半日かけてじっくりと焼いた獲物の正体は貝だった。
日が真上に登った頃から抵抗が一切なくなった貝だが死んだふりとかをされたら嫌なので念のため日が暮れるまで壺焼きを続けた。
そうして完全に焼き上がったと確信してから岩礁に擬態していた殻の部分を割って中を覗き込むと程よく茹で上がった中身があった。
元が大きい分中身もたっぷりとあり中でも茹で上がった触手はまるで蛸の足のように赤く茹で上がっていた。
触手は一口サイズに切って口に入れればコリコリと噛み応えがあり美味しいもので、触手以外の貝本体も内臓と思われる部分を取り除けば味わい深くクリーミーなものであった。
巨大貝は見た目にそぐわない美味しさで手持ちの調味料が塩だけでも美味しく食べる事が出来た。
だからこそ手持ちの調味料の貧相さが悲しかった。
塩だけでも十分に美味しいが、せめて醤油が欲しい、加えてバターあれば最高の食事になっただろうと無い物ねだりをしてしまう。
それでもこの世界での初めての海産物は美味しく食べる事が出来た。
無論チビも食べたが最初は一口も手を付けようとしなかった。
悍ましい怪物を食べる事が嫌なのか食事には手を付けず、此方を恨めし気ににらむだけだった。
無論チビの気持ちが理解できない訳でもない、初めて食べる海産物に警戒をしてしまうのはしょうがない。
だが代わりの食材は無く空きっ腹に勝てなかったチビは恐る恐る触手を齧った。
味付けで塩を使っているのが効いたのかその後は我先にと食べた。
これでチビも海産物の美味しさを分かってくれただろう。
その日の残りは塩作りに専念して夜は浜辺で過ごした
翌日になってチビは拠点に帰ろうとしたが今度は私がチビを連れ回す事にした。
目的は塩作りと海産物に舌鼓を打つ……ではなく今いる場所が何処なのかを知るためだ。
その結果として分かった事が二つあった。
一つは此処が島だという事実。
海辺に沿って休みながら歩いて行くと二日目で元の砂浜に戻って来た。
道中では大きな問題は特になく、砂浜と時々岩礁があるくらいの道のりだった。
それを考慮しても今いる場所は島で、面積もそこまで巨大なものではない事が分かった。
二つ目は島の中心にある森が島の面積以上に広い事、これが一番の問題だった。
短くない時間を森で過ごしてきたが考えられる島の面積以上の空間が森に広がっている事は間違いがない。
結論から言えば空間が狂っているか拡張されていると考えるのが妥当だろう。
何せ不思議な力を持つ獣達が跋扈する森である、森自体に不思議な力があったても驚くような事じゃない。
そうして知りたがっていた事を知れたのだが、その後に何かをするということは無かった。
もし、この事実を知ったのがこの世界に来た初めの頃であれば何かしら行動を起こしていたかもしれない。
しかし今となっては獣の姿になれ、その反面人であった記憶が薄らいでいくのを感じることが多くなった。
寧ろ、人であったという記憶が作られたものではないかと考える時すらある。
──これは胡蝶の夢か否か。
結局の処自分次第でいかようにもなってしまう認識ではあるが、思考が冴え渡る今は実にいろいろな事を考えてしまう。
それは森で常に聞こえていた声が聞こえなくなったことも関係があるのだろう。
森から離れていく内に次第に小さくなっていった声であるが海に出たことで声は一切聞こえなくなった。
そうして聞こえなくなった今、森で聞こえてきた声にはこちらの精神に対して干渉しようとする意図があったと理解した。
……だからといって特別な事をするつもりは全くないが。
やるとしても森に帰っても声が聞こえないよう、干渉されない様に防壁みたいなものを構築する位しかない。
それか森での拠点を捨てて此処に新たな拠点を築くのも一つだろう。
「くる~(もっとちょうだい)」
日が暮れ始め、夕陽が海岸線の向こうに消えてしまう風景を一望できる砂浜。
ガチンコ漁で捕まえた魚を焚火で焼いているとチビがお代わりを要求する。
程よく塩を振って焼き上がった魚を差し出せばチビは魚の頭から被り付いた。
ポリポリと骨を噛み砕きながら食べるチビを見ていると物事を深刻に考えるのは無駄ではないかと思ってしまう。
あるがままを受け入れ、その日の気分に従って生きるチビの生き様は少しだけ眩しく感じてしまう。
だからといってチビのように生きるのは私には無理だろう。
そんなこと考えながら私も焼き上がった魚を食べる。
ポリポリと魚の骨を砕き、丁度良い塩加減に舌鼓を打つ。
チビも海産物が気に入ったようだから今後の備えて干物作りに挑戦してみようかな。