とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 大変遅くなり申し訳ないです。どうかお付き合い下さいまし……

 そして久しぶりなのに茶番です。ご容赦下さいまし……










075 すれ違う《吊り人》はその色を知らず  『9月1日』 Ⅵ

 

 

 

 

 

 とある高校から少し離れた閑静な住宅街。新学期初日という日時、そして昼の近い時間帯も相まってか、半ばゴーストタウンと化している残暑の街並みの中に。そんな道のりをあえて選び、こそこそと街道の端を歩く一つの影があった。まず目につくのは金髪にサングラス。着崩したとある高校の制服からは緑色の私服の生地が見え隠れしているという、なんともド派手な不良少年である。どう考えても悪目立ちしてしまう格好であるはずなのだが、彼の姿は不自然なまでに人目についていなかった。人間的な視覚もさることながら、科学的な監視網にさえも。記録にも記憶にも残ることを自然体で避けながら、その少年は携帯を片手に渋い表情を見せている。

 

「……倒れた理由は俺が直接確かめた。あの様子なら大丈夫だろう」

 

『確かめた、ねぇ。そういえばウチにも何人か()()んだよなぁそういう言い方する奴が。あれだ。怒られるってのがわかってたんだろうなぁ。時間稼ぎなのか誤魔化しなのかは知らねえが、まー中身のねえ報告をぶちまけてくるわけよ。遠回しに一生懸命……健気だよなァ』

 

 携帯から聞こえてきたのは、まるでどこかの総合職(サラリーマン)がお昼休みに部下の愚痴を同僚にぶつけているような、そんな印象を抱く声。だがその印象が間違いである事は、不良少年こと土御門元春はここ数日で嫌というほど思い知らされている。

 

『それで、テメェはそのうちのどれなんだよ? 失敗した事を隠したいクズか、結局何もわからねえっつうアホか。あーあとアレだ、甘い汁をこそこそ吸ってたってのを隠してたバカもいたな。これは結構お勧めなパターンなんじゃねえか? なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()。って言っても、自分のはらわたを眺める時間が延びるだけだがなァ』

 

 土御門の首元をチリチリとした感覚が走り抜ける。魔術と科学、双方に身を置く多重スパイにここまでの悪寒を感じさせる男はそうはいない。単なる脅し文句であれば鼻で笑って過ごせるのだが、厄介なことにこの男は事実しか言わない。電話の相手はまるで盆栽を整えるかのように人の首を刎ねる男なのだ。このまま放置しておけば本当に、土御門自身が『そういえばいた』事にされかねないのである。

 

「……ひとまず、緊急性は無いとだけ伝えておくぞ。詳しい事情については、お前の馬鹿息子に直接聞いてみたらどうだ?」

 

『あん?……ちッ、だんまり決め込んでるのはあのクソガキの方かよ』

 

 さりとて、土御門とて馬鹿ではない。黙っていれば首が刎ねられるというのなら、刎ねられない人物に原因を擦り付けるだけである。それもまったくの嘘ではないのだから、土御門が罪の意識に囚われる事もないだろう。

 

「アイツにとってもイレギュラーな事態だったらしい。ま、それは担任の教師経由で、お前に連絡が行く事も含めてだろうがな。俺には仕組みはよくわからんが、ご本人様は理解している様子だったぞ」

 

『イレギュラーだぁ? ……なるほどな。理解してるってんならまぁいい。いや、実際は良くはねえんだがよ。ったくあのクソガキが……』

 

 どうやら男の怒りは完全に鎮火したようである。厳密にはその矛先が息子の方に変わったようだが、それはいつもの事なので問題はない。報告も無事終わり、ここで当り障りなく電話を切れれば結果としては100点満点な出来ではあるのだが。更にその先の未知の領域(隠しステージ)、一か八かのギャンブルに打って出る為に土御門は口を開いた。

 

「それで。木原統一が倒れた原因について、何か心当たりはあるか? 木原数多」

 

『おいおいおい、最近甘やかし過ぎちまったかァ? いくらなんでもその探り方はド直球過ぎだろうがよ』

 

「お前相手ならこれぐらいが丁度いい。今すぐ決めろよ、この俺にどこまで情報を渡すかを。木原統一(アイツ)の身体に一番詳しいのはお前だが、それは学園都市製の技術に限った話だ。奴が今足を踏み入れつつある世界、その案内人に何か伝えるべき言葉は無いのか? まぁ、自分の息子が無茶な事などしない性格だと言うなら、いらん心配だろうがな」

 

 これまでの記録(レコード)を塗り替える、木原数多に対しての最大限の一歩(痛烈な皮肉)。だがこれまでに支払った対価を鑑みれば、悪くない賭けだと土御門は考えていた。木原数多の情報収集能力を鑑みれば、木原統一にとっての土御門元春の重要さは十分に理解出来ている頃合いのはず。表と裏、日常と非日常。散々にしてこちらの手札を見せつけたのは、閉塞した現在の状況を打開するために他ならない。

 

(限定的な未来の情報と分裂した二つの人格……これらは全て結果にすぎない。おそらくは、木原っちを今の状態に仕組んだ何者かがいるはずだ。そして一番の問題は、どこまでがそいつの計画通りなのか……科学だけではなく魔術に関しても計画通りと言うならば、それはアレイスターの計画(プラン)に匹敵するほどの脅威に……いや、アレイスターの計画(プラン)と競合するようであれば、脅威は単純な足し算どころでは済まなくなるぞ)

 

 木原統一について最も詳しく、それも魔術世界とは無縁である事が確約されている人物。科学の先端にして最奥にして最暗部の科学者であるならば、自分の息子に起きている異常事態について、何かを掴んでいるはずだと土御門は確信していた。幾度となく行われる拷問は、その何かへと必死に手を伸ばす木原数多の苦闘の証。そうまでして科学的に極限まで削り出された正体不明(オカルト)の輪郭こそ、土御門が求める鍵なのだ。

 

『……仕方ねえな。『暗闇の五月計画』。この言葉に聞き覚えが無いなら説明するのもめんどくせえし、ここでテメェは脱落なんだがな』

 

 きたか、と土御門は思わず身構えた。現状を打開するための一筋の光明となるか、あるいは地獄の窯の蓋を開けただけか。いずれにせよ一筋縄ではいかないはずだと、土御門はより一層神経を尖らせる。

 

「当然把握はしている。確かアレは、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を人為的に……まさか?」

 

『ばーか、そうじゃねえよ。あのクソガキは実験動物(モルモット)になってねえし、計画に参加もしちゃいねえ。だが……あの計画を参考にして、一人でコソコソやってた時期があったんだよアイツは』

 

 その言葉の意味を、土御門はいまいち測りかねていた。木原統一が『暗闇の五月計画』を参考にして『一人で』やっていた『何か』。だがそもそも『暗闇の五月計画』は”能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を、学園都市最強の能力者(アクセラレータ)の精神性・演算方法を参考に最適化する”計画である。その計画を参考にするという事は少なくとも、誰かの自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に手を加えるという事になるはず。それを『一人で』というのは、一体どういう意味を持つのだろうか。

 

一方通行(アクセラレータ)と言えば、木原統一が殺害を試みた超能力者(レベル5)だな。となるともしやあの特攻は計画的に……いや、木原っちの言葉を信じるなら、今のアイツは7月20日以降に現れた別人格。つまり"コソコソ"やっていたのはもう一人の方の『木原統一』という事になる)

 

『アイツは確かこう言ってたな。"自分が木原を発揮できないのは、それを出力するための適用装置(アダプター)が無いから"だと。だからそれを整えるために、"自分の才能に適した自己を獲得する"とかなんとか……ま、その実験も頓挫したし、そもそも"木原"がなんなのかを知らねえお前に言ったところで、理解出来ねえと思うがな』

 

 木原数多の言う通り、土御門は"木原"という単語に隠された意味を()()知らない。せいぜいが『木原姓を持つ者には、飛び抜けた才能を持つイカれた科学者が多い』という噂くらいである。噂はあくまでも噂であり、たまたま同じ苗字なのか、はたまた名門貴族の旗印ような存在にしか土御門は考えていなかった。だが気にかかったのはそこではない。()()()()()()()()()()()()()()はそこではないのだ。

 

「まて、まさかアイツは……()()()()に手を加えたのか?」

 

『あん? だから最初からそう言ってんじゃねーかよ。自分自身(アイデンティティ)の再入力実験。人格を構成する要素を諸々削ぎ落として、最適な形と質に再構成したんだと。結果として実験は失敗、副産物として出来るようになったのがあの劣化模倣(パントマイム)ってわけだ』

 

 そう言って、電話の先から聞こえてきたのはため息だった。それは戦慄して声も出ない土御門に呆れたわけではなく、どん詰まりにぶち当たっている自分自身への慰めである。柄にもない事を口にしてしまったという後悔の色を乗せながら、木原数多はこう言葉を続けた。

 

『その時に……何かよくわかんねえモノを引っ付けちまったらしいんだよなァ、あのクソガキは。それ以外にアイツが突然気絶する理由は考えられねえ。定期的にボコって確認してるが、肉体再生(オートリバース)は正常みてえだし。お前の言う魔術とかいうわけわかんねえ技術が絡んでたら、話は変わるがよ』

 

「……そうか」

 

『あーあ、俺も焼きが回ったもんだ。テメエなんぞにべらべらと喋っちまうとはな。それもこれも全部、あのガキが俺の目の届かねえ所に行きやがるからだ。今度会ったらタダじゃ済まさねえぞ』

 

 それはいつも通りではないのか、という一言を土御門はどうにか飲み込んだ。言ったところで友人が愉快なオブジェになるのは止められないし、止めた所で意味がない。土御門が出来る事はただ一つ。悪に染まった男の歪んだ愛情、そこから託された情報を次に繋げる事である。

 

『ああそれと。念のため言っとくが、テメエが出来るのはアフターケアだけだ。人格、特に自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と競合しそうな技術をあのクソガキが取り込もうとしたら全力で止めろ。何が起きるかわかったもんじゃねーからな。()()()()()、アイツの過去や実験については首を突っ込むんじゃねえぞ』

 

「了解した。お前の言う条件に当てはまる魔術は、なるべく排除するよう努力する。それに、科学的な事は調査したところで俺の頭じゃ理解できないからな。科学(そっち)はお前に任せるとしよう」

 

『……オイ、本当だろうな? 嫌に聞き分けがいいじゃねえか』

 

「当然だ。互いに互いの領分は守るなんて、()()()()()()()()()

 

 そう言って返事も待たず、土御門は通話を切った。木原数多が日頃から、魔術をどうにかして科学的に解明出来ないかと躍起になっているのは知っている。不良神父ことステイル=マグヌスとの交戦記録や、木原統一が学園都市内で使用した魔術の分析。そしてなによりも復讐のために、ステイルの足取りをあらゆるコネを用いて追い続けているのだ。であればこそ、魔術側にくちばしを突っ込んでいる父親に文句は言わせない。

 

(もっとも、ステイルは必要悪の教会(ネセサリウス)の実行部隊。激務の日々に目立つ容姿も相まって、世界中に目撃情報が散らばっちまっているからにゃー。そう簡単には見つからないだろう……ま、それはこちらも同じ事だが)

 

 ともかく前提となる土台はクリアした。それは木原統一に起きている異変、その正体が『土御門には及びもつかない最先端の科学』によってもたらされたという可能性の排除である。唯でさえ手掛かりの少ない現状において世界を二分する技術両者を相手取るということは、大海と大空をくまなく捜索するような無謀に等しい。先ほど敢行した命がけの挑戦は、その半分を潰すというリターンを得るためのモノであったのだ。

 

「さて、始めるとするか。親友(ダチ)の黒歴史を暴きにな」

 

 科学の街の住人、木原統一の足跡を魔術的な視点でもって辿る旅路へと。土御門は最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしてこうなった)

 

「すっごい伸びるんだよこれ。これが例の『はいてく』な仮装グッズなの? ひょうか」

 

「う、うん。でも学校ならこれが普通だと思うし……どちらかと言えば貴女()の服のほうが……仮装っぽいかも」

 

 それはお昼も近くなっていた陽気の中の出来事である。ふかふかのベッドでまどろんでいるところに、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。ぼんやりと頭を通り過ぎたのは、そういえばここは保健室であったなという事実だった。万人に開かれたこの場所で、俺以外の誰かが来るのは至極普通のことである。そんな事を考えながら、再び眠りにつこうとした途端、先ほどの二人とはまた別の声が聞こえてきた。

 

「Indeed,その修道服でいられるよりはマシでしょうね。海外からの編入生とでも言えば、見つかっても多少の言い訳はつくかもしれないわ」

 

 この瞬間に、身体中に纏う眠気(ガラクタ)は一気に吹き飛んだ。慌てつつも冷静に、衣擦れの音などを出さないように素早くベッドから降りる。どうか間違いであってくれと思いながら、カーテンの隙間から外を覗いてみるとそこには……移動式の丸椅子に座る布束砥信と、まるでマンガみたいに着替え中の───

 

(……ふむ)

 

 まるで逆再生の如く、音を立てないようにカーテンを閉めベッドへと戻り、そして頭を抱える。とんでもない光景を見てしまった。主にピンク色の方向性の。そういうイベントは俺ではなくお隣さんのウニ頭案件だろうが。しかも肝心の布束は脱いでな───いや、重要なのはそこじゃない。今は現状の把握が最優先だ。

 

「いやあの、彼女だけじゃなくて。制服に白衣もその……変かも」

 

「心外ね、知性の象徴たるこの白衣の良さがわからないなんて」

 

「むー、私の修道服だってイギリス清教の誇るれっきとした『せーふく』なんだよ! 何で二人とも当たり前のようにこの服が変だって言うの?」

 

 声の主は3人。布束とインデックス、そして風斬氷華である。何で彼女らが保健室にいるんだ? 100歩譲って風斬はわかる。アレイスターの誘導か、あるいは上条の女性限定引力なのかは不明だが。今日この時間帯にこの学校に来るのは原作通りなのだから。問題はインデックス、何故お前が学校にいる? 原作では空腹に耐えかねて上条を探しにやってくる彼女だが、今回俺と上条は「昼には帰る」と確かに伝えたはずだ。それが一体何がどうなったら、布束と突撃ハイスクールを敢行する運びとなるのやら。布束にしたってそうだ。貴女はどちらかというと、その白色彗星を止める側の人間のはずだろう?

 

「まぁイギリス(そちら)の文化に明るくないのは否定はしないわ。それでも、文字通りの『鉄の乙女(アイアンメイデン)』が制服というのは流石に無理があるのではないかしら?」

 

「最初からこうだったわけじゃないもん! とうまが右手でこの『歩く教会』をばらばらにしちゃったからしょうがなく……」

 

「……一度、上条君とはきちんと話をした方がいいようね。事と次第によっては、警備員(アンチスキル)を―――」

 

 なにやら上条の株が大暴落を始めたようだが……悪気が無かったとはいえ、アイツがインデックスの『歩く教会』を破壊したのは事実だからな。そんな事はどうでもいい。問題は……これから大暴落しかねない自分の株である。彼女たちの無防備な姿を見てしまったことは、誰にも言わず墓の中まで持っていくのは確定として。では着替え終わるのを待ってからカーテンの外に出れば大丈夫……とはならねえか。想像した途端、布束のハイキックか上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)で墓の中に叩きこまれそうな気がしてきた。

 

(まったく、どうしてこなった? というか、保健室に居たのは俺が先だったんだし、確認もせずに着替え始めた彼女たちにも落ち度が……無い事も無いが、それを追及するのに命を賭けるのはナンセンスだな。となると最善手は……ここで気づかれずにやり過ごすしかねえか)

 

 と結論が出た所で、カラカラと保健室の扉が開く音が聞こえてきた。それと同時に、先ほどまで騒がしかった保健室が一転、水を打ったような静けさに包まれる。まさかとは思うが、もしかして……

 

「…………えーっと、間違えましたーっ!!」

 

 一瞬の静寂の後、聞こえてきたのは悲鳴と轟音であった。おそらくインデックスか風斬が何かを投げつけたのだろう。声の主は当然と言うか、歩くフラグメーカー上条当麻である。歴史の改変なんのその。相も変わらず平常運転だな貴様は。

 

「上条君……現行犯ね」

 

 地獄の底から響いてきそうな上条の悲鳴に交じって、布束のため息交じりの声が聞こえてきた。現行犯と言いますがね布束さん、どちらかと言えば貴女達の方が不法侵入の現行犯なわけで、上条は……はて。待てよ、上条はそもそも何で保健室にやって来た? 布束が一緒にいる以上、修道女の電撃転校生イベント(姫神秋沙、影薄い説爆誕)は回避されたはず。原作で上条が保健室に来たのは、インデックスの行方を捜すためであって……始業式が既に終わってしまったと仮定しても、ここにくる理由は―――

 

「ぬごごごご……ち、ちが、違うんですインデックスざんっ!? お、俺はただ木原の見舞いに゛ぃ! どいうか、何で貴方がこんなどごろに゛ィ!?」

 

(やっぱり俺かよクソったれ!! いや、この流れはまず―――!!?)

 

 あわてて布団を被り、仰向けの状態で目を閉じると同時に。聞こえてきたのはカーテンを乱暴に開ける音であった。お、落ち着け木原統一。寝た振りをしていれば問題ないはずだ。努めて呼吸を規則正しく、必要なのは自然体の脱力……冷や汗が止まらん。顔が強張らないよう表情筋から力を抜―――

 

「呼吸が少しだけ速いわよ統一君。この私を一体誰だと思っているの?」

 

 囁くように小さく、それでいてはっきりと聞こえてきた彼女の声。ゆっくりと目を開けた先に飛び込んできたのは、覗き込むようにこちらを見つめているとある学者さんの顔だった。

 

「……流石にそれは反則では?」

 

 瞬間、張り手一閃である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくまったくまったくなんだよ! とうまの"でりかしー"の無さはいつもの事だけど、今日のは流石に許せないかも!」

 

「……そんな事言ってもしょうがないだろインデックス。始業式も終わったから、俺は小萌先生に言われて木原の様子を見に来ただけだっての。大体、いつ人が来てもおかしくない場所で無防備に着替えてるお前にも非が―――んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?」

 

「ないもん! 100%とうまが悪いんだもん!!」

 

 場所は変わって、俺たちは食堂へと移動していた。あの保健室での混沌とした空気は、風斬の「そろそろ服を着たいです……」という今にも泣きそうな訴えにより終局を迎えたのだ。そのまま追い出された俺と上条はなんとも言えないどんよりとした空気で食堂まで移動し、そこへ怒髪天を衝くようなインデックスと、氷のような微笑みを浮かべる布束、顔を赤らめた風斬の3人がやってきたというわけである。

 

「あ、あがががががが!?」

 

「あの、それくらいにしておいた方が……」

 

「ダメなんだよ! これくらいじゃまだまだ足りないかも!」

 

 獅子舞の如き暴れっぷりを披露する上条と、そこに食らいつくインデックス。そしてそれをどうにかして止めようとする風斬を横目に、俺は残る最後の一人へと目を向けた。

 

「……」

 

 微笑みを浮かべながら、何一つ言葉を発さない布束さんである。お隣のほんわか説教空間が遥か彼方に感じるような、ギスギスとした空気が俺たちの間には漂っていた。

 

「……釈明、させて下さい」

 

 恐る恐るそう提案すると、布束は机に両肘をたてて寄り掛かり、両手に口元を持ってくるように姿勢を変えた。偉い人が会議とかでやるあのポーズである。これは「一応話は聞いてやる」という事でいいのだろうか。

 

(というか、話を聞いてもらわないと本格的に俺がダメ人間判定されてしまう! 超能力者(レベル5)肉体再生(オートリバース)が何故か保健室にいて、女の子が着替えている中で寝た振りをしていたんだからな……畜生、改めて言葉にしてみると状況が最悪過ぎる。犯罪者一直線じゃねえかコレ!)

 

 そんなこんなで、選択肢もないので懇懇と事のあらましを布束に説明していく。何も難しい事は無い。もう一人の『木原統一』についても、彼女はある程度の事情を知っているんだしな。アイツのせいでぶっ倒れ、土御門に運ばれ、気が付いたら保健室にいた事。事態を把握した頃には時既に遅く、気が急いて寝た振りをしてしまったと。そう説明をした。

 

「……というわけで、図らずもこうなった次第です」

 

「なるほど、どうやら嘘はついていないようね」

 

 ……どうして嘘ではないとわかるのだろうか。いや、確かに嘘はついていないんだけども。更に言うなら、「なるほど」という割に表情に変化が無さすぎて怖いですよ布束さん。

 

「でも、肝心な所を省いたわね。目が覚めてから先の部分、声が少しだけ低くなっているわよ。それに、不自然に抑揚が平坦だったわ。嘘はつかなくても隠し事ならバレないとでも思ったのかしら」

 

「……もしかして布束さん。貴女、ワタクシの脳波データを参考にあれやこれやして嘘発見器にでもしていらっしゃる?」

 

「いいえ、コレはごく一般的な観察から導き出される結論よ。寝た振りを見抜いたのはその通りだけど」

 

「一般的の定義を勝手に歪めないで下さいませんかね……というかさっきのはやっぱりそうだったんかい!」

 

 不肖、布束砥信。生物学的精神医学の最先端に位置する彼女には、この程度の事は『一般的』らしい。いつぞやのイギリスの爺さんみたいな神業をしやがって……いや、いよいよ持って『俺がわかりやすいだけ』説が濃厚なだけか?……土御門から上手い嘘のつき方でも学んだ方がいいのだろうか。

 

「そして、勢いで私の追及を逃れようとしているのもお見通しよ。because、そうまでして誤魔化そうとするって事は……見たのね?」

 

「……ッ」

 

 そう言って彼女が流し目を送るのは、どうにか上条からインデックスを引き剥がそうと抱き着いている風斬氷華である。最初は服の袖を摘まんでいるだけだったのだが、段々と白熱してこうなったようだ。女子高校生が全力で引っ張っても剥がれないほどの噛みつきを披露しているインデックスと、あまりの激痛に泡を吹きながら食堂をのた打ち回る上条などは眼中にないようで、布束はただひたすらに風斬を注視していた……正確には、暴れる上条に連動することにより、殊更に強調されてしまっている彼女の―――

 

「戦力差は圧倒的……例の動画の件といい、やっぱり大きい方が好みなのかしら」

 

「いや、あの。違うんです。誤解ですって布束さん?」

 

「oh dear? つまり時代は白……? 小さい子が好みだと」

 

「まさかのそっちに転ぶの!? いや、この際見ちゃった事は認めるけども、あれは完全に事故なんだって! 頼むから幼女趣味(ロリコン)認定は勘弁して!?」

 

「それで? 結局統一君はどっちの子が好みなのかしら」

 

「私の好みは布束さん一筋です、この度はすいませんでしたッ!!!」

 

 そう叫びながらテーブルに頭を叩きつけた。この顔から火が出るような感覚は衝撃による痛みだけではない。勢いでぶっちゃけた本音によるダメージは、胸の部分から首、そして頬へとあっという間に広がっていく。ぶつけたのはおでこだけだというのに、顔全体が火を噴くように熱を帯びていた。

 

「ほらとうま。きはらはとうまよりも大人だから、ちゃんと対応ってモノをわかってるんだよ」

 

「ははーッ! インデックス様、どうかこの上条当麻めの愚行をお許し下さい!」

 

 一方で、俺の頭とテーブルが奏でた轟音により動きを止めた獅子舞は、ふんぞり返る似非シスターに土下座をする高校生という作品にクラスチェンジを果たしていた。張り付いたインデックスを振り回さずに自然に振りほどき、くるりと半回転を決めてのスピード土下座である。察するに、この光景が上条家におけるスタンダードなのだろう……そのあまりの変わり身の早さたるや、風斬が若干引いてしまうほどである。先ほどの保健室での反応といい、つくづく一般人視点の天使様だなあの子は。

 

 ……と、対岸の火事に目を向けている場合ではない。おそるおそる顔を上げて様子を窺うと、唇を噛み、顔を真っ赤にしながらこちらを睨みつける布束と目が合った。

 

(ド怒りですかそうですか……参ったな。女の子の機嫌の治し方なんてさっぱりわからねえ。となると……やっぱりここは学園都市淑女代表の姫神に相談して、何か対策を───あ)

 

「おい上条。お前、何でここにいるんだっけ? 今って丁度始業式の時間じゃなかったか?」

 

「あん? いや、小萌先生からお前と土御門の様子を見てきてくれって頼まれたんだが……で、変わりないようなら土御門と一緒に戻ってきてくれって……そういやアイツどこ行ったんだ?」

 

「そんな事は俺も知らん。しかしなるほどそうか、様子を見てきてくれと頼まれたのか……納得した」

 

「はい? 納得って、一体何に?」

 

 上条の疑問に対し、俺は返事を返さなかった。何故なら答えは食堂の入り口に立っている。新学期というクソ忙しいタイミングで倒れた生徒、加えて行方不明の問題児が二人。不法侵入者3人(天使を含む)、おまけに怒られたくてわざと宿題を忘れた馬鹿が一人……そりゃ、ああいう顔にもなるわな。

 

 歩く都市伝説、月詠小萌先生が怒鳴り込んでくる5秒前に。俺の視界の端で、半透明になった風斬が小さく手を振っていた。

 

 

 









 土御門の木原一族に関しての認識は「この時点では」知らないという事でここは一つ……もし原作に描写があったらシレッと修正致します。

 

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