多くの獣達が生きる森、此処は呪われた森である。
不可視の力、それに侵された森は歪み、捻じれ、多くの生き物を生み出しては互いに喰らい合う蟲毒となっている。
弱肉強食、単純明快なソレに従い多くの獣たちが日々戦い喰らい合う。
だが闇雲に戦うだけの獣ばかりではない。
用心深く身を潜め、漁夫の利を狙うモノ、ただ隠れ生存のだけに特化するモノもいる。
そんな獣達にとって今の時期は食溜めを行う時期だった。
迫りくる冬に備え可能な限り身体に養分を蓄える、それが出来ないモノは死ぬだけだが、それも蟲毒の一側面である
「ギャッ!?」
悲痛な悲鳴を挙げる獣も餌を探して森を彷徨う一匹だった。
だが天に見放されたのか奇襲を受けてしまった。
後脚の関節、其処を砕くように飛んできた礫によって関節は破壊される。
皮膚を突き破って出て来た骨と流れ出る血が地面を赤く染める。
傷口からは止めどなく血が流れる事を獣は認識していながら、しかし獣は何をされたのか理解できなかった。
攻撃されている事は嫌でも分かるがそれだけしか分からない。
だが考える時間は与えられなかった。
再度関節を砕いた攻撃が前足に命中する。
「ギャウッ!?」
悲鳴を挙げるしかなかった。
歩くどころか立つことすらできなくなった獣は前のめりに倒れる。
動く前脚だけで逃げようとするのも最早叶わない。
目の前の茂みが揺れると獣は顔を其方に向け唸りを挙げる。
敵は何処にいる、匂いは、音は、獣の本能は生存する為に五感を研ぎ澄ませ反撃を企てる。
だが茂みから現れたのは小さく、硬く、鋭く、そして速い──、其処で獣の意識は途絶えた。
獣の眼球から入った礫は、目を潰し、視神経を裂き、その奥にある脳を掻き雑ぜた。
即死であった。
獣の身体から力が抜け地面に横たわる。
そして暫くの静寂の後、二匹の獣が現れ死骸を咥え去っていった。
◆
人類の特徴であった物を創り出せる腕、手先の器用さという機能は完全に無くなった。
完全な四足歩行の獣に変わってしまった自分自身を認めたくなかった──が、今さら悩んでも泣きわめいても何も変わらない事は学習してしまったので諦めるしかなかった。
しかし失うばかりではなかく、両手に変わる力──念力(仮称)──を私は手に入れた。
最初の頃の出力は極小さなモノ、小さな小石を浮かしてちょっとだけ投げる程度の力だけしかない非力なものだった。
だが使わないという考えは無かった。
毎日使い続け、力をより深く理解しモノにしようと努めた。
小石を持ち上げ投げ、小石を複数持ち上げ、投げ──地味でショボい訓練をひたすら繰り返す。
チビにも呆れ顔で見られながらの特訓、その甲斐もあって念力の出力は少しずつ上がっていった。
小さな小石から拳大の石に、遠く、速く、投げられるようになり今や念力で腕の代わりを十全に行えるようなった。
そして気付いた、これ狩りに使えるんじゃないの?
本音としては狩りはしたくなかった。
態々危険な相手との命のやり取りなどしたくはない──したくは無いがやらざる得なかった。
理由は食料不足、単純に自分とチビが今までの食料では満たされなくなったからだ。
チビはであった頃よりも身体が大きくなり、私は念力の使用に伴う消費エネルギーの増大。
今迄食べてきた木の実といったものではエネルギーを賄えなくなったのだ。
解決策として食べる量を増やす事も考えたが木の実、キノコといったモノは有限だ。
単純に計算しても縄張り付近のモノは数日で食い尽くしてしまう。
よって狩で肉を食べる必要に迫られ、狩りを実際にやってみれば何とか成功した。
言葉を交わす事は出来ないがチビも現状を危うく思っていたのか、狩には協力的であった。
チビは意外な事に索敵が得意であり、鋭い五感で私では見つけられなかった獲物を見付けてくれた。
そうして見付けた獲物を仕留めるのは私の役割だった。
念力で道中で見つけた鋭い礫を浮かす。
只投げるだけでは避けられる、鋭く早く、生身の腕よりも応用が利く念力の力を活用し礫を回転させる。
最初はゆっくりと回転していた礫、それにさらに力を加えると回転数は次第に上昇、無音だった礫がごく小さな風切り音を奏で始めた。
聞き慣れない音を拾った獲物である獣は周囲を見回し立ち止まと耳を傍立たせる。
──ここだ
礫を獲物に向けて全力の念力で放つ。
弾道を安定させるための回転は期待通りの効果を出し真っ直ぐ獲物に向かい獲物の頭に命中した。
そして獲物の頭部は弾けた。
首からは間欠泉の様に血が噴き出し続けながら残った身体は暫く震えてから地面に倒れた。
──えげつない。
森での弱肉強食のサバイバルが一変した瞬間だった。
色々衝撃的な事があったが、その日は仕留めた獲物を食べるのに夢中になった。
久しぶりの肉と血は五臓六腑に染み渡り自分とチビは暫くぶりの満腹感に包まれた。
それからチビと一緒に念力を使っ狩りを行うようになった。
仕留めた獣は多種多様、蛇や猪、熊に鷲のような獣たちを狩ってはその肉を喰らった。
そんな狩を何度も行えば余裕も出来、少しだけ欲が出てきてしまった。
仕留めた獲物の血をしっかりと抜き、皮を綺麗には剥ぐ。
言葉にすれば簡単だが、実際に行うとなれば大変である。
それでも手を抜くようなことはしない、手間暇をかけたその先に美味しい食事が待っているから頑張れるのだ。
そうして肉の準備が出来たら次は火だ。
沢の水を念力で球体状に浮かし頭上に掲げる。すると森に注ぐ太陽光が水球を通り、レンズの働きで集光される。
後は準備した枯れ木に太陽光を照射し続ければ容易く発火してくれた。
レンズによる太陽光収束、義務教育の有難さを感じることこの上ない。
薪を継ぎ足し種火が大きくなったところで、上に大きな平たい石を乗せる。
そうすれば石製のグリルの完成、後は分厚く大きな肉を乗せて焼くだけ。
そうして出来上がった獣肉ステーキは血抜きをしっかりと行っているため生臭さは僅かに残るものの生肉とは比べ物にならない程美味しくはなる。
味付けに塩が無性に欲しくなるが現状では無い物強請り、其処は我慢するしかないだろう。
「くるる~♪」
チビはチビで火を通した肉の美味さを知ってしまった。
これでは元の食生活には戻れないのは確実、これからも狩の相棒としてキリキリと働いてもらおうではないか。
そう考えてながら肉を更に齧る。
やはり塩気が足りない、この足りない部分をどう誤魔化すか、実に悩み処である。
人生諦めが肝心とはよく言ったもので、どうしようもない現実に対して一人であれこれ悩むのは時間の無駄である。
何より無駄に悩める時間というものがどれだけ貴重な物なのかを知った。
そして多少の余裕が出来た最近は無駄な事を考えることが多くなった。