とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 さらりと5章終了です。



 
 
  




069 誰に教えられなくても 『8月31日』 Ⅲ

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らせながら、上条当麻はとある路地裏を駆けていた。何処か目的地があるわけではなく、ただただ今いる場所から1秒でも早く離れるために。時々足をもつれさせながら、上条は背後をチラチラと振り返る。

 

 そんな中、何の前触れもなくパキリという破壊音が鳴り響く。思わず上条が足を止め音の方向を振り返ると、そこには綺麗に分解された空調設備が転がっていた。

 

「おや、意外と当たらないものですね。そろそろ諦めてくれるとありがたいのですが」

 

 声の主は、上条と同じくらいの背丈をした男。線の細いスポーツマンのような身体つきで、口元には柔和な笑みを浮べてはいるものの、その視線には凶悪な殺意が込められていた。そしてその殺意の矛先は、他でもない上条に向けられている。

 

「クソ、お前……魔術師、なのか!?」

 

「少し前に自己紹介は済ませたでしょう。海原光貴ですよ。と言っても、名前も姿も借りものですが」

 

 自嘲するような言葉と共に、海原は右手を上条へと向けた。そこに握られているのは黒曜石のナイフ───

 

「……ッ!!?」

 

 瞬間、上条の背筋に怖気が走る。咄嗟に横へ跳び、曲がり角に身を隠した瞬間、どこか遠くで先ほどと似たような破壊音が鳴り響いた。

 

(畜生、なんでよりにもよって学園都市のど真ん中で……こう何度も魔術師に襲われるんだっつーの!)

 

 事の始まりは常盤台のお嬢様と偽のカップル作戦を展開するという、青髪ピアスあたりが聞いたら怒りの鉄拳が飛んできそうなイベントの真っ最中だった。確かに字面だけ見れば素敵イベントに見えなくもない。だが問題は相手が最強無敵の電撃姫という事であった。高電圧電撃や高周波砂鉄ブレード、超電磁砲(レールガン)などなどがいつ飛んでくるかもわからないのを考慮すれば、思春期真っ盛りのキラキラ大作戦というより、軍隊とか警察の物騒な特殊作戦に近いと言っても過言ではないと上条は考えている。

 

 そんな中、御坂がホットドッグの屋台に並びに行った矢先の出来事である。このトンでも騒動の元凶たるさわやか系のイケメンと遭遇し、なにやら嫉妬の色を醸し出しているなぁとか、もしかしてこの作戦は、恋の炎に燃料をぶっこんでいるだけなのでは?とか、どうしようもない事を考えていたのもつかの間。少し少年から目を離した隙に、突如として路上の車がバラバラになり、振り返れば尖った石のようなモノを少年は取り出していたと。そして、咄嗟に走りだし路地裏に逃げ込んだのがこの追いかけっこのスタートである。

 

「だーもう! 冷静に考えても意味がわかんねえ! 不幸だー!!」

 

 買い物袋はとっくに放り投げ、たい焼きの紙袋も先ほど投げつけて失った。後ろ髪がまったく引かれないと言えば嘘になるが、背に腹は代えられない。なにしろ一撃で軽自動車をバラバラにするような魔術を向けられているのだ。アレを食らったら最後、先ほど踏みつけられたたい焼きと似たような一品に、今度は上条自身が仕上がってしまう。

 

 逃げる以外に選択肢はない。直線距離を稼ぐのではなく、なるべく海原の死角に身を隠すようにして上条は走り続ける。ここまでの経過から、追跡者の魔術はコンクリの壁を貫通するような代物ではないと判断したからだ。

 

(というか、車とかをバラバラにしちまうような威力があるなら、もう少し周りに被害とかが出てなきゃおかしくないか? ここまで命中率の低い魔術なのに、壁や地面は無傷のままなのは……)

 

 考えても答えは出ない。ならその答えを知っている人物に聞けばいい。焦る手つきで携帯を取り出し、アドレス帳から自宅の電話番号を呼び出そうとする。禁書目録。魔術に関して尋ねるのであれば、10万3000冊の魔道書を記憶している彼女に勝る選択肢は無いのだ。

 

 だがその瞬間、上条の携帯が鳴動し画面には着信の二文字が映し出された。

 

 一瞬の逡巡の後、上条はほぼ無意識に通話ボタンを押していた。下手をすれば命にかかわる行為だが、この絶体絶命のシーンにかかってきた謎の番号に希少性(レア度)を見出してしまったのだ。押した途端に間違いだったと気づいたが、半ば投げやりな気分で上条は携帯を耳に押し当てた。

 

「誰だ!?」

 

『ひゃい! ……も、もしもし。御坂、です』

 

「…………」

 

 上条の思考が完全に停止した。期待していたモノと違う。期待と言っても完全に上条の深読みである上に、御坂からの着信は今日で二度目だ。普段通りの冷静さがあれば気づいたかもしれないが、しかしながら今は命を賭けた追いかけっこ(デッドハード)の真っ最中。ここで何かを期待しないほど、上条は冷静沈着なスーパー高校生ではない。

 

「何でよりにもよってビリビリ!? ここは木原とか土御門とか、その道のエキスパートがドヤ顔でかけてくる場面じゃねえのかよ!?」

 

『な、なによそれ! というか、アンタ今どこにいるのよ? ちょっと目を離した隙にいなくなるなんて……そ、そんなに私との恋人ごっこが───

 

 電話越しの御坂の怒鳴り声を、上条は最後まで聞いていなかった。ツンツン頭を掠めるようにして落ちてきたのは、金属製の一本の棒。

 

 それが安全の象徴としてきた建物の、ベランダのパーツだと認識した瞬間に。上条は壁から弾けるように飛び退いた。

 

 ガッシャーン!! と盛大な金属音が鳴り響く。魔術によって精密に分解されたベランダが、重力に従い崩落してきたのだった。幸いにも上条はその衝撃に巻き込まれることはなく、犠牲になったのは先ほどまで上条が持っていた携帯電話一つであった。

 

「こんな状況でお喋りとは余裕ですねえ。それも相手は、魔導書図書館や例の少年でもなく、よりにもよって御坂さんとは」

 

 床に転がる上条に向けて、襲撃者の怒気を含んだ声がかけられる。上条が振り返れば、そこには必殺の間合いまで

距離を縮めた『海原光貴』の姿があった。

 

「チェックメイトです。この距離なら、貴方が何をしようとコレを外す事もない」

 

「……ッ! テメェ、一体何が目的なんだ? 魔術師の癖に学園都市に潜入してるって事は、お前もスパイってやつなのか?」

 

「おや、『お前も』となりますと……どうやら同業者を知っているようですね。木原統一の事を言っているのか、それとも別口なのか、気になるところではありますが……」

 

 そう呟きながら、『海原光貴』はゆっくりと右手を天に掲げる。黒曜石のナイフ。詳しい原理はわからなくとも、一つだけはっきりとしている事がある。あの腕が完全に掲げられた瞬間に、上条当麻の死が確定するという事だ。

 

「まずは貴方に化けて、探りを入れるところから始めましょうかねぇ!!」

 

「畜、生!!」

 

 弾かれたように上条は立ち上がり、態勢を立て直す事もなく魔術師へ飛び掛かる。だがそんな上条の様子に慌てることもなく、『海原光貴』は掲げた腕を捻り魔術を発動させた。魔術の名前は『トラウィスカルパンテクウトリの槍』。金星の光を反射し、それを浴びた物へ魔法陣を刻む事でバラバラに『分解』する魔術。威力は先ほどから上条が目撃している通りであり、人体に対してもその効果は同様である。

 

 間合いは適正。上条当麻は殴りかかろうと突っ込んできているが、それが間に合うような距離でもない。狙いも先ほどまでとは違い足を止めての狙い撃ち。肝心の金星の位置も完璧に把握できている。

 

 まず間違いなく上条当麻は死ぬ。物言わぬ肉塊になった彼に化けて、それから───と思考を巡らせていた『海原光貴』であったのだが───

 

(……ッ!? 槍が、発動しない!?)

 

「うおおおおおお!!」

 

 上条当麻は拳を振り上げる。黒曜石のナイフを宙へ掲げている今の海原は、完全に無防備な状態だった。

 

 ドゴンッ!! という轟音と共に。上条当麻の渾身の一撃が、魔術師の顔面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「先生、お待たせしました」

 

「うむ……いや、ご苦労だったね唯一君」

 

 葉巻を咥えたゴールデンレトリバーのもとに、トレーニングウェアを着たサングラスの女性が歩み寄る。彼女はぼんやりと周囲を見渡した後で、ペットを繋ぐ専用ポールに寄り掛かった。

 

「いえいえ、大したことはしてませんので。ただ時間稼ぎのために少々話を捏造し過ぎてしまいました。あの子の中で私は『彼氏の義理の姉』という事になってます。連絡先も交換したので、こちらからは操り放題ですよ?」

 

「……」

 

 この先、自分の弟子が布束砥信に諸々吹き込むことで、ここから走り去った少年に訪れるであろう苦難を想像し、木原脳幹は黙祷を捧げた。そんな師匠の態度はどこ吹く風で、トレーニングウェアの女性はにこやかに話を続けてきた。

 

「彼は?」

 

「行ったよ……うん? では唯一君の方には行かなかったのかね」

 

「ああ、ちゃんとすれ違いましたよ。首輪をガールフレンドに投げ渡して、「ちょっと人助けしてくる」と一言告げてですが。いえいえ、そうではなくてですね。彼と実際に話してみてどうでしたか、と聞きたかったんです。」

 

「ふむ、実に面白い成長をしていたな。単なる超越者視点からのダウングレードとは違う。自ら実験用マウスのケージに飛び込んでくるような愚行……とも言えなくもない。だが自分の知る知識を超えた何かを信じる心と、失敗を恐れない気概は見事なものだ。正直言って私は好きだよ。今の彼がね」

 

「……本当にそう思ってますか?」

 

「一体どういう意味かね?」

 

「自覚がないんですか。これは重症ですねえ」

 

 くすりと笑いながら、そっと木原脳幹の頭に手を置いて。いたずらっぽく女性は呟いた。

 

「だって先生、今とっても不機嫌でしょう? 顔を見ればわかりますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシリ、という。まるで陶器にヒビが入った時のような音が聞こえた。

 

「なっ……」

 

 それを目にした上条は思わず硬直した。下手をすれば、態勢を立て直した目の前の魔術師に反撃されるかもしれないというのに。危機感が頭から吹き飛んでしまうような光景が、目の前で起きていたのだ。

 

「言ったでしょう? 偽者、だとね」

 

 異常の主は、吐き捨てるようにそう呟いた。上条に殴りつけられた場所を手で押さえながら。だが異変は、もはや片手で覆い隠せるようなものではなく。それも現在進行形で進みつつあった。

 

「簡単なことですよ。本物の海原光貴に化けるために、その皮を被っていただけです。ああ、実際に使ったのは10センチ四方ほどの分量ですがね……まったく、話には聞いていましたがその右手。まさか一撃で破られるとは思っていませんでした」

 

 特大のかさぶたが剥がれ落ちるかのように。ひび割れた海原光貴の顔の隙間から、まったく別の顔が現れていた。海原よりも色が濃い。顔つきもどこか幼く、先ほどまでの言動も含めて上条は、どこか背伸びした子供のような印象を受けた。

 

「化けて、いた? ……待て、じゃあ本物の海原光貴は……?」

 

「ああ、残念ながら生きていますよ。別段生かしておく必要もなかったのですが……コールドスリープ、とでも言うのでしょうか。念動力(テレキネシス)をあんな風に使うとは、火事場の馬鹿力とでも言うんですかねえ」

 

 小馬鹿にしたように魔術師はせせら笑った。その言葉の意味を、上条が完全に理解する事は出来ない。

 

 だがそれでも。目の前の魔術師が、平気で人を殺せる人間であることだけは伝わってきた。

 

「なんでだよ……」

 

 感情の波が変わる。殺されるかもしれないという恐怖から、許せないという憤怒へと。心の変化に呼応して、上条は拳を握り直す。

 

「どうしてそんな平気な顔で、こんな残酷な事が出来るんだよ! 何が目的で海原に化けた!? そこまでして御坂に近づいた理由は何だ!?」

 

 御坂、という名を聞いた瞬間。目の前の魔術師の顔色が変わった。未だその手には、正体不明の魔術霊装が握られている。だが、まるでそんな事など関係ないとばかりに。上条当麻は言葉を続けた。

 

「科学と魔術の、互いの仲が悪いことは知ってる。でもそれは所属の違いでしかないはずだ。海原や御坂が、お前に一体何をしたってんだ。平和な日常を……そんな風に踏み躙られなきゃいけないような理由があるのかよ!?」

 

「……はっ、おめでたい人だ。まさか、全ての中心である貴方にそんな事を言われるとはね」

 

 そう呟いて、海原は『槍』を構え直す。

 

「一ヶ月前。私が学園都市に潜入したのはちょうどその頃です。ここまで聞いて本当に何もわかりませんか? 科学と魔術、その騒乱の中心。組織の一部は上条当麻ではなく木原統一を重視しているようですがね。私は騙されませんよ」

 

 思わず身構える上条に向かって、魔術師は言葉を紡ぐ。その口調はさながら、囚人に罪を説く法の執行者のようにも見えた。

 

「魔術師である木原統一だけならまだ良かった。目的を探りこちらに寝返らせる事も出来る。あるいは、同じ魔術師として真っ向から叩き潰したっていい。人質を取って言うことを聞かせることだって出来た。だが貴方が……貴方さえいなければ!!」

 

 魔術師の慟哭が、とある路地裏に響き渡る。黒曜石の刃が震えている要因は、決して怒りの感情だけではないだろう。

 

「純粋に学園都市の住人である貴方は駄目だ。一時的に従わせる事ができても、いずれは学園都市から介入されてしまう。抑制が出来ない、縛り付けることが不可能な獣を野放しにするわけにはいかないんですよ!! 魔術側への窓口として機能しかねない上条当麻と、その周囲にいる科学側の特記戦力の排除。それを数日前に私に命令したのは組織だが、原因は間違いなく貴方にある!! 貴方さえいなければ誰も……御坂さんを傷つけるなんて事も、する必要はなかったはずなのに!!」

 

 そう言って、海原は『槍』を発動させた。上条当麻への呪いを口にし、自らの決意を明確にして。絶対の意志を込めた魔術でもって、目の前の少年を殺害するために。

 

 だが、その剥き出しの殺意を乗せた一撃は少年には届かない。

 

「クソ! なぜ『槍』が発動しない!? 金星の位置も角度も完璧なはず───

 

「お前は……本当に御坂の事が好きだったのか?」

 

 その言葉を聞いて、海原は黙りこくった。やがてその沈黙にまるで言い訳でもするように。海原は自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

「……はっ、一体なにを言い出すかと思えば。本心なんてどうでもいいでしょう? 所詮、私は偽物で魔術師なんですから。そんな私が、科学側の彼女をどう思ったところで何も変わらない」

 

「……ようやくわかったよ。テメェがどうしようもない、大馬鹿野郎だって事がな」

 

 刃を向けられているにも関わらず。上条当麻は前に出る。拳は握り締めたまま、眼前の魔術師をはっきりと見据えて。わずかに見せた心の綻び、全ての元凶。その歪みを叩き潰すために、上条は言葉を紡いでいく。

 

「何で……何でそこでテメェは諦めちまうんだよ! 守りたい奴がいて、戦うための力があればそれで十分じゃねえのか!? そいつの世界を守りたいって思うなら、そこでしっかり踏み止まるのがお前の役目だろうが!!」

 

 上条当麻は知っている。魔術と科学、両方の世界に身を置き日夜戦う天邪鬼(ヒーロー)を。その身を削りどんな手を使ってでも、大切な義妹(いもうと)の世界を守り通すと誓いを立てた隣人を。

 

「お前がたとえ偽者の『海原光貴』だったとしても、お前のその気持ちは本物じゃねえのか!? 過ごした時間がたとえ短くても……御坂がお前を知らないとしても! お前がアイツのために立ち上がっちゃいけない理由なんざねえはずだ!!」

 

 上条当麻は知っている。たった一人の女の子を助けるために、学園都市の闇へ立ち向かった偽者(ヒーロー)を。身を焦がすような罪科に苛まれながらも、最愛の人を守り通した隣人を。

 

「貴方は何も知らない! 今やあらゆる組織が貴方たち『上条勢力』に目を付けてしまっている。そんな中で御坂さんを守り通すなんて不可能だ! 地獄の幕が開く前に、楽にさせてあげる事の何が悪い!」

 

「不可能だなんて誰が決めた? 難しいから諦めるのか!? この1ヶ月で、お前は御坂の何を見てきたんだ!!」

 

 上条の言葉に、魔術師ははっとして口を紡ぐ。そんな様子を見て、上条は自らの推測が正しかったと確信した。

 

「御坂に惚れこんでたお前が知らないわけが無い。絶対に勝てないとわかっていても、妹を守るために学園都市最強に挑んだアイツを見てなかったのか!? お前が好きになったのは、御坂のそういう所じゃねえのかよ!」

 

 監視が執着へと変わったのはいつ頃だったろうか。あんなにも真っ直ぐで、純真で、眩しい人は初めて見た。豪快で荒々しい一面も、繊細で愛おしい仕草も。その全てが自然体だった。誰かのために怒り、悲しみ、そして喜ぶ事の出来る彼女に、気がつけば取り返しのつかない程に惚れ込んでしまっていた。

 

 常盤台の超電磁砲(レールガン)。学園都市に7人しかいない超能力者(レベル5)の第3位。圧倒的な実力に相応しく、名実ともに彼女は有名人だった。でも、たぶん、きっと……

 

「届かなくてもアイツは手を伸ばし続けた! アレがお前に足りないモノだ、魔術師! 力の有無なんざ関係ねえ。アイツはたとえ能力(ちから)が無くたって、同じように立ち向かったはずなんだ!!」

 

「黙れ……」

 

「……俺も戦う。御坂と、御坂の世界を守るために。お前が壊そうとしてる日常(げんそう)は、絶対に傷つけさせやしない!!」

 

「黙れえええええええええええええええ!!!!」

 

 黒曜石のナイフを構え直し、再度魔術を発動しようと試みるも、『トラウィスカルパンテクウトリの槍』は当然のように効力を発揮しなかった。すると魔術師は怒りに身を任せナイフを上条に投げつける。

 

 ガラスの割れるような音と共に、魔術師の『槍』は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって粉々に打ち砕かれた。

 

「お、おおおおおおおおおおお!!!」

 

 獣の如き咆哮と共に、魔術師は上条当麻へと特攻する。もはや偽者の表情(かお)はどこにもない。正真正銘、本物の叫びと(テレマ)を前に。上条当麻もまた拳を握り直す。

 

「お前が、自分の弱さを理由に立ち上がれないって言うのなら───

 

 二人の男の拳が、この瞬間に交差した。

 

「その惨めな幻想を、この右手でぶち壊す!!」

 

 とある学園都市の路地裏で。乾いた轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうにか間に合ったか」

 

 とある路地裏を見下ろすように、半人前の魔術師が佇んでいた。場所はビルの屋上。備え付けられた柵に身体を預けながら、路地裏で繰り広げられた激闘の跡をしげしげと眺めている。

 

「油断してるとこれだからな。まさか夏休みの宿題を手伝ったら死亡率が跳ね上がるとは……予測なんぞ出来るかっての」

 

 史実では、この夏休み最終日たる8月31日。上条当麻は夏休みの宿題と格闘しつつ、あの偽者の海原光貴ややたらと声がダンディーなもう一人の魔術師と戦う事となる。なんともハードなスケジュールだが、上条当麻にはこれが平常運転だというのだから恐ろしい。今回はそれを軽減しようと、予め宿題を手伝い完全消化しておいたはずなのだが……結果として未来は少々歪み、第3者の介入がなければ『トラウィスカルパンテクウトリの槍』によって、死体標本も真っ青な作品にされるところであったと。

 

「……不幸すぎる」

 

 留年か死か。まさか順調に進学して卒業されちまうと困るからって、アレイスターが仕組んでいるのではあるまいな? まさかな?

 

「いやいやまったく。カミやんの不幸は侮れないぜよ。木原っちもようやくわかってきたかにゃー?」

 

 不意に右側からそんな軽口が聞こえてきた。慌てて振り向くと、アロハシャツを着たグラサンの男が一人。自分とは違い背中を柵に預ける格好で、手を伸ばせば届くような距離に出現していたのだ。

 

「ッ!!……さも当たり前のように登場するんじゃねえ、心臓が止まるかと思ったわ!」

 

「木原っちの心臓なんて、今さら止まったところでなんだってんだにゃー? ついでに言っちまえばそれはこっちの台詞。暴走した魔術師(同業者)を追跡してたら、クラスメート二人が事件解決しちまってたとくれば、こっちも商売あがったりぜよ」

 

 なんだかとてつもない暴言を吐かれた気がする。まぁ冷静に考えて土御門と木原統一、どちらがどちらに心労をかけているのかなんて事は考えるまでもない事ではあるが。それにしたって俺の心臓の価値が低すぎるような。

 

「……まぁいいか。ここでお前が来てくれたのは正直ありがたいし。アレ、回収するんだろ?」

 

「ああ。カミやんと……その建物の陰に隠れてる第3位がどっかいったらだがにゃー」

 

 上条と偽海原。その二人の様子を窺うように覗き込んでいる人物。おでこ付近をバチバチと鳴らしている電撃姫だ。先ほどの上条の台詞のうち、一体何が彼女の琴線に触れたのかはわからんが……とりあえずご機嫌っぽいのでよしとしておこう。今は周囲に忠犬もいないしな。

 

「さて、木原っち。念の為聞いておきたいんだが……何をした?」

 

 そして当たり前のように始まるマジモード土御門。もちろん信頼はしているが、なにしろこちらは一度心臓を止められた身。多少身じろぎしてしまうくらいの反応は許して欲しいところだ。

 

「え? ちょっと待て、何をって言われてもだな……あの魔術師の暴走に関しては、俺は何もしてないぞ?」

 

 流石になんでもかんでも俺のせいにされても困る。自分自身、ここ最近のトラブルの要因だったり燃料だったりする自覚はあるけども。今回ばかりは100%の冤罪である。

 

「そうじゃない。カミやんを襲った例の魔術。アレが不発になった原因はなんだ?」

 

「なんだよそっちか……金星の光を利用する魔術なんだから、そいつの向きを誤認させちまえばいいってだけさ。あんだけジグザグに路地裏を走り回ってたし、そこに蜃気楼の応用で偽者の太陽を挟み込めば、方角を簡単に誤認してくれるってこった」

 

 現在時刻は真昼近く。当然ながら金星の光など目視できることもなく、それを反射させようと考えるならば方角と時刻、現在位置を正確に把握しておく必要がある。3つのパラメータのうち一つでも狂わせることができれば、魔術は正しく発動しないはずなのだ。

 

「ま、念の為物理的にも金星の光を屈折させるような細工もしてはみたんだが……効果があったかは分からなかったな。魔術自体は発動しなかったし結果オーライ……って、聞いてるか土御門?」

 

 説明の途中で、土御門は青空を見上げるようにうなだれてしまった。何やら前にも見たことがあるような光景だな。いつの事だったかは忘れたが。

 

「ああ、聞いてるよ。金星の光か……陰陽では凶星、戦いの神の象徴。それに明けの明星といえばラテン語で堕天使の長を示すが……ダメだな。該当する伝承が多すぎる。一体どこの魔術師だ?」

 

 意外にも、土御門から魔術に関する質問が飛んできた。そうか、何でも知っていそうな印象だったがコイツにもわからない魔術はあるよな。金星を特別視する宗教なんてそれこそ星の数だけあるだろうし。

 

「アステカだ。使ってた魔術はアステカの破壊神たるトラウィスカルパンテクウトリ。ここまで言えばわかるか?」

 

「なるほどな。とうとうその辺りの魔術師まで動き出したか……これは忙しくなりそうだ」

 

 どうやら土御門は魔術の詳しい概要を聞きたかったわけでは無いらしい。魔術的な流派から、敵対組織を割り出そうとしているようだ。なるほど、土御門の本業を考えれば当然だな。

 

「あー、そうだ土御門。ちょっと携帯貸してくれないか?」

 

 先日のイギリス旅行の折に……いや、正確にはそれよりももう少し前。木原病理との邂逅時に携帯を壊し、それ以降新しいモノを買う機会にはなかなか恵まれない。そういう意味でも、ここに土御門が来てくれたのはありがたい話だ。

 

「? 別にかまわないが……」

 

 ひょいと投げつけられた携帯を受け取り、とある番号に電話をかける。なにやら土御門は不審そうな顔をしているな。ここで何か勘違いをされても困るし、そっぽを向いて手短にすませるとしよう。

 

「もしもし……ああ、そうだ。よくわかったな。実は折り入って頼みがあるんだけどさ。俺と上条の帰りが遅くなりそうでな……そうそう。察しが良くて助かる。じゃ、頼んだ」

 

 連絡完了、と。振り返り、先ほどよりも2割増しで妙な顔になっている土御門に携帯を投げ返す。

 

「電話の相手は布束砥信か?」

 

「いや、お前の義妹(いもうと)

 

 バゴン! という快音が鳴り響く。音の発生源は当然というか、俺の顔面であった。

 

「さて、理由を聞こうか木原っち」

 

「り゛、り゛ゆうをぎいでがらなぐれよな……」

 

 鼻血をボタボタと垂らすこと数秒。血も止まり、顔に残ったわずかな血痕をハンカチで拭う。ああは言ったが、ある程度は予想してたからな。殴られた事に関して、特段思うところも無い。

 

「あのアステカの魔術師とは別件でもう一人、魔術師が学園都市に侵入してきてるのは知ってるだろ? というか、その対応に追われたからこそ、こっちに来るのも遅れちまったんじゃないのか?」

 

「ああ。だがそれと舞夏とどう関係がある?」

 

「それを俺と上条で迎え撃つ。その魔術師の目的は禁書目録(インデックス)だが、必要なのは幻想殺し(イマジンブレイカー)の方なんだ。舞夏ちゃんに頼むのはインデックスの子守ってわけ」

 

 そこまで言い終えても、土御門は不審な顔を崩さなかった。それどころか不満の色が増している。

 

「カミやんを巻き込む必要があるのか?」

 

「あー……正直わからん。だけど幻想殺しがあれば確実に救える人がいる」

 

 学園都市に侵入してきた魔術師、闇咲逢魔(やみさかおうま)を迎撃するだけなら俺一人で事足りる。だがその後の人助けとなれば話は別だ。正体不明の呪いに侵された女性まで、無条件に救えるとは限らない。となれば、それが出来る友人に助けを請うしかないだろう。

 

「いい加減少しは学習したんだよ俺も。一人で抱え込んで、ぶん殴られたり撃たれたりはもうゴメンだからな。それに、物騒なところはなるべく俺が引き受けるから、上条にそこまで危険はないはずだ」

 

「……無理はするなよ」

 

「ああ、わかってる」

 

 そう言って、土御門に背を向け歩き出す。無理なはずがない。もともとは俺抜きで、上条と闇咲逢魔だけでも救えるはずの人だ。

 

「それと、次また義妹(まいか)を名前呼びしたらぶっ殺すぜい」

 

 飛んできた物騒な軽口に、俺は振り向くことなく右手を振って応えた。

 

 面白そうだからまた今度やろうと、そう心に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『運命……もしそんなものがあるんだとしたら……か』

 

 とてとてと、トレーニングウェアの女性の横を歩くゴールデンレトリバーは思い出す。冗談交じりに尋ねた質問に、想像以上の言葉を返した少年の事を。

 

(杞憂であればいいのだがな)

 

 あの時の少年の眼。木原脳幹はあの眼を見た事がある気がした。

 

『……もしも定められた未来があって、それが正しいって言うのなら……俺が本物を見せてやる。何かしらの法則の元に成り立っているのなら、それは俺がぶち壊す!』

 

 ふと足を止め、木原脳幹はとある方角へと顔を向ける。窓のないビル。完全無欠の要塞にて佇む友人たる彼に向けて。そんな木原脳幹を心配そうに、トレーニングウェアの女性、木原唯一は覗き込んだ。

 

(今回私は独断で動いた……だというのにも関わらず、未だ連絡は無しかねアレイスター。君のその黙秘は、君が思っているほど全てを覆い隠せてはいないのだがね)

 

 やがて、木原脳幹はまた歩き出す。先ほどまでとは違う方向へとだ。

 

「先生?」

 

「悪いね唯一君。少し野暮用ができた。君は先に帰っていたまえ」

 

「おや、おやおやおや……それは、私がついて行ってはいけない類のモノなんですか? 染色体にYの字がないとダメな方向性の?」

 

 げふんげふん、と木原脳幹は咳き込んだ。このままではあらぬ疑いをかけられてしまいそうなので、木原脳幹は慌てて否定する。

 

「無論違うとも。少し調べ物をね、研究とはあまり関係ないので君は先に……」

 

 ぴとり、とゴールデンレトリバーの口先に人差し指が当てられる。そして彼女はにっこり笑って、こう呟いた。

 

「ご一緒しますよ、先生」

 

「……うむ」

 

 これは断れないなと確信した木原脳幹は、首を縦に振る事しかできなかった。

 

「それで、どこに行くんですか?」

 

「ふむ。候補は幾つかあるが、手あたり次第といったところかな。そもそもあるかどうかもわからないのだから、もしかすると全て見て回ったところで何もない、という結果すらあり得る」

 

 そんな言葉を聞いて、木原唯一は首を傾げる。一方で、可愛らしい弟子の仕草に微笑みながら、木原脳幹はこう続けたのだった。

 

「……暗闇の五月計画。その残り香に飛びついた、哀れな子供のおもちゃ箱だよ」

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 申し訳ないですが、白い人とジョージはカットです。
 
 
 なので次回から普通に6巻ですが、もしかしたらEXを挟むかもしれません。

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