照り付ける太陽、海風が運んでくる爽やかな潮の香……。なんて事もなく曇り半分、晴れ半分の微妙な転機に、風が運んでくるのは生臭い潮の香だった。
それでも目の前に広がる海の広大さはこの世界でも変わらず、青々した海水が時折日光を反射しては煌めいている。
さて、何故私が海に来ているかといえばチビの気紛れの賜物だった。
最近は何位でも興味を示すようになったチビはある日、拠点近くを流れる沢の水が何処に行くのか気になった。
それで試しにと沢の流れを追って見れば終点に辿り着く気配は一向にない。
それで諦めてくればよかったのだが、好奇心を抑える事が出来なかったチビは一大決心をして沢下りを敢行する事にした……デカい相棒を巻き込んで。
いや、興味はあったけど拠点を離れるのが嫌でしてね。
最近になってようやくモノになった地形操作のを駆使して元々の寝床を改良、改築したから住みやすくなって離れたくないんですよ。
そんな引きこもり思考の相棒に対してチビの取った行動は単純でごねにごねた。
キャンキャンと吠えるわ、身体に噛み付いて引っ張ってくるわ、背中によじ登ってはゴロゴロするわ、大変でした。
それが数日で収まることはなく、チビに根負けして付き合うことになった。
そうして森を超え、岩場を超えた先には青々とした海が広がっていた。
「くるる~!(なにこれ~!)」
「グルル!(余り離れるなよ!)」
初めて海を見たチビは大はしゃぎ、いきなり走り出しては打ち寄せる波を興味津々に観察したり砂浜を掘り返している。
流石に興味を引かれつつも初めて見る海には恐怖があるのか近付くだけで波が来れば走って逃げだしていた。
あまり遠くに行かないように声は掛けたが、警戒心が残っているのであれば心配は無い。
昔はともあれ今や狩の相棒なのだ、危機管理能力もそれなりにあるで過剰な心配することは無いだろう。
そうしてチビを視界の片隅に収めつつ砂浜に対して地形操作を行使する。
砂を動かし、固め、大きな窪みを作り、合わせて土器擬きを作る。
そうして原料は砂だがそれなりの竈と鍋が出来上がった。
最期に砂浜に散らばっている流木を念力で拾い集め竈に隙間なく入れる。
「フ~」
喉に力を集め吐き出すと口からは火が出る。
戦闘には役に立ちそうにない弱弱しい火だが、太陽が出ていない曇りの日や雨の日でも火種に困ることが無くなったので重宝している。
流木に火を吹きかけ燃え移れば完了、後は鍋に念力で汲み上げた海水を入れていく。
ぐつぐつと海水が煮えたぎり水分が蒸発した減ったら追加で海水を注ぐ。それを何度が繰り返すと後には白い粉がこびり付いている。
それを一摘まみ掬って舌に載せ味わう。
──しょっぱい。
味覚に感じるのは過去に食べ慣れた塩と比べると味が劣るが、間違いなく塩だった。
塩、塩分は森では摂取しずらい栄養であり貴重である。
今回の遠征はチビの思い付きで始まったものだが、途中で飽きて引き返すものとばかり思っていた。
海まで行ければ塩を手に入れたいな~、とは考えていたが海まで辿り着いた以上可能な限り塩は入手したい。
そうと決めればやることは一つ、地形操作を全力で行使して竈と鍋を追加で作り出す。
原始的な製法だが今後の食事で使う事も考えてそれなりの量が欲しい。
幸いにも燃料となる流木や小枝は砂浜に大量にあった。
「くるー!」
だが塩作りに挑む直前でチビからの鳴き声が届く。
声の調子からして命の危険は無さそうだが、初めての場所であるから最悪の可能性はある。
四肢に力を籠め地面を蹴る。
砂が舞い上がり作ったばかりの塩が地面に零れるが、それを無視して急いで声のした方向に駆け出す。
砂浜を駆け抜けその先の岩礁チビはいた。
無傷で傷らしい傷は追っておらず、五体満足のようだが何かに怯えているのか岩の影に隠れていた。
「くる~……」
怯えていたチビだが私に気が付くと駆け寄ってくる。
脚の間に挟まってくるがチビが怯えてしまう原因が分からなかった。
それらしいもの探し出そうと見回すが見つからない、視界の先にあるのは岩礁だけだ。
だが暫く待つと原因が見つかった。
視線の先にある一際大きな岩礁、その上に海鳥?が降り立つと羽繕いをする。
すると何処からともなく数本の糸、いや触手か……、それが鳥に静かに忍び寄る。
それに鳥が気付いて逃げ出すが、それよりも早く触手が鳥を絡め捕った。
そうして岩礁の一部が動いて穴が出来るとその中に触手と共に鳥は消えた。
──うわ、怖!
岩に擬態した、何だろうか、貝?触手があるから蛸か。
なんでもいいがあの岩礁は生き物で擬態している事は確か、オマケにデカい上に肉食だ。
獲物を捕獲した触手は素早く、隠密性に優れている。
そして相手は積極的に動く種類ではなく、基本的な戦略は待ち構えてからの不意打ちだろう。
触手で絡め捕って中に引きずり込めば後は質量に任せて圧し潰す、なかなか理にかなった戦略と言える
一言で言えば何とも面倒な相手である。
幸いにもチビが気付いてくれたから不意打ちを喰らう事はなかったが、知らずに不意打ちを喰らえば危なかっただろう。
一見安全そうに見える場所でも森と同じように海にも危険が満ちている事は分かった。
その上でアレをどうするべきか、近付かなければ危険は無いが出来れば仕留めたい。
なぜなら今後も海辺を利用するのは確定事項であり、その為にも目に見える脅威は取り除いて安全を確保しておきたい。
そうして色々と考えているとお腹が鳴った。
すると真面目な事を考えていた頭は余計な方向に思考がそれ始めていく。
そういえば海産物を食べてないな~とか、海に来たから日本人としては海産物を食べねばならないという謎の使命感が脈絡も無く湧き起ったりもすれば、視線の先には擬態した蛸みたいな触手を持った貝みたいなものがあって触手はコリコリとしておいしそうだったなとか。
そして閃いた。
──そうだ、壺焼きにしよう
何もつながりも無かった思考は悪魔合体を起こした。
そして理性も反対する事もなく思い付きを可決した。
そうと決まればやることは沢山ある。
地面に獲物が収まる大きな穴、逃げ出せないような深さまで掘ると下には流木を敷き詰め、通気用の穴も別途に開けて燃料である流木をありったけ集める。
これで準備は出来た、後は小山のごとき獲物を持ち上げて穴に落とすだけだ。
「グルルルルッ!」
念力を発動、擬態した岩ごと持ち上げようとするが想像していた以上に重い!
それでも持ち上げられない重さではない。
今迄で経験したことが無い念力の行使、頭に血が上るのを感じつつも獲物を宙に浮かせる。
獲物も自分の身に起きている異常事態に気付いたのか、岩礁の彼方此方が開いては幾つもの触手が飛び出してきた。
だがうねうねと蠢く触手が届く範囲には私はおらず、触手は何もない宙で蠢くだけだった。
すると今度は岩礁の底から移動用なのか今までの触手とは違うものが飛び出してきた。
捕食用のモノとは違い太く短く、だが力強さを感じられる触手、それも念力で宙に浮いている以上何も出来ずに触手は空しく宙を掻くだけだ。
「グルウァッ!」
そうして全身から触手を出してうねうねとしている獲物を掘った穴にぶち込む。
すると丁度いいサイズだったのか逃げ出そうとするも身動きは取れず、穴に深く入り込んだ事で触手も身動きが取れなくなった。
──さぁ、壺焼きの開始だ
喉を嬉しそうに鳴らす私の傍でチビが信じられないモノを見るような目つきで見ていた事には気が付かない振りをする。