渋い顔を作りながら、特段悩む素振りを見せる事も無く、あらかじめ用意していたであろう言葉を紡いだ。

 

第1王女(リメエア)様の方針で、厳重な情報規制が敷かれていましてな。内部抗争、ひいては騎士派の長の負傷などはお伝えする事が出来ない状態でした。どうやら南の方からも手が伸びていたようで……」

 

「フランスか。懐柔された騎士(バ カ)は、審問前に捕まったと聞いている」

 

「1人いれば2人、2人いれば10人……と」

 

「はっ、姉上らしいな。しかしそれで防衛が後手に回ってしまっては意味がなかろーが。然るべき情報を得たのなら反撃は当然だし」

 

 爛々と眼を光らせながら、さながら獲物を狙う豹のように舌なめずりをするキャーリサを見て、老人は軽く身震いした。この国の『軍事』を担う長。そのカリスマ性は他の王女達とは一線を画すものだ。彼女の部下の中には反抗する者も、異議を申し立てる者さえもいやしない。撃てと言われれば撃つ。冗談抜きで、彼女の言葉次第では世界大戦の幕さえも開いてしまう。

 

 かくいう彼、サージェント=ストライニコフさえもその1人。だがそれは、第2王女(キャーリサ)が真に愛国者であると信じているからこその、敬愛と忠の表れである。

 

「では、まずは何処から手をつけますかな?」

 

「末端からだ。裏切った騎士の信号を受け取っていた者、その仲介人……どうせ姉上は全て把握しているだろうが、こうしていけば私達が情報を吐かせながら迫って来ているように演出できる。同業者が恐怖でイギリスの地を踏めなくなるくらいには、盛大にやれ」

 

「……承知いたしました」

 

 決して表には出ない『外交』のほんの一部。彼の司る『技術』と『資源』が、王女の号令と共に解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故だ」

 

 裏切りの騎士は、ひしゃげた檻を見ながらそう問い掛けた。先ほど振るわれたゴーレムの一撃は彼自身を襲わず、牢と彼を拘束している鎖を破壊したっきり、その姿を消してしまったのだ。もしや、トドメは彼女自身の手で……とも考えたが、殺気を感じさせないその眼差しから見るに、おそらくそれもないだろう。

 

「何故ここで止める? 君が躊躇する理由はないはずだ」

 

 魔術師は答えない。オイルパステルを握り締め、軽く溜息をつくと一転。あろうことか背を向けて、この場から去ろうと歩き出した。

 

「ま、待ってくれ! 君は一体何をしにここへ……俺を裁くのではなかったのか!?」

 

「くっだらねぇな……何で私がテメェの思い通りに動かなきゃなんないのよ?」

 

 カツ、と足音を鳴らしながら。彼女は足を止め、振り返らず吐き捨てるように告げる。

 

「死にたかったら自分で首を括れ。まだ拷問されたいマゾなら、そこで腐ってればいいさ。いちいち人から与えられる事を待ってんじゃねえよクソが。私がテメェに与えるモノなんざ、土くれ一片でもあるわけねぇだろうが」

 

 騎士ははっと息を呑み込んだ。返ってきた言葉は辛辣の一言に尽きる。だがそんな言葉を吐き出した女性の背中に宿る感情は、憎悪や怒りなどではない事を、騎士は一瞬にして見抜いてしまった。

 

 それを形容する言葉は思いつかない。言葉にしてしまえば次は間違いなく、ゴーレムの拳が飛んでくるような気配もある。それでもあえて例えるならば……まるで勇気を出して想い人にデートの誘いをかける、10代の少女のような様相だった。

 

「……私は、前に進む。あの子の命を踏み台にした未来がどんなもんか、この目で見定めに行ってやる……自分の背負う罪の価値もわからずに、ぐだぐだと悩んでも……意味なんざねぇと思ったからさ」

 

 弱弱しい声だったが、その音にはしっかりとした芯があった。その先の言葉を言わせてしまうのはダメだと、騎士は直感した。

 

「…………ならば、俺もついて行こう」

 

 希望ではない。要求ではない。提案でもなければ嘆願でもない。身勝手でも図々しくても構わない。この決定は、たとえイギリス女王にだって覆せない。

 

 彼女が正しき道を見つけるために。答えを得るための旅路に出ると言うのなら。その旅路を守護するのは自分の役目だ。

 

「……その血迷った決断の理由は、まさか"騎士道"とか"騎士の誇り"なんていうゴミみたいなもんじゃねえよな?」

 

「俺はもう騎士ではないし、別段血迷ってもいない。ただ、自分の選択の結末をこの目で見届けたいだけだ」

 

 その言葉を、シェリーは鼻で笑い飛ばす。そして彼らはじめじめとした地下を後にし、陽射しに満ちたロンドンの喧騒の中へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと。申し訳ございませんキャーリサ様。一つ、お伝えしなければと思っていた事がございましてな」

 

 部屋の外へいそいそと出ようとしていた老人は、思い立ったように振り返った。

 

「……この期に及んでなんだ? 今日これ以上にふざけたニュースがあって、今の今まで黙っていたと言うのなら、ただでは済まさんし」

 

「……どうでしょうな。私の見立てでは何かあるとは思うのですが」

 

 会議室の机に寝転がり、天井を眺めていた王女は怪訝そうに老人を見た。彼女の持つ手駒の中では、そこそこに頭の切れる男だ。こちらの意図を汲み取り、事前に動く事に関しては随一と言っても過言ではない。そんな男が言葉を濁しながらの台詞とくれば、自ずとその案件の種別は限られてくる。

 

「魔術絡みか?」

 

「まぁ、おそらくは」

 

 優秀と言っても限度がある。彼の場合、世界を二分する勢力の、片方にしか足を突っ込んでいない事が欠点と言えば欠点だろう。フランスとの抗争についての報告が遅れたのだって、魔術絡みの情報封鎖が機械では突破できなかった事が原因の一端なのだ。先ほど命じた粛清に関しても、彼だけではなく清教派の人間との共同作戦となっている。

 

 まさかその粛清相手、フランスの情報を黙っていたのではあるまいなと、キャーリサは身構えた。だが老人の口から出てきたのは、彼女の想定の随分と下の下な内容であった。

 

「私が気に掛けているのは、審問会で呼び出された少年についてです」

 

「少年? ……ああ、学園都市の能力者と魔術師のハイブリッドか。聖人と組んで騎士団長に一泡吹かせたとかいう」

 

 その詳細は、先ほど女王直々にキャーリサの耳に入っていた。実際の大まかな戦況、結果と後始末の内容、加えて、ミイラ男の如き様相の騎士団長からも被害報告という形で情報が入って来ている。学園都市の能力者に、初見で見切られたというウィンザー城の近衛兵の術式構成。それがどこまでフランスに漏れたのか、同じセキュリティホールを採用している城塞はあるのか等々、キャーリサの頭を悩ませる原因の一つでもあった。

 

「ええ。私はその場面を直接見たわけではないので何とも言えませんが……いえ、見ても分からないと言う方が正確でしょうな」

 

「回りくどいぞ。要点を言え要点を。お前の報告では特段脅威に値せずとの事だったし」

 

 率直に言って、キャーリサにとってはどうでもいい少年だった。あくまで彼女が見据える敵はヨーロッパ諸国。なにやら母はお気に入りだったようだが、所詮は地球を挟んで反対側にいる少年である。その海の向こうで世界は終焉を迎えかけたようだったが、それでも少年に関する評価は変わらない。それはそれ、これはこれである。

 

 ……『未来が見える』などという与太話まで出てきた時には、本気でイギリス清教の本拠地にミサイルを撃ち込んでやろうと、無線機を取り出したりもした。その時の最大主教の慌てふためく姿(通信術式越しなので音声からの想像)は実に滑稽だったなと、キャーリサは思い出しながら口元を歪める。

 

「その通りです。今さらその判断を取り下げるつもりはありませぬし、間違っているとも思えません。ただ……少し気になる事が」

 

 この老人がここまで言葉を濁すのだ。余程自信の無い内容なのだろう。無言で先を促すと、彼はぽつぽつと語り始めた。

 

「いい意味でも悪い意味でも、実に正直な少年でした。普段演じなれていない悪辣な役を、拙いながらもなんとかこなしている、というのが私の第一印象でしたなぁ。利益を求めているような感じは一切無かったもので、無駄のない理路整然とした思考は実に読みやすかった」

 

「だろーな。というか、審問の様子については私も映像で確認済みだし」

 

「ですが映像には……私が最後に行った内緒話については、記録されておりませぬ。そしてその際に私は……彼にカマをかけられたようなのですよ。私が何を知っているのか……いいえ、キャーリサ様から何を知らされているのか、ですかな。魔術とやらに関しては門外漢なので、意味まではわかりませんでしたが、それだけは間違いありませぬ」

 

 その一言で、キャーリサは一瞬硬直した。悟られてはいけないと瞬時に判断し、動揺を表さないように意識を集中し始める。

 

「これは彼の、キャーリサ様に対するメッセージでもある……と私は考えています。その言葉を、そのままお伝えすると……」

 

 対して老人は、キャーリサの硬直を見抜き、キャーリサの心の準備が出来る時まで押し黙った。時間にして1秒もない自然な間を挟み、そして言葉を続ける。

 

「"慈悲深き王女様の進む未来に、幸多からんことを"……との事です。いやはや、私には何のことやらさっぱりわかりませんな」

 

 

 それだけ言うと、老人、サージェント=ストライニコフは今度こそ会議室を後にした。自分は何も見ていない。身構えていたのにも関わらず、思わず机の端を握り締めた王女様の姿など絶対に見てはいないし、先ほどの言葉の意味もさっぱりわからない。この国の頂点たる女王が持つ剣、カーテナの別名が慈悲の剣(Sword of Mercy)である事は、今この瞬間だけは都合よく忘れる事にしたのだ。

 

(伝え方を間違えれば、私の身が危うかった……じゃが、これで必要な情報は伝わったはずじゃな)

 

「まさかとは思ったが、こうなっては致し方ない。幸運を祈るよ、木原統一君」

 

 

 

 

 

 

 

 

慈悲深き王女(Merciful princess)…………なるほど、未来が見えるというのも存外、ハッタリではないということか)

 

 不敵な笑みを浮かべながら、キャーリサはギリギリと歯軋りを鳴らす。どういうカラクリかは不明だが、間違いなくアレはこちらの動向に気づいている。現状は沈黙を守っているようだが、なにしろ相手は学園都市とイギリス清教の両者に所属している特殊な人間だ。彼女の道を阻もうと画策すればいくらでも手はあるだろうし、更に付け加えるなら、よりにもよってあの母親のお気に入りというふざけたステータスも持ち合わせている。

 

(よく報告してくれたな、ストライニコフ。たとえお前を始末することになったとしても、その時は苦しまないよう私が直々に手を下してやるし)

 

 老人の決死の報告。その福音で以てして、1人の少年を地獄に叩き落すために。救国の王女は静かに撃鉄を起こした。

 

 

 

 

 

 

 







 次回は科学サイドです。



 

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