とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 実質的には6章の1話だったり。

 でもはっちゃけ過ぎてたりするのでEXの枠にぶち込みます(シレッ
 
 


 



EX5
070 そして舞台の幕は上がる  『9月1日』 Ⅰ


 

 

 

 

 

 

 

 九月一日、深夜。

 

 時刻は午前二時を少し過ぎた頃。徹夜を覚悟した猛者たちが、敗北の白旗を掲げだす丑三つ時である。最終下校時刻を定められている学園都市でなくとも、こんな時刻に外を出歩く学生は即時補導対象となるものだが。そんな法令などものともせず、さらに加えて学園都市不正外出からの不正入場コンボを決め込んだ不良学生二人組が、夜の街を練り歩いていた。

 

「あー、ようやく第7学区まで戻ってこれた……いくら公共機関が使えないって言っても、外周からここまで徒歩はマジでキツイっての」

 

 眠い目をこすりながらそうぼやいたのは、縞模様のシャツを着た少年である。上に着ていたYシャツを肩にかけ、ふらふらと帰路につく姿はまるで、お仕事お疲れ様なサラリーマンを想起させる佇まいであった。

 

「不幸だ……よりにもよって新学期初日にこのコンディション。魔術師2人ぶっ飛ばした後で、2、3時間ぶっ通しで練歩いた挙句に寝不足のまま登校とか、どう考えても平凡な高校生の日常じゃねえぞ」

 

 その隣で、何やら傷だらけのつんつん頭の少年がそう呟いた。血やら汗やらの影響は言うまでもなく、おそらく何度か地面を転がったであろう擦り傷の跡は数知れず。一体どこの戦場を渡り歩いてきたのかと問いたくなるような様相で、自分を平凡な高校生とのたまう男がここにいた。

 

「あー……まぁ、形的には俺が巻き込んじまった形になっちまったし、悪いとは思ってる。すまん」

 

「……別に文句があるわけじゃねえよ。誰かを助けるためだったら遠慮なく俺を巻き込めって、前にそう言ったからな」

 

 つかず離れず、近づくことも遠ざかることもなく、彼らは並行して歩き続ける。この第7学区に辿り着くまでの数時間、ありとあらゆる無駄話をしてきた彼らの会話は、先ほどの言葉を最後に途絶えてしまった。冒険の終わりを自覚し、これまで放置していた問題を思い出してしまったのだ。騙して騙された関係、共犯者としての立場からの裏切り行為。責められるような言われも無いが、友として在りたいのであれば決して看過出来ない問題が、二人の間にはあった。

 

 何か合図をするでもなく、互いにちらりと隣の顔を覗き込めば、困り顔をした友人の顔が視界に入る。どうやら同じ事を考えていそうだなと両者は考え、まず切り出したのは自称『平凡な高校生』上条当麻の方であった。

 

「なぁ木原」

 

「……おう」

 

 言い表せないような緊張が、木原統一の身体を這い回る。布束砥信や土御門元春との時もそうだったような、心臓を鷲掴みにされるような不快感。だがコレは必要不可欠な、一種の儀式のようなものなのだと自分に言い聞かせ、木原統一は上条当麻の顔を正面から見つめた。そして───

 

「どうしよう、新学期だぞ」

 

「…………うん?」

 

「補習で学校には行った事があるから、道に迷う心配はない。下駄箱や教室の位置も大丈夫……だけど、補習の補習を受けてる生徒は俺しかいなかったから、小萌先生とのマンツーマンだったんだ。自分の元の座席も、クラスメートの顔やら名前やらもさっぱりわからねえ!」

 

「……とりあえず、小萌先生との個人授業の件は黙っとけ。青髪ピアスに殴られるぞ」

 

 頭を抱えながら、本気で青ざめている上条に返せた言葉はひとまずこれしかなかった。どうやら先ほど感じた以心伝心は幻想だったようだ。続いて『何を言ってやがるこのウニ頭』とそのまま口走りそうになり、木原はぎりぎりの所で止まった。いやいや流されてたまるかと。木原統一は首を振って冷静さを取り戻す。

 

「えーと、なんつーかさ。それでいいのか上条は。記憶喪失ネタならもっとこう……ほら、大事な話があったじゃん? こう、すっげーシリアスな感じのイベントが───」

 

「シリアスなイベント……? ああ、そういえば。今日の、じゃなくて昨日か。お昼前にスーパーの前で例の、布束砥信って人に会ったな。お前の事を……その、気にしてるみたいだったぞ?」

 

 おそらく上条に悪気はない。木原統一と布束砥信の現在の関係性を彼は知らないのだ。眠い頭で上条は、彼女との会話から二人の関係性を想像した。おそらく布束砥信は木原統一を許しているけども、木原統一自身はそれを知らないのではないか、と。そんな曖昧な推測の元に実行されたのは、『学園都市最強の鈍感野郎(フラグメーカー)』上条当麻の、せめてもの愛のキューピッド作戦である。

 

 が、しかし。そこにできたてほやほやの彼氏彼女というパラメータが追加されれば見方は変わる。

 

 歩く高重力惑星(女性限定・原材料の一部にそげぶ被害者を含む)たる上条当麻の口から、一番出てきてほしくない女性の名前が紡がれた瞬間。木原統一は、自らの心にどす黒い感情が湧き上がるのを自覚した。対人関係における信用とか信頼の話ではなく、物理的な接触という意味合いで、木原統一は上条当麻を信用していない。不幸と自称する彼のセクハライベントは教師、クローン、シスター、聖人、果てはAIM拡散力場の集合体にいたるまで。女性の形をしていれば無差別に襲い掛かる性質を持つ。そんな上条が、知らない間に布束砥信(ガールフレンド)とボーイミーツガールを果たしていたと聞けばどうなるか。その答えが、木原統一の次の言葉に凝縮されていた。

 

「……他には? 具体的には何を話した?」

 

 もはや上条への謝罪だとか、もう一人の人格がどうだとかいう話は頭から消えていた。目の前の容疑者への尋問を最優先事項へと切り替え、平静を取り繕って、どうにか搾り出した言葉は驚くほどに冷たく。そして何故か元凶たる上条は、木原統一の豹変振りにまったく気づいていない様子だった。

 

「え? うーんと、話した事といえばこれからも木原とよろしくなとかそんなだったかなー。あとは……そういや危なく浮気するとこだったとかなんとか……ってオイちょっと、待て。待って下さい木原先生? 何ですかそのパラパラと宙に浮いてるルーンのカードは!? ステイルみたいでちょっと上条さん的には好ましくないかなー……って」

 

「ステイル? 違う違う、俺のはそんなんじゃねえよ。これは……新ネタだ」

 

 残暑の残る学園都市。

 

 丑三つ時の帰り道。

 

 暗い夜道を鮮やかなオレンジ色の光が埋め尽くし。その中を、二人の人影が駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちまった」

 

 そんなわけで。謝罪すべき相手を炎の魔術で追い回し、おおよそ深夜にふさわしくない轟音と共に、ドアを目の前でドカンと締め切られた魔術師はそう呟いた。

 

 ……というか、その魔術師は俺だった。

 

(こんなつもりじゃなかったんだけどな……まぁ布束や土御門と違って、上条相手にはそこまで改まって話すような事は無い気もするが。別に開き直るわけじゃねえけど、差し迫った問題としては優先度はそこまで高くないというか。とりあえず、また後日話すしかない、か)

 

 壁に寄りかかりながら、学生寮の部屋が並んだ廊下の片隅で座り込む。疲労と眠気でうまく思考が働かない。学園都市外部への脱走、とある魔術師の想い人の救出、その元凶たるなんか変な呪いをかけていた魔術師(モブキャラ)をぶちのめし、学園都市へ帰還。その後第7学区の端からこの学生寮まで魔術を振るいながら全力疾走……と。どう考えても最後の行動が余計だったな。昨日の昼過ぎからこんな感じで活動しっぱなしなので、流石に限界が近い。このまま自宅に入ればそのまま夢の世界へさよならバイバイな自信がある。

 

(だけど、ここで何も考えずに寝落ちはまずいだろ……特に今日は、史実通りならアレが学園都市を襲撃してくるはずだからな。戦力的にはそこまで脅威じゃないが、問題はその行動パターンだ)

 

 九月一日。それはとある魔術の禁書目録における第6巻に相当する日付である。イギリス清教所属の魔術師、シェリー=クロムウェルが独断で暴走し学園都市に攻め入ってくるという、エピソードとしてはそこまで危険度の高くない物語……コレを大事件じゃないと捉えちまうあたり、俺の認識力もかなりぶっ壊れてきてるな。炎の魔術師(ステイル)黄金練成(アウレオルス)一方通行(アクセラレータ)に『神の力(ガブリエル)』が主な指標なんだから当然と言えば当然だが。

 

(本来の流れでは午後に襲撃してくるはずだけど……完全に当てにならんなこの知識。ここ最近で一体どれだけイギリス事情を引っ掻き回しちまったと思ってやがる? そもそも日付通りにシェリーがやってくるかも怪しいぞ)

 

 騎士団長(ナイトリーダー)と一戦交えただけ、と言えばそれまでだが。例えばそれでシェリー=クロムウェルの仕事が増えたりしていれば、それだけ学園都市への襲撃が遅れる可能性は十分にあり得る。あるいは逆に彼女の仕事が減ったり、またはその原動力を後押しするようなイベントとなれば、今この瞬間にも学園都市に押し入ってくる可能性だってあるのだ。適当に予想を立てるだけでもこの様なのだから、蝶の羽ばたき(バタフライエフェクト)による歴史のズレは、木原統一の想像の枠外へとはみ出す可能性は十分にある。

 

(後で土御門に連絡を取って……そういや携帯は前にぶっ壊されたままだったか。このままだと不便だし、時間を見つけて買いに行かなきゃな。データ関連はバックアップがあるから……いや、まずはシェリーに集中しねえと。ひとまず結界を学生寮周辺に張って、仮眠を取る。話はそれからだ)

 

 そう思い立ち、自分の部屋のドアへと手をかける。もう布束は帰っただろうか? 人造人間(ケミカロイド)達の調整を放り出しての来訪(奇襲)だったらしいし、彼女にも仕事があるはずだが……その辺りのスケジュールはまったく把握してなかったな。

 

 そんな予想を裏切るように、ドアは鍵を挿すことも無く容易く開いた。布束が鍵をかけ忘れた可能性も無くはないが。木原統一が鍵を持ってない可能性を考慮して、開けておいてくれた可能性の方が高いだろう。そんな思いやりに少し嬉しくなり、部屋へと足を踏み入れたその時だった。

 

「よう。随分と遅いお帰りじゃねえか……お外へのお出かけは楽しかったかな? クソガキ」

 

 闇の中に、ぼんやりと浮かぶ白衣の白。アレが布束である可能性は微塵も無い。間違いなく無い。

 

「……すいません。部屋を間違えました」

 

 なるべく平静を保ち、逆再生のようにそのまま外へ出てドアを閉める。たぶん何かの間違いであると自分で言い聞かせて。浅くなる呼吸を押さえつけるように必死で胸を押さえつける。するとそこへ、カランという金属音が背後から鳴り響いた。勢いよく振り返り、その光景を見た瞬間。

 

「お帰りなさぁい、統一君」

 

 闇夜に浮かぶ暗黒の瞳。上の階からそのまま壁に沿ってきたかのように、車椅子が逆さ吊りの状態で天井に張り付いていた。その車椅子の主は長い髪を垂らしながら、まっすぐとこちらを見つめている。

 

「……っ!?」

 

 何かを言おうと思ったわけはない。というか思考も何もあったものではない。ただ全力で絶叫を上げようとしただけなのだが、それも叶わず。声を出す前に背後から口を塞がれてしまっていた。

 

「暴れるなよ……じゃねえと、みんなの迷惑だぜ?」

 

 ずるすると、身体がそのまま引きずられる。それに追従するように、妖怪車椅子も何食わぬ顔で部屋の中へとついてくる。

 

 上条が勢いよく駆け込んだ時とは違う。非常にゆっくりと、まるで部屋の主の最後を示すかのように、その扉は静かに閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、朝だぞ二人ともー」

 

 柔らかくも、意識の覚醒を促すような声を聞き、布束砥信は身体を起こした。その隣で、未だすやすやと眠りにつく純白シスターの姿をなんとなしに見つめ、ようやく自分の現在位置を思い出す。ここは木原統一の部屋から上条家を挟んださらに隣、土御門という表札のついたお部屋だったな、ということを。

 

 彼らとの出会いはつい昨日の事だった。いや、正確に言えばあのメイドとはそれよりも前なのだが、あの惨劇は互いに無かった事にしているので実質ノーカンである。木原統一の部屋にとぼとぼと一人で帰ってきたところをあのメイドに待ち伏せされ、「野郎共が帰ってこないから女子会しようぜ」というニュアンスで誘われたのが事の起こりであった。

 

「おー、なんだかすっごい方向に髪が跳ねてますぜお嬢さん。大砲みたいなのが左右に一つずつ」

 

「Well、とてもわかりやすい説明をありがとう。洗面台を借りてもいいかしら?」

 

 そう言うが早いか、この部屋の主(正確には違うらしい)たるメイドはヘアブラシなどが入った小物入れを差し出してきた。「来客セット・朝の淑女向けなんだぞー」と言う彼女にひとまず礼を言い、布束はその場を後にする。こうして一緒に過ごすまで、まさか本物のメイドだとは思うわけもなく。あのメイドの服装は趣味か何かなのではと本気で思っていた自分が恥ずかしい。小一時間もすればそれは間違いだった事がわかり、こういう細かな気配りをされるたびにその評価は鰻上りである。

 

 本物のメイドなんて所詮は空想の産物。そんな偏見に対する答えがアレなのだろうと、布束砥信は結論付けた。

 

「そして……朝だと言っておろうこの寝ぼすけがー!」

 

「ぎにゃー!!」

 

 ちょっと遠くで情けない悲鳴が聞こえた。どうやらもう一人の客人が叩き起こされたらしい。しばらくすると、先ほど自分の隣で寝ていた純白シスターがとてとてと歩いてきた。その手には自分のモノとよく似た小物入れが握られている。くまさんマークが付いているのを見るに、淑女向けセットではないようだった。

 

「……おはようなんだよ、しのぶ」

 

「ええ、おはよう……インデックス」

 

 どうにも呼びなれない名前なのだが致し方ない。信じられない事に、それが彼女の名前らしいのだから。イギリス出身とは聞いているし、布束は別段最近の外国文化事情には詳しくない。そんなへんてこネームも、場合によってはあるのかなと言った具合に、昨夜は無理矢理納得したのだった。

 

「結局とうま達は帰ってきたのかな? 今日は新学期だってまいかが言ってた。帰ってこないとまずいぞーって。おっちょこちょいなとうまのことだから、もしかしたら忘れてるのかも」

 

「However、新学期を忘れるような学生はたぶんいないわね。現実を忘れたい学生はいるかもしれないけど。彼はそういうタイプじゃないと思うわ」

 

 買い物袋を引っさげたつんつん頭の高校生を思い出し、布束はそう呟いた。夏休み最終日にハメを外さず買い物をしているような彼だ。少なくともその辺で弾けてるような印象は皆無である。問題は彼を巻き込んだらしいもう一人。目を離すと物理的に弾けちゃったりしている男の子の方ではないかと、密かに布束は考えていた。

 

(帰りが遅くなる……だったかしら。彼の一言であの可愛いメイドさんが簡単に動くなんて、一体二人はどういう仲なの……?)

 

 その関係性を問いただした時の反応は筆舌に尽くし難い。メイドとしてレベルアップできた借りがどうとか言っていたが、具体的な解答は伏せられたままなのだ。だがなにやら顔を赤らめていた様相を見るに、自分の抱いたシナリオの方向性は間違っていないだろうと、布束は勝手に確信した。

 

(……インデックスって子との関係も謎よね。私は先生なんだよって彼女は言い張っているけれど、一体何の先生なの?)

 

 その内容をいくら聞いても、インデックスと呼ばれる少女の答えは全て「秘密なんだよ」の一言で終わってしまっている。脳波レベルでその基礎スペックの高さを把握している彼が、この小さな女の子に何を教わっているというのだろう。一つ思い立ったのはなんらかの”ごっこ遊び”の延長線上であるという線なのだが、それはそれで秘密にする意図が不明であり、実際に話してみるとそこまでこのシスターの精神年齢は低くないというのが布束の見解である。

 

「さてさてお嬢様方。朝食は和食と洋食のどちらがお好みでござるかー?」

 

「ぜんぶ!」

 

「う……その回答の捌き方は習ってないなー。やっぱり実戦こそ最大の勉強だな!」

 

「……すっごいポジティブなところ申し訳ないけど、そんな返事を返してくるお嬢様はいないと思うわ」

 

 「とりあえず洋食」と答えると、「ぜんぶ、と洋食か」と言いながら出来るメイドはキッチンへと引っ込んで行った。全部というリクエストにも答えるのか、と布束は心の中で驚嘆しつつ、とある可能性を思い立ちメイドの後を追いかける。

 

「待って。もしかしたら統一君が帰ってきてるかもしれないし……ひとまず私は部屋に戻ってみようと思うのだけれど」

 

「ん? いやあいつらなら間違いなく帰ってきてるぞー。朝方に二部屋とも訪ねてみたけど、ぼんやりした上条は確認済みで、木原の部屋からは……まぁ、どこかで見たおっかない男が出てきたけど、一応居るとは言ってた。多分まだ寝てるだろうし、朝食は多目に作るから二人には後で配達を頼むぞー」

 

 出来過ぎる。そのまま何食わぬ顔でトマトをスライスし始めたメイドを前に、布束は言葉を失った。今さら語ることなどない料理の腕前ではなく、その完璧すぎる心配りに。このメイドの底は未だ見えず、こんな女性がボーイフレンドの二つ隣に生息している事実が恐ろしい。監禁されていた彼が(犯人が自分自身であることはひとまず置いて)咄嗟に逃げ込む先として選ぶだけの事はある。

 

(おそらく目の前で製作されているサンドイッチは、朝食べてもらえなくてもそのままお昼ご飯として機能するよう計算されて……全部と言われた和食の要素は……焼きおにぎり? 手間のかかる要素を排除した上で、色々な味とボリュームを両立するための選択を……これは勉強になるわね)

 

 そんな、なんだかよくわからない興奮度で分析を始めたメシマズ高校生布束砥信の横を、白い影が通り過ぎた。

 

「いっただきまーす!」

 

 圧倒的なまでの電撃戦(ブリッツクリーク)。白い悪魔の矛先はそのままメイドの横に高く積まれたサンドイッチへと向けられていた。

 

 一つくらいはいいだろう。なんて考えもあった。

 

 だが、包丁を持っている人間への突撃はまずいだろう。そんな考えもあった。

 

 でも何より、この完璧な作品とも言える風景に異物が介入することを、布束砥信は本能で拒否した。世界を狙える(とあるミサカ談)踏み込みでもってその襟首を捕縛。そのまま白い悪魔の胴体に腕を回し、どこから出てきたか本人でもわからない怪力でその身を持ち上げる。

 

「うにゅ!?」

 

 呆気に取られたインデックスを持ちながら、布束はハッと我に返った。ひとまずそのままの体勢で、シスターの陰からメイドの安否を確認すると、そこには何も無かったかのように調理を続ける完璧超人の姿がある。

 

「……これ、どうしたらいいかしら?」

 

「ひとまずベッドに投げればいいと思うぞー」

 

 そんな訳で。指示に従い女の子をベッドにぶん投げた布束砥信17歳。生涯初めての女子会の朝は、価値ある敗北という形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「鍵よし、忘れ物なし。それじゃ、またなーお嬢様方」

 

「ありがとう。世話になったわね」

 

「じゃあねーまいかー」

 

 「サンドイッチは早めに食べるんだぞー」という伝号を残して、土御門舞夏はどこからともなく現れたお掃除ロボへと搭乗。くるくる回転しながら去っていった。

 

「……まさかアレで学校まで行くのかしら」

 

「あのくるくるはまいかの使い魔(アガシオン)だったんだね」

 

 互いに違う観点から呆気に取られつつ、二人はそれぞれの目的地たる部屋の前へ。

 

「またねしのぶ。昨日は楽しかったんだよ」

 

「ええ、私も楽しかったわ。また会いましょう」

 

 そう言って、インデックスは手を振りながら部屋へと入っていく。続いて布束もドアノブへと手をかけたのだが、意外にもドアには鍵が掛かっていた。その事実に少し驚きつつ、チャイムを鳴らそうと考えたそのときである。

 

「数多さーん、どうやら時間切れみたいですよー」

 

 女の人の声がした。それも布束の知っている声である。先日木原統一が行方をくらました時(その原因はひとまず置いて)に、声を掛けてくれた車椅子の人だ。木原統一との関係は不明だが、ご近所のメイドと彼がよろしくやってると教えてくれた人であるし、理解できないゲテモノ出力の車椅子で布束(そして何故か妹達(シスターズ)の個体も)ごと窓から突撃をかました人物でもある。車椅子という符号の一致から、『スタディ』壊滅の際にも力を貸してくれたのかもしれないと布束は考えていた。

 

 そんなこんなで、部屋のドアが少しだけ開き、暗黒の瞳がこっちを覗いても布束はまったく怯まなかった。感謝こそすれ恐怖などない。自分を助け、さらには自分の恋を応援してくれるとってもいい人というのが、布束砥信が木原病理に抱く印象である。

 

「あらあら。ごめんなさいね、今色々と片付けている途中だから」

 

 ほんわかとした声の後ろで、ガチャガチャと金属音が鳴り響く。一体何をと一瞬考え、先日の無限煉獄(ブラッディカーニバル)を思い出し合掌。ひとまず部屋の中で起きているであろう現象を忘れ、数多さんというのが先日会った強面な刺青の男の人なのだろうかと、布束は現実逃避を決行する。

 

「気にしないで下さい。押しかけているのは私の方なので……ところで彼はその、今度は一体何をしでかしたんですか?」

 

「無断外出ですよ。学園都市外部への………お陰でその影響を把握するのが大変なのです。本来であればこんな事をしている場合ではないんですけどねー」

 

「そりゃテメェだけだろ病理」

 

 困り顔の車椅子の言葉にツッコミが入る。なにやら重たい足取りで、彼女の背後にゴルフバックを背負った刺青の男がやってきた。

 

「内と外、役割分担はしたはずだろうがよ。俺はこれから下っ端共の報告してくる組織(小物)を順次ぶっ潰すだけだが、お前は外の三下が相手だ。下調べが必要な俺と違って、お前は今すぐにでも動けるはずじゃねえのか?」

 

「ええ、まぁ。産業スパイにとっては絶好の機会でしょうからねー。でもわらわらと群がってきた偵察アリをいちいち探し出してプチプチ潰すのは面倒なんですよ」

 

「んでまたお得意の『諦めた』ってかァ? 大雑把過ぎんだよテメェの後始末は」

 

「数多さんが繊細過ぎるだけではないですかねー。それにしても、相変わらずの容赦ない調整でした。今回重点を置いたのは身体的な回復力ではなく、精神的な耐性でしょうか?」

 

「ああ? 違えよ、こいつはただの憂さ晴らしだ」

 

「……もしかして照れてます?」

 

「自然体で人の言う事無視してんじゃねえぞコラ」

 

 そんな会話をしつつ、布束のことなど眼中にないように彼らは去っていった。最後にちょこっとだけ手を振ってくれた車椅子の彼女に手を振り返し、残された布束は部屋の前で立ち尽くしてしまう。部屋に入らないという選択肢こそ無いが、あの二人が出てきた時点でびっくり箱と化しているのは間違いない。

 

「……行くしか、ないわよね」

 

 そしてこの30秒後。色々と勇気を振り絞った布束が結局悲鳴を上げてしまうような光景が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 
 




 今更ですが、肉体再生では睡眠を補えない設定です。

 次から6章に入ります。

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