とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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バーチャロンの陰に隠れ、初心に帰りながらひっそりと更新。

それと申し訳ないですが、マラキの預言書は残念ながらカットです。

さらに申し訳ないですが、茶番です。



 
 
 
 



066 夕闇に沈む六芒の街 『8月30日』

 

 

 

 

 

 

 

「とうまの様子がおかしいんだよ」

 

 エアコンの効いた室内にて。突如として来訪した隣人はそう呟いた。

 

「ふーん。具体的にはどんな風におかしいんだー?」

 

「なんかいつもよりボーっとしてて、話しかけても上の空だし」

 

「ふむふむ」

 

「料理もちょっと失敗しちゃってて、しかもそれに気づかずに出かけちゃうし」

 

「なるほどなー。だから珍しくうちを訪ねてきたのかー」

 

 深刻そうな、そして口周りがケチャップまみれのシスターにナプキンを投げつけながら、土御門舞夏はテーブルの上の大皿の片付けを始めた。作戦名は『質より量』。普段のお屋敷高級料理から大衆食堂の賄い特盛モードへとシフトした彼女は、せっせと山盛りナポリタンを完成させ、それを瞬く間に平らげた怪物(シスター)はようやく人間へと収束したようだった。

 

(まったく。悩み事と腹ペコ、来るならせめてどちらかにしてほしいもんだなー)

 

 始まりは朝。と言っても目を擦るような早朝というわけではなく、日も上がり残暑が今日も一日頑張るぞとウォーミングアップをし始めた頃。家主不在の土御門家に到着した舞夏が、掃除洗濯を終わらせようとしている時にこのシスターは訪ねてきたのだ。悩ましげな顔と腹の虫を携えた彼女の口にナポリタンを叩き込んだ所で、出てきた言葉が冒頭の一言である。

 

 ……当然と言うか、そんな過程を経て出てきた人生相談には微塵も深刻さが感じられない。まして作業をしながらの対応とあっては、生返事となってしまうのは不可抗力であろう。現状の舞夏のやるべき事は、ナポリタン以下の優先度たる上条当麻(保護者)に心の中でお悔やみを申し上げつつの、皿とフライパンの後始末なのだ。

 

「これでもかって言うくらいあの肉じゃがはしょっぱかったんだよ。たぶん砂糖と塩を間違えているのかも」

 

「うーん、それは致命的だなー」

 

「すっごくご飯が進んだかも」

 

「……完食、したのか?」

 

 失敗した料理を食べられず、空腹のままに訪ねてきたと思われていた白い悪魔。実際には家主の想定以上の被害(スコア)(ご飯全滅)を叩き出しつつ、隣の部屋(ボーナスステージ)へと足を運んでいたらしい。料理を作るものとしては彼女の食べっぷりはなかなかに爽快だったのだが、この前提が加わると先ほどの食事風景の意味が変わってしまう。主にホラー的な方向に。

 

(相変わらずの食欲お化け……上条の奴も大変だなー)

 

 実家からの仕送りがあるとは言っても、いち高校生に見合うような金額しか与えられていないのは明白である。一体如何なる方法で、あの貧乏高校生はこのシスターを養っているのだろうか。"様子がおかしい"というのは、案外このシスター絡みの悩みではないだろうかと、舞夏の推理が当たらずとも遠からずな場所に軟着陸しそうな所で皿洗いも終了し、彼女は再びしょんぼりとしたシスターの元へと戻ってきた。そこには怪物の姿は無く、想像以上にしょんぼりとした女の子が一人。声だけ聞いていた人生相談だったが、ここまで落ち込んでいる姿を見ると流石に事情が変わってくる。

 

「まーでも、悩みがあるって素振りを隠せない上条はまだマシだなー。うちの兄貴なんか気配にも出さないし……なんとなくでわかるぐらい変な時は、けっこう本気で落ち込んじゃったりしてるんだぜー」

 

「……まいかだったら、そんな時はどうするの?」

 

「なにも。ただ自分に出来る範囲で助けて、支えてやるしかないだろうなー……か、肩でも叩いて、それとなく気を使ってやる事から始めればいいんじゃないかー?」

 

 一瞬、この悪魔が張り切りすぎて空回り、ボヤ騒ぎからの学生寮全焼オチが見えた舞夏は、慌ててそう付け加える。大げさかもしれないが、なにしろ相手はあの上条当麻の同居人だ。『不幸』の一言でそれくらいの結末は招きかねない。

 

(まぁだからと言って私が兄貴にするような励まし方は、コイツにはまだ早いしなー)

 

「……うん、わかった。とうまが笑ってくれるように、私も頑張ってみる! ありがと、まいか!」

 

「おう、やり過ぎない程度に頑張れよなー」

 

 その後。快晴とまではいかないが、幾分晴れやかな表情になったシスターは、張り切った面持ちで上条宅へと戻っていった。のしのしと歩くシスターの後姿を見守っていた舞夏はふと、上条家から一つ隣の表札に目を向ける。

 

(……そういえば、最近ヤツ( 、 、)を見ていないなー。上条の悩み事なら、アイツが何か知ってるんじゃないか?)

 

 木原統一。上条、そして兄の土御門元春のクラスメートである。舞夏自身はあまり彼とは接点も無く、精々使わなくなった料理の本をいくつか貸した事があるぐらいの、面識のあるご近所さん的な仲なのだが。夏休みに入ってから、上条家の料理番のような事をしているという情報が、兄経由で彼女にも伝わっていた。

 

(……それとも、上条の悩みの原因にアイツも一枚噛んでいるとか……? うーん、ドロドロとした三角関係は大好物なんだけど、実際に知り合いでとなるとちょっとなー)

 

 益体もないことを考えながら自宅に撤退。舞夏はどっこいしょっと布団を持ち上げた。シスターの急襲前にやろうとしていた布団の天日干しである。日の高いお昼前にこの作業を終わらせ、そのまま昼ドラとせんべいに突入するのが兄の住む学生寮における舞夏の過ごし方だ。

 

「空はこんなに青いのに、お隣はドロドロかー……」

 

 無作法にも足で窓を開け、その直後。舞夏の目にはトンでもない光景が飛び込んできた。

 

「………………あ」

 

 誰もいないはずのベランダに、誰かがいる。というか、それは先ほどまで脳内に浮かんでいた人物だった。

 

 上条家を挟んだ、いわゆるお隣のお隣さんたる家主。先ほどのシスターとは違う、真の招かれざる客人。どうやって、と問うのは野暮というかなんというか。各部屋のベランダは簡単な仕切りで区切られているだけなので、おそらく手すり伝いに侵入したのだろう。同じような悪戯は彼女の兄もやっていた。まったくバカなことをやっているなと、呆れるばかりで特に重要視はしていなかったのだが。どうやら今回はそんな一言では済まないらしい。

 

 ……目の前の木原統一の服装は下着一枚。俗にいうパンツ一丁という様相であったのだ。

 

 取り乱してはいけないと、メイドの本能のようなモノが舞夏の理性をつなぎとめた。何か事情があるはずだ、彼はそういう変態さんではないのだと理屈で心のアラートを停止させる。務めて冷静に、何故同級生のベランダで変態貴族(フルモンティ)一歩手前と化しているのかを聞き出そうと、口を開きかけたその瞬間に。

 

 木原統一は凄まじい速度で舞夏の口を塞ぎに掛かり、そのまま舞夏を部屋の中へと押し倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土御門元春は、第七学区のとあるオフィスの一室にいた。

 

 オフィスと言っても、最近使われた形跡は見られない。事務机や機材などは殆ど残っておらず、あるのは廃棄という目的で置いていかれたボロボロのソファーやテーブルが数点という有様である。そんな廃れた場所に土御門を呼び出した男は、ソファーにふんぞり返りながら足を組み、こちらを睨みつけていた。

 

「座れ」

 

 溜息混じりで男はそう言った。Tシャツの上に白衣を纏い、凶悪な顔には厳つい刺青。一見して尖りどころを間違えた中年にしか見えないのだが、彼の背景を知る土御門としてはそれがハッタリではない事を知っている。まるで爆薬でも見るかのように、警戒心を最大レベルに引き上げながら土御門は腰を下した。

 

「まぁそう警戒すんなって。こっちとしては今んとこ何もする気はねぇんだからよ。俺がいくつか質問して、お前が答える。終わったら回れ右してハイさよならだ。結果は後日お知らせしまーすってな。昨日攫った妹達(クローン)のガキは、割れ物注意で配送しとくから安心しとけ」

 

「……気持ち悪いくらいに平和的だな。爪の一枚や二枚は覚悟の上だったんだが?」

 

「んな事したって、テメェが吐かねぇことは見りゃわかんだよ。無駄な事はしねぇ主義でな……つか、気分じゃねーんだわ今は」 

 

「その言葉を、俺が鵜呑みにすると思うか?」

 

「だったらそのままガチガチになってろよめんどくせぇ。とりあえず、テメェが下手を打たなきゃあのクローンは五体満足で返してやる。脅し文句が欲しいならこれで十分だろうがよ」

 

 そんな物騒な事を言いながら、また溜息を吐く。まるでやる気が感じられない。何やら疲れきった面持ちで、白衣の男は頬杖をついた。

 

(……木原数多。木原統一の父親で、学園都市の暗部に属する裏の人間……禁書目録の争奪戦、ステイルと神裂が学園都市にやって来た時、コイツは俺の隠蔽工作をすり抜けて来やがった。つまり、俺でも手の届かないような学園都市の闇に身を置いているという事か……)

 

 科学と魔術の抗争。そんな大事件の隠蔽に土御門元春という人間が手を抜くはずも無い。全身全霊を賭けての裏工作を、まるで嘲笑うかのように介入してきた男。その男に自身の存在を知られた上に、共に行動していた妹達(シスターズ)、ミサカ9982号は車椅子の妖怪に攫われてしまった。木原統一のクラスメートという表の顔も把握されているはず。つまり、土御門舞夏という義妹の存在までもが知られていると考えて間違いない。

 

 人質を取られ相手は未知数の怪物。状況はまさしく絶体絶命。スパイ廃業の一歩手前まできている土御門に残された選択肢は、そう多くはない。

 

(そこまで知られてしまったなら、逆に情報を秘匿するのは危険だ。得体のしれない人間を木原統一(自分の息子)の近くに置いておくわけがない。俺がするべきは、コイツを味方にして立ち回るか……あるいは)

 

 全てを根絶やしにする。それは土御門にとって最も避けるべき選択肢だ。木原統一との友情と土御門舞夏の安全を天秤に掛けた場合、導き出される答えなどは問うまでもない。それは先日の事件を経た後でも変わることの無い事実。だがその天秤たる土御門の心は、そもそもその選択を選ぶ事を明確に拒否していた。

 

(……見極めるんだ。もう二度と同じ過ちを繰り返さないように。全てを台無しにする努力を始める前に、全てを台無しにしない努力を最大限に。"木原統一は信頼できる"という前提の上で……)

 

「なんつーか、なぁおい。テメェは一体なんなんだよ? あのガキに近づいて、一体何を企んでやがる?」

 

 心に炎を点しながらも、努めて気丈に振舞っていた土御門。そんな彼をしばらく観察した末に、木原数多が最初にした質問は酷く漠然としたものだった。だが決して想定していなかったわけではない。あらかじめ考えていた答えを土御門は口にした。

 

「……何も企んではいない、とまでは言わない。だが少なくとも、俺の目的は木原統一じゃない。そもそも、俺の本来の役割は連絡係だ。こちらの事情にお前達が首を突っ込んで来て、たまたまいい位置に俺がいた。たったそれだけの理由で、事態の収拾係に昇格って寸法だ。まったくもって迷惑な話だぜい」

 

 土御門の言葉を、木原数多はつまらなそうに聞いていた。何かうんざりしたような態度で天井を仰ぎ見て数秒後。恐ろしく平坦な声で、こんな言葉を呟いた。

 

「あー、なるほど、なるほどねぇ。そうやって具体的な話を避けるってんなら、こっちにも考えがある。とりあえず今から、あのクローンのガキの目玉でも弾いて持ってこさせるからよ。そうしたらもうちょいマシな言葉が出てくんだろ?」

 

「落ち着けよ、これでも十分努力はしているつもりだ。どうすれば敵対を避けられるかとな」

 

 あくまでも冷静に土御門はそう返した。流石にそんな脅し文句では彼は動揺しない。

 

(……? コイツ、何処かで……?)

 

 一方で、木原数多は説明のできない既視感に襲われていた。目の前の人物とは昨日が初邂逅のはずなのだが、自身の本能のようなモノがそれを否定している。雰囲気や仕草、発音や呼吸のリズムといったパラメータを、人は雰囲気と表現する。それは指紋や声紋と同じで、決して他人同士では一致しない……だが目の前の男は、木原数多の記憶にある人物と何故か一致してしまっていた。

 

(病理とのいざこざの後に回収した、駆動鎧(パワードスーツ)の記録映像にもコイツは映っていた……あの時は気づかなかったが、こうして生で見れば断言出来る。コイツはイギリスの空港にいた、あのクソ神父の腰巾着と同一人物だ……あの時と姿形が違うのは、なにかしらの能力で化けてたって事か?)

 

 その正体を、木原数多は純粋な観察力で突破する。御使堕し(エンゼルフォール)の影響などものともしない。精密緻密を司る木原の名は伊達ではなく、こんなモノは彼にとって宝くじの当選番号を照会するような作業でしかなかった。

 

「7月24日……こう言えば伝わるか?」

 

 直後、自らの直感が間違いではなかったと。探し続けた手がかりがようやく顔を見せたという事実に、木原数多は歓喜の表情を浮かべた。

 

「お前と、木原統一を襲った神父の所属する組織。そこと学園都市を繋ぐのが俺の役割だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、本当に助かったわ。そしてマジですまん」

 

 磨りガラス越しに、土御門舞夏と木原統一は軽口を交わしていた。結局の所、舞夏の危惧していたような展開には一切ならず、木原統一は器用に足で窓をするすると閉めた後に、そのまま土下座を敢行する運びとなったのだった。

 

 『追われているので匿ってくれ』 木原統一が開口一番に述べた嘆願がこれである。

 

「まったく……あんな格好で乙女を乱暴に押し倒しておいて、ゴメンで済んだら警察はいらないんだぞー?」

 

 理由が判明し、たとえ理屈で納得したとしても。アレは舞夏にとってもなかなかに衝撃的な出来事だった。メイドとしての経験値を考えればギリギリ許容の内かもしれないが、乙女の尊厳という観点からすれば到底看過できる所業ではない。

 

「あっはっはっは、まぁまぁ。俺としてもどうしようもなかったというか、不可抗力だったというか……」

 

 それなのにも関わらず、ぴちゃぴちゃとシャワーの音に混じりながら、木原統一は乾いた笑い声を上げるのみである。反省の色は無し、どうやら作戦名は『笑って誤魔化す』のようだ。

 

「こらー、何を笑っておるかこの変態さんは。かくなる上は兄貴に言いつけてやるぞー」

 

「そいつは洒落にならんからやめてくれ! 完全に愉快なオブジェコースじゃねえかそれ!!」

 

「……一体、ウチの兄貴を何だと思ってるんだお前は」

 

 畳まれた着替えをいそいそと風呂場の前に置きながら、舞夏は言葉を続けた。

 

「それで結局、木原は誰に追われてるんだー? というか、まさかパンツ1枚でこの学生寮まで逃げてきたのか?」

 

「逃げてきたというか脱出というか…………実は昨日から自宅に軟禁状態でな。不意にチャイムが鳴ったお陰で、どうにかベランダ伝いに脱出してきた。すぐ隣の上条の部屋だと覗き込まれれば終わりだし、しょうがなく土御門のとこまでやってきたわけだが……」

 

 ところどころで言葉に詰まりながらも、全体的に口調は滑らか。そういう人間は隠し事をしてはいるが嘘を吐いているわけではない。不都合な部分を言っていないだけなのである……そんなメイド学校の教科書(テキスト)の一文が、舞夏の頭を横切った。

 

「ふーん、という事は、犯人はまだお前の部屋にいるかもしれないのかー……なるほど、だからパンツ1枚で私の口を塞ぎにかかったんだな。私がパンツ如きで悲鳴でも上げると思ったと」

 

「いや、普通は上げるだろ。あとどうでもいいが、あまり女の子がパンツパンツ言うんじゃありません」

 

「パンツくらいなんだってんだよー? あんまり女に幻想持つなよなー」

 

「その幻想ならとっくにぶち壊されてるが、それとコレとは話が別だ」

 

 あーはいそうですかー、と適当に話を流しながら、舞夏は洗濯機に腰掛け顎に手を当てた。気に入らないとまでは言わないが、どうにもしっくりこない。安全を確保出来たせいか、はたまたしばらく振りの自由を手にしたせいなのか、どうにもこの男は気が大きくなっているように見受けられる。先ほどの犯罪行為から一転、すまんの一言でここまで大きな顔をされては流石に思うところもあると言うものだ。

 

 ……ゆるやかな洗濯機の振動に身を任せながら、妙な悪意に取り憑かれた昼ドラ大好きメイド見習いは、その心情に身を任せながら自らの思考を口にした。

 

「軟禁状態……昨日から……自宅で……ぶち壊された……女性への幻想」

 

「……何を想像してやがるそこのエロメイド。言っておくが、俺があんな格好だったのは脱出の時に服を燃やしちまったからであってだな……」

 

「パンツ……」

 

「パンツ言うなっつってんだろ!! その桃色連想ゲームを今すぐやめやがれ!」

 

「うーん、なるほどなー。木原には私の戯言(コレ)が何やらいかがわしい色に見えるわけかー。一体どうしてだろうなー?」

 

「……ッ!!?」

 

 ガラス越しでも、舞夏には顔を赤面させたご近所さんが見えた気がした。これぞまさしく勝利の証である。ほどよく溜飲を下げた彼女は早くも戦後処理へと話を進める。

 

「……はぁ。木原はもうちょっとこう、駆け引きとか誤魔化し方を覚えた方がいいと思うぞー。大体、これ以上先の連想ゲームを私が続けられるわけがないだろバカヤロー。お前は私を何だと思ってるんだー?」

 

 一瞬の沈黙。そして、木原統一が絞り出した答えと言えば。

 

「…………あの土御門元春の義妹」

 

「兄貴のせいで私の認識が危ういっ!」

 

 勝負には勝ったがそのダメージは計り知れなく。相手の急所を的確に射抜きボロを出す事に定評のある魔術師の一言は、メイド見習いの心を深く抉り取っていった。

 

 

 

 その後。浴室から木原統一が出ると言うので舞夏は台所まで退散した。一方で木原統一は用意された着替えを前に唸り声を上げる。

 

「うーん……用意してもらっておいてなんだけど、流石に土御門の下着はなぁ……」

 

「兄貴のなんかお前さんに出すわけがなかろう。メイド舐めんなよー。心配しなくても、全部新品だぞー」

 

 どうやら、土御門家特製『不意の来客用セット』の一つらしい。メイドってすげぇな、と言う木原統一の返答に舞夏はひとまず満足し、更なる疑問を投げ掛けた。

 

「それで、木原はこれからどうするんだー?」

 

 シャーっと間仕切りカーテンを開き、洗面所から出てきた新品アロハシャツ(あのシスコン軍曹とは違いTシャツ装備)の木原統一は、極めて深刻そうな顔をしてこう告げる。

 

「………どうしよう」

 

「……とりあえず、ナポリタンでも食ってくかー?」

 

 まったくもって今日は千客万来だなと。土御門舞夏は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話を整理するとだ。学園都市とは異なる方式の超能力開発……そいつを研究しているのがお前の所属する組織って事でいいんだな?」

 

 呆れているのか不機嫌なのか。判別の難しい顔を浮かべながら、木原数多は額に手を当てた。

 

「いや違うな。俺たちはそういった技術を持つ者を狩る側の人間だ。その目的のために、俺や例の神父はこの技術を活用しているに過ぎない」

 

 一方の土御門は、仏頂面のまま淡々と話を続ける。話すべき情報を選択し、且つこちらが情報の制限を行っていないように見せかけながら。

 

「狩る側ねぇ……なんだか、まるでその技術がそこかしこに氾濫しちまっているみてぇに聞こえるんだが?」

 

「残念ながらその通りだ。学園都市と違ってこっちは独占状態ではないんでな。高価な機材も専門知識もそこまで要求されるようなもんじゃない。そもそもこの技術は『何の才能も持たない一般人が、天賦の才を持つ者たちに並び立つためには』……そんな発想から生まれたんだ」

 

 随分と低い目標設定だなと木原数多は思った。少なくとも『天上の意志に辿り着くために』と作り出された超能力開発とは雲泥の差である。学園都市が遥か雲の上、宇宙を目指す研究機関だとすれば、こいつらの方式はまるで厚底ブーツの開発に勤しむようなものだ。ロケット開発事業とファッションショーの目的地は同じく『遥かな高み』であると言われても、研究者としては首を捻るばかりである。

 

「くだらな過ぎて何処から突っ込めばいいんだか……で、お前はその組織と学園都市との摩擦を防ぐ連絡係って設定だったな。この辺もよくわからねえんだが、この場合の摩擦ってのはどういう意味だ?」

 

「設定ではなく事実だ。俺たちの組織の成立は、学園都市よりも遥かに古い。そんな中で、ここ数十年で急速に発展してきた学園都市を警戒するのは当然だろう。なにしろ、どちらも転用次第では大きな戦力になり得る」

 

「……」

 

 苦虫を潰した顔のまま、木原数多は天井を仰ぎ見た。ようやく掴んだ不良神父の手掛かりだったのだが、蓋を開けて出てきたのは彼の予想を遥かにはみ出した与太話。信じるべきか疑うべきか、引くべきか突っ込むべきかがさっぱりわからない。目の前の男を自分はどう認識すればいいのだろう。宝の地図か、猛獣の類か、それともただの空っぽの箱か。ただ話のスケールから察するに、もしも彼が宝の地図だったとしても、その手前にはさぞかし広大な迷宮が広がっていることだろう。

 

 いずれにしろ、あの神父をぶちのめすために超えるべき壁は多い。その事が確定した時点で、木原数多の眉間に皺が増えるのは当然の結果であった。

 

(そもそも、こいつの言うようなモノが本当にあるのかどうか……学園都市とは方式の異なる能力開発……つまりはクソ神父のあの炎が? たしかに変わった芸風だったが、見たとこ根っこの部分は学園都市(おれたち)と変わらねえような気も……いや、待てよ……)

 

 ふと思い出されるのは、粉々に砕かれた駆動鎧から回収した映像の断片。シュレッダーにかけた書類を復元するかのように、繋ぎ合わせた記録をどうにか再生した末に映っていたのは、目の前の男と自分の息子がバイクで逃走を図っている光景だった。

 

(あの映像じゃ細かい所まではわからなかったが……あのガキは何らかの方法で炎を出してやがった。てっきり奴が、あの神父を真似て新作(オモチャ)を作ってきたのかとばかり……学園都市とは別方式……イギリスへの外出……野郎、まさか)

 

 『木原』としての特性を持ち合わせてはいなくても、自分の息子は学園都市の最高峰の科学者にもひけを取らない。そんな彼がさらに先、最高峰を飛び越えた木原一族(天上の者たち)に到達しようと編み出した手段の一つが『模倣』である。新生児模倣や共感能力、果ては自分自身(アイデンティティ)の再入力実験などをがむしゃらに取り入れたものの。結果として得たものは『木原』どころかあらゆる者を劣化模倣しか出来ないという失敗作だった。だが、もしも……

 

(目の前の事象に対し、まったくの別アプローチで一応ながらに到達する。問題は、ヤツがどの程度のレベルで模倣をしているのか……クソが、病理のヤツは別件でクソガキの新技を見てやがったな。その上でアレを異常と捉えやがったのなら───)

 

「……おい。そのテメェらの言う能力開発ってのはよ、学園都市の超能力と組み合わせる事は出来んのか?」

 

 ぴくり、と目の前の男の眉が吊り上がったのを見て、木原数多は問いの答えを得る。一方、容易く回答を渡してしまった事を後悔しつつも、話の終着点がようやく見えた事に土御門は安堵を覚えていた。

 

「基本的には不可能だ。学園都市の時間割り(カリキュラム)を受けた者は、その能力の大小に関わらず『能力者』という枠組みに縛られる。つまりは『一般人』とは明確に違う存在だって事だ。『一般人』用に発明されたこっちの方式は、『能力者』には対応していない。もしも……『能力者』がこちら側の技術を行使すれば、身体に深刻なダメージを負う事になる。具体的には───」

 

「血管の裂傷、か。つまりは、肉体再生(オートリバース)を持つあのクソガキは例外ってことかよ」

 

 謎は解け、疑念は解消された。絶対能力進化(レベル6シフト)計画を停止させた息子の手段も、その時に負っていた怪我の理由も、学園都市の予想をぶち抜いた能力の向上さえも。アレが素養格付(パラメータリスト)の例外となりえたのは、学園都市外の技術を持ち込んだのが理由だった。つまりは他ならぬ木原統一(自分の息子)が証人であり、ここまでの話は十中八九が真実であるのだ。

 

(あのクソガキに聞けば一発で裏が取れる。とりあえずアレは後で2~3度ぶっ殺しとくとしてだ……そんな簡単にバレる嘘をコイツが吐く理由はねえな)

 

 カチャリ、と木原数多は左手で携帯を取り出す。思わず腰を浮かせかけた土御門を右手で制止し、スピーカをONにした上でとある短縮ダイヤルへと手早く繋いだ。

 

『はいはい、なんでしょうか数多さん。そろそろこの子の出番が来たんですかねー? 正直の所、この子とはようやく打ち解けてきたところなので、あまり手荒な事はしたくないのですが』

 

 聞こえてきたのは女性の声。それも小鳥のさえずりのような穏やかな調子ではあったが、つい最近まったく同じトーンでショットガンの銃口を向けられた土御門としては、安心できる要素は皆無である。

 

「打ち解けてきたってオイ……意味わかんねえがとりあえずその心配はねえ。引き渡すからとっととそのガキ連れてこっちに合流しろ。五体満足でだ。指一本でも弾くなよ」

 

『合流ですか……それは頂けませんねぇ。流石の私も、この状態では動くに動けません』

 

 動けないという返答を聞くが早いか、木原数多は圧倒的なまでの殺意を土御門に向けた。小細工を仕掛けやがったのかという無言の問い掛けに、土御門は両手を上げて応対する。何もしてはいないという返答を鵜呑みにしていい物か、木原数多が思考を巡らせ始めたその時―――

 

『その通りです。ここから先を見逃すという愚行は、たとえ銃を突きつけられてもお断りなのです、とミサカ9982号は同意します』

 

 携帯から出てきた第2の声は、2人を覆う殺気の渦を疑問の嵐へと姿を変えさせた。殺意100%の表情そのままに、頭上に疑問符を浮かべるという高等技術を披露しながら、木原数多は先を促した。

 

「……病理。状況を説明しろ」

 

『あの子が大人の階段をすっ飛ばして、女の敵へと昇格中?』

 

「説明の文字を辞書で引いてやらねえとダメみてぇだなオイ。なんなら、漏れなく一冊データ化して直接頭にぶち込んでやろうかァ!?」

 

『ミ、ミサカの頭脳には既に学習装置(テスタメント)で入力されているので必要ありません! とミサカは怯えながらに先手を打っておきます』

 

「お前じゃねえよ、そこの妖怪女だっつの!! 変なところで話に入ってくるんじゃねえ!!」

 

 それだけ叫ぶと、木原数多は携帯を土御門に放り投げた。埒が明かないと考えたのか、どうにか怒りを収めなければと思ったのか、はたまた土御門とミサカ9982号が互いに生存を報告するためなのか。なにはともあれ、渡されたからには問題ないだろうと判断し、土御門は言葉を発した。

 

「俺だ。ミサカ、状況を説明しろ」

 

『師匠、無事でなによりです。とミサカは一度言ってみたかった台詞を口にします。ミサカの現在位置は昨日師匠と別れたマンションの屋上です。頭に銃口を向けられたままの大ピンチなのです。とミサカはそろそろ存在に慣れ始めた銃の筒先を突っつきながら報告します』

 

「……それで、お前たちが動けないとはどういう事だ?」

 

 冗談としか思えない返答を土御門はあえて無視した。優先すべきはそれではない。木原数多と土御門元春、その両者の陣営にとってのイレギュラーなぞ到底看過できるようなものではないのだ。せっかく話が纏まりかけてきたというこの状況、それを引っ掻き回す存在は即刻排除する必要が───

 

『それがですね師匠。なんと例の彼が1日もたたずして浮気に走りやがったのです。彼が下着1枚で突撃したお相手は、二つ隣に住むメイドさんでした、とミサカは嘆息交じりに報告します』

 

 その時土御門の脳内には、肉体再生(オートリバース)を有する能力者の殺害方法が10通りほど思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまー! なんだかよくわかんねえくらいに美味いなコレ! ナポリタンってケチャップ絡めて炒めるだけだろ? どうやったらこんだけ差がつくんだよ!?」

 

「だからケチャップだよ。まさかこの舞夏様が、市販のケチャップをそのまま使うと思ったかー!?」

 

「なんだかすっごい偉そうだけど、とにかく美味いから文句無し!! 畜生、やっぱメイドってすげえな!!」

 

 お屋敷高級料理モードのナポリタンにただただ感心し頬張る木原統一。彼はまだ知らない。この5分後にマジカル暗殺陰陽師と徹夜明けの父親が玄関から訪ねてくることを。ベランダの窓をぶち破り、車椅子の妖怪がガールフレンドと電気使い(エレクトロマスター)を引き連れて来ることを。

 

 

 夕闇に沈む六芒の街、その片隅で。とある魔術師の阿鼻叫喚が始まる。

 

 

 

  

 

 










 




 次から5章です。

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